第74話 昔話
転移した先は学園の自室。
窓からは飛行船は見えない。よほど高いところからあの魔力砲撃を行おうとしたのだろう。
そして水晶から聞こえた声はアルトの姉。確実に魔族だ。
この事態により恐らく生徒全員があの魔力砲撃の黒い球を見ただろう。
魔族との戦争の狼煙とならなきゃいいがな。
もしこのまま事が運べば魔族側の宣戦布告ととらえて人間側も攻撃を仕掛ける。
それは違いなく戦争の開始を意味するだろう。
そうなったら俺もアルトもレムも間違いなく駆り出される。
まぁ、参加する気はないけどな。魔界にでも逃げれば、参加を回避することができるだろうし。
だが、問題はこれだけではない。俺たちにとってもっとも問題なのは――
「なんで、なんで、なんで?」
「あると……」
頭を抱えてひたすら先程の事を問うアルトであった。
彼女がこうなることも無理のないことだと思う。
なぜなら彼女があの声が聞こえた時に、涙を流していた。
その涙は悔しさによるものではなく、喜びによるものであったのだろう。頬が緩んでいたのも確認できた。
あの時は彼女自身も何処か喜びの表情が浮かんでいた。
これだけで終わればよかったものの、あのゾンビ達の主は余程性格が悪いようで、彼女を上げて、落とした。
喜んでいたことから、姉妹の仲はよほど良かったと考えられる。
なのにだ。突然の「死んで?」という言葉が発せられたのは突然の事過ぎて理解できないであろう。行為を寄せる相手から引き離されるのは尋常じゃないくらい辛い。三日三晩泣いたってまだ足りないくらいだ。種族差の違いはあるだろうが、心に傷を負うことは間違いない。
レムの困ったような表情を見て、彼女も非常にお腹すいていたことを思い出す。
なので取り敢えず俺は彼女にご飯を食べてくることを勧めた。
「レム。我慢しなくていいからご飯食べて来い」
「……えっ……でも……あるとが……」
「ちょっと俺もアルトと話したいことがあるからさ。席を外してくれると助かる」
「……わかった。ゆう……あるとを慰めてね……? あと、戻ってきてもいい……ですよね?」
レムもアルトが心配で堪らないようだ。空腹にも関わらずアルトを慰め続けた事から、余程彼女を気にかけていたことが伺える。
ここが男子寮でも……まぁいいか。間違えたっていえばいいんだしな。
「もちろんだ。ゆっくり食べて来い」
「……わかった。あると、すぐ戻ってくるからね……」
レムはコクりと頷くと早足で部屋から出ていく。テレビドラマで見たぐらいだが、こういう時には同じ境遇の存在が寄り添うことがいいんだよな?
昔、偶然にも俺はそういうことを体感した。寄り添える資格には十分だろう。
「おねぇちゃん……おねー……ちゃん……っ」
「アルト。聞き流してもいい。少し昔話を聞いてくれ。これは、俺が話したいだけの話だ」
俺はアルトを優しく撫でながら語り始める。セクハラとかではない。この世界に来る前に何度も教わったのだ。この慰めの行為をなんども行ってもらったので効果が高いと信じている。
「むかーしむかし。ある少年がいました。その少年は本来のお父さんは早く死んでしまい、お母さんの実家に引き取られたのだけど、幸せに過ごしていました。何故ならとっても優しいお母さんで、その少年の事を第一に思ってくれている――と少年は思ったからでした」
「……ぐすっ……ぐすっ……」
どうやらアルトは聞いてくれるようだ。まぁ聞き流してもいいんだが、ここまで来たら後戻りは出来ない。
「お母さんは朝から晩まで一緒にいてくれることもあれば、二日以上いない時もありました。少年はお母さんといる時はとっても幸せでしたが、いない時はずぅっと独りぼっちでした。ご飯も与えてくれる人がいなかったり、動けなくなったときもありました。だけどその少年は絶対に絶望だけはしませんでした。なぜなら心にお母さんが帰ってくると信じてやまなかったからです」
アルトは涙を堪えながら聞いている。だんだんと俺の心の中で黒いものが広がるような感覚があるが、そんなものは無視だ。
「そんなある日少年はお母さんに訪ねました。『ねぇ、いっつもどこに出かけてるの?』ってね。お母さんは笑うだけで答えてくれなかったけど、お母さんの笑顔を見ただけで、そんなことは少年の心の中でどうでもよくなってしまいました。ただ、優しかったお父さんの変わりになってくれればそれで良かったのです。お母さんがどんなことをしているか関係なく、ね」
「…………」
さて、ここからがこの話の本題だ。
「翌朝、少年はいつもどおりに目を開けるとそこにはお母さんは居ませんでした。いない事は慣れていますが、少年はその日だけ、特に異様な雰囲気を感じ取り、のても怖い気分になりました。怖くなったのでお母さんを探します。家中を探し回りましたがどこにもいません。家の地下室は入ってはいけないと言われたので探しませんでしたが、その場所以外すべて調べました。がやはり愛しい親の姿は何処にも見当たりません。さて、この少年は家から出れないとすると……次にどんな行動に出たでしょうか?」
アルトも真面目に聞いていたので俺は質問をしてみる。この無駄に見える質問にも意図はある。アルトの姉から考えを逸らさせられれば、それで上出来だ。
「……無理やり外に出て……探しにいく?」
「おいおい、外はでれないぞ。正解は、入るなと言われた地下部屋に入ってしまうことでした。少年はお母さんとのルールを破りその部屋に入ってしまったのです。その部屋は地下ということで、やはり薄暗く湿っぽい場所でした。ただただ暗いその空間に、少年は背筋が凍えるような錯覚を覚えました。そこで彼は冷静に考えました。こんな怖いところにお母さんがいるわけないってね」
「…………むっ」
アルトは涙で腫れた顔をむっとしたがこれでこの話は終わりではない。
「少年はその扉の下に白い紙が貼ってあることに気がつきませんでした。扉を開けた途端に、ビリリと紙が破ける音は耳には届いておらず、破れた紙も落ちたままでした。この紙はその部屋を開けたかどうかを調べるためのものでした。そんな事を知らない少年は空腹から耐えるために本を読み、寝ることにしました。すると、夜中に優しいお母さんが帰ってきました。車――じゃなかった。馬車の音で少年は目を覚まし、待ちに待った優しいお母さんの帰りに少年は心を踊らせました。……だけどもここで少年は部屋に帰ってきたお母さんの雰囲気が違うことを感じ取ります」
「……え?」
「お母さんは少年に破れた紙を見せつけ強い口調で少年に言い放ちます。『これはなに?! なんでこれが破けているの?!』ってね。少年はあまりの迫力に泣きそうになりますが、それを許さないとばかりに大人の力で放たれた平手が、少年の頬に乾いた音をたてて放たれました。女性とはいえ、大人の力が込められた平手の衝撃に負け、身体をパタリと倒します。その時、少年はなぜ叩かれたのか。不思議でたまりませんでした。だけども、お母さんの憤りはこれで収まらず、少年の首袖を掴み、再び同じことを問いかけました。だけども少年には何のことだか分かりません。少年は次に平手を逆の頬に当てられました。次は激しい痛みとともに少年の瞳は涙でいっぱいになります」
「…………」
「なにも分からないうちに少年は暗い部屋へ、入ってはいけないとされていた部屋に押し込められました。扉は閉められ、怖いこの空間から逃げ出そうと必死に鉄扉を叩きましたが、子供の力では扉はびくともしない。少年は助けを求めるように必死で泣いて助けを求めました。――が、当然助けは来ない。ゆるして、ゆるして、と何度も懇願したけど扉は開かない。疲れきった少年はさらに驚くべき事を目の当たりにします。その床には嫌なくらい冷たい骨が、転がっていました」
「声が震えて……っ」
アルトは俺の声が震えていることに気がついた。
……やっぱり俺の精神は強くなったと思ったらまだまだだったようだ。震える声で俺は再び語り始める。
「すぅ……はぁ……少年は再び体力を全て注ぎ込み、助けを求めました。しかし助けはいくら待っていてもこない。体力も、精神も、限界まですり減ったその時、もう死んでしまうんではないかと思ったその時、少年の体の内側から声が聞こえてきました。そして、ほのかに暖かいような不思議な声は全く怖くありません。その怖くない声は少年に対してこんなことをいいました。「お前はなにに対して慌てているんだ? 自分の力でどうにかするしかないだろ。さっさと立てよ」と。何処かお父さんに似ているその声が聞こえてくると、今まで激しく少年を蝕んでいた空腹、喉の渇きが少しだけ、ほんの少しだけ癒されていくような錯覚が起こりました。ここで少年は一つのことを決意します。
それは。父親の口癖であった慌てないこと。慌てず、考えること。少年は本から得た知識を活用し、両手でも持てないような重い武器のような、長い道具を力を振り絞って利用し、暗い空間から脱出することを決めました。そしてその思惑は、成功しました。扉を破壊して外に出ると何日ぶりかの光が少年を包みます。外には警さ――ごほん、憲兵の人が沢山いました。急に壊れた扉を見て、そして汚れた少年を見て憲兵は少年を保護し、養護施設へと送られました」
「……そっか」
「最後まで聞けよ? 少年は大きくなり、色んな事を学び、そして今はあの頃から想像できないであろうことに、信頼できる美少女の仲間を作りました。少年は最近警戒心が薄れているのはそのせいです。彼は強敵と戦い、負けそうになったときに二つの声が心に響くと、見事相手に傷を追わせることが出来ました。少年は学びました。味方となってくれる人がいるだけでどれだけ心が楽になるか。そしてその少年は、いま。一人の美少女に見つめられながら寮にいます。今の少年がいるのは、辛いときに助けてくれる人がいたから。もしかしたら、仲間がいなかったらこの少年はこの世にはいなかったかもしれません」
「ユウ……」
「……まぁ、だからさアルト。もっと俺達を頼っていいんだぞ?どうしても辛くて耐えられないときでも、俺たちが側にいることを忘れないでくれ。そして、頼ってくれ。僅かでも力になれる筈だ」
「……あっ」
これが言いたいがために長々と話をしたのは彼女の姉から意識をそらすためだ。
誰がなんと言おうと、な。
相変わらずあの時の現象は理解出来ないが、極限状態に陥った時に自己防衛の幻聴だと思っている。あの頃はこんなファンタジーな世界ではなかったからな。毎日がリアリティだ。
アルトは涙の溢れそうな瞳を手で拭うといつもの凛々しい彼女に戻る。涙で濡れた彼女は何処か神秘的だ。
「……っ! ユウ!ほんとに頼っちゃってもいいんだよね?」
涙で腫れた笑顔で彼女は俺に元気に、話しかけてくる。やっぱりこうでなくちゃな。
「当然だろ?……独りで悩むなら俺も一緒に悩まさせてくれよ?」
俺は笑いながら答える。するとレムもタイミングを測ったように大きな音をたてて扉をあけ、のしのしと近づいてくると負けじと声を張り上げた。
「ワタシにも……!! 頼ってください!二人はワタシの……大切な人ですっ!」
レムも必死な表情だ。いつから聞いてたんだコイツ。俺は基本的に他人に自分の弱点を晒すのは嫌なのだが……まぁレムとアルトにならいいかな。――ってこんな考えをするようになったのもこいつらのおかげか。
「ありがとな。頼らせてもらうから覚悟しろよ?」
「いざというときは……よろしくね? レム!」
「はいっ! 任せてください! あると! ゆう!」
こうしてさらに絆を深めた俺たちであった。
俺から離れてレムとアルトが抱き合っているさなか、俺は再びアルトの姉のことを考える。飛空艇らしきもの、魔導砲撃が可能な殲滅兵器、魔族は強力な戦闘民族。
そしてあいつらが、これを知った勇者たちがどう動くか、だな。
珍しくも少しだけ未来のことを考えていた。
ご高覧感謝です♪