第233話 カミサマとアクマ
ニマニマと口を抑えながら笑うソプラノに対して、存在するだけで圧力を放つのはシャナク。特に彼は鋭い瞳で睨みつけており、極度の敵対意識を持っていることが目に見えて分かった。
どちらも黒を基調にした服装であるが、ゴシック調のレースドレスと、軍服ではまるで世界感が違うように思えた。
「なぜお前が生きている?」
「んー、それは私も聞きたいんだけどなぁ。何でキミがユウくんに関わってるの?」
「質問に答えろ」
口を出せないような雰囲気に思わず息を飲む。アルトも非常に動揺しており、しっかりと俺にしがみつき、華奢な女の子らしいようすを見せる。実際、俺もなにがどうなってるのか全くついていけない。
「じゃ、そっちが答えてくれたらいいよ?」
「汝に交換条件など求めていない。無理にでも聞き出すだけだ」
「およ? やる気なの? ここで?」
凄まじいオーラを当てられているというのに顔つきはニコニコとしたものになり、楽しげなようすを見せるソプラノ。
それに比べ、シャナクは厳格なようすで今にでも飛びかかりそうな禍々しく、猛々しいオーラを身にまとっている。
「そうだ。問題はなかろう?」
「間違いなく、この街が壊れるよ」
「知ったことか」
「あーあ。相変わらずだねぇ君も。つまんないの」
「ぬかせ」
彼はサーベルの構えを改め、本格的に戦闘準備に入った。それを見たソプラノはため息を一つ吐き、気だるげなようすで肩をすくめる。
「攻撃禁止」
「何を言――」
「私のいうことが聞けないの?」
「……おい、馬鹿げてるぞこれは」
この瞬間、シャナクはサーベルを構えたままぴくりとも動かなくなった。いや、動けなくなったというのが正しいのだろう。
彼女の言葉によって、俺たちのありとあらゆる行動は制限される。忘れかけていたが、転移すら出来ないのは明らかに彼女が原因だ。初めて彼女に出会った時もそうだった。
「あいつ、まさか――」
「そ。言葉を具現化できるのが、私の新たな魔法。どうどうっ? 絶望したかなっ?」
「そ……そんな空想じみた魔法なんて創れるの……っ!? グリモワールにもガルドラポークにも載せてないのに――」
「アルト、君は黙って♪」
彼女はふふんと鼻を鳴らすと、腕を後ろに組み、可愛げのある態度でこちらを見つめる。
その雰囲気から嫌な予感を感じ、反射的に、土属性の盾の魔法を起動。
その瞬間、整備された地面が勢いよく盛り上がり、数メートル程の大きな壁が出現する。その魔法を使ったと同時にアルトを抱き抱えたまま大きく後ろへ下がり、距離をとったところ――
「ん。いい判断」
そんな声が聞こえたかと思えば土の壁はソプラノの腕の一振りによってやすやすと破壊されていた。防御魔法など、彼女の前ではなんの意味も持たないらしい。
全力の魔力を込めたのに一瞬で破壊とは。化け物にも程がある。
「アルトっ! 喋れるか!?」
「喋れ、るよ?」
「ああもう! 良かったよ!!」
「え、あわわわっ!?」
ほっと胸をなでおろしアルトを強く抱きしめる。ソプラノの事だから、一生話すことが出来なくすることも容易だろう。なんとかそそのような悲劇を引き起こさなくて済んだのだ。
「あーあ。運がいいなー。アルト、ユウくんに感謝しなよ? あれ食らってたら君は一生喋れなくなってたからね?」
「ッ!?」
「って、俺の考えたまんまじゃねぇか……初っ端からなんつうもんを使ってくんだあいつ」
「ってユウっ、ちょっと苦しいよっ」
「――どこを見ているッ! 」
シャナクの気合の入った声が風に乗って聞こた瞬間、彼は既にサーベルを振り抜いていた。その攻撃の余波で幾つもの花が吹き飛ばされ、強風と衝撃波により花々は折られて千切れていく。俺たちにも激しい奔流と圧力が伝わり、ビリビリとした波が体を通り抜けていく。
少なからず周りには一般の人々がいたため、この衝撃と、争いの気配を察知し叫び逃げ惑う者も多数現れ始めた。
「へぇ、すっごい力だね。あの時より強くなってる?」
「――化け物が」
彼の渾身のサーベルでの一撃はソプラノの人差し指と親指の二本で挟み込むように止められており、攻撃がまるで通っていないのは明らかであった。
だが、攻撃禁止という制限を突破したかのように見える。このわずかな時間で、早々に対処法を見つけたらしい。
「あれー? 力比べしたいの?」
「口を閉じろ。そして契約者、早くこの場から去れ。邪魔だ」
彼は冷たく言い放つと闇に溶け、再びソプラノへの猛攻が始まる。
凄まじい魔力を持った一撃は花壇は木っ端微塵に破壊し、轟音が鳴り響けば施設の壁に巨大な穴が開く。
連続した爆発音と土っぽい粉塵が舞い散る中、ようやくアルトを下ろし、動き出す準備をする。
「無茶苦茶すぎるっての……」
「ここは逃げようっ!」
「だな――っぅ!?」
近場で爆発が巻き起こり、少し怯んでしまったところ、目の前に突然現れたのはソプラノである。蕩けているような顔つきで、俺を見る視線はどこかアルトに似ている気がする。――今の、ドロ甘いアルトに。
「今日はシャナクの相手だけど……もうすぐ、もうすぐ……君と二人きりになれるよ。あの時の風景、あの時の君。一回死んだ今も忘れてないから」
「……は、はぁ? 何、言ってんだお前」
「そりゃ覚えてないよね。今から二百年も前ことだからさ。でも、私は覚えてるよ」
彼女の意図が全く理解できない。当然俺は18年しか生きていないため、200年も前のことの記憶などあるはずが無い。間違いなく、彼女は俺を誰かと勘違いしている。もしくは、俺を誑かして何らかの時間稼ぎにあてている、とも考えられる。
「生憎、俺はまだ18歳だし、アルト=サタンニアっていう超絶可愛い恋人がいるんでね。そんな嘘には引っかかるはずがないだろ」
「お姉ちゃん。はっきり言っておくからね。――ユウはボクのだ。ボクの恋人だ。証拠に、さっき心を読み取っても、そんな感情は全く読み取れなかった。嘘ついてユウを取ろうとしたって、そうはいかないよ」
アルトでさえ圧力を強め、ソプラノに対して相当な敵意を向ける。そのようすに対して彼女はどこか諦めたようすで肩を竦めていた。この姉妹関係も段々泥沼化、というかアルトがソプラノに慣れてきたのだろう。敵意むき出しであるが、会話は可能になってようだ。
……というかアルトはいつの間に俺の心を覗いたのだろうか。
「変なとこ強くなっちゃって。事実には変わりないのに」
「お姉ちゃん、そんな嘘ついて恥ずかしくないの? あ、もしかして……ボクに嫉妬してるんだね? ――でもユウは何があっても渡さないから」
「はぁぁぁ、これだから駄妹は。何やったって私に適わないのに随分大きい口を叩くこと。昔の私なら手を出してたけど……今の私には契約があるからね。運がいいわ。ほんとに、ね」
契約、という気になるワードが出てきた。どうやらその効力のおかげで俺たちには手出し出来ないらしい。どっちにしろ、近づかられるのは困る限りなのだが。
「どうぞお行きなさい。もう暫くは会えないだろうけど、それはあなたたちも望むことでしょう? 」
「よくお分かりで」
「舐めた真似をしてくれたなッ! 魔王ッ!」
「もうすぐここにハウルが来る。面倒ごとに巻き込まれたくないなら今すぐここを撤退することだね。今転移制限を解除してあげたからさ。早く行きなよ?」
ニカッと歯を見せて彼女は笑うと、シャナクが放ったであろう巨大な黒い炎の火球を手を払うだけでかき消す。手の中にはビー玉のような小さな玉が握られていた。
その一方で彼を見ると、鎖のようなものが巻かれていたため、話していた間は拘束されていたようだ。
「行こう! ユウ!」
「転移ッ!」
もはや思い残すことはアルトとのデートが台無しになったことのみ。一刻も早く彼女から逃げ出したい思いが強く出たため、あっという間に転移は完了し、シャナクとソプラノの気配はあっという間に遠のいて行った。
~~~~~~
「魔力吸収完了っと。普通そのまま逃がすわけないじゃん。甘いなぁ、やっぱり」
彼女が手にもつ小さな硬玉は夕が転移した魔力の光を少しだけ吸い取り、新たな色が混ざり込む。
その作業を終えたと同時にシャナクは拘束から完全に解放され、誰もいなくなった施設に鎖が落ちる音が響く。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
「あー、自分で抜けられたのね。すごいすごい。ま、もう君は逃がさないけど《瞬間移動禁止》」
彼女が呟くと、彼は呼吸は荒く、へたりこんだまま、忌々しそうな視線で地面を見つめる。拳は握られており、明らかな怒りが感じられた。
「きさ、まッ」
「美味しい魔力をご馳走様でした。君、精霊になったんだね。体が消えかけてるよ?」
「ほざ、けッ!!」
フラフラとしながら立ち上がると、彼は残り僅かとなった魔力を高める。すると、空気の流れは自然と彼に集まるようになり、花畑から薄ら丸い光のような何かが彼の中へと吸収されていく。
「全吸収。君が得意としてた技の一つだね。そうそう、もっと吸い取るといいよ」
「ぐ、ぁぁぁぁ……っ」
すべての光を放出しきった花は、カピカピの干物のように朽ちてしまい、風と共に塵となって消えていく。それらの塵となってしまう範囲は徐々に広まっていき、いまや、施設のすべての花が掻き消え、死んだような土地になってしまった。
「はぁっ……」
「準備はいいかな? もっと魔法をぶつけてみなよ。こっちはまだ力の一割も出してないよ?」
「殺すッ!」
地面を激しく抉り、一歩目でソプラノへ肉薄する。その尋常ではないスピードは夕の目にも捉えられないほどであり、常識を逸していた。
しかし、相手もまた異次元の存在である。彼の動きを容易く見切り、最低限の動きを持ってして攻撃を躱す。
シャナクは数発拳打と斬撃を打ち込み、蹴りを加えたが、どれも避けられてしまった。
最後の回避で距離を取られてしまったため、彼はすかさず手を広げ、まるで空間が歪むほどの魔力を奮い起こし、解き放つ。
「シャドーレイッ!!」
彼がうち放ったのは漆黒の光線。それらの威力はアルトが撃ち込む光線とは比べ物にならないほど魔力は濃密で、スピードも桁違いであった。
にも関わらず、ソプラノは再び手を振り払い、その二つの光線を無力化してしまった。
三本放った内の一つが施設を突き抜け、夜空よりも真っ黒な光線は虚空に消えていく。通過した壁の断面は溶けており、黒い湯気のようなものが吹き出ていた。
「もう充分だよ。流石は――だね」
「図に乗るなッ!」
彼は地面を勢いよく叩き、巨大な黒色の魔法陣を展開する。するとその中心からは常軌を逸した目のない漆黒の大蛇が出現し、ソプラノへ向けて真っ直ぐに猛進する。
「あいっかわらずすごい魔法だねー。やっぱり私じゃなかったらやられてたよこれは」
ニマニマとした表情を崩さないまま、彼女は指を鳴らす。
その行動だけで漆黒の大蛇は砕けて霧散した。
「……化け物が」
「一時期はその化け物が君だったでしょ?」
「知るか。吾に仇なす輩が世界に多いだけだ。そんなことより」
「ん?」
「なぜ、お前は生き返った。吾は暗き底より見ていたぞ。あの瞬間に汝は間違いなく――」
「うん、死んだよ?」
この真実を、彼女は動揺もせず、ましてや顔つきも変えずに返答した。シャナクはまゆにシワを寄せ、苛立った表情でいたが、この言葉を聞いたとき、さらに顔つきは渋くなる。
「どうやってだ。どうやって生き返っ――」
「今君が聞きたいのはそんな事じゃないよね。 君が今すぐにでも聞きたいのは」
その瞬間、シャナクの視界が逆さまになる。それは彼が彼女を認識出来る前に投げられたためである。あまりの勢いに地面がひび割れ、大きなクレーターが作られた。
「この力がどうやって手に入ったか、だよね?」
「か、は……ッ!?」
「こんな話をしようか……ねぇ、君は《カミサマ》や《アクマ》をどんなふうに思ってる? 」
倒されたと同時に首元にギロチンが当てられており、首には彼の血が滴る。
そして、それは突拍子な質問であった。まるで質問の意図が理解出来ないシャナクだったが、素早くギロチンを破壊し、起き上がる前に真っ黒な尖った氷塊を無数に解き放つ魔法を使用する。
しかし、その行動すら分かっていたかのように魔法は瞬く間に避けられており、行き場を失った氷塊は天井をことごとく破壊する。シャナクの魔力で作り出した魔法であるため、威力は凄まじい。そのため、もはや天井も崩落寸前であった。
「なにを、言っている」
「この世界は殆ど《カミサマ》を信仰する側。見るっていうことを通して《カミサマ》は存在を証明してるからだろうけど、それは本当に世界の人々が救ってくれると考えている《カミサマ》って言えるのかな? 私は疑問に思うんだ」
そう言い放つと彼女は視線を女神の石像へと向けた。その顔つきは何やら嫌悪感で溢れておりほかの人々とは違う意志を持っているように感じられる。
「普通さ、《カミサマ》ってずっと見守ってくれてるものじゃない? 世界に干渉なんてしないでさ。 対して、《アクマ》はその逆。常に人間の体を狙っているイメージで、奇怪な行動した場合、アクマの所業にされることもある。まぁいうなら悪者のイメージだよね」
「……」
「それはさておき、私さ。見ちゃったんだよね。この世の心理っていうか、アクマとカミサマってそもそも何だろってさ」
彼女か腕をゆっくりと振り下ろすと、女神像の噴水はいとも簡単に崩れ落ちた。
その行動の意味が、シャナクには理解出来ない。
「カミサマだって、アクマだって、人間みたいに生きてるんだよね。ただ、凄く長寿なだけ。生きてるってことは――怒りたがって、だらけていたくて、たべたがって、羨ましがんで、欲しがって、異性が好きになって、他人より有利に立ちたい気持ち――そんな人間っぽい感情がずっと側にあるってこと」
つらつらと語っているソプラノに攻撃をしようとしたシャナクだか――体が動かない。それどころか、地面に沈みこんでいくような感覚がある。抗いようのない圧力に押しつぶされ、思わず黙り込んでしまった。
「先に言っておくよ。カミサマやアクマは確かに存在する。だけど、君たちが思うような崇高な存在じゃない。私たちと同じで、生きるものだよ。それ以上でもそれ以下でも無い」
「……汝は神や悪魔を信仰すべきではないと言いたいのか? だったらそれがどうしたと――」
「半分正解。でも、もうひと半分欲しいかな」
そう言い放つと彼女は手に持っていたビー玉を握りしめ、崩れた女神像へと投げつける。
すると、崩れた女神像の真下にブラックホールのような虚空の空間が作られ、すべて飲み込まれていく。
「生きるために、カミサマもアクマもみんな必死なの。だけど、彼らよりも、罪を重ね、誰よりも人らしく生きることを求めた結果、私はあることに気がついた」
「ある、こと?」
「――カミサマやアクマは信仰するものじゃない。こちらが行動を起こすために利用する“手段”だよ。そして、この世界、いや、どの世界も――力こそが全てだ」
女神像が完全に吸い込まれて直ぐに変化は起こった。ブラックホールの中から東洋型の長い龍がシャナクが開けた天井の穴から凄まじい勢いで空へと向けて飛んでいのだ。
それは明らかに大きく太い。黒龍は空中でソプラノを一瞥すると、更に高みを目指し、上空へと消えていった。
「君の魔力とユウくんの魔力のおかげで、邪龍が復活したよ。今までの話と、あの邪龍のことをユウくんに話すのは君の判断に任せる。ただ、私は――」
上を見上げていたソプラノには笑顔は既に消えており、ひたすら空を睨みつけている。
「こんな運命を創ったカミサマだけは――絶対に許さない。生涯、いや、何十個の人生を使っても……絶対に復讐する」
その言葉を放った途端、彼女の姿は音もなく消えた。誰もいなくなった施設は痛いほどに静かで、その最中、シャナクは彼女の言ったことを再び思い返す。
「……誰か、来るな」
数分後、彼は多数の人の気配を感知した。彼は闇に溶けるようにしてこの場から離れていったのだが、その過程で何を考えていたのかは彼自身しか知りえなかった。
ご高覧感謝です♪