表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
290/300

第290話 感情のない無情

『第1層から第296層、深淵の迷宮。汝、魔王としての器を証明せよ』

『第297層、記憶の迷宮。汝、抱えた闇を振り払えることを証明せよ』

『第298層、暗き森の迷宮。汝、受肉体が魔王であることを証明せよ』

『第299層、写鏡の迷宮。汝、精神体が魔王に足り得るか証明せよ』


 重々しく形式的な声だった。

 逆らう余地はなく、体の自由は効かない。


『最深層、追懐の迷宮。汝、四騎士と管理者の裁定を経て、魔導書を獲得せよ』

『投票数、4票。可決、2票。否決、2票、未投票、1票』

『――汝、未だ魔王と認めるるに足らず。条文に則り、この裁定を――』

『……待ってよ。まだ、待って』


 重々しい声の中に、ようやく聞いた事のある声が響く。

 その声音は重く震えている。しかし、生あるもの特有の温かさを持つ、感情を含んだ声であった。


管理者ガルドラボーグ、間もなく我ら諸共滅び、潰える。ならばこそ、我らを打ち負かしたこの者に魔王としての権利を与えるべきであろう』


 目が開く。辺りには柴色の炎を灯す燭台が無数に並べられていて、床には血のように赤い絨毯がある。

 その中心に俺は寝かされており、体を起こすと既視感のある光景が目に映った。


(なんで俺、こんなところにいるんだ? 確かに魔導書を掴んだはずなのに)


 彼女と闘技大会で戦っていた際に引き込まれた、正体不明の空間とほぼ一致した。

 死の空気が充満している雰囲気も、真正面にある一つしかない玉座も、そこに魔王が座っているのも、変わらない。

 変わっていることと言えば……俺は赤、黒、灰色、白の騎士たちに剣を向けられて囲われていることと、玉座に座っているのがガルドラボーグであることだ。

 彼女の表情は重く、とても話しかけられるような雰囲気ではなかった。


『この者は、魔王たる器を持ち合わせていない。故に否決』

『この者は第299層にて、何らかの妨害を行い、裁定を拒否した。故に否決』


 二振りの剣が寝転んだ俺の首元へと向けられる。動くことが出来ないため、指示ひとつあれば簡単に切り裂かれてしまうだろう。

 行く末を決めることができるのは、玉座に座ったままの彼女だけである。


 ガルドラボーグの様子は文字通り体を柴色の炎で()()()()()、未だ目を瞑りながら、何かを待っている様子だった。


『ねぇ、君は……運命って信じる? ユウ』


 口を開くことが出来ないことぐらい彼女は百も承知であろう。

 命を体を燃やしながら語る様子はあまりにも痛々しく、そして美しいものだった。圧巻の光景に見惚れてしまい、目を離すことができない。


『ぼくは信じるよ。だって、また君に会えたもん。なんのことだか分からないだろうから、ちゃんと言うね』


 軽い足音を響かせながら近づくと、彼女は意を決したように固唾を飲んで、震える肩を抑えながら口を開く。


『あの日からずっと君を待ってた。君とぼくたちが会うのは初めてなんかじゃないよ。何年も一緒にいたんだからさ』

「……え?」

『ぼくの時間はずーっとあれから止まってる。だから最後に会えて、ほんっとうに嬉しいんだ。約束を守ってくれて、ありがとう』


 突然のことを言われしまい、思考は完全に止まってしまう。疑問が無数に浮び上がろうとして――彼女の顔を見た途端に霧散した。

 ただ一つ確定していることは、彼女の表情はあまりに深い悲しみを必死に押し隠した笑顔であること。


「なんで……そんな悲しそうな顔……するんだよ」

『大好きな君のためにぼくは動きたいし、命を君のために捧げる覚悟はできてるんだ。でも、できないの。君はどうやっても魔王には成れないし、魔導書もあげられない。だから、こうやって裁定を引き伸ばすことでしか、君を守れないんだ』


 笑顔が崩れ、青い瞳から一筋の雫が溢れて頬に落ちる。

 拘束が緩み、口が動く。彼女の身に纏う炎は勢いを増していくと、辺りを囲う騎士たちにも炎が灯り、体が燃え始めてしまう。


『その選択を望むなら、御心のままに』

『我らも共に逝こう』

『ぼくがぼくでなくなっても、管理者として、自動的に投票が決まっちゃう。君は死の運命からは逃げられないし、ぼくもぼくの運命から逃げられないの』

「なにか、何かないのか? 」


 泣きながら彼女は笑った。

 あまりに哀しそうな表情で、涙の感染はあっという間に広まっていく。

 目頭が熱い。だめだ、余計なことを考えるな、助かる方法を考えろ。

 彼女の言うことに間違いはないだろう。俺もまもなく炎に包まれ、死ぬ。この空間に来た時から、そんな雰囲気はしていたのだ。


『グウラの毒でぼくが消えて君が死ぬか、僕がいま裁定を確定して君を殺すか。この選択肢しか……ないの』

「まだ諦めたりしない。空間の脱出法は――」


 闘技大会ではアルトに転移をさせてもらい、現世へと戻った。

 しかし、今回は勝手が違う。水が上に落ちることがないこと同様に、逆らうことが出来ない世界の真理が相手だった。完全に八方塞がりなのだ。

 拘束が緩んだとはいえ、魔法を使える気配はなく、この空間を破壊するなんて芸当は到底できない。


『だから、選んで』


 彼女は俺を立ち上がらせ、崩れきった笑顔で抱きしめてくれた。明らかに俺を殺したくないだろうし、嗚咽を必死に我慢している様子も小さな震えから分かっている。


『ぼくはね、今まで君に酷いことしてきたけど、君を殺したくなかった。ずっと君を見ていたかった。君を守っていたかった。君が、大好きだから』

「――あぁ、そうか」


 腕は自然と動き、彼女の背中へ優しく巻き付く。

 匂いもなく、体温も感じないが、暖かい想いは確かに存在した。


「こうやって抱き合ってみて、ちゃんと分かった。確かにアルトだよ。魔導書じゃなくて、正真正銘の本物だ」

『……ユウは優しいんだね。死ぬ前にそんな事言わないでよ……っ』


 ぎゅうっと、抱きしめられる腕に力が込められる。

 分かってる、でもこのままじゃダメだ。今できることを考えないと。


「なぁ、教えられる範囲でいい。昔話をして欲しい。いまのアルトが生まれたきっかけに、なにかヒントがあるはずなんだ」

『……うん、いいよ。それが君の聞きたいことなら、ボクの命が燃え尽きるまで、ずーっと話すね』


 柴色の炎が燃え移り、俺の精神体にも炎が灯り初め、魂が灼けていくような感覚に襲われる。

 だけど、彼女を離したくない。

 今離せば、彼女は支えが無くなって、きっと燃え尽きてしまう。

 少しでも、彼女が運命に抵抗しようとするなら、俺はそれを全力で支えることが役目だ。


『人魔大戦って呼ばれた戦いがあったの。その時に君はぼくを守って、勇者の攻撃を受けて消えた。そのショックから、原型オリジナルの精神は崩壊してた。その生まれ出でた莫大な負の感情を預け入れるた役割を持って作られたのが、ぼくだった」

「……そっか」


 人魔大戦、それは人間側と魔族側に別れ、何年にも渡る戦争を繰り広げた一連の期間のことを言う。

 勝敗は辛くも人間側の勝利となっており、魔族から奪い、占領した土地で生まれた人間界の街が”マトララ”と呼ばれる。

 だからこそ、マトララが最も魔界に近いと呼ばれる所以がある。


『作られたぼくは、感情が元から欠損してたんだ。嫌いなことは異常なまでに分かる。でも、好きって感情は何年も、何十年もずーっと分からなくて、考えて、傷ついて、それでも考え続けたの。でも結局、こうやって君に会うまで分からなかった」


 アルトは涙を流しながら優しく微笑む。

 今にも崩れてしまいそうで、軽く押しても倒れてしまいそうな雰囲気だった。


『っ……ごめんね、涙で、君の顔がよく見えないや』


 何十年も苦しみ、自己を否定しながら得た回答がようやく手に入ったのが、今の状態だ。

 しかし現実は非情だった。目の前で、そして自らの手で求めていた幸せを壊す選択肢しか存在しなかった。それ以外に彼女が許される行為が元々無いということは、元々より破滅の運命しか無かったということだ。どちらにせよ最悪な分岐に立たされた気持ちはとても汲み取れる様なものではない。


『……でも、いいの。こうやって抱きしめてくれて、ぼくは、幸せだよ。ぼくは魔導書ガルドラボーグで、オリジナル(アルト)に成れないことなんて、ずーっと分かってる。むしろ、こんなに幸せで、君を独り占めしてるんだ。バチが当たってもいいくらい!』

「……よく、ない」


 俺の声も震えていた。

 誰に対する怒りでもなく、誰に対する悲しみでもなく、ただ、無情な現実に対しての理不尽に対して問い掛けたい。必要な犠牲、などという甘い言葉で済ませられない問題だった。

 魔導書ガルドラボーグが作られなければ、間違いなく彼女が苦しみを持って生まれることはなかっただろう。

 しかし、彼女がいなければアルト本人の精神が確実に崩壊し、アルトがガルドラボーグのように変わっていただろう。


「……いいわけ、ないって……」


 思わず嗚咽を漏らしてしまう。

 これが、シーナが必死に訴えてきた『無情』なのだ。

 彼女は普通の女の子として、普通の生活をしたいと叫んだ。そして、俺を無の空間に吹き飛ばした時、恐らくその事を察したのであろう。


『――貴方を殺したところでこの気持ちが治まることがないことも、分かってますよ』


 分かったつもりだった。でも、全然分かっていなかった。

 誰かを倒せばいいとか、誰かを救えばいいとか、そんな簡単な話じゃない。


 ――誰かが()()()()()()いけない。


 ――誰かが()()()()()()()といけない。


 その責務からは誰も逃げられない。誰もが選ばれる可能性がある。

 シーナも、ガルドラボーグも、ただ、()()()選ばれてしまっただけ。


「なら、()()()みんな救われたっていいだろうがっ!」

『ユ、ウ?』

「絶対に助けるから! 俺がその責務を負ってでも、絶対にお前を助けるッ!」


 涙を流しながらも、強く、強く彼女を抱きしめる。

 その反応に驚いたような素振りを見せたが、彼女はさらに強く抱き返してくれた。


『うん、ありがとう。でもいいんだよ。ぼくは今、凄く幸せなんだ。ユウがこんなにもぼくのことを考えてくれて、こんなにもぼくを助けようとしてくれる。ぼくだけのユウ。ユウだけのぼく。こんなに幸せなことないよ?』

「よくない。良くあって、たまるかよッ! 同じ分だけの幸せがあってこそ、幸せなんじゃないのか!」


 必死に押し殺した声に対して、彼女は全てを受け入れるように、優しく答える。できないと本当に分かっていても、俺の味方のまま、終わろうとしている。


『あったら、いいね。でも、無にはね、感情はないの。死にも、消失にも、感情はないの。現象に理由はなく、事象に要因があるだけ。引き起こされた結果は、結果でしか観測できない。だからね、もう、いいんだ』

「嫌だ、いやだ、いやだ。認めてたまるかっての……嫌に、決まってる、のに……」

『――よしよし』


 策が無い。ある筈がないのだ。

 だってこれが、無情なのだから。


 なるようになる、ならないようにはならない。


 涙を流しながら、そんな言葉が頭の中を流れた――その時だった。


『――くんッ!』

「何か、聞こえる」

『……ごめんね、ぼく、もう限界が近いのかも。もう、だんだん君を感じられなくなってきちゃった……』


 炎の勢いは弱まっており、彼女の体は消えかかっている。しかし、それを防ぎ、生を鼓舞するかのように、消えかけた魔王城内に巨大な声が響き渡る!


『ゆうくんッッ!!』


 今度はハッキリと、体が雷に撃たれたように、痺れ、痛み、跳ね回る。

 思わぬ衝撃に叫び声を上げたのは、二人だけ。

 バチバチと白い雷が走り、攻撃を受けたのは俺だけではない、アルト(ガルドラボーグ)も同様だった。


『戻って、きてええええええッ!』

「真白さんの声……いや、今はッ!!」

『……え』

「ここから、逃げる!!」

『え、えっと、どこに?』

「どこまでも!!」

『え、えっと……わっ?!』


 透明と言っていいほど消えかけた彼女の腕を力強く掴み、謁見の間の入口である巨大な扉を押す。

 まるで壁を押しているかのようにビクともしないが、まだ諦めない。

 ここを抜ければ、彼女は責務から解放されるのだ。なら、逃げ出させてしまえ!


 醜い人間のエゴである。だが、このエゴは消えることも無く、更には彼女のような被害者を産むきっかけとなるだろう。


『えと、えと、これは、ぼくの、ダンジョンで……ちゃんと、選定しないと、ユウが永遠に、苦しみながら、死に続けるって……だから、だからさ……』

「そんなん知ったことかよッ!! やってみなきゃ分かるはずがないんだ!! 結果は結果でしか観測できないんだろ!? だったら、任せてやろうじゃねぇか! 感情のない無情ってやつに!!」

『ッ……』


 エゴを一方的に受け入れ、殺されるほど押しつぶされてしまうなら――そんな相手のエゴなんて捨ててしまえ。

 これが、俺の人生を生きた中で身につけた、最高に汚い回答なのだ。


「拒否しないとまた押し付けられる。だから、きっぱりと、金輪際を断ち切ってやれッ!」

『……うん、ぼくはユウと、一緒に居たい。だから、だから……!』


 白い雷が俺たちにダメージを与えていると同時に、解けかけた意識を痛みによって取り戻している。


 ――バックファイア理論だ。そんな理論、実際にはないけどな。


「ここから出るぞ!!」

『うん! ぼくはユウと一緒に居たい!一緒に居たいの!!』


 山のように動かなかった扉が、少しづつ、少しづつ開いていく。

 勿論、無情は感情もなく、扉を閉めようとしてくるだろう。


 だけど俺たちは負けない。どんなに醜くても、自分たちのエゴを貫き通すと決めたから。


『「あ、け、ろおぉぉぉぉッ!!」』

「ゆうくんッ!!」

「ふふっ、ゆうは、やっぱり、……すご、い、なぁ」


 黒い王城から抜け出すと同時に視界の暗黒が一気に晴れる。

 無の闇という黒い世界に囚われていたが、閉じた世界は甲高い音を立てて一気に世界が開ける。

 俺たちはまだ、生きてる!!


「……なるほど」


 シーナのどこか嬉しそうで、納得したような声が響き、ゆっくりと地面に着地しようとして……一気に力が抜ける。


「……は」


 立つことも、着地することもできなければ、呼吸もできない。俺の体が体の内臓が全て取り払われたかのような感覚だった。

 できるとすれば、本を抱えて長い階段を転がり落ちて行くだけ。


「全く。仕方ないですね」


 シーナの風魔法によって、浮いた体ごとアルトの元へと運ばれる。

 彼女はそれ以上何も言わず、ため息をついただけだった。


「と、った、ぞ、アル、ト」

「うん、ありが、と、ゆうっ! 」


 お互いに今にも命が消えそうで、それでも手を伸ばし――繋ぐのは、一冊の魔導書だった。

ご高覧感謝です♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ