第246話 頼みの態度
ペールライダーと戦うかと思った矢先に勇者が現れ、その魔物はいとも簡単に倒されてしまう。
その後直ぐに現れたのは勇者一行と人間界の姫であるテュエル、そしてミカヅキに聖霊二人であった。彼らは無事であったが、多くの傷を負っていたことが確認できた。
「……ボクたちを助けたってこと?」
「周りを助けるついでに、ね。なんせ俺は正義の味方だからさ?」
「勇者。喧嘩を売るのは止めないか。それよりナミカゼ……と、その仲間たちも無事で何よりだ」
こちらのようすを確認し、ほっと安心した声を漏らすテュエルはふとこちら側にいるある人物に注目する。その懐疑的な視線の先に映るのは――
「何者だ?」
「名乗るほどのもんじゃない。悪いが俺様たちは先を急ぐ身でな。行くぞ皆」
エーツは彼女と目の合った途端に視線を外し、足を前へと進め出して俺たちを置いて歩き出そうとした――が、それをテュエルが許すはずもなく、横を通り抜けようとしたところで肩を掴まれていた。
その形相は恐ろしいもので、彼女の背後には炎が燃えているかのように熱いオーラが発生する。
雰囲気から察するに間違いなく彼女は本気である。
「……離してくれねぇか? 俺様は女と殺り合う趣味はねぇんだ」
「もう一度聞く。何者だ」
「チッ!!」
舌打ち一つ聞こえたかと思えば、彼は彼女の手を振り払い、一目散に逃げ出した。
――かのように見えた。
「がは――っ!?」
高速で俺たちのすぐ上を吹っ飛んで行ったのは間違いようもなくエーツだった。
天井へと衝突し、そのまま落ちて床へと叩きつけられてしまう。
「え、えーつさん!?」
「魔族か。ならここで潰えるがいい」
「ぐぅぅぅ――痛ってぇな! 本気じゃねぇかテメェッ!」
「……」
「まぁまぁテュエル落ち着いてって。彼は人間だし、よーく君が知ってる男だよ」
彼女の正拳突きがクリーンヒットしたかのように見えたが、彼は存外丈夫であるらしく、あまりダメージを負っているようには見られなかった。
勇者の助言に対してテュエルは構えを解いたものの、困惑した表情を浮かべている。
この混沌とした状況を抜け出すべく俺たちは目を合わせ、こっそりと部屋から逃げ出そうとしたその瞬間。
「あははっ、先に行くのは構わないけど、俺に聞きたいこととかないの? このダンジョンの攻略法とか、悪魔四象とか、さ?」
「うっ……」
正直いえばその情報についてもめっちゃくちゃ聞きたい。というか、ほかの情報も欲しいくらいである。
先程戦ったペールライダーは気になる単語ばかり残して消えていったため、今のところ分からないことだらけなのだから。
だがしかし。この勇者は信用ならない。その情報が真実であるのかどうかも怪しいし、それで俺たちが貶められる可能性だって否定出来ないのだ。第一、彼にとってその情報を与えるメリットがないのだし。
よく良く考えればもともとこの攻略競走だって実力的に考えれば勇者の出来レースみたいなものなのだ。慎重になるべき場面ではあるが――聞く分には良いかもしれない。
「ユウ兄、聞いといた方がいいんじゃないか?」
「うぅ……そうだよな」
ミカヅキに窘められ、背中を返して勇者の方へと向き合う。彼の表情といえば――うわぁ、にっこにっこしてるぅ。
「あははっ、珍しく賢明だね? ちゃんと俺に頼む態度は出来るのかなぁ?」
「やっぱり勇者なんかに聞く必要ないよ!! どうせ嘘だし!!」
「お兄ちゃんが嘘つく分けないでしょ!?」
当然こうなるだろうとは分かっていたが、態度を改める必要があるようだ。
アルトの堪忍袋の緒が切れる前にここは俺が頭を下げるべきだろう。
顔を歪めながら俺は姿勢を正し、勇者へと向けて頭を下げる。実力で適わないのは分かっているのだが、なかなか嫌いな相手に頭を下げるというのは厳しいものがある。
「あは、あははははははっ! 適わない相手には従うってことを学んだかい? 賢くなったじゃないか!」
「こ、の――っ!?」
アルトを再び念話にて宥めて落ち着かせ、彼が良いというまで頭を下げ続ける。
頭に血は上り続けているが、人間界に来た当初のようにこの体が持つ力を過信し過ぎてはいない。
俺は白神にも勝てなかったのだから、シャナクの力も感じられない今なら尚更だ。勝てるはずがない。
「はぁーあ、満足だ。いいよ! 教えてあげるさ。えーっと、いまは――エーツだっけ? 君はテュエルにだけでも正体を明かすといいよ。俺たちは離れてるからさ」
「それが……良いみてぇだな。俺様もこれ以上攻撃を食らうのはゴメンだ」
「さてと、俺たちはちょっと別のところへ移動しようか」
彼はそう吐き捨てると穴の空いた壁を超えて部屋の外へと向かって歩いていく。着いて来いとのことだろう。
「ユウ……」
「そんな顔するなって。余裕ぶってるあっちよりも先に魔導書を取ればいいんだからさ」
「……うん、そうだね。ボクたちは勝てる!!」
勇者へ不満を募らせるアルトの背中を軽く叩いて足を進める。
ミカヅキもレムもずっと黙っていたが、表情はどこか暗い。勇者が嫌いなのは全員が共通してるようにも思える。
彼らの雰囲気とは真逆の空気を抱えたまま、魔物などが出現しない安全地帯へと案内された。
どこかしらから出現した柔らかそうな一人用ソファーに深々と座り込み、なんとも偉そうな態度で言葉を紡ぐ。
「さて。まずはこのダンジョンの攻略についてだ。このダンジョンは階層の他に“試練”っていう区分がさせられてる。聖霊を持ってた君なら分かると思うけど、ある程度の階層まで進むと強制戦闘がある、とかね」
「……ああ。覚えてる。それがここでもあるのか」
ソラとファラのいた聖霊の塔での上層にて起こった出来事である。
前回は部屋一面に大量の魔物が出てきてそれらを全て倒す内容のイベントであったが、その出来事に近いものが試練と呼ばれるらしい。
「そうそう。君たちみたいに敵をオールスルーして攻略ってのを避ける為だろうね。あと、試練=戦闘ってのは必ずしも成り立つわけじゃないよ。残念ながら、今回は試練の後、特定の敵を倒す二段階制度らしいけどね。これを作った人が魔導書を取らせたくないって気持ちがよーく伝わるよ」
アルトがこのダンジョンを作ったとでも言いたげな視線は、勇者への怨念の視線とぶつかり合う。
この衝突は彼女の立場を考えれば仕方の無いことだとは思うが、さらに横を見れば――
「狐女、何見てるのよ」
「な、何も見てないですよっ!?」
「クレア、落ち着いてって」
どうしてレムがこんなにも勇者の仲間たちと仲が悪いのかである。一戦を隔てたのち、仲違いしているのは分かっているが、あちらが負けず嫌いという可能性もある。
「そして、二つ目。悪魔四象について。これはさっき言った通り、一段階目の試練を超えて現れる魔物だね。これを全員倒すことで“おそらく”最奥部の道が開いて魔導書が手に入るね。さっきのだとペールライダーが当てはまる。つまり、君たちは既に一の試練は突破しているってわけだ!」
「……そういえばあの魔物はお前に恨み持ってそうだったんだが、何かしたのか?」
先程のペールライダー戦で勇者が現れたその瞬間、魔物は目の色を変えて俺たちを無視し、勇者へと突撃していったのだ。
間違いなく彼が魔物に恨まれているような行動であると言えよう。
「あははっ、俺たちはもう既に第二の試練のボスまで辿り着いてるからね。一の試練の相手は死騎王リッチーってやつだったけど、なんか逃げられた。これから察するに、どうも試練は受けた者たち一グループにそれぞれ与えられて、魔物は一人試練の突破者が増える事に強くなるらしいね。あと魔物たちの記憶も引き継がれると見える。良かったじゃん、俺らが居てさ」
「……」
「ほか、質問ある? あと二つまでね」
どうやら意地でもこのダンジョンの主、アルトそっくりのガルドラボーグはよほど攻略者を出したくないらしい。
勇者はこの二つを説明するだけして満足したのか、質疑応答タイムに入ってくれた。この機会、逃す訳にはいかない。先ずは試練の攻略についてである。
「第二の試練ってどんな感じだ?」
「あー、いきなりそれ聞いちゃうんだ。楽しみ無くならない?」
「悪いがお前が居る以上、ゲーム感覚では争奪戦に勝てなさそうなんでな」
「あははっ、正しい判断だよ。成長したね。でもこれは――ダメだ」
勇者の笑顔が消えた。上っ面の笑顔ではあったが、それすら消失したのだ。
「君が俺の話した内容を信じるとしても、あの試練は変容する。だから話す意味すらないんだよ。正直に言うけど、今の君たちだけでは攻略は不可能だろうね。一応警告しとくよ。君たちはここてま撤退した方がいい」
「試練が変容する……ね。冗談として捉えておくさ」
「それは君の自由。さてあと一つだけど――何が聞きたいかな?」
アルトやレムの顔を見合わせると、お互いに同じことを聞きたそうな顔をしており、俺が今聞きたかった内容とも一致しているように思えた。
その内容とは、この場に居ない者についてである。
「シーナはどこに行った?」
「あははっ、やっぱり聞くと思ったよ」
「ねぇ、笑ってないで答えてよ」
「あーあ、悪の魔王様はせっかちだね……俺の機嫌しだいであの女の生死がかかってることを忘れてる?」
「っ!? この――!」
「あ、あると落ち着くですっ」
レムに羽交い締めされたアルトを宥めつつつ、勇者の挑発に乗らないことを心に、更なる言葉を待つ。
「恐らくまだ彼女は眠ってる。過去転送中に何かが混ざったせいか、目覚めが遅い。まぁこれは直感だけどね」
「シーナをどうするつもりだよ」
「おっと、それは質問オーバーだけど――まぁ答えるよ。彼女は第二試練の空間において必要不可欠な存在だ。いや、彼女の魔法が、かな? 勿論、この内容については教えるつもりは毛頭ないけどね」
勇者は「もうおしまいね」とだけ言い残し、こちらの言葉を待たずして背を向け、来た道を戻っていく。
ここで止めても恐らく勇者は止まらないだろう。彼の慢心があるうち、俺たちも攻略を急がねばならない。
「あ、そうそう」
こちらも仲間たちに声をかけ、エーツの元へと戻ろうとして彼らに背を向けたその時、再び後ろから声が掛けられた。
「君たちを助けた本当の理由だけど、俺はね……競争相手が欲しいんだ。だからこんなにヒントもあげたし、俺は君たちの炎を煽り続ける。こんなところで立ち止まってもらっちゃ困るね」
「言ってろ。直ぐに追いついてやる」
「あははっ、そう来なくっちゃ。期待してるよ。成り損ないさん?」
お互いに背を向けたまま目的の場所へと歩き出す。
この攻略戦は勇者の出来レースだとしても、純粋に負けたくない気持ちが噴火するかのように湧き上がるのだった。
元々居た部屋へと戻り、テュエルたちのようすを見に来れば、エーツに対してひたすら頭を下げ続ける王女様が居た。
こちらもこちらで解決したようである。
「なんか、その……本当にすまなかった」
「いいんだって! 俺様もこんなナリしてるし、それに、お前の一撃……流石だな。まだ痛てぇよ」
「すまない、本当に……私は、なんてことを!!」
「き、気にすんなって!!ほら! あいつらも戻ってきたしな!!」
以前から気になっていた彼の言動ではあるが、あのパピヨンマスクの下の姿はテュエルの知り合いの内の一人であることに間違い無いようだ。
とはいえ、その情報が彼の素性を特定するものには至らないのだが。
「っ、戻ってき――ははっ、その顔を見ると、相当言われたと見える」
「でもおれ、アルト姉やユウ兄にあんなこと言ってるけど、勇者の本当は良い奴だと思うんだ」
「……ワタシはそうは思わないです。ゆうやあるとがあんなに馬鹿にされるのは本当に嫌です」
ミカヅキとレムが暗い顔をしつつ話しているようすをみて、勇者の真の姿について少々疑問が出る。
彼の意見こそ、あくまもで本来第三者に対して行うべき世間体の姿の勇者なのだろう。
だからこそ疑問に感じるのは、その違いだ。俺たちにもそう接すれば良いのに、彼らは初めて会った時からずっとあの調子である。
勇者と魔王との関連性を考慮して考えるとしたら……もしかして彼は闘技大会の時点でアルトが魔王であることに気がついていたのだろうか。
「いやでもさ……おれと聖霊たちを助けてくれたのは勇者だよ? 嫌いな相手の知り合いにそんなことするかなぁ」
「それは……分からない、ですけど……嫌な人はイヤですっ!」
「あ、そういえばさ、ミカヅキはいつの間にあの部屋から出たの?」
「あ……ああぁぁ!! そうだよ!!」
アルトの質問に、ミカヅキは水を掛けられたかのような反応を見せる。
まるでずっと聞いて欲しかったことを聞いてもらったかのような、興奮気味な雰囲気であった。
「初めの番人の部屋に辿り着いた時だよ! なんでおれを置いて皆どっか消えちまったんだ!?」
「消え、た? どういうことだ? 確かに俺たちは――」
『ふぉほぅ! ここから先は某が説明しますぞ』
脳内からそんな声が聞こえた時、地面に白い幾何学模様の魔法陣が出現し、仲間たちは驚いて数歩下がる。
その場から生え出すかのように現れたのは、スーツを綺麗に着こなし、背筋の良い年老いた人間であった。本当は人間じゃないけど。
「「プニプニ!?」」
「ふぉほ、お久しぶりでございます。 只今ソラ様とファラ様は療養中であるため某が代わりに参りました故!」
久しぶりの再会に心から安心した反面、先程一瞬だけ見えた彼女らの負ったダメージが非常に多かったのを思い出した。
勇者に夢中になっていたが、確認すべきことはこちらにも多いのだ。
「療養中ってことは、かなり多い敵と戦ったのかな?」
「そうなんだよ! 敵から逃げられないと思った時、ソラ姉とファラ姉、あとプニ爺が助けてくれたんだよ!」
「爺……ふぉほほ。ユウ様、我らは一番最初に別の場所からスタートさせられたのです。恐らく、このダンジョン自体が召喚士に対する妨害を入れてきたのでしょうな」
「召喚士、だけか?」
「いえ――恐らく全クラスでしょうな。アルト様、魔法を使う時多く魔力を使ってる気はしませんでしたかな?」
「言われてみれば……確かに? でも、あんまり実感なかったよ」
「そういえば、ワタシもいつもと比べて体が重かった、です!」
次々に告白される事実に戸惑いを隠せない。対策に対策を重ねてこの攻略に挑んだが、まだまだ思慮不足であったようだ。
ご意見ご指摘はお気軽にコメントしてくださいませ
ご高覧感謝です♪




