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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
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第268話 魔導書の人格

 体は完全に分解されて、もはや自我があるのかもはっきりしない。

 その状況の中でただ一つ認識できたのはとある光景であった。


 その場は薄暗く、天井が見えないほど高く伸びる書架は無数にあり、それら全てに隙間は無く、所狭しと本が並べられている。

 あまりにも広く、果てしない図書館は物音一つしない静寂に包まれていた。


『……もう嫌なんだよ』


 嗚咽のような声が小さく聞こえると、視界は一瞬暗転した後に、別の場所へと切り替わる。

 切り替わった先の奥の方にあるのは青白い光。それに照らされて小さく確認出来たのは――三人の魔族の姿だった。

 一人は青年の姿の魔族、一人は老齢の姿の魔族。そしてもう一人は――まだ幼い少女の魔族の姿だった。


「あの人の記憶と共に、僕はこのガルドラボーグに魔力を封印する。誰が止めようと、僕はもう魔王になんかならない。お姉ちゃんで末代さ」

「アルト様っ……自暴自棄にならないで下さいッ! 今は過渡期ですよ!? 御父上は療養中で、ソプラノ様の統治が始まりたての非常に不安定な状態です! そんな中で力の大半を放棄するなど――無謀にも程がありますッ!」

「フォルテ。気持ちは分かるが今言うことではない。かの人間が亡くなった今、我らがすべきことはただ、あやつの代わりにアルト様を支えることだけだ」

「支えなんてもう要らないよ。僕はあの時分かったんだ。あの人が全てだってことが。たった一人の人間すら守ることが出来ない弱い魔族なんかには、存在意義なんてない」

「いいえッ! あなたはソプラノ様と共に今後の魔界を支えるという義務がありますッ! 過渡期について来ることが難しい魔族だって沢山いるのですよ!? それこそ我々が支えなくてはならない命なのです。アルト様、傷心のお気持ちは痛いほど理解できますが、何卒お考え直して下さい……」


 フォルテと呼ばれた青年は拳を握りしめめ、荒い口調で彼女の行動を何とか説得しようと捲し立てる。

 ――が、彼女は一度も彼に視線を合わせず、意思は固いと言いたげに、手に持っている分厚い本を握る力を強めていた。


 それを見かねた老齢の魔族は一つため息をつくと、バツの悪そうな顔で小さく呟く。


「……アルト様。一つ考えがあります。条件によっては、その記憶と力を封ずることを許可できるやも知れません」

「ジャイ様!? それはなりません――!」

「話を最後まで聞け。私の案としては――ガルドラボーグという“彼の記憶と魔王としての魔力を持った人格”を作り上げ、そして植え付けることで、彼と出会ったその事実そのものをアルト様の中から無くしてしまうという考えです」


 アルトは眉をひそめ、フォルテはその言葉を聞いてもなお必死に反対する。

 記憶を消すというのは、つまりその期間の中で経験した全てを無に帰すということである。

 つまりはそれを行えば、出会いも、経験も、思い出も、全ては一定の過去にまで遡り、無かったことになるのだ。

 ――ある一部の記憶を除いて。


「しかし、我々の力ではアルト様の心理的負傷――つまりは勇者たちの進撃の記憶は消せそうにありません。つまり、曖昧な記憶が噛み合わずちぐはぐな状態になり、お体にも危険が及ぶ可能性があります」

「……それくらい何とかなるよ。でもさ、記憶とこの力をガルドラボーグに封印することがいいとして……それがジャイたちにとって何のメリットがあるの?」

「これを行う条件として、記憶改編前のアルト様には、魔王としての義務を果たす、という契約をして頂きます。つまり、ソプラノ様がもし突然消えてしまったとしても、直ぐに跡を継ぐという約束です」


 厳しそうな顔で言い放つジャイに対してフォルテは反対の意を示しているが、アルトはまんざらでもない表情であった。

 今の彼女を苦しめているのは、“居なくなってしまった彼の記憶”であり、それを無くしてしまえば良いというジャイの案は否定する要素が薄いようにも思える。


 ――だが。


「確かに、そう出来ればいいんだけどね。でも僕は――多分、したくない、と思うんだ」

「……したくない、とは?」

「この気持ちが胸を締め付けてる原因だとしても――この気持ちを無くしちゃったら、彼は本当に存在しなかったとになっちゃう。それだけは――嫌なんだ」

「では、このまま魔王を続けると?」

「……無理だ。出来ない。今の僕みたいな弱い魔王のままじゃ、魔界は間違いなく滅びる。お姉ちゃんだって今は“力の証明”で毎日傷つきながら戦ってるのに、僕なんかじゃ――」

「――アルト様、闘うのが怖いと?」


 フォルテがその言葉を発した途端、黒い波動が図書館の中を駆け巡るように吹き荒れる。

 彼女の体からは魔王の血を引き継いだ者としての確かな圧と、その覇王としての風紀が迸るが、彼は睨みを効かせたままその場を動かなかった。


「おい、フォルテ!」

「……今なんて言ったの?」

「ええ。今のアルト様は畏れています。これから戦いにも、いずれ再来する勇者に対してもッ!」


 彼が放った言葉は、常に戦いの中で生きる魔族にとって最大の誹謗であった。

 故にアルトは激昴し、背の高いフォルテの胸ぐらを掴みかかる。


「怖い? この僕が? 勇者に対して畏れてると!?」

「これまでの会話で納得が行きましたよ。アルト様は見窄みすぼらしいほどに戦うことを畏れています!」

「フォルテ……貴様言っていいことと悪いことがあるぞッ! アルト様はいずれ魔王の跡を継ぐ――!」

「どうせこのままでは継ぐ気はないのでしょう!? ならいっそ私が魔王としての責務を――」

『いい加減にしなさい。どれもこれも100歳を超える魔族がみっともないことこと上ないわ』


 その声の主の姿を見ることは叶わなかったが、どこかで聞いたことのある声であった。響く鈴のような音を聞いていると、とある懐かしさに包まれる。


『アルト、貴女も図星なこと言われて怒らないの。事実でしょう』

「……」


 発せられた声の主は判明しないまま、アルトが窘められると、乱雑にフォルテの胸ぐらを離し、彼女は俯いて黙り込む。

 しかし彼は怒りの様子を未だ抑えられておらず、謎の声に向けて感情を出して反論を続ける。


「みっともないのはアルト様です。やれあの男に唆されたせいで、こんな軟弱な――!」

『彼はさておき、わたしの主人を悪くいうのはやめて欲しいわね。あの白勇者を相手に畏れなかった魔族はたった一人、彼女の父だけよ。あの場に居た人は皆彼を畏れてたわ。わたしや、メスタ、そしてソプラノも含めて、ね』

「では、ジャイ様も――」


 震える視線で見つめる先には俯いた様子のジャイが居る。彼はシワシワの両手を開いて見つめており、その指先も震えていた。


 フォルテの視線に気が付き、ぎゅっと手を握ると天井に向けて彼は声を掛ける。


「――様、話の内容はアルト様の記憶をどのようにするかという事です。アルト様の心の傷も理解出来ますが、このままでは――」

『ええ。話は聞いていたわ。それで考えたのだけれども――アルト、わたしに任せてみない?』

「……え? 任せるって、どういうこと?」

『安心しなさい。私が全て上手く繋いであげるわ』


 その妖艶な声が消えて行くと同時に視界はすべて黒く塗りつぶされていく。


 そうして再び視界が切り替わった先では――台座の上で鎖で縛られている、漆黒オーラを纏った冊子姿のガルドラボーグが居た。

 その周りにいるのは倒れたアルトを抱き抱えているフォルテ、ジャイ、そしてソプラノである。


「本当にこれで良かったの? あんなに大きな魔力に人格と記憶まで与えちゃうのは良くないと思うんだけどなぁ」

「――様を信じましょう。ソプラノ様。彼女がきっとアルト様の今後を守ってくれるはずです」

「まぁ私にとっては構わないけど、面倒なことするもんだね」

「それが、アルト様の望みの形なのでしょう」

「そうなんだね。知らないけど、私はそう易々とくたばらないよ? 勇者でも来ない限りね」

「信じております」


 彼女らがこの場から立ち去って暫くした後、嗚咽のような声が聞こえる。

 その発声源となっていたのは――魔導書ガルドラボーグである。


『会いたい――会いたい――死んじゃやだよ――魔王なんてやだよ――戦いたくない――』


 アルトの胸の内に隠されていた声は形となって大きくなり、漆黒のオーラは一つの人型と成る。


 アルトにそっくりな姿へと変わったガルドラボーグは膝を抱えて嗚咽を吐いていたが、何年も、何十年も経つに連れて、恨みを含んだ言葉が多くなる。


『なんでぼくは――生まれたの。なんでぼくは――生まれながらにしてこんな気持ちを持たなきゃならなかったんだッ……!』


 彼女にとって唯一の感情である“彼への想い”は日に日に強くなり、いつしかその感情には別の側面から侵食するものも生まれていた。


『こんな苦しみを覚えさせたアルト・サタンニアは――絶対に、殺してやる……ッ』


 涙でぐしゃぐしゃの顔を拭い、彼女は立ち上がる。

 現在の環境を広げ、いつか会うであろう魔王を殺すという目標へと向けて力を蓄えるために、彼女の領土ダンジョンは生まれたのであった。


『君がこの世から居なくなったせいでぼく(アルト)は死ぬんだ。冥界で待っててね――“ユウ”』


ご高覧感謝です♪

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