第252話 黒渦の森
息を荒らげながら木々を飛び移り、地面を跳ねながら後ろから迫り来る魔法と攻撃を躱し続ける。
逃げ始めて五分が経過しようとしている中、彼らからはまだ逃げ切ることが出来ない。
「いい加減、しつこいなっ!」
踏み切った足元へと向けて地雷という魔法を設置する。名前の通りの効果を持つため、背後から直ぐに爆発音が響き渡る。
だが、まだ攻撃は止まない。
「効かねぇぞ、召喚士ッ!」
「お前たちの恨みを買った覚えはないんだけどなっ」
つい先程まで足場にしていた太い木の枝は人間の男の攻撃によって粉砕させられてしまい、背中に冷や汗を感じる。
人間相手に全力で逃げの姿勢を取っているのに逃げられないのはこれまでになかったことであるが、このままやられる訳にもいかない。
殺意マシマシの気配を背中で感じつつ逃げる事に徹する。
「アルト、具合は?」
「少し、良くなったけど、ごめんまだ無理そう……」
「気にしなくていから――もうちょっとゆっくりしてくれっ!」
眉間にしわを寄せる彼女を抱えつつ風魔法を避ける。その途中でやっと空への逃げ道を確認したので、空中歩行のスキルを使って上空へ駆け抜ける。
流石に空へ逃げ出すとは考えていなかったようで、戦士系の男からの殺意は遠くなっていく。変わらず魔法は飛んできているが、容易く回避が可能だ。
「ここまでは来れないよな?」
「ユウッ!前に魔物が!!」
アルトの切迫した声に従い正面を向けば、超がつくほど巨大で大鷲のような魔物が凄まじい勢いで迫っていた。
まるで俺たちを待ち構えていたかのように狙いは一点に絞られており、放たれる圧力は今まで出会った魔物の中でもトップクラスに高い。
「あいつ戦うよりはまだ人間たちとやった方が勝率があるっての」
不意に苦々しい表情が作り出され、俺たちは再び森の中へと潜り込む。
戻ったその瞬間に魔力の吸収が上空に居た時よりも強く感じられたため、この森自体に吸収魔法が掛けられているのである推測する。
「はぁ、やっぱ追いかけてくるよな」
「へっ、結局戻ってきやがった!!」
「召喚士の魂、ここで貰う」
追いかける側はまだまだ元気で、このままではアルトが復活するまで根負けしそうな雰囲気である。
聖霊たち無しでも逃げ切れると考えていたが、これ以上はもはや時間の無駄だ。
(ソラ、ファラ、プニプニ、いけるか?)
(がってんです)
(無論!)
(ふぉほ! お任せくだされ!)
一際大きく跳躍し、開けた場所へと着地する。相手の方へと振り向けば笑みを深めたような表情をしており、彼らもまた距離を取ってこの場へと辿り着いていた。
「どーした? 逃げきれないと思って諦めたか?」
「――間違ってはないな。お前らに構うのが面倒になっただけだし」
「今から死ぬのは君だというのに……随分減らず口を叩くものだ」
「今から口数が減るのはそっちだと思うけど……な」
話している間に聖霊たちを召喚し、彼らはより厳戒態勢をとる。アルトはまだ戦闘不能なので、俺は実質的に戦えない。なので今回は聖霊たちに任せきりということになる。
「二体同時召喚、そして双子座の所有者。間違いねぇアイツが目標だ」
「ユウ・ナミカゼ、スコーピオン様の意志の元、お前を殺す」
「……聞いたかの、ソラ」
「ええ。ファラ。こんなところで彼の名を聞くとは思いませんでした」
蠍座という名は聞いたことがある。たしかソラやファラと同じ聖霊の内の一人であった気がする。
聖霊の主が俺を殺そうとする、ということはその主が魔導書とは関係なしに俺を願いを叶える戦いから蹴落とそうとしていることが考えられる。
「あー、なら一回その聖霊の持ち主に伝えてくれないか? 俺は別に願いを叶える戦いなんざ興味ないって」
「口では何とでも言える。未だ命令はお前を殺せとしか発されていない」
「大人しく――死ぬがいい!!」
彼らは魔法を放つと同時に高速でこちらへ迫り来る。聞く耳持たずの状態であるため、これ以上の情報収集は不可能に思える。
「なんで召喚士じゃないお前らが関係してるのかは知らんけど――頼む!」
「「了解!!」」
「ふぉほ!では参り――」
聖霊たちが両手から魔法を放とうとしたその瞬間。背後から真横、そして相手へと太陽の光のように輝かしい閃光が駆け抜けて伸びていく。
「ぐ!? ぅぅおおおおッ!?」
閃光は戦士型の男へと高速で伸びていき、衝撃を持ってぶつかり合う。
魔法と思われるその一撃は男の呻きをかき消し、大剣の防御を貫いて屈強な体を宙へ吹き飛ばす。
「見つけたぞ。ユウ」
「その声……」
金属音を響かせゆっくりと森の暗闇から現れたのは、整った金髪でパピヨンマスクをした男であった。
彼は鞘に収めたままの剣を肩に背負い、笑顔を深めて吹き飛んだ男を見つめる。
「危ない所に俺様登場、ってな」
「ピンチでもないが、また会えてよかったよ。聞きたいことは山ほどあるし」
「おいおい、そこは感謝しとけよ。アルトもヤバそうだし」
「まぁ――助かった、エーツ」
「おう」
「やばく……ないもん」
「無理せず休んでくれ。ほら、今ならポーション飲めるから」
彼らが怯んでいる隙を見てアルトにポーションを手渡す。
マスク越しでも嬉しそうな彼は間違いなく美男子であり、惚れてしまう人は多数である。少なくとも元いた世界基準ではあるが。
「誰だ……てめぇ!!」
「認識阻害のマスク。しかもそんな高価なもの、なかなか手に入る人はいないと思うんだけどね」
「Sランカー、アデル。Sランカー、ミミム、お前ら何してる? 攻略のために協力するどころか敵対なんて」
「……俺たちの名前を知ってる、だと?」
「たりめぇだ。こちとら冒険者の名前と活躍を追うことが趣味でなぁ? 例えばアデル、てめぇは闘技大会でユウにやられたことに対して根に持ってるかと思ったが――今現在はそうでもなさそうだ」
そう言われてじっと筋肉質の男を見つめる。
……思い出した。彼は俺が闘技大会で初めてワンパンチで沈めてしまった対戦相手と酷似している。その後の記憶が強烈すぎてあまり彼のことは覚えていない。
「う……る、せぇぇぇぇぇぇ!!」
「あ、あっちも思い出したみてぇにプッツンいったわ――」
「「電磁撃!」」
「ぐがぁぁぁぁぁぁッ!!」
彼はエーツヘと激昴して突進を行ったが、その攻撃が届く前にソラとファラの魔法に被弾し、膝をつく。
動けない相手と魔法を繰り出そうとする相手に対してゆっくりと銃を構えながら近づく彼女たちの様子はまるで映画の中のギャングのようだ。圧力もなかなかのものである。
「我らを忘れてないかの? 蠍座の使いよ」
「こちらもずっしりとした因縁があるので、放置は厳禁です」
「ふぉほ、まるで別人のような圧力ですな」
「な……いつの間にッ」
プニプニはいつの間にかミミムと呼ばれた冒険者の背後を取っており、ゲル状の腕は形状を鋭利に変えて首元へ当てている。
どうやら俺たちが参戦せずとも制圧が完了してしまったようだ
「さて、我らを襲った目的を話してもらおうかの」
「貴方たちが蠍座の傀儡なのは分かっています。そして、この会話が貴方にまるまる筒抜けていることも」
「と、言うわけじゃ。その解除方法も我らは心得ておる。ここで傀儡針を失うか、我らを襲った目的を話させるか選ぶが良い」
彼女たちが話しかけるが、誰からの返事もなく静寂だけがこの場に降り注ぐ。
暫くして諦めたような溜息が聞こえると重い雰囲気の中で再び口を開く。
「我らは主人を得た。我らを甘く見ると――死ぬぞ」
「蠍座、また会うこともあるのでしょう。せいぜいこの森で生き延びるがいい」
彼女たちは捨て台詞と思われる言葉を吐いたと同時にプニプニに合図を送る。
その合図を受けた彼は構えた鎌を押し当てるのではなく、ミミムのうなじから“なにか”を引き抜いた。
「っぁ――」
「おいッ!?」
冒険者への攻撃ではないため、流血などは存在しない。まるで電源が切れたかのように倒れ付した理由は、プニプニの手のひらの内に存在した。
「でかい……針? あれがソラとファラの言ってた傀儡針ってやつか?」
「プニプニが今それで刺した訳じゃなさそうだ。となると……“元から刺さってた”と見るのが妥当だろうよ」
「こ、の……俺たちの教団を敵に回してタダで済むと思ってんのか!? 」
「教団、じゃと?」
プニプニが抜いた大針を見てついにアデルが怒りと恐怖を混ぜ合わせたような表情でソラとファラを睨みつける。
しかし、その程度では彼女たちは怖気付くことはまるでなく、銃を更に近づけて装填する魔力を高める。
「動くな。我らがお主の足を撃ち抜く方が早い」
「教団とは、なんのことでしょうか。ハキハキ話してください」
「はっ、やっぱりお前らは知らねぇのか……! ならそこの双子座の主人にも教えてやるよ!!」
その質問を耳にした瞬間、男はヤケになったような態度で表情を和らげる。
途端な態度の変化と、表情の変化に違和感があり、何処か嫌な感じがする。
「俺たちの教団は“悪魔”の復活を目的としてる!! お前らも知ってるだろう! 女神の加護を得た七魔衆でさえ封印が限界だったあの悪魔だ!!」
「っ……!」
「おい、テメェらっ……それがどんだけ恐ろしい事を考えてんのか分かってんのか……!?」
腕の中でアルトがビクンと震え、エーツは苦々しい表情を浮かべて大きな声を上げる。
彼のいう悪魔が何を示すのかは俺でさえ理解出来る。
七魔衆がソプラノ並みの化け物集団だとしても、それを単体で遥かに凌駕する存在。それが悪魔と呼ばれる者だ。
「復活させてどうするのじゃ? 滅びの運命をあの時のように辿るだけであろう」
「それを知りたきゃ――」
「ッ!? ファラ!!」
「ファラ様ッ!!」
彼の持つエネルギーが高まったその瞬間、彼の体がうなじを中心として風船のように膨れ上がる。
「やはりか……っ!」
「地獄の向こうでなァ!!」
狙う先はファラであり、抱きしめるかのような攻撃であることを推測させられた。
彼女の銃口から魔力が放射されたが、まるで効かないとばかりに距離をゆっくりと詰めていく。
「凍弾」
何となく感じていた嫌な予感は当たっていた。
恐らく彼が行おうとしていたのはファラを巻き込もうとした爆発であろう。
「凍れ」
双子座固有の想具によって高速化させられて撃ち出された魔弾は真っ直ぐに吸い込まれていき、着弾したしたその瞬間に効果を発揮する。
「あ、な、ん、だ……とぉ……」
「想具専用弾。作るためにかなり魔力を使ったが――その分の効果はあったみたいだ」
彼の体は瞬く間に地面に張り付いて凍りついていき、二秒後にはカチコチに固まって動かなくなってしまった。
まだ試し撃ちをしていなかったので効果に安心していると――皆の視点がこちらへ向く。
「助かった……のかの?」
「とりあえず良かった」
安心したような瞳の中に移るのは、安心した表情の俺である。
この一週間の間に用意したものシリーズ、想具専用弾。
無属性を除き、各属性につき6発で計36発である。これ以上の作成は時間がなかった。
ヘパイストスの加護があるおかげで鋼製品の形成が非常に自由が効く。そのスキルのおかげで銃弾の形成まで可能になった。
想具の口径と合う弾丸の調整が難しく幾つか練習を必要としたが、その努力に見合う効果を発揮してくれたようだ。
「ふぉほ、芯まで凍り付いておりますな」
「針は……カチコチで抜けませんね。まぁいいです。助かりました」
「気にするなって」
「おい、それは……?」
「これ? かっこいいよな」
格好つけて見せ付けるは黒光りするマグナム型の想具である。シャナクの魔力を受けた影響か、口径も銃のサイズも反動も地味に大きくなっている。
「とにかく、教団って存在はエーツは知ってたのか?」
「いや、まるで知らん。だが知ったからには潰さねぇとな。俺様の使える力全て使って止めてやる」
「ボクも知らないし、あの悪魔だけは絶対に復活させちゃいけないよ。もう、あの時の被害を忘れちゃダメなんだ」
そう呟くアルトの顔色は随分良くなったようで、声をかければ比較的元気な返答が帰ってきた。
「うん! もう大丈夫だよ。ありがとう!」
「そりゃよかった。ソラもファラもプニプニもお疲れ様だ」
「うぬ。とにかくまた話そうぞ。あの針の利用法もまだあるのでな」
「蠍座について話したいことはたっぷりあるのでお願いします」
「ふぉほ、魔力の吸収は非常に厄介なものですな……」
聖霊たちは光となって消えていき、アルトは軽々と降りていく。
エーツはそのようすを黙って見ていたが、心ここに在らずといった雰囲気で佇んでいる。
教団の存在が彼の中で大きなものであるのだろうか。
「さてと。とりあえず」
ポーションを取り出して回復しながら倒れ付したミミムに向けて転移石を使おうとした――のだが。
「ん?」
……いつまで経っても魔法が発動しない。
「――転移石が使えない?」
「そう、使えないんだ。ここから先ずっと、ね」
「……ぁ? アルト……お前どうした?」
「ボク、思い出したんだ。此処が何処なのか。そして――この層の攻略法を!」
アルトの表情は至って真面目でふざけた雰囲気はまるで無い。つまり、ミミムたちから逃げていた時の言葉に間違いないということである。
「この森の名前は黒渦の森。転移を封じられたこの場から抜け出すには、現れた魔物を倒さず、ただ追うこと!」
「渦ってことは――中心に出口があるのか? まるでそんな気がしねぇぞ。むしろ奈落にでも沈んでいきそうな勢いだ」
アルトの元気な声に苦言を呈すエーツ。
だが、調子が戻った彼女は止まらない。
「黒渦の森はこの森に居る全ての中心に集まるんだ。だからこそ渦って名前がついてる」
話し出すと同時にアルトは空中に渦を描き出し、その中心を示す。
「この中心にいる魔物の討伐こそ、ここから抜け出す唯一の手段で――皆との集合場所だよ!!」
ご高覧感謝です♪