第279話 生殺与奪
セリアが歩いてきた道と思われるルートには所々で穴が開けられており、明らかに彼女の手によって書架を破壊した痕跡が見られた。
「広い範囲に渡って戦闘があったってことか……?」
彼女が言っていた台詞に「白い馬に乗った騎士が黒髪の女を引き連れて逃げていた」とあった。
つまり、現在通っている道はアルトたちが通った道であると言えるだろう。
ミカヅキは隣で走りながらも何かを思い出したように声を上げると、その閃きを語ってくれた。
「ユウ兄、そう言えばこれまでの悪魔四象って全員甲冑を着た騎士みたいな感じじゃない? そう考えるとアルト姉を連れ去ったのは――」
「ああ。きっとそのうち一人なんだろうけど……妙なんだよな。殺さないまま逃げて連れ去るなんて」
一層目、二層目の騎士との戦いでは明らかに殺意を持って対面し、慈悲などは感じられずお互いの命を取り合った。
三層目に関しては不明だが、恐らくこの四層目でも戦闘に関しての試練を課せられることが推測される。
アルトが試練を先行して受けたことも考えられるが、その結果として彼女の誘拐とはイマイチ理解が出来ない。
「あっ待ってユウ兄! これっ!」
「これって……」
走っていた足を止めミカヅキが指を向けた先に見られたのは、床を踏み砕いたと思われる痕跡であった。
これまでの破壊痕は、くり抜いたように思える無機質なものだったが、此度現れた痕跡は重い体重をありのままに地面に叩きつけたような乱暴なものだった。
間違いなくセリア以外の何者かが作った巨大な穴である。
「……あ」
近づくとその痕跡は非常に巨大であることが判明し、よく見れば恐竜の足跡にも見えなくはない。
しかし先にも後にもう片方の足跡が無く、今分かる限りではこの破壊痕は片足の生物の足跡に似た穴だ。
何処かでこの形状を見たことあると思い記憶を掘り返してみたところ――パーティ演習で向かった先で、ザジという人物がミーティングの時に説明していた「映像の足跡の形」と似ていた。
「……サウダラーの死神」
「死神!? そんなの知ってんのか!?」
「いや聞いたことあっただけだが……確かに今思えば俺がサウダラー丘陵で倒し損ねた死神は足なんてそもそもなかった。それに、ここの一層で戦った時のアイツにはでかい足跡を残せるほど大きさもなかったと思う」
「となると……この層にはまだ未知の化け物がいるってことか!?」
「多分、その可能性が高い」
当時は対敵特攻を使って混乱していたためか、今の今までその事に気がつけていなかった。
何故このダンジョンの試練の一環である死神がサウダラー丘陵に居り、そして何故サウダラーの死神が魔導書のダンジョンの最下層にいるのか、疑問は増すばかりであった。
しかし、これらの要素はアルトに繋がるものとは考えにくい。
サウダラーの死神が彼女を追っているとなれば話は変わってくるが、今の段階ではそれに繋がる点が不足している。
「行くぞ。ミカヅキ多分ここにある情報はもう無――」
「待ってッ!」
踵を返しこの場を離れようとした時、彼は強い口調で静止を求めた。
そして巨大な足跡の近くにしゃがみ込むと、まるで床の匂いを嗅ぐかのように鼻を鳴らす。
「……乾いた血の匂いがする」
「血の匂い?」
「ねぇ、ユウ兄、もしかして足跡をつけた化け物は血の匂いに引かれてここに来た、とかないかな?」
有り得ない話と結論付けるには早急だった。
ただでさえ理解の範疇を超える足跡が出てきた以上、その可能性も否定できないのだ。
またその血痕が第三者のものだとしても、何か彼女に関する情報を掴んでいることがあるかもしれない。
「ミカヅキ、その血の匂いを追うことってできるか?」
「先にある血の匂いが分からないから追えるかどうか分からないんだ……でも、おれ、やるよ。アルト姉を助けたいんだ!」
「ありがとうミカヅキ、頼んだぞ」
「任せてっ!」
絶望的に思えたアルトの捜索に一筋の光明が差し込む。
巨大な足跡の爪先が向いている方向へと進行を転換し、再び走り出す。無力な俺の出来ることといえば、パッと見て分かるほど巨大な片足跡を探すことである。
「あっ、ユウ兄っ! あれ!」
しばらく進み、ミカヅキが指を向けた先には……書架の壁を幾つも貫いて破壊の痕跡がトンネルを作っている光景が見られた。
魔法を利用したのか、その場から感じられる破壊力は凄まじいもので、トンネルの長さは三十メートルほどにまで達していた。
「うわぁ、周りの本棚は全部粉々だよ……」
「匂いはあるか?」
「ちょっと待って!」
ミカヅキは目を閉じ、顔を床に近づけて嗅覚に意識を集中する。
そして目を見開く。
「この穴の先……多分人がいる」
「っ!?」
その言葉を聞いて嫌な予感が体中を駆け巡る。
穴の先に人がいる。つまり、この破壊のエネルギーを一身に受けたのがアルトであったとしたら……間違いなく緊急事態だ。
「ユウ兄っ!?」
ミカヅキの静止も頭に届かず、貫かれて作られたトンネルの中を一気に駆け抜ける。
彼の言うとおり、穴の最深部には人影があり、血を流して倒れていた。
「あ――」
いや、違う。アルトじゃない。
まず最初に理解した要素は、倒れている人間は男あること。そして次に髪色だ。白と黒のハーフ色の髪色をしたこの姿はどこかで見たことがある。
確か――竜人の里で霧の悪魔と名乗っていた男だった。
「っ、ぅ、ぁ……」
「あの時勇者が倒したはずなんだが……なんでこんな所にいるんだ」
(ユウよ! そやつが蠍座のマスターじゃッ!)
(我らの感覚にビンビン来ます。星蠍の大針を使用し、冒険者たちを傀儡とした元凶です!)
(某は何も感じませんが……恐らく、聖霊特有といったものでしょうな)
何故ここに居るのかは不明だが、どうやら彼の正体は召喚士であったらしい。
蠍座と思われる姿はこの辺りに居ないため、恐らく彼の体の中へと戻っているのだろう。
「く、そ……こんな、ところで……」
「何があったんだ?」
「化け物が、二体。デカい“亜人”と……バカでかい、片足のドラゴンが……っう……」
「大丈夫か?」
(言っておくが、回復するのは止めておくのじゃ。聖霊を所有する召喚士にとって召喚士は敵対関係にある)
(この前話した“願いを叶える”という要素がガッチリ組み合ってきます。なのでその判断が賢明かと)
魔力は十分回復しているので回復魔法を施そうとしたところ、聖霊たちに止められる。
そういえば彼女たちにとって聖霊とは全て例外なく敵対関係にあったのだ。
「でかい亜人の一撃で、俺たちは負けた。ただの、指一本で……。その後ドラゴンがきて、全部、無茶苦茶に……く、そっ、全部、あの女、せいだっ……」
「っ!? その黒髪の女を知ってるのか!?」
「あぁ、知ってるよ……腕をナイフで貫いてやったさ……よく分からない魔法で吹き飛ばされて……気が付いたら……ここだったっけなぁ」
意識が混濁しているのか、相手も俺が敵対関係にあると分かっているのに、素直に回答してくれた。
だが、それによって聞きたくもない情報も得てしまった。
「……どこにいるんだ、その女は」
「知ら、ないよ。それに、どうせお前も、聖霊ごと殺すんだろ、やれよ、召喚士……」
(こっちのことを理解していたようじゃな。人殺しをしろ、とは言えんが、我らはここで仕留めることを勧めるのじゃ)
(いずれ戦うことにある相手です。ユウには後味がにがーいかもしれませんが、ここは……)
(ふぉほ、全て諦めたかのような態度です。生を放棄した故素直に話して来たの思われますな)
殺すのが後々にとって良い将来を作れるのであろうが、殺す気にはとてもなれなかった。
アルトを傷つけた男であるのに……刀を握る手は震えている。やはり殺人に対して俺はまだ恐怖していた。
「やらなきゃ、やられるんだ」
殺意はほぼない、しかし、放っておけばまたアルトを襲うだろう。
そういう世界なのだ。殺す殺さないは強者の自由。しかし、生殺与奪の責任は一生ついてまわってくる。
分かっているのに、体の震えは大きくなっていく。
「ユウ兄! やめて!」
呼吸は浅く、刀を上に振り上げた時、ミカヅキが必死に俺の前に立ち塞がり、真っ直ぐに瞳を見つめてくる。
「確かにこいつはおれたちの里をめちゃくちゃにしたし、何人も殺した! だけど、ここで復讐としてこいつを殺すのは……こいつと一緒になっちゃう! 同じ殺人者だ!」
「……でも、俺は……」
この世界に渡ってきてから何人も殺してしまっているのだ。
異形となったギルドの人間、操られた竜人など、思い返せば沢山出てくるだろう。
「おれはユウ兄が殺しを重ねるところを見たくないんだ! 襲われた相手に仕返しするなとは言わない! けど、今回だけは……!」
「っ……」
ミカヅキの必死の表情と説得により、今にも対敵特攻を使おうとしていた荒んだ心が落ち着いた。
刀を魔法陣の中にしまい込み、ミカヅキの頭に触れる。
「……俺も、まだ人間だったらしい。完全に捨てたと思ってたが、どうにも割り切れないみたいだ」
弱々しい笑顔で頭を撫で、倒れて動かない白黒髪の男へ向けて、表情を戻して強く言い放つ。
「最後の二本だけど、お前にやる。その代わり、黒髪の女と何があったのか教えろ」
「っ!?」
魔法陣から魔力回復薬の残数を全て取りだし、目の前で見せつける。
そのような展開を予想していなかったのか、彼は大きく目を見開いていた。
「……そんな甘いと……足元救われるよ」
「ミカヅキにスプラッタ表現を見せる訳にもいかないからな。感謝するならこの男の子にしとけ」
「はっ、ははっ……」
(……そうじゃった。ユウは……殺しを省みる男じゃったな)
(完全に我らもあせあせし過ぎました)
(ふぉほほ、今回はギリギリのところでミカヅキ様に救われましたな)
乾いた笑いを浮かべた男へ回復薬を与え、本棚に埋まっていた体を引き抜く。
彼は未だに俯いており、顔は見られない。
「……後悔するよ」
「それもまた運命だろうな」
「は、ははっ……面白いね。教える気がなかったけど……教えてあげるよ。黒髪の女は白騎士に連れていかれ、それをデカい亜人が追っていった」
「亜人って……この大陸の外にいるようなやつだよな?」
「さてね。理由は分からないよ。だけど、用心した方がいい、聖霊を持っている僕ですらこのザマさ」
「亜人……?」
(人であって人ではない、獣人であって、獣人ではない者の事じゃ)
(我らの住むことができる領域外、いわば外海のどこかに生きている人々のことです)
(ふぉほ、言ってしまうと怒られますが、竜人も亜人の一種ですぞ。とにかく、内陸に来ることはないはずですが……)
獣人であって、獣人でない人と聞いて一つの姿が思い浮かぶ。
確かに彼は獣人のような獣耳は着いていなかったが、魔族のような翼があった。
彼がもし会話の中で出てきた亜人であるとするならば……幾つもの書架を貫いて作られたトンネルを開いた本人である、というのも納得ができる。
「そいつの背中は……どうなってた?」
「針の山を背負っている、そんな感じだったね。どうせあの女は君の連れだろう? 早くこの先に行くといい。きっと彼女の血痕が残っているはずだ」
彼はフラフラとしながらトンネルを立ち去っていき、残るのは俺とミカヅキだけとなっていた。
彼が心配して俺に声をかけてくれたが、自分でも分かるほど顔色が悪くなっていた。
「ユウ兄、もしかしてそいつのこと知ってるのか?」
「知ってる。ついでにいえば……かなり大変な事になりそうだ。ミカヅキ、お前だけが頼りだ。アルトの血痕を辿ってくれ!」
「うん、任せろッ!」
恐らく、それらの条件に当てはまる人物といえば……七つの大罪の一人であるマモンだ。
彼がアルトを追っているとしたら、ソプラノの命令で動いていることが推測される。
シーナの過去世界の中では山をも砕き、一万を超える魔物相手でも余裕で、明らかに世界の理から外れた化け物だ。
そんな相手が手負いの彼女を追っている、その事実だけで心がざわついてしまう。
「まさか……いや、気にしてる場合じゃない――」
トンネルを急ぎ出て血痕を追う。
幸い、とは言いきれないが、近くにアルトのものであると思わしき血溜まりを発見し、さらに心臓は素早く響く。
ミカヅキに頼りきりになってしまい、何も出来ない自分を自覚して、どうしても落ち着かなかった。
遂に総合評価が10000ポイントを突破し、総合観覧数も8000000を超えることが出来ました!
本当に、本当にありがとうございます!
そして、前回お知らせした通りタイトルを変更させていただきます。
旧題「異世界で最弱のクラスだけど、なにか?」
新題「七罪の召喚士」
へ変更します。その経緯などは活動報告を確認していただければ幸いです。
また、一月一日の午後五時頃に、作者の趣味全開の主人公最強ものの小説を投稿させていただきます。
いくらか書き溜めがあるので一週間は毎日投稿です。お時間があれば見てくださると幸いです。
今年も本当にありがとうございました!
来年もよろしくお願いします!