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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
238/300

第238話 ウツワ

 瞼の裏側で眩しい光が収まり、目を開ける。

 目の前に広がるのは白く無機質な空間であった。上を見上げても天井は見えず黒く染まっており、地上から深く地下に作られた部屋であることが何となく分かった。


 現在移動してきた場所はおよそ学校の一教室ほどの広さの何も無い場所である。俺たちの他にも三つ程度のパーティが同じ場所に転移してきたようで、他の人々が気合いの声を上げて円陣を組んでるのが視界の端に映った。


「全員来てるよな?」

「大丈夫!」

「大丈夫、ですっ」

「ここが、パンデモニウムの中なのか……?」

「久々に来たが……この部屋は相変わらずだ」


 多種多様な感想を抱きつつ、それぞれが辺りを見渡す。光源らしいものは見当たらないが非常に明るく、現時点では視界の確保には困らなそうだ。


「で、エーツは来たことあるのか?」

「ああ。ついでにここは安全地帯って場所だな。魔物も発生しないし、人間が生きていける環境は整ってる。だが、見ろ」


 エーツが指差した先には二重に描かれた魔法陣が張り付いている扉があった。

 それも、ゾンビが向こうにいるかのように扉はガタガタと震え、軋み、時折扉が強く歪むこともあり、もはや扉も壊れる寸前であるように思える。


「あそこから先は完全にダンジョンだ。恐らく、魔物もめちゃくちゃ出待ちしてるだろうよ。慌てて死ぬんじやねぇぞ」

「出待ちとかすんのかよ。頭いいな」

「ワタシも変異種クリーチャーとは戦ったことがないのでどんなことするのかわからないです」

「そのへんは慣れてるやつに任せときゃいい。ユウの作戦では魔物は番人以外完全無視だろ?」

「そうなのか??」


 ミカヅキには話していなかったが、今回のダンジョン攻略も道中の魔物は完全スルーの方向で行きたいと考えている。

 また、ルミナの人々に番人と呼ばれている魔物は俗に言う中ボスだ。それを倒さない限り先に進めないシステムとなっている。


「周りも動き出したよ。ボクたちもそろそろ!」

「ああ。行こうか」

「じゃ、俺様が先行するぜ?」


 彼の内から力を感じたかと思えば、ドーム形の柔らかい魔力が俺たちを覆うように包み込む。

 恐らく、風属性で呼吸に効果がある魔法だろう。


「話してなかったが、俺様は風属性も使えるんでな。お前は使わなくていい。任せろ」

「おいおい、なんでもできるのか――」


 この呟きと同時にこの部屋に転移してきた内の一パーティが突然扉を魔法で破壊する。

 爆炎が舞い散り、轟音が部屋の中を木霊する。


「っ――なんで壊したんだよっ!?」

「ミカヅキ、だっけか? あそこで出待ちしてる魔物がいるんだ。扉ごと倒した方が早いだろ?」


 エーツは当然のように風を払い、再び姿が見えた時には既に武装していた。

 腰には長剣を差しており、背中には小型の盾を背負っていた。つまり、この一瞬で武装したのだ。これまでなんの武器を装備していなかったというのに。

 恐らく、彼は俺やアルトと同じく、武装を召喚できる魔法を持っているといえよう。


「へぇ、ますます只者じゃないね、キミ」

「はっ、闘技大会優勝者に褒められて光栄だぜ」

「変異種がくる、ですっ!」


 炎を掻き分け、凄まじいスピードで突っ込んできたのは見慣れない三体のゴブリンであった。その表皮は黒く、目は真っ赤に染まっており、なおかつ武装は明らかに業物の装備である。

 相手も連携を意識しているようで、最前を切るように重鎧のゴブリンがスピードを上げて、突っ込んできた。


「はっ、遅せぇなァ!!」


 他のパーティの一人がタイミングを合わせて重鎧のゴブリンを蹴り飛ばすと、その変異種は吹き飛んでいき、後ろにいた仲間たちへ吹き飛んで、ボウリングのピンのように倒れていく。


「この程度、何でもない」


 更に後ろから白髪の短剣使いが瞬時に現れ、素早いスピードで三体のゴブリンたちを切りつけつつ、糸のようなものを括り付け、一点にまとめる。


「終わりだ。――豪炎インフェル


 最後尾にいた男の魔法使いは詠唱を行い、魔法を唱える。すると、纏まったゴブリンの足元から凄まじい熱量をもった火の柱がせり上がり、飲み込んでいく。

 魔法が終わった頃にはもはやゴブリンの炭すら残っていなかった。


「――まだ来るぞ!油断するな」

「……流石はSSランカーだな。あの程度なんてことないってか」


 エーツが満足気な視線で見つめている内にゴブリンたちの名称とレベルを観察眼サーチアイで調べておいた。

 どうやら彼らの実力は本物であるようで、先程の“ブラッガーゴブリン”という名称の魔物でレベルは90ほどあった。ドワーフの里の近くにあるパンデモニウム入口付近に生息する魔物のレベルは40ほどであるため、非常に強力な敵であるといえる。


 そして観察眼サーチアイの結果はこれだけは終わらず、部屋の奥にはおよそ三十体ほどの魔物が待ち構えていることを伝えてくれた。


「行こうっ!」


 アルトの掛け声で俺たちは一斉に動き出す。人間たちの魔法の巻き込まれさえ気を付けていればゴブリンたちの攻撃はそれほど怖くない。他のパーティを差し置き、一斉に駆け出した。


 ~~~~~~


「シーナ。よろしくね」

「言われなくとも」


 対して勇者たちはさらに深層へ転送させられており少しだけ暗くなった場所で佇んでいた。


「お兄ちゃん、この辺の魔物は一通り倒し終わったよ!」

「この程度余裕ですわね。まったく、なんでもっと深いところに送ってくれないのかしら」

「仕方ないよ。みんなはご主人様の本当の実力を知らないんだ」

「マリエル、これから君も戦いに参加してもらうけど、構わないね?」

「はい」


 現在勇者たちのパーティはシーナを含めて七人。勇者以外は全て女性である。否、女の子というべきか。

 それぞれが輝かしい武器を装備しているのに対して、勇者は何も装備していない。


「ところで、貴方は武器を装備していないようですが、やる気はあるのですか?」

「あははっ、愚問だよ。こんなところで一割も力を出す必要なんてないし、君の護衛もあの神聖騎士。それも二つ名持ちのセリアもいるんだし、まだ俺の出番じゃない」

「お褒めいただき光栄ですが、私は依頼通り動くだけですので」

「あははっ、二人とも冷たいなぁ。まぁいいや」


 サンガへの質問の回答に不満げなシーナは風魔法を唱え、彼らは敵に遭遇することなく悠々と進んでいく。まるで遠足のような和やかな雰囲気の中で話題となったのは夕たちについてであった。


「――ほんと、思い出せば出すほどあの女は気に入りませんわ」

「でも、あの覚醒ともいえる力。どこかで感じたことがある……気がする」

「急に雰囲気が変わったあの感覚。忘れられもしないですわ」


 彼女たちが話す内容についてはシーナも良く知っている。マシニカルの中心にあるギルド本部、その中で激しい争いを繰り広げたのはつい最近の事だからだ。

 もっとも、シーナ自身でさえ敵として戦った相手とパーティを組むことになるとは考えてもいなかったが。


「レム、シルヴァルナ。調べてみたらほとんど記録がなかったからね。ギルドとはいえ、勇者である俺に記録を隠すなんてことはしないだろうし、本当に冒険者になったばかりと見て間違いはない。とはいえ――」

「クレアとローナを相手に押し勝つなんて、余程のことだと思う。二人ならご主人様の加護がなくても、おれは勝てるって思ってた」

「あなた、仲間なんでしょう? 私たちに敵対したくせに知らないとは言わせないわよ」

「知りません」


 レムの情報の追求に関して、シーナは即答し、手に持つ冊子のページをめくる。

 彼女は魔法を使いながらも読書をしており、まるで興味がない雰囲気を作っていた。


 ――しかし、その心の内は、疑問に溢れている。その原因は彼女にしか知りえないレムの“中に居た存在”の言葉が引っかかっているためである。


『やはりそう長くはもたないか――まぁいい。器は作り終えた』


 明らかに、獣人のレムという存在から発せられる雰囲気ではなく、口調も、そして身に纏うオーラもこの世のものではない、悪寒が走るものであった。


(一瞬の憑依ポゼッションだとはいえ、悪魔はそう都合よく力をくれるものじゃない。私がよく、分かってる)


 この悪魔の“器”という言葉を思い返す度、シーナは心が押しつぶされてしまいそうな激しい自責の念に襲われる。


 シーナ()が悪魔と呼ばれる原因は、この器を私自身で作り上げたことから始まってしまったのだから。


「――あははっ、魔法の乱れが君らしくないね。よっぽど動揺してるのが丸わかりだよ?」

「っ!?」

「別に話さなくてもいいけど、最低限魔法の維持だけはしてね。皆も殺意を抑えて?」

「……ふんっ」


 周りをよく見渡せば、視線は全てシーナに集まっており、明らかな敵意をむき出しにされていた。少し焦りつつも魔法への集中を行い、本へと視線を戻す。


「まぁ、俺から言えることといえば波風 夕が全ての元凶ってことだね。なにせ、俺と同じ“勇者になるべくしてこっちに来た”存在だしね」

「……それは、どういう意味でしょうか?」

「あははっ、君たちには分からないだろうさ。さぁ、着いたよ」


 シーナが体を揺らし、明らかな興味を引いたところで、勇者一行は足を止める。

 彼らの目の前には巨人のために作られたかのような巨大な扉が立ちふさがっていたのだ。


「この先が番人、だね。お兄ちゃん」

「これだけゆっくり来たのに、彼らが来ないとなると……まさかくたばってる、のかな? あははっ、それならそれで滑稽だけどね」


 嘲笑じみた笑い声を上げ、勇者は大扉に手を触れる。すると、スイッチが入ったように突如赤黒いラインが扉に浮き出で、轟音を響かせながら上昇していき、先への道が開けていく。

 その先の空間は何も無く、浅く雪が積もった真っ白なだだっ広い場所である。気候は穏やかで、空には雲がかかっている。


「マリエル。君が一人で仕留めてくれ。できるね?」

「はい」


 マリエルと呼ばれた灰色のフードローブを被った女性は即答し、群を抜いて駆け出していく。

 全員が扉をくぐり抜けたその時、凄まじい勢いで大扉は急降下し、更に大きな音をたてて後には引くことが出来ないと主張する。


 しかし、マリエルは走り続ける。


『ォ゛ォォ゛ォォォォッ!!』


 天高くから降り注いできたのはマンモスのような巨大な魔物であった。その動物との決定的な違いは、体に氷を纏っており、鋭利な牙からは絶対零度のような冷気を放っていることだろう。


 しかし、臆することなくマリエルは走り続け、腰にある二刃を抜き出し、構え、跳ぶ。


「あははっ、流石。早いね」

『…………』


 勇者の声が響いたかと思えば、マンモスのような変異種は地面に足をつける前に本体が消失していた。

 この一瞬で彼女は変異種の核、いわゆる心臓を抉り取り去り、番人を仕留めたのだ。


 攻撃の余波で彼女のフードが落ち、その顔が露になる。


「伊達にこの世界最強の種族じゃないね」


 彼女の頭に生えていたのは二本の鋭い角。それらは徐々に引っ込んでいき、完全に見えなくなったところでフードをかぶり直す。


「排除、完了」

「彼女は――魔族ですか?」

「あははっ、そうだよ。でも、完全な魔族じゃない。俺たちが“ゼロからの作り上げた”正義の魔族さ。さぁ、行こうか。まだまだ先は長いよ」


 マリエルの姿を見た勇者たちの仲間たちは何ら動揺することもなく先へと進んでいく。

 しかし、シーナはそうもいかない。勇者が行った、魔族の大量虐殺。つまりは人間たちの代表である勇者が魔界へと進行し、魔族は悪と謳い、多数の命を奪った戦争を知っているからだ。


「待ってください! 魔族って――貴方は魔族のことをどう考えているのですか!?」

「絶対な悪。君も俺がこう答えると知ってるよね? なら何故俺が彼女を率いているかって聞きたいんだろう?」

「ええ、そうです! 貴方は過去にどれだけの命を――ッ!?」


 シーナが言葉を紡いだその瞬間、彼女の額にサンガの指が押し付けられていた。その指には凄まじい密度の魔力が込められており、少しでも解放すれば彼女の小さな頭など吹っ飛んでいくことは明らかである。


「それは、君も変わらないよね? シーナ レミファス。君は、あの村で、何百人の人を殺したんだい?」


 その瞬間、シーナの頭は真っ白になってしまった。これまで考えていたことなど、全く思い出せないほどにまで。


「そん……な、――なぜ、それ、を」

「俺は魔族を悪と見てるし、殺すのに躊躇はない。けど、君が殺したのは明らかに善良な市民。それも無意味な虐殺だと思うんだけど……違う?」


 脳裏に思い返されるのは自分が行ってしまった取り返しのつかないこと。

 何人も、何人も、罪のない人々をこの手で――


「ち、がう……ちが……くなん、て……あ――」


 彼女の顔が真っ青になったかと思えば、瞬く間に彼女は倒れ込んでしまった。支えるものは誰もおらず、ただ、周りは冷たい目で突き刺すのみ。


「俺も君も殺戮者なのは変わりない。だけど、俺は正義のための、善なるモノ。いわばヒーローなんだよ。君とは違う」

「……何をしているのですか? 契約に支障が出るのですが」

「あははっ、つい、ね。まぁまだ空気も体には影響ないし、彼女がいなくても大丈夫かな。セリアが運んであげてよ」

「……契約ですので所定の場所までなら」

「ああ。でも契約が終わった時が――」


 勇者は笑みを浮かべ、神聖騎士は淡々と語る。そこには彼女に対する感情は何ら生じていなかった。


 ~~~~~~


 ひたすら魔物を追い抜き、追い越し、無視して数十分。流石に疲れが見え始めてきた。

 慣れていないせいか、特に新参のエーツとミカヅキが何やら魔物を倒さないことに関して不満げであった。

 それも最初の数分だけで、彼らもついて行くのに必死になっていたようだが。


「はぁっ、はぁっ、ユウ兄っ! ちょっと、休まない!?」

「ミカヅキの言う通りだ。ここは全力疾走したとして一日で走破できる距離じゃない!」

「そう、だな。こいつらを振り切った後でなっ!」


 ひたすら魔物を無視した結果、俺たちはモンスタートレインともいえる周りに対して非情に迷惑な行為に繋がってしまっていた。

 わざとじゃないんだよ。なんか付いてくるんだもん。


「語彙力ぅ!」

「はぁっ!」

「邪魔ッ!」


 それぞれ気合いの声を上げながら敵を吹っ飛ばして更に数分後、ある地点にまでたどり着くと変異種たちは恨めしそうな雰囲気で元いた場所へとゆっくりと帰っていくようすを確認した。


「……ん、もう追ってこないみたいだね」

「はぁっ、はぁっ、ユウ兄、休憩させて……」

「流石は俺様の憧れだ……よくこんなに走り続けられるもんだ」

「ワタシも少し疲れた、です」

「そうだな。少し休憩しよう」


 腰を下ろし、魔方陣から水の入ったポリバケツを取り出し水を配る。

 全員が一息付けたところで、周りをよく見渡し、もう一度怪しい箇所がないか調べてみる。転移してきた場所とは若干光力が弱くなっていうえ、なぜ魔物がこちらに辿り着けないのかがなんとなく理解出来た。


「この先が番人の部屋ってやつか?」

「そうだね。ボクはこれ以上先には行ったことがない――というか、ここから先は本気で攻略にかからないと」


 目の前には城壁を彷彿とさせる高い壁、いや、扉がそそり立っていた。

 この付近に出現する敵のレベルはどんどん上がっており、今やアーロンと出会った場所の変異種であるトロールのレベルを超えた敵がわんさか出てきている。

 今のところテュエルのバフが効いているため敵が立ちふさがったとしても吹き飛ばすことは出来るが、明らかに逃げた方が早い現状である。


 故に、敵を倒すまでとは行かなくてもこの先からは力を出しつつ敵をなぎ倒す必要性が出てきた。


「今のうち、ゆっくり休も!」

「そうだな」


 ソラとファラはこのダンジョンに入ってから未だ召喚が成功しておらず、また、一度も声を聞いていない。当然、プニプニにも声を掛けてみたが、返答がなく、召喚にも応じてくれなかった。

 無理に召喚しようとしても無駄に終わり、どうにも調子が悪い。


「……ダメだ。どうにもソラにもファラにも連絡がつかない。プニプニもだめだ」

「ワタシも、なんだかこのダンジョンに入ってから体力が落ちてる気がする……です」

「やっぱり、あんたらもか。俺様もなんだよ」

「うぅ、おれもだ……」

「アルト、この原因について何かわかるか?」


 確認したところ、全員も何やら不調のようで、全員の体力低下に一部魔法は使用不可となっていた。

 試しに転移を使ってみたが、当然不発。流石は高難度ダンジョンである。


「ごめん……全然わかんないや」

「仕方ないよな」

「でも、このまま進まなきゃだめだよな。ところでさ、ユウ兄、気になったんだけど、水は召喚出来るのに聖霊だけ召喚できないのはおかしくないか?」

「……そういわれてもな。俺もよく分からない。なにか原因が――」


 思い当たる節が無さすぎて、まだ原因追求には遠く感じる。

 数分話し合ってみたものの、原因に繋がる手がかりは得られなかった。


「さてと、もう休憩は大丈夫か? 勇者たちは悠々と歩いているとはいえ、流石に離れすぎるのも嫌だし」

「ワタシは全然大丈夫ですっ!」

「ボクも大丈夫だよ!」

「……ああ。問題ない」

「んー……ほんとに分からないな。あ、おれも大丈夫だぞ!」

「……お、おう。じゃ動くとしようか」


 ダジャレに全く気がついてもらえない哀しみはさておき、意を決して番人の部屋へと足を踏み入れる。

 どのようなボスが現れるのかと少し緊張気味であったのだが――


「寒い……です」

「だれも、いない?」

「おかしいな。このわざとらしいほど広い空間は明らかにボスと戦うエリアなんだが――足跡があるってことはもう倒した後か」


 先が見えないほど広く作られたこの場は吹雪が吹き荒れる真っ白な雪原となっており、足元をよく見ると無数の足跡型に凹んでいる跡があることを確認できた。これは間違いなく誰かが通った後だろう。


 ただ、疑問点をあげるならば、番人の魔物らしき足跡が全く把握出来ないことだ。


「勇者がもうこの先に居るってことで良いんだな。へっ、負けてらんねぇな」


 エーツが不敵な笑顔を浮かべ、周りを見渡しつつ歩き出す。

 この場は吹雪が激しく吹き荒れているため、ダンジョン安心セットの一つである対寒マフラーという魔道具を取り出し、装備したところ、非情に優れた効果を発揮してくれた。


「わっ! これめっちゃあったかいぞ!」

「からだもぽかぽか、です」

「ボク、寒さには強いからこーゆーの使わなかったけど……あったかいなぁ」

「となると、ここから先は気候とも戦っていかなきゃだな」


 ダンジョンの中で吹雪に遭うとは思いもしなかった。誰もが魔物とも出会わずそのまま歩き続けていきたいと考えていたのだが――この環境の厳しさに体が徐々に悲鳴をあげ始める。


「予想以上に、やばい、かも」

「ああ。こりゃ……やばいな」

「寒い……です」

「この中で火属性ここで使えないってのが……きついな」

「魔族にも効く寒さって――どうなってるの?」


 魔道具を装備してたった数分で効果の恩恵が感じられなくなってしまった。さらに体感ではあるものの、足を一歩進める事に-1℃ずつ寒くなっている気がする。それほど極端な冷え込みなっているのだ。魔道具の説明では一週間は持つとあったのだが。

 このマフラーを装備しなかった場合、数分でこの白い雪の中に沈んでいたことだろう。

 そして、何よりも厳しいのが、火属性に関する魔法が極端に弱まり、ほとんど無効化されてしまう。


 マフラーの魔法効果が感じられなくなって永遠とも感じられる時間が過ぎた。しかし、未だにこのエリアの終わりは見えない。


 遠い。目の前が、遠い。

 寒い。ひたすら、寒い。


「はぁっ……はぁっ、これって、魔法が原因、なの、か?」

「ボクは、こんなの作った記憶、ないっ!」

「寒い……です……ぅっ!?」


 その瞬間、視界を全て白く埋め尽くすほどの吹雪が強く吹き荒れ、周りから驚きの声が響き渡る。

 一瞬何もかも聞こえなくなり、全てから隔離された錯覚を受け、白い吹雪が弱まった途端、ついに恐れていた事態が発生してしまう。


「ごめん、ユウ、兄……」


 ドサリと雪が沈む音を効いて後ろを振り向けば、ミカヅキが寒さの余り倒れてしまったのだ。

 急いで駆け寄ろうとしたが、気がつけば己の足も固まって自分の意思で動けなくなっていた。


「おい……ミカ……ヅキ……」

「だ、めだ。こりゃ、……くそ……」

「おいっ、エーツっ」

「ごめんな……さいっ、ゆうっ……」

「レム……おいっ」

「う、そ……ボク、も……?」

「アル、ト、お前も――くそっ」


 一人、また一人と、この突風をトドメに倒れ、雪に埋もれて行ってしまう。

 そして、順番が回ってきたかのように意識の混濁が強くなっていく。


「は、はは。ダンジョンって、こんな、きついのかよ」


 対策は怠っていないつもりであった。

 油断もしていない。

 勇者でも行けるなら、俺も行ける――はずだった。


「それが、この、ざま、かよ」


 冷たい雪すら感じられなかった。ただひたすらに寒く、意識が、感覚が遠のく。


 ――いや、だめだ。ここで諦める訳には。アルトに約束したんだ。魔導書を必ず手に入れる――!


『あーあ。やっと気絶してくれた』

「っ!?」


 ――その声で全てが覚醒した。最もこの世界で聴いたことのある親しい声だったためだ。

 足は動かない。体も動かない。視界も黒く染まっている。だが、意識だけははっきりしている。


『この人、黒髪って……染めてるの? いや、でもこの人魔族じゃなくてニンゲン……』

「……ト」

『ん?』


 声が出る。まだ生きてる。だから、彼女の名前を、呼べる!


「……ルト」

『……』


 指先が動く。足の指も動く。なら瞼も、開けられるッ!


「アルト――っ!」

『えっ――』


 思いっきり目を開けて最初に映ったのが、空中に浮いており、びっくりした表情で見下す彼女の顔、手に持つのは辞書より重そうな真っ黒な本、そしてスカートの中の黒い――


「パンツ!?」

『ふぇっ!? こっ、こっ!? この、このッ――へんたああぁぁぁぁぁいッッ!!』


 急に顔を真っ赤にした彼女の急降下かかと落としにより、俺はもう一度意識を――


「っぶねぇなぁぁっ!?」

『こ、のッ!?』


 ――手放す寸前で両手で彼女の足を受け止める。衝撃波もさながら、威力も凄まじいもので、手の神経が全て吹き飛んだような感覚に陥った。


ご高覧感謝です♪

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