第254話 集合地点
アルトが復活したことにより、このダンジョンの攻略法、そして集合場所が何となく理解できた。
この森の名の通り黒“渦”と呼ばれているのだから、渦の流れに乗って中心と思われる場所で待っていればいずれ仲間たちはその場に皆集まるだろう。
「だが、問題は他の奴らがこのことを知る手段がないってことだな」
鞘付きの宝剣を腰に差し込み、エーツはバッチ型の発信機を持ち上げて空へかざす。
当然ながらしばらく経っても壊れたかのように何ら反応はなく、彼は舌打ち一つしてポケットにしまい込む。
「……そうだね。でも、ボクたちといつも一緒に行動してるレムなら何とか分かるると思うんだ。余りにも強い相手とは戦うべきじゃないってね。囲まれたりしたら戦っちゃうかもだけど……問題はそこからかな?」
「俺達は結局はいつもと変わらない攻略法でこの層は攻めていい……とはいえ、レムとミカヅキがなおさら心配になってきた」
「うん。ついでに、ここの層が人間や勇者たちにとって厳しい理由は、魔王は人間の“目の前に現れた敵は全て倒す”っていう思考を理解してたからだと思うよ」
「へぇ……それは面白れぇな。確かにお前らの通う学校じゃぁ目の前の敵は確実に倒してから進めって教えられてるはずだし、俺様もその教育で育ってきた。このパンデモニウム中では俺様たちの常識じゃぁなく、魔王の考えを読み取ることが大事ってわけだ」
エーツは納得したような表情を浮かべアルトはその言葉に同意を示す。
とにかく今からすべきことは魔物に俺たちの存在を気づかれずひたすら追いかけることであり、その集合点で皆を待ち続けることが目標だ。
意見が一致した所で、背後から魔物の足音が響く。
先程の意見も踏まえ、魔物に見つからないように静かに、かつ一斉にこの場から離脱し、近場の太い木の幹の上へ隠れ込む。
「なんていうか……とんでもなくでかいトカゲとワニを合わせた魔物がいるな」
「多分あの魔物は木に登れないよ。静かに木々を飛び回って行こうね。ユウの戦ってたあの猿の魔物にも気をつけて!」
「くっ、魔力の吸収速度が上がりやがったな……この木を伝うのも一苦労だぜ」
トカゲワニのような魔物は群れで行動しているようで数体集まったことを確認し、リーダー格であろう一回り大きい個体が先行して森の奥へと進み出す。
魔物が中心を目指しているのは生態的な行動心理であるように思えた。
「本当に引き寄せられてるって感じだな」
「不思議なもんだ。魔王の考えはやっぱどう足掻いても分かる気がしねぇよ。分かる気もねぇけどな」
「……ユウは?」
「むしろ分かりたい」
エーツの言葉に少し傷ついたのか、俺の回答に対して彼女の顔はほんの僅かだけ緩む。どうやら正解であったようだ。
ふと軽い笑顔を返すと本当に嬉しそうな笑顔を返してくれた。
「しんがりも奥に消えたな。ついて行こうぜ」
トカゲワニの姿は森の奥へと消えたが足音はしっかりと認識できるため、追いかけることに困ることは無かった。
エーツは木から木へと飛び移り終え、その後をついて行こうとした瞬間。
「っ!?」
「この光は――ッ!?」
「なんだ!?」
まるで太陽が爆発したかのような激しい閃光が遠くの方から届き、この森を強く照らしていく。
暴力とも言える閃光の嵐は直ぐに収まり、無風であった森の中に突風が駆け抜ける。
「勇者の魔力だっ……」
「……随分大盤振る舞いなもんだ」
「それにしても、えげつねぇ魔力放出量だな……流石は勇者サマだ」
発行源と思われる場所は遠く、何処から放たれたのか判別がつかないが、先程の魔法はギルド本部にてアルトを仕留めに掛かったものと同じ圧力を感じた。
シャナクが言っていたように、感情を込めての魔法を放ったのだろう。彼がそれだけ力を込めなければ倒せない相手が存在するのだろうか。
「とにかく行こう!」
「そうだな」
追いかけた魔物たちは時に止まり、時には別行動を取って何かを警戒するような動きを見せたものの、俺たちに気がつくことはないまま歩み続ける。何も変化がないまま凡そ三十分が経過した頃であった。
俺の耳に飛行機が近づいているかのような低い音がだんだんと大きく届いた。
「……飛行音?」
「こんな所には飛行船は飛んでない――って、まじだな。なんか遠くから聞こえてきやがる!!」
「っ!!あれ!!」
アルトが上を向いて声を上げた瞬間、とんでもない飛行速度で上方を通り抜けていく巨大な影を見ることが出来た。
巨大な生物は先程逃げていた時に襲われた大鷲であると直ぐに理解し、背に乗る人影もまた感度の鈍い気配探知で捉えられた。
「シーナと勇者が……乗ってた?」
「……いや、流石にそれは無いだろ? 勇者とはいえ、な?」
「乗ってたね。もう見えなくなっちゃったけど……もしかしてあれを調教したのかな?」
調教の魔法は魔物を従える召喚士の得意とする魔法……らしい。
残念ながら俺は使えないけどな。
召喚士でなくとも魔物を従えるためには力を見せ付ける必要があるため、先程の光を発した原因も潜在能力を見せつける為だと考えれば納得だ。
「もしかして、勇者サマについて行けば目的地に着くんじゃねぇのか?」
「多分、あっちもそれが目的だろうな。わざとらしく低空飛行してきてるし」
「むっ……負けたくない。急ごう!!」
「あいつらの速度に合わせるのか!? ったく、お前ら本当にイカれてるよっ」
アルトが先行して木の幹をへし折りながら上空へと向けて走り出す。大鷲はこの階層でならば勇者が乗っていた一体しか存在していないので一番の近道であるといえる。
「っ……わざとらしい」
空中でアルトの睨みつけた先に痕跡が残っており、キラキラとした道筋が永遠と続いて残っている。
それは勇者がわざと魔力の粒子を通った空路に散りばめており、追いかけてくださいと言わんばかりの態度であった。
この残痕を追えばワニトカゲのような魔物の背後をつけまわす必要は無さそうだ。
「エーツ、空を歩けるか?」
「いや普通に考えて歩ける方がおかしいだろ?」
「……ごもっとも過ぎて何も言えない。確かにおかしいよな」
抱っこして行くのは突如襲われた場合に対応できないと考え、この場はプニプニに頼むことにする。
「ふぉほ、お任せくだされ!!」
「え、この爺さん空歩けるのかって――ぇぇ!?」
彼を召喚した所、執事スーツ姿で現れ軽々とエーツをお姫様抱っこして上空へと駆けていく。レムも例外なく当然のように皆が空中歩行を使えるが、よくよく考えて見れば異端と言われても否定は出来ない。
「よしそれじゃ行こうか」
「吸収もかなり弱くなってるね。やっぱりこっちの道が正解かも」
「普通空なんて歩いたらあの大鷲に邪魔されると思うんだけどな。お前らには驚かされてばっかりだ」
「ふぉほ!舌を噛まないようお気をつけを!!」
障害物のないルートであるため、非常にスムーズな進み具合であった。
また上空の大鷲の圧力が放たれたせいか、上空に魔物の影は見られず、足を止めずに進み続けることが出来た。
(ソラ、ファラ、今のうちに聞きたいんだがスコーピオンってどんな聖霊なんだ?)
(うぬ、よくぞ聞いてくれたな)
(これはなるべくぱぱっと言わなければと思ってました)
空中を走りながらふと声をかけると、聖霊たちは待ってましたと言いたげな雰囲気で言葉を返し、ミミ厶とアデルの姿を想像しながら語り始める。
(蠍座は蠍をモチーフに作られた聖霊。性格からいえば口調は悪いものの、ガッチリ堅実な聖霊です。今は配下を増やし、来たる戦いに向けて力を伸ばしていることでしょう)
(そうじゃな。今回彼奴の被害となってしまったのがあの冒険者の二人じゃが……なんとも惨いことを)
蠍といえば特徴としてやはり体と同じ程の大きな尾、そして強力な毒針を持つイメージがある。プニプニの行動に関しても少々理解に悩む場面があったので聞いておこう。
(そういえば、プニプニは冒険者の延髄に刺さってた針を抜いてたよな。あれはどういう意味があるんだ? )
(蠍座の針は特殊での。特に脊髄など中枢神経系に深く刺さった大針は、命を奪った後に体と思考までも奪うと言われておる)
(まさか、その針がうなじに刺さってたあの二人は……元から死んでた、のか?)
(彼奴の毒針は強力な猛毒であり、呪いじゃ。お主のような凄まじい毒耐性か状態解除がない限り半日と持つまい)
(……テュエルには報告しない方が良さそうだ)
命を奪い、体を奪う。それがスコーピオンの毒針である。もしも彼らがミミ厶やアデル以外に襲いかかってたならば、被害は尋常ではないものとなるだろう。攻略に関しての死者数が他殺とはいえグンと増えることに変わりはないのだから。
(一番操作が効率的なのが首元じゃろうし、恐らくあの冒険者らを殺した後にまた差し込んだのじゃろうな。昔っから相変わらずな性格とみえるのぉ)
(それとあともう一つ。蠍座が配下を失うことをびくびくと恐れた訳があります。それがこの星蠍の大針が、我らのような理解のある他の聖霊の手に渡ることです)
プニプニがミミ厶から引き抜いていた針、そしてスコーピオンが射出する毒針こそ星蠍の大針だろう。非常に鋭利であり、おそらく先端には毒や呪いが滴っているので触る気にはなれない。
(この針は確か彼奴にも一日の生成に限度があったはずじゃが、何より強力なのは我らにもこの針を使えば相手を傀儡のように従えることが可能ということじゃな)
(……俺らにもスコーピオンと同じことが出来るってことか)
(あまり使いたくはありませんですが、あくまでもここぞという時の手段です。我らがどっしり保管しておきますよ)
人を殺してその体を操るのは幾ら異世界の生活が慣れたとはいえ、そう易々と受け止められるものでは無い。
他者を殺すことに抵抗は低くなったが、倫理観が心を締め付けることに変わりはないのだから。
(と、まぁこんな感じじゃ。くれぐれも彼奴と戦う時は針には当たってはならんぞ)
(分かった。また聞く。ありがとうな)
(さて、先程から体がブルブルしそうな魔力を感じますがこれは――)
「――なんつうか、形容しがたい魔力だな。やべぇのには変わりないが、俺らの魂が吸い寄せられてるような錯覚があるぜ」
エーツがプニプニに抱えられつつ生唾を呑む。
俺も彼の意見に同意で、此方から近づいているのにも関わらず、吸い込まれていくかのような違和感に体の表面には嫌悪感が走り回る。
「見て。魔力を吸う木が枯れてきてる。もうすぐだよ」
アルトの声に従い下を見れば、あれだけうっそうとしていた森はスカスカに変貌しており、目に見えて黒い葉っぱすら無い枯れ木が目立ち始める。
「木が一定の方向に向いてるってことは……中心はあそこか」
「随分わかりやすいもんだぜ」
「二人とも気をつけてね。あそこに番人がいることはほぼ確実だと思うよ」
敵がいないことを確認して地面に着地する。
この場の地面は乾燥しているようでヒビ割れ、まるで水はけが存在していないことは明らかであった。
「足跡がつく程度のぬかるみすらなし、か。そんでもってこの木は……」
「中央に向かって伸びているような成長をしてるか、もしくは近づく度吸われる感覚の影響を受けて成長した結果なのか……どっちにしてもこの渦の中心は異質だ」
「魔力の吸収がさっきよりも強い……うん、間違いないね。この先に番人がいるよ」
それぞれの顔つきは真剣になり一歩、また一歩と慎重に歩みを進めていく。
気配を殺しながら数分歩いても魔物の気配はまるで無い。シンと静まり返る森の中に突如遠くから馬の嘶きが聞こえた。
「さっきのって……魔物の声なのか?」
「多分今の声が番人の――っ!?」
アルトが何かを言いかけたその瞬間に、強烈な光の柱が天空から降り注ぐ。
爆心地は非常に近く、衝撃波が俺たちの体を駆け抜けていく。
「行こう!」
アルトの掛け声でこの場を一気に駆け抜け、枯れ木の森を抜けた先には限りなく広い荒野が存在していた。
空気も非常に乾燥しており、砂のない荒野を彷彿とさせる。
「岩陰に誰かいる!!」
「おい! 大丈夫か!?」
三メートルほどの大きな岩の影に幼い三人の女の子らしき姿が倒れ伏していた。
その怪我の状態は軽微であるが、近づいてみれば何よりも魔力不足が顕著であることが顔色を見て判断できた。
「この子たち多分勇者の仲間だけど……」
「助けるに決まってんだろ!! ユウ、ポーションを出せ!!」
「そう、だよな。ああ……今出す!」
幾ら敵対してる相手の仲間とはいえ、苦しそうに倒れている女の子を見捨ててはおけなかった。
魔力回復ポーションを開け、エーツは一人一人に飲ませていく。
「お兄ちゃん、を……たす、けて!」
「私たちは……いいです、だから、お兄様を!!」
「君たちのたすけ、なんて……っ」
彼女らの様子を観察していたが、数十メートルという近場で何かが炸裂し、また馬の嘶きが聞こえたため、彼女らに簡単な障壁を張り、衝撃に耐える姿勢を取る。
「ねぇ……勇者との共闘になるだろうけど……今回だけお願いしてもいい?」
「アルトが許せるなら俺だって全然構わないさ。というか、勇者でさえ倒せない相手ってのも末恐ろしいけどな」
アルトと目を合わせて岩陰から飛び出し、先を見据える。
その場には――
「あははっ、相変わらずキミ……っ、強いね!!」
『貴様のような豊かな者に“飢え”は要らず。この乾いた大地で乾涸びるがよい』
黒くて巨大な馬に乗った騎士が傷ついた勇者を押し切り、馬の後足による蹴りで彼は俺たちの横を通り抜けつつ激しく引き飛んでいく。
『この渦の外より来たる愚か者よ。汝らに“飢餓”を刻み込まん』
「これが第二試練か。やり応え充分だな」
「ユウもボクも衣食住完璧がいいの。君なんかに奪わせないよ!」
二人同時に似た武器を取り出して相手を睨みつける。馬の上に跨る黒騎士は何ら態度に変化は無く、魔物は再び前足を振り上げて大きく嘶く。
吹き飛んだ勇者を背に、難題への挑戦が始まった。
この話をもちまして以後
ようす→様子
にします。漢字表記になります
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