第46話 準備段階
俺は今、貴族の屋敷の敷地内にある高い木の上にいる。情報収集のために下見に来ていた。もちろん気配遮断は忘れない。
貴族の屋敷に乗り込むと決めたが、奴隷である彼女が幸せそうならばそれでいいのだ。
俺は貴族の良いイメージをもっていない。ただの偏見であれば、この殺人計画は終わりだ。その為の今日である。
「……きたか」
パカラ、パカラと遠くから音が聞こえる、恐らく貴族が乗っている馬車だろう。
より一層身を潜めて様子を伺う。
馬車から出てきたのは茶髪のメッシュが入った長髪の貴族。如何にもチャラチャラしてそうだ。だがこれはまだ偏見である。
真偽を見極めるにはもっと冷静でいなくては。
――しかし、次の瞬間俺は驚愕の光景を目の当たりにする。
「おら……早くでろよ」
「……はいです」
貴族は馬車を降りると、乱暴に鉄の鎖を引っ張る。苦しそうな顔つきの表情を浮かべて出てきたのは、身体中に生々しい傷跡が目立つ、奴隷の少女であった。
無理やりに引っ張られたため、彼女は地面に倒れ伏してしまうが、貴族はそんなことを気にせず鎖を思いっきり引っ張る。鎖の繋がっている先は彼女の首輪だ。引きずられており、虐待を常日頃から受けていることは明らかであった。
「さっさと歩けよ。こっちはお前が負けてイライラしてるんだよっ!」
「……ごめんな……さい」
ボロボロの体、掠れた声で彼女は謝罪をしても貴族の怒りは収まらない。彼女はふらふらとしながら必死で立ち上がる。
「さっさとしろよ混ざり者」
混ざりものとは恐らく違う人種の間に生まれた者だと思うが、俺はその光景を見て、自身が動かないように抑えるのに必死であった。なにせ小さな子供が余りにも酷い扱いを受けているのだ。
俺が死ぬ前の世界では絶対にありえないし、そんな事したら世間からも忌み嫌われるだろう。
しかし、ここで慌てて突撃したら、明日の作戦が全て水の泡だ。他にも奴隷がいるのかもしれない。そう考え、俺はなんとか逸る気持ちを抑えていた。
「はい……ごしゅじん……さま」
彼女が声を振り絞ると貴族達は早足で入っていく。
次は中を調べなくてはな。足音消去を使ってバレずに入れるだろうか……?
貴族達が屋敷に入ってしばらくして出てこないことを確認し、俺は動き出す。
貴族たちが帰ってくる前に調べたが大きな仕掛けなどはなかった。
屋敷の中には多数の気配がある。奴隷なのか、はたまた巡回している警備員なのか分からない。調べなくてはな。
「さて、どうやって入るか。魔法創造で透明化ぐらい使いたいが無属性魔法らしく使えないんだよな」
無属性魔法を創ったとしても透明化が可能になるのはレベル3からなのだ。
例えば、炎のレーザーを打ちたい場合、魔法想像で炎のレーザーを作ったとする。この時の火属性魔法のレベルは4とする。
しかし、炎のレーザーは火属性のレベル5から使用できるので、レベル不足でその現象を引き起こすことができないのだ。
このように無属性魔法のレベル不足のため、透明化は出来ない。
自由が利くのはレベルがある程度上がってからだ。
「まぁ……バレたらバレたでいいか転移魔法使えばいいし」
考えた挙句、俺は中を調べることにした。気配探知により俺に気づいてるかどうかはわかる。見回りが俺の存在に感ずいたときには直ぐに転移すればいいのだ。
俺は足音を消しつつ、音を立てないように屋敷の扉をこっそりと開ける。鍵はない。警備員で十分なのだろう。こういう点はやはり異世界感がある。
恐る恐る隙間から除くと――誰もいない。気配探知によれば、見回り達は集まっており、比較的遠い場所にいるチャンスだ。
音を立てないように慎重に扉を開け、閉めた。
俺に不法侵入の経験はないが、目的のものを探す空き巣の気持ちがわかった。これは緊張するな。
足音はスキルによって消えるのでダッシュしても問題はないが、必要以上に走り回らない方がいいだろう。監視カメラのようなものが無いとは限らないからな。
「へぇ、やっぱ貴族の家って凄いな。住んでみたい気持ちもあるな」
大きな肖像画に、綺麗な赤い絨毯。よく掃除された内装に垂れ下がるシャンデリアはまるで中世の世界に飛ばされたかのような錯覚を覚える。異世界に来ているのだが。
ジロジロと眺めながらブツブツと言って歩いていくが、ど真ん中をづかずかと歩くほど俺も馬鹿ではない。しっかりと物陰に隠れながら気配の主を一つづつ確認する。
確認すれば気配探知でほかの人と区別がつけられるからだ。これをマーカーを付けると名付けている。本当にこのスキルは万能であるな。このスキルのレベルは非常に上がりにくいが。
一人一人気配の主を遠くから確認する。
しかし、殆どが警備員で、奴隷と思われる影は見当たらなかった。現在見回り達がバラバラに散って、一部屋に二人という結構な数の警備員が存在していた。この警備員の多さのため鍵は不要なのだろう。
こそこそと一人一人確認していると警備員達がある会話をしているのが聞こえた。
「なぁ……あの混じり者さ、結構保ってるよな」
「ああ。確かにな。あのオラン様の拷問は毎日続いているらしいのにな。普通にあんなに精神も体ももたねぇよ。サドっぶりも半端ないが、混じり者だからあの耐久力かもしれないけどな!」
「俺からしたらあんなやつどうなったって構わねぇけどな」
「がははっそうだな!」
正直俺はこの時に闇魔法発動して飲み込んでしまいたかったが騒ぎにならないようにグッと抑える。この世界の人間はどんな価値観をしているんだ? あんな小さな子なのに拷問を受けている、ということを笑って飛ばせることが信じられない。
「あの人……今のやつに相当満足はしているらしいが、また新たな奴隷を買うらしいぞ? それも小さな子供のな。本当にあのサド貴族様に目をつけられたくないもんだな」
「たしかにな!」
これ以上、だと?
あいつの欲望の為にこれ以上の未来のある子供を犠牲にしていいのか?
(これ以上は、やらせたくない。だが、どうすればいいんだ?)
考えつつ俺は気配の主を一つ一つ確認するため行動する。警備員の数は合計十人。確認できたのは八人だ。かなり広めの屋敷だが少し多いくらいだ。やはり貴族は何かに警戒しているのだろうか。
奴隷の子と他の警備員はすべて下の階にいる。だが、俺が今いる場所は一階であり、地下への階段は見つからない。
そろそろここら辺が引き時だろうか?
俺は屋敷の大体を見て回ったが下への階段は何処にも無かった。
観察眼を発動したいところだが、この世には観察系の魔法、スキルに敏感な者がいるとも聞く。無理に探さない方が良いだろう。警戒をするのには十分な理由だ。
そのスキルを使うときはバレるのを考慮して、その場合に使うことにしよう。
俺はこっそりと帰りたかったが、そう上手くは行かないようだった。
「ちっ、入口付近に三人か。バレずに抜け出るのはちょっときつそうだな、仕方ない。転移魔法を……ん?」
こっそり出ていきたかったところだが、人数が多いので仕方なく転移魔法で変えることに決める。
俺が侵入したことがバレてはいないようだが、なにやら三人集まって話している。微かにしか聞こえないのでほんの少しだけ近づくことにする。
「―――だよな?」
「そうだよな! あの子可愛いよなぁ?」
「俺オラン様と仲いいからたのんでみるか? きっと俺達のものになるぜ? 竜人様とは仲が悪いようだから、俺達が保護するって理由でよ……」
「おっ!あの子も多分貴族の権力にはかなわないからきっとやれるぜ!」
へらへらと気持ちの悪い笑いを浮かべながら楽しそうに会話している。警備員も総じていいやつは居ない。それとまさかとは思うがこいつらが話しているのってアルトじゃないよな?
……違うことにしよう。認めたら想像の歯止めが効かなくなりそうだ。どちらにせよ最低二人は狙われてしまったな
(いや、この考えは後だ。取り敢えずここからでなくてはな)
気配探知を再び展開する。奴隷の子はいま一人でいる。周りに警備員はいない。入口は警備員が集中して今は出れない。今の内に助け出せそうだが、場所が良く分からないところにいる。ここは我慢だ。
(明日、助けてやるからな。あと少し、我慢してくれよ)
俺は警備員が近くにいない場所まで移動し、転移魔法を発動する。魔法の使用に集中している傍ら、俺の脳内では昔の記憶がフラッシュバックする。白い骨、暗い部屋。そして嫌なくらい耳に残る軋む音。
あの奴隷の子も同じような場所で俺より辛い思いをしているのだろうか?
俺は、やはりあの子をどこか昔の自分と重ね合わせているみたいだ。俺の年はあれより低かったが、辛いものには変わりがない。
光が収まるとそこはいつもの俺の部屋であった。
無言で俺はベットに倒れ込み、目を瞑る。
「これが……焦っているということなのか?」
俺にはよく分からない。彼女の為に行動したのは昔の自分と重ね合わせていたから。
だが予定した日を決めたのにも関わらず、今すぐにでも助けたいと思うのは彼女を助けるのに焦っているって事なのだろうか?
「ふぅ……俺も随分人思いになったものだ。昔の俺からしたら想像できないな」
一度深呼吸をし、いつもの調子を取り戻そうとしたが、先ほどと状況は何ら変わらない。心臓は安定してゆっくりと動いている。脈拍も良好。……俺はこれでも焦っているといえるのだろうか?
考えていても分からなかった。
だが、やると決めたのだからやる。この想いは俺の胸の中にしっかりと残っている。
「あの奴隷の子は俺が助ける。絶対にな」
俺は気合を入れなおし、魔力の基礎値を上げるため、何時もどおりに魔力を消費しに魔界へ向かった。
それと、訓練に集中しすぎてご飯の時間をを逃さないように気を付けないとな。
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