第73話 空中から
目を開ける。空が青い。雲がある。太陽が眩しい。
異世界でもこういうところは元の世界と変わらずだな。
違和感があるとすれば、腹部から発せられる激しい痛み。次に意識が戻った時はベットの上かと思ったが、毛布のような身体を包む柔らかい感覚は感じられない。
ということは?
「せめてもう少し気絶時間は増やせなかったものかな」
俺はいま。空中に浮いているのである。
いや。落ちてるなこれ。
内蔵が浮いている感覚は昔遊園地で遊んだフリーフォールを思い出す。この性格のお陰で冷静に楽しめたが、周りは凄く叫んでいたな。懐かしい。――って対処しなきゃ俺、死ぬな。風魔法で落下速度減衰はできないか?
「まぁぎりぎりでやればいいか――って、なんだ……あれ?」
落ちている最中に飛行艦らしき乗り物が見えた。
バルーンでふわふわと浮くタイプではなく、宇宙でも戦闘が可能であるかなようながっしりとした戦艦であった。
この世界で空を飛ぶ手段はしっかりと作られているようだ。いつか乗りたいな。今は紐なしバンジー中だが。
「落ちてくるぞ!!」
「誰か受け止めろぉ!!」
「ナミカゼ君?!」
生徒達が慌てている理由は分からないがこのままじゃ頭から地面とキスだろう。断じてお断りである。
俺は流石に大衆の前で空中歩行を使うわけには行かないので、風の魔法をゆっくりと徐々に強く、近づいてくる地面向けて放つ。
「おお、案外いけるもんだな」
すると落下速度はどんどん減速していく、やはり速度減衰にはうってつけだったようだ。
そうして俺は空中で体制を整え、無事着陸。なかなかスリルのある体験だったな。
「さて、走るか」
「「いやおかしいだろ?!」」
何事も無かったかのような表情をして走り出す構えを取るが、生徒達のツッコミにより阻止された俺であった。
授業後。当然のことながら先生様からアルトと共にたっぷりと叱られました。
彼女は やり過ぎちゃった☆ とか言ってたがあれは完全に人を殺せるアッパーカットである。
俺じゃなかったらどうなっていたのか。
「あると、つよい……!」
「そこは俺の心配をしてくれるとちょっと嬉しいんだか?」
「僕も力加減間違えちゃったよ、ごめんね!」
「生きてたから別に構わないが……それにしても派手に飛ばしたな」
空を見上げれば隕石でも落ちてきたかのような穴がぽっかりと空いており、俺もよく生き残れたと我ながら感じてしまう。
無事その日の授業を終え、夕焼けが眩しい帰路についていた。もっとも寮はすぐそばだが。
アルトのアッパーカットによる攻撃は、障壁によりHPの減る量は減らせたものの700も削られていた。障壁があったとしても一般人を余裕で殺せるレベルです。やばいって魔王様。
「……不思議なもんだな。昔はこんな美女二人に挟まれて歩けるなんて考えもしなかった。殴られたが」
「なんか言った?」
「なんか……いいましたか?」
先程のことは聞かれていないようで何よりだが、二人はニコニコしながら返してくる。
俺は彼女らに転生者であるということを話していない。異邦人は嫌われるってよくいうしな。やはり話さないほうがいいだろう。
「いいや。何でもない。晩御飯はやっぱりあの料理だろうな……」
「美味しいので、問題ありません……!」
「強いなぁ……僕あの色は無理だなぁ。お腹すいてるから我慢するけどさ」
異世界での少ない俺の経験上、こういうまったりとした雰囲気は必ず邪魔される傾向にある。全体的に警戒を怠れないな。
気配探知を改めて発動すれば、待ってましたと言わんばかりに複数人が茂みに隠れてこちらをじっと見ていることを感じ取った。
彼らに敵意はないがどちらにせよ、怪しいことに変わりはない。
「はぁぁぁ……またか」
「どうしました……?あっ」
「……なるほど、またこーゆーのね」
アルトもレムも察してくれたようだ。
その気配探知に引っかかった複数人は、この学園ではだれ一人としていなかったレベル50以上のフィルタに全員が引っかかっており、頭の中でアラームが鳴り響く。
学生でないとすると、またギルド関係か?
「もーいい。さっさと出てきてくれ」
追われるだろうし、面倒臭くなってしまったため、こちらから呼び寄せることにした。
すると ガサガサ と草をかき分けボロボロのフードつきローブを被った数人の男女がユラユラと、そしてふらふらと出てきた。各々の実力は対したこと無さそうだ。
「僕達になんの用かな? 」
「ォ前ら……二……警告」
声が、掠れてるのか? だが、この学園付近に生息する魔物は極端に少ない上、出会ったとしてもその魔物のレベルは高くても一桁代だ。
対して、ゾンビのような彼らのレベルは平均50程度。なのに、どうしてこのような格好で、こんなにもズタボロなのかが分からない。
「なんなん……ですか?!」
レムは寒気を催したように体を震わせる。
彼らは実力どうこうではなく、目の前に立っているだけで嫌悪感がふつふつと湧き出てくる。明らかに常人ではない。
「コれ以上……そノ……女と関わル……な」
「ォ前ら……に不運が……訪れル……ア……ろう」
「我ラの……大切な……主の妹様デア……ぞ……」
「は? その女が誰だかわからないがな。それよりこの学園のセキュリティはどうなってる。なんでこんなのが入ってるんだ?」
俺は甚だ疑問であった。あれだけ宝石には厳重にかけられていたのに外はスカスカとは――前途多難である。
「我ラ……不死の……突撃隊……」
「死ヲも……恐れナい……不死身の……軍隊……」
「空カら……降ろウが……死なナい」
「っ! まさかッ!?」
そこ言葉を聞いた途端、アルトはすぐさま臨戦態勢へ移行した。彼女からは魔力で業風が吹き荒れ、相当焦っている表情が伺えた。
「どうした?」
「あると?!」
「ふバ……怒っテ……いるナ……現……魔王……ヨ!!」
「ユウ、こいつらは!! 誰かが僕のグリモワールをつかって……無理やり蘇らせられた死体だよっ!」
「死人……なのか?」
「空から……降ってきたんですか……?!」
「ふハは……如何にモ……」
こいつらもフリーフォールを体験したようだ。
まぁ怖さは先程体験してきたので心中察してやるが同情はしない。こいつらは敵であることは間違えがないからな。
「魔王ヨ……貴様二……伝ゴンがあル」
「……何?」
アルトが不信に聞き返すと、前に一歩前に出たゾンビ人間がボロボロの手を服の中へ入れると、黒く、かつ透き通った水晶を取り出した。
「……転移石じゃ、ないな」
「嫌な……雰囲気です」
レムの言う通り、その水晶は怪しいオーラを放っている。この雰囲気はアルトの空間に引き込まれた時に感じた時のものに似ている気がした。
「よク聞くといイ……我らガ主の声ヲ」
「――あーあー」
ズザザとノイズがかかったような音がすると、突然綺麗な声が響く。
だが、声を聞く度嫌な予感がとめどなく溢れ出てくる。
アルトも同じ気持ちを抱いているのか、額に冷や汗を浮かべながら戦闘状態を解かない。レムは俺の後ろに隠れ、恐怖の意を示す。
【こんばんわ。我が妹よ。元気にしてるかしら?】
響いた声は、女性だった。とても綺麗で高い声。
誰がどう聞いても女性と分かる程しっかりしたものだ。
「ぁ……えっ……?」
アルトは素っ頓狂な声を上げる。顔は完全に信じられない。という表情だ。
妹ということはアルトの姉……なのだろうか。
しかし、そうと分かっているのに未だに俺の本能は警笛を鳴らしつづけている。ここから今すぐに逃げろと。
「なんで……お姉……ちゃんが?……どういうこと?」
【貴方のことだから何でって疑問はあるだろうけど受け付けられないわ。これは単なるメッセージだから。】
「っ、なんで……お前らが……こんなものを……っ?!」
表情は驚いた表情から涙を我慢している表情へ変わる。何がどうなっているのか全くついていけてない。
「まダ、終わっテなイ」
【私は死んでいない。あの時に、助けられたの】
「……ホントに……いき……てた……のっ!?」
アルトは喜びの嗚咽を漏らすが、俺はこいつら「く……クく」という笑い声が特に気に入らない。こいつら何を企んでるんだ?
【でもね……もう元の私はいない。この記録も、どこまで持つか。わからない。だからね……聞いて欲しい。私の最後の願いを】
レムもついに嫌な予感を感じ取ったようだ。
何やら魔力が上の方で凄まじく大きくなる――気配がした。
【どうか……ふっ、ふふ……】
「お姉……ちゃ……ん……?」
「何が来るのか……?」
「何かが……来ます!!」
【死んで?】
「えっ?」
「やっぱり来たか!!!」
水晶の声を合図に、突如ゾンビがありえないくらいの速さで飛びかかってくる。
警戒していたのに少し出遅れた程だ。
「伏せろっ!!」
何とかアルトとレムを押し倒し、頭上をゾンビが通り過ぎる。
ゾンビ共の武器は無いが、その手に掴まれた木は養分を吸い取られていくように、すぐさま枯れていき、朽ちていった。
その光景に驚いているのもつかの間、空から勇者のジャッジメントよりさらに巨大な魔力の気配。
「……これはまたすげぇな」
太陽が沈みかけて暗くなっていた空に一層黒く、巨大な大玉が浮かんでいる。それは徐々に小さくなって、細くなっていき――
「ゆう!! 逃げて!!」
「こりゃまずそうだな。転移」
レムは全力で俺に逃げることを言う。俺は嫌な予感がしていた頃から用意していた転移魔法を発動し、このまま寮へ全力で逃げる。
寮へ戻ると爆音はしなかった。……どうやら打ち込むのは諦めてくれたようだ。
「全く、学園長に次も頼むとか言われたが、そう早く次が来るものなのか?」
なにはともあれ、あの飛空艇らしきものからの魔力による砲撃は回避できたようである。
授業中に空を待っている時に見たあれとは関係があるのか……?
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