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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
257/300

第257話 十字騎士団

 十字騎士団とは対悪魔の排除を目的とする王都直轄の特別組織であるが、世間一般から見れば人間の最高王から殺害を特例的に認められた暗殺集団であるという認識が強い。

 その構成人数は未知数であり、来たる魔族の侵略に対して日々増加しているとの噂だ。


 彼らに共通するのは女神への信仰が非常に篤く、悪魔と断定した者に異常なほどの殺意を向けること。まるで操られた人形のように雰囲気に“自我”を感じられないこと。そして何者をも消し去る《除去バニッシュ》の技能を身につけていることの三つである。


『あくまって、なぁに?』

『それはね――』


 空中に映し出されるスクリーンを覗き込みながら少女は疑問を浮かべ、母親は質問に答える。

 彼女たち話すのは小さなアパートの中。マチェベルが機械の上に発展する前の頃で、まだ大地の上に大きなビルが軒を連ねていた時代であった。

 その場は帝都と呼ばれていたこともあり、辺りは非常に発展していて何処へ行くにも不自由無い生活を送っていた。


『女神様の敵よ。もし悪魔と話しちゃったら女神様に嫌われちゃうかもね』

『えーっ! やだやだ! めがみさまに嫌われたくない!』

『大丈夫。ちゃんといい子にしてた女神様から優しい加護を与えてくれるからね』

『うん! 私いい子にする! ちゃんと女神様を信じるね!!』


 元気よく笑顔で返事をする少女を母親は優しく撫でると、ふと窓の外を見つめる。

 空には一筋の光の差し込みさえ許さない真っ黒な雲がゆっくりと迫ってきており、彼女に大嵐を予感させた。


『天気予報にはなかったけど……一雨来そうね』


 洗濯物を家へ取り込もうと立ち上がったその瞬間。薄ら暗い部屋が一瞬だけ白く染まり、少女は数拍遅れてビクッと体を揺らす。


『かみなりっ……!?』


 数秒遅れて聞こえたのは非常に大きな落雷の音と地中深くから発せられたかのような振動である。

 素早く洗濯物を取り込もうとして引き戸を開けて――思わず立ちすくむ。


『……なに、あれ……?』


 遠くで蠢いているのは八つの巨大な龍のような首であった。幻を見ているのかと思い、目を擦って再び街の向こうを見つめても――

 居る。まるで幻獣のような巨大な化け物が。


 この街では常に強力な冒険者や騎士、そして戦士たちが防衛にあたっており、いま目にしているような十階建てのビルよりも大きな幻獣を見ることなど、絶対にないと思われていた。

 魔物避けの結界も非常に強力なものであるのに、何故か化け物の首がこちらを射抜くように見ている。


『ねぇ、あれが見える……?』

「……え? なにが?」


 フラフラしながら窓の向こうへと歩み寄ると、巨大であろう首を持ち上げ、大口を開いてエネルギーを溜めている光景が目に映る。

 戦闘からかけ離れた生活を送っていようが、遠くから迸る魔力は彼女らも体全体で感じることが出来た。


『帝都マチェベルに住む人間の諸君。貴様らにいくさの悪魔の恐ろしさを知らしめよう』

『あくま?』


 脳内に響く女性の声を聞いたその瞬間、遠くでエネルギーを溜めていた八つの口から視界を真っ白く染めてしまうような激しい閃光が放たれる。


 視界が奪われ耳に届くのは恐ろしい勢いで迫る破壊の激音だった。

 何気ない日常は一体の幻獣によって呆気なく、そして跡形もなく壊されていく。

 声を出す間もなく、そして逃げる時間も当然ない。

 その刹那で出来ることなど存在せず、閃光と付近の衝撃に呑まれて意識は彼方へと飛んでいく。


『う、うっ……』


 少女が体を走り回る激痛によって意識を取り戻すと、光に包まれる前の景色とは明らかに違った光景を目にする。


『ぅ、うっ……痛、いよぉっ……おか、さんっ』


 開いた瞳は涙で溺れており、土埃で汚れた顔から雫がこぼれ落ちる。

 母を呼んでも返事はなく、周りを見渡せばただの瓦礫と化した建物たちが山を連ねていた。


 崩れて廃墟となった家々の至る所から出火しており、整備された道路は見る影もない。

 一瞬にして辺り全ての建築物が崩壊していた。


『おかっ――!?』

『ギヤァァァァッ!』


 止めどない涙を零しながらもう一度大きな声で母を呼ぼうとしたその時、近くから男性の悲鳴が聞こえる。

 断末魔と例えるのが適したような悲痛の声は直ぐに小さくなって聞こえなくなってしまった。


 声から感じられる切迫感は尋常なものではなく、意識がしっかりと戻ると共に心の大半を湧き出る恐怖で埋めつくされていく。


『あっ……あ、ああっ……おか……あさん……』


 声が出ない。少女は座り込んだまま立ち上がることも出来なくなっていた。

 どうしてこうなったか、などと考える余裕はない。ただ、不可視の恐ろしさが体の震えを引き起こしていく。


『まだ生き残りがいたか』

『……えっ』


 砂利を蹴散らしながらこちらに向かってくるは般若の面を付けた男であった。

 手には赤く滴る血に濡れた曲剣を持っており、一目で危険な人物であると理解出来る。


『“悪魔”の復活のためにお前にも犠牲になってもらおう。子供とはいえ容赦しない』

『ぁ……あぁ……』


 もはや助けを呼べる声すら恐怖に潰されて発することが出来なかった。

 一歩ずつ近づく男から逃げるようにぎゅっと目を瞑り、震える体を抱いたその時。


『あぁ?』


 男の足音が止まり、石同士がぶつかり合うような軽い音が聞こえた。

 細く目を開けると男は少女に背を向けており、苛立ちの雰囲気を発している。


『私の子供に……手を出さないで』

『おかぁ……さんっ!』


 手のひらサイズの瓦礫を男に向けて投げつけたのは少女の母親であった。彼女の体も至る所が傷ついており、無事とは言い難い。


『悪魔の使いに対してその無礼か。やれやれ。これだから女神の信者は』

『離れなさいっ!』


 もう一度瓦礫を投げつけたが男は避けることも無く難なく剣で切り裂き、うっとおしいと言いたげに剣を構えてゆっくりと歩いて向かっていく。

 少女が母親を強く呼び、震える足を必死に立たせて急いで向かおうとしたが――


『……女神様があんた達を許すと思わない事ね』

『知るかよ』

『……』


 ずるりと力なく母親は倒れ付し、瞬く間に赤い池が広がっていく。

 引き抜かれた曲剣は仄かに柴色に怪しく光って消えていく。


『あ、ぁぁ……嘘……』

『お前らが女神なぞ信じていなかったらこんなことにならなかったんだがな』


 更に赤く染まった曲剣の切っ先は真っ直ぐ少女に向かっており抗いようのない運命は目の前である。


『……許さない』

『――は?』


 額に剣を当てられた少女が発したのは畏怖の呻き声ではなく、怨念の篭った言葉であった。

 成人の男ですらゾクリと寒気を感じさせる低い声に呼応して二人の間に風が吹く。


『あなたたちは女神様の――敵だ』

『――そうだ。此奴は悪である』

『あぁ? 今度は何だよ……』


 明らかな嫌悪感を混じえて声を上げた男であったが、何者かが彼の横を通り抜けた瞬間に足元から崩れ落ちる。

 刹那の攻撃は音を響かせることも無く命を刈り取ったのだ。


『……』


 返り血で汚れた男が目の前に来ても少女は大粒の涙を零しながら地面を見つめ、固く握りこぶしを作っていた。

 その様子を見て男は低い声で上から語りかけるように声を出す。


『女神の代理としてお前に問う。悪がにくいか』

『……憎い』

『お前は男が憎いのか』

『違い、ます。“悪”そのものが……憎いのです』

『なら最後に問おう。女神に身を捧げ、悪を滅することを望むか』

『望みます。どんな事があっても絶対に……っ!』

『――いいだろう。お前は女神様の使徒となる資格を得た。俺に続くがいい』


 男は少女へと手を伸ばし、彼女は掴んで立ち上がる。

 その瞳には白い輝きが昇っているものの、内に宿る恨みの感情は表には現れず、後をついていく彼女は常に無表情であった。


 この日をもってして帝都マチェベルは完全に潰れ、何百十名かの少年少女たちは行方不明となった。


 ――そして数年後。


『やめろ……!止めてくれ!!』

除去バニッシュ


 王都の闇の部分の中で連れ去られた少年少女たちは強く、そして大きく成長した。

 彼らが育った場所は、まさに暗殺教育の現場である。憲兵や軍隊よりも何倍も、何十倍も辛く厳しい訓練の日々であったため、数々の少年少女は闇の中へ、そして従うことの出来ない者や脱走を試みた者はみな消えていった。


 故に、連れ去られた少年少女たちは総数から三分の一程までに削られている。


『今より、十字騎士の選抜を行う』


 近年、彼女たちは王都直属の十字騎士団になるための訓練を受けていた。


 両手両足を拘束させられ、先程の魔法を受けた男は《除去バニッシュ》の効果により、つま先から体が徐々に無くなっていく苦しみと痛みによって巨大な悲声を叫ぶ。


『……』


 悲痛な声が響こうとも息を呑むような声やざわめきは暗い闘技場の中に沸き立つことは無かった。成長した少年少女はまるで聞こえてない素振りである。

 それは当然ともいえよう。なぜなら、恐怖、同情、そして人間らしい感情を出すようなものは既に自らの手で葬ってきた者ばかりなのだから。


 訓練の中には辛い境遇を共にした仲間を屠る過程も存在した。

 その期間に“人間らしい感情”を僅かでも大人や同期に察せられた者は皆死に、殺したのだ。

 女神の使徒に、自らの自我など不要であると判断させられる教育を受けていたためである。

 つまり、今生き残っている者たちはこの闇の世界において感情を出すことは自らの死に繋がると理解している者のみである。


『これが《除去バニッシュ》。真に女神様に忠実なるものだけが使える魔法だ。これより、二人一組となり、お互いにその魔法を掛け合ってもらう。どちらかが死に、どちらかが生き残るか――両方とも消えるかだ』


 いつも通り。そんな考えが少女の内に浮かび上がる。


『……』


 魔法を教わったのは一度きり。しかし、その一度きりで魔法を使うことが出来なければ仲間か、あるいは司教と呼ばれる者に殺されるかである。

 皆分かっているからこそ、命がかかっているからこそ、空間の張り詰めた空気は尋常ではない。


『初め』


 少女は後手で魔法使う順番であった。運が悪ければ死ぬ。魔法を使えなければペアで死ぬ。運が悪ければ、魔法を使う前に死ぬ。そんな理不尽なことは日常茶飯事だ。

 だからこそ皆は藁にも縋る思いで女神様を信じている。今を生きているのは間違いなく女神様のおかげだ。


 この闇の中で信じられるのは、女神様だけ。

 命を救い、今を生きていられるのも女神様のおかげなのだから。


『……女神様』


 司教が声を放ち、一斉に先手の魔法使用者が魔力を放った。


 ――あぁ、聞き慣れた悲鳴が響く。目を閉じていても分かる。 魔法に失敗し、この場から逃げ出そうとする者も居るだろう。運命は変わらないのに。


 ――だけど、私は死なない。何故ならば女神様がいるから。女神様だけは、私を見ていてくれるのだ。


 薄く目を開く。先手の青年が脂汗を浮かべながら少女に向けて()()()()魔法を唱え始めたのだ。しかし、痛みもなければ体に変わった様子すら感じられない。


――失敗してしまったのだろう。


除去バニッシュっ……! 除去バニッシュ!! うわあああああああああッ!!』


 少女が完全に目を開く。青年は涙を浮かべ、膝をついて喉が張り裂けんばかりの大きな声を上げる。彼女が彼を救うことなど不可能だ。魔法の失敗は一つの未来を確定させてしまうのだから。


『女神様。この者をお救い下さい 《除去バニッシュ》』

『流石だ。仲間といえど心に住まう僅かな悪を許さないその心。しかと見届けた』


 生き残ったのは少女を含めたったの三名であった。

 司教と呼ばれる者が嬉しそうな声を上げ、笑いながら生き残った者たちに声を掛ける。


『セリア、スミレ、そしてユノン。これよりお前たちを悪を滅する十字騎士団の一員として認めよう!! 顔を上げい!!』


 司教の背後に在ったのは……輝かしい光だった。

 怨念のような意志を感じることもできる神光は瞬く間に三人を呑み込んでいき、ある感情を徹底的に植え付けていく。



 《()を、悪魔()を、魔族()を、人間に仇なす()を全て消し去れ。神聖騎士たちよ》



 ただ一つの感情の塊に飲み込まれていく。余りにも明るくて底の見えない暗黒の意思は、今もなお彼女たちの心で燃えている。


 女神と、心に宿る()に従い動き続けることが神聖騎士セリアの生き方だ。それ以外の生き方なんて許されない。そのような生き方をするならば――



「《除去バニッシュ》」

「《闇豪炎シャドーフレア》ッ!」


 アルトの魔法である黒い豪炎が魔法陣越しに両手から放たれ、セリアを包み込んでいくように覆い尽くす。


「うぅっ……!? 死の念が凄すぎて抑えられないかもっ」

「……っ、呆けてる場合じゃないなこれッ!」


 アルトに従い、セリアの魔法を抑えるために闇属性魔法である魔物喰い(モンスターイーター)を唱える。


 彼女の足元に設置し、全ての浄化の光を飲みこもうという考えだが――


『――死をッ!! 闇には死をッ!!』

「ぐ、ぁぁぁ……!? なんだ、これっ!?」


 脳内にセリアの怨念のようなどす黒い感情が流れ出し、幻聴が頭にガンガン響き渡る。その影響も強くあって魔法が乱され、思うように発動できない。

 

「う、る、せ――」

「はぁぁ……少しは落ち着いてくれねぇかな」


 勇者のため息、そしてたった一つの柏手が響く――すると俺たちが放っていた魔法、セリアの魔法、そしてシーナの纏っていた暗黒の風ですら発動しなくなってしまった。


「なっ……髪が、白いだって?」

「……なんの事かな?」


 魔法が止められたのは勇者のせい、それは間違いない。

 しかし俺は見たのだ。勇者の纏う圧力が一瞬だけ途轍も無く冷たいモノへと変わり、彼の髪が真っ白に成っていたことを。


「……貴方たちは闇属性を扱えるのですね」


 悪寒を伴う身震い。その気配の元を辿れば両腕をだらりと下げたセリアが居た。

 胸の中心が仄かに光っている彼女の瞳もまた、白い光が昇っていた。


「さすればその身に纏う神威も偽り。女神を愚弄するその罪。女神の名のもとに断罪する――」

「はぁっ……はぁっ……せりあさんッ!! やめて下さいですッ!!」

「逃げてくれユウ兄!!」


 声が聞こえたのはセリアの更に背後だった。傷だらけのレムとミカヅキが肩をお互いに貸しながら辛そうな声を上げていた。


『あーあ。もうぼくのダンジョン滅茶苦茶しないでくれない?』


 アルトの声だった。

 しかし彼女の方を見ても首をブンブンと横に振り、辺りを見回している。


『上だよ。う・え・だ・っ・て』


 この場に居る全員が一斉に空を見上げれば……ふわふわと浮かび上がるアルトの姿がある。


 ――いや、違う。

 あれは彼女の姿に瓜二つの存在で、そして俺をシーナの過去世界に飛ばした張本人だ。


「ガルドラボーグ!!」

『下からスカート覗こうなんて流石はへんたいだね』


 ふわふわと降り行く異質な雰囲気を前に俺たちどころかセリアですら声を出すことが出来なかった。


 余談だが、スカートの中は漆黒で塗りつぶされており、全く見ることが出来なかった。

何とか新元号発表の前に投稿出来ました。

元号が変わろうとも変わらず投稿し続けますのでよろしくお願いします!


ご高覧感謝です♪


2019/04/01 平成→令和 の発表

この話のサブタイトルを変えました

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