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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
273/300

第273話 アナタとワタシ

 落ちていく。解けていく。

 しかし、ここで怯えてなど居られない。

 鏡の床の下、暗黒の先に、彼の声が聞こえたのだ。向かう以外に選択肢など考えつかなかった。

 そのため、彼女が虚無空間に飛び込むことに対して躊躇することはなかった。


 落下感に身を包まれていても、胸は大穴を空けられたように痛み、空虚感に満たされていた。

 体を分解させられている恐怖を遥かに超えたこの痛みが頭を狂わせる。

 この感覚はオニキスという魔道士の魔法を口にした時から始まっていた。


「……」


 胸の痛みとしてはっきり認識出来たのは魔法を口にした時と考えられる。

 しかし、これは“痛みに気付いたきっかけ”に過ぎない。

 彼女の心は奴隷のように扱われた過去もあることから、元より穴が空いていた。

 しかし、“彼”という存在が近くに居たからこそ、その穴は埋められており、彼女自身が穴が空いているということに気が付くことはなかった。


「アナタは、ワタシです」


 オニキスの魔法を喰らったことで、胸の内に存在するもう一人の人格が己自身のなかに形成されていることをハッキリと理解した。

 そしてその人格が、彼女の知らぬうちに胸の穴を増やしている存在であることを察するにそう時間は掛からなかった。


『そう、お前はワタシ。ワタシは俺だ』


 漆黒の先に、彼女と同じ白い輪郭がぼんやりと揺れて動く。顔もなければ、姿もない。しかしそれは“シルヴァルナ”であることを彼女はしっかり認識していた。


『レム』としての人格と『シルヴァルナ』としての人格がこのように相見えたのはお互いにお互いを認識したためだ。


 ただ魔法を喰らっただけではこのような事は起こらない。

 積み重なった彼女の経験とオニキスの魔法が噛み合ってしまったからこそ、シルヴァルナとしての人格がレムにも理解出来てしまう。

 そもそも魔法を喰らうなど、劇毒を口に含むようなものである。


「“アナタ”はなんでワタシを虐めるの?」

『“おまえ”はなんで俺の欲を叶えない?』


 存在を理解しようとも、お互いの思考はまるで理解できなかった。

 レムはただ、奴隷生活によって失われた“普通が欲しい”。

 シルヴァルナはただ、奴隷生活によって失われた“普通を取り戻したい”。


 今の生活で満足している『レム』と、今の生活では満足出来ない『シルヴァルナ』は真っ向から対立し、精神の乖離は体に大きな変化を起こしつつある。

 それが、レムの黄金の瞳状態への変貌の原因であった。

『レム』が急激に力を上げる強化は『シルヴァルナ』としての人格が表出し、『レム』としての人格が埋没した状態といえよう。


 当然ながらそんな不安定な状態が長続きするわけが無く、使う度にシルヴァルナの存在は大きくなり、レムの人格は圧迫され、影響を受けやすくなる。


 パンデモニウム内の鏡の迷宮に張り巡らされた魔法は、己の知らない隠された人格と向き合わせ、最も強い感情を顕にさせて精神のバランスを崩し、探索者の自壊を狙ったものだ。


 真っ当に影響を受けてしまったレムは度々幻聴や幻覚を目にしており、必死に抗っていたが、オニキスの魔法によって、完全に自我というものが分からない状態になってしまった。


 これが、今の彼女の現状である。


『お互いに理解することなど出来やしない。だが、一つだけ利害が一致するものがある。分かるな』

「うん。このためだけに、ワタシたちは虚無の中に飛び込んだ。だからこんな所で死ぬ訳にはいかないです」

『それでいい。だが、もう一度言っておく。覇欲な魔力には絶対に遭遇するな』

「そんなのは知りません。ワタシは、ワタシ動きたいように動くです」

『……強欲だな。流石はおまえだ』


 利害の一致。それが未だ彼女たちの二つの人格が同時に存在できるイレギュラーな理由だった。


 ――虚無空間に解かされた腕に力が入る。

 脚という存在を実感出来る。

 一つの身体に二つの人格が入り込む。


 闇の中に埋もれていた頭部は霧払いされたように祓われ、目をつぶったレムの顔が浮かび上がる。

 完全に元の体を取り戻したレム・シルヴァルナはこんな声を耳にした。


『後悔したね。運がいいね。おめでとう。おめでとう。君は資格を得たよ』

「――後悔じゃないです。ワタシは、ワタシたちはこんな所で死ねないだけ」


 声に抵抗するようにレムは両目を開く。

 その瞳は水色の瞳と黄金の瞳に変貌しており、顔つきは凛としていた。


「待ってて。ゆう。ワタシたちが今行くから」


 先程よりもハッキリと声が聞こえる。更に下の階層から安心出来る、彼の声が。


 この場は魔法学園にあった図書館よりもさらに規模が大きい施設であった。

 あまりにも静かな空間であるため、心臓の鼓動までも響き渡りそうな錯覚までしてしまう。


「覇欲な魔力とか、神威とか、分からないことだらけです。惑わせないでください。ワタシはゆうに会うんです。今はまだそれだけ」


 右手を差し出し、何となく尻尾を書架へ向けて伸ばす。

 勢いよく伸びだした尾は無数の本棚を貫き、粉々に砕いてしまう。

 爆砕音は大きく鳴り響き、木片と埃は舞い散り、その力の大きさを示す。


 彼女が奮ったその力は通常時に全力を出すよりも明らかに強いものであった。


「これなら、負けない。あるとにだって負けない……」


 ぎゅっと手を握り、レムは声のする方へと向けて駆け出していく。

 彼女が聞き取れる“声”はまさに幻聴のようで、聞こうと意識すれば聞こえるし、聞こえないと思えば聞こえない泡沫うたかたようなものである。


 微かに聞こえれば全力でその元へと向かうし、邪魔するものがあれば今の力を持って押し通る。

 今のレムに正常な判断は不可能であった。


「ここから飛び降りた方が近そうです」


 ふと覗き込むのは底が見えないほど深い吹き抜けであった。

 彼女にとって、下へと向かうのは最優先である。

 そのための手段に危険度は考慮の内に入らず、一瞬にして足元は奈落へと変わっていた。


「怖くない」


 ふわりと、まるで羽のない天使のように彼女は身を外へと放り出す。

 急加速する彼女の心にあるのは目的に対する接近感だけ。

 人の気配などこの空間には微塵も感じることが出来ないが、彼女にとって、間違いなく目的へと近づいている確信があったのだ。


 目を閉じながら落下していくその最中、ふと思い返されるのはシーナとの会話だった。


『女は男のためならあくまにだってなれる? です?』

『そうですよ。この本の通り、私がその証拠です』

『しーなは悪魔じゃないですよ?』

『……いいえ、悪魔です』


 少し前、マシニカルにて夕がドリュードを助ける途中で気絶していた時の話である。

 気絶した彼らを連れて隠れたのはシーナの拠点である小さなアパートの一室だった。

 夕が目を覚ますまでの間、アルトは夕に付きっきりであったが、シーナとレムはとある本について会話をしていた。


『しーないつもそれ読んでるです』

『ええ。何気なく買った本が、まさか私と同じような境遇の主人公だったとは思いませんでしたが。レムも読みますか? 少々刺激が強いかもしれませんが」


 そう言って手渡された本の内容は、好きな男性のために女性が様々な手段を使い、何とか男性を落とそうというものである。

 そして、レムがその時に読んだページは、なんと「高い場所から投身自殺しようとしているヒロインとそれを止めようとするヒーローのワンシーン」であった。


『えっ、なんでこんなことしてるですか!?』

『ヒーローが大好き過ぎて、ですかね』

『……ちょっと分からないです。こんなことしても意味無い気がするです』

『ふふっ、そうですよね。まだレムは分からないかもですが、恋心は女の心を狂わせるのですよ。少なくともこの本の内容によれば、ですが』

『ん……? 』


 レムは数行しか読んでいないため、好きと投身自殺が結びつかないことから頭の中ははてなマークで埋め尽くされていた。


『シーナも好きな人居るです?』

『……ええ。居ますよ。とっても、とっても大好きで、どうしても届かない人が一人だけ』

『その人に会いに行かないです?』

『私も会いに行きたいんですけどね。唯一の思い出であり、会える場所も……もう無いんです』


 シーナがどこか悲しそうな顔を見せたので、レムは本を閉じ、優しく手を重ねる。


『しーなは優しいです。きっと会えるです。大丈夫ですよ』

『……ありがとう』


 シーナはどこかぎこちない笑みを浮かべ、レムを撫でながら、そして遠くを眺めながら優しい声で言葉を漏らす。


『レム、私のように好きな人のためなら手段を選ばず、なんてことはしちゃダメですからね。取り返しのつかない事になるかもしれませんよ』


 その言葉に対してレムの狐耳はピクリと動き、撫でられながらもへにょんと申し訳なさそうに耳を折る。


『……ごめんなさい。ワタシは守れそうにないかもです』

『……えっ?』


 予想外の回答をされ、シーナはレムを撫でる手を止める。

 視線を下に戻すとレム視線は真っ直ぐにシーナを見つめており、その瞳も回答とは裏腹に真面目そのものであった。


『しーなは大好きです。もししーなが危なかったら……ワタシは多分、どんなことでもしちゃうと思うです。それは多分悪いことでもワタシは……するです』

『レム……』

『だって……! 皆一緒がいいです! だからワタシはゆうとあるとに着いてきたです。ぎるどとかあんまり分からないですが、命懸けなのも、分かってるです。ワタシがゆうとあるとに着いてくのは、大切で、離れたくないからっ……!』

『っ……』


 彼女の必死の表情に心を打たれたのか、シーナは何かを言おうとしていたものの、唇を噛み、喉元で飲み込んでしまった。

 柔和な表情に戻すと、再び彼女は頭を撫で、柔らかな口調で語りかける。


『……レムは優しいですね。どうか、どうかこのままでいて欲しいです』

『ワタシは……そう簡単に変わらないですよ?』

『ふふっ。そうですか。なら約束してください』


 ――絶対に、他人ひとを犠牲にしてまで他人ひとを得ようとしないこと。


「――ごめんなさいしーな。約束、守れそうにないです」


 空中歩行を使うと、彼女の落ちゆく体は瞬く間に減速し、地面に着く頃にはまるでジャンプした程度の衝撃か彼女の足元にのしかかる。


「これ以上は先には落ちれないですか。別にいいです。どんな事があっても、ワタシは――」

「――レムぅぅぅぅッ!」

「おおおおおおおいッ!!」


 上から声が聞こえたかと思い先程降りてきた吹き抜けを見上げれば見知った顔があった。


 竜人の人間のハーフの男の子、ミカヅキ。

 そして――ゆうとのデートを邪魔した、忌々しきあの金髪の人間。


「ごめんなさい――」


 ハイライトのない据わった視線とゆらりと手を向ける先は落下してくる金髪の男だった。

 ゆっくりと照準を合わせると、九つの尾には魔力が溜まっていき――


「――ッ!?」

「はァァっはァァッ!! おもしれぇおもしれぇぇッッ!」

「……死ね」


 光が迫るような極刹那に、二つの姿を捉えることが出来た。

 それは白い髪を持つ勇者と非常に巨大な体躯を持つ針鼠と蝙蝠を合わせた化け物としか言い様のない男である。

 直感のままにレムは照準を止め、この場を離れたその瞬間、あまりにも巨大な二つの魔力が衝突を引き起こす。


 目の前を真っ白に染めるような爆発が二人の間で巻き起こり、この場にある万物はことごとく飲み込まれ、吹き飛ばされてしまった。


ご高覧感謝です♪

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