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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第十一章 魔導書争奪戦
227/300

第227話 パーティ演習 その4

 数十匹のゾンビが倒れ伏すのを確認し、視界の端に浮かんでいる気配探知のマッピングを確認する。俺への敵意を持つ魔物たちが今なお出現し続けており、全方位360°赤いマーカーで染まっている。この状況はまさに四面楚歌である。


「しかしまぁ、お隣さんは凄まじいペースで削っているようで」

「なっははははははッ!!」


 しかし、彼女らはそんな状況もものともせず、いつのまにか戦闘フォームである黒いチャイナ服に着替え、笑顔を浮かべながらこれまた流麗な格闘技をそれぞれ見せつけていた。


 ファラは素早い拳打を真正面の魔物たちへ瞬く間に数発打ち込んだかと思えば、背後から襲いかかってきたゾンビ軍に対して目を向けずに鋭い裏回し蹴り。

 その一連の動作だけで、数秒と経たずに二桁もいたゾンビたちは抵抗も出来ず空に舞い、地に落ちる。嵐のような連撃は止まることを知らなかった。


「おやおや。そんなとろとろ動作じゃ我を捉えられませんねッ!!」


 対してソラは周囲にいるゾンビたちを全てカウンターで投げ飛ばしていた。正面から飛びかかって来た相手は、攻撃を躱しつつもその動作の途中で相手を掴んで地面に叩きつけ、背後から攻撃させられそうになれば他のゾンビを掴んで投げ飛ばし、ボーリングの要領でこれまた大量に弾き飛ばす。俺がいつも行っているような戦法であったが、規模も凄まじい。


 そしてプニプニだが――


「プニー!!」

「ォォォ……!」


 何の変哲もない七色スライムがゾンビに向かって突進すれば、動く死体は斜め上に吹っ飛んでいき、夜空の星になっていく。

 彼の突進力は凄まじいもので、一度体当たりがヒットすればそれは野球選手が打ち出すホームランのように魔物は空へと消えていくのだ。その光景を例えるなら、チートを使ったゲームでのパワー値の限界突破を行った状況と似ているだろう。ただぶつかっただけで、相手は面白いぐらいに吹っ飛んでいく。常にヒーローパンチである。


「さて、外野もいる事だし俺もそろそろやるか」


 気功術を身に纏い、体から青白いオーラが浮かび上がる。最近は魔法纏ばかり使っていたのでこれ単体で使用するのは久々な気もする。


 数回手を握ったり開いたりをしていれば、この僅かな時間ですら待ちきれなかったゾンビたちがよろよろとした早足で俺へと向かってきた。


「まずはッ!」


 地面を強く踏み込み、最短距離にいる魔物へ猛接近。固く握りしめた拳は未だ腰の隣で力を貯めている。今から行うのは格闘技の代名詞でもある、正拳突きだ。


 歯を食いしばり目標の中心を見据え、初っ端から全力の一撃を解き放つ。


「ォ……」


 空気が漏れだしたような音と声が聞こえたかと思えば、数瞬遅れて爆発したような轟き、そして正拳突きの余波である突風が遅れて発生する。髪は大きく揺れ、大地ですら唸る。


「ふぅぅ……」


 大きく息を吐き、煙が出ている拳の先を見つめれば、扇状に浅く広がるめくれ上がった大地が魔物たちの死を意味していた。正拳突きを受けたゾンビも既に確認出来ないが、真正面の敵はほぼ一掃出来てしまった。数メートル先には黒い壁のようにまだまだ居るのだが。


「ォォ……っ」


 背後から襲いかかってきた魔物は馬のように後ろへと蹴りあげ、軽々と悪状況から退避。それまた気持ち良く後方へと吹っ飛んでいき、大量の魔物を巻き込んで道を作り出す。


「無双ゲーみたいだ。俺もオーバースペックになったもんだな」

「ゥ、ァゥゥ……」


 ゾンビたちにはもう既に自我も感情も持ち合わせていないようで、吹き飛んだ仲間たちを気にせず、そして臆することなくのそりのそりと歩み寄ってくる。

 もちろん、俺からしたらやることは変わらないだけなのだが。


「さて、次はファラみたいな戦い方をしてみようか」


 さらに力を入れて地面を踏み砕き、その勢いでゾンビたちの集団に飛ぶように近づく。

 未だ魔物たちは速度に追いつけず、反応すら出来ていない。


 短い吐息一つ吐いて、体術のスキルによって完璧に再現されたストレートがまた一人のゾンビに食らいつき、爆発する。しかし、今回はこれが終わりではない。吹き飛ばなかった相手に即座に狙いを変え、空間そのものを切り裂くようなイメージの上段回し蹴り。さらに威力を増したその一撃で大半のゾンビは耐えられず周りには誰も居なくなる。


「次ッ!」


 飛び上がり、着地した先はゾンビたちの群れの中。その状況でも更に加速し、最低限の短い動きで魔物たちを屠っていく。


 近づいては殴り飛ばし、背中の隙を突こうとした相手の攻撃は躱して投げ飛ばし、一斉に襲いかかってきた相手には蹴りによって大きく吹き飛ばしていく。

 気がつけば、まるでその場に竜巻が発生しているかのような勢いでゾンビたちは上へ下へ右へ左へと、一秒に数匹が大胆に吹っ飛んでいた。


「ォォ」

「フッ!!」


 拠点付近のゾンビはこれが最後で、高速移動で後ろに回り込んでからの発勁。トラックに轢かれたかのような勢いで吹っ飛んでいき、魔物は空中で塵になった。彼らは幻獣ではないので、血液などは出ない。


「これで一通り終わりか?」

「うぬ! なかなか良い動きだったぞ! 流石はまんがの主じゃな!!」

「すっきりです。我らも良いストレス解消になりました」

「プニー!」


 俺たちとバレッタたちのパーティを除いて誰もいなくなった空間で俺たちは集まって笑顔を浮かべていた。

 最初から最後まで見ていた彼らの反応が気になるので振り向けば――


「わ、わけわかんねぇ……」

「あれが、あれが、ほんとに……召喚士サマナーなの?」

「あいつはきっと……召喚士じゃないんだ。ああ、絶対そうだ!! そうじゃなきゃありえないっ!!」


 戦いが終わった今でさえ彼らは目をぱちくりさせており、目の前の現実を受け止めきれないようだ。

 結局召喚士は弱いという頑固なイメージがこびり付いているので、俺が召喚士ではないという結論にたどり着いたようである。そう纏めたなら、それまでの勘違い誹謗中傷を謝罪してほしいところなのだが。


「気配探知に人間の反応があるな」

「一応助けてやったらどうかの? またなんか言われたら我らが吹っ飛ばしてやろうぞ。うぬ! そうしよう! ではわが拳を温めておこうかの!!」

「ユウが悪く言われるのは我らとしてもムッとした気持ちになりますので。その場合は神の指ならぬ、正義の鉄拳を見せつけますよ」


 完全に殴る気満々な聖霊たちであった。その会話を終えた途端に二人でシャドーボクシングを行っているので、本当に殴り飛ばしてしまうかどうか心配になってきた。

 プニプニを見れば、体の形を長方形、立方体、楕円形、円柱――と次々に形を変えており、『アップを始めました』と言いたげなオーラが溢れている。お前もか。


「――おっとと」

「うぉぉぉぉ!?」

「きゃぁぁぁっ!」

「おおおおっ!?」


 テントに隠れる気配探知の黄色マーカーの場所へ歩み寄ろうとすれば何度目かの大きな直下型の揺れが突然襲いかかってくる。不意の事態ということもあり、俺たちは片膝をつく。


「結構大きいのぉ。なっはっは。楽しくなってきたわ!!」

「ユウ、気配探知にはぴーんときましたか?」

「……ああ。多分、こいつが死神だな。フィルタに引っかかるし、レベルも高い。正確なところは観察眼サーチアイ頼りだな」

「プニ!!」


 この場からおおよそ七百メートル先に強大な敵の気配を探知した。目的の相手を一瞬で見つけられることもあり、本当にこのスキルは便利である。

 どうせなら、テントに隠れている人影を無視して、今回の目的である死神を見に行くことにしようか。戦闘になる可能性の方が大きいが、今回の目的はこれだし、俺も戦いを終えたこともあり、帰る気分になっているのだ。見て終わりな気もしないが、今度こそはダメだったらダメで逃げると心に決めているのだ。ギルド本部での経験を無駄にはできない。


「決まりじゃな! 向かうとしようぞ!」

「ふっふっふ、我らの銃のサビにしてくれます」

「錆びた銃なんて使うなよ。それとプニプニ、この場に残ってバレッタたちの護衛を任せていいか?」

「プニ!!」


 プニは〇の姿になり、肯定を意味する形になってくれた。スライムとは本当に変化自在である。これで安心して行けるな――かと思いきや、ふと背後から声がかかる。それは若い男の声であった。


「なんだよ、バレッタ」

「――ってくれ!」

「はん? あんだって?」


 テントから出てきたバレッタは腰に剣を差したまま震えた声で叫び、声を張り上げて立っていた。少し距離があったので最後の方しか聞こえなかったが、彼が言いたいのは恐らく――


「俺たちも、連れてってくれ!!」

「いや待ってろよ」

「回答が早くないか!?」


 彼は走ってまでこちらに内容を伝えに来てくれたが、俺の回答は決まっているので即答であった。別に仲間でもないのに連れていく意味が無いし、漫画によくある展開の一つ、庇って全滅危機にまで追い込まれる、なんて状況はお断りである。ついでに召喚士がどうたら、なんて言われるのも現在は受け付けていないのでどう転んでも却下である。


「プニプニはお前らより強いし、紳士(真摯)だぞ? 俺の命令に反することはないし、なにより約束上お前らを守るとは言ったが、なんでこれ以上危険な目に合わせなきゃいけないんだよ」

「お前について行った方が、安全だ」

「……はぁ? お前らのさっきまでの理論でいえば、召喚士は弱いんだろ? 害悪なんだろ? なんで弱い俺よりさらに弱いお前らのワガママに付き合わなきゃならないんだよ」


 つくづくこの世界の人間の保身性には頭が下がる。Fランカーでも戦えるスライムじゃ魔物から守ってくれないとでも思っているのだろうか。

 それに、彼らは弱い弱いとあれほど蔑んでいた召喚士に対していとも簡単に態度を変える。

 ――本当に、気に食わなかった。だからこそ、口が回る。


「いいか、俺はお前らに散々弱いって言われた召喚士だ。そのお陰でお前らの数々の誹謗中傷を抱えながら生きていかなきゃならないんだぞ? お前らがどれだけ俺を蔑んで傷つけたか分かってんのか? お前らが忘れようが、言われた方は何年、何十年、下手したら一生その言葉がついてまわるんだ。コンプレックスの原因はお前らみたいなやつらのせいだからな。言葉一つで人の人生を台無しにすることがあるってのを深く心に刻んどけ」


 有無を言わさせない圧力を混ぜたまま早口で話し続けたので、バレッタは視線をそらした後に俯きながらなにも返答もせず肩を落としてテントに帰っていった。

 どうにもモヤモヤとした気分である。もう一度ゾンビの大軍を相手してこようかと思うほどだ。言いたいことを言ったのに、なぜかスッキリしない。


「ユウ、あやつらは人間じゃ。お主のいた世界のそれとは違うのじゃよ。わかっておるかと思うが……」

「伝えたいことは伝えたよ。それでもう俺は十分だ。それに、異世界とはいえ本質的には同じかもしれないし」

「……胸がぎゅっと苦しかったなら、我らに相談ぐらいして良いのですからね」

「気持ちだけで充分嬉しいよ。――さぁて、気を取り直して死神討伐に向かいましょうかね」


 顔を両手で軽く叩き、気分を切り替える。今からは命懸けの魔物討伐だ。敗北すれば白神にやられたような地獄が待ち受けているかもしれない。本気で取り掛からないとな。


 バレッタたちをプニプニに任せ、サウダラーの死神の元へ向かう。

 三人で地面を跳ねるように飛び続けること数分後、気配探知の反応の発信源である目的の場所へ辿り着いたのだが――


「ゾンビばっかりで目的の魔物が見当たらないな」


 両手に持つ拳銃の先で倒れゆくゾンビを横目に見ながら、ソラとファラに話しかける。

 彼女らも同じ銃で既に周りを制圧しており、魔物たちは全て撃ち抜かれ、塵となっていた。


「うーぬ。おかしいの。我らもここから魔物の気配を感じるのじゃが」

「上ですッ! ――なぁんてビックリすることもこともありませんしね」

「凄く引っ掛けられたんだが」


 意外と本気で上へと振り向いたが、そこには星空が映るのみ。ソラを見れば口を抑えニヤニヤされていた。


「ソラよ。我でさえ驚いたのじゃが」

「ぷぷぷ、ファラもユウもあまあまですね」

「心臓に悪いな全く――っ!? いや、待ってくれ」

「まーたユウは我を驚かすつもりかの?」


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、星空が盛り上がったのだ。それはまさに、写真の一部分だけ歪み加工されたような、異様な光景であった。

 気配探知の特性上、敵は感知出来るが、数メートル程度の動きは補足できない。わかりやすく言えば、感知していた対象が反復横飛びしていたって、俺の反応上では動いていない扱いになっているのだ。

 俺の気配探知のスキルは細やかな動きを補足するとしても、百メートルに数センチという縮尺で、相手の大まかな位置しか測れない弱点がある。


観察眼サーチアイの集中がゾンビに向けられ過ぎて、甘かったかもしれないぞこれ」

「ユ、ユウ? そ、そうやって我をまた騙そうとしているのじゃろう?」

「わ、我を引っ掛けようとしたってそうは行きませんよ??」

「だとすると、ここまで攻撃してこなかったって話なんだが――」

『流石は愚弄の召喚士。よくぞ見破った。ようこそ我が丘陵へ』


 重々しく響いた声は女性の声であった。それと同時に大きく大地が揺れ、周囲からは生え出すように大量のゾンビたちが再び出現する。揺れでまた片膝を付いてしまったが、どさくさに紛れてなんてことしてくれるんだ。ボス戦とはいえまたゾンビたちを倒さなきゃならないのかよ。


「ひぃっ!? お化けじゃよな!? さっきの声は間違いなくお化けの声じゃよな!?」

「ダメですダメですダメですって!! お化けだけはゼッタイ勘弁してください!!」


 顔を真っ青にしたソラとファラは声が裏返ったまま瞬時に光の粒子となり、俺の元へ戻ってしまった。

 えぇ……流石に冗談だろお前ら。ゾンビは大丈夫で、お化けはだめなのか?


「おい。ふざけんのも大概にしろよ」

(いやいやいや!! お主はお化けが怖くないのかの!?)

(あんなふわふわした相手は怖いのが人間なのでは!?)

「俺からしたら魔物もゾンビもお化けも似たような感じなんだがな」


 今となってはこんなになってしまったのだが、最初はリューグォだって怖かったものさ。慣れっていうのは何に関しても恐ろしいものである。

 とにかく、感情の共有により彼女らはふざけているのではなく、本当に怯えていることが分かったので放っておこう。


「で? どちらさんで?」

『私はこの辺りで死神と呼ばれているものだ。貴様の噂は聞いているぞ。まさかそっちから来てくれるとは思わなかったがな』

「あんまり嬉しくないなその噂は。とりあえず、このようすを見るに、ゾンビを従えてるのが死神さんってことで見なしていいんだな?」

『如何にも。そのようすだと、私の姿を捉えているようだな』


 傍からみるとゾンビ軍団を見据えながら話しているように見えるが、実際は違う。観察眼サーチアイにより、姿を特定しながら俺はその者がいる場所へ目を向けて直接話しかけているのだ。


「えーっと、そのようすだと……ほんとに死神か? お前」

『なに、これは人間どもが勝手に想像した姿だ。私の本来の姿など既に無い』


 彼女、いや、それの姿は大きくニメートルほどある。足はないのに羽織っているのは真っ黒なボロボロのローブ。骨身の両手には赤黒い大鎌が握られていて、顔は頭骸骨そのものといっていいだろう。ぱっと見それの目は無いが、赤く光っている場所が視野を確保している役割を担っていると見て良いと思われる。

 まさに、死神。この姿を見た聖霊たちはさらに強烈な悲鳴を俺の中であげていた。


「そちらさんもどうせ美人なんだろうな。ここからは何で人間を襲うのかって聞くのが王道だけど……どうせアレだろ? 恨みつらみが溜まって報復とか仕返しの類だろ?」

『美人――ふふ、まぁそうだな。話が早くて助かるぞ。召喚士。あれは今から数十年前の――』


 非常に申し訳ないが、彼女の過去話を聞いても数秒後で タァン! と耳を裂くような大きな射撃音を夜空に木霊させてしまった。撃ったのは当然俺である。

 絶対あれだろ、シナリオで同情装っていくタイプ。俺もこの世界では似たような境遇なので、顔も知らない人の不幸話を聞いても俺の方が不幸だ、で終わってしまうのである。繰り返しになるが、人間ってこういう事あるよな。


『……貴、様ァ……!』

「何キレてんだよ。どうせ殺そうとすんだろ? なんで敵と話さなきゃいけないんだよ」

『オ、ノレ、オノレ、オノレ、オノレ……おのぉれぇぇぇッ!!』


 怒り狂ったようすで死神が手に持つ大鎌を振りあげれば、ゾンビたちがミサイルのように俺に向けて全力ダッシュで向かい、突撃を行い始める。

 こんなことだから俺は勇者のような正義の味方には成れないのだろう。自分でもよく分かった。


『ォォ……!!』

「あ、そうだ。ちょっとやってみるか」


 相手はゾンビということで炎に弱い、と偏見まじりで判断した俺は腕に火属性の魔法纏を使い、魔力を込めたまま振り払う。

 すると、暗闇の中に照り映えるオレンジ色のレーザーが振り払ったと同時に放射され、超高速で丘陵の荒れた土地に大きな一文字が焼き描かれた。光線を浴びてしまった魔物は焼き消えてしまったが、この魔法の本領はこれではない。


『!?』

「燃え上がれ」


 小さく呟いた瞬間、光線によって彫られた一文字から凄まじい勢いで衝撃波と豪炎が噴出する。

 その威力は絶大で、目の前に炎の壁が発生し、無数のゾンビが一斉に塵となってしまうほどだ。魔法を起こした自分でさえ驚いてしまう。


「っ……やりすぎかこれ。一回は試してみたかったんだが」


 魔王の攻撃あるあるその一。レーザーの攻撃の後、遅れて噴出する火炎だ。なかなかロマン溢れる魔法であると思うのだが、いかがでしょう死神様。


『こ、の……畏れるなぁッ!! 往けぇぇぇ!!』

「お、まだ死神ちゃんは大丈夫そうだな」


 お次は背後からで、ゾンビたちがこれまでに無いほど全力でダッシュしながら俺に噛み付こうと飛びかかってきたので、対抗してこちらも同じく魔法を使う。


「もう一回ッ!」


 ゾンビたちの大軍の中心にレーザーが通り過ぎたかと思えば、即座に爆発。それらは通り道を追うように連鎖し噴炎は吹き荒れる。驚異的な殲滅性をもつこの魔法は、あっという間に数百のゾンビたちを塵へと還してしまった。


『こ、の……まだまだぁぁぁぁぁッ!!』


 少しばかり小さくなった揺れを感じれば、再びゾンビたちは地面から生えるように湧き出す。そのうち四分の一ほどは先ほどの火炎の残りで燃えてしまったのが哀愁を誘う。


「ん、次のいってみるか」


 魔王の攻撃あるあるシリーズそのニ。理不尽な全体攻撃。今回は水属性魔法を使うことにしておき、魔力を込めて大地を強く踏みつける。

 するとその場から薄氷が蒸気を発生させつつも恐ろしい勢いで円状に広まっていき、その上にいたゾンビたちは瞬く間に凍りついていく。その数は十、二十、三十、百。区切りの良いところを見計らった後、俺は腕を持ち上げて――


「終わりだ」


 魔力を込めて片手の銃を夜空へ向けて一発だけ打ち出す。その瞬間頭からつま先まで凍りついていたゾンビたちは、俺に近い場所から氷と共に綺麗な音をたててどんどん自壊していった。最終的にこの場に残るのは俺と足のない死神だけである。


 薄氷から蒸気が発生して漂うこの場はまさに凍土と化しており、仲間であるゾンビ軍を一瞬で消された死神を見れば、どこかぼんやりとしたようすであった。


『……』

「えっと、降参してもいいぞ?」


 彼女が経験してきたシナリオは聞く気にならないが、用意してきた兵が一掃されてしまう絶望感は何となくわかる。なにより、あちら側でなくてよかったと心から思えるな。


『誰が降参など。しかし、貴様の冷気のお陰で冷静になれた。やはり……本当に強いな召喚士。よほど運がいいか、はたまた……』

「そりゃどーも」

『――だが、これならどうかな?』


 冷静さを取り戻した死神はそう言い放った瞬間、姿が掻き消える。気配探知のマッピングでは小さな動きは捕えられないので、本当に気配と観察眼サーチアイを活用しなければいけなくなった。


「後ろか」

『ッ!』


 だが、こちらのセンスもこれまでの戦いで鍛え上げてきたのだ。読み通り大鎌が背後から振られたので、振り向きつつ魔法物質化で作り出した黒剣を創り出し、受け止める。


「結構、重いな……っ」


 思いのほか死神の物理攻撃力は高いようで、こちらも気功術を纏っていなければ、鍔迫り合いで負けていたと察する程であった。以前予想していた物理タイプ死神と見て間違いなさそうだ。


『受け止めるか――!?』


 大鎌を弾き、利き手ではない方で魔法物質化で黒い短剣を作り出し、投げつける。十分な隙を突いたつもりだった。

 これで決まったのかと思ったが――


『ははっ、召喚士、それほどまでの実力があるのに、対四魔波動アンチマテリアルを会得してないとは……滑稽だな』

「なんか、魔法が効いてなかった時点で嫌な感じはしてたんだけどな」


 死神のローブには突き刺さっていた。だが、恐らくダメージは与えられていない。

 そう、この原因は四大変化エレメンタルモードという相手の特性にある。弱点属性以外攻撃を受け付けないというものだ。当然、物理攻撃は届かない。これは、ギルド本部で戦った大鬼と同じ性質である。


 四大変化を持ち合わせていると理解出来た途端、観察眼の情報が更新される。追加された情報は四大変化をもっていること、名前があること、そして、その彼女の過去の形跡。


「……死王騎リッチー。それがお前の今の名前か。四大変化を持ってると分かるまで、観察眼サーチアイでも細かい情報が分からないのか。こりゃいい経験になったな」

『――ああ、そうだ、そうだ。私はそう呼ばれていた気もするな。随分目がいいじゃないか』

「そりゃどうも」

『しかし、これで貴様は私を傷つける手段が無くなった。どうだ? ここはお互いに手を引く――』


 彼女はそれ以上言葉を述べなかった。いや、述べられなかったのだ。

 俺が彼女に突き刺す、黒く光る剣によって。


対敵特攻アンチエネミー。なるほど、四大変化を無視できるのか。こりゃまたチートだ。副作用といったら……これだな。さっきまでどうでもよかったって思っていたお前が今……()()()()()仕方がない」

『赤い、瞳……!?』

「へぇ、発動すると俺の瞳は赤くなるってことか。いいこと聞いた」

『ぐぁ……ッ』


 差し込んでいた剣を捻れば、黒い塵が吹き出す勢いが増す。彼女は魔物であるので、出血はしないのだ。苦しげな声が脳内に響き、不快感を生む。


『はぁ……ッ!!』

「――っ」


 彼女が黒い霧に包まれたかと思えば、この場から消え去っていた。

 対敵特攻を発動している今、聖霊たちの声はまるで聞こえないし、逃げたものへの殺意も収まらない。


「そこか」


 気配探知のマッピングをみれば、プニプニがいる拠点の近くにいることがわかった。転移した方が確実に早いので、迷うことなく転移を行う。


「プ二二二二二二ィ!!」

「うわ、うわあぁぁぁぁぁっ!?」

「こいつが、死神……!?」

「やだ、やだやだやだやだっ!?」

『悪いが、少々貴様を借りるとしよう』


 プニプニは先に移動していた死神に攻撃を加えていたが、四大変化を使われているため、攻撃がまるで届かない。

 現在、死神はローグの元へ鎌首を向けており、対する彼は大盾で仲間を守ろうとしていた。


「おい、お前の相手は俺だろ」

『が……ふっ、はは、少々、遅かった、なッ!!』

「が、あああああああああああっ!!」


 転移が完了した瞬間に両手に持つ拳銃を死神へ向けて乱射したが、少々威力が足りなかったようで、仕留めることは出来なかった。するとそれが不味かったようで、死神の姿は霧になり、 ローグと死神の気配のマーカーが混ざってしまった。


 つまり、今ローグは死王騎リッチーとなってしまったのだ。


『はははっ!! どうだ召喚士! いくら貴様といえど、この人間の体ごと私を消すことなど不可能!!』

「ロー、グ? ねぇ、うそでしょ、ローグ?」

「うそ、だ。そんな、のうそだろ?」


 赤く発光する瞳はローグの瞳となり、完全に取り憑かれたことがわかった。困惑しているようすではあるが、いま俺の殺意はローグに向いてしまっている。それは抗いようもなく莫大なもので、俺自身が押しつぶされてしまいそうな圧力なのだ。

 当然、意識せずとも、銃口はローグの元へ。

 俺はいま、ギルド本部で実験台から開放された当初と同じ精神状態であるのかもしれない。


『な、に?』

「おい、おいおいおい、まさか、そんな、うそだろ? なぁ、さ、召喚士サマナー!!」

「やめて、ねぇ、やめてよ。それだけは、 本当に、やめて、やめて?」

「敵は殺さなきゃ、俺が死ぬ」


 虚ろな視界で、迷いもなくトリガーを引いた。どこか小さくなった音が耳の中ですぐ消えた。


 外した。もう一度度トリガーを引く。

 外した。もう一度引く。

 ――当たった。倒れた。次は近距離で頭を狙おうか。


『なんと、いう……』

「ローグっ!!」

「なぁ頼む戻ってこいよローグ!! ほんと、召喚士も頼むよ、お願いだ、俺が、俺たちが悪かった。ごめんなさい。だから、ローグは殺さないでくれ!!」

「ユウさん、本当にお願いします! 辞めてください、ほんとうに、やめ、てください」

「なんで、庇うんだ?」


 分からない。こいつらは負けたことがないのか? 負ければどうなるか分かってて敵を庇っているのか?


「ああ、そういう事か。状態解除ディスペル

「え……」


 こいつら()()、あの死神に取り憑かれてるのか。どうりで、邪魔でしかない。


 ほら、出てきたよ。こいつが、殺したくて(怖くて)殺したくて(恐ろしくて)、堪らないんだ。頼むから、死んでくれよ。


『なぜ、だ、一体、何が』

「消えてくれ」


 表情を崩すことも無く、手に持つ拳銃で死神の頭骨を撃つ。足りない。撃つ。足りない。撃つ。足りない。撃つ。足りない。撃つ。足り――


「ユウ殿ッ!!」

「――あ」


 肩に手を掛けられて、ふと、我に返る。そこには、穴ボコだらけの地面が映っていた。死神の姿なんて、どこにも無かった。そして、俺の心に押し迫る黒い奔流はもう感じられなかったし、もう殺意も、なにも感じない。ただただ、寒かっただけ。


「……ローグ?」

「なぁ、頼む。ユウさん、こいつ、助かるよな!?」

「プニプニ、さん、ユウさんなら助けられるんです、よね!?」


 真後ろには、横たわった男が一人。足を撃ち抜かれていた。


「……」


 表情を変えることもなく無言で近づき、執事服姿のプニプニに指示されるがまま、回復魔法を行う。

 登りたての朝日は、本当に目に染みた。

新生活の準備のため遅れました。

ご高覧感謝です♪

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