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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十二章 異なる世界と境界線
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第296話 鬼の手

 不意にベットを抜け出し、バルコニーで夜空に浮かぶ惑星を見上げる。

 こちらの世界なら空が赤いことは無く、昼夜の区別だってハッキリしている。

 空の様子はいつものように変わり映えしない光景であるが、彼女にとってそれが唯一の癒しであった。


 静かな夜風を受けると髪が靡き、月明かりに顔が照らされる。

 彼女の顔色は暗く、瞳に希望の色はない。

 ダンジョン攻略の時に見せた凛々しさは消え失せており、握れば壊れてしまいそうな儚さがある。

 それほどまでに、彼女は追い込まれていた。


「何が、闘魔姫だ」


 テュエルは悔しそうに歯を食いしばり、俯いてため息を吐く。

 攻略から一週間が経過したが、未だ記憶は衰えを見せない。それどころか、永遠と彼女を蝕むことだろう。

 カムロドゥノンで治療を受け、目が覚めた時には夢であって欲しいと何度も願ったが……残念ながら、叶うことはなかった。


「和平の道は、もう、ダメだ」


 魔王が覚醒し、勇者サンガが危篤な状態である以上、勇者召喚(最終手段)が行われるのは目に見えている。

 勇者召喚は甚大な犠牲や被害者が生まれるため、絶対に引き起こさせない一心で王政に携わってきた。

 しかし、それすら防げなかった。


 魔族の進行も、闘技大会で注目させるのも、竜人の里に行ったのも、何もかもが、あの魔王の計画通りだったというのだろうか。

 記憶操作の魔法をかけられたとはいえ、近くにいながらそれを見抜けなかった責任はあまりに重い。


「私も、間違いなく糧の対象だろうな」


 震えた声で呟く。

 目の前で見たからこそ、ただの死では済まされない恐怖を知っている。

 目の前で見たからこそ、今のような時勢を引き起こしたくなかった。

 首に巻かれた特殊な魔道具によって、魔力を引き出すことができないため、身体能力も満足に引き出すことが出来ない。


「後悔したところで、変わるものでもない、か」


 既にテュエルの王政に関わる権限は失われた。勇者の養分として使われるその日まで、逃げ場のない王城に閉じめられ続ける。

 今国がどうなっているのか、世間でテュエルがどのような扱いを受けているのか、その情報すら入ってくることがない。

 隔離されているからこそ、知人にも会えない。


「ルシャにも会えない、か」


 彼女の幼なじみであるルシャとは、かかりつけ侍女であるが、カムロドゥノンに帰ってきてからずっと会えていない。

 生まれてきてからずっと傍で支えてくれたことから、家族よりも接する時間は長かった。

 だからこそ、このような夜の虚しさを感じると会いたくなってしまう。


「……」


 不吉な予感が頭を過ぎり、テュエルは顔を上げる。

 王城に居るのに、ずっと会えないことは生まれて初めてだった。だからこそ、自分の身より彼女の身を案じてしまう。

 いっそ、どうせ死ぬなら命をかけて彼女を逃がしてから――なんて思ってしまう。


「情報がない以上動けないな」


 純粋に解雇、なんてことも有り得る。

 情報のない状態で暴れたことで、彼女に危険が及ぶ可能性を考えると、今動くメリットは限りなく少ない。


「……はぁ」

「――」


 腐り果てた王城から重々しい魔法の詠唱が風に乗って流れてくる。

 歌のように、呪言のように響く声は、少し耳にするだけでも身の毛がよだつものであった。

 この詠唱は、勇者召喚の準備の準備である。既に計画は始動していることを悟ると同時に、自分の死期が近づき始めた証拠である。


「まだ、何も成してないのに、死にたくない」


 手の震えは全身に伝播する。

 例え全力で逃げたところで、追いかけてくる相手は勇者を除いた国の最高戦力と言える王の三剣(キングス・ソーズ)の誰かである。

 首輪を破壊し、境界の向こうに逃げたとしても、それすら越えて地の果てまで追いかけてくるだろう。無の空感を渡る彼らに目をつけられた時点で、どう足掻いても逃げられないのだ。


「――そりゃ人間、誰だって死にたくないっすよねぇ」


 背中見回りの兵士の声ではない。そして、王の三剣(キングス・ソーズ)の声でもない。

 若い声と、気配が二つ。何も無い所から急に湧き出していたのだ。

 王城の中で見知らぬ気配が発生する時点で警報が発せられる程の緊急事態である。そのような事例と暗殺を防ぐために、何重にも渡って転移を封じたり、侵入者を感知する結界が張り巡らされているというのに。


「誰だ」


 現実に起こっている以上、原因について考えていても仕方ない。

 今彼女ができることと言えば、接触してきた相手から情報を引き出すことだけである。

 弱体化させられている以上、勝てる見込みはゼロなのだから。


「そう警戒しないで。弱っわいお姫様」


 入口の暗闇が盛り上がると人の形を創り出し、それらは般若の仮面を被った二人の姿に変わっていく。


 見た目は人間だった。だが、中身は間違いなく()()()()()()


「なんすか? そんなに俺たちが怖いっすか?」

「今の彼女は闘魔姫ではなく、ただの女の子。怖いのも無理ないわ」

「その仮面……資料で目を通したことがあるな。世界各地で破壊活動を繰り広げている団体、天吼鬼々(バーキングデモンズ)といったか」

「正解。流石は人間の姫様、ちゃんと勉強してるっすねぇ」


 カタカタと仮面を震わせながら、男が1歩近づいてくる。

 テュエルもそれに合わせ後ろに引こうとしたが、既に逃げ場はない。

 必死に睨みつけ、戦闘の構えを取るが、武器を持った相手に対して何も出来ないことくらい己が一番分かっていた。


「っ……仲間の復讐のために私を暗殺しに来たのか」

「いやー、あれはあいつらが悪いだけっすよ。だからそんな気にしないっすね」

「貴女の暗殺にも興味はあるけど、今回は真逆。助けに来たの」


 資料で見た限りでは、彼らは非人道的な集団であるとのことだ。現世からの解放という名目で結局のところ殺害が目的、なんてこともある。

 彼女は甘い言葉には裏があることを身をもって知っている。だからこそ、警戒度はさらに引き上げられた。


「まぁまぁ、本当に助けに来ただけっす。というか……交換条件の提示っすかね?」

「この条件を飲めば、王の三剣(キングス・ソーズ)だってどうにかしてみせるし、貴女の自由を保証するわ。ただ、王族には二度と戻れないけどね」

「……お前らの条件なんて飲めるわけが無いだろう。信用できる要素なぞ、何処にもない」

「ならこれ聞いたら変わるっすかねぇ……俺たちの条件は、“勇者召喚の阻止”これだけっすよ」

「なっ……」


 その言葉に思わず息を詰まらせたが、彼らも犯罪組織である以上、勇者の復活は喜ばしくないことなのだろう。

 結局のところ、彼らは未だ国民に対して悪の組織であることは明らかだった。


「これだけ、とは言っても協力して貰うことが沢山あるわ。まず一つ目、勇者召喚に関してできる限りの情報を提供すること。二つ目、勇者召喚の儀式が行われる正確な場所を掴み、その場所を伝えること。そして三つ目、私たちが実行するその日まで、王城を出ないこと――」

「ふん、つらつらと説明してもらって悪いが、生憎私は貴様らのような反社会的組織と取引できるほど腐り果てていないのでな。その条件は飲めない。お引き取り願おう」

「はぁ……即答か」


 女の方の雰囲気が変わり、背中に掛けていた特殊な兵装に手を伸ばす。テュエルでも見たことがない魔道具だった。

 長い筒のような黒塗りの兵装は嫌な予感を漂わせていたが、男は笑いながら女の子を差し止め、そのままテュエルに向けて語りかける。


「まぁまぁ、話は最後まで聞くっす。あんたはそう言うと思っててね。こっちも二つ手段を用意してるんすよ。穏便に話を進めることが出来れば、これは使わなくて済むっす」

「私を脅したところでどうなる。今命を失うか、後で失うかの違いだ。そうしたければするがいい。貴様らのような組織と取引するくらいなら、死んだ方がマシだ」

「こりゃー、強情そうっすねぇ」


 男は胸元から小箱を取り出し、中身を取り出す。

 それは、注射器のような形をしており、別容器から液体を吸い取ると、軽く弾いてテュエルに見せつける。


「強情なお姫様を素直にするお薬もあるっちゃあるっす。できる限り使いたくないんすけどね、多分今のお姫様なら戻ってこられないんじゃないっすかね?」

「……それを受けるくらいなら自決してやるさ」


 視線を逸らし、バルコニーから下を覗く。

 綺麗に整備された庭があるが、落下の緩衝材に使えるものはまるで見つからなかった。

 高さはだいたい30メートルと言ったほど。即死するかどうかは判断がつかないが、遅かれ早かれ死ぬことは確実だ。死ぬ事の恐怖を目の前にして、思わず喉を鳴らす。


「禁止薬物、と言ったら分かるかしら」

「あぁ、嫌な程にな」


 禁止薬物の類には傀儡化といった意思そのものを消失させる効果をもつ種類がある。恐らくそれに近い成分をあの薬剤に含まれていることだろう。

 そうなってしまえば、自分の自制心などなんの意味も持たない。


「これは最終手段っすよ。誰も傷つかず、あんたも傷つかず、大好きな国民が勇者の贄にならない方法、まだあるんすよ?」

「私が犠牲となって、国民を守る。それが今の私にできる最善だ」


 弱体化を受けてたとしても、バルコニーの塀を壊すことくらい容易い。

 後ろ足で彼女は蹴りを放ち、人一人分の穴を開けると、すぐに身を投げられる体制を整えた。

 心拍数が上がり、汗が吹き出し、口が乾く。


 ――だけど、私の死一つで大切な人々を救えるのなら。


「へぇ、犠牲になることを選ぶんだ。別に構わないけど、その影響で死ぬのがあんた一人だと思わない事ね」

「……なんだと?」

「確かー、ルシャって言ったっすかね? 悪いけど、こちらで身柄を預からせてもらってる――」


 その瞬間、爆発のような衝撃波が男の目の前で炸裂し、仮面を吹き飛ばす。

 明らかになった顔は人間の男として、何ら変わりがない。

 ただ気にかかることと言えば、夕のように片目だけ黒い瞳があることである。


「おおっと、危ないっすねぇ。能力を満足に引き出せないのに、こんなに力を出せるなんて――」

「ふざけるなッ!! ルシャを預かっているだと!? 大概にしろッ!」


 テュエルの拳は隣に居る女によって受け止められている。

 握られた拳は魔力こそないものの、莫大な威力が込められており、受け止めている方も思わず声を漏らす。


「ちょっと……こんな動けるなんて聞いてないんだけどッ!」


 握られた手を無理やり引き上げ、女はテュエルのがら空きの胴体に、蹴りを叩き込む。

 攻めることに全ての力を費やした彼女は、防御に回す余裕もなく、再びバルコニーまで床を滑りながら吹き飛ばされてしまう。


「か、ふっ……」

「だけど、危ない橋を渡った甲斐はあったっすね。もう一度言っとくっすよー、ルシャは預かってるっす」

「ざ、ける、な……っ」


 何故ただの侍女である彼女が狙われたのか分からない。確かに双方的な思い入れはあったが、周りにひけらかすことはしていなかった……はずである。

 しかし、彼女が既に誘拐されている以上、その細かな情報すら組織に流している者が王都に潜り込んでいることが確定している。つまり――ずっと昔から、テュエルやルシャは狙われていたことが考えられる。


「貴様らっ、いつからルシャを狙っていた!?」

「ちっちっち、分かってないっすねぇ。俺たちは元から王都と“協定を結んでいる“っすよ。あんたが産まれる前よりもずっと前に、ね」

「ッ!?」

「カムロドゥノンとの約束に、勇者を召喚しないことがあったんだけど……残念ながら、あっちから手を切ってきたから。これは正当な手段なのよ」

「そゆことっす。そこであんたがいいカードになってくれるって“俺たちの姫様“が教えてくれたんすよ。で、俺たちがここに来たってわけっす」

「王都が、繋がって、いる……?」


 テュエルの顔はますます青白くなり、力んでいた体は脱力してしまう。王都、つまり政府は絶対的な正義であると思っていたのに、それすら裏切られてしまった。

 今まで重ねてきた正義の行動は、全て敵対組織との共同の作戦であったと考えてしまえば……もう、立ち直れない。


「ぁ、あぁ、あああああああ……」

「おっ、これも姫様の想定通りっすね」

「生き甲斐が真面目なのも辛い事ね」


 全ての行動は反対の結果を産んでいたのかもしれない。

 哀れみの目を背中に受け、意識はまた遠ざかっていく。竜人の里で精神を破壊されてから、おかしくなってしまったのだろうか。

 いつも限界に限界を重ねると、もう一つの人格、無垢なテュエル――子供の頃の記憶に支配されてしまう。

 逃げちゃダメなのに、どうしても……懐かしいあの頃に、逃げたくなってしまう。


「あぁ、る、しゃ……」

「確保っす」

「使わなくてよかったわ。とにかく連れていきましょう」


 蹲っていたテュエルは寝巻きのまま影に飲まれ、沈んでいく。

 彼女が完全に闇へ沈んだその瞬間、部屋の中にコンコンと軽いノックの音が響いた。


「テュエル、居るか?」

「――残念、一歩遅かったっすね」

「ッ!?」


 声の主は扉を破壊し、勢いよく部屋に入り込んだが……誰一人としてその場にいなかった。


「テュエル、何処だよッ!?」


 金髪碧眼の男――アーサーは包帯巻の体で痛みに呻きながら辺りを見回すが、当然見つかるはずがない。

 喉が裂けるほど彼女の名前を何度も呼び続けたが、やはり返事は帰ってこなかった。

ご高覧感謝です♪

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