第245話 集う者たち
この隔離された部屋は非常に広いため、仲間たちとの間隔は取りやすい。
周りへ被害を飛ばすことが無いように魔法を撃ち放ち続ける相手の攻撃を避けつつ、そして防ぎつつ後方へ下がり続ける。
「人間の形してるけど、感情も思考能力も無さそうだ」
壁へと追い詰められたところで、ふとそんな考えを抱く。
相手は例え俺に魔法を反射されようとも、攻撃を避けられようとも、ただひたすら真っ直ぐ攻撃を放ち続けている。フェイントも何もなしにだ。
なんなら先程戦ったフェンリルの光線の方が威力も技能も上であると言えよう。
「力を扱い切れてない、って言葉が正しいのか――ねっ!」
迫り来る刃のような風魔法に対して体を低くして回避。その動作と同時に召喚魔法陣から愛刀を二本連続して射出する。
射出された刀は相手を挟み込むような形をもって飛行し、歪な軌道で襲い掛かる。
しかし相手は超反応ともいえる回避を見せ、どちらの刀も攻撃を当てられるには至らなかった……が。当然それは想定内だ。
「磁力魔法。アルトと戦った時以来だ」
飛行していた武器は突如空中でビタリと動きを停止し、半回転した後に刀身を相手へと向け、吸い込まれるかのように再び相手へと飛来する。
終わった攻撃と見なしていたのか、相手も流石に完全回避とはいかず、両腕に浅い切り傷が生まれる。
「すごい反応速度だな。結構ダメージになるかと思ったんだが」
予想以上に相手の反応が素早く、大した痛手にはならなかった。
気持ちを切り替え、もう一度磁力魔法によって襲いかからせようとしたが――中断。
背後にある壁を蹴って相手に接近しつつこの場から離脱。その理由はいつの間にか上空から高密度の魔法が降ってきた為である。
「風鎚ってやつか。威力は凄そうだけど、当たらなければどうってことないっ!」
背後で魔法が炸裂し、余波で爆風が発生。その追い風を受けて俺の体はさらに加速が加わり、あっという間に距離のあったシーナへ接近する。
気合いの声と共に召喚した刀を思い切り振るうが、これも彼女の手に持っていた大杖で防がれる。
「なんのッ!!」
一度防がれた程度では攻撃の手は緩めず、高速の斬撃をもって更に相手に負荷を与え続けていく。
「……!」
四度目の振り抜きを終えたところで相手の魔力反応が高まったのを感じ、大杖を蹴りつけた勢いを利用して近距離から一時離脱。
同時に地面に転がっていた刀たちを磁力魔法で再び起こし、波状攻撃を加える。
「くっ……届かないか」
しかし、相手を中心に爆発のような衝撃の嵐が発生し、磁力魔法も強い圧力によって無効化させられ、刀たちは逆に吹き飛ばされてしまう。
「なら、これならッ!!」
隙だらけの相手へ向けて手を伸ばし、火炎球を解き放つ。
――が、しかし。これは悪手で相手の風魔法によって炎の球は呑み込まれてしまい、火災旋風となって俺へと逆に帰ってきてしまう。
「まじかっ!?」
こうなったら火炎だけにヤケである。風魔法を使って火炎旋風を相手に押し返すのみだ。
「ぐ、ぅぅぅ……!?」
二つの勢いのある突風がぶつかり合い、その中心にある竜巻は更に大きさを増す。
純粋な力押しで勝てると踏んだのだが、予想以上に相手の風魔法の力が強く大きく、どちらかといえば押され気味である。
単純な力比べなら相手の方が上であるということなのか。
「こ、のっ……!」
仕方なく魔法纏の風を使い、更に己を強化する。今後の戦いに備えて出来る限り魔力を温存しておきたかったが、ここで負けてしまっては全てが水の泡である。
魔法纏を使ったその結果、一気に攻勢は逆転して火炎の旋風はシーナの形をした魔物を飲み込んでいく。
相手の声は聞き取れないが、火炎の苦しみからゴロゴロと地面をのたうち回り――魔物は力尽き、倒れ付す。
シーナ本人ではないと分かっているが、まるで彼女を殺めてしまったようで後味が非常に悪い。
「ふぅ……流石は魔導書のダンジョンだ。馬鹿にならないなこれ」
中ボスだと考えて魔力体力は温存の方向で戦闘を進めたかったが、その余裕は全く無かった。
この調子だと攻略する前に魔力が尽きてしまいそうである。
「みんなも……無事か」
無傷とはいかなかったが、とにかく全員無事にこの場を切り抜けられたようだ。
刀を魔法陣に戻して急いで皆と合流しつつ、回復魔法の用意を行う。
こればかりは命に関わるので温存なんてしないつもりだ。それに、この世界に蘇生はないのだから尚更である。
「あの程度の相手なんて回復してくれなくてもよゆーだよっ!」
「そんなこといって結構浅い傷あるぞ。無理すんなって」
「むぅぅよゆーなのに……でもありがとね、ユウ」
「無理し過ぎは厳禁、です」
アルトは不満そうな態度で地面で胡座をかき、レムは大人しく順番待ちしている。
また、パーティ回復役は俺一人であるため、より己の魔力管理は重要となってくる。
「はわぁ……きもちいいですぅ……」
「ぷはっ、こういう余裕のある時はヒールポーション使うべきだと思うんだけどな」
狐耳をへにゃんと倒し、気持ち良さそうなレムを見て、エーツが冷たい目でこちらを睨みつける。
魔法による回復とポーションによる回復の違いについてだが、魔法は即効性のある効果のため、戦闘時の余裕が無い時に使うのが一般的である。対してポーションは効きが遅いという難点があるものの、長期に渡って安定した回復が見込める利点がある。
「だってポーション不味いもん」
「ゆうは優しいから回復してくれるって知ってる、です!」
「おいおい。使いっパシリっていうんじゃないかそれ」
「知らん。別に魔力回復する手段はあるからこれに関してはいいや」
俺たちのパーティはポーションでの治癒と“味”に慣れてないため基本的に俺が回復役に回っている。いつの間にか決められていたが、特に気にしていない。
「俺様は忠告したからな」
「はいはい。というかソラとファラがいつまで経っても召喚できないんだが」
確かに魔力節約の面においては彼の言う通りにした方が良いだろうな。アドバイスとして受け取っておこう。
それと、ここでやっと確証が得られたものがある。俺の聖霊である双子座のソラとファラが召喚にも応じず、反応もないのだ。念話を使っても応答無し。明らかな異常事態である。
恐らくこの異常はダンジョンに入ってからずっとである。
「はぁ? 聖霊のこと――って!? おいっ! 後ろ見ろっ、後ろ!!」
エーツが指を向けた先には先程倒した泥人形たちだった。それらは溶けて液体と変成し、集まって浮かび上がる。瞬く間に大量の泥のような液体は塊となっていき、空中には大きな泥団子が形成されていく。
「っ……また襲いかかって来るみたいだよ。気をつけて」
「け、結構大きいです!!」
「あの泥の塊だけで三メートルはありそうだ」
穏やかな雰囲気は一転し、視線は部屋の中央に浮かび上がる巨大な泥塊へ。
その変化を止められるものは居らず、稲光の走るそれは、このわずかな時間の中でヒビが入っていく。まるでそれは孵化寸前の卵であるかのように。
(生まれ出でよ。我が半身)
そんな重々しい声が聞こえたかと思えば、目の前の泥塊から一つの巨大な影が産まれ落ちる。
産まれたてであるためか、地面へと落とされたものは、黒いヘドロのようなものを身に纏っており、それの容貌を一言で言えば――馬であった。ただ、所々で骨が浮き上がっていたり、筋肉そのものが存在しなかったりするので、ゾンビ状態の馬、と言った方が適切か。
『キュォォォォォ……ッ!!』
「凄い臭い……ですぅっ」
「腐った匂いだ。これはきつい」
「さっきの声、聞いたことあるな」
「これ、ボク知ってる――!」
重く脳内に響いた先程の声とその圧力感は一度感じたことがあるものだった。
サウダラー丘陵にて死王騎リッチーという魔物と戦った際、同じような感覚を味わったためである。
かの魔物は前回逃がしてしまったが、今回はどうやら――あちらから姿を表してくれたようだ。
「なんだあの魔物……見たことねぇぞ」
馬の嘶きと連動するかのように、何も無い上方からゆっくりと降り立ってきたのは巨大な鎌を両手に持つ、死神であった。
人々が死神と想像するであろうその表情は恐ろしいもので、炎のように燃え盛る瞳は完全にこちらを捉えている。
「あれって、前にゆうが話してた死神ってやつですか!?」
『ぁあ、貴様とまさかここで会うとは』
「そうだ、アレだよ。一週間ぶりぐらいだが……あの時逃げた魔物で間違いないようだな」
『いぃや。いまの私は死王騎リッチーなどではない』
魔物は俺へと向かって殺意満々なようすで言い放つと、泥塊から現れた馬に触れる。
「っ!?」
その時、魔物たちの付近から湧き上がるように溢れ出したのは黒い魔力であった。二人の魔物の姿を隠すほど勢いのある噴出は近場のポッドなどを破壊していく。
『……これが私の、真の姿――“ペールライダー”である』
『ギョォォォォォォッ!!』
魔力の奔流が収まったその先に見えたのは、ボロボロのローブではなく鎧を纏った死神が居た。ゾンビと化した馬に跨っており、ライダーの名に相応しい状態といえよう。派手な演出があったこともあってか、レベルに関しても大きく変貌を遂げている。
「うわぉ、レベル220か。こりゃ強そうだ」
「ただ騎乗しただけじゃねぇのかよ……! 早々にやべぇ奴と当たっちまったもんだな」
「でも、これ倒さないと先には進めないよ。 気合入れてこ!」
「怖いけど、頑張る……です!」
『勇者に我らを分かたれた恨み。貴様らで晴らしてくれようぞ』
相手の圧力が更に高まり、ゾンビ馬は天へと向かって足をしゃくりあげて嘶きを上げる。
どのような攻撃が来ようともまずは防がなくては話にならない。魔法纏の土を発動しようと身構えた――その時。
『な、ぜだ。貴様が、そこに――ッ』
無数の光の剣が死神の体と巨大な黒馬を貫いていたのだ。
剣先がこちらを向いていることから、魔物たちは背後から襲われたと考えられる。
――そうだ。俺はその魔法も、その魔法から感じられる忌々しい魔力も知っていたのだ。
『「勇者……ぁ゛ッ!!」』
「あははっ、また君か。前来た時よりも弱いじゃないか。そのなりで、本当に“一の試練”なのかい? あの時記憶ごと吹っ飛ばしたと思ってたんだけどね」
『貴様、だけは……! 我ら、誇り高き“悪魔四象”を穢す貴様だけはァァァッ!!』
ペールライダーは光の剣が刺さっているのにも関わらず踵を返し背後にいる勇者へと向かって影へと溶けるかのような移動を見せたのだが――
「あははっ、残念だけど、皆にはちゃんと四大変化を教えてあるんだ」
魔物の鎌は勇者の首に届かなかった。
既のところで攻撃はローブを着た女性に受け止められており、魔物は数人の幼い女の子たちによってトドメを刺されている。勇者の仲間たちである。
『おの、れ……ぇぇ……勇者……』
「こんな調子だと、余裕で攻略できそうだ。さよなら」
『汝に呪いあれッ――』
彼の指先から放たれた旋風のような聖魔法によってペールライダーは完全に消滅してしまった。
割と本気で戦う覚悟をしていたのに、俺たちの出番はまるで無さそうである。このやる気は何処にぶつければ良いのだろう。
「みんな元気そうだね。君たちも過去世界は無事に抜けたってことか。なら良かった」
彼は無垢な笑顔でそうが言うのだから、俺たちはただ戸惑うことしか出来なかったのだ。
「おーいテュエル。こっちはみんな無事だったよ」
「……全く。このダンジョンの壁はアダマンタイトよりも堅いというに勇者というやつは――」
隔離された空間であったが、勇者が光の剣で破壊したため、彼らが通ってきた壁には巨大な穴が空いている。
そこから土煙を払うようにして出てきたのは一国のお姫様であるテュエルと……ミカヅキ!?
「ユウ兄! みんな! 無事!?」
もはや何がどうなっているのだろう。
一緒に居たソラとファラもボロボロだったのが更に奥の方で一瞬見えたが、直ぐに光となって消えてしまった。
「あぁ……テュエル。なんで、お前も来ちまったんだよ」
絶望的なようすで呟いたエーツの声は俺以外聞き取れなかったのか、それから反応する声は耳に届かなかった。
ご高覧感謝です♪