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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
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第263話 悪魔の誕生

 柔和な笑みを浮かべ近づくオニキスを見て、エーツは心の底から救われたような気分であった。

 藁にも縋りたい思いで助けを求め、幻獣フェンリルは応えると、暴れるミカヅキの襟を噛んで軽々持ち上げる。

 

「離せっての!」


 聞く耳を持たず、狼の幻獣は彼を口にくわえたまま勢いよくエーツの元へ放り投げ、鏡の床を三回バウンドして連れ返される。


「ってぇなぁ……!」

「さぁさぁ、狐の少女よ、此方へ」

「……誰ですか」


 オニキスの姿が黒霧に溶けて消えたかと思えば、彼はレムの行先を立ち塞ぎ、両手を広げて迎え入れるような仕草をとる。

 当然彼女からすれば邪魔でしかない相手であるため、今にでも襲い掛かりそうな雰囲気である。


「おやおや。そう邪険になさらず――」


 不機嫌な様子で横を通り抜けようとしたレムに手を伸ばしたその瞬間――


「おや」


 彼の腹部に彼女の鉤爪篭手が突き刺さっていたのだ。しかし、悲鳴をあげることもなければ、攻撃されて動揺した様子もない。ただ慈しみの笑顔で彼女を見つめていた。


「……邪魔です」


 貫いていた腕を引き抜くと、彼の血液の代わりに黒い霧が巻きついており、レムの篭手へと纏わりついていた。

 彼女を飲み込もうという意図の元、彼の体内から漏れ出た魔力は自己増殖を行い始め、黒霧の体積は加速度的に増加していく。


「……」

「おい! お前――!」


 エーツが動揺している最中、レムは何かを深く思考したような表情を見せると、覚悟を決めたように黒霧に纏われた腕を顔に近づける。


「いただきます、です」


 かぷり、という軽めの音か聞こえそうな小さな口を開いて噛み付いた先は、己の霧が巻きついた腕であった。


 黒霧は瞬く間に彼女の口腔へと吸収されていき、その様子を見ていたオニキスは口を歪める。


「さぁ、貴女の“悪”を呼び覚ましましょうッ!」

「おい!? レムっ!」


 ミカヅキを介抱していたエーツが急いで駆け寄ろうとしたその時。心臓の拍動のような衝撃が駆け巡り、彼女を中心として万物を吹き飛ばすような勢いの突風が暴れ回る。

 今まさに向かおうとしていたエーツも、笑顔で佇んでいたオニキスでさえその衝撃に耐えられることが出来ず、鏡の壁に強く打ち付けられてしまう。


「ぁ……あぁ……!」

「今度は――何が起こるんだよおぉぉっ!」


 押しつぶされるような風圧の中でミカヅキが叫び、エーツはレムの元へ向かおうと抜け出そうとするが――まるで動けない。

 フェンリルは辛うじて耐えているも、徐々に壁へと追い込まれており、鼻筋の皺はますますハッキリとしたものになる。


「……」

「はは、ははは……」


 徐々に突風が収まり、オニキスはずるりと壁から落ちて俯いたまま笑い声を上げる。

 エーツが不安な様子で彼から視線をレムへと移せば――これまでとは明らかに違った様子であることが判明した。


 彼女の髪は上昇気流に流され軽く逆立っており、瞳は黄金に光っている。

 怪しく蠢く九つの尾はまさに生き物と例えられるような生々しさを感じさせた。


「……レ――」


 エーツが彼女の名を読んだその時、視界の隅で何かが高速で向かって、伸びていた。

 目で認識するのが困難と思えるほど、迅速な飛来物を確認しようと視野を広げれば――それは彼女の長い尾であった。


「か、はっ……すばら、しい」


 尾の先を目で追えば、それはオニキスの腹部に深く刺さって貫通させられており、彼の腹部からは黒い霧が漏れていた。


「ぉ…!? おぁおぁぁ……ッ!?」


 悲鳴ともいえる声が上がれば、彼の身体中から霧が吹き出し、それらは全て突き刺さっている尾へ脈動と共に吸収されていく。

 凄まじい魔力の吸収速度であるためか、彼から放出される力は瞬く間に小さくなってしまう。


「ガルァァッ!」


 主人を傷付けられて黙って見ていられない、とばかりにフェンリルは上空へと飛び上がり、手と尾を伸ばしているレムへと向けて牙の並んだ大顎から極光を放つ。


「うああああっ!」

「何がどうなってんだよっ」


 凄まじい威力を秘めた光線はレムの足元で爆発を起こし、エーツはミカヅキを爆発の粉塵から守るように彼を覆う。

 この隙を見てフェンリルがオニキスを助けようとする意図で、未だ突き刺さっている尾へ向けて噛み付つく――


「ガゥッ」


 ――既のところで煙の中から新たな尾が出現し、恐ろしい勢いで幻獣へと向けて伸ばされる。

 その攻撃を回避するため、大きな跳躍を行い攻撃のルートから外れようとしたフェンリルであったが、尾は直角的な動きで上空にいる幻獣を追い詰める。


「ギャウッ!?」


 空中を自由に歩ける幻獣であっても、彼女の追尾から逃れることが出来なかった。逃げた先にまた新たな尾が迫ってきており、降下した所を狙われて尾による強烈な叩きつけを受けてしまい、力なく落下していく。

 煙が完全に晴れ、無傷の様子のレムがぐらりと視線を向けた先は――ミカヅキを守るエーツであった。

 虚ろな瞳の中に彼の姿は存在せず、腕を二人へと向けてしまう。


「おいおいおいおいッ!」

「うわぁあぁっ!?」


 ミカヅキを抱え、辛くも尾の刺突を回避することが出来たが、もう一本の尾が迫っていた。

 体制の崩れた彼らの状態では回避することは適わず、防御魔法も間に合うことすら怪しい。


「くっ……間に合ってくれよッ!」


 目を強く閉じて防御魔法に全神経を集中させる――


「って、あれ?」

「なにも、来ない?」


 が、構えていた衝撃は此方へ届くことはなく、張られている結界にさえもレムの尾は触れていなかった。

 彼女の尻尾は結界のすぐ手前で震えながらも行動を停止していたのだ。


「……」


 伸びた尾はゆっくりと彼女の元へと引き戻され、体を貫かれていたオニキスもようやく解放される。

 フェンリルが急いで男へ駆け寄り、背中に乗せて何処かへ駆けて行ったが、それをレムが追うことはなかった。


「……ごめんなさい」


 今にも掻き消えてしまいそうな小さな声がエーツの耳に届いたその時。

 レムが先程フェンリルを叩きつけた場所にて、ピシリと音が響き、鏡の床に亀裂が入り込んだのだ。


「なぁ……お前一体どうしたんだよっ」

「ワタシは、もう何も分からないです。ただ――ワタシは全部、欲しいんです。もう我慢なんて……したくないんですよ」


 床に亀裂は一瞬で巨大化し、甲高い爆音が響いて鏡の床の自壊が始まってしまう。

 彼らが狂音に耐えかねて耳を塞いだその時、今までに感じたことも無いほど強い揺れが発生する。

 冒険者でも立っていられないほどの揺れの中、エーツがレムの名前を叫んだが――


「……ワタシは、ゆうに会いたいんです。だって……気付いたんですよ。この気持ちが――」


 彼女が何かを言いかけた時、亀裂は恐ろしい勢いで広まり、その自壊によってレムの足元付近の床に大穴が空いてしまう。

 彼女は何ら抵抗することなく、薄い笑みを浮かべたまま鏡の床に空いた穴に落ちてしまい、この場から消えてしまう。


「レムッ! あぁぁもう嘘だろッ!」

「……な、なぁ!? あれッ!」


 ミカヅキが震える指先を示した先には、亀裂が入り込んだ瞬間に崩落していく鏡の壁が確認できた。

 その現象は観察するまでもなくこちらに迫ってきているのは明確で、遠くから鳴り響く鏡片の落下音は恐怖を煽る。


「くっ……仕方ねぇッ! 一か八かだ! こっから先どうなるか分からねぇけど……皆で生きて帰るぞ! ミカヅキ!」


 エーツは壁に手を付きながらミカヅキの腕を掴んで立たせ、そして彼の腕を握ったまま――背後の壁を蹴って、穴へ向けて大ジャンプを行った。

 つまり、床に出現した穴に自ら飛び込んだのである。


「お前――嘘でしょぉぉぉっ!?」

「絶対手を離すんじゃねぇぞッ!」


 悲鳴と共に彼らは声を張り上げて漆黒の穴の中へ消えていき、その場には何も残らず、ただ崩落した光景が広まっていくのだった。


 ~~~~~


 時同じくして鏡の迷宮の中。

 彼らから更に遠く離れた場所で勇者たちは全員が集合しており、同じく揺れに耐え続けていた。


「やっとお兄ちゃんに会えたのにっ……!」

「ねぇ! 転移はできないのかしら!? バニラァっ!」

「変な力が働いて……魔法が発動してくれない!」

「あははっ、落ち着きなよ。まだ時間の猶予はある。それに、ここは既に中心みたいなもんだし、タイムリミットが来る前に今から戦う番人を倒せば、俺たちは晴れてこの階層の攻略完了だ」


 確信を持って言い放つ勇者には根拠があった。

 周囲一帯はエーツやミカヅキがいた場所よりも三段階ほど暗くなっており、彼らが現在いる場所は迷宮のように入り組んだ場所ではなく、目の前に真っ直ぐ続く鏡の道が存在していた。鏡には何も写っておらず、彼らの姿すら存在していない。

 つまり、彼らは崩落が発生するよりも先に迷宮のゴールに辿り着いていたのである。


「ただ皆と集合するのを目標にしてたんだけど、結構上手くいったもんだね」

「姫の“拒迷の運命(ディスロスト)”の力であると考えられます」

「あははっ、確かにそうかもね。貰っといてよかったよかった」


 マリエルの言葉に勇者は笑顔で同意する。

 彼の首元で怪しく光るのは黒いチェーンであった。それらは仲間たちも腕に巻いたり、足首など装備しており、全て同じデザインである。


「――さて、と。これ以上勝手に付いてくるのは流石に許容出来ないなぁ」


 言葉を放った勇者が踵を返したと同時に、彼の目の前に何かが着地した。

 暗い空間であるためハッキリと確認は出来なかったものの、サンガは誰であるか認識している。


一つ星(シングルスター)ハーフェン。君を見るのは二度目だね」

「やはり私を認識していたか。三つ星(スリースターズ)の勇者よ」

「この人が噂の――!」

「お兄様、お気をつけて。ハーフェンといえばギルド最高峰の暗殺者アサシンですわっ!」

「付けられてることすら全く分からなかった…!?」


 暗い闇の中からぼんやりと姿を現したのは長い暗柴色の髪の痩せぎすの男性だった。彼は攻略に関しての作戦会議にて夕と同じエレベータに乗っていた男であるが――当然そのようなことは知る由もない。


「君の気配殺しは俺でもよーく警戒しなきゃ気が付かなかった。それに、これもね」


 マリエルのフードに付いていた虫を取るかのように一摘み。

 そうして彼の指先に存在したのは長くて細い一本の髪の毛である。よく目を凝らさなくては見えないもので、ただのゴミとしか思えなかったが――


「これがあるおかげで、俺たちは散々利用されてきたってわけ。ずっと違和感あったけど、この階層が鏡しかないから変な存在感は尚更目立つんだよなぁ」

「……よく気付くものだ。確かにそれは探知の魔法を付与しており、私はお前たちを常に追跡し続けた。だが、その推理ではまだ私の目的を明かすのに足りないな」

「と、いうと?」

「ただ付いていくだけじゃ、一つ星(シングルスター)には成れないという事だ」


 彼が懐から取り出したのは暗い渦が巻かれている黒宝玉であった。色合いはまさにオニキスと呼ばれたアイテムに瓜二つである。

 掲げた魔道具を眺めるハーフェンを見て、サンガは面白そうに笑みを浮かべる。


「……あははっ、これは俺の見解も改める必要がありそうだ」

「どういうこと、ですか?」

「俺がテュエルたちと上層を探っている時、ある不可解なことが起こってね。SSランカー以上の冒険者たちに配布したバッチ(これ)が一定数破壊されてるって事実についてだよ」


 勇者が襟元から外して見せたのはテュエルから貰ったバッチ型の位置情報探知機であった。

 彼はクシャリと指先で潰すと仲間たちからどよめきの声が上がる。


「君、冒険者たちを殺したね」

「私が同等のSSランカーたちを無傷で殺せるとでも?」

「ああ。君だからこそ、無傷で倒せるね。その気配殺しの力はこの世界の住人にしては極めて高い。それほどまでの力があれば、仕留めることは容易いだろうさ。そして何より君は《死者流用ネクロマンス》の技能を持っていることも俺は知ってる。仲間のうち1人仕留めることが出来ればあとは――」

「――おいおい勇者。私がこの“共同攻略”の作戦の中で、仲間を殺す根拠なんてないだろう。一体何を思いその自信が湧くのだ?」


 目頭を抑えながらハーフェンは呆れたような口調で語り、共同作戦という言葉にアクセントを置いて腕を広げるジェスチャーをとる。

 ――しかし、勇者の緩んだ頬は未だ元に戻らない。


「あははっ、俺が何も知らないとでも? ならこれならどうかな。君が今持っているのはこれと一緒のタイプだろうね」


 彼が指示するとマリエルはフードローブの中から黒い宝玉を取り出す。それはハーフェンが所持しているものとまるで同じ形と色をしていた。

 ピクリと彼の眉間に皺が増える。


「――主に魔力搾取マジカルドレインに使われるもっともオーソドックスな魔道具、スフィアだよ。魔力をこれに()()したり、()()()()()するのには打って付けな一品だね」

「なぜ、お前たちがそれを持っている」

「最近ではこれを勢いよく当てるだけで物体ごと吸収できる機能が追加されてるとかされてないとか……知ってるよね?」

「質問に答えろ」


 夕がギルドマスターのメアリーに依頼され、マシニカルから逃げ出した人工の魔物と戦い終えた後、丸々回収をすることが出来たのは、このスフィアの効力である。

 あまりにも危険な魔道具であるため、一般に流通されないよう厳重に管理された魔道具は――今ここに二つと存在していた。


「あははっ、ただの保険だよ。俺が油断した挙句、女神の杖を取られて悪魔娘(シーナ)を完全覚醒させちゃった時なんて――面倒でしょ? さて、話を君に戻そう」


 マリエルにオニキス――もといスフィアを仕舞うように指示を行い、笑みを深めて指を突き出しながら言葉を投げかける。


「君は何人の冒険者を殺して、君は何人分の魔力を持て余してるんだい?」

「……流石は勇者。私は貴方を侮っていた。私が自分で答えを示しているようなものじゃないか」


 怪しく笑いながら、ハーフェンはスフィアを力強く掲げる。

 すると、球体から泥のように溢れ出た黒い魔力が彼の体をみるみる覆っていき、笑い声はますますけたたましいものに変わっていく。


「やれ攻略作戦など……愚かなものよ。突如として本部が潰え、おさが変わり、制度も一変した。そのようなことになれば混乱が巻き起こるに決まっているだろう。その様な激変の機会、逃す術がない。――この私が、勇者を滅ぼし、ギルドの頂点に立つのだ。魔導書なぞ、まるで興味はないわッ!」

「貴方という人は……っ! そんな野望のために、協力して攻略を決意した仲間たちを切って、自分の力にしようとしたの!?」

「童女に理解など出来るものか。このスフィアは殺せば殺すだけ不可能を可能に導く力ガあルのダ!」


 泥に覆われた声はますます低く、ノイズがかったものに変わり、雰囲気は邪悪なものへと変貌していく。


「あははっ、皆よく聞いておいて。スフィアはただ魔力を溜めるだけじゃないよ。その中に無念とか、怨みみたいな負の感情も一緒に蓄積されていく。全部混ざってスフィア中で作り上げられるのはただの魔力の塊なんかじゃない。“悪の人格”持つ魔力だ――つまりそんなものを浴びようものならば――()()が生まれるよ」

「アぁアぁアぁアぁアッ!」


 叫び声を上げながら魔力が迸り、その場にいる誰もが顔を覆う。

 激しい突風が弱まり、顔から腕を遠ざければ――まるで別人の姿が目の前にあった。


 体には黒い棘を生やし、頭には反り返った二本角。そして背中には大きな翼が存在しており、胸にはスフィアが埋まっている。


「ぉレを無視すルやツは――許さネぇッ! 俺を馬鹿ニすルやツもユルさねぇぁぁ……!」

「こうなっちゃったらもう救いようがない。俺たちの手でこのスフィアに閉じ込められた無念を解放してあげないとね」

「……うん、お兄ちゃん」

「それが、一番の弔いですわね」

「……了解だよ、サンガ!」


 ヴォンと音をたてて勇者は手の内に光の魔力の剣を作り、戦う姿勢をとる。

 それに従ってサンガの仲間たちも武器を構え、“悪魔”となってしまった相手に対して向かい合うのであった。

ご高覧感謝です♪

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