第72話 初めての友達
「あ、あのー……ナミカゼ君? だよね?」
ん、んん? 女の子? 男の子?――もういいや男の娘で。この人は勇者より女の子っぽいが、なんとも中性的な顔立ちである。そして、絶壁である。
もしかしたら女の子かもしれないけど。そうだったら謝るべきだよな。
髪色は灰色で目は青く、少し長めの髪から女子と言われても不思議はないだろう。
この生徒は俺が嫌われてるのにも関わらず全く敵意等を持っていない表情をしている。どちらかというと緊張しているようすが見られる。
「……誰?」
俺はその時はクラスメイトという事を完全に忘れてそんなことを聞いてしまう。自己紹介の時間は俺は遅刻したから仕方ないよな。
因みにレムは俺の後ろに隠れている。全然隠れられてないが。
「……やっぱり知らないよね。えっと、自分はラクナっていうんだ!苗字はないよ!」
「ら、ラクナね。何の用だ?」
「用っていう程じゃないんだけどさ、一緒に走らない? 自分はナミカゼ君を知りたくてさ!」
「ゆう。この人、怪しいです」
彼女は敵を見つけたような表情をしている。取り敢えず警戒を怠らないでおこう――ってこれじゃ友達できなさそうだな。
俺も異世界に来ていろいろ変わったものである。
すると俺の後ろで じぃっと 見てたレムはラクナの胸部を見て、次に顔を見る。ラクナは色々な所を見られたためか顔を赤く染めた。かなり女の子ぽい仕草だ。
「ゆう、この人男の人。騙そうとしてる……です」
「ええっ?! 自分は騙そうとなんてしてないよ?!」
「男だったのか。それはそれでよかったが」
やっと男の友達が出来そうである。期待を胸に俺は話を広げることにした。
「んで、どうして急に話しかけようとしたんだ? 話す機会はいくらでもあったんだろう?」
「えっと……ユウ君はいっつも転移石使って何処かに言っちゃうから話しかけられなくて……ね?」
「……なにを企んでいる、ですか?」
レムの警戒心が解ける事はなく、彼を警戒人物としているようである。俺としても警戒するに越したことはないが、やはり異世界で初めて同性の友達が出来るチャンスである、と考えは今回は警戒心も無しで会話をすることに決めた。
「なんにも企んでないよ!……ただ自分……勘違いされやすくて……あんまり男の友達……出来ないんだよね」
「俺とならなれると?」
「なんか……そんな気がする」
「怪しいです」
直感的に俺となら友達になれると感じたようだ。どこに感じたのかは分からないが俺は取り敢えず肯定的な態度を取ることにした。
「そうか。よろしくなラクナ」
「……!うん!よろしく!」
俺は手を差し出すと彼も手を出し、握手を交わす。一応友好的な人のようだ。
「それと、こっちはレム。人見知りだがめちゃくちゃ優しいぞ。仲良くしてくれ」
「よろしく……です」
「うん!よろしくね!レムさん!」
レムは渋々と手を出し握手を交わした。一応触れるぐらいのレベルまで上がったなら何よりだ。レムは知らない人だと触られることすら嫌がるのでこの時ラクナが握手を出来たということはかなり警戒度は薄れているのだろう。俺の友達よりレムの友達が増えて欲しいところだ。彼女の人見知りを治すのも課題か……?
「さーて!! そろそろ走り出す準備は終わったな!! 魔法クラスはこのレーンを走り、戦士クラスはその隣のレーンから走れ!」
魔法クラスのレーンは戦士クラスより小さく、周る回数も少ない。レムはやはりバレてしまうか?
そんなことを考えながら移動していたら、彼女は俺たちと共に魔法クラスのレーンに入り、当たり前のようにスタート地点に立つ。
彼女のポーカーフェイス技術はなかなかのものだ。
「ん? レム。そこで何をしている。お前は戦士クラスだろう?」
「……ここがいい……です」
「だめだだめだ。許可できない。走る距離が少ないのが良いのは誰だって同じなのだ。レムは戦士クラスなのだろう?ここは我慢だ。……あいつに良いと見せてやりたくはないのか?」
「……っ!!……やりたい……です」
「よーしじゃあっちいくぞ!!」
「……やっぱり行きたくないです……ぅぅ」
やはりバレてしまった。レムは ずりずり と引きずられながら外の大きいレーンのスタート地点に運ばれていく。先生が耳打ちしたところ一度やる気を見せたのだが何を教えたのかは不明である。
「レムもなかなか頑固だね」
「ああ見えてな。それも可愛いところだが」
勿論レムは美少女だがそういう意味で言ったのではない。子供を可愛いというのと同じだ。俺にはそんな属性はない。
「……ユウ。その人……だぁれ?」
「?!」
あまりの威圧感にラクナは ギギギ と首を錆び付いた音が鳴りそうなゆっくりとした速度で後ろを向く。
俺はこの声は聞き覚えがあるので別に慌てて、恐れることはない。振り返っておそらく勘違いしているであろう事を伝えることにした。
「アルト。先に行っておく。ラクナは男だ」
「えぇ!? 自分……女の子じゃ、ないです……っ!」
ラクナは怯えて敬語である。するとアルトはじぃぃぃっと、つま先から頭の先までしっかりと見て一言。
「…………この髪で?」
「ぅぅ、確かに女の子みたいに手入れはしてないけど」
「気になるなら生徒手帳を見せてもらったらどうだ?」
「……ホントに男の子?」
「はいぃ……」
ラクナは完全に怯えている。あの威圧感は慣れたものだが、初めて威圧を浴びた人は確実に怖がるであろう。本当は慣れるものではないのだが。
アルトは男の子だと分かると フッ と威圧感を霧散させいつもの明るい彼女に戻った。
「そっか!ごめんね!勘違いしちゃったよ!」
「いいいい……いえ!お構いなく!!!」
「完全にラクナは アルト=怖い のイメージが定着率したな」
「そうだ! ユウ! 一緒に走ろっ!」
先に行っておく。俺は『一緒に走ろ! といって先に行くような行為』はしないが、彼女はどう考えても する方 のタイプの人間だ。挙句の果てには彼女は加速の魔法まである。確実に先に行くだろう。
「……お前俺たちを置いてくだろ。 」
「…………えっ? 置いて行かないよ?」
「その間は何だ。そしてなぜ空を見上げる。俺は今日汗かきたくないもんでな。ゆっくり走らさせてもらう」
「えー。そんなこといってユウだってふわふわ纏って先に行きそうだけど、ホントに一緒に走れる?」
ふわふわ、とはおそらく俺が使う魔法纏の風属性のことであろう。
いつの間にか、勝負はどちらかが先に本気を出したら 負けになっていた。
「ふわふわ?……何だか知らないけど会話についていけないなぁ……仲いいんだね二人って」
「結構長い付き合いだからな」
「ユウ?!」
「え……!? 付き合ってるの?!」
「いや、そういう意味じゃないからな。アルトにも俺以外に好きな人ぐらいいるだろ?」
そういう意味とは男女交際の付き合うことだ。これは言葉は似ているが大変な違いがある。しっかりと弁明しなくては。アルトをちらっと見ると顔は噴火しそうなくらい真っ赤だ。怒ってたりしないよな?
「なんだ、でも付き合っても不思議じゃないかも」
「そんな仲良く見えるか? まぁ確かに前の世界じゃこんな仲の良い異性はいなかったけどな。
「ま、前の世界?」
「……そんな事言ったか? それになリンクスとミリュは知ってるよな? アレみたいなのが付き合ってるっていうんだ。実際には付き合ってないらしいが」
「ああ、確かにあの二人――って?! 付き合ってないの?!」
「直接聞いたら否定されたよ。あいつらの脳内どうなってるんだか」
リンクスとミリュを中傷しているが、初めてこの世界で生徒と会話ができた。嬉しい限りだ。
未だに顔が真っ赤なアルトは流石にどうかと思い俺は話し掛ける。
「アルト……どうした?」
「うわー……顔真っ赤だけど大丈夫?」
「あぅぅああ……ゆ、ユウ……っ! 付き合ってたの?! 僕たち……」
ああ。そういえばこいつはかなり純情である。昔お姫様抱っこして彼女が顔を真っ赤にしていたことからそれはよく分かっている。勘違いということをしっかり伝えなければ。
「アルト。俺が言ったことはお前の想像している事とは勘違いだ。」
「……えぇっ?」
「男女交際という意味では、ないぞ。そもそも俺なんかを愛してくれるなんて勿体ない。他の奴を探した方が……っとレムがいたな。勿論恋愛的な意味ではないが――ってどうした?」
アルトは勘違いということ気づいて顔をさらに赤く、深紅に染めた。まぁ誰だって勘違いはあるよな。
ぷるぷると彼女は身体を震わせ、ぐいっと腕を振り上げる。嫌な予感が止まらない。
「スタート!!」
「ユウの……バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「なっ?!?!」
スタートの笛、アルトの叫び声、俺がアルトのアッパーで吹っ飛ぶ衝撃音。本能的に危険を感じ障壁を発動したが、難なく壊される。
色々な音が混ざり通常通り走り出したのはレムだけだったというのは空に舞った俺は知らない。
「おうおうおう、派手に吹っ飛ばされたのぉ」
「笑いを堪えられませんでした」
「なるほど。俺は今違う枕で寝ているのか」
もうここに来た時は必ず原因があるということをしっかりと理解した俺なのでもうなんとも思わない。
気絶するほどのアッパーカットとは凄まじいな。
「何を考えているのかは知りませんが、気絶したのが丁度良いタイミングだったので私達は貴方が来るのが余りにも遅いので追加にヒントを差し上げる事しました」
「ふふふ。感謝するが良い!」
「お前ら、もう少し我慢しろよ。今日の未明に話したばっかりじゃないか」
恐らく俺に早く見つけて欲しいのだろう。全く外見が分からないので見つけたとしても声で判断するしかないが。
「さて、どのヒントが欲しいですか?なんなら這いつくばって願ってもいいんですよ?」
「我らにその回らない頭を下げ必死に願っても良いのだぞ?」
「お前ら性格悪くなったな。そのままだと俺の気分が逸れて行くのが遅くなっても知らんぞ?」
「……どうやらこの人はこの本に乗っているタイプではないようです。」
「おかしいの、本の通りならこの男は喜ぶ筈なんじゃが」
こいつらに誰がなんの本をあげたんだ? 変なものじゃないといいが……内容からして変な物だろう。諦めよう。
「んで、早く教えてくれないか? 俺も俺で単位がかかってるんだよ」
俺は催促して、何もない白い空間に声を掛ける。するとやはり返事は帰ってきた。不思議なものだ。
「……はぁぁ……ソラ。こいつにはゆっくりするという発想はないようじゃ」
「確かにそのようですねファラ……って、あっ……」
「げっ?!」
「なるほどな。お前らの名前は理解できた。さぁ……早く話してもらおうか? ソラとファラ?」
こいつらは自分で墓穴を掘っていくタイプのようだ。しっかりと考えないからこうなるのである。いつも冷静にしてればこのようなことにはならない。
より一層冷静の大切さを知った俺であった。
「こここ……このことは内密にしといてくれると助かるのじゃ……」
「誰に話せっていうんだ。早くしてくれ。日が暮れそうだ」
「この人は、まったく………ごほん。まず、遠征には出ることをおすすめします。何故なら近くに私達がいる場所があるという為です。」
「といってもそこから最低二十キロメートル以上先じゃが」
随分な大ヒントである。これまでに得た情報が正しければよほど早く見つけて欲しいのだろう。
そう思い、俺はこんな質問をする。
「お前ら、寂しいのか?」
「そそそんなことないのじゃ!!」
「そー、そんなことありませんよー」
片方は激しく慌てて否定し、片方はイントネーションが普通ではなかった。図星であろう。
「だけれども……」
「ん?」
急に真面目な声をかけられ聞き返してしまう。話しかけたのはイントネーションがおかしい方だ。
「来るなら、早く来てください」
「人間が我らの存在に気づきかけておる。我らがあやつらの手に落ちる可能性もある」
この声は真面目だったので本当の事だろう。この時節から察するにやはり戦争関連か?
「遠征には出ろということだな?」
「私達に会いたいのならです」
「お主の実力。信じておるぞ。それに今回が、話せるのは最後じゃ」
「どうですか? 残念ですか?」
正直真逆の考えだが、ここで空気を読めないほど俺は馬鹿ではない。なのて無言を貫いた。
「私達は」
「お主がくる事を」
「「信じています、おる」」
その言葉を聞くと空間にノイズがかかる。
全く、訳が分らない奴らだったが俺はあいつらを負かすって決めたのだ。ほかの奴らに渡すわけにはいかないな。
決意を再び胸に決め、俺は再び意識を閉ざすのであった。
ご高覧感謝です♪