第211話 祈り
賑やかな休日で、天気は満点の青空。特に急ぎの予定がない人々が考えることは皆同じなのだろう。
ひしめく喧騒の中、俺たちは目的地へ足を進める。現在の服装は転生してきた当初の格好、学生服である。砂汚れは水洗いでカバーしている。
俺はインドア派なのだが、二名の美少女アウトドア派の方々にこんな天気が良いのに出かけないなんて勿体無い、なんていわれてしまったら、成すすべがない。結局、俺自身も流れに乗って買い物に付き合っているというところだ。
荷物持ちだけどな。
「やっぱ今週はずっと休日だからか、人も多いな」
「ワタシたちが行きたいところも混んでるかもです……」
「ヘイローウィンも近いからね!でも、そのための今日だよ!」
風の噂で聞こえてきたが、こちらでのハロウィンの日の間は企業が自主的に休みをとり、殆どの流通がストップしてしまうらしい。
そのこともあってか、事前に食料の備蓄をしていなかった家庭、通常通り経営する準備をしていなかった企業は大変な苦労、もしくは経営中止の事態を強いられるようだ。
俺の知っているハロウィンはこんな恐ろしい日ではないはずだったんだがな。
因みに、このイベントには準備期間というものもあり、それが一週間ほど。当然学校も休みである。
早い場所は既に休みをとり、社員や家庭を持つ人々は備えに買い出しに来ていたりもする。
田舎町と呼ばれたサイバルでさえ馬車の往来が激しいことが何よりの証拠でもあるな。
「で、今回は何を買いに行くんだっけか」
「ちょっと変わった衣装だよっ! 明日は皆で仮装するんだからね!」
「なんか、魔族も獣人も仮想する必要がない気がするんだが……」
ちらりと目をそらし、壁に貼られたポスターを見れば、ヘイローウィンに関する情報がビッシリと書かれていた。
イメージキャラクターなのか、仮装をした男性は悪魔の背中に生えているような羽を装備しており、女性は獣耳と尻尾を頭につけていたりしていた。作り物感が凄いので、人間がコスプレした姿の写真であろう。
仮装をするとは言うものの、アルトはもともと魔族で、羽もオッドアイもあるし、レムだって獣人で、もともと尻尾も狐耳だってある。いつの間にか慣れてしまっていたが、俺から見れば常時コスプレみたいなものである。
「ちっちっちっ、甘いねぇ。ユウ、シュガーより甘いよ」
「何かそのフレーズ使ったことある気がする――」
「ヘイローウィンは、仮装するもの、ですっ! そこに理由なんてないですっ!」
「そ、そんなもんなのか」
「「そんなもんなのっ!」」
二人に熱弁されてしまい、有無もいえなくなってしまった。これが俗に言う暗黙の了解ルールだろうか。この頃に転生してしまったら俺はどんな顔をして生きていけばいいやら。
「――でもまぁ、実際は悪魔を追い払うために変装して――」
(ヘイローウィンも随分進化したものじゃな)
(ふぉほ、このようなイベントに参加することは初めてでございますなっ)
(ああ、ただぬくぬくとキャンプファイヤーして一日で終わったあの日はどこに飛んでいったのでしょうか……)
アルトが解説してくれているのに、聖霊たちが茶々を入れてくるので豆知識が全く頭に入ってこない。年寄りのつもりか、とでもいいたかったが、実際そのとおりなので適当に相槌を打っておいた。ふと気がついたが異世界の平均寿命ってどうなってんだ……? 周りだけで平均年齢100歳を超えてる気がしてきたんだが。
「――だよ!」
「し、知らなかったです……! 意味、あったですね……!」
「悪魔だか天使だか世の中は恐ろしいもので」
「ユウ、天使がいないって思ってる言い方だけど、いるからね? 割と普通に」
「えっ」
なんでもありかこの世界。ドラゴンでも居そう――って俺ってドラゴンと出会ってたよ。合体した竜人と呼ばれた種族もにも会っていたことはいわずもかな。
「あっ、見えてきたよ! あそこあそこ!」
「ん、あ?ここって……」
「そそ! 魔法学園の制服を買ったとこだよ!」
「道順でバレるかと思ってたです」
「若年性なんとかじゃないからな。断じて」
すれ違う人の多さに唖然としてしまっていたが、どうやら一度来た場所であったらしい。
そういえば昔、この辺りで彼女らが買い物している間にドリュードと一悶着あったっけか。
……あ、ダメだあれ黒歴史だ。
「俺は今回も外で待ってるか。この近くにある鍛冶屋にもご無沙汰だし」
「いや、ダメだよ?」
「男の人用もある、です。行くです」
二人同時に“くろいえがお”を浮かべ、なんとも言えない威圧感を放っている。いつの間にかアルトも習得したようだ。
さて予算は……うん。多分大丈夫だ。治療費を押し付けたことがとんでもなく相当大きく響いている。依頼を受けておいて良かった。
まさかコスチューム一つ五十万Gなんてアホみたいな値段は狙ってこないはずである。まさかな。
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女の子はショッピングが長いというが、男の子はこのとき、時間に関して口を出してはいけないのだ。
そう思い続けてはや四時間。俺たちは店を出たが……俺の笑顔は引きつっていないだろうか。足が棒のようだ。彼女たちの笑顔が見れたのでまぁ良かったが、シャナクは今日というか一昨日から一度も話しかけもしない。
「やっぱりお買い物はいいなぁ……昔はこんなにゆっくりできなかったもん」
「でも、ちょっとお腹が空いてきたです」
「時刻は――だいたい午後二時か。お昼混雑は抜けたとは思うが……何処か行きたいところあるか?」
気がつけばお昼を超えていたものの、人の波は衰えることなく続いている。祭りって準備も片付けるのも大変なんだよな。
「じゃ、あそこはどうかな?」
アルトが指さした先には、まるでバーガーショップを俺の世界から丸ごと持ってきたかのようなファストフード店だった。バンズにパテを挟んだ看板はまさにそれを表しているようだ。
こんな庶民的な店でいいのか魔王様よ。
「見たことないし食べた事ないです。 ワタシも、あそこがいいです!」
「じゃ、決まりかな」
レムが先攻して小走りして向かっていき、俺たちは背中を追っていく。子供を見守る保護者になった気分である。
――と、ここでアルトに袖を引っ張られ、俺たちの歩みはピタリと止まる。なんだか彼女とこのような近距離で話すのは本当に久しぶりな気がする。ドワーフの里で文字通り一緒に寝た記憶もあるが、あれはノーカンだろう。
「ねぇユウ、あの……」
「ん? 実はお金が無いのか?」
「いや、それはあるけどね? ……うーん……あ、昨日はさ、なんで逃げたのかなぁって」
「……今聞くか、それ」
「むしろ、レムと離れてる今しかないよ?」
少しだけ頬を染めながらも、上目遣いで話しかける彼女は本当にずるいと思う。
しかも、逃げられないように腕をしっかり掴む行為は、男性をハニートラップに引っ掛けた経験があるのかと思ってしまうほど、ぎこちなさを感じさせない自然な流れであった。
「ねぇ、なんで?」
「それはだな――あ、レムが見えなくなるぞ。取り敢えずそれはあとででででッ!?」
「ふふっ、逃がさないよ?」
痛覚半減のスキルが仕事していない。凄まじい力で腕を締め付けられており、右腕が痛みの悲鳴を叫ぶ。本気でどうなってるんだ彼女の握力は……っ、体力テストAなんてレベルじゃないぞこれ。
「ボクたち魔族はね、いつでも死と隣り合わせなんだ。だからね、そういうことにはすっごい敏感でさ」
「分かったからその御手の力を緩めてくださッ!?」
「ふふっ、まだ分かってないよねー? ボクたち魔族が、どれだけ好きな人と一緒に居たいって思ってるかさぁ? 魔族はね、一度好きって決めたらその男の人以外は興味無くなっちゃうんだよ? それが魔族だよ?」
「初耳だけどそれ仕方なくない!?」
腕がやっと解放されて、腕に血液が流れる来る感覚に満たされる。ああ、生きてるって感じがする。
でだ。なんでアルトさんは急にあんなことを聞いたんだろうか。
「ふぅ、だから、もっとボクを頼ってね? お金の面でもね! ……か、体のほうはよく分かんないけど……」
「どちらも男としてやっちゃいけない気がするんだが。とりあえず、お腹すいてテンションおかしなことになってるぞ……ほら、行くぞ」
ここで彼女に向けて手を伸ばすのは正しい選択であると信じている。因みに差し出したのは握り潰されかけた右手ではなく左手。
チェリーな俺でも勇気を振り絞って手を繋ぐ構えを取れたのだが、これ以上のスキンシップはドワーフの里でお酒もどきの力が必要になってくるかもしれない。またソラとファラに根性無しなんていわれそうだ。
「うんっ、それでいいよ。ボクが望んでたこと、やっと分かったね!」
「あぁ……そゆことかよ。経験が浅いツケがこんな所で来るか……」
「そゆことなの! さ、行くよっ!」
男性とは違った柔らかい手が触れて心臓が跳ね打ち、繋がった途端にバーガー店まで引っ張られ、これまた全力疾走並みに鼓動が早くなる。
体温も彼女の方が高くて暖かく、つい夢中になってしまいそうな不思議な感覚であった。
「なぁ、そっちもドキドキしてたり……するのか?」
「ボ、ボクは全然大丈夫だし!?」
「……ああ。そっちもね。大丈夫、俺もバクバクだ」
「ん、ボクの方が強いんだからねっ!」
「声が震えてるぞ」
「う、ぅ……っ!」
女の子がグイグイと俺を乱暴に引っ張るようすはまるで恋人同士には見えないが、俺の心には凄まじく満たされる感覚があった。
元の世界で俺が勘違いした女の子と話した時とは違う、本能的な満足感。――ああ。これはウィンがあのピンク髪の女の子にデレデレになるわけだ。あいつらは俺たちの目の前でこれを味わっていたのか。やっぱり許せない。
「ゆうっ! あるとっ! 遅いです」
「ごめんね! ユウがちょっとね」
「悪いな。レム。好きなの頼んでくれ。アルトの奢りだ」
「ユウの分は奢らなくてもいい?」
「泣くぞ」
未だに手は繋がれたままであり、レムの視線はガッシリと握られた俺たちの両手の先にある。
それと、繋がれているではなく、“握られた”である。俺たちはまだ、俗世間でいう恋人繋ぎまで辿り着けていない。
「あると……まけない、です」
「……え、なにが?」
「何でもないです! ゆう、ワタシとも繋ぐです!」
「いいぞー」
「なんでそんな抵抗ないの!?」
「いや、だってまだ……子供だろ?」
「ワタシもオトナですよ!?」
二人の声量もあってか、店に入ってからは男性女性問わず、嫉妬の視線を受けているように感じている。迷惑なのもまた同じくらい感じるが。
つい最近まで彼らの立場であったので、見られる側の気持ちが初めてわかった気がする。
両手に華なので、俺は幸せなことこの上ないけどな。
微妙に暗い表情の店員の受け答えを終え、席に着いて待っていると、ふと目の前で既視感のある人物が通り過ぎる。
二人の男女は魔法学園で出会った覚えがあるのだが、お互いに服装は煌びやかで、高級感のある雰囲気がある。
まさに、中世の貴族といった姿であった。明らかにファストフード店に来るような人物ではない。
片方の男性は藍色の天然パーマが特徴で、もう片方の女性は青ブロンドの髪をしている。
見れば見るほどどこかで出会ったような記憶が蘇るが、いかんせん服装や装飾が優美でまるで元の姿が思い浮かべられない。
「どうしたの?」
「なんか、見たことある気がするんだよな、アイツら」
「凄く高そうな服を着てる、です」
三人揃ってじぃっと見つめていると、突き刺さる視線に気がついたのか、こちらと目が合う。
俺たちの間で数秒間の沈黙が訪れて――
「お待たせしましたー」
店員が運んでくるハンバーガーが口火となり、対面で佇んでいる男女は机を叩いてスタンドアップした後、強く声を荒ららげた。中世の貴族のような、平民が寄り付き難い服装をしているのにだ。
「貴方たち何故ここへ!?」
「ナミカゼ!? お前何やってるんだ!?」
「あ、あっちはボクたちの事分かってるらしいよ」
「あっ、もしかして……」
レムは何か察したようだが、声を聞いて俺も何となく分かったような気がする。
片方の男性はレイダーと呼ばれた貴族の男の子。文化祭の演劇で魔王役を務めたドジっ子だ。歳は同じくらいなので子とは言わないかもしれないが。
「で、あっちが……」
「貴方たちとは随分と縁があるようですわね」
もう片方はダニアという名前の女の子。闘技大会から顔見知りであり、当時彼女は武器で弓を使っていたが、シーナの風魔法で即退場させられた記憶がある。
また、彼女は学園に入学した当初も俺たちに案内をしてくれた。意外と関わり深い仲である。
彼らはこちらに気がついた途端に荷物を整理し、そそくさの早足で寄ってくる。後ろにそれぞれ一人づつメイドを引き連れて。
「あっはっは。後ろのやつは気にしないでくれ。まるで記憶が飛んでたみたいな言い方だが……お前らとは久しぶりにあった気がするぜ」
「全く、どれだけ女を侍らせるのですか貴方は!」
「いや、これには文字通り命をかけた闘いが合ってだな……」
「ふん、恋はいつでも命懸けですわよ!!」
学園では良き天然キャラとの地位を確立したレイダーは笑いながらこちらへ近づき、ダニアはこちらを見て一息吐くと、片手にハンバーガーのトレイを持ちながら俺に向けて人差し指を向ける。当然説得力なんて全く持ち合わせていなかった。
「え、えーっと……二人はこんな街に何の用で来たの? 従者まで連れてさ」
「ワタシもしりたい、です」
彼らは俺たちの目の前に座ると、優雅に、そして当然のようにナイフで切ったハンバーガーをフォークで突き刺し、頬張る。
目の前で貴族服を着た二人が、まるでフレンチを食べるかのようにナイフとフォークを使っている光景は違和感しかない。そこまでしてファストフードを食べたいのか異世界の貴族様は。
口元をナプキンで拭きながら、ダニアはついに口を開いた。
「そうですわね。サイバルに来る地点で既に察しているかも知れませんが、お祈りに来たのですよ」
「サイバルは女神様の加護を受けた街だからなぁ。だから闘技大会をやっても毎年怪我人が少ない。まぁ、今後のお祈りってやつだよ。お前らはもうとっくに今年のお祈りは済ませたんだろ?」
「おい、のり?」
どうやら彼らは互いに宗教的理由でサイバルに来たらしい。昔の俺であったなら神なんて信じない――と思想すら蹴り飛ばしてたであろうが、今の俺は……まぁなんたってその女神様に飛ばされてこの世界に渡ったのだ。信仰する気はまるで無いが、存在を否定することは死んでも出来ないだろう。死んだけどな。
「そう、お祈りだ。人間に獣人、エルフにドワーフ。更には竜人様にだって、この世界を生きる者は、どんなに卑劣なやつでも女神様だけは祈りを捧げるもんだ」
「魔族だって信じているという噂も聞いたことありますわ! それに関してはホントかどうか怪しいのですが……女神様はとにかく全てにおいて平等な存在ですわよ」
「ボクはこっちに来てからまだ一回もしてないや……」
「ワタシも、まだ、です」
アルトもレムもお祈りという名の信仰は行っているようで、どうやら種族を超えて相当大規模な団体に属しているらしい。俺としては別に興味ないのでまるで話を聞いていなかったが、彼女らは別であった。これは聖霊たちに知識を押し込んで貰うしかない。
「なら、一緒に行くか?」
「ここからなら多少近いですわ」
「えっと、ユウはどうかな?」
「これを食べ終わったら行こうか」
少し遅めの昼を食べ終え、俺たちは連れられるがまま付近にあった教会でしばらく祈らされた。俺はただ目を瞑ってシャーリンをイメージしたのだが、当然といえば当然ながら、まるで出現するようすは見受けられなかった。
皆の終わった後は満足げな表情であったが、本当の神様と出会ったことのある俺からしたらなんとも偶像崇拝にしか思えなかった。
観察眼を使ってみても大して効果も得られなかったし、やはり人間は心の持ちようが大事だなと、深く考えさせられた一日であった。
ご高覧感謝です♪




