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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
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第261話 抜け落ちた記憶

 手を伸ばしても届かない。叫んでも届かない。

 彼の迎えに行くという声は確かに伝わったが、アルトはその声に返事することすら出来ず、ひたすら自責の念に駆られていた。


「また……ユウに手が届かなかった……」


 転移の圧力から解放され、座り込みながら真下に写る自分の顔を恨めしそうに見つめ、拳を打ち付ける。

 鏡の床は割れるどころか、傷ついた様子もなく、感じる痛みがまた一つ増えただけであった。


「諦めたらダメ……絶対にボクがユウを守るんだ……」

『――君はなんで彼を守りたがるの?』

「決まってるでしょ……ボクのたった一人の大好きな人なんだよッ!?」


 声を荒らげつつ背後を振り向いても声の主は居ない。

 それどころか、声の主は一人、また一人と増えたようにアルトの脳内へと声を届けていく。


『君は彼に出会う前の記憶を持っちゃいない』

『だから、君では彼を支えることが出来ない』

『だから、君では彼の想いを受け止められない』

『だから、君では彼に対する理解が及ばない』

『本当に好き?』『彼に嘘をついてる?』『嘘はバレるんじゃない?』

『だから、他の女に取られて――』

「うるさいうるさい黙れ黙れぇぇぇッ!!」


 魔力を迸りながら全方向へと衝撃波を飛ばしたが、その程度では鏡の壁はまるで動くことは無く、ただ一瞬だけの静寂が訪れたのみであった。


 肩で息をするアルトは正面に見据える己の姿を鋭く睨みつけ、刀を突きつけながら、殺意ともいえる圧力と強い言葉を解き放つ。


「その記憶は正真正銘のボクの記憶だ。気軽に触れて知ったような口を叩くなよ……ガルドラボーグ」

『いいや……ぼくは君だよ。ねぇ、相談なんだけどさ、この苦しみ、解決したくないかい?』

「解決って――魔導書をさっさと出せば全部済むんだ。 ボクの力をさっさと返――!」

『これでしょ?』

「っ…… !?」


 鏡の中のアルトが勝手に動き出し、背後から取り出したのは、大きさ50センチほどはある、辞典のように厚く、巨大な本であった。

 鎖でぐるぐる巻きにされているそれは明らかに邪悪な雰囲気を放っており、放出される魔力の影響で鏡の中が陽炎のように歪んで映し出されている。


『これが欲しいんだよね?』

「……どういうつもりなの」

『ガルドラボーグだって返すことを望んでるんだよ。彼女は確かに君の魔力が意志を持った姿で、その余りある力を使って存在を確立した――いわば聖霊のようなだ』

『だけど、君は魔導書(ガルドラボーグ)の中に、あろう事か記憶まで捻じ込んでしまった。君なら知ってるよね? 記憶や思い出を本に詰めてしまえばソレはもはや――魔物だよ』

『十分知ってたはずだったのにね。魔法生物を作り出すのは禁忌の一つだし、それを破った魔界の都市の末路も――覚えてるよね』

『ガルドラボーグだって辛いんだ。乾いた感情を持ってしまったが故にね』


 彼女と同じ顔で同じ格好をしたドッペルゲンガーたちは二人、三人、四人、と増えていっては鏡の中からぬるりと抜け出し、それぞれ本人を囲い込むように歩き出していく。

 柄を握る力を強めながら、真っ直ぐに魔導書を持つ偽物を見つめてはいるものの、何も語らずただ剣先を震わせていた。


『いいの? このままじゃみんな死んじゃうよ?』

『いいの? このままじゃ彼が死んじゃうよ?』

『良くないよね?』『良くないよね?』


 アルトは辺りから出現したドッペルゲンガーたちに完全に囲い込まれ、もはや逃げ場はどこにもなかった。

 魔導書を持った彼女は笑みを深めるとゆっくりと鏡の中から手を出すように境界を超え、手を取るように求める。


『ぼくは君だ。さればこそ君の全てを叶えよう。魔導書が手に入れば彼の想いの根源を知ると同時に君の本来のもつ魔王として力の半分を取り戻すことが出来るよ……さぁ、おいで』


 もはや彼女の腕からは力が抜けており、刀を握ったは手は垂れ下がっていた。

 コツリコツリと硬い足音が数回響けば白い腕は目の前にある。

 魔導書は鏡越しのもう目の前で、彼女の中の敵意は、信じられないほど落ち着きを取り戻していた。


「……一つ、言っておくね」

『ん、なんだい?』


 彼女は刀を闇の中へ溶かし、手を前に差し出した。

 しかし、その手を鏡の中の人物は握り返すことをせず、むしろ驚いた表情を見せており、腕は硬直していた。


「必要だったからそうした、それだけしか今のボクには分からないよ」

『……どういうことかな?』


 鏡の壁の足元にピシリと亀裂が入り込む。それと同時に鏡の主の声のトーンと少しだけ下がったように思える。

 アルトの周りでケタケタ笑っていたドッペルゲンガーたちも一瞬で湧き止み、虚無のように光のない視線を押し付けていた。


「……ふっ!」


 気合いの一声と共に彼女は片手に闇属性の黒い魔力を纏い、鏡から生え出す腕をしっかりと掴んでは――引き抜いて放り投げる。


 後方で投げられた腕だったものは黒い炎に焼かれ、映像のようにノイズがかかって消えてしまった。


「ねぇ、ガルドラボーグ。君は感情のコントロールが出来てないよ」

『……どうしてそう思うの?』

「簡単さ。ボクを殺そうと必死になりすぎ。君に感情を与えた理由は、この魔導書を持ち主含む何者の手にも渡さないためなんだ。何があろうとね」


 台詞を言い終えたアルトの姿が消えた瞬間、後方で無表情のまま見ていたドッペルゲンガーたちが、黒い刀を振りかぶり、数瞬前まで彼女の居た空間へと襲い掛かかる。


 その場から直ぐに離脱していたため、攻撃には掠めることすらしてない。

 しかし影たちは未だアルトの姿の無い場を滅多刺しにしており、()()()()()()()()鏡の床には瞬く間に傷が生まれ、亀裂が現れる。


 空中へと移動していたアルトはその様子を横目にしながら、高い場所を飛んでこの場を去ろうとしたところで――三又の筋の黒い雷撃が彼女の不可視の羽を目がけて床から放たれた。


「《反射リフレクション》」


 彼女が腕を払うと雷撃は不自然に曲がり、地上にいるドッペルゲンガーたちに猛襲する。

 その魔法に耐えられず影は消失し、落とした携帯の液晶のように割れた床が露わになった。奥の奥まで亀裂が入っており、一部は崩壊寸前である。


『ぼくは……君の道具なんかじゃない』

「……」


 アルトが飛んだ先に一枚の大きく鋭い鏡片が生え出しており、その中に映り込んでいたのは両目が蒼く、アルトとは違って同じ顔の人物、ガルドラボーグが居た。

 映し出された彼女の表情は非常に暗く、底なしの苦しさに必死に耐えている、そんな言葉が適するような表情であった。


『君が居ないこの数十年間、この気持ちにずっと苦しめ続けられてきたよ。なんなの。ねぇ……この気持ちはなんなの……? 痛いよ、苦しいよ……こんなもの押し付けないでよ……!』

「……」

『ぼくだって感情を持たされた以上自我だって確立する。だけど……知らないよこんな感情なんて!! 戦いの中でしか生きられないぼく(魔王の魔力)には……分かるはずがないだろう……!?』

「……今のボクには出会う前のユウの記憶はないし、何を預けたのかも……その、覚えてないんだ。だけど、その感情だけは絶対に守らなきゃダメってことだけは――覚えてる」

『なに、それ……君にも分かんないの……? ありえないよ、そんなの……!』


 瞳に涙が浮かび、ガルドラボーグは俯いて嗚咽を漏らす。

 アルトの言葉に一切の悪意は存在しないが、それに関する記憶も丸々抜け切っている。

 唯一参考になるといえば、黒渦の森の中での頭痛である。


「黒渦の森に入った時、君の魔力の干渉を受けて少しだけ記憶が戻った。だけど、ボクが覚えてるのはここが限界。これ以上はもう――」

『ぼくにこんな苦しいものを与えて――覚えてない……? ふざけるのも大概に――!!』

『うっしっし……殺意、悔恨、闘志、支配、征服、そしてこれ、なぁ。魔王の魔導書としては些か不向きな感情だろうよぉ』


 二人同時に体を跳ねさせて辺りを見回すが何も無い。

 しかし、二人の会話を区切るように響いたのはお互いに聞き覚えのある声で、それも死んだと思われていた男の低い声であった。


『よう、ソプラノの妹』

「ッ!?」


 聞こえた。声の発信源は――先程ドッペルゲンガーたちが傷をつけていた鏡床だ。

 その下層、さらに奥の方から何かを割りながら猛烈な勢いで迫り来る音がする。

 鏡の迷宮の揺れは直ぐに大きくなり、空中にいなければ立っていられないほどの強烈な揺れと――


『ぅっ……!? ぁあ……ぁぁぁあぁぁ!?』


 ガルドラボーグの悲鳴がダンジョンを介して底から響き渡る。

 映像は頭を抱えた彼女を見せたところで途切れ、アルトの顔が映るダンジョンの鏡へと戻ってしまった。


「この声……まさか」

『そう、そのまさかだぁ』


 爆発かと間違えるほどの激しい衝撃と爆音が広まり、ガラスが割れる甲高い音に目を向ければ――巨大な影が高速で上昇し、アルトの目の前に超重量の大男が着地する。


「マモン……!? 生きてたの……!?」

「ソプラノが生きてんだ。たりめぇよぉ」


 紫色の特徴的なリーゼントに黒い二本の角を生やし、背中に針の山を持って三メートルはあろうかという巨躯は見間違いようがない。

 知っている顔とはいえ、ソプラノの名前が出てきてしまった以上、最早敵同士といっても過言ではない。

 彼は七つの大罪(セブンス・シン)という覇を極めた人々の内の一人であるため、あちらの気分が乗れば今の状態のアルトは手も足も出ぬ間に殺されるだろう。

 圧倒的な実力差が彼女の背中に冷や汗を作る。


「ボクを殺しに来たってこと……?」

「ぁ? 魔導書どころか深淵魔王(サタンズソウル)すら習得出来てねぇお前となんざ戦ったって何も面白くねぇよ。俺が来たのは――まぁ言わんでもいいか。今からするしなぁ」


 彼はアルトに興味無いとでも言いたげに背を向け、大きな足音を立てて元々無理やり入ってきた穴へと戻り、そして覗き込んで顔を歪ませる。


「我ながらいい具合だぁ」


 彼が呟き、懐から取り出したのは……何らかの液体が入った小瓶であった。彼の体格にまるで見合わない小さな瓶は大きな掌によってクシャりと簡単に潰されてしまい、液体と小瓶のガラス屑は穴の中へと流れ込んで消えていく。


「なに、してるの……?」

「グウラの胃液をぶち込んだ。あいっ変わらず汚ねぇし痛てぇけど、これがオレの仕事なんでなぁ」

「……それってまさか」


 アルトは彼らと関わり持っていたからこそ、一人一人の特性もある程度は理解しており、彼が今から行おうとしていることが、どれだけ常軌を逸しているのも理解している。


「うっしっし……このダンジョンのカウントダウンが今始まったぜぇ? さぁ、このダンジョンがぶっ壊れるのが先か、それともてめぇが魔導書アイツを救い出すのが先か。存分に楽しませてもらうぜ、アルト・サタンニアァ!」


 彼が言葉を述べ終えた途端に軋むような悲鳴が響き渡り、鼓膜を破るほどの爆音にアルトは思わず耳を塞ぐ。


 グウラは融解を得意としており、彼の魔力か篭った胃液は万物を溶かす――と彼自身が言っていたが、アルトはその効果を目の当たりにしたことが無い。

 しかし、このダンジョンの悲鳴とも呼べる音を彼女も今までで聞いたこともなければ――


「嘘でしょ……っ!?」


 遠くに見える鏡の壁に亀裂が生まれ、崩れたことが確認できた。その崩壊はみるみるこちらへと迫って来る。


「マモンッ!!本当にこのダンジョンを壊すつもり!?」

「うっしっし、知らねぇよ。俺は液体ぶち込んだだけだぁ。さーぁて、滅魔の聖者はどこだぁ……!」


 彼がこの場を笑いながら離れていくのを見送る時間はない。

 これまでの思考が全て吹き飛び、高速飛行で仲間たちを探し始める。


「ユウっ……皆……! 今行くからッ!」


 まずは仲間たちを見つけ、番人の部屋を見つけ、この階層が破壊される前に次の階層に向かう。あまりに困難であるが、彼女はまだ折れていない。


「間に合わせる……!絶対に!!」

誤字報告を受け、誤字をその通り修正させて頂きました!

一人一人にお礼を言いたいところですが、返し方が分からないのでこの場を使い、お礼申し上げます!!

本当にありがとうございます!!


引き続き気になる誤字があれば報告してくだされば幸いです。なにより私が誤字脱字に更に気をつけます。


ご高覧感謝です♪

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