表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七罪の召喚士  作者: 空想人間
第九章 裏の世界と表の世界
201/300

第201話 返り事

 目の前の鬼が大きく叫び声をあげると同時に、俺たちは合わせて駆け出していく。体の軽さは以前とはまるで比にならないほどで、足を引っ張る死の恐怖も幾分か軽減された。気持ちを完全に切り替えるまでには至らなかったが、彼の言葉もあり、戦闘を不自由なく行えるまでには回復できた。

 気を引き締めて、全力でぶつかっていくつもりだ。


「ユウ! あいつの弱点は分かるか? 対四魔波動アンチエレメンタルを使ってるんだが、どうにも攻撃が当たる時と当たらない時がある!」

「弱点なんて分かるか。あいつが電撃を纏っている時は俺が攻撃する。石化の魔法を使われた時にはお前に任せる。その他は臨機応変で頼む」

「いやその他が一番大事――!?」


 ドリュードが反論を述べようとしたタイミングで、目の前から雷の蛇が現れ、身をくねらせながら接近を許してしまった。脅威を確認するとともに、頭上では巨人が大きな拳を振り上げているようすが見て取れた。


「つーわけで、これは俺の出番だ」

「ラ・リフレクッ!!」


 何処からか声が届けば、俺たちを覆うようにして薄い球体の白膜が出現する。

 その魔法により、雷撃は反射の防壁に阻まれて曲面をなぞりながら空の彼方へと向かっていった。

 俺は魔法を使っていないし、ドリュードがこのような魔法を使えるとも聞いたことがない。となれば使用したのは――


「マーリンか」

「あのね!? 少しは作戦をたててから突っ込んでくれないかな?!」


 魔物に向かって走っている俺たちから更に後方。騎士たちが集まり、治療受けている場所でさえ空から稲妻の驚異が迫り来る。

 彼は騎士の仲間であろう魔術師であるが、どうやらこちらにも加担してくれるようだ。


「――て、やば」


 大鬼も賢くなったらしく、攻撃の対象として狙うのは俺一人ではなく、待機していた騎士たちにも該当するようになっていた。

 バリバリと音を跳ねさせながら、新たな二条の雷撃は空から彼の元へと迫り来る。


「マーリン!?」

「でぇあぁぁぁっ!!」


 すぐ傍にいた騎士が声を張り上げながら手を伸ばしたその瞬間、崩落した建物から一つの影が飛び出し、その者は両手に持つ大剣で雷を切り裂き、生命を刈り取る魔法を空中に漂うただの魔力へと還した。

 女性としてはなんとも勇ましいその姿は、何処かに消えたかと思っていたギルドマスターである。


「くくく、すまないな。私とあろうものが吹っ飛ばされたうえ、気絶させられてしまったよ」

「――!? あいつは!?」

「ドリュード前見ろ」


 巨大な腕部が小さな俺たち二人に向けて勢いよく振り払われ始める。それはまるで大木が鞭のように振るわれているような圧迫感で、一メートル近づいてくるごとに凄まじく恐怖感を煽る。その一撃は終末を思わせるほどの凄まじい威力が込められていることは明らかであった。


「魔法纏 雷」


 迫り来る拳を視野に入れつつも、魔法陣から数も少なくなってきたアルトの刀を模倣した武具を取り出し、身体にはビリビリとした電撃を纏う。彼が今雷属性であるならば、俺の攻撃は通るはずだ。


「丁度いいから俺はアレに乗るぞ」

「おいおいおい――命を掛けるの意味を履き違えてんじゃねぇのか!? ふざけてるのにも程があるだろ!?」


 アレ、とは現在進行形で振り抜かれている大鬼の腕である。しかし、この発想は彼が言うようにふざけているのではなく、至って真面目だ。

 そのような考えに至った理由として第一に、小さな雷撃を躱しながら接近するより、一つの大きなリスクを乗り越えて素早く攻撃を加えた方が手っ取り早いこと。第二にシャナクのいう邪悪な魔力に俺の体が永遠と耐えられるとは限らないためだ。侵食なんて現実があるんだからな。一刻でも早く勝負決めたいところだ。


 遂に大鬼の豪腕は人間の住む大地へと侵入し、勢いはまるで衰えぬまま、激しく地面を捲り上げ、瓦礫や建物郡をなぎ払いながら急速に近付いてくる。


「まじでか!? マジでやんのか!?」

「ああ。まじだ。属性が変わったら任せるぞ」

「お前はもうちょっと成長して常識的な考えを身につけてくれると嬉しいんだけどな!?」


 そんな事を話している間にも腕はどんどん地形を変えながら接近し、圧迫感は徐々に増してくる。神経を尖らせて、俺はしっかりと――見る。


「あいつら……!? 何をやってやがる!?」

「――来る。三、二、一……」

「唸れオレの身体ぁぁぁっ!!」


 騎士の大剣使いが焦燥めいた声を上げるが、今は気にしていられない。俺が今からする事は最低限のジャンプで、最高速で腕に着地すること。対してドリュードは飛距離を取るため長距離のジャンプにより、攻撃を躱すこと。

 俺の場合はタイミングを見誤れば死ぬかもしれないが、リスクを超えて得られるものは大きい。


「うぉぉぉ……っ!」

「っう……あっぶねぇ」


 ドリュードは回避に成功し、俺も人間の身体でいう腕の関節付近にピッタリと張り付くことが出来た。手に持つ刀を杭の代わりに用いて、勢いよく差し込む。突き刺した部分からは紫色の液体が飛び散り、顔を汚されてしまった。どうやら魔物とはいえ、血管ような器官もあるようだ。

 しかし、この程度では大鬼にとって苦痛でになり得ないらしく、相手はこちらを気にしたようすすら見せない。今現在敵対心が向けられているのはドリュードである。


「知らんぷりしてんのも――今のうちだ」

「あいつ……やりやがった!?」


 今の状態の魔物は彼であったなら触れることすら出来ないだろうし、ここからが俺の勝負どころである。


 凄まじい風圧を耐えながら刀身を全て突き刺せば、鬼の腕からは刀の柄の部分だけ飛び出している状態になる。突き刺したその場を踏み台とし、そこで体制を整えつつ相手が完全に振り抜き終えたところを見計う。


「……わお」


 気がつけば大鬼の腕は水平の状態でピタリと止まっており、下へと目を向ければ無残に破壊されたギルド本部と、被害に巻き込まれた建物郡が見えた。ドリュードの姿ですらゴマ粒のようにも見えることから、高度もなかなかのものなのだろう。

 また、この魔物には体表にも電気が走っているらしく、何回か受けたことのあるような電撃が魔法纏越しに暴れ回っている。


「さて――」


 敵を探すためキョロキョロと見回す大鬼を置いておいて、足場にした刀の柄を蹴って腕の上へと上がる。高い空からの景色はなかなかのものだが、命綱が無い分だけ恐怖もマシマシである。


 落ちないようにしっかりと足場を確認し、魔法陣から二本の刀を取り出しつつ薄ら笑いを浮かべる。


「二刀流は出来ないが……引っ張り回すぐらいなら出来るんでなッ!!」


 両手に持つ刀を足場である鬼の腕に突き刺し、そのまま引っ張るようにして走り出す。

 皮膚が厚いためか、凄まじい抵抗感があるが、出せる最速の速度の半分程のスピードで駆け抜けることが出来た。


 当然ながら、切りつけたまま走れば、自動車が水溜りを通った時のようは勢いのある血しぶきが吹き荒れる。

 その要因もあって、大鬼はやっとこちらを振り向き、顔には苦悶のシワを寄せながら、逆の腕を持ち上げ、まるで手に止まった蚊を殺すような素振りを見せる。


『ゥゥッ……!!』


 その迫り来る手のひらでさえ巨大で、俺であったなら十人ほど一気に掴めるのではないかと感じられるほど大きなものである。


「でけぇ」


 走る足は止めずに刀を引き抜き、振り下ろされる指の間を見極め、その隙間を縫って逆の腕に移動。

 余裕をもって着地した後に再び突き刺し、血の波を引き連れながら大鬼の頭部を目指す。出来る限り相手の体力は削りたいところだ。


『グ……ゴォォオァアッ!!』

「怒ってんなよ」


 怒りに満ちた声で叫び、頭部に生える角が一瞬だけ光ると、魔物は更に電圧が高まった電気を帯びる。身体に走るビリビリ感はより強いものとなり、不快感も増す。

 その後の身体の至るところから雷の柱が出現し、虚空へと向けて放たれていった。


 宙に放たれた雷撃は、まるで生き物のようにぐるりと回転すると、俺へと狙いを定めて勢いよく戻ってくる。魔法ですら俺にゾッコンなのは喜んでいいものなのかどうなのか。


「ここからが心臓を狙うのは無理そうだし……やっぱ頭を狙うのが良いか」


 両手に持つ刀を引き抜き、片方は魔法陣の中へとしまう。いざという時のために二刀流の訓練はしていたものの、迫り来る雷撃から身を守るためには片手で魔法を使った方が安全であるのだ。両手持ちであると魔法のイメージがしにくいというのが二刀流を使わない主な理由であるが。


反射リフレクション


 走りながら腕を横に払い、魔法を反射する薄膜が出現。出来る限り鬼の頭部へと雷撃を返しながら肩の部分にまで辿りついた。


 顔を見れば、大鬼の表情は怒りの一色で染まっており、こちらを見る視線も凄まじく恐ろしい。また、頭部から生え出す角は白く、そして弱く光っていることに気がついた。


 近づいた所で気がついたが、俺が前回一撃を与えた方の角でさえ傷は無く、新品同様となっており、角にも回復の傾向が見られた。一気に切り取らなければ回復するため、高火力の一撃で吹き飛ばさなくてはいけないらしい。


「なら――次は一本貰ってやるよッ!!」


 手に持つ刀を握りしめ、その場から空中歩行を使って空中を蹴り、一気に接近を行う。観察眼サーチアイではあの部分が一番攻撃が通りやすいと記しているのだ。狙うのは当然といえるだろう。


対敵特攻アンチエネミーッ!」


 対敵特攻。このスキルは地獄を乗り越えた時に自然と身についていた技能だ。

 効果は、敵と認識した相手に特攻効果が得られるとだけ説明にあった。その効果が知りたいところなのだが、今は置いておく。


「シャナクッ! もっと力を貸せ!!」

(……良かろう)


 淡白な返事だが、体が内部から爆発してしまいそうな程にまで魔力が増えていく。限度を考えないで力を使っているが、相変わらず彼の限界が見えない。


(吾の指示通り動くがいい。なに、悪いようにしない)


 返事はしない。身体の中にいるシャナクが大きく感じられれば、視界がモノクロ色にガラリと豹変し、世界の速度がゆっくりになる。


「狙うは、あの角」


 口が勝手に動き、吊り上がる。どうやら俺の意識が奪われているような状況になっているようだ。

 動けることに関して喜びのような感覚が心に満たされていく。どうやら彼の精神状態まで共有されるようだ。


『ゥゥオオォォォッ!!』


 血眼になりながら怒り狂ったようすで大きな手を開き、俺の体を掴みかかろうとする大鬼。

 だが、その行動はあまりにも遅すぎた。


「脆い」


 自分の声が耳に届いた頃には、巨大な角が根元から切り落とされ、俺は武具を振り抜いた後であった。

 残念ながら手に持つ刀は、流れくる魔力に耐えかねて自壊してしまったが、仕方ない。


「あまりにも脆い」


 世界が切り替わる。魔法陣から先程腕を切りつける場面で使用した刀を取り出す。剣先が紫色の血で濡れているが、モノクロの世界ではその事は分からない。


「ォ……ォ」

「次はその首を消す」


 加速感を終えれば、また一本、角が落ちていく。夢の中で瞬間移動をしたような、現実味のない動きであった。真っ黒な斬撃の線ですら現実に残るほどの速度で切りつけたため、手に持つ刀も角と共に再び崩れ落ちていき、右手は黒く染まっていくが気にしていられない。

 決められるうちに決めようと、魔法物質化により剣を作り出し、戦闘を終わらせようとして――


「……む」


 剣を持つ手に石化が始まった。さらにその瞬間をもって、世界に色が戻る。どうやら魔物の属性が変わってしまったらしい。


「これ以上の攻撃は無意味だ――」


 それをいち早く察したシャナクは俺の身体から離れ、侵食を抑えてくれたらしい。突然のデレに困惑を隠せないが、いまはここからが離れることが重要である。


「……かはぁっ!! ぁはぁっ、はぁっ……」

『グウォォォォォォ!?』

「――ってあれは、なん……だ?」


 まるで息を止めていたかのような息苦しさに襲われた瞬間に時間が流れ始め、苦痛に悶える大鬼から距離をとろうとしたところであるものが見えた。それは角の断面図から見える人影である。そこでは、人形が貼り付けにされているかのように、ぐったりとしていながら白い髪をもつ人間が居たのだ。

 俺が角を切り落とすまで現れなかったということは、恐らくあの大鬼が出現した瞬間から中に匿われていたということが推測できる。

 そうなれば、もう片方の角にも人間がいるってことか。


「助け出せるか……いや、助けるッ!!」

「おらぁぁぁッ!」


 微かに猛り声が足元から響いてくる。恐らくドリュードが俺の指示を待つまでもなく、今が攻撃のタイミングであると分かったためであろう。


 赤い閃光を纏った彼の一撃は、電波塔のように太い足を切りつけ、凄まじい破壊力が大鬼に苦痛の嵐をもたらし、魔物の身体を大きく揺らしていく。


『ォォォォォォォ!?』

「反撃できない今がチャンスだなっ」


 現在俺は空中歩行を使い、空の中にいる。右手は関節まで石化が進んでおり、時間を無駄につかう事はできない。

 しかしだ、目の前に大鬼に取り込まれている人間を把握しているのに、見捨てるような真似は出来ないのだ。


 今一度見えない壁を蹴り、先程切り落とした大鬼の角の根元に向かう。

 魔物は徐々に後方姿勢と移り変わっているため、現在は反撃が来る気配もない。


「っ――」


 そこで、埋め込まれている人間の目の前にまで来て、息を飲み、足を止めてしまった。

 彼女は肩のあたりで短く切りそろえられた白い髪に、両手は義手。義手の回路が部分部分でショートしているためか、白い稲妻が彼女の身体を走り回っている。

 肉塊の中に埋まっているようで四肢を取り込まれていて動けないようだ。


「白、神」

「だ……れ」


 そんな声が、聞こえた気がした。

 大鬼が苦悶の声を上げながら倒れゆく中でだ。もしかしたら気のせいであったのかもしれない。白神は気絶しているのか、俺が目の前に来ていてもピクリとも動かなかった。


 助けるべきか、助けないべきかの葛藤が起こる。

 何せ、俺を地獄へ招いた張本人であり、彼女のおかげで酷い苦痛の連鎖を味わったのだ。果たしてそんな人間を救う必要があるのだろうか。 助けたとして、再び襲いかかってくるのではないのだろうか?


(こいつはっ――!?)


 突如、シャナクが驚きに満ちた声を上げた。彼からは初めて聞くような声で、俺ですら驚愕しまう。


(汝。救え)

「いや、でもこいつは――」

(救え。汝の事情は知らん。救え)

「――ああもうっ! 襲いかかってきたらお前がどうにかしろよッ!!」


 シャナクの押しに敗北を喫し、俺は埋まっている白神の両脇を掴む。大鬼の顔を足場としたかったのだが、触れる事すら出来ないので、空中歩行により無理やり引っ張り出す形になってしまった。


(本当に汝は人間なのか? あれからどれほどの時が経過したと思っているのだ?)


 彼の言葉は俺に向けてではなく、恐らくは白神に向かっての台詞であろう。何処か懐かしいニュアンスを含んでおり、俺がこの世界に来る前の関係性が疑われる。本当に彼は何者なんだ?


「この―― 」

「ぁ……」

「って、起きたのかよっ、助けてやってるんだから我慢してくれ」


 全力で白神を角があった場所から引っ張りだせば、断面には亀裂が走っていく。空中ということもあり、力の制御が難しく、下手をすれば俺がぶっ飛んでしまうのだ。

 柔らかい女の子らしさを極力無視しつつ、微妙な力加減で引っ張る事ほんの数秒後、白神が意識を取り戻したような声を上げてしまった。


「……あ、ぁぅ……」

「何でもいいから抜け出ろよっ……お前の力なら簡単に出れるだろうが!」

「あ、ぁぁぁ……あなたは――」

「いいからさっさと、出ろっての!!」


 制御や白神の言葉なんてなんのその。フルパワーで彼女を引っ張れば、ピシリとひび割れた音が響く。

 シャナクもいつの間にか協力してくれていたのか、角の断面から、遂に白神を剥がすことに成功した。


「よし――っ!?」


 両手で白神を抱えながら凄まじい勢いで後方に吹き飛ぶ――かと思いきや、彼女が魔力を外に漏らさないための栓になっていたらしく、剥がした瞬間にとてつもない量の魔力が鉄砲水のように噴出されてしまう。


「づぁ……っ」


 吹き飛びながらエネルギーの奔流に流されてしまい、意識が白い世界の向こうへと飛んでいってしまう感覚に陥る。この感覚は数回経験したことがある。逆流バックドアであった。


 ~~~~~~


「やーいやーい」

「わははー!」

「もうやめてよっ!!」


 小さな公園に、多数の子供たちが集まってその作られている輪の中心に主人公はいた。柴色の髪を持つブルーノである。


 彼はトイレ座りで蹲り、子供たちから虐めに近い攻撃を受けていた。


「お前のかーちゃんもとーちゃんも魔力搾取マジカルドレインした悪い人だ!」

「ならお前も悪いヤツ!」

「悪いヤツはさっさとつかまえろー!」


 ズザザとブルーノは地面に転がされ、周りにいるガキ大将のような子供はあははと笑う。

 どうやら、彼の両親は犯罪行為に手を染めていたようで、それが原因でイジメが発生していたようだ。


「僕の……パパと、ママはっ……」


 子供たちが飽きて帰ったのは夕方であった。

 未だ発展途上であったマシニカルは多数の工事現場が見受けられ、路地裏では怪しい人影がいくつも確認できた。


 現在、ブルーノは何処かへ向かっている。俺の存在は無いこととなっているので、物にも人にも触れられたり、干渉されることはなかった。


 数分後、彼がたどりついたのは一つの研究室であった。その中に入れば、いくつもの研究機材が乱雑に配置されており、人は誰もいない。


「僕のパパとママは間違ってない……!」


 テレビのような機材から、ニュースが流れていた。マシニカルは自然が無いことから環境が悪くなっている一方であり、保有する魔力は現象の一手を辿っている。なので、街の開発推奨組と街の開発阻止組が凌ぎを削りあっているのがその頃のトピックであったのだろう。


 そして、ブルーノは誰もいない研究室で何度も声を張り上げ、繰り返す。


「魔力搾取は間違ってない……! おかしいのはあいつらだ! 未来が分かってないんだ……!」


 彼は積み重なるノートを抜き取り、殴り書きで、泣きながら勉強を始めている。何を勉強しているのかは分からないが、世界を変えようと必死になっているのは明らかであった。


「力がなくても、知力で超えるっ……冒険者になって、このマシニカルだけじゃなくて、全世界を掴むんだ。こんな世界は僕が変えてやるっ」


 どうやら、彼は子供の頃から一般の子供 が考える未来よりも更に先を読んでいたらしい。

 子供の時代においては発想の違った人間は干される。忌々しいことに、これはどの世界においても変わらないようだ。

 そのため、彼はイジメにあっており、それを糧に世界そのものを変えんと努力を重ねてきたようだ。



 景色は光に飲み込まれて変わっていく。

 次に見えたのはマシニカルの狭くて暗い路地裏であった。


 そこでは、体格のいい男に囲まれてブルーノがまたもや襲われていた。

 しかし、その状態はあまりにも酷く傷や打撲の状態も良くない。


「はぁ? お前はこれで冒険者なのか?」

「口だけはでかい癖に、冒険者をバカにしてんじゃねぇぞ!?」

「お、れ……はっ」

「何が世界を変えるだ!? てめぇみたいなヤツを口だけって言うんだよッ!」

「ガッ……」


 暴力を受けていく度、彼の目から光が消えていく。まさにそれは、己の無力さを痛感した俺であるかのように。

 だが、彼はチンピラ達に聞こえなくとも呟くことを止めなかった。血を吐きながら彼は消えゆく光に縋り、叫ぶ。


「俺は、弱くねぇっ……っ、俺は、俺はっ……世界を変えてやるっ!」

「そういうのが……ムカつくんだよッ!! いいか!? この世界は全て力の強いものが支配してるんだッ! 力のねぇお前が変えられるわけねぇだろっ!」

「力が――ぐはっ!?」


 蹴られるだけ蹴り、殴るだけ殴ったチンピラたちはその場を去っていき、雨が降りそそぐ路地裏の中で、ボロボロのブルーノはひたすら嗚咽していた。


 あれだけ頑張ってきたのに、あれだけ努力してきたのに、なんで生まれつきの能力には及ばないのか。

 どうして同じ人間なのにここまで差が出来てしまうのかと。


「わっ……大丈夫ですか!?」


 傘を持って、ある人物が血みどろのブルーノへと声をかける。高い声で、雨の中場面が非常に似合う白い髪をもった女性が彼へと近づき、回復魔法を掛ける。

 そんな出来事は、ブルーノにとって初めてであった。

 マシニカルでは路上生活者も少なくはなく、貧困層と富裕層がはっきりと分かれている。そのためか、誰が無き喚こうとも、誰が倒れようとも誰も助けの手は差し出さないのだ。

 だから、疑問をもった。彼女はいったい何者なのだろうかと。


「えーっと、応急処置はこれぐらいでいいですか? あとはしっかり医療機関に――あ、冒険者さんなんですね」

「あ、あんた、は?」


 雨で濡れたカバンと荷物を集めてブルーノに渡す。その最中、ギルドに所属している証でもある冒険者カードを見たので、彼は一応冒険者になったのだと推測する。


「えっと、――じゃなかった。――って呼んでください」

「変な、名前だな」

「よく言われます」


 名前が聞き取れなかったが、白い髪の人物は笑顔を浮かべながらブルーノへと手を差し出した。

 これもまた、彼にとって初めての出来事であった。


 だから、質問をする。


「なんで、なんでお前は……俺を助けてくれるんだよっ、こんな弱くて、力のない俺をよっ……!」

「――そんなの、よく分かりませんよ」


 金銭を請求するのではなく、ただの良心。そんな暖かい心に触れた事は今まで生きていて経験が無かった。

 そして彼女は、言葉をつなげていく。


「力の弱い強いなんて、気にしちゃダメですよ。私だって弱いし、要は自分自身です! ――なんて、説教臭いこと言ってみちゃいます」


 照れながら返す彼女を驚いた目で見つめるブルーノ。しかし、彼女は見つめられていることに気がつくと、慌てたようすで弁明し始める。


「いや、あの私神様じゃないですから! あと、逆ナンパでもないです!」

「……なら、俺は、どうすればいいんですか」


 彼女はまるで、女神のようなオーラを放っており、彼はついつい一つの答えしか出てこない疑問を投げつけてしまう。

 彼女なら、彼女という存在なら、自分が抱えているような問題を新たな切り口で解決できるのではないかと感じたためだ。


「どうすればいいって……どういう事ですか?」

「力のない俺は、何も出来ない俺は、この世界でどうすれば……いいんでしょうかっ……」


 雨に濡れながら雫は顔を伝って地面に落ちる。その疑問は、幼少のころから抱いた物であり、未だにたった一つの答えしか出てこないものである。

 ――その唯一の答えは 努力して力をつける というものだ。

 しかし、その回答の中には、努力しても実らない人間のことはまるで考慮されおらず、世界は自然と生まれながらにしてその人間の価値を決めつけているようなものだ。普通の人間なら、「努力が足りない、努力しろ」で済まさせられるだろう。だが、それでは違うのだ。


 彼女からも、そのような回答が飛んでくるのではないかと思ったその時である。


「目標を決めて努力しろ――とはいいません。相当頑張ったみたい、ですね。私は努力をそこまでしてきていませんし、多分回答する価値すらないと思います。ただ……」

「っ――」

「努力は裏切らないっていうのは最終的な成功者の死を直前にした結果論であると、私は思います。かといって努力しないのが一番いけませんけどね」


 そう聞いて、彼は目を見開いた。これまでとは全く違った回答で、全く聞いたこともないような発想である。

 彼女は何処か遠くを見ており、まるで未来の世界から来たような錯覚を覚える。


「私にも、好きな人がいました。あの手この手を使って、落とそうとしました――ですが、彼は一度たりとも気がついてくれませんでしたよ」


 白髪の少女は照れながら、そして何処か自嘲しながら話し出す。彼女がその想いの中に秘めているものは、俺でさえ理解が出来なかった。


「魔法、化学、心理、霊能現象。全部試しましたが、駄目でした。最後が原因でこうなってしまいましたけどね」

「なにを、話して――」

「ですから、そういう世間体での回答は全部成功者になるための必須過程であって、答えではないと思うんですよ。あなたが思う回答以外なら、誰に聞いたって分からないです。ですが、それを唯一の正解に決めつけていると色々と損しますよ。目標に向かって努力しながら、プラスであれ、マイナスであれ、類似したもう一つの回答を見つけるのが人生なのかもしれませんね」

「……お前に、人生の何がわかってるんだよ。答えを見つけられずに死んだやつはなんなんだ!? 何のために生きてきたんだよ!?」


 目の前の少女はまるで一度死んで、人生を振り返る機会があったかのように、思い返しながら話していく。

 その全てを見通すようなようすに怒りを覚え、ブルーノは血反吐を吐くように声を荒らげた。


「私には何も分かりません。どの答えが正しいのかも、どの答えが間違っているのかも」

「なんだよ、もう何がなんだか分かんねぇよ……」

「言ってる私もこんがらがってきましたよ。こほん、長々となっちゃいましたが、今から言うのは答えじゃなくて、ただの意見です。――結果が出なくても、努力を続けましょう」

「は、はっ、……なんだよ……っ、まだ俺は」

「何の変哲もない一般人の意見ですよ。屁理屈に聞こえるかもしれませんが、答えではありません。では、格好良いままで失礼しますね。病院、行ってくださいね」


 白い少女は笑顔で踵を返し、対してブルーノは顔を地面にこすり付け、嗚咽する。

 そうして、世界が光に飲み込まれて――





 次の瞬間、目の前には血みどろの光景が映える。


「お前は、嘘つきだ」

【申し訳ございません、マスター】


 雨の中、多数の魔物の死体が転がっているそのど真ん中に白神と三十代程のブルーノは立っていた。彼女の首元にはチョーカー型の機械が付けられている。

 ああ、やっと気が付いた。白神は人造人間なんかじゃない。――元々は人間だったのか。


「白神、お前は私は弱い、そういったように聞こえたんだが」

【申し訳ございません】

「なぁ、あれは嘘だったのか?」

【申し訳ございません】

「これだけの量の魔物を一掃できる力を持って、それでもまた弱いと言い張るか?」

【申し訳ございません】

「信じてた。俺は信じてたんだ。お前が俺と同じ苦しみを持ってるって」

【申し訳ございません】


 彼女の返答は謝罪だけだ。その言葉に回答はない。そして、その時を持ってブルーノは信じる心がすべて壊れてしまうと共に、ある答えを得た。


【私は、魔道具です。マスター】

「ああ。そうだな。お前は盤上の駒だ。そしてほかの奴らも同じく、指示通りに動く駒だ。お前らを信じるなんてことは二度としねぇよ。心すら存在しないお前らの事なんて、二度とな」


 この時を持ってして、今のブルーノが完成した。

 その瞬間に、世界が崩れて、眩い光が俺を包み――


 ~~~~~~


「はァァァァァァァッ!!」


 ドリュードの声で、意識が戻る。

 俺は、白神を抱えながら気絶してしまったようであった。


『ォ、オ、ォ……』


 そして、俺は見た。完全に四肢を封じたドリュードが一際輝く紅い閃光を纏い、何かに対してケリをつけるような全てを掛けた一撃を。


「行くぞブルーノ、そして、ソフィ!! これが――オレの回答だぁぁぁぁッ!! 」

 

 まるで彼の背後に真っ赤なオーラで作られた鬼の化身が出現したかのような錯覚を覚えたが、よく見てみれば、ドリュードが放つ熱量と魔力により、空間が歪んでいることが分かった。そして、彼は涙を浮かべながら大剣を振り下ろし――


『お、れの、こた、え、は――』


 仰向けに倒れている大鬼の首元を、空高くから落下していく赤い閃光が貫いた。


ご高覧感謝です♪


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ