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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
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第281話 己の善悪

 すぐ近くから津波のような凄まじい振動が巻き起こり、今にも衝突寸前であったアーサーとセリアのバランスも呆気なく崩れる。

 彼女たちであっても耐えきれることの出来ない衝撃の大きさで、虫籠を揺さぶられたかのように二人は壁へ叩きつけられてしまった。


「ってぇ……なんだこりゃぁ!?」

「っ……勇者の魔力と、闇の魔力……!」


 セリアは直ぐに動き出し、急ぎこの場から離れようとしたが――背後より飛んできた木片が彼女の頭を揺らし、そして足を止める。


「おい、俺様を置いてこうとはいい度胸じゃねぇか」

「……」


 カラン、と木片が床に落ちる軽い音が響く。

 無表情ながらも体の芯まで冷えそうな瞳がアーサーの瞳と交錯して火花が散る。

 しかし、依然として彼は不敵な笑みを浮かべ、武器を構えていた。


「悪りいけど、お前に好き勝手やらせるわけには行かねぇもんでな。どっちかが足腰立たなくなるまで……相手を頼むぜ。神聖騎士サマよ」

「……もう一度尋ねます。アーサー王子。貴方は大変な罪を、今現在においても重ねているのですよ。自覚はないのですか?」

「ねぇな。微塵も、これっぽっちもねぇ。寧ろ、清々しいくらいだ」

「……そうですか。やはり心の芯まで悪魔に冒されてしまったということですね」


 これ以上会話する気もないと言った表情と凄まじい殺気に当てられ、アーサーは思わず気圧される。


 神聖騎士団がどのように作られているかなんて知っているし、彼女たちがどれだけ殺伐とした環境で育ち、何を行動目的としているのかだって知っている。


「……っ」


 ――だからこそ、止めなくてはならない。

 悪魔と判断された以上、もはや浄化対象でしかないのだ。ユウも、そして自分自身も。

 地位を全て投げ捨て、我儘を貫き通した尻拭は、今ここで行うしかないのだ。


「ここまで来ちまった以上、引けねぇんだよ……! 」

「――《除去バニッシュ》」


 剣が光った事を確認する前にアーサーは横へ飛びながら距離を詰める。

 鉄板に水を落としたような、蒸発した音が背後で大きく響き、彼の服の切れ端は灼かれていた。

 ――だが、まだ体にはなんの傷も負っていない!


「でりゃぁッ!」

「……」


 駆ける速度をそのままに、思いっきり彼女の横腹へ向けて剣を振るったが……いとも簡単に相手の剣の腹に受け止められ、激しく火花が散る。

 アーサーは固い衝撃を返され、凄まじい手の痺れを感じているのに対し、彼女はまるで衝撃を受けた様子もなく、打撃を軽く流していた。

 剣同士が擦り合わされ弾かれ合い、無防備な彼の体に真っ白なグローブの手のひらが向けられた。


「っ……やらせるかよッ!」

「――っ」


 今に解き放たれようとしていた浄化の魔法を被弾覚悟で無視し、回し蹴りを放つ。

 何らかの違和感を感じたのか、セリアは魔法の発動を中断し、戻した右腕で蹴りを受け止める。


「まだまだァ!」


 直ぐに足を戻し、空いた距離をゼロにしつつ最速のモーションから鞘付きの剣で三連突きを行う。


 光の軌跡がセリアへと向かうが、彼女は放たれた二撃を躱し、三発目の突きを剣で払うことによって、逆に彼女の有利状況が作られてしまう。


「づぁっ……!?」


 距離の有利を奪われた挙句、ショートタックルをまともに食らってしまい、アーサーは歯を食いしばりながら後ろに下が――


「……」

「っあああッ!?」


 ――れない。重い剣を必死に持ち上げ、体の前に構えていたことで追撃の袈裟斬りを受け止めることが出来た。

 しかし、それが彼の対応の限界だった。


「がふっ」


 攻撃の手を緩めず、セリアは素早く前蹴りを放ち、アーサーの軽い体は抗いようもなく壁に叩きつけられ、煙の中へ埋まってしまった。


 砂煙の中へ向けて手をかざすが――魔法が思ったように発動しないことを察し、ゆっくりと腕を下ろす。


「未熟ですね。アーサー王子。その宝剣の力があれば私に勝てるとお思いですか」

「……まだ、まだ、だぜ」

「悪に染まった貴方では剣を抜くことなど出来ませんよ。期待するだけ無駄というもの」

「命かけてやってみなきゃ、分からねぇだろ」


 冷ややかな目で見つめる先には――アーサーが砂煙から抜け出し、鞘から剣を抜き出そうとして腰に構え、柄を握っている様子があった。

 しかし、彼は目を閉じたまま動くことはなく、鋼がカタカタと音を立てるばかりだった。


「我らが王も仰っていたように、その剣を抜くには高潔な魂と純然たる覚悟が必要です。もはや悪魔に冒されたあなたでは剣を抜くことなど不可能」

「さぁ、どうかな」

「……最後の慈悲です。宝剣の能力を解除しなさい。さすれば貴方を楽に浄化()して差し上げます」


 手を広げ、アーサーへと向けたが、相変わらず魔法を発動することは出来ず、セリアは思わずため息を吐く。


「悪ぃが男には引けねぇ場面が何度かあるんだよ……!」


 特定の魔法を一時的に無効化する、それが彼の持つ宝剣の恒常的に発動する能力であった。

 本来の力を発現することが出来たなら、勇者の持つ《天ノ剣(アマノツルギ)》と同様の女神級ゴッデス武器となる。

 しかし、彼はその剣を抜くことが出来ていない。

 その状態では本来の力を発動することも不可能だった。


「それにこの剣は抜けねぇんじゃねぇ。抜いてないだけだ」

「……何年の間、貴方は嘘を吐き続けるつもりですか。我ら人間を率いる器として優秀な後継は沢山います。ただ王の血を引き継いでいるだけでその宝剣を与えられてはいますが――」

「おい。それ以上言うなよ。俺様だって……んなこと分かってるんだよッ!」


 アーサーは抜き出すことを諦めたのか、腰に構えたままセリアに向かって駆け出し、もう一度攻撃を仕掛ける。

 冷たい瞳に少しの呆れの色が見えると、アーサーの攻撃を片手の白直剣一本で流し、バランスを崩したところで足払いをかける。

 

「なっ――」

「未熟。あまりにも未熟が過ぎます」

「っ……そっ……!?」


 地面へ転ばされたアーサーは身動きの取れない体勢へ強制され、背中を白いブーツに踏みつけられる。

 肺を圧迫されているようで、満足に声を上げることすら叶わない。


「貴方は……その宝剣に国民たちのどれほどの命と期待が掛かっているのか分かっているのですか。闇の者に身近な人を滅ぼされないために人々の命を賭して作られた宝剣……それが、貴方の手に握られているのですよ」

「ん、なこ、と……知って」

「貴方や国王が剣を抜いていれば、私たちが増えて、仲間同士(私たち)が殺し合うことも無かったのに……っ」

「……っ?」


 彼女の声は震えていた。

 無表情で、今にも視線で射殺すこと出来るほど感情のない細目であったのに、逆手に握った剣の切っ先は定まらない。

 大きく息を吸い込むと、少しだけ目を見開いて両手で剣の柄を掴み、動くことの出来ない彼の頭部へ向けて突き刺す構えを取る。


「私たちは悪を滅します。何があろうとも、誰であろうとも、確実に滅します。それが私に出来る、私が殺した人たちへの償い。そして同時に、私が生きる意味です。貴方のその振る舞いは――十字騎士団(私たち)を侮辱し、そして新聖騎士を生み出す“悪”に他ならない」


 声に怒気を含ませながらうつ伏せ状態の彼の背中へ剣先を埋めようとしたその瞬間――彼の手に持つ宝剣から凄まじい光が溢れて解き放たれる。


 あまりにも不意の出来事にセリアは少しだけ目が眩み、その隙にアーサーは足元で聖なる魔力を爆散させ、無理やり戦線離脱を測る。


「なんて無茶なっ……」

「ぐぁ、ぁっ……、いっ、ってぇけど……とりあえず、俺様の出番だぜ……」


 当然攻撃魔法を足元で爆発させれば、彼の足元は無事では済まない。

 高価そうなブーツは跡形もなく吹き飛び、彼の脚部には大きな出血や骨折が見られた。


 しかし、彼は剣を杖にしながら苦しそうに立ち上がっている。


「俺様はこんなんだけどなぁ……絶対に譲れねぇもんが二つあるんだよ。一つはテュエルの婚約者としての立場で、もう一つは――王に成る前に、この剣を俺の手で確実に抜いてやることだ」

「……何度でも言います。貴方ではその剣を抜くことなど不可能。高潔な魂を持つユーサー王でも出来なかったことが、悪に身を落とした貴方で可能なはずがない」

「だから、言ってんだろっ。まだ分からねぇってよ……!」

「不毛、不毛、不毛の極み。貴方に私たちの気持ちなど理解できるはずもなかった。貴方は悪。ただそれだけで私は貴方を滅する理由がある……!」

「へっ、神聖騎士サマが随分感情を表に出してるじゃねぇか……いいのか?」


 彼女は怒気を滲ませながら剣を上へ掲げ、激しい魔力の奔流を巻き起こす。

 もはや、冷静な様子にないことは明らかであった。


「女神の裁きを。《神罰光(ディバインレイ)》」

「っ……おぉぉぉぉぉッ!!」


 両足は折れて自由に動けないため、もはやアーサーに回避の手段はない。

 生き残るためにはただ全力で、神罰を受け止めきる他なかった。

 勇者がギルドにて解き放った魔法と同規模の白光が無慈悲に注ぎ込まれる。

 ただ一つの砂煙を出すことも無く、ただ一つの悲鳴を響かせることも無く、塵すら残すことのないように全力で解き放った魔法だった。

 故に、セリアに対しての反動は重くのしかかる。


「か、はっ!?」


 呼吸が止まる。肺が極限まで縮む。凄まじい圧力が体を押しつぶさんとばかりに降り注いでくる。


「で、す、が――」


 間違いなく、抵抗もなく光に飲まれた。

 満足に剣を抜き出せない彼に対処の余地はない。

 浄化した。間違いなく。彼の体は消えて無くなって――


「っ!?」

「へっ……いくら新聖騎士サマといえど……俺様という悪を滅しきれねぇみてぇだな……」


 所々に重症の火傷を負い、皮膚は爛れ落ちて痛々しい姿であるものの、彼は一歩も動かずにその場に居たのだ。

 足場は彼の形の足場を残しつつも、半径五メートル全て無の空間へ変わっており、間違いなく彼が魔法を耐えきった証拠であった。

 

「な、ぜ……女神様……っ」

「たしかに俺様はアンタらやテュエルから見れば、国を放ってダンジョン攻略に出てきた最低最悪の“悪”だろうよ。だがな……剣を抜くきっかけを見つけたとすれば、どうだ?」

「なにを……言っているのですか」

「剣を抜くことが正義の証なら、その過程にある行為だって、正義の一環だろ?」


 アーサーは苦しそうな顔つきのまま、辛い笑顔を浮かべるが、セリアは神罰光を受け止めきれたことと、募りに募った魔力不足で頭が上手く回らない。


 神罰光は当たれば確実に相手を消し去る魔法だった。避けもせずまともに喰らうことは死を意味する。無の空間に頭から突っ込むのと同義であるのだ。

 そもそもなぜ生きているのかという疑問が発生する。あの魔法を正面から食らって生きているその事実こそ常識外であるというもの。


「俺様がユウについていった理由は簡単だ。明らかに常識から外れてるからだ。アイツについて行けば間違いなく俺様は剣を抜く機会を得られる、そう思ってた」

「……」

「だが。お前の言葉で目が覚めた。あぁ、かなり痛てぇ教育料だったが、損した気分じゃねぇな」


 足が折れているというにも関わらず彼は膝立ち状態からゆっくりと足を戻し、立ち上がろうとしていた。

 浄化の炎によって体中は焼け焦げ、もはや大火傷の半裸状態であるが、彼の目には爛々とした輝きに満ちている。


「誰がやるじゃねぇ、誰かに与えられるんじゃねぇ。俺様がこの剣を抜いて、国を守ることを誓ってやる。命を賭して戦う民のために、俺様が守ってやる! 勇者なんかにその役目は譲れねぇ。譲る気も……更々ねぇッ!」


 彼が声を荒らげたその瞬間、杖の代わりにしかならなかった鞘剣に血管のような光の道筋が生まれ、無数のロックが解除されるような音が響き渡る。

 鍵が開かれたことにより蓄えられていた白銀の魔力が溢れ出し、アーサーの体に染み渡る。


「これが俺様の覚悟の証だ。答えてくれよ。相棒――」

「まさか……っ、そんなことが――!?」


 爛れた体は溢れた魔力によって回復し、元通りとなる。

 剣を抜こうと、指に力を込めたその瞬間――


「なっ!?」


 セリアの目の前で闇の奔流が降り注ぐ。

 万物の音を飲み込む程に凄まじい滝のような闇は遥か上から発動しており、白銀のオーラは抵抗できるまでもなく飲み込まれていく。

 

 あまりにも邪悪。

 あまりにも冷酷。

 あまりにも巨大。


 セリアの見た邪龍に酷似した魔力の気配はすぐそこにあった。


「うっしっし、危ねぇな。まさかそんなもん持ってる奴がこの階層にまで辿り着いてるとはよぉ」

「……なんですか、貴方は」

「んだぁ? って、ただの人間か」


 所々に穴や裂傷、そして血の色に染まっていようともまるで意に介さずといった様子を見せているのは、巨大な亜人こと、マモンであった。

 背中の長大な針山は赤黒く染まっており、彼の様相も相まって極めて恐怖感を煽る。


「オレは欲に忠実な奴の味方であり。敵でなぁ? まぁどちらにせよ……お前の敵だなぁ。うっしっし……!」


ご高覧感謝です♪

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