第23話 vsボス蜘蛛
「くそっ……魔物って意外と頭がいいのか?」
アルトは糸に絡めとられていて、動けない。
どうする? 強力な魔法で一気に仕留めるか? いや、被害が彼女にまで及ぶかもしれないので却下だ。それに一撃で仕留められる自信もない。
ならアルトを何処か安全な場所に移動させるのは、やはり難しいか――いや?! この場を打破できる魔法を創ればいいのか!
思考し、結果を出し、俺は早速行動に移すことにする。
まずは、相手の目をこちらに向けることが大事だ。
「《魔法想像》!!」
前回は魔力が激しく吹き荒れたが、今回も同じように突風が発生し、周りで渦をまいて魔力の奔流が竜巻のように巻き上がる。
この風圧を受けて予想通りボス蜘蛛は激しい圧力を感じ取り、彼女から目を離す。
「キシャァァッ!!」
これが試合開始のゴングとなったのか、巨大蜘蛛は前足を俺へと向けて威嚇するように上へ振り上げると、同時に俺へと凄まじい殺意をぶつけて突進を行い始める。
リューグォとの戦いで散々繰り返したことと同じだ。突進のルートを予測し、轢き殺される前に回避行動に移る。
「……素早いな。だがッ!」
体術があるおかげで、幾らか超人的な動きは可能だ。なので真っ直ぐ突っ込んで来る蜘蛛の突進を見切り、大きくジャンプしながら乗り越えるように躱す。これで蜘蛛と彼女の距離が開いた。
魔法陣から刀を取り出しながらアルトの元へと急ぐ。早く解放してあげなくては。
対象を見逃してもなお突進し続ける蜘蛛は、木々を破壊しつつ、まるで暴走トラックのように高速で森の向こうへと消えていき、奥からは重い木を薙ぎ倒す轟音が揺れを伴って重く響く。
こちらへUターンされる前に、アルトが捕縛させられている蜘蛛糸を刀で切って――
「……あり……がと……でも体が痺れてるみたいで……」
慣れない刀なので四苦八苦してやっと解放できたが、彼女は麻痺毒も受けたらしく、全く体が動かないらしい。
「無理に動こうとするなって。今から安全な場所に送るからな」
彼女に触れて、先程作った魔法《転移魔法》を使う。消費MPは100だ。どの世界でも夢である“転移”を可能できる魔法だが、完成を喜んでいる暇はない。
「ユ、ユウ? 何……を?」
「お前を宿屋の部屋まで転送するぞ。動けないのは特に危険だ」
早速魔法を発動させたが、すぐに転移とはいかないらしい。彼女の周囲で光が発生し、徐々にアルトはそれに包まれていく。
しかし、彼女は不本意であるようで、魔法をかけた俺の左腕をぎゅっと掴む。
「もう少し……たてば治るから……一緒に……」
「無理すんな。たまには俺にも助けさせてくれよ」
笑顔で俺は話す。アルトは何かを言っていたようだが、その言葉は聞き取れず、彼女は光の筋となり、街の方向へと向かって伸びていった。
「さてボス蜘蛛さんよ……決着といこうか?」
ついにUターンを終えた蜘蛛は、再びこちらに向けて突進して来ている。
残る魔力は5000近くだ。まだまだ戦えるし、大丈夫なはず。
「《物質創造》!!」
イメージしたのは木で作られた大きな壁。その想像に従い、目の前には五メートル程の大きな反り立つ壁が現れた。
暴走トラックと成り果てた蜘蛛は、壁をも気にせず突っ込む。
「ぐぅぅっ!?」
その瞬間、激しい衝撃と、まるでロケットが発射したのではないかと錯覚するほどの爆音が目の前で炸裂する。
あまりにも衝撃波が強すぎて吹っ飛びかけたので、片膝をついてしまう。こんな強烈な突進に当たってしまったなら、俺は肉片すら残らないかもしれない。
「シャァァァァ!!」
硬い樹木の壁は破壊されたが、蜘蛛の足も止まる。痛みに呻いているようすが感じ取れたので、かなり効果的だったようだ。
俺はこの隙を逃さず、全力で、唯一の攻撃魔法を使う。
「《天雷》っ!!」
両腕を蜘蛛に向けて伸ばし、全力で魔力を注ぎ込みつつ雷魔法を唱える。放たれた魔法は雷が落ちたかのような雷光と爆音を轟かせながら蜘蛛に飛来し、直撃。この攻撃はかなり手応えはあった。
「どう、だ?」
余波の電磁波が俺の髪を逆立てる。しかし、観察眼のスキルが全く効果が無いことを伝えてきて、ついつい悪態を吐く。
「キシャァァッ!!」
「くそっ、全然体力減ってないのかよ。堅殼の上からじゃ雷は効かないって考えた方が良さそうだな……」
他の軍隊蜘蛛とは違い、カブトムシのような刺々しい足や、ゴツゴツした堅殼は雷の耐性を持っていたらしく、全くダメージになっていない。寧ろ、あの魔物の怒り状態へ助長をしたかのようにも思える。
俺の魔法がこれ以上来ないことを理解すると、蜘蛛は今度はコチラの番といいたげに、自ら地面に尻の部分を差し込む
「何をして――!?」
驚いていると、地面から大量の蜘蛛の糸が触手のように生えだし、俺へ向かって襲いかかってくる。呪いの手みたいだ。
アルトをぐるぐる巻きにした粘着度の高い糸なので、触れてしまったらなかなか離れず、その間に一気に魔物の口元まで引き込まれることを頭に入れておかなくてはいけない。
「なんだよそれッ!」
地面を跳ねるように飛び逃げ、聞こえもしないであろう文句を言いつける。
触手のように迫って来る蜘蛛糸群は、握りつぶす力が相当強いらしく、先程作った木の壁の欠片が掴まれると、巻かれた瞬間に――粉々に砕け散った。
相当質量を底上げしたものだったのだが、それを握り潰されたということは俺の体が掴まれてしまうと骨なんて容易く――いや、考えるのはやめておこう。とりあえずあれには捕まってはいけないということだ。
「それにしても、大量にあるだけあってきついな……」
木に飛び移ったり、糸触手同士をぶつけるように誘導したりして全力で避けているが、すぐに限界は来るだろう。
「雷が効かないとなれば……これしかないなッ!!」
空中で魔法陣を展開し、重い刀を再び取りだすと、全力で投擲した。
「シャァァァ?!」
苦悶の声が上げれば、刀は堅殼を食い破り突き刺さり、糸触手の猛攻も止まる。
蜘蛛は痛みにより、悲鳴に近い鳴き声をあげた。本当の刀は切ることに特化しているのだが、この武具は突きにも威力を発揮しているようだ。流石異世界武器だ。
「肉まで突き刺さってるなら俺の雷もっ!」
俺は刀に向かって《天雷》を放つ。すると
「ギャシャァッァァァッ!!」
激しい雷の爆音と蜘蛛の叫び声が混ざり、やっと心から手応え が感じられる。蜘蛛はぴんと足を伸ばして痙攣し、感電していることが嫌でも分かる。
よし、この調子で別の部分突き刺して、もう一撃だ。な
痺れているであろう魔物に更に追撃をかけようと、俺は刺さっている刀を抜きに向かって――
「ギャァァ!!」
「づゥッ?!」
もう少しで刀が触れられそうな距離まで接近したのに、蜘蛛の足が無慈悲に、俺の腹へ突き刺さる。ボクシング選手の一撃が赤ん坊にも思えるほどの凄まじい衝撃波が、俺の中で何度も何度も爆裂する。
呼吸もできないまま、俺は十メートルほど吹っ飛び、その後ゴロゴロ転がされて樹木の壁に背中から叩きつけられた。それと同時に肺から無理やり空気を吐き出させられ、やっと呼吸が可能になる。
「かはっ……?! かはッ! ぁはぁ……はぁっ……おえっ……」
叩きつけられたことで意識が飛びそうな痛み、吐き出しそうな嘔吐感が同時に襲いかかるが、吐いてしまうと隙を見せることになるので、根性で堪える。
フラフラしながら立ちあがるが、その間に蜘蛛が攻撃の手を緩めることはなく、また新たな触手を放ってくる。
「ぐあっ……はぁ……動けねぇけど、まだ何か方法はっ、ある、はずだ」
苦痛と衝撃で足も動けなくなってしまっている。だが、俺は慌てない。慌てたらこれまで冷静に考えてきたことが水の泡だ。
俺は考える。今俺が出来る事は何だ。
刀は蜘蛛に刺さっている。魔法創造は作り終えるまで時間が掛かりすぎる。雷は撃てるが、不意打ちで当たったとしても、刀身の部分に当てなければ電気は通らず、効果はほぼゼロ。
(刀がもっとあれば……ん……?)
物質創造の説明を思い出す。
――一度見たものは創り出せる。操作できる。――
「ははは……なかなかチート魔法だな」
意識と次の行動がはっきりとした瞬間、糸触手はもう目の前だ。
「マテリアル、クリエイト」
糸触手が俺の体に触れようとした次の瞬間、背後から刀が意識を持った鷹のように素早く目の前を翔ける。
すると、目の前で粉雪が散るようにバラバラに切り裂かれた糸くずがパラパラと落ちていく。
――物質創造により創ったものは、三秒間動かせる――
これを忘れていた。空中にアルトの装備である刀を創り出し、武器をふわふわと浮かせながら迫り来る糸を切ったのだ。操作ができるおかげで助かった。
三秒経過した後、刀はポトリと地面に落ちる。
さて……攻撃を開始するとしよう。
「ギュァッ?!」
蜘蛛は糸の感覚がなくなったことに驚いた声をあげるが、その時にはもう俺は 物質創造により、先程創ったアルトの刀、伝説級武器を創り出し、蜘蛛へと向けて射出。創り出し、射出。
「キュアぁッッ!?」
もっと創り出す。打ち込む。
己に魔力をすべて注いで創り、打ち出す。
まだ、まだもっと。もっと。もっと――!!
「まだまだだぁッ!!」
まるで黒ヒゲ危機一髪のように無抵抗の蜘蛛に、刀が突き刺さり、刺さり、また刺さる。
えげつないほどの刀が身体を覆わんばかりに突き刺さると、ついに蜘蛛の目の赤色が、電池切れのライトのように少しづつ色を失い始め――
「きゅぁぁ……」
「ぐっ……」
バタンと力が抜けて倒れたのは、両者であった。
「ああ魔力切れか……そりゃそうだよな」
すると、久しぶりにレベルが上がる感覚。
まぁ、倒せば結果オーライだろうか。
だが、ここで寝るわけにはいかない。
「うぉぉぉ……」
身体に鞭を打ち、無理して起き上がる。こんな苦労したんだ。素材はまさかお金になるよな?
お金とレベルを稼げてほんの少し得をした気分だったのだが、久々の全力の戦闘の余韻が引いていくとある問題が脳内に浮上する。
伝説級の武器がそこら中に落ちていることだ。目の前の蜘蛛はまるでハリネズミだけども、それも一つ一つが、コピーしたとはいえアルトの武器である。
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