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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十二章 異なる世界と境界線
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第295話 得失

 窓の向こうの空は赤く、俺の目も紅い。ついでにいえば、お先は真っ暗である。


「と、とりあえず状況を整理させてくれないか? もう何が何だか……」

「そうですな。ユウ殿からすればあっという間の出来事ですが、魔導書奪取から既に一週間が経過しております」


 胸より響くその言葉を聞き、目をぱちくりさせて思わず辺りを見回す。

 誰も否定の様子は見せず、アルトに限っては五回も首を縦に振っていた。


「まじか」

「私からすれば、このまま衰弱死してもおかしくありませんでしたね」

「この人ね、ボクのことすごーく脅してきたの! ユウはいつ死んでもおかしくないって!」

「事実です。そもそも、永遠と植物状態の可能性も大いにありました」

「アルト、抑えなさい。また結界が壊れるわ」

「うっ、ごめん……」

「そんなに魔力が有り余ってるのか……?」


 彼女がしょぼんと肩を落とすと、圧迫されるような息苦しさから開放される。

 魔導書によって彼女の力が増幅したことの影響と考えられるが、ウン百年も魔力と共に生きた彼女がそこまで魔力の管理に手こずるとは思えない。


「ええ。正確には、魔王本来の力が戻った、という説明が正しいのでしょう」

「え、えーっと……」

「失礼、そういえば名乗ってませんでした。私はリーヴィ。と言ってもイマイチ掴みが弱いので言ってしまいますが、七魔衆の一人です」

「え、えぇ……そうなんですね」


 片目のモノクルをクイと上げたドワーフの男性を見て、思わずカタコトで返事をしてしまった。

 世界に七人しかいない人間なんてそうそう会えるものではない……というのに、もう二人目に出会ってしまったのだ。

 偽名だと言い張るのは簡単だが、辺りを見ると――


「もしかして、これ全部持参品?」

「ええ。全て私物です。ついでに言えば、この拠点も私の持参品ですね」


 これ全部、とは周囲一帯にある医療機器全てのことである。

 心電図、点滴、ベット、外れた酸素マスク、酸素ボンベ、そしてよく分からない機械が無数……挙句にはナースコールまで完備されていた。

 俺に対しても間違いなく投薬治療が行われているだろうし、先進医療の恩恵をこれ以上ないほど受けさせてもらったのだろう。おかげで生き延びることができたのだ。

 そして、この病院施設自体も、彼の()()であるとの事だ。もうついていけない。


 それはともかく、タダより怖いものはない。どうして無償で助けてくれたのか、そもそも異世界の異世界と呼ばれる僻地にいるのに、どうして運良く助けられたのか、など、彼らの裏にある本来の目的をここで明らかにしなくてはならない。

 助けてくれたとはいえ、敵でないと確定した訳では無いのだから。


「なんで、ここまでして助けてくれたんだ?」

「そこまで警戒しないでください。ハウル同志の依頼だからですよ。彼の万能薬エリクサーには常日頃から世話になっていましたので、断る理由はありません」

「ハウルさんが助けてくれたのか」

「しかし、これは建前上の理由です――」

「え」


 彼は言葉を濁すと、俺の腕を乱暴に掴んで彼の顔の近くに引き寄せられる。

 いつの間にか描かれた黒い刺青のようなものがあまりお気に召さない様子を見せており、眉間にシワがよっていた。


「貴方は恐らく”悪魔“に最も近い存在ですので、私たちの目の届く範囲に置いておく必要があります」

「……心配しないでね。ボクはどんなことになってもユウの味方だよ」


 “悪魔”とはルミナに伝わる歴史上の人物、もしくは魔物である。

 世界最強と謳われる七魔衆の生まれたきっかけが“それ”に対処するためであり、この世界において生ける伝説とも言えよう。


「否定は、出来ない、な」

「……と、いいますと?」


 吐き出す言葉に詰まり、手を振り払って己の刺青を擦る。消えない。どうやっても消えない。


 意識が戻る前に、シャナクと会話をした記憶はある。深く思い出そうとすると頭痛が生まれ、部分的に、そして曖昧にしか呼び起こせなかった。

 でも、一つだけ確かなことは分かる。


「……」


 顔を上げる。リーヴィは俺を見ている。

 俺という存在どころか、その先まで見抜こうとしている彼は七魔衆の一人である。悪魔と戦ったことがあるためか、瞳に隠しきれない殺意の揺らぎがあった。

 下手な発言をすれば、アルトのカバーすら許さずに俺は殺される気がする。シャナクの魂が俺の中にある、なんてことは絶対に言ってはいけない。


「こんな刺青がある以上、悪魔って言われてもしょうがない」

「どうしてそれが貴方の腕に生まれたのか、心当たりがあるはずでは?」

「悪いけど、心当たりもない。悪魔の伝説ですら最近知ったしな。影響があるとするなら、勇者の魔法か、もしくは――ソプラノ、かな」

「彼女と関わりがあったと?」

「一方的にな」

「……そうですか」


 同じ七魔衆とのことで、無理やり責任を押し付けたら何やら納得したような表情を浮かべている

 本当になんでも出来るのかよ。どうなってんだ魔王の家系。


 アルトと関係が深いことで、なぜ知っているのか等は深く聞かれることは無かった。しかし、これ以上深堀りされるといつボロを出してもおかしくない状況である。

 助け舟を求め、クワイアにアイコンタクトを送ると――彼女はため息を吐き、リーヴィに声をかけてくれた。


「はい、そこまで。もういいでしょう。彼はまだ死の淵から戻ったばかりなの」

「そうだよッ、ボクだって全然話してないのにさ!」

「分かりました。とりあえずこの話は一旦置いてきましょう。貴方が今聞きたいのは、現在の状況でしたね」

「ふぉほ、そうでしたな。最初に……アルト様の状況、そしてクワイア様についてのご説明と参りましょうぞ」


 アルトもリーヴィもようやく落ち着きを見せ、椅子を引いて座る。

 最初に事の口火を切ったのはプニプニではなく、クワイアであった。


「さて。貴方はアルトの暴走した転移によって、ここまで吹き飛んできた。それは分かるかしら?」

「暴走……? 」

「うんとね、ちょっと分かりにくいかもだけど……魔導書の所有権が完全にボクに移ったことで、今まで魔導書が内包してた魔王の魔力が一気にボクの元へ戻ってきたの」

「つまり、魔導書を取り返したことで、魔王としての本来の力を取り戻したってことよ。魔導書を得る前の彼女は今まではただの魔族。魔王なんて肩書きでしかなかったわ」

「えっと、つまり……?」


 観察眼サーチアイのスキルを使い、アルトを俯瞰する。

 しかし、数値を見ようとすると、何らかの違和感があり、拒まれてしまった。

 その違和感を言葉にするならば、見えているのに見えない、死角越しの光景である。


「わっ、こういうことも出来るんだ……」

「おや? 何をしたのですかな?」

「えーっと、アルトの変化をスキルを使って観察しようとしたんだけど……多分弾かれた、のか?」


 周囲の視線が一気に彼女へ集中する。

 今の状況を具体的に言えば、スキルの無効化である。ダンジョンの影響や、周りの環境の要因もあり、使いものにならなかったことは多々あるが、ハッキリと壁に阻まれたように、相手の状態を見ることが出来ないのは初めてである。


 言葉を濁すのは、もう既に観察眼サーチアイのスキルのレベルが最大になり、相手の許可がなくともステータスが手に取るように分かるためである。

 闘技大会に参加する前に彼女のステータスを見せてもらった時には許諾が必要であったが、今はそれを必要としないはずなのだ


「やっぱり。今のボクね、周りのスキルとか、弱い魔法とかは勝手に弾いちゃうと思う。お姉ちゃんとかはそうだったし」

「ふぉほ、弱い魔法も無効化とは、なんとも魔王らしいスキルですな」

「なるほど、通りで回復が弾かれるはずです」


 辺りで納得したような声が響く。

 今の彼女が明らかに次元の違う強さにいることが何となく理解出来た気がする。

 思い返してみれば、昔から魔王と名乗っていたのに、世界に来たばかりの俺と実力が拮抗していたし、違和感が多くあった。


「驚くのも無理もないわ。けど、これでも魔王としての実力はまだ半分よ。もう一つの魔導書であるグリモワールを手に入れて、ようやく真の魔王の加護が得られるの」

「残念ながら、もう片方は行方不明ですがね。誰かが獲得し、秘匿しているのが最も可能性が高いでしょう」

「でもでも! ユウなら無理矢理ステータスを見られるよね?」

「……出来なくはないはずだけど、大丈夫か?」

「ユウなら大丈夫だよっ」


 ニコッと彼女が笑顔を浮かべついつい釣られてこちらも笑ってしまう。その様子を見ていたクワイアとリーヴィからため息が漏れたのがはっきりと耳に届き、首を振って我に返る。


「なら、ちょっとやってみるぞ――」


 怪我の具合や、体の調子は良くないが、出来うる限りの集中力で彼女のステータスをこじ開ける。それは、重々しい扉を押して開く感覚に似ていた。

 あまりの抵抗感に折れかけたその時――ノイズ混じりに、彼女のステータスがほんの少しだけ、視界の端に映る。


「え」

「ふぉほ?」


 俺の素っ頓狂な声を合図に全ての集中力が解け、一気に弾かれた。周囲を見渡すと、結果を知りたいのか、声を上げた俺に全員の視線が集中しており、なんだか気恥しい。

 それより問題なのは彼女のステータスの数値である。観察できた数値は常軌を逸しており、戦慄とともに、彼女が魔王であるとの実感が身にしみた。


「で、結果は?」

「――闘技大会の時と比べて、全部の数値の10倍ぐらい、だった」

「ふふ、前の彼女と違いすぎて驚いたでしょう。これが魔王の血統よ。よく覚えておく事ね」

「えっと、クワイアはなんでそんな嬉しそうなの……?ボク、そんな変わってる?」


 そんな変わってた、という言葉は出ず、ただ頷くことしか出来なかった。

 闘技大会の時の彼女の魔力量は8000であったが、現在は80000である。増えすぎにも程がある。


「お分かりになられましたか? 現在の彼女は、ただそこに居るだけで魔物を呼び寄せ、チカラのコントロールが出来ない破壊の化身そのものなのですよ。だからこそ早く見つけられたのはありますが」

「ボクね、魔導書が戻って力が増えたのはいいんだけど……増えすぎちゃってさ――ほら」


 アルトが俺の外れた酸素マスクを手に持つと――ジュッ、という音ともに消失し、彼女の指は空を切る。


 ……え?


「これ以上何も触らないでくださいと言いましたよね」

「あはは……でも見てもらうのがいちばん早いかなって」

「全く。ハウルに経費として請求するので構いませんが二度としないでください」

「ふぉほほ」


 吐息のように、自然に放出される魔力ですらコントロール不能という証拠だった。先程アルトは俺の頭を撫でようとして諦めていたが、もしそのまま触れられていたら――


「あの調子なら、あなたの頭も消えてたわね。今の彼女は正真正銘“お箸よりも重いものは持てない”娘よ。何とかこの五日間で木の枝くらいは持てるようにしたけど、早く慣れてもらわないと困るわね」

「うぅ、ボクも頑張ってるんだもん……」


 力のコントロールとは年齢とともに身につけていくものであるが、今の彼女の状態は0歳児が、10歳児に急成長した状態に似通っていると言えるだろう。

 固くて重いものも0歳児と同様にフルパワー状態で力で持ち上げようとするなら、10歳児の時点では明らかなオーバーパワーであり、潰してしまう。それが今の彼女の状態だった。


「アルトの現状はだいたい分かった。お互いリハビリ、頑張ろうか……」

「りはびり? がなんなのか分からないけど……ユウと一緒ならボクは何でも頑張れるよっ!」

「はいはい分かったわ。次の話に行きましょうか」

「ふぉほう、ではクワイア様の――」

「いえ、少し待ってください」


 何やら呆れたような雰囲気のリーヴィが俺たちの間を通り過ぎ、出口の扉の前で扉の向こうの相手と会話を交わす。

 そして、なんとも面倒くさそうな表情でこちらに振り向き口を開く。


「――残念ですが、追っ手が来ましたよ。七魔衆である以上、国が絡んできますと私は手出しできませんので。これから先は貴方たちが対処してくださいね。これにて閉店です」

「「え?」」


 彼が指を鳴らすと、今まで寝転がっていたベットや、腕に刺さっていた点滴までもが、一気に消失し、不意に床に叩き付けられてしまう。


 当然、椅子に座っていたアルトも同様である。


「……え?」


 困惑した表情のままお互いに顔を見合わせ、そしてリーヴィの奥に居る人影を見つめる。

 向こうには、けたたましい咆哮を上げ、人型の竜を二足歩行に無理やり変換させたような化け物の姿がそこにあった。


「ギヤァァァァッ!」

「白い鎧を着てる……リザードマン? ですな」

「いいえ。彼らは、いえ彼らだったものは――人間です。境界を無理やり渡ろうとした結果がアレですよ」

「……っ」

「それよりも、人間界があなたたちが境界の向こうにいると判明したようですね。急ぎ逃げなければ、無の空間を通り、王の三剣(キングスソーズ)に遭遇しますよ」


 追い出されたのはあまりにも突然だった。

 唯一餞別として貰ったのは、今着ている白衣と、無情な事実だけである。


 俺たちの居場所は、ここにはない

ご高覧感謝です♪

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