第26話 謎の少女
「何でお前がここにいるんだっての」
「私も朝ごはんを食べていないから食べに来ました。それと貴方に話がありますので」
一体全体なんだろう彼女は。結構なスピードでギルドまできたつもりだったが、なかなかのスピードで追いかけてきたらしい。まさか……!!
「俺に一目惚れしてくれて、その結果がストーキング?」
「……はぁ? 何を言ってるんですか貴方は。風穴開けますよ?」
本気で嫌そうな顔を作られた。どうやら違うらしい。
相変わらずいい予感がしない。
「魔力もなくて力もない、ちょっと変わった格好らしいが、なににせよ俺は弱い召喚士だぞ。どうぞ嫌うなら嫌ってくれ」
「……」
少女は少しだけ目を見開いて驚いた表情をつくり、すぐに元の冷たい表情に戻す。何か意外だったのだろうか。
「私も、嫌われていますよ。話しかけても皆怖がるだけです。まぁ、他人は他人と分かっているので、何ら関係ありませんね」
どうやらこの少女もわけありのようだ。
少し気になるが、彼女の地雷を踏みぬくことになるので聞かないでおこう。
しばしの無言が続く。
この状況で「で、話ってなんだ?」と切り出すほど俺はコミュニケーション能力が高くないので、俺は無言を貫くつもりだ。
それにしてもギルドがここまで静かなのは見たことないな。まるで深夜の病院である。昼間のヤンキーがドンちゃん騒いでいるようすからは想像出来ない。
ぼーっとしていると、ゴン、と、カウンターにお皿と飲み物が置かれる。
「どうも」
焼いたサンドイッチのようなもなで、卵とカツが挟まっており、とっても美味しそうだ。
「いただきます、っと」
早速食べることにする。
パンは硬いが、噛むと小麦の香ばしい香りと、タルタルソースのようなソースが口の中で混ざり、とても良くあっている。
高いだけあり、非常に美味しい。
隣の少女も同じ物を頼んだので、これまたこんがりサンドイッチとジュースが彼女の目の前に置かれると、不意に彼女は口を開く。
「召喚士、貴方は会話が下手なのですか?」
と、いきなり。飲み物吹き出しかけたわ。
完全に初対面なのに、何でこんなにストレートに言えるんだよ……少しぐらいはオブラートに包んで欲しいものだ。
「そうかもな」
俺はとりあえず話を広げさせないため、話を切る。
「召喚士、貴方、わざとですね? わざと会話を切っていますね? 表情でわかりますよ」
くっ、……ばれた。表情に出てたか。
「……んで話ってなんだよ」
非常に不本意ながら返事をする。年下美少女に負けたよ俺。くそう。
「貴方は北の森に行きましたね?」
なんだこいつストーカーかよ。身の危険を感じるな。
北の森とは、俺が軍隊蜘蛛たちと戦い、薬草採取を行った初めてクエストの舞台である。
「行った。なんで知ってるんだ?」
「まだ話は終わっていません。最後まで聞きなさい」
どうやら質問は許されないようだ。会話じゃないよこれ。ただの押しつけだよこれ。
「……大蜘蛛を討伐しましたね?」
「って、俺が? なんでそこまで知ってるんだ?辺りに人の気配はなかったはずだが――」
「そのようすだと、本当に倒したらしいですね」
「あっ……」
ついつい反論して倒してしまったことがバレてしまったが……なんで知ってるんだ彼女は。
激しく身の危険を感じる。さっさと食べて逃げようとしよう。
「ああ、時間を稼いで逃げる作戦を考えているようですが、たった今貴方の周りに風の結界を貼りました。いま貴方は風の箱に閉じ込められた状況と同じです。結界に触れるなら指の数本は吹っ飛ぶことを覚悟してください」
「……逃げようとした俺もお見通しか」
俺の目の前ではグラスを磨くバーテンダーの姿しか見えないが……どうやら俺の周りには不可視の結界を貼られているようだ。触れると指が吹っ飛ぶらしい。この世界危なさすぎる。
「それで、拘束までしてお前は俺に何を言いたいんだ?」
「お前ではありません。私にはシーナというしっかりとした名前があります」
すこしだけむすっとした表情で答える。こういう所は年相応のようで、何かしらこだわりがあるようだ。
「悪かったなシーナ。話を進めてくれ」
「あの幻獣は、過ごしやすい一つの場所に永遠に生息すると言われています。ただ、問題なのは、常に魔族の都、“魔界”に生息することです」
「そうなのか」
あれほどの強力な魔物が、初心者しかいない森に、大量にいるとなると……初心者向けってレベルじゃないよな。
となると、あの魔物は誰かが持ち込んだ外来種であり、生態系を破壊していたと考えられる。
「私は、ギルド本部からあの蜘蛛を討伐するために直接派遣されてきた者です。しかし、貴方はギルドに登録したばかりの召喚士、なおかつ最低ランクのF、しかし、討伐に成功して、いまSSランカーである私の目の前にいる。この異常さが分かりますか?」
もぐもぐとサンドイッチを食べながら聞いている。彼女は淡々と話しているが、目は真剣だ。
SSランカーとなると、冒険者ランクではかなり高いほうだろう。外見はまだ俺より幼いが、凄まじい実力を持ち合わせているらしい。
「分からんが……なにがお望みで?」
「貴方が倒した蜘蛛の討伐部位を差し出しなさい。その後、貴方の記憶を消し、私との会話を忘れてもらいますが、命は助けましょう」
「……おうおう突然の脅しが入ったよ。年下に脅されるのも珍しい体験なもんだ」
なにを言ってるんだコイツ、記憶を消すとか完全に悪役の立ち回りだな……逃げる準備もはじめるか。
「んで、蜘蛛の討伐部位を差し出せって?」
「ええ。命だけは助けてあげます。」
結界で声が漏れていないようになっているのだろう。
バーテンダーの男はこんなことを言われている俺をも知らんぷりしている。
「質問だが、それはどれくらいで売れるんだ?」
「ざっと55万Gですね。まぁ渡してもらうので関係のないことですが」
これが最後のチャンスだとばかりに、目の前の少女から信じられないくらいの魔力と威圧感が迸る。
思わず冷汗がでそうだ。実力も本物らしい。――が、俺はその程度じゃ怖がらないし、慌てもしない。
「お金」
「……は?」
言っている意味が分からないのだろう。少女は殺意まで向けてきた。
「お金をしっかり払ってくれたら渡すかも……な?」
ニヤニヤしながら俺は答える。逃げる準備はもう既に完了してある。
すると少女はこれまでで一番大きく目を開き、驚きを見せる。
しかし、すぐに彼女は俯き、何かをぼそぼそと呟きだした。
「ギルドの命令は絶対……ギルドの命令は……ギルドの命令は……絶対――」
淡々と俯きながら呟く彼女にかなりの恐怖を覚えたが、急に顔をあげて直ぐに冷たい人形の様な表情に戻る。
「殺してでも討伐の証は渡して頂きます。私にも色々ありますので、申し訳ありませんが……ここで死んでいただきますね」
あれか。殺してでも奪い取る か
異世界怖いな。
もう既にサンドイッチは食べ終わってるのでこのギルドに用はない。依頼を受ける気もないしな。
シーナはどこからか取り出した、緑色の宝玉が埋め込まれた杖先を俺に向けて――
「脅しても無駄だ。じゃあな」
この瞬間、準備しておいた転移魔法を使う。
すると俺の周りに光が満ちる。
「っ?!」
少女は直ぐにでも魔法を発動しようとしているが、慌てているようで、魔法は不発に終わってしまった。
取り敢えず《気配遮断》を使っておこう。またついてこられたら今度は殺されそうだ。
「……!!」
なにか喋っていたようだが聞こえなかった。無事俺は光に包まれて、転移魔法の発動に成功したようだ。
――アルトの転移魔法とは違い、光はすぐに収まる。
「ふぅぅ……ほんとあぶねぇな、異世界は」
光が収まるとそこには――
「……ゆ……ゆ…ユウ……」
着替え途中の様で、上下とも黒い下着姿の魔王様がいた。
……黒なのね。彼女は着痩せするようで、胸に目がいってしまう。美少女の下着姿ってのは眼福――
「……ユウ……の……ユウの……ばかぁぁぁぁっっ!!」
少し距離はあったが一瞬で詰められている。移動速度は凄まじく、全然見えなかった。別のところを見てたかもしれないが。
魔王の強大な魔力をおびた平手が俺の頬を強襲する――
「タイミングなんだよなぁ」
気がついたら窓から吹っ飛んでいた。
多分吹っ飛ぶ俺の速度は音速を超えていただろう。
女神許さねぇ
ご高覧感謝です♪