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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
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第262話 乖離する心

 隣にいるシーナの目は虚無を映し出しており、荒ぶる魔力は彼女らを一瞬にして包み込んでいく。

 両肩を支えていたレムとミカヅキも突風により強く吹き飛ばされてしまったものの、黒い旋風の中から抜け出すことは出来なかった。


「ど……どーなってんだよ!?」

「わ、わからないです……っ!」


 傷ついた体を起こして抑えつつ、ふらりふらりと覚束無い足付きで二人は合流し、シーナに向き合う。

 隔離された空間の空気はみるみる薄くなっていき、呼吸は浅く、そして荒くなっていた。


「しーなを止めないと……!」

「って言ってもどうすれば――」


 彼女の纏う旋風はますます強くなり、竜巻の中に竜巻が発生しているような異常な事象を引き起こす。

 迸る魔力と感情が空間の中を走り回って、悔恨の思いと共に波打っており、レムたちの心にすら侵食が始まっている。


「なんだよ、これっ……!? 近づくのは明らかにやばいよな!?」

「この気持ち……もしかして、今しーなが感じてるキモチ、ですか?」


 レムがシーナに語りかけたその瞬間、隣で ぼふん と旋風を突き破って突入してくる影が現れた。

 その人物のマスクは外れているものの、突風によって荒ぶる髪の毛のせいでハッキリとした瞳を見ることが出来ない。


「くっそ、マスクが――レムッ! ミカヅキッ! ここから離れるぞ!」


 光り輝く鞘付きの剣を掲げながらもエーツは隣いるレムたちを引き寄せる。

 聖なる魔力が半円状に広まっていき、あっという間に彼らを包み込んで――


「ぐ、ぅぅぅぅ!?」


 目の前、そして周囲一帯を埋め尽くす程の火花が巻き上がり、恐ろしい勢いで全方位を削られていく磨耗音が響き渡る。

 彼女の魔力とエーツの魔力が衝突し合っている影響であるが、後者の聖域はみるみる小さくなっていく。


「エーツさんッ!」

「あいつが俺様の魔力に反応している内に逃げろッ! 早く!」

「そう言われても出来ねぇんだ!」

「くっそ、が……この竜巻もでかくなってるのかよ……!」


 彼の魔法の結界は確かに入り込んだ当初の出入口は確保していた。しかし、外縁の黒い竜巻は巨大化を続けていたため、今では既に安全な出入口すらを飲み込んでいたのだ。


「ユウもアルトも居ねぇし、俺様が何とかしてやらねぇと……」

「何か手伝えることは無いのか!?」

「子供は黙って見てりゃいい! いつでも走れる準備しておけ!」


 アルトや夕は既に転移させられており、ガルドラボーグはこの場に居ない。

 ここに残っているのは何らかの手段で転移を拒否し続けているシーナと、聖域結界サンクチュアリによって魔法を無効化しているエーツたちだけだ。


 シーナの魔法の中から脱するには彼の魔法を解除し、ガルドラボーグによる強制転移を受けるしかない。


「だが魔法を解除したらシーナの攻撃魔法で一瞬でズタズタにされる、か」


 彼の持つ魔法の中で絶対の防御力を誇る聖域結界サンクチュアリでもシーナの領域内にいる条件では、十全の力を発揮することが出来ない。

 しかし、このままであれば彼の魔法は押し潰されて最悪の事態を迎える結末となるだろう。


「しーなっ! 目を覚ますです!」

「オレたちは味方だろ!! なんで攻撃すんだよ!」


 レムとミカヅキがシーナに対して必死の呼び掛けをするも、まるで聞く耳を持たず、声が届いていないかのよう魔力を放ち続けている。

 声をかけても効果がない、となると本格的な強硬手段に出ざるを得ない。


「ふぅ……頼むぜ――」


 エーツは掲げていた剣を下ろし抜刀するかのような姿勢を見せる。

 けたたましく響く摩音を遠く感じる程に集中して目を瞑り、心を一つに――


「――これでも、だめなのかよ……ッ!」


 ――したのに、剣を抜くことはなかった。レムたちから見ればそうのように考えられたが、実際には彼の剣は抜くこと“が”できなかったのだ。

 苛立ちの表情で声が木霊すれば結界に亀裂が入り込む。既に魔法の限界も近くなっている。


「くっ……こうなりゃ賭けだ。魔法を解除するぞ。アッチの攻撃よりも、俺様たちが先に転移させられることを祈るしかねぇ。出来る限り守りを固めておけよ」

「この攻撃の中で解除すんのか!?」

「でもそれしか方法はない、です」


 亀裂はますます大きくなり、もはや数刻と持たない。

 息を大きく吸い込み、解除までのカウントダウンを始めようとした――その時。


『ぁァ……!? ぁァぁッ!!』


 輝く魔法陣の書かれた地面を割って生えだした何者かの魔法は、彼女の首に巻き付き、締め上げたのだ。

 まるで蛇のように黒く、細長いそれはシーナの喉元に噛み付き、吹き荒れる魔力は少しだけ弱くなる。


「今しかねぇ――解除!」

「わっ――!」

「うっ――!」


 まさに解除したその瞬間に彼らは急激な慣性に引き寄せられ、エーツたちは一瞬の内に光に包まれてしまう。

 どうやらシーナ側も妨害の手段が潰されたようで、光に包まれていた光景が最後に映った。


 彼女の魔力は瞬く間に遠のき、押し潰されるような圧力によって、苦しみの声が所々で上がる。


「手を――掴めッ!」


 呻き声を頼りにエーツは必死に手を伸ばし、それに応えるように二人も凄まじい重圧に逆らうように彼の腕を探し当て、強く掴む。


 体全体を潰されそうな圧力に耐えることまた数秒、突如何事も無かったかのように圧力が無くなり、光も消えて周囲の光景がだんだん見えてくる。


「はぁ……っはぁ……っ何とか、離れなかったみてぇだな」

「えーつ、さん、ありがとう、です」

「はぁ……潰されるかと思った……」


 絶え絶えの息で荒い呼吸をしながら辺りを見渡すと――三人の姿がありとあらゆる場所に映し出された光景が目に映り、各々ご場所の変化に感づき始める。


「鏡……なのか、これ全部……」

「あっ、あの鏡の中の男! 見た事あるぞ!」

「ワタシも覚えてるです! ゆうとのでーとの時に――って……えっ?」


 ミカヅキの指の先とレムの視点の先が鏡の中エーツに集中する。

 鏡の中の彼は――風に巻かれてボサボサとなった金髪を整えており、顔はハッキリと見られる。

 一度出会ったのであれば忘れないほどにまで整った顔つきや、透き通った碧眼は記憶に新しい。


 古びた機械のように角張った動きで隣を見れば、鏡に映し出された者と同じように苦笑いをしている彼がいた。


「オレを誘拐したやつじゃん!?」

「ワタシたちのでーとを邪魔した人ですッ!」

「ハァ……あーあ、バレちまったよー……まぁ、いずれそうなるとは思ってたけどな」


 彼は後ろ向きになり、頭の後ろで腕を組んで大きくため息を吐く。

 落ち着かせるために数秒時間を置き、ゆっくりと振り向くと――未だ警戒を解いてないミカヅキたちに対して両手を上げて降参の意を示す。


「まぁ、なんだ、その……マスクが外れたとはいえ、今までの俺様となんは変わりはねぇ。相変わらずで接――」

「「……」」

「――するのは難しそうだな……はぁ、タイミング悪ぃなぁほんと」


 がしがしと金髪を掻きむしり、落ちていた剣を拾い上げる。

 その宝剣は既に光を放っておらず、彼の手の内に入った途端に光の粒子となって消えていった。


「兄ちゃん、ひとついい?」

「あぁ、俺様の正体だろ知っての通り――」

「それじゃねぇ。その……さっきは助けてくれて、ありがとな」


 その言葉にエーツは瞳を丸くし、ミカヅキは素早く目を背け、直ぐに中途半端な睨みを効かせて指を突き出す。


「べ、別に誘拐を許したわけじゃねぇからな! なんであんなことしたんだよ!」

「……ははっ、珍しいから王都に持ってこうとしただけだ」

「だから、でーとの邪魔したですか」


 俯いたレムから発せられたのは、照れたミカヅキとは真逆の冷たい声であった。

 恐ろしいほど冴えたその響きは二人の口を閉ざさせるのに十分であり、放たれる圧力はあっという間に殺意に変わっていく。


『もう少し、もう少し押せば、彼を押し切って二人の時間を得ることが出来たかもしれない』

『でも、出来なかった。あなたたちのせいで、ゆうを押し切れなかった』

「なっ、鏡の中からも声が――!」

「おいレムっ! しっかりしろ!」

「っ……!」


 ミカヅキが強く揺さぶるとレムはビクンと体を揺らし目に光が戻る。

 すると、つい先程までボソボソと響いていた声は嘘のように消えてなくなり、鏡の中で揺らめく姿は夢のように溶けて元の鏡の役割を取り戻す。


「はっ……すみません、です」

「……」

「さっきの……この階層の影響なのか?」

「なんだか、突然ココロがぐーって大きくなって――考えが上手くまとまらなかってた……です……」

「なるほどな。その心が大きくなってる状態が今回の階層の攻略に関わってくると見て間違いなさそうだ」


 胸を抑えながら語るレムは胸の奥に鏡の欠片が刺さっているかのような痛みを覚えていた。

 彼女が感じた先程の夢の中のような感覚を未だにぼんやりと掴めており、少しの刺激で吹き出して、溢れだしてしまう。

 そんな気がしてならなかったのだ。


 ぼんやりとした彼女の姿を不安に思い、ミカヅキは心配そうな声をかける。


「……大丈夫か?」

「ごめんなさいです。多分……大丈夫です」


 ぎこちない笑顔で返し、正面を向いたその時――全ての時が止まったかのように世界が白黒に移り変わる。


 レム自身の体もまるで石化してしまったかのように動かず、ただ唯一動く姿が確認できたのは――鏡の中で黄金のオーラを纏う彼女自身であった。

 それは気づいたかのようにレムに向けて笑みを浮かべると、黄金の瞳が輝き口を開く。


『久しい気配がする。なぁ、お前も感じるだろう、レム=シルヴァルナ――』


 あなたは誰なの、と問いたかったが、彼女の声は白黒の世界の中で発することが出来ない。


「……」


 背中に冷たいものを感じつつ思い返すと“彼”の存在はギルドでクレアとローナと戦っていた時に初めて出会い、そして実感した。


 あまりにも不確かな存在であるため誰にも相談できなかったが、黒渦の森の中で確かに彼女の内に異端な力が宿っていることが確信し、使用に踏みきることが出来た。

 それは魔力とは何処か違った、圧倒的な破壊の力である。


『それにしても、よくこの短期間で俺の力の欠片を二回発動させて……更には自我を保ってんだ。流石は神威を持った白狐だが――結構辛いだろ? この汚れきった力に溺れるのは……なぁ?』


 彼女の脳裏に浮び上がるのはミカヅキを助けた直後の事である。

 彼に空へと上げてもらったその時、彼女の身に起こっていたのは、自我が狂ってしまうほど強烈な魔力に対しての饑餓であった。


「……!」


 思い返した途端に、全身の毛が逆立ち、牙の伸びた口からは涎を垂らしてしまうほどの耐え難い飢えである。

 体はまるで動かないので実際にその通りには成らなかったが、彼がいった“力の欠片”をもう一度使うことになれば、彼女自身どうなってしまうのか分からない。


『はははははッ! その力を次に使うことになれば――まぁ、それはその時の楽しみにしよう』


 白黒の世界の鏡を突き破り、ほぼ同じ姿のレムはゆっくりと向かって、耳元で怪しく囁く。


『このダンジョンはお前の最も強い感情をあらわにする。その影響を受けた結果、不安定なお前と直接会うことに成功した。つまりお前本来の根っこの部分は――俺公認の“強欲”ってことだ。誇っていい』


 笑いながら“彼”はレムを通り過ぎ、背中越しに語りかける。

 変わらず低い声であったが、これまでとは少し違った感情のない音であった。


『俺の力の原初。つまり()()()()()がこのダンジョンの中に居る。せいぜい気付かれないように留意することだな』


 音もなく彼はそのまま過ぎ去ると、硬直していたレムの体から力が抜け、がくりと膝から崩れ落ちる。


 一つ瞬きをすれば世界の色は元に戻っており、彼女の鼻から赤い血が流れ出して鏡の床に二滴、三滴と垂れる。

 本人の様子はまるで息を止めていたかのように息が荒く、新鮮な空気を求めるように喘いでいた。


「ぁ、はっ……はぁっ……はぁっ……」

「レム!? 大丈夫か!?」


 エーツが慌てて近づき、回復魔法を使い、少しづつ呼吸が安定し始める。

 荒い呼吸のままレムは感謝を述べると、体に鞭を打つようにふらふらと立ち上がる。


「はぁ……はぁ……行く、です」

「無理はすんな。幸いまだ魔物の気配はねぇ。休め」

「そうだぞ! おれも周り見てくるしレムはまだ――」

「ゆうに……会いたいんです」


 弱々しい声であったが、確実な意志と隠しきれない殺意に当てられ、ミカヅキは有無も言えなくなってしまう。


「おい待てって」


 エーツも立ち上がり、前へと進み出そうとするレムの肩を掴み、無理やり振り向かせる。

 どこか落ち着いた彼女の目は虚ろであり、心に突き動かされて行動しているため、目の前の光景など頭に入っていない様子であった。

 掴まれた腕を力なく振り払い、また迷宮の奥へと歩きだそうとしたので、彼は先へ行かせないとばかりに目の前に立ち塞がる。


「ユウに会うよりも、お前の調子を整えるのが先だ。そのままじゃ魔物に喰われるのがオチだっての!」

「……また、邪魔するんですか。ゆうとのでーとも、今から会いに行こうとすることも!?」


 鏡から再び彼女の心の声を表したかのような高音が周囲一帯から湧き上がる。

 つまり、レムの心は再びこの階層に満ちる魔力に侵食させられてしまったことの証明であった。

 少しづつ、そして確実に彼らは崩壊していく。


「嘘、だろ? なぁ……っ!もしかしてレムはっ……!」

「……くそっ、お前も落ち着――」

「もうやだ……怖い! こんなとこ嫌だ!」


 レムは既にダンジョンの効力に囚われている悟ってしまったミカヅキは巨大な不安に押しつぶされ、羽を生やし、ここから一目散に逃げ出していく。


「くっ……どうすりゃいい……!」


 ミカヅキを追いかけようとすると、レムは間違いなく限界の体を酷使してこの場から離脱するだろう。

 逆にミカヅキを追わなければ彼の身が危険である。


 こうなればレムを実力行使で止め、ミカヅキを追いかけようと宝剣を召喚し、手にかけたその時。


「離せよッ! 誰なんだお前ッ!」

「あぁ――いい悲鳴が聞こえますね。まるで世界の終わりを見ているかのようです」


 じたばたと暴れるミカヅキを抑えつけているのは巨大な狼であった。

 そして、こちらに向かい来る長身の男は笑みを絶やすことがないまま、様子を観察し、エーツへと声を掛ける。


「初めまして。私はオニキスと申します。なにやらお困りの様子でしたので手助けに参じました」


 長い杖を付きながら悪魔の使いが微笑む。その正体を知る由もないエーツはほっとしたように笑顔を返すのであった。

ご高覧感謝です♪

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