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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
237/300

第237話 開幕

 見渡す限り人と荷物と馬車がいる。ごった返しする中で俺たちは荷物検査という名の足止めを食らっていた。この行為は魔導書の盗難を事前に防止するためだとか。

 実際、ダンジョンに持っていくことが不可能との規約にあたる荷物を没収させられていた者も何人か見かけたので、この検査に効果はあるといえる。

 また、攻略にあたる人々の荷物量はそれぞれ凄まじい量であるものの、飛行機に搭乗する際に通るようなゲート型で中規模の魔道具を使った審査のおかげで持ち検は比較的素早く進んでいる。


「これで全て、ですね。特に怪しいものはございません。通って大丈夫です。お手数をおかけして申し訳ございません」

「……おかしいな。明らかに俺たちはあいつが不利な契約ではずなんだが」

「改めてこの荷物量見ちゃうと――かなりお世話になっちゃったね、ボクたち」

「なんか、申し訳ない気分になってくる量です……」


 目の前には成人男性二人分ほどの高さまで積み上げられた大量の荷物。幾つもポリタンクで分けられた大量の水、そして無数の箱に詰められた大量の保存食。

 魔方陣から取り出すだけでおよそ五分もかかってしまったこの荷物群は、驚くことにすべてこのエーツさんの奢りである。


 馬車なら一分以内で終わる検査であったのだが、この積み上げられた荷物は俺の召喚魔法陣にすべて入れてしまっていたため、取り出し取り入れに非常に時間を割いてしまう要因となっていた。


「ははははっ、いよいよだなぁワクワクしてきたぜ」


 彼との契約から一週間。今思えば資金面でも、宿泊面でも、彼に頼りきりであったのだ。

 荷物をしまいつつ、この一週間にどんなことがあったか振り返ってみよう――


『じゃ、まずは買い出しに行こうぜ?』

『いや、俺たち今持ち合わせが……』

『何言ってんだ? 俺様に任せろって』


 彼が契約して初めて喋った内容はダンジョン攻略の用意に関してだった。

 俺たちの経済状況は、最近依頼を受けていないこともあり、あまり良いと言えない。彼との契約をしていない当初の予定では、ご飯を食べた後に依頼をこなして金策を行うつもりであったのだが。


『え?』

『だから、まーかせろっての』


 それからというもの、彼の羽振りの良さは恐ろしいまでに凄まじいものであった。

 まず食料に関してだが――


『ここからここまで、全部くれ』

『おい、俺らを破綻させるつもり――』

『なわけねぇだろ。これは俺様の奢りだっ!』


 という大人買いどころか翁買いとでもいいたげなこの豪勢な購入っぷりはこれだけて留まることはなく。


『あん? 何が必要なんだ?』

『とりあえずダンジョンを攻略するにあたって――』

『俺様の判断でいいか。おいばぁちゃん! このダンジョン安心セット30こくれ!』

『はいよ』

『……』


 また、宿泊所に関しても――


『……なんでこんなとこにしたの?』

『どうせ泊まるんだ。そりゃいい所が良いに決まってんだろ?』


 彼が予約をとっていた宿――というより最高級ホテルは、庶民向けとは口が裂けても言えない、ロイヤリティ溢れるものである。当然、料金は目玉が飛び出すレベルである。


『うわぁお……』

『奢りだ。心配すんな』

『えぇぇ……』


 と、何から何まで彼に流されるがままになってしまい、既に気がつけば俺たちの予算をはるかに超える金額を彼は消費していた。


『もうこれ聞くの三回目ぐらいなんだけど……なんで、こんなに良くしてくれるの?』

『何度も言わせんなって。俺様はお前たちのファンだからだっての。俺様は好きな人たちが幸せになる姿を拝みてぇのよ。分かるか?』

『だからといって、そこまで尽くすもの……ですか?』

『そーゆーもんだよ。お前らも、そういう奴が出来れば分かるさ』


 と、このように金銭面でも完全に彼に頼りきりとなってしまっていた。

 一気に一週間分を振り返ったが、他に気になる点があるとするならば――彼は頻繁に俺たちの目の前から姿を消すことだろうか。


 しかも、それはいつも何の脈絡も無いのだ。

 ある日は街中で突然消えて一日中帰ってこなかったり、またある日には夜中突然抜け出して翌日の夜中に帰ってきたり。


 その行動の原因を訪ねても適当にはぐらかさせられてしまい、しっかりと聞こうとしても彼に逃げられてしまうのだ。


「契約上影響は無いとしても……気になるよな」


 契約する際にお互いに不利益を与えないという文書が存在しているため、彼が裏切る可能性はほぼゼロである。だが、一週間の間で認識した、妙な羽振りの良さと突然目の前から消える彼の行為。この怪しい二点がある以上、彼に心を許すことは出来なかった。


「ユウ兄ー!」


 ゲートを抜けて冒険者たちの集合場所でぼんやりと考えていると、どこか久しぶりに聞くハスキーな声が届いてきた。

 気配探知に頼るまでもなく、この声には聞き覚えがある。


「あ、ミカヅキだね」

「そういえばあのあと見てなかった、です」


 ミカヅキは翼を隠しつつも嬉しそうなようすをみせ、周りを見渡す。

 ここに来ることができたため、恐らく無事にギルドの審査をくぐり抜けることが出来たのだろう。

 彼もダンジョンの攻略に参加するとみて間違いないようだ。


「やっと会えたっ……ん?」


 ミカヅキもこちらに辿りつき、ひとしきり挨拶を終えた後、どこか怪しむような目でエーツを見つめる。


「……なんだよ」

「おまえ、香水みたいな変な匂いで誤魔化してるけど、どっかで嗅いだことあるはず」

「はぁ? 何のことだよ」

「……もういいや。それより聞いてくれよ! あのじいさんがやたらおれのことを追いかけ回すんだっ」


 彼が後ろを振り向き、指を向けた方向には先週ギルドの会議に参加する途中で出会った人物がいた。

 腰の曲った姿でこちらへとまっすぐ向かってくるが、どこか油断できない雰囲気を纏っていた。


「うっしっしっ……」

「あいつ!あいつがずっとだ!おれに近づくわけでもなく、かといって離れもしないやつなんだ! なぁっ、助けてくれよっ!」

「また、あの人だね」

「あ……前会ったことある怪しいおじさんですっ!」

「あいつは……」


 俺たちが疑惑の目で見つめても彼は気に止めることはなく目の前で立ち塞がり、不敵な笑みを見せて口を開く。


「ほう、やはり関係があったか。ワシの目に狂いはなかった――しかし、お主は誰だ?」

「お互いに、詮索し合うのは良くねぇよ。今から『協力』してダンジョンを攻略するんだからよ」

「しっし……違いないな」


 あまり良い雰囲気とはいえない空気の中、彼は笑みを崩さずこの場から立ち去って行った。その後に気になるのがエーツの言い回しである。


「……知り合いか?」

「いや、まるで知らねぇよ。だからこそ、ヤバいやつに磨きがかかってやがる」

「と、いうと?」

「SSランカーともなれば、最低限顔と名前は世間に伝わるはずだ。だが、俺様もあいつを知らねぇし、恐らくテュエルもあいつのことを知らねぇだろうよ」


 マスク越しのどこか遠い目で消えた爺さんの背中を追っている姿を見ていると、彼の本性が見え隠れしているかのように思えた。

 そして、エーツの言葉を聞いたレムとアルトがあることに気がつく。


「えと、てゅえるのことしってる……ですか?」

「うん、ボクもそれに違和感あったよ。かなり親密な感じだね」

「――ああ、そりゃそうさ。何を隠そうこの俺様、アイツのことは本当に()()()だからな」


 どこかキョトンとしたようすで言い放ったセリフはこれまでの剣呑な空気を一瞬で破壊し、どこか優しいものに切り替わらせた。急に言われてしまったため、なにをいっているのか、よく理解出来ていなかったが。


「あ、言っておくが、ファンとかそういうのじゃねぇぞ。ごく普通に、一人の人間として、そして異性として、あいつの事は大好きだ。これだけは俺様の命が掛かろうとも、絶対に嘘をつかねぇ」


 少し照れ気味になり顔を背ける彼のようすをみて、これまで付き合ってきた中で一番人間らしい姿を垣間見た気がする。


「何驚いてんだよ。ダンジョンは本当にもうすぐだぞ? 覚悟は出来てんのか?」

「い、いやー、あははっ」

「でも、すごい男らしいって感じはしました……!」

「お、おれだって……リンス、が……」

『ちゅうもおおおおおおおくッ!!』


 ミカヅキが何かを言いかけたその時、テュエルの厳つい声が圧力を持って降り注ぐように響き渡り、ありとあらゆる音が小さくなって消えていった。そして、人々の視点の先には大きなモニターの中に映る姫ん君の姿があった。


『――これよりッ! 魔導書のダンジョンの名称を以後“パンデモニウム”と確定し、この攻略に当たるッ! 皆のものぉッ!!準備は……いいかァあぁッ!!』

『おおおおおおおおおッ!!』

「パンデモニウムというと……やっぱり悪魔関連か」


 テュエルが軽い挨拶を済ませ、とんでもない声量でこの場にいる全ての冒険者を鼓舞する声をかけたその瞬間。周りが爆発してしまうかのような莫大な音量の歓声が響いた。

 しかし、その大音量は不思議と心地よく、寧ろ俺自身も声を張り上げたいほどテンションが上がるものであった。

 なぜかこの場にいるだけで、俺たちの中からも力が湧いてくる。


「なんだか、力が湧いてくるです!」

「……これ、ね。だからあの人は闘魔姫って呼ばれてるんだね」

「そうだ。あいつのスキルのひとつ、超鼓舞ハウリングは規模も効果も冒険者とは桁違いだ。魔王軍が苦戦を強いられたのだってこの要因も強いって言われてる」

「本当に強いんだな、テュエルってひと……」


 ミカヅキはテュエルが悪魔に体を乗っ取られた場面でしか出会っていないはずである。よって、このように彼女を目の当たりにするのも初めてといえよう。

 ――そういう俺も初めてなのだが。


「ほんと、あいつ最近無理ばっかりでどうしようかと見てて心配だったが……元気そうなら、よかったよ」


 ボソリと優しい口調で呟いたその言葉は彼は周りに聞こえてないと考えているのだろう。明らかに普通の人々以上にテュエルを知っている証拠を裏付けるものであった。


『――一斉転移、準備開始ぃっ!!』


 その声が響けば、足元いっぱいに描かれていた魔法陣が力強く発光する。

 この転移魔方陣は最初から用意されていたようで、その規模はソラとファラが隔離されていた塔を彷彿とさせる巨大なものであった。


「一斉に転移させるって……どんだけ魔力と転移石を使うんだか……」

「本当に国よりも早く、そして勇者よりも早く魔導書に辿り着かないとね」

「誰にも負けない、ですっ! 競走です!」

「おれもせいいっぱい頑張るぞ! 」

「あんたらがどんな実力を見せてくれるか……期待してるぜ?」


 この場にいる全ての冒険者たちのボルテージは最高潮。それぞれが望みを抱き、転移の時を待つ。


『この転移をもって、パンデモニウム攻略開始の合図とさせてもらうッ!! 着き次第各々最善を尽くせることを願っている!!』


 事前に配布された書類によれば、魔導書のダンジョンのスタート位置は完全ランダムとなっているらしい。なにせ、この攻略はこの場にいる数千人の人々だけで行われるものではないのだから。他のギルド支部でも、今と同じ状況が並行して行われているのだ。


 マチェベルからの転移はミカヅキや俺たちのような例外を除き、人数が大幅に絞られるAランカー以上しか入れないことになっている。


 ほかの数万人の冒険者はどこにいるのかというと、各地方のギルド支部で同じように転移を待っているのだ。


 この転移の仕組みだが、パンデモニウムへの転移が行われると、ランク別に分けられた仕事場所へ最も近い場所へ向けて転移させられる。


 知っている街をあげるならば、サイバルの街はDランカーの人々が集まっており、そこからDランク相当の仕事場付近へと転移させられるのだ。


 何が言いたいのかっていうと――


「俺たちがいるマチェベルは攻略の最前線、いわばスタート位置がかなり前の方で、他の場所からよりも有利に攻略を進めることが出来る。この国際マラソンもびっくりな人数だが俺たちも負けてられないな」


 このマチェベルにいる誰よりも素早く魔導書を見つけなくては目標を達成できない。つまり、超規模の魔導書争奪戦なのだ。


「あの魔導書は、誰にも渡すもんか」

「転移――開始いいいいいッッ!!」


 アルトのつぶやきはテュエルの張り上げた声に押しつぶされ、視界も凄まじい光量で白く塗りつぶされていく。


 数万人との大レースが、いま幕を開けた。

あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします!


ご高覧感謝です♪

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