第39話 闘技大会2日目 決勝 魔王vs暗殺者
『勝者ぁぁぁぁっ!ユウ ナミカゼぇぇぇっ!』
静まり返った場所にテュエルの声が上がり響く。
そしてそれ以上の変化は起きない。
「…………」
観客達は誰一人ブーイングの声も上げなければ、歓声の声も上げない。俺がいた部屋、テュエルのVIPルームに視線を移せば、喜んでいる三人衆の様子が分かった。声は全く聞こえてこないが。
「くぅっ……」
倒れているシーナが呻き声をあげた。どうやら意識が戻ったようだ。
俺は歩きながら彼女に向けて言い放つ。
「悪かったな。お前にも目的はあったはずだが、俺にも目的はあるんだ。恨まないでくれよ」
俺は彼女が何かの目的の為にこの試合に出ることは分かっていた。何かは分からないが強い意志が鍔迫り合いの時に感じた。
すると彼女は不意に口を開く
「この大会に出た私の目的は二つ。一つは貴方の事を知ること。もう一つ……は、これだけ戦えられればもう満足です」
どうやら彼女はアルトと同じように俺と戦うことが目的だったようだ。戦闘狂しかいないのかこの世界。
「そうか。……俺もかなり年下のお前に本気を出したのは些か情けないな」
俺はぼそっと情けなさを体感していたが、この一言に過剰に反応を示したのはシーナだ。
「……今なんて言ったの?」
先程と同じような殺気。顔にも影が現れる。
「年下に……」
不意にシーナに杖で足を払われる。
転びはしないが弁慶に当たったので凄まじく痛い。
すると少しだけ観客から笑い声が聞こえる。
なんでだよ。そこはスルーでいいだろ。
「つっ?! なにしやがる……」
「女性の年齢を間違えるとはやはり貴方は見る目もないようですね。だからこんなことになる」
「いやどう見たって十さ……うはっ……いてぇ」
彼女は年下と言われるのが嫌なようだ。子供が大人になりたい気持ちから、こうなっているのか?
「私は。十六歳です。次馬鹿にしたら足を折ります」
「なんだって?なかなか面白い事いうなお前……」
機会があればステータスを覗いてみたいものだ。
もちろん観察眼でもスカートの中を除く等は出来ない。勘違いしないで欲しい。
「魔力があればもう一度《風刃》を放つところです。貴方が私の事を圧し倒したのですから早く立ち上がらせてください」
「いろいろ勘違いされそうな言い分だな」
取り敢えず手を差し出す。彼女は何か考えた様な表情をすると、しっかりと俺の手を握り、立ちあがる。
彼女なら何かしそうだ。転送魔法を準備しておこう。
レベルが上がったことにより転移魔法に使う魔力を二倍払うことで、光を隠しながら転移できるようになった。かなり目立ちにくくなり便利になった。
そんなことを考えていると観客はやっと動き出し――
「おい!さっきのもイカサマだろ?!」
「なんか女落としの魔法でもつかったんじゃないの?!身の危険を感じるわ!」
「てかなんで召喚士なのにSSランカーに勝ったんだ?!」
これでやっといつも通りか。もはや自宅のような安心感である。批判されることに慣れすぎたな。
『おらぁぁっ!お花摘みにいってた姫君が帰還したぞ!!まだいたのか二人とも。はやく戻らんか』
実況の熱とは違い、疲れてる相手に対してなんとも冷たい姫である。それと品の欠片もないぞ。もっと姫らしくしてくれ
さて、部屋に戻るとしよう。
「じゃあな」
「待って」
袖を引っ張られ俺は不意を足を止める。
なんなんだ次は。
「貴方に攻撃されて腰が抜けた。動けない。おぶって」
……立っているのに何を言ってるんだコイツは
「機会があればな」
この言葉は非常に便利である。このまま忘れても機会がなかったと言えばいいだけなのだ。
そういって準備していた転移魔法を発動する。
するとシーナは無表情で口を開く。声は聞こえなかったが口をパクパクさせていた。
お ぼ え て ろ
と言った口の動きに見えたが完全に気のせいだろう。
寒気を感じたが完全に気のせいだろう。
そう。全て気のせいなのだ。
~~~~
「ユウ? あの女は何? 誰なの? どんな関係?」
転送で帰ってきた途端、というか光が収まる前に話しかけてきた。閃光で周りが見えないのにも関わらず、光の向こうから彼女の声が聞こえるので、彼女が人間界に送ってくれた魔法を思い出す。
彼女の背中に悪魔のような魔人が見えるがきっと目の錯覚だろう。
リンクス達は部屋の端っこで青くなっていた。
そして二人はくっついている。いい加減キレていいだろうか。
「あー……長いけど説明していいか?」
アルトに視線を戻し長くなることを伝える。
「最初から最後まで一語一句残さず説明してね? 隠すようなら影の中だからね?」
そうするとアルトは何かの魔法を発動した。何かは分からないが薄い黒の光がアルトを覆う
そしてすぐにそれは霧散する。
「はい。準備完了」
「なんの準備だか分からないが、説明するぞ?」
そうして俺はシーナとの出会い、主に悪態だったが、とその後を心の底から吐き出すように説明した。
最後の方にはギルマスの文句になっていたが。
話をしていく内に徐々にアルトの表情が「うわー……」と言いたげな感じで白けていった。俺は間違ったことを言ってないが。
「というわけだ」
「ユ、ユウも大変だったんだね勘違いしてごめんね。」
「まったくあの年下……」
ちなみにあとから知ったのだが、アルトが使ったのは嘘か本当か見分ける魔法である。
俺は心から吐き出していたので全く魔法の影響は無かった。
「それと二人とも。いつまでくっついてるんだ?続けたいならこの部屋の外で頼む」
未だにラブラブしている二人に俺はお灸を据えることにする。俺なんて彼女なんか一度たりとも――勘違いしたことはあったがな。ああ思い出したくない
だから俺は二度とその様な勘違いをしないように心がけているつもりだ。
「あっ……」 「ああっ……」
そう言って二人は照れながら離れる。この野郎……今すぐ追い出そうか。
「ユウ……見てあれ……」
そこに見えたのは
「かはっ……」
「まさか獣人の奴隷だったとはな。少し興味があったものの、所詮奴隷か」
ミリュと戦った灰色ローブは完全に焼きただれ、その装備に隠れていた姿が痛々しく晒されていた。
ぼさぼさの銀髪が露わになっており、しかも首に首輪をし、頭には白いケモミミがある。
この世界では奴隷制がある。男も女も関係ない。
やはりこの世界では戦いが当たり前なこともあり、植民地とする地域もある。
なのでこの世界には比較的奴隷も多い。元の世界からでは信じられないことだが、彼女を見る限り奴隷ということがわかる。
奴隷という存在を初めて見たときの俺の気持ちは、よく分からなかった。救いたいと思ったのか? それとも可哀想とおもったのか?
――わからない。だが彼女には何か惹かれる。恋ではないのは確かだが。
「なぁぁぁにやっている?!しっかりろよ!?」
俺はバルコニーに出た瞬間にこの声が耳に届く。声の主はいかにも成金と言う言葉がしっかりするような小太りの貴族のような男であった。
「かはっ……!?」
「ふむ、こんなものか。獣にはいい末路だな」
蜥蜴は足でひっくり返す。気絶していることを知り、外へ飛んでいく。
『勝者ぁぁっ!ライガーぁぁっ!!!』
「わぁぁぁぁぁっ!!!」
……なぜ喜ぶ? なぜ歓声をあげる? 倒れてるのは獣人とは、いえ、年話も行かない子供だぞ?
しかしその答えはすぐに浮かぶ。
そうか。
「これが……異世界か……」
俺は元いた場所とは世界が違うのだ。世界が違えば文化も違うのは当たり前。なのに
「ユウ……?」
「どうしてこんなにも苛立ってるのだろうな俺は」
悶々とした気持ちでいるとアルトが再び声をかけてきてくれた。
「いってくるね?」
「っと悪い。勝ってこいよ。」
「うんっ!」
アルトの相手は特に強い相手ではない。確実に勝つだろう。
そこで俺は近くにいるリンクスとミリュに問う。
「なぁ二人とも。お前たちは、奴隷をどう思う?」
「? どうって……」
ミリュは疑問の表情を浮かべるがリンクスは真面目な表情で答える。
「俺は奴隷はいなくちゃいけない存在だと思う」
「…………」
「だけど、奴隷としてじゃなくて、普通に暮らせる環境を整えてさ。そして普通の住民として暮らして欲しい。これが夢物語なのはわかるけど俺は……」
リンクスもリンクスで考えがあるようだ。
こいつのこと見直したな。
「リンクスなら叶えられるよ。その夢でも」
「ミリュ……」
…………おい。
見直したと思ったがまたこれかよ。アルトがいない今はとてつもなくつらい。
辛さから逃げるため視線を闘技場へ移すと。
『開始いいっ!!』
アルトが開始と同時に地面を抉りながら駆ける。
凄まじい速さだ。
「?!」
あっという間にアルトが軽装備の男(多分クラスは暗殺者)に肉薄し、
「ええええぇいっ!!」
ドガァっ!!
アッパーを繰り出した。
暗殺者は凄まじいスピードで上昇し、星になった。
魔王様自重しろよ。本当の意味でワンパンな試合であった。
名前すら聞いてないので、なんか相手にも申し訳なくなってきた。
『しょ、勝者、アルト!!』
『ワァァァァァァァァァッッッ!!!』
彼女の圧倒的な力で少し俺の気持ちは晴れた。
星になった彼とアルト感謝だな。
ご高覧感謝です♪