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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
250/300

第250話 募る不安

 転移を終え、眩しい光から解き放たれた。しかしその移動先は全く知らない場所であり、頼りになる二人も見当たらず、隣にはミカヅキが居るのみ。


「……ユウ兄は?」

「あ……あるともいない」

「っ、なんでだ――っていうか、寒くないか!?」

「なんか……体の熱も、元気も、あのに吸われてる気がするです」


 レムが見つめる木の葉は時が止まっているかのように風に靡かず、ピクリとも動かない。

 ミカヅキが見上げた空は漆黒に染まっており、今の時間帯は夜であるかのように思える。ただ、目の前の木々の輪郭はハッキリと認識出来るため、視界には問題ないように思えた。


「空は暗いのに、なんか明るい?」

「よく分からないですけど、とにかく今はこの場から離れるべきです」

「そ、そうだよな! おれが守ってやるぞ!」

「いいから行くです」

「……冷たくない??」


 身震いするほどの寒気と気だるい身体に喝を入れ、二人は真っ直ぐ前へと進む。

 夕から迷った時にはその場を動かないことが大事であると聞いていたが、魔物が蔓延るダンジョンの中で待ちつづけるのは自分の身を危険に晒すことであると言えよう。


「それにしてもさ、森の中がこれだけ静かだと……怖いよな。魔物の足音すら聞こえねぇんだもん」

「ゆうたちならきっと魔物と戦ってるはずですし、まずはその音を聞くことに集中です」

「……もしかして、レム怒ってる?」


 ミカヅキの言葉を聞いたレムは足を止め、俯いたまま動かなくなってしまった。

 その態度を見て、しまった、と青ざめた表情を見せ、慌てて彼女に言葉を投げかける。


「ごごご、ごめん! なんか分からないけど、おれが怒られちまっ――」

「ミカヅキ、これを見るです」

「って、あれ?」


 レムが指を伸ばした先には足跡が存在している。その場における彼女の表情は至って無表情であり、感情を読み取ることは彼にとって不可能であった。


「人の……足跡? それもずっと続いてるな」

「ゆうたちかもしれないです。慎重にいくです」

「えっと、そのレム? 怒って……ないのか?」

「ワタシは怒ってないです。ただ、少しでも気を許すと……昔のことを思い出して、震えが止まらなくなっちゃうんです」

「あの時……?」

「とにかく、行くですよ」


 先へと進み出すレムの後ろからついて行くミカヅキであるが、彼の視線は固く握りしめられた拳から離れられなかった。

 彼もまた、似たような感情を抱いた事があるため、今の彼女の気持ちが少しだけ理解出来た。

 ――彼女は怒っているのでは無い。この森に対して恐れているのだ。


「ふぅ……こういう時こそ、男のおれがしっかりしねぇとな! リンスにも言われたし!!」

「静かにするです!! 魔物が寄ってきまッ――!?」


 間違いなく怒っていた彼女の表情と声は霞んで消えていき、その数瞬後にはミカヅキの視界がぐちゃぐちゃに掻き回されていく。

 気が付くと彼は先に歩いていたレムの背後に浮かんでおり、腰には巻きついた狐のしっぽが有る。


「な、なにすんだ!?」

「魔物に囲まれてるです。周りは血の匂いがいっぱいです……っ」

「嘘だろ!? あんだけ注意してたのに、つけられてることすら気づかなかったのか……?」

「さっきまで何の匂いもしなかったのに……おかしいです」


 目の前にはトカゲを屈強かつ巨大にしたような魔物が二匹、背後にも数匹いることが分かった。

 気を張り巡らしていたのにも関わらず、なぜ接近を許してしまったのかすら不明。

 前提がなんであれ、囲まれてしまった以上戦うしかない。


「ワタシが前の敵の注意を引くです。みかづきは後ろの敵をどうにか退かしてください!」

「後ろにも居んのかよっ……分かった! 任せろ! てか降ろせ!」


 二人の行動は素早く、レムは正面の敵を見据え、両手に装備した鉤爪を一思いに振り抜く。


「堅いッ……!」


 ――が、返ってきたのは肉を切るような不快感ではなく、あまりに硬質な反動であった。


 攻撃を返されたレムはこれ以上の攻撃は無理と判断し、尾を背後にある樹に絡ませ、体を引っ張ることによりこの場から素早くから離脱。

 そのほとんど同時に魔物の巨大な爪が振り下ろされ、大きな範囲の地面が爆砕し、砂埃は1メートルにまで上る。


「凄い威力……危ないです」

「どけえぇぇぇッ!」


 背後にいるミカヅキは鎖鎌を構え魔族の羽、竜人の翼を広げ、真っ直ぐに魔物へと強襲する。


「って、やばっ!?」


 鎖鎌を投げつけようとした所で魔物の大きな口が開き、光線が射出される。

 輝かしい色の光線は周りの木々を薙ぎ倒しながらミカヅキが居たであろう付近を消失させていく。


「魔法も使う、ですかっ――あっ!?」


 木から木へと飛び移りつつ、レムも光線を回避したところ、真下で魔物が口を開いて光線を溜めている光景が目に映る。


 移動先の目標としている木は遠く、このままでは狙い撃ちされてしまう。

 ――よって、発動前に攻撃することを試みた。


「妖体術・珠ッ!」


 手のひらから二つの光弾を解き放ち、真っ直ぐに魔物へと着弾し、砂煙が舞う。

 仕留めきれてないと思われるが、これで攻撃の手を先に潰した――


「うそっ……!?」


 ――ように思われた。

 光線は砂煙の中を軽々突破して解き放たれており、彼女は回避が間に合わず少しだけ被弾してしまう。

 その影響のため目標へと体は届かず、地面へと着地する。


「いっ……たいです……ッ!?」


 着地したその時、目の前には既に大きく口を開けて迫り来る魔物が居た。

 攻撃を受けて痛む腕を抑えつつ、近づく魔物を乗り越えるように、ジャンプしながらも回避を行う。


「そん、な……!?」


 ――が、大トカゲのような魔物はその行動を読んでいたかのように、空中にいる彼女目がけて強烈な対空への体当たりを行ったのだ。


 尾を硬化して体を守るがあまりにも無慈悲な突進は、小さな彼女を強く上空へと吹き飛ばしていく。


「レム!?」

 

 強く吹き飛んでいく気を取られたのはその一瞬だけ。

 僅かな時間であったのにも関わらず、魔物は凄まじい反応を見せ、ミカヅキへと猛襲する。


 鈍重であると見くびっていた魔物はまるでピューマのように加速し、彼らの距離は一瞬で詰められてしまう。


「っ……!」


 鎖鎌に焔を纏わせ、慌てつつも全力で切りつけた――が、彼の渾身の一撃は肉を割くことには適わず、魔物の体表に浅く刺さったのみ。


 攻撃を受け止められてしまったミカヅキには大きな尾の薙ぎ払いに対して回避の手段がなかった。


「ぐぅあッ……」


 数メートル吹き飛んだ彼は樹に叩きつけられ、呼吸を求め、喘ぐ。

 その後遅れてやってくるのは身体中の骨が軋むような熱く、激しい痛みであった。


「や、ば……い」


 霞んだ視界の先に、神々しい光が収束しているのが見える。さる事ながら彼をこの状況から救うものではなく、死に至らしめる破壊の光線である。今彼が目に入る光は、その射出される数秒前であった。


「うご、かねぇ……」


 たった一撃、ただの突進を受けてこの状況であった。この事実に心を折られてしまい、彼の体の力はだんだん抜け出ていく。

 エネルギーを樹に吸われ続けているためか、それとも目の前の死を意識したためだったのか。それは彼には分からない。


(こんな、あっさり死ぬのかよ)


 感じられる光が強くなり、彼は目を閉じる。

 走馬灯なんてものは見られなかった。ただ、目の前の力の強大さに精神も、そしてこの体も押しつぶされていくのだろう。


 先ほどよりも加速して体の熱と魔力が、恐ろしい勢いで吸われていく。どうやら間違いなくこの樹のせいであるようだ。


 様々な後悔が頭を駆け巡ってはいるものの、一向にその終わりは来ない。

 ただ、瞼の裏から感じられる光の奔流は更に激しさを増している。


「って……こな、い?」

「なにやってる、ですかぁぁッ!!」


 暗い絶望に伏すまさにその寸前、聞き覚えのある声を耳にして目を開く。

 目の前にいるのは――九本のうち二本の尾と左腕が垂れ下がったボロボロの状態のレムが居た。

 オーラを纏った彼女は光線を輝く尾で打ち消し、樹にめり込んでいたままのミカヅキを救出する。


「空とんでくださいッ! 早く!!」

「っ……!!」


 こちらを振り向いた彼女は必死の表情で、透き通った青い瞳は黄金の瞳の色へと変貌していたが、今のミカヅキにその事を尋ねる余裕は無い。


 レムが持ち上げられたと同時に、輝く六本の尾の攻撃を仕掛ける。

 彼女の攻撃は尾自体が生きているようにうねり、空中を跳ねるように暴れながら向かっていく。その攻撃は明らかに彼女が放ったものとは思えないほど、乱雑で荒削りなものであった。

 そのため攻撃は不発であり、砂埃を巻き上げるに留まる。

 幸運なことに、攻撃は砂埃を大きく巻き上げ、その結果目くらましに繋がり、魔物たちからの攻撃や追撃を防いでくれた。


「はぁっ……はぁっ……だめっ……ワタシ、これ以上は、がまんっ……」

「おれも、魔力、が……っ!」


 フラフラとした飛行、かつレムを持ち上げながらの慣れない行為であるため、戦闘地帯からはまだ百メートルと少ししか離れられていない。

 しかし、ミカヅキの飛行に関する魔力と体力は魔物に吹き飛ばされ、叩きつけられた樹に大きく吸われてしまっている。

 よって今の状態ではスピードを上げるどころか、直ぐにでも墜落してしまいそうな危機である。


「はぁっ、はぁっ………ううっ、もっと……欲し……く、ないっ、ないっ!!」

「レムっ、お前っ、大丈夫かよ」

「関係、ないですっ……だから、もっと遠くへ……!」

「そうは言ってもっ……うわっ、嘘だろぉぉっ!」

『ギヤァァァァッッ!!』


 不幸なことに、目の前から迫ってくるのは六メートルはありそうな非常に巨大な鷲型の魔物であった。感じられる圧力は大トカゲの魔物数体以上である。

 ミカヅキは叫び声に近い悲鳴を上げ、余力を振り絞って着陸に向けて加速を行う。


「ぐぁぁぁぁっ……」

 

 ミカヅキの翼は消失し、力の抜けた体では着地が上手くいかず、落下の勢いを殺すことが限界である。ゴロゴロと二人は地面を転がり、仰向けになって無事を確かめ合う。


「はぁっ……はあっ、ミカヅキ、ありがとう、ございます、です」

「ふぅ……ふぅ……こっちこそ、だよ。助けられちまったよ」

「あと……ワタシのさっきの姿、ゆうやあるとには内緒で、お願いです」

「別に構わねぇ……けど、あれなんなんだ?」

「ワタシも、よく分からない、です」


 二人の息は絶え絶えであり、非常に疲弊している事が誰の目にも明らかであった。それゆえ、いくつもの心配が彼らの心のうちに浮かび上がっていく。


「なぁっ、このままゆっくりはやべぇよっ」

「吸われ続けてるので、元気も魔力も回復全然しないですし、ね」


 ふらふらと立ち上がる二人は既に満身創痍でこれ以上の戦闘は限界であった。

 しかし、お互いに顔を見合わせて力を入れ直したような表情で頷くと、ある一点に視線を向けて戦闘形態をとる。

 その理由は、鎧の擦れる音と、重々しい足音がこちらへと向けて迫り来ているためである。


「間違いなくゆうやあるとじゃ、ないです」

「この状態の戦いって……キツすぎるよ」


 鎧型の魔物か、それとも人間か。

 人間なら和解の余地はあるが、この場で生き延びている人間は相当な実力者であることが伺える。つまり、救出の手助けとして何を要求されるか分かったものでは無いのだ。

 過去が人間によって汚されたものである以上、レムもミカヅキも人間に対して良い感情は抱いてない。

 とはいえ、魔物であったら尚更絶望的であるのだが。

 はたして。その正体とは――


「おや、あなた方は」


 ――人間であった。高い声は女性であることを証明しており、その正体もレムが見たことある人物である。


「勇者さんと一緒に居た人……」

「誰、なんだろ」

神威かむいを感じますね。魔族の類で無いようで安心しました」


 淡々とした口調はシーナを思わせるが、彼女の言葉の温度はそれよりも冷たく、まるで彼女自身が人形のように作られたものであることが感じられた。

 それゆえ、ミカヅキは目の前の人物が人間であるかどうかすら怪しむ。


「おまえ、ほんとに人間か?」

「失礼しました。私は神聖騎士セリア。お二人は勇者様、そしてシーナ・レミファスはどこへ向かったのかをご存じですか?」

「えっと、しーな、ですか? せりあさんはしーなと一緒じゃないんですか?」

「ご存じないようですね。――さて」

「ちょっ!?」


 金髪ショートボブの鎧を着た騎士は腰に差してある宝剣を抜き出し、感情のない目でこちらを見つめる。


「彼らには女神様の名の元、消えてもらいましょう」


 彼女は後ろへ振り向くと同時に何も存在しないであろう茂みに剣を向け、何らかの魔法を唱える。

 彼女の足元と剣が光り輝いたその瞬間、魔物であろう絶叫が響き渡る。


「女神の裁きを」


 剣を振り上げたその時、魔物は隠れていたであろう茂みから勢いよく飛び出し、こちらへと向けて恐ろしい速度で迫っていく。

 カバのような形状であり、身体の半分が半透明になっている魔物は凄まじいスピードで接近した――が、彼女へと攻撃を加える前に光に呑まれて消えていってしまった。


「浄化完了」

「えっ、えっ?」

「魔物さんが消えちゃった……です」

「これが神聖騎士たる由縁、除去(バニッシュ)。信じて貰えましたか?」

「あ、いや、うん……」


 ミカヅキは目の前の魔法が理解出来ず、困惑するのみであったが、事態は更に混沌を生む。


「神聖騎士の名のもと、貴方たちを保護致します。よろしいですね?」

「えっと……?」

「神威を持つものは全て女神様の民。獣人であろうとも、我らの庇護が与えられます」

「それって、おれたちを助けてくれるってこと?」

「結論的に言うとそうなりますね。貴方方を王都まで確実に送り届けますよ」


 据わった瞳の笑顔を見て二人は少しだけ安心すると共に今後に関しての不安が募るのであった。


「ゆう、あると……大丈夫かな」

今年最後の更新になります。

来年もよろしくお願いします!

ご高覧感謝です♪

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