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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第九章 裏の世界と表の世界
202/300

第202話 残ったもの

 大鬼はか細い断末魔を張り上げ、喉元からは血に混じって莫大な量の魔力が間欠泉のように吹き出していく。


 やっと終わった……のだろうか。ドリュードを見れば飛び散った大鬼の血の雨と目から溢れでた透明な液体に濡れながら、どこか達成感の感じられる目で空見上げており、戦闘を継続する雰囲気は感じ取れない。

 意識もハッキリしてきたところで、ミシミシと悲鳴を上げる身体を起こしあげる。支える右手の石化のいつの間にか治っていた。


「……情けないな」


 どこか自嘲じみた声が聞こえたのは真後ろから。

 カチャリカチャリと金属がぶつかり合うような音を響かせながら、白い全身甲冑の男性が歩いてきた。


「俺らの専門は人間だ。魔物じゃねぇ」


 次の声は右から届く。その方へと頭を動かせば、壁に寄りかかっている目つきの悪い騎士がいた。ケイと呼ばれていた男性であった気がする。真っ黒な大剣を背負い、ガチガチに固めた金髪は濡れていて、大鬼が倒れた場所を見る目は何処か悔しそうである。


「で、君のおかげで助かったわけだけど、そんな実力を持つ君は――いったい何者なんだい?」


 次に話しかけられたのは左からで、白い法衣をきた蒼髪の男の子。まだ幼いようにも見えるが、近くで見ればレムよりは少しばかり大人っぽく見える。


「Fランカーの召喚士サマナーだ。最弱のクラスなんて酷評が多数あったりする」

「聖霊たちと随分と仲が良さげだったなぁ? 」

「そんなもんだろ。召喚士の特権だ」


 敵を作らない程度に軽く流す。ケイは随分と喧嘩腰だが、流れに乗ったところで何のメリットもない。彼は元々こういう性格であると割り切るのが無難である。当然彼の事は全く知らないが。


 それはさておき、助け出した白神は隣ですやすやと寝息を立てており、随分とまぁ無防備なようすで寝ていらっしゃる。今のうち縛っておいた方がいいのだろうか。いやイヤラシイ意味とかじゃなくて。


「またあの人に続いて規格外な召喚士だね」

「――とりあえず、名前を聞いてもいいだろうか?」

「できればそっちから教わりたいんだが」

「っと、そうだな。申し訳ない」


 口を挟んだのは、こちらまで歩いてきた白銀の西洋甲冑で顔がまるで見えない騎士。もう戦闘は終わっているのだし、脱ぎ捨ててもいいとは思うのだが……リンクスのような鎧好きなのだろうか。顔が全く見えないほどガッシリとした兜を被っているので、なかなか息苦しそうである。


 ふと気がつけば、頭部を掴み、彼は兜を脱いでいた。すると中からはサラサラで、そこまで派手ではない赤髪をもち、それに似合った黄金の瞳をもつ凄まじいイケメンが現れた。――対敵特攻を発動させてしまいたいほどの整った顔だちであった。下手したら男でも惚れてしまうのではないだろうか。


「申し遅れてすまない。私の名はガウェインと呼んでくれ」

「そ、そうか。俺は波風 夕だ。そっちからしたらおかしな名前だろうが、気にしないでもらいたい」


 この世に苗字と名前がどちらもあるのは貴族や王族の特権であるらしい。アルトは王族であるから置いておくとして、ドリュードは恐らく苗字がない。


 それにしても、よくよく考えればリンクスやミリュ、そしてシーナや学園の人間の殆どが苗字持ちだったような気がするな。

 あの施設は大変豪華であったが、まさか貴族専用の学園では無かったのかと、疑惑が湧いてくる。


「……! そうか、君が愚弄の召喚士か。竜人の里ではテュエル殿下が世話になった」

「いや、世話になったのは俺の方だけどさ」

「……どうやら、私の想像と君は幾らか違っているようだ。失礼ながら、誰にでも食ってかかるような性格だと思っていてね」

「三分の一ぐらい否定しとく」

「あぁ? なんで俺のほうを見てんだよ?」


 ガウェインがケイの方角を柔らかな笑顔を浮かべて見つめており、それを良しとしないつんつん金髪はこちらを睨みつけていた。

 それにしても、また来たか二つ名。挑発行為もあまり良いことずくめではない事はよく分かったので、もうその名前は捨てて欲しいところである。


「ガウェイン卿」

「ああ――そうか。分かった」


 ここで、背後から兵士がガウェインの耳元で何かを伝え、彼の顔に影を落とす。どうやらあまり嬉しくない報告であるようだ。

 それを見て、マーリンとケイも寄りかかっていた壁から離れ、ガウェインの方へと向かっていく。


「帰んのか?」

「残念ながら、しばらくは帰れなさそうだ。君とはもう少し話をしたかったけどね」

「――だが、忘れんじゃねぇぞ。この事件でのお前の怪しさは飛び抜けてやがる。いや、お前らっていた方が正しいか」

「後で僕たちの尋問を受けてもらうけど、構わないね?」

「出来ればお断りしたかったんだが……そうはいかないよな」


 彼らがいうに、マシニカルのギルドがある場所とその周囲はほぼ全壊。死者はいなかったとはいえ怪我人も多数。そして、なんの脈絡無く出現した今回の騒動の原因である大鬼。市民に事情を説明するのにはあまりにも情報が足りないらしい。

 俺も俺で何が何だか分からないままに襲われていたため、大した情報にはならないが、関係性の潔白は主張できるだろう。


「ではまた。ユウ。君の怪我が治った頃を見計らって魔法便を送ろう」

「ああ。今回は色々な場面で助けられたよ。礼を言う」

「めちゃくちゃ気にくわねぇが……あの鬼を仕留めたのはてめぇらだ。あの大剣の男にも伝えておけ。お前らは、俺たち円卓の騎士も認めるほどの実力を持っているってな」

「おや? ケイにしては随分べた褒めだね。でもまぁ、今回はそっちが来てくれたこともあって僕たちの名誉は保たれたんだけど」


 円卓の騎士、という詞にデジャヴを覚える。確か子供の頃の俺が預けられた施設でもその原本が翻訳された本があった気がする。しかし、その本は身近な友達にいつも独り占めされていて見れなかった記憶もあった。

 あまり登場人物も覚えていないが、彼らは作り話に出てきた人物をなぞられているのではないだろうか。


「――とにかくだ。色々と話したい事はあるが、今はこの事態を収集しなくてはならなくてな」

「なにせ、こっからは俺たちの土地と人民だ。だから、一番の被害者はここに住む住民の他ならねぇ。まずはこの都市のトップがギルドから王都へ変わった事と、伝えてやんねぇとな」


 口が悪いとはいえ、独裁者のような発想ではないらしい。凄まじく偏見であった事を謝りたい気分に駆られる。

 円卓の騎士たちはこちらに向けて胸に拳をつくって叩き、恐らく敬礼であろうポーズをとると、そのまま真っ直ぐへと帰路を辿っていった。

 男の憧れでもある騎士の敬礼を目の前で拝むことが出来てちょっと嬉しい溜息を吐いた。


「さて、プニプニも精霊たちも回復に専念したいだろうし、話しかけるのも少し気が引けるが――」


 不意に倒れている白神と呼ばれた少女を見る。同じ人、だなんて言われたこともあり、彼女とは俺も昔どこかで話したことがあるような気がした。

 腹部が上下していることから呼吸が止まっているということは無いために安心する反面、彼女が意識を取り戻してからのことについて考えて、頭が痛くなってきた。

 シーナやドリュードは彼女のことを知っているとはいえ良い印象を抱いていないのは確実であるし、アルトやレムも対面した事は無いとおもうが、噂ぐらいは聞いているはずである。それも良くない奴を。

 

「シャナク。コイツどうするんだよ。お前が助けろっていったんだろ?」

(目が覚めるまで守護せよ。例え仲間を犠牲にしようともな)

「いやそれはちょっと無理がありますよシャーさん」

(……し、シャーさんだと? この吾のことをし、シャーさん……だとッ?! 汝ッ吾をなんだと思って――)


 即答で返したセリフに、中からの声が明らかな動揺を伝えてきて少々面白い。それはそれで置いておいて、本気で彼女への対処が分からなくなってきてしまった。

 最も王道である武器を取り上げる行為は、魔法という概念がある世界においては不可能であるし、封じ込める手段もない。

 次に縛り上げる手段だが、現在使えるのは魔法と、塔を登るために使おうとした鍵爪つきのロープだけである。

 勇者との戦いで使用した魔法をかけ続けるという手は、仕様魔力の点で考えてみても現実的ではない上、何よりこちらの体力が持たない。

 そしてロープで身体を縛る手段だが、彼女は化物のような実力を持つため、少年漫画のように筋肉を隆起させてロープを引きちぎることも可能だろう。やはりボツである。


(聞いているのか!? シャーさん……だと!? なんだそれは!? おい!? 汝は聞いているのか!?)

「まだ言ってんのかよ……」


 目の前の現実から逃げるように動かなくなった大鬼を見る。キラキラと足元から光の粒子へと変わっていき、魔物特有の消失が発生していることが分かった。


 また、恐らくドリュードは誰かと話しているのだが、離れているので全く会話が聞きとれない。騎士もいなくなったこの空間で誰と話しているのかも気になるため、彼の元まで向かおうとして――二歩目の足を踏み出したところで声をかけられてしまった。


(待て)

「なんだよシャーさん」

(シャーさんなんて巫山戯た言葉は置いていっても良いが、奴を置いていくのは吾が許ぬぞ)

「むしろ俺は逆を望みたいんだが。というか、お前は何故にそこまであいつに執心してるんだよ」


 俺の仲間はいとも簡単に切り捨てるのにも関わらず、白神は特別待遇といっても過言ではないほどシャナクに優遇されているのだ。どうにも理不尽さを感じる。

 時間的余裕がある今、これは聞いておくべき質問だろう。


(奴は自動殺戮兵器オートマトンではない。人間だ。これでいいか?)

「理由になってねぇよ。そもそもお前は人間好きじゃねぇだろ。俺はドリュードのところへ向か――ッ!?」


 三歩目を踏み出そうとして――失敗して転んでしまった。歩く事に失敗したのはいつぶりだろうか。変な角度から地面に踏み込んでしまったため、足をくじいてしまったかも知れない。


「いてぇよ……シャーさん」

(その呼び名は許可していない。汝が吾の魔力を大量に使ってくれたおかげでこのようなことが出来るようになったのだ。まだ完全なる支配には及ばないがな)

「契約無視かてめぇ……」

(いいや、アレが契約だ。あれより吾は汝の精霊となった)


 笑いをこらえるような声が聞こえれば、倒れていた俺の身体は意図せず起き上がり、虚空に手を突き出し、その場所には残り少ない魔力が注がれる。


 真っ黒で、幾何学模様を重ねたような魔法陣が腕を媒体として手前の足元に出現すると、俺の身体の中は、とんでもない物が出ていく不快感で満たされる。

 魔法陣からは暗い霧が集まり、それらは何かの形を作っていく。


「おいおいおい」

(くはははッ!!)


 そうして地面に張り付いた魔法陣から出てきたのは――サムズアップをしている右手であった。その瞬間をもってして身体の自由が効くようになる。


「……えっと、なにこれ」


 じっと、汚物でも見るように足元を見つめる。地面に出現した真っ黒な魔法陣から出るのは垂直に生える真っ黒な腕。腕だけである。

 怪奇現象のつもりだろうか。まるでデッサン資料のような佇まいである。


 溶鉱炉に落とされた時に見るようなサムズアップであった。


 腕の形がはっきりした瞬間からサムズアップを継続し続けているのはじわじわ来るので、あまり目を合わせたくない。出てきたのは腕だけなので目はないが――俺の反応を待っているのか、未だに親指を立てた形のままでピクリとも動かない。ただ、俺の心には凄まじい興奮が感じられる。


 顔の表状にそのようすが出ないのは、見ている光景とのギャップがあるためだ。俺の体と心が別になった気分である。


(くはははっ! どうだ? 腕まで具現化してやったぞ!! 驚け召喚士ッ!!)

「お、おう。凄いな」

(……この凄まじさが分かっていないな。人間の精神が精霊にまで昇華したのだぞ?)

「全く持って凄さがわからないが、とりあえず凄いなシャーさん」


 そう言い放ってしまうと、シャナクの腕はどこか寂しげに魔法陣の中へ戻っていき、陣も小さくなって消えていった。その後、俺の興奮はどこかへ消えていってしまい、何だかもの寂しげな気分になってしまった。


(話を戻そう。吾が精霊になったという事は、汝との精霊同化が可能となったということだ)

「なんだよそれ。お前と同化なんて嫌なんだが」

(汝……召喚士であるのに存ぜぬか。まぁいい。こればかりはいくら吾であっても好き好んでするものでは無い。不完全とはいえ、感覚から今思っていることまで全て共有されるのだからな)


 どこかムスッとしたような声で話すシャナクが何を怒っているのか分からないが、恐らくは先ほど身体の自由が効かなくなった原因が精霊同化とやらのためであろう。ついでに謎の興奮も。


(さて、もう一度言おう。奴を置いていく事は吾が許さぬ)

「ここで、待ってろっていうのか? ドリュードと少し話したらアルトたちの元へ帰ろうとしてたんだが」

(いいや、待つ必要は無い。……奴を背負って移動すればいいのだからな)

「帰らせていただきま――ずぅっ!?」


 踵を返し、治療施設に向かおうとした瞬間、再び身体の自由が聞かなくなる。前にも後ろ左右にも帰路への三歩目が踏み出せない事件であった。歩く事に失敗した俺は再び地面に倒れ込む。顔面からである。


「……痛い」

(他の聖霊や魔物が干渉してこない以上、汝の自由はないと思え)

「取り込むぞテメェ」

(くははっ、吾は既に汝の精霊だ。吾の居住の魔法陣も、戦闘の最中に汝が体を寄越した時に、吾自身の魔力で制作は終わっているのだ。取り込む事は不可能である)

「畜生め。なんでそんなにお前は万能なんだよ……」


 彼のクラスが全く不明であるとはいえ、召喚士の知識は俺以上であるかもしれない。また後でソラとファラに今回の活躍を労いつつ、解説をしてもらおうか。

 と、いうわけで俺は白神が起きるまで待つ、もしくは白神をおぶって運ぶという二つの選択肢に絞られてしまったのだ。

 例外的にソラやファラ、そしてプニプニが起きるのを待つということもあるが、かなりダメージを負わせてしまったため、一日で回復してくれるかも怪しいところだ。


「起こすのはアリか?」

(関係ない。行け)

「こいつ体の操作が一部分だけ奪えるからって偉そうに……襲われたら任せるかんな?」

(当然だろう。汝の反応速度では折角の吾の器が壊れてしまうだろうしな)

「一言どころか三言ぐらい余計だ」


 白神の元へ歩くのは許されるそうで、身体に違和感は感じられない。

 仰向きで寝息を立てている白神の表情は無機質なものではなく、人間の温かみのある顔つきそのもの。対面した時のような冷徹さは感じられなかった。


(汝……恐れるにも程があろう?)

「怖いに決まってんだろ。ドノーマルな反応だっての」


 俺は数メートル近づいたところで、白神にさんざん痛ぶられた記憶が蘇る。そのため、彼女を触るのは俺ではなく、鞘付きの刀であった。腹部を貫かれるのは二度味わったがどちらも心にまでダメージが残るのだ。


 つんつんと、まるで蜂の巣でも落とすかのようにつつき続けている。


(ええい、焦れったい)

「あ」


 身体が勝手に動き、刀を魔法陣に仕舞ったところで白神が呻き声に近い音を発する。その瞬間、俺の身体が恐怖心でフリーズして――


「……ぁ」

「こんにちわ……いやおはようか?」


 薄く開いた赤い目と俺の恐怖心でいっぱいな瞳がピッタリと合わさり、俺は詰まりながら声をかける。その瞬間をもって、シャナクの取り憑き状態は解除され、体の違和感はどこかへと消える。


「……だれ、ですか?」

「あー、そうだな。多分召喚士(サマナー)だ。そっちは?」

「サマ、ナー? なんの事ですか?」

(ふむ、どうやら記憶が飛んでいるようだな)

「嬉しいような嬉しくないような」


 何故だか分からないが、彼女には記憶が無いようだ。という事は俺への攻撃はもちろんのこと、誰に従っていたのかも、何を務めていたのかも分からなくなってしまったはずである。襲いかかられる可能性が小さくなったことにほっと胸を撫で下ろす。


 じっと見ていると、彼女の頬が赤く染まっていくと共に、特徴と一つでもある機械的な声が発せられていないことに気がつく。


「自然だな。あんなロボットみたいな声だったのに……」

「あのっ、貴方の名前はなんて言うんですか?」


 赤く透き通った瞳で見つめ返す彼女は惑うことなく人間そのもの。声も同じくである。日記ではさまざまな手術や薬を与えられたらしいが、今の彼女からはそのような事実は感じられない。


「波風 夕 だ。そっちは?」

「……えっ」


 返答は呆気ないものだが、彼女は驚いたのか目を丸くして、信じられないといったようすで今一度俺を全て見透かすような視線を残す。見ているだけで魅了されてしまいそうな自分が恨めしい。


「そっちの名前は?」

「っ……多分、ですけど、上崎かみさき 真白ましろって名前だと思います」

「ッ!?」


 彼女は頭痛を感じているのか、右耳辺りを右手で押さえつけ、片目を瞑りながら話してくれた。

 そして、俺はその口から放たれた事実についつい声を漏らしてしまう。上崎 真白。その名に当てはまる者は、俺が元々いた世界で若くして亡くなったとされている人物だ。白神と彼女は顔は似ても似つかないが。


 まさか、本当にまさかとは思うが、彼女も俺のことを知っているのではないだろうか。俺と同じく、死んでこちらに来たのではないのだろうか。


 跳ねる心臓を何とか押さえつけ、逸る気持ちを無視して彼女から返される言葉を待つ。


「あわ……すみません。聞き覚えのある言葉であったので、固まってしまいました。それに、名前以外には本当に何も無い思い出せなくて……」

「……そうか」


 俺も少々落ち込んでしまった。期待外れ、というのは彼女に対して失礼極まりない思いだが、それに近いものを抱いてしまったのだ。あさひ 山河さんが夜雨よさめ 來奈らいなといった異世界に渡ってきた人物が二人もいるのだ。期待するのも自然と思いたい。


 では、どこから来た――なんて聞くのは野暮だろう。ただでさえ彼女は記憶を失っているのだ。一番わからないことが多いのは彼女である。


「あの、なんか――ごめんなさい」

「いやいや、こっちも変な雰囲気作って悪かったな。記憶がないって言っていたが、これからどうするんだ?」

「少なくともここは見たことない場所ですし、どこに帰ればいいのかも、何をすればいいのかも……まだ決まっていません」


 目を逸らし、ボソボソと話す彼女を見て返答に困ってしまう。確かに彼女の戦闘の実力は一国に匹敵するほどだが、果たして記憶のない状態で人殺しや魔物が横行闊歩するこの世界を生きて行けるのだろうか。

 俺の想像するあの人でなくとも、同じ世界にいたであろう人間なのだ。出来うるかぎり助けの手を差し伸べたい。


(で、どーするんだよシャーさん)

(その呼び方で確定か汝よ……しかし困ったものだ。記憶がないとすると、吾も少しばかり事の運びに思慮を巡らせなければならない事になるな)

(結局お前の白神――じゃなった。真白さんに何の用事があるんだ?)


 俺の身体のコントロールを奪ってまでして、彼女から離れることを引き止めたのは間違いなくシャナクである。

 精霊になった事だろうし、主人の特権というものを確認することも兼ねて聞いてみることにしよう。


(さぁな、本人に直接聞くといい。もう吾は暗闇の深淵へ向かう。誰かさんに凄まじく魔力を使われたものでな)

(っておい待て逃げんな。あの人は記憶がないって言ったただろ)


 残念ながらそれ以来はいくら話しかけても返答はなく、無視し続けられるようになってしまった。こうなれば彼の気まぐれが巡ってくるまでもう口を開く事はないだろう。なんとも非協力的なお方である。


「えっと、夕君?」

「ああ、ごめんなましろちゃん」

「……ちゃん?」

「っと、ごめん真白さん。昔同じ名前の友達がいてな。呼び方がさっきのヤツだ」


 こんな短時間に二度も謝ってしまった。教師に向かってお母さんと言い放ってしまったぐらい恥ずかしい。それにしても……雰囲気だけは似ているんだよな。


 アルビノ少女という言葉がピッタリ似合うような白い髪の毛は、肩に触れるか触れないかの場所で揃えられており、彼女の真紅に輝く赤い瞳は吸い込まれそうで、アルトと同等の美しい容貌ではある。異世界クオリティが凄まじすぎてついていけない俺であった。


「私の呼び方は何でも構いませんよ。ですがその呼び方は……なんだか久しぶりな気がします」

「また随分思わせぶりな発言をするもんだ。……前世では知り合いだったかもしれないな」

「なんだか、私もそんな気がします」


 未だに倒れながら話す少女は未だに起き上がらず、動く気配もない。

 そろそろ彼女に対して具体的な助けの手立てを考えたいところなのだが……


「んん? 彼女が噂の白神か? やはりいつ見ようとも美人だな。どうして神はこんな格差を付けたのか……」

「……なんでお前白神と話してんの」


 いつの間にか背後にいたのは、くのいち姿で二刀の大剣を背負い、これまで見てきた中でも最も胸の大きな女性と、今回の戦いのMVPであるドリュードである。


「貴様……どこを見て言ってるんだ」

「虚空を見つめてる」

「こ、こんにちわっ。あの、動けないので、挨拶が変な感じでごめんなさい!」

「……は?」


 横たわりつつも真白さんは無理に笑顔を作って話す。ドリュードは白神をロボットであると考えていたので、凄まじく驚いたような表情を作っていた。


「白、神だよな? え、あ……嘘だろ?」

「白神、って呼ばれてたんですね。私は」

「驚いた。彼女はてっきり魔道具の類かと思っていたのだが」


 三者三様な感想を抱き、ギルマスは無防備な真白さんの顔を覗く。真白さんが少々照れているようすを見たドリュードは、想像していた彼女とに驚くことだろう。冷徹無比を体現したような人物が、ハッキリとした人間の声で意思を伝え、柔和な雰囲気を持っているのだから。


「実際はこの通りだ。とりあえず、そっちで彼女の治療をしてやって欲しいんだが……どうだ?」


 くの一姿のギルドマスターはサイバルのギルド長、かつ、元々はすべてのギルドを収める人物であったらしい。なぜいつまで経っても元の座に戻らなかったのは後で聞いておくことにして、白神を所持していたグループに属していたことには変わりはない。義手の修理や彼女の体の治療を任せるならば、うってつけの相手であった。


「あ、ああ。できる限りやってみるが、残念ながら今すぐにとは言えない。なにせ国を正式に王都へ明け渡さなければいけない上、住民たちの被害も甚大だ。消えたブルーノにすべてを押し付けることにしてもまだまだ釣りが来る」

「との事だ。しばらくはあの人に治療してもらってくれ」

「えっとその……夕君にはまた、会えるよね?」

「多分な」


 急ぎの展開で困惑気味な彼女に俺は笑顔で頷き、次はドリュードへと声をかけることにする。少し見上げて顔を見れば、彼は未だに驚いており、その余韻に浸っている。


「ドリュード。今回はありがとう。お前のおかげで色々助かった。もう貸しはチャラでいい」

「……え、お前……オレに感謝してんの!?」

「あ、ああ。色々とな。情けない姿を晒して悪かったな」

「は、ははっ、明日は雪でも降るんじゃねぇかな……」


 真面目に感謝したというだけで声を張り上げて驚くドリュードに俺は返しに困ってしまう。

 何度か本気でぶつかりあったが、これは彼との男の友情を示したという形で了承してもらえるのだろうか。


(ユウッ!? 生きてる!?)

(ああ。良かった。アルトも無事だったか)


 ここで念話が入る。どうやらアルトの意識も戻ったようだ。無事で何よりである。ドリュードたちから数歩距離を取り、背を向けて頭に届く声に集中する。


(レムも、シーナも、ミリュも、リンクスもみんな無事だよ!)

(これでやっと一安心だ。鬼との決着も終わったしな)

(うんうん――って、えぇっ!? 戦ってたの!? ボク抜きで!?)

(アルト、大怪我なんだぞお前)

(いや、ユウも人のこと言えないよね!? ずるいっ!)


 何気ない会話が一番である。そんな想いを抱きつつも俺は体魔変換を使い、魔力を作り出し、転移魔法の準備をする。

 もうこんな大騒ぎは二度と勘弁してもらいたい。良いにせよ、悪いにせよ、凄まじい経験を得られたものである。


「じゃギルマスさん、俺は近々あんたの所に行くかもしれないが、そん時はまた頼む」

「ああ。ダンジョンについてもまだ話してなかっただろう。お前の傷が癒え次第来てもらって構わない。……今更ながら、どれだけ無理をしたんだ。まったく」


 いったいこの一日の間でどれだけの攻撃を受け、どれだけの血を失ったのだろうか。数えたくはないが、通常の状態であったなら最低一回は死んでいるとは思う。

 よく分からない危険な薬のおかげで生き延びたので正確なところは分からないが、もう二度とあんな地獄は味わいたくない。


 魔力を循環させていることにより出血は抑えているが、勇者などから与えられた傷口は既に開いているのだ。お風呂が地獄になりそうである。


「……っておい!? どこに行きやがる!? まさかオレを置いてくんじゃねぇだろうな!?」

「悪いな。この転移魔法は三人用なんだ」


 ドリュードが慌てたようすでこちらに向けて手を伸ばして近づいてきたが、少しだけ遅かった。魔法はもう発動しており、笑顔を浮かべる俺は既に光の中である。


「じゃあなドリュード。また会おう」

「このっ――後片付けぐらい手伝えやぁぁぁぁッ!!」


 そんな叫び声が徐々に遠くなっていく。 彼のその悲痛な声は、リンクスとミリュの救出作戦が終了したアラームでもあった。


これにて第九章は終わりになります!

終わらせるまでかなり長くなってしまいました(汗


それと、(現時点では)8000ポイントを超えることが出来ました! まだまだ稚作ですが、見て下さる皆様に深く感謝申し上げます!

追記 2016/09/04 キャラ紹介を改良してみました


ご高覧感謝です♪

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