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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
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第267話 魔を理解し得る者

 ハーフェンが暗闇に溶けたその瞬間、影の刃が勇者の眼前で弾ける。

 しかし、目に見えない神速の斬撃を彼は難なく受け止められており、その表情にもまだまだ余裕が見受けられる。


「あははっ、速いね」

「流石ハ勇者ぁ……この程度ぐらい止めラれナくちゃぁ……困ルッ!」


 攻撃を防がれても彼は連撃の手を止めず、勇者は押されて徐々に後退していく。

 無数に存在しているかのように思えるほどに迅速な短剣が何度も振り抜かれるが、どの攻撃も彼に傷をつけることは出来なかった。


「やぁッ!」

「な……!?」


 ハーフェンの渾身の一撃を軽々と受け止めたその瞬間――彼の姿が歪み、隣からはドロップキックの構えで超速飛来していたクレアが居た。


 ミサイルのように着弾して炸裂する一撃には爆発する魔力が満ちており、まともに受けたハーフェンは煙の尾を引きながら強烈に吹き飛ぶ。


「こっちッ!」

「っ!」


 吹き飛びながらも体制を整えようとしたが、その先にはローナがおり、構えた短剣には白く輝く光が満ちていた。

 その状況で彼が迫り来る攻撃を回避する術は無いに等しい。


 甲高い音を響かせながら聖なる斬線がハーフェンの体を大きく横切り、ローナはさらに追撃として回し蹴りを叩き込む。


 再び吹き飛び、次に向かった先はバニラが魔力を貯めている目の前であった。


「喰らえーっ!」


 ビタリと不自然に空中で動きを停止させられた彼は、動けないことを疑問に思う間もなく、上空から降り注いだ極光に飲み込まれ、巨大な爆発が巻き起こる。


「うん。いいね」


 勇者は魔力の剣を肩に置きながら、ローナたちのフォーメーションを見て満足気な笑みを浮かべる。

 彼女たちは連携に次ぐ連携で、勇者の仲間としていくつもの三ツ星(スリースターズ)レベルの依頼をこなしてきた。

 故に、彼女らのコンビネーションは極めて完成されたものとなっている。


 今回使ったのは三角形の中心に敵を置く、言わば鳥籠の形であった。


「ははァ……子供にシてハやルじャねェか」


 完璧な連携にも関わらず、白い爆炎の中からゆらりと出でるのは無傷な状態の悪魔であった。

 首を振りながらコキコキと音を立て、腕を回して不敵な笑みを浮かべる。


 対して彼女たちの表情は固く、冷や汗を浮かべて睨みをきかせていた。


「硬い……オリハルコンでも蹴り飛ばしているようですわ」

「私の刃もまるで通らない。お兄ちゃんの剣とも数度打ち合っているのに、あの短剣にはヒビすら入らないって……」

「渾身の聖魔法も効果なしって、堪えるなぁ」

「あははっ、そりゃそうさ。なにせ、高ランクの冒険者の能力を全て吸収してたんだ。そう上手くはいかないよ」

「……テめェ、今二見トけよ。その顔ヲ――」


 ハーフェンは変わらず余裕な勇者が気に食わないようで、力を溜める動作をした後、燃えるような殺意を向けていたその姿は霞んで消えて――


「ッ!?」

「君こそ、俺が育てたたちを舐めないでほしいな」


 勇者の目の前にハーフェンの姿が現れたと同時に、彼の前に一つの影が立ち塞がり、高速の剣戟が再繰り広げられる。

 転移を封じられたダンジョンの中で彼が瞬間移動をしたことに眉をひそめたが、さほど驚いた表情は作らなかった。


「このガきが……ッ!」

「お兄ちゃんには手出しさせない!」


 ハーフェンの短剣による連撃を全て受け止めたのはローナであり、彼女は魔力で強化した体と武具によって、強烈な攻撃を弾いていた。


「喰らいなさいッ!」


 クレアが再び弾いた攻撃の隙を狙い、息をつく間も許さずこの場へと接近し、魔力の宿った拳打を全力で解き放つ。


「邪魔ナんダよ……テメェらァッ!」

「そんな――ッ!?」


 クレアの小さく伸びた拳はハーフェンの悪魔の掌によって完全に止められており、追加効果である爆発ですら発生に至らず、魔法はキャンセルさせられてしまった。


「ァあァぁァッ!」

「「きやぁぁぁッ!?」」


 彼の気合いの声と共に掴まれたクレアは、対角で短剣を構えていたローナへと向けられて砲弾のように投げつけられる。

 あまりにも強大な力であったため、彼女は抑えることが出来ず、巻き込まれて吹き飛び、鏡の壁へ強烈に叩きつけられてずるりと落ちる。


「ァ?」

「《聖光裁撃ディバインセロ》ッ!」


 鳥籠の形は完全に崩されても構わず、バニラはハーフェンへと向けて勇者をも巻き込む勢いで全力の聖属性魔法を叩き込む。


 暗闇を引き裂き、一つの目標へと向けて天から降り注ぐ無数の光弾は凄まじい威力を持っており、鏡の床には亀裂が生まれ、爆煙が再び吹き荒れる。


「とはいえ、君もこんなに頑丈だとは思わなかったけどね」

「――効かネぇなァ!」


 爆煙を貫くように伸びだしたのは長く伸びた悪魔のゴツゴツとした腕であった。

 その向かった先はバニラであり、不意を付かれた彼女は動くことが出来ない。


「がっ……!?」

「捕マえタぞクソがキ――!」


 伸ばされて巨大化した掌の中にはバニラが握られており、恐ろしい勢いで締め上げられる――


「ッ!?」


 ――かのように思えたが、既のところで腕に入る力が消え失せ、彼女は直ぐに拘束から解放される。


「あ、あれ? 痛く、ない?」

「マリエル。ここから先は俺たちでやろうか」

「――了解しました。マスター」

「俺ノ腕ヲ切り落トしタか……」


 ガトン、と硬いものが落ちる音がすれば――切り離され、長く伸びた悪魔の腕は黒い血液を吹き散らし、動きを止めていた光景がある。


 ローナでも傷をつけられなかった彼の体を切断したのはフードローブを被った少女、マリエルである。

 ずっと勇者の背後に立っていたのだが、ついに彼女は彼の指令によって動き始める。


 ローブの袖から生え出すのは勇者と同じような光の魔力を固めて作られた剣である。

 しかし、彼女の手は袖から出ておらず、まるで剣自体が彼女の腕であるかのように見えた。


「――テめェ、イヤな気配がすルな。忌々しい、勇者ノ気配。それに、コイツなんカよりも、ずっと強イ気配。……何者ダ」

「あははっ、悪魔と言われてるだけあるね。本能的に分かるんだ」


 ハーフェンの肩元から溢れていた黒い血液はいつの間にか止まっていたものの、顔の皺はいくつも増えていた。

 まるで天敵に出会ったような隠しきれない怯えがそのまま顔に出ており、彼は一歩だけ後ろに下がる。


「――さぁ、彼女の正体を当ててみなよ」

「殲滅します」


 呟いたと同時に彼女の姿が稲妻のように変わり、その刹那でハーフェンの体には三つの切り口が作り出され、勢いよく黒血が吹き出す。


「グっ……」

「逃がしません」


 ハーフェンは僅かに反応し、後ろに下がったこと致命傷は逃れたが、切り口からは聖なる魔力が迸り、毒のように彼の体を蝕んで(浄化して)いく。


「だが、甘イな。俺ハ一つ星(シングルスター)ダった男ダ」

「おや?」


 追撃とばかりに踏み込んだマリエルの足元には、吹き出した血によって描かれた魔法陣があり、怪しげな光を放っている。

 その事に気が付かなかった勇者は戦闘はマリエルに任せて移動しており、気絶したクレアとローナを抱えていた。感じられた魔力反応に引かれて顔を向けたが、両手を塞がれた状況で、刹那にマリエルを助けることはいくら彼といえど不可能であった。


「《黒針獄ブラッディヘル》ゥッ!」

「……ッ」


 巨大な魔法陣から悪魔の角を彷彿とさせるような捻じ曲がった針の山が一斉生え出し、ほぼ中心部にいた彼女の体は呆気なく、そして容赦なくズタズタに貫かれる。


「そんなっ……!?」

「俺ガただ攻撃を受けテるだけダと思っタか。 俺の専売特許は不意打チ。残念だガ、この程度の傷ハ何トもナい」


 バニラの悲痛な声はハーフェンのひび割れた悪魔の笑い声によってかき消される。

 彼の無くなった肩の部分は膨れ上がって黒血を撒き散らしながら内から腕が生えだし、同時に腹部や胸部の傷はみるみる塞がっていく。

 魔物のように部位を再生する姿はまさに化け物と呼ぶにふさわしい行動である。


「……伊達に、悪魔になったわけじゃないか。なかなか手強いね」

「ハはハッ! イい顔ニなっタな、勇者ぁ……その顔を……もっと……見セろぉぉッ!」


 刹那に体の傷は完全に再生され、再び力を溜めて飛んだ先は――呆然と立ち尽くすバニラへ向かっていた。


「あぁもう……君も性格悪いなぁ」


 二人を下ろし、手を広げて放たれた勇者の聖魔法は、確かにバニラへと向かっていたハーフェンの体を貫いた。

 しかし彼の姿はいまだ動いてバニラへと向かっている。

 魔法の手応えは――ない。


「残念ダが、幻影ダ」


 声が聞こえたのは彼の背後である。

 背中越しに振られた短剣を、振り向きざまに光の剣で受け止め、激しく火花が散る鍔迫り合いとなった。


「随分洗練された幻術を使うもんだね、騙されちゃったよ」

「まダ余裕があルか――ダが、これナらどウだ?」


 鍔迫り合いは払われ、彼の姿は再び粒子となって消えていく。

 自由にやらせていることに多少腹を立てたのか、勇者は目を一瞬だけ()()()()()()と、何も無い虚空の空間へと向けて光の剣を振るう。


「がァァァァッ!?」


 すると、10メートルほど離れた場所で、叫び声と血を放ちながら黒い人間が転がっていく。

 まだ倒れないとでも言うのか、ふらふらと立ち上がる彼の体には、胸から胴に掛けるように、大きな袈裟懸けの光を放つ斬跡があった。

 対して勇者の手に持つ得物は、黒い刀身に変わったかのように血痕で塗りつぶされている。


「ごめんね。そろそろ時間が無いんだ。君の戦闘力向上は面白かったけど、流石にこれ以上の観察は無意味だね」

「こ、ノ……ッ、まだ、遊ビだとォ……ッ!?」

「力を持ったからって過信しすぎだよ。言っておくけど、マリエルですら君はまだ仕留め切れていないからね」


 彼が指を鳴らして合図をすると、マリエルに突き刺さっていた黒い大棘はひび割れ、魔法陣は白い爆発によって破壊される。


 先程までずっと魔法に突き刺ささったままの彼女はふわりと鏡の床に降り立ち、何事も無かったかのように棒立ちしていた。

 彼女が纏っていたローブは蜂の巣のように穴だらけで、間違いなく突き刺さった跡は残っている。

 しかし、その穴から覗けるものは輝かしい光のみで、彼女の体、及び向こうの景色などは一切見通すことが出来ない。

 つまり、最初からローブの中には“魔力しか存在しない”可能性が浮上している。


「……っ、なンダ、お前はッ……!?」

「ご察しの通り、彼女は人間であって、人間じゃない。ついでに言えば、魔族であって魔族じゃない。あははっ、不思議な存在だよね」

「くっ……シねェえええッ!」


 彼もついに本領を発揮すべきと見たのか、体を再生させた後、闇色のオーラを迸り、背後に六つ程の巨大な魔方陣を展開した。

 彼が今から放とうとしている魔法は先程マリエルを貫いたものと同じである。


「テめェらは……全員、殺スッ!」

「まさに悪魔らしい台詞だね」


 当然ハーフェンがそのような問いかけに答えることは無く、上空を埋め尽くす程の巨大な魔法陣からは禍々しい角のような魔法が解き放たれる。


「ちょっとみんなをお願いね」

「畏まりました」


 マリエルは勇者の言葉に従って瞬時に動く。

 転移するかのように光に溶け、座り込んだバニラの目の前に現れると同時に抱え込み、すぐさま光を通って勇者の元へと戻る。

 ――が、一連の動作を指示した勇者本人が驚いたような顔を浮かべている。


「あれ? なんで君転移できたの?」

「……不明です。先程の受けた魔法から多少魔力を吸収した事象が関連しているようにも考えられます」

「全員、呑マレロォォォォッ!」

「ちょ……サンガぁぁぁっ!?」


 嵐の黒雲のように勢いよく迫り来る魔法にも勇者は目をくれず、バニラは必死で彼の名を呼ぶ。

 しかし、彼はまるで動じないといった雰囲気である。

 視線は地面に向けていたままで左手を顎に置いてあり、剣を持った右手は魔法に向けて伸ばしっぱなしである。


「このダンジョンは二階層以後、転移は完璧に封じられてるはずなんだけどなぁ。彼はまだしも、なんで急にマリエルにも出来るようになったんだろうね?」


 一度も迫り来る魔法に視線を合わせないまま、彼の光の剣は手の中で収束する。

 ひとつの球体となり、彼の手からふわりと解き放たれて魔法と衝突した瞬間――


「うわッ!?」


 常人の目ならば間違いなく潰れてしまうほどの強烈な閃光が全てを埋め尽くす。

 あまりにも莫大な魔力が炸裂したゆえに、辺りの鏡の壁は溶けるように崩壊する。


「ごめんごめん。力入れすぎちゃったかな。考え事しててね」

「か、ハっ……」


 マリエルが瞬時に貼った結界により、仲間たちへの影響はなかったが、防御行動をとることが出来なかった彼は、煙を上げながら倒れ伏していた。


 勇者はマリエルを引き連れながら呻くハーフェンの目の前で座り込み、優しい口調で語りかける。


「ねぇ、君は自分のことを悪魔って話してたよね。ちょっと考えてみたけど、どうやらその事が関係しているみたいだ」

「な、ン、の話――」


 彼の体は再生を始めようとしているが、あまりにも傷が深いために進行が遅い。

 彼が反撃の手だてを取ることはもはや不可能であった。


「シーナが黒騎士の魔法無効化を突破したのも気になってたけど、君の行動で納得がいったよ。君たちの“悪魔”としての性質がダンジョンの制約を無視して魔法を使えるってことがね。だから君はさっき転移を使うことが出来たんた。マリエルがさっき転移を使えたのも君の魔力――いや、君の特性を少しだけ吸い取ったおかげだと思う。ちょうど俺もダンジョンの制約で困ってたところでさ――」


 勇者が指示すると、マリエルが前に出てて剣を構える。そして動揺のような感情を表すことも無いまま、右手の代わりに生えだした光の刃を彼の腹部へ無理やり突き刺した。


「グ……ぁ……!」

「君の力を吸い取らせてもらうね。俺の推測だと、これでダンジョンの制約から解き放たれるはずだし」

「血が……オれの、血がぁぁぁ……」

「マリエルには君の魔力源と思われる血を吸い取ってもらってるけど……無くなるまで退屈だろうからこんな話をしよう。()()天の剣(アマノツルギ)についてだ」

「や、メ……ロ」


 マリエルが突き刺した光の剣には血管のように浮き出た黒い筋が何本も浮かび上がっており、それらは彼女の体へと取り込まれていく。

 体内の魔力気配はみるみる増していくが、対照的にハーフェンの身に纏うオーラは一瞬で消え失せていた。


「そもそも天の剣(アマノツルギ)とは勇者召喚の触媒にして、伝説級武具レジェンダリーウェポンの中でも頂点に君臨する史上最高の霊剣だ。魔族を完全に殲滅するために“女神”によって作られ、人間たちに与えられた最強の武器――だった」


 バチバチとマリエルの体からは白い稲妻が暴れ回り、彼女の中に封じられていた聖なる魔力が放出された影響で空間が歪む。

 実際のところ、クレアもローナもバニラも、マリエルの正体は分かっていない。

 勇者と出会った頃から常に傍にいる、いわば彼の相棒のような存在である。

 時にはその立ち位置に嫉妬することもあるが、仲間として見られていることは間違いない。


「だっ、た?」

「そう。魔王の血を吸ったあの時から、天の剣(アマノツルギ)は変わったよ。脳内(俺の中)で騒ぎ立てていた声は嘘のように消えたし、“勇者の意志”にも会わなくなって――悔恨から開放された“彼女”にも自我が芽生えるきっかけを得た」

「彼女――って、まさか!?」


 バニラの驚きの声と重なって、巻き起こった風圧から、マリエルの頭を隠していたフードが外れる。

 彼女の銀髪からは二本の角が生え出しており、拝みたくなるほど神聖な気配を感じるが、同時にこの世のものでは無い異物感も拭えない。

 天使のように美しく、悪魔のように恐ろしい。

 普段の空気に溶けるような薄い気配とはまるで異なった雰囲気を纏っていた。


「そう“彼女”こそが――天の剣(アマノツルギ)そのものなのさ」

「えっ……!?」

「なンだ、と」


 信じられない、と言った表情はハーフェンだけでなく、バニラも同じであった。

 力の吸収は加速度的に進行していき、呻き声もますます掠れたものに変わっていく。


「俺を除く歴代の勇者は、どの世代においても魔王を倒せなかった。その悔恨の意思と勇者の魔力はこの剣が器となって今の今までずっと引き継がれてきたんだよ。まるでスフィアのようにね――さて、ここで復習だ。さてバニラ、スフィアの説明を覚えているかな?」

「え……ぁ……うん。確か、魔力を蓄積できるけど、同時に負の感情も……募らせるって……えっ?」

「あははっ、いいね。その予想は正しいよ」


 勇者の設問に、答えていくとバニラの表情は無へと変わっていく。

 つまり、スフィアと同じ性質を持つということは、天の剣(アマノツルギ)の真価を発揮したと同時に、ハーフェンのように悪魔へと変わることを婉曲的に証明しているのである。


「長い歴史の中で、“勇者の意志たち”が人格を形成するのは至極当たり前だった。だけど、これは女神の宝具だ。“彼女”はありとあらゆるものを勇者の聖なる魔力へと変換させていく能力を持つ。――全ては()()解し()()者となり、悪を殲滅するために、ね」

「吸収完了。変換工程開始」


 マリエルの纏う光がより一層強烈なものへと代わり、目を細めても姿は見えなくなった。

 痩せこけたハーフェンはもはや動くこともなく、響き渡るのは崩落するダンジョンの高い音のみ。


「全てを飲み込み、元の正しき世界へ“浄化”する。それが勇者の役割。例えどんな闇でも、悪でも――誰であろうとも、逃しはしない」


 彼の瞳と体が白く光り、ふわりと浮かび上がる。

 悪魔の特性をそのままに勇者の力の更新が始まるのだ。ダンジョンの制約など、もはや彼に取って障害になり得ない。


 ――そうして、天の剣(アマノツルギ)が召喚されるのだ。


「おいで。全てを浄化(キレイ)にしよう。マリエル」


 光と化した彼女を中心に、幾層にも複雑に描かれた魔法陣が展開されていく。

 あまりにも神々しい光景に誰も口を挟むことは出来ず、邪魔する存在も無い。


 魔法陣からは激しい光の奔流が溢れ、目が眩むような世界に色をつけたのは……一本の流麗な直剣であった。


 女神の世界の色をそのまま映したような刀身には青白いオーラが纏われており、黄金の柄は全ての大地を模していると思えるほど重みがある。


 彼がその剣を手にすれば足元から白い奔流が吹き荒れ、彼の髪は白く染まり、伝説で語られる勇者の姿がそのまま召喚されていた。


「この姿になるのも久しいな。そうだろ、闇に連なる者」


 口調も雰囲気もガラリと変わった勇者は空中でふわりと踵を返す。

 彼が見下ろす先には……今にも倒れそうな赤い甲冑に身を包んだ騎士が奥の方から近づいている。

 折れた剣を持ち、逆手には赤い馬の鬣が握られていた。


『ガルドラボーグ……我が主よ……我が愛馬よ……』


 そう呟き、ふらついていた赤い騎士はうつ伏せに倒れ伏した。何かから逃げていたかのように見えるが――その姿は超重量の影によって押しつぶされ、闇に消え失せる。


「おおッ!? やっぱり居るじゃねぇかぁ! 滅魔の聖者さんよぉ! まさかあの時よりも力を持ってるとはなぁ!」


 上空から現れたのは七つの大罪(セブンス・シン)の一人、マモンであった。

 大変嬉しそうな様子で目を輝かせながら見ていたが、対照的に冷たい彼の瞳からは静かな殺意が溢れていた。


「消えろ」

「おおっ! いいなぁそれぇ!」


 音すら切り裂く真っ白な斬撃が放たれ、その光が通り過ぎた後には――黒い空間が拡がっていた。

 つまり、鏡の床すら消し飛ばし、無への空間を開いたのである。


「うっしっし!! 最高だなぁ……最高だなぁ……!」


 ――が。マモンは片手を上げており、その手のひらには微かな黒い血が滲んでいた。

 片手一本で斬撃を受け止めていたのである。


「皆。先に帰っててくれ。また後でな」

「え、あ――」


 倒れ伏しているクレア、ローナは元より、バニラも勇者の転移魔法によって有無を言わさずこの場から消えていく。

 全てが崩落しかけたこの空間に残ったのはマモンと勇者だけだった。


「なぁなぁ、もっと殺り合うのにいい場所があるんだがよぉ、いっちょ行ってみねぇか?」

「逃がすとでも?」

「逃げねぇよっ! 誰がこんなおもしれぇ相手を目の前に逃げるかってんだ! この空間が潰れる前に移動しよって話だぜぇ?」


 マモンが虚空に向けて拳を突き出すと、夕が呑まれたもの同じ黒い渦を巻く空間が開かれる。

 大笑いしながらも、その巨体は無の空間へと飲み込まれていき、勇者は呆れた様子で呟く。


「もう一度、切り刻むか」


 マモンが開いた黒い空間に勇者も自ら飲飛び込む。


 もはや文字通り何も無くなった空間の中は確実な滅びを待つだけであった。


 マモンたちが消えて暫く経過すると、渦の中へと向けて高速で飛来した一つの影が見られた。

 それが全ての終わりの合図であったのか、第三階層は完全に暗黒へと姿を変え、一切の生命はこの場から消え失せたのであった。

ご高覧感謝です♪

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