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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
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第291話 覚醒の定め

 この世に生を受けたありとあらゆるものが、一点に向けて振り返る。

 人間も、魔族も、獣人も、エルフも、ドワーフも、そして魔物も、ルミナにいる全ての者たちは本能的に生命の危機を感じ、同じような感情を抱く。


 ――世界の均衡が崩れる何かが生まれた、と。


「あっ、あ、あっ……嘘だ……」


 ある者は膝から崩れ落ち、顔を真っ青にしながら倒れて頭を抱える。

 彼女にとってその感覚を味わうのは二度目だった。

 一度目はその後の人生が大きく狂わされるほど影響を受けた。

 同じような被害者を増やさないように、そして、二度とこの事態を引き起こさないように、文字通り人生をかけて全力で走り抜いてきた。

 だけど、届かなかった。できることなら夢であって欲しいのに――解き放たれた“それ”が現実に無理やり引き戻してくる。


「もう、嫌だ……なんでこんなに……」


 テュエルは溢れる涙を抑えられず、自らの無力感に押しつぶされ、意識を手放してしまう。


「……へぇ」


 また一方で、ある者は不機嫌な顔つきで、その表情のまま口元を歪める。

 怒りと期待が混ざったような、歪な表情だった。

 人間界から遠く離れた魔界の最奥部にて、文字通り全てを支配している女性は、ため息混じりに口を開く。


「ねぇマモン。私は失敗しないでねって言ったんだけど」

「う、しし。だが、あんなやついるってぇことは聞いてねぇぜ。オレぁ強欲なんでなぁ、喰らうなって言われると喰らいたくなるんだァ」


 配下の魔族に体を再生させながらマモンは血混じりの笑い声を上げたが――突如彼の巨体はゴムボールのように跳ね回り始める。

 大量に出血しているにも関わらず、何度も何度も体を吹き飛ばされて叩きつけられ、王城の中は一瞬にして無惨な光景と化した。


「死なないで。苦しんで。反省して」

「し、し、反省して、まーす、し、し」


 彼の巨体はみるみる圧縮されて小さくなり、再び王城中を跳ね回る。笑顔は最後まで途切れず、痛めつけられている今でさえ、笑っていた。

 圧縮されたマモンが机を囲んで座っていた魔族へ向けて叩きつけられようとして――払い落とされる。


「ごぁ」


 叩かれた影響からか、圧縮されたマモンは突然元のサイズに戻り、王城の床に穴を開け、途轍もない衝撃を撒き散らしながら地下へと落とされていく。


「はーぁ、汚ったないわね。せっかく新しい服でこっちまでわざわざ来たのに汚さないで欲しいわ。……それよりどーすんのよ、ソプラノ」

「どーもこーもないよ。成ったものは仕方ない。人間界にとってはもう崩壊の危機ぐらいに思ってるんだろうけど、所詮は()()だし、私が出ればどうにかなるよ」

「マモンのおかげで無駄な余力を使う手間が増えたのか。ふぁーあ、めんどくなったね」


 別の魔族は大きな欠伸をしながら、机に突っ伏して睡眠をとる姿勢のまま固まった。

 ソプラノは呆然とした表情のまま浮かんだ水晶を眺めていたが、とある光景を目にした途端、少しだけ目を細めた。


「そんな悪いことばかりじゃないよ。私にとっては、ね」


 水晶に映るのは、空中の魔導書に引き寄せられるように浮かぶアルトと、それを引き留めようと地べたに這いつくばりながら手を伸ばす夕だった。


 ~~~~~~


 真っ暗闇の空間の中で、瓜二つの少女たちがすれ違う。

 手を伸ばし、結ばれ合うと、片方の少女は幸せそうに口を開いた。


『ありがとう、ぼく。こんなに幸せなのは初めてだよ』

『ふふん、キミはボクだし、キミはボクだよ。その気持ち、すっっっっごくわかるよ。何してきたの?』

『……ないしょ。それより、準備はできてる?』


 双眸の青い少女は顔を赤くしつつ、真っ直ぐに少女を見つめる。

 準備とはつまり、人格の統合に対する覚悟であった。


『こんなこと初めてだし、ぼくはもちろん、君は君でなくなっちゃうかもしれない。本当に、大丈夫?』

『うん! 大丈夫だよ。これでボクたちはちゃんとユウに向き合えるし、君を一人にすることはなくなるの。これってすっごく素敵なことだよ!』

『……うん。独りぼっちはもう……やだよ』


 結ばれた腕と腕は少しずつ引かれ合い、抱きしめ合う形で目を瞑る。全てを受け入れ、全てを預ける。お互いが本当に心から許しあっていないと生まれない繋がりで結ばれていく。

 二人を包む光は大きくなり、青い瞳の少女は少女の中へ入り込み、柔らかく解けて目を細める。


『今までごめんね。大変だったね。ごめんね』

『うん……っ、うん……っ、辛かったよ、本当に、辛かったよ……』


 嗚咽と共にガルドラボーグがずっと抱えてきた負の感情も一気に溢れ、全てアルトに流れ込む。

 なぜ彼女は生まれたか、なぜ誰も助けてくれようとしなかったのか。二つの記憶が重なり、一つに変わって、統一が始まる。


『……』


 余りにも深い闇だった。底がない。解決策もない。自分一人では抜け出す道もなかった。分かっていた。分かってもらえた。

 その奥の奥で彼女ぼくはずっと苦しみに喘いでいたのだ。

 自分を強く持ちつつ、相手を受け入れる力がなければ到底耐えることができないような、極めて暗い感情だった。

 精神が狂いそうな狂気の波に飲まれているにも関わらず、アルトは柔らかい表情を崩すことなく、優しくガルドラボーグを慰める。


『ボクが不甲斐ないばかりにごめんね。頑張ったね。今まで……ありがとう』


 全てを吐き出して悲鳴のような彼女の泣き声は、二人だけの世界を超えてルミナ中へ拡散する。


『ああぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!』


 空を超え、海を超え、その存在を主張するように、彼女は泣き叫ぶ。

 その声の主を知らないものからすれば希望か、はたまた絶望か。当時の声を聞き届けた本人しか分からないだろう。

 しかし、アルトは知っている。その声の中にも中にも少しだけ暖かい感情が混ざっていることを――


『うん、もうひとりじゃないよ。ずっと、一緒だよ』



 ~~~~~~


 アルトが魔導書を握ったその瞬間、無数の魔法陣が彼女の体を囲い、悲鳴のような()()()が引き起こされる。

 ルミナ全体が軋むような、不快感溢れる音と衝撃が発生し、あらゆる人間の耳と体を貫いていく。ダンジョン内外にいる全ての者がその絶叫を聴き取り、そしてその発生源へ目を向けていた。


「ア、ル、トっ」

「ユウナミ――」

「ゆうくんっ!」


 瀕死の状態のまま吹き飛ばされた夕をシーナが風の障壁で捕らえ、そのまま白神に受け渡す。

 夕は未だ震える腕をアルトへ向けており、未だ彼女の無事を確認したそうにしているが――受け止められた途端に腕の力が抜けて垂れ下がる。


「はっ……はっ……?」

「これ以上何もしないでください。あなたの体力では本当に死にますよ」

「でもっ……で、もっ……」

「焦らないで周りを見てください。ダンジョンがもう持ちません。一秒でも早く逃げますよ」

「や……やっ……」

「ゆうくんっ! 戻ってきてくれて良かった!!」


 回らない舌と頭を必死に動かし、白神に揉みくちゃにされながらも周りを見渡すと――無の侵食がこれまでにない速度で進んでいる光景を目にする。もう一刻の猶予すらないことは彼にもすぐ理解できた。


「っぁ……!?」

「白神が貴方を運びます。とにかくこの場はもういつ崩れてもおかしく――」

『逃がす゛か゛あ゛あ゛あ゛ッ゛!!』


 聖なる極光がシーナと夕たちを諸共の呑み込む勢いで襲いかかる。

 ギリギリのところで反応したシーナは夕と白神諸共僅かな足場へと無理やり吹き飛ばし、迫り来る攻撃に対して風の障壁を使って受け流す。


「あっ、ぶ、ねぇ」

「っ!?大丈夫!?」


 激しい奔流を回して流し、四方八方へ光が吹き荒れるが、その勢いは止まることがない。


『逃げるな逃げるな逃げるな逃゛げ゛る゛な゛あ゛あ゛あ゛!!』

「ッ……貴方も私も限界なのに……いちいち突っ掛からないでくれますかッ!?」


 無の空間で溢れているため、空気中の魔力は吸われ尽くされ、魔力が枯渇する空間が作られている。魔導書がダンジョンに供給していた魔力も消えているため、魔力消費はこれまでとは比較にならない。


「変わるッ!! 」


 一気に魔力を消費し尽くし、鍔迫り合いに負けそうになったシーナの前に現れたのはドリュードだった。

 彼は五つの宝石を狭い床に叩きつけ、目の前に障壁を作り出して安全地帯を作る。


「あぁクソっ、オレが一つ星取り上げられたのも納得だよッ!」


 意識を完全にとりもどし、彼はシーナを守ったのだ。作った障壁はトップランクの魔道具を消費して作られる障壁であるのに、勇者の放つ極光は衰えることなく破壊をもたらす。

 数秒の拮抗が限界と見たドリュードは勇者に向けて武具を構えて集中力を高める。


「色々言いたいことはあるが! とにかく! このまま逃げろッ! ユウはオレたちが何とかする!」

「……ええ。お礼は後にさせてもらいます」

「あぁ! また後でな!!ったく、何を魔力に変えてやがる――!」


 勇者の魔法は更に威力を上げ、目の前に立ち塞がる万物を挽き潰すが如く迫り来る。

 ドリュードは死ぬ覚悟で武具を振り上げ、シーナは魔力が尽きた重い体を持ち上げたその時――


「お待たせッ!」


 ――明るく元気な声が響いた。

 勇者の極光は急に上に向けて捻じ曲がり、漆黒の空間に吸い込まれていく。

 声の主へ向けて勇者を含む全員が振り向き、三者三葉の顔を浮かべて、彼女へ言葉を掛けていく。


「あ、あれ? 全然違う方向なんだけど……」

「アル、トっ」

「ついに正体を現しましたか」

「……これが、魔王か」


 夕は嬉しそうに、シーナは変わらず、ドリュードは恐れを抱きながら、白神は暗い表情で言葉を述べる。

 彼女は彼に向けて思いっきり笑ってピースサインを送り、その嬉しそうな表情のまま元気に口を開く。


「みんなで帰ろう!」

「……無事で、良かった……」

「私は認めない……ゆうくんは、私の――」


 彼は安心感から涙を零しそうになりつつも、袖で拭って気合いを入れ直し、白神に感謝を述べながら一人で立つ。

 満足気なアルトが右手を上に掲げると勇者を除いた全員がふわりと浮かび上がる。


「『逃がすかよ』」

「っ!? 師匠も……!?」


 勇者と共に言葉を合わせて放ったのは、傷だらけで無の空間の上に仁王立ちしたブランゲーヌであった。

 彼女の視点はアルトへと集中しており、明らかな敵意を感じられた。


『逃がさない逃がさない逃げるなああああああッ!!』

「魔王はここで食い止めるッ!!」

「うーん……」


 アルトが考えた素振りを見せた途端、一瞬にしてブランゲーヌと勇者の挟撃が行われた。

 姿はシーナでさえ全く捉えることができず、気がつけば両者とも攻撃を放ち終えた後であった。


「ドリュードたちは置いてったほうがいいかな?」

『っ!?』

「……この様子だと、間違いなく本物か」


 二メートルほどもある大剣を片手で抑え、もう片方の手で勇者の光に包まれた剣を抑えている。

 眼中に無いといったような態度で二人を弾き飛ばし、夕たちへ向けて振り返る。


「ごめんね。でも、ボクはボクなりのエゴを通すって決めたから」

「着いていく。アルトの行き先なら、どこでも!」

「やれやれ」


 パンデモニウムは既にガルドラボーグから支配権が離れており、ダンジョンとしての機能は存在していない。

 つまり外の世界と変わらない制限のない状態である。よって、転移が使用可能である。


 夕はアルトと共に転移を行うこと承諾し、彼の足元からは光が浮び上がる。

 自らの意思でこの場を離れるということは、魔族側に付くことであり、人間の立ち位置で生活し続けることは極めて難しくなることを示唆している。

 だからこそ、シーナとドリュードは目を逸らし、その転移を拒否した。

 白神は転移をしようとしている夕の腕を掴み、必死に引き止める。


「――いや!! 嫌!!」

「マシロさん、俺を引き戻してくれてありがとう。多分マシロさんがいなかったら、誰も救えなかった。でも……許してくれ」

「なら私も行く!! 世界を敵に回しても!!あなたと一緒にいたいの!!ねぇ!!連れて行ってよッ!!」

「アルト、頼む」

『にげ、る、なぁぁぁッ』


 勇者も、ブランゲーヌもダメージの影響が大きく動けないため、誰も引き止める者はいなかった。

 この時をもって、アルトと夕は人間の“敵”として語られていくことになる。


「俺はアルトと一緒に生きてくって決めたから」

「うん、信じてるよ。ずっと昔も、今も!!」


 二条の光が無の空間を貫いて次元を越える。


 残った者たちは怨嗟の悲鳴をあげ、崩壊の音と共鳴して部屋中に響き渡った。

ご高覧感謝です♪

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