第251話 再来する男
夕たちやレムたちとは更に離れた場所にて、神聖を感じる輝かしい一本の光の柱が森の中へと落ちていく。
その聖属性の魔法は勇者によるもので、着弾点の周りにいた魔物は全て消失し、塵へと姿を変えていった。
「あははっ、やっぱり君がいて良かったよ」
「会話は必要ありません。迅速に先へ進みましょう」
「この女……やっぱりムカつく」
勇者の仲間から鋭い敵意を浴びようとも、シーナはまるで気にすることなく、視線は片手に持つ本の先へと固定されている。
ついでにいえば、彼女が背負う大杖は装備した状態でない上に、今の彼女は武装する気配すら見せない。
「まぁいいじゃないか。シーナがこの風魔法を貼ってくれているおかげで魔力が吸われずに済むし、変にこの森の空間魔法の影響を受けずに行動出来てるんだしね」
魔力の塊であった光の剣を虚空へと消し、勇者たちは足を進め薄暗い森をひたすら歩き続ける。
シーナはこの場に転移した当初から本を読みながらも勇者を中心とした五メートルほどのドーム状の風結界を展開しており、彼らはその恩恵を預かって樹に魔力や体力を吸われることは無くなり、魔力不足や体力の消耗に困ることはなかった。
つまり今の彼女は防壁魔法は使うものの、戦闘には参加しない、という強い意思表示をひたすら見せ続け、会話を産まないような振る舞いを継続し続けている。
「お兄ちゃん、本当に私たちが戦わなくていいの?」
「私たち、もっとお兄様のお役に立ちたいのですわ」
「あははっ、その気持ちだけで十分だよ。多分、今の調子だと……マリエルでも魔物の二匹同時討伐が限界だね。結構強いから、まだ戦うのは待っててね」
「でも、兄さんだけが消耗するのも……」
「大丈夫さ。ハウル特製の魔力ポーションもあるし、魔力不足はまだ心配ないよ」
シーナが魔法を貼り、勇者が襲いかかってくる魔物を近づかれる前に消してしまうため、仲間の女の子たちは付近の警戒、そしてマッピング作業と、戦闘に比べてやりごたえのない作業に就かざるを得なかった。
退屈そうなようすを全く気にしないシーナは弱い風魔法でまた一つページを捲り、つまらなそうな女の子たちや勇者を意識の外していく――最中、再び彼から声が掛かる。
「――あ。気になってたんだけどさ、君はどうやってあの過去世界を抜け出せたの?」
その言葉に反応するかのように、風の結界は大きく揺らめき、魔法の出力が不安定になる。
これはいまなお無表情で本を読み進めている彼女の心情をよく現しているものであった。
現に彼女の足は――止まっている。
「あははっ、随分な動揺だね。これまでで一番じゃないかな?」
「知りません。先を急ぎましょう」
「そういう訳にもいかないんだなこれが」
勇者は後ろへ振り返り、シーナの目を面白そうなようすで見つめ続ける。
対してシーナは必死の抵抗とばかりに本をさらに顔に寄せ、隠すような素振りを見せたが――
「君の態度と話を聞くに、君の過去世界は一人の力では間違いなく抜け出せないものであったのは分かる。だからこそ、おかしい。君が俺の手助けもなしに自分で戻ってこれたことがさ」
勇者は本を奪い去り、優しく閉じてシーナへと突きつける。
彼女が読んでいた本の名前は『女神の白書』と呼ばれる、女神の教えを学ぶにあたって基本的な事が網羅されている書物であった。当然、最大の敵である悪魔のことに関してもしっかりと書かれている。
「……貴方は、私の何を知っているのですか? 何も知らない癖に知ったような口を――」
「あははっ、全部さ。君のことは全て調べ尽くしてあるよ。あの村に強い悔恨を抱いていることも、君自身が杖を手に入れようとするのはあの男ともう一度語り会う機会を得るためであることも、ね。違うかい?」
「ッ!? 何故オニキスさんのことを!!」
「言ったでしょ? 全て調べ尽くしてあるってね。俺たちに付いて行くと決めてる以上、君がどんな思いでこのダンジョンに挑んでるのか想像に難くないさ。さて、話を戻そう」
恨めしそうな表情を遮るように本を返すと勇者は変わらず余裕そうな笑顔を浮かべ、本を乱雑に受け取ったシーナの顎を人差し指で持ち上げた。
まるで少女漫画の構図であるように、彼は顔を至近距離まで近づけ、耳打ちする。
「どうやって出てきたの?」
「話す必要はありません」
「んー強情だね。ならもう一つ面白いものを見せてあげようか」
数歩だけ彼女から離れると、彼の手のひらの上に光が集まり、大きな棒状のものが創造されていく。
「……なぜ、それを貴方が」
「当然、マージャから譲ってもらったよ。こんな逸品は俺の知り合いでも作れないからね」
彼の片手に召喚されたのは大きな杖であった。その先端には黒く鋼色に光る天使の両翼が形作られており、杖全体には赤く脈動するラインが刻まれている。
誰の目から見ても邪悪なものであることは明らかであるため、仲間たちはどよめきを隠せない。
「おっと。危ない」
勇者が数歩だけ左に体を動かせば、その直後に大地が巻き上げられるように抉り削り取られ、彼女の正面にあるものは全て吹き飛ばされてしまった。
彼が元々いた場所は見るも無残な傷跡が刻まれ、明らかな殺意をもって魔法が放たれたことを証明している。
「それを、返して。今すぐにッ!」
「あーあ。やっぱ冷静じゃなくなっちゃったか。まぁ……そりゃそうか」
「お兄ちゃんに手を出すなんて、百年早いわ」
「はぁ。結局こうなるんですわね」
「ご主人様、大丈夫?」
シーナはいつの間にかクレア、ローナ、バニラの三人に組み伏せられていた。じたばたと暴れるものの、あまりの拘束力に無駄だと分かり、さらに鋭くなった視線で勇者を睨みつける。
「この杖は俺が持ってる。つまり俺がこの杖をどう使おうが、壊そうが、君には選択の余地はないってこと。この意味が分かるよね?」
「卑怯なっ……! そこまでして魔導書を手に入れたいのですか!?」
「君がこの杖を欲する気持ちと同じだよ。あれが魔王の手にでも渡ったら……あははっ、それはそれで面白くなりそうだけどね」
勇者はシーナの欲する杖を消失させると、拘束を解くように指示を出す。
解放されたシーナは大きく、長いため息をついて消していた風の結界をもう一度展開した。
起き上がりながらも体に着いた土埃を払う彼女の表情は、なんとか爆発寸前の激情で留めているような、耐え難きを耐えている顔つきである。
「……この攻略を終えれば、その杖を返してくれる。これでいいんですね?」
「あははっ、理解が早いね。そゆことさ」
「はぁ……先程の質問を答える前に、私からも質問をよろしいでしょうか」
「もちろん。なんでも聞いてよ。多分答えるよ。歩きながらね」
そうしてやっと彼らは足を進め始める。
勇者の仲間である女の子たちもかなりの実力者であり、シーナへの警戒は更に向上していた。つまり、これ以上下手な動きを見せれば杖自体が破壊される可能性がある。
(やっぱり。奪い取るのは無理そうですか)
もう一度話題を出し、転移石を使って奪い去ろうとしたが――周りの警戒が強すぎる。
正攻法で攻略を行い、返してもらうのが有効だろう。
「さてと、じゃあ聞かせてもらおうか」
「貴方は何処まで私のことを知っているのでしょうか?」
「全て。この言葉に偽りはないよ。君が精神操作に耐性がある理由は、既に心からオニキスに魅了させられているため、とかね?」
「……そこまで分かっているのに、私を誘ったのですか?」
「あははっ、こんなに脅しやすくて、扱いやすい風属性魔道士はいないからね。現に君は俺たちの思い通り動いてくれてるし」
悪びれもなく勇者は振り向かず楽しげなようすで話し込む。
彼に対する嫌悪感が彼女の表情に現れるも、ローナは気にせずに出てきた情報に対して付け加える。
「この人が受けたのは……恋心を利用した簡単な呪術ですね」
「魔力搾取の主な手法ですわ。対象を魅了し、そのまま誘拐する」
「子供の時に解呪出来なかったためか、それとも相手の呪術が上手だったのか、もう完全に染み付いてますね」
「そ。だから君は彼の思い通り動かざるを得ないんだ。君が呪いだと分かっていようとも、心でどう足掻こうがこの呪いはもうあの男以外には解けない。俺でさえね。当然そうなれば従わざるを得ないわけだ」
「っ……」
シーナは驚きに目を見開き、思わず顔を伏せる。彼女の秘密を既に彼らは知ってしまっていたのだ。
彼女が杖を欲する理由の一つ、それは心に巣食う呪いに突き動かされているためであった。
――あの過去世界を見るまでは、その理由が全ての行動の根幹であったのだ。
「……ですが。全て知ってはいないようで、少しだけ安心しました。どちらにせよ、私の未来のためにあの杖は必要なのです」
「あははっ、それは意外だ」
シーナと夕だけが知っている事実、それは女神の杖の中に母親としての感情と、彼女の内にいるハルファスという悪魔が共に封印されていることである。
杖を取り戻してオニキスと再会し、彼に解呪してもらうことこそ、彼女の姿が変わらなくなったあの時からの全ての望みであるのだ。
「やっと俺が質問しようとしたけど……少し邪魔が入るね。クレア、ローナ、バニラ。戦闘準備してね」
「「はいっ!!」」
足を止めて彼女らは武装状態となり、構えた状態のまま動かなくなる。
高まった緊張状態の中、足音が一つ、二つ、三つ――まだ増える。
「結構居るよ。バニラ、支援魔法をお願い!」
「任せて。ぼくは今日こそ活躍するよッ!」
クレアとローナの足元から激しい魔力の奔流が立ち登れば、より力を纏った二人が気合いの声を上げる。
髪を揺らすほどの圧力が風の結界の中に集い、高まっていき、そのようすをみた勇者も嬉しそうな声でシーナへ語りかける。
「ローナたちは三位一体でこそ本来の力を発揮する。君とあの九尾狐の子は二人に勝ったみたいだけど、そこにバニラが加われば――君たち二人にあの魔王を加えても勝てないだろうね」
笑顔を深める勇者にシーナは背中にぞくりとした悪寒を感じた。
アルトでさえ適わないような力となると夕が彼女たちを倒すことも当然も厳しいことに繋がる。
それほどまで、彼女たちは連携や絆に優れているのだろう。
「……これはこれは」
「あははっ、見たことある顔だね。殺したはずなんだけどなぁ」
「――ぁ? 誰だこいつ」
どこか動きがぎこちない人間を六人ほどを引き連れてやって来たのは、竜人の里にて霧の魔族と呼ばれていた者と完全に姿や形が同じ男であった。
白と黒の髪色をピッタリ半分づつ分けたような派手な髪色をしているために見間違いようもない。勇者本人が殺したはずなのに、ここに居る。その事実に彼の瞳は細くなる。
「殺した、だって? なんだ、結局死んだのか。あの魔族」
「けっ、やっぱり雑魚だったか」
その隣にいる男は更に異質であった。
感じられる魔力や圧力はそれほど強くないが、背中には彼の体よりも大きな蠍の尻尾が生えだしている。
その様子はまるでギルドで戦った人造人間を彷彿とさせた。
「勇者サマ、だね。お初にお目にかかるよ」
「こいつがあの勇者サンガか。髪も白くねぇし、噂と違って随分貧相な装備だが」
「あははっ、初なのかどうかは分からないけど、俺の名前を覚えてくれて光栄だなぁ。それよりも君たちが連れてるソレ。この攻略に参加してた人たちだよね?」
ソレと笑いながら示すのはこのダンジョンを攻略している最中であろう冒険者たちであった。
彼らは相手が勇者といえど、敵意は剥き出しであり、いつ襲いかかって来ても不思議ではない雰囲気である。
また、意識はハッキリしているようで、勇者への悪態などがシーナの耳にも届いた。
「そ。流石は勇者サマ。こいつはボクの聖霊でね。まぁこの尾を見ればわかるけど彼は蠍座だ」
「あははっ、隠す気もないね。なら君も召喚士か」
「話がなげぇんだよ」
蠍の尾を持つ男が頭を掻いていた動作を止めたその瞬間。尾が勇者たちに向けて持ち上がり、何らかの物体が高速射出された。
しかし、その銃弾のような攻撃は彼女たちには届かず、全て躱されており、勇者たちは笑みを浮かべる。
「俺の仲間を甘く見ない方がいいよ?」
「この程度の攻撃、当たりません」
「蠍の尾から、針のようなものが放たれましたわ」
「――ふぅ、解析完了っと。毒はもちろんのこと、人や魔物を操る魔法が付与されてるね。それもかなり高位の魔法だよ」
「……一応そんな小さい子供でも戦えるわけか。流石は勇者の仲間ってとこだ」
バニラの言葉を聞いてクレアとローナの体に更に力が入る。
その一連の流れを見ていた勇者なのだが、未だ手を出す気配どころか、武装状態にすらなっていない。
「なるほど。その引き連れた冒険者たちは全部君が操ってるってことだね?」
「ちっ、もうバレたのかよ」
「あぁ……これ以上の会話は良くないな。あんまり彼と会話しているとボクたちの魔力も尽きる。さっさと決めろスコーピオン」
「りょーかいだマスター。サクッと体もらってくらぁ」
スコーピオンと呼ばれ、茶髪オールバックを整えた男は一歩前に出て、更に前に冒険者たちが立ち塞がる。
「ここ一連の冒険者のバッチ喪失は君の仕業とみて良さそうだ。冒険者たちはマリエルが抑えるよ。気を抜かないでね」
「「はい、お兄ちゃん」」
「ちっ、舐めやがって否が応でもてめぇとその風魔道士は出ねぇつもりか。なら――その三人の体、まずテメェの前で壊してやるよッ!!」
スコーピオンが前に出たと同時に多数の冒険者と勇者の仲間たちが霞むような速度で風の結界を出ていく。
「私はこの乱闘と何らか関係ないので、先へ進んでも?」
「あははっ、ダメ」
「そうですか。なら護衛よろしくお願いします」
落ち着きを取り戻したシーナは閉じた本を再び開き、氷のような無表情で読み進め始める。
「君の呪い、杖を取り返したところ解けるとは思えないけどね」
勇者の呟きはシーナにもはっきりと聞こえたが、彼女はその言葉に対して返事をすることはなかった。
新年あけましておめでとうございます。
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