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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第九章 裏の世界と表の世界
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第200話 理想と現実

 激しい耳鳴りと共に、現実という感覚が戻って来る。世界は未だに眩しく、目元を擦ってから足元を見れば、亀裂が無数に走っており、今現在立っている建物は崩落寸前であるということは確認できた。


 遠くの空を見上げる。閃光はどうやら狙い通りに突き進み、障害物という障害物をかき消しながら空の彼方へと消えていったようだ。そのことが分かる証拠として、雲の形がミサイルでも通過したかのように人為的な形の穴が空いていることが確認できた。


 ようやく視界に色が戻ってきた所で、先程狙いを合わせた魔物を見る。大鬼は上半身の半分は消し飛んでおり、倒れもしなければ動きもしない。

 さらに、あの魔物はこちらを睨みつけられているような気もするが、身体の石化が始まる気配もない。


 だが。


「やりきれ……なかったの」

「流石に、くたくたです」

「プニ……」


 聖霊たちはへなりと足元から崩れ落ち、プニプニは電磁砲レールガンの形状を崩して、元の虹色スライムに戻っていく。


 その言葉の意味を聞き返そうとしたところで、目の前の大鬼が大地を激しく揺らしながら片膝を付く。するとどうであろうか、真っ黒な霧が魔物の断面から吹き出し、それらは身体の失った部分を形作り始める。これってまさか……


「再生、するのかよ」

(ふぉほ、しかし、あの魔物も相当疲弊している様子。体内のエネルギーを大量に使用したのでござりましょう)

「なら、もう一押しか」

(出来るのであれば、そうしたいのはやまやまでございますが……)


 魔物の身体は元通りになり、大鬼は息を荒くして肩を上下させている。対してプニプニはスライム体が大きくなっていたり、小さくなっていたりと疲労感を感じ取れるジェスチャーを見せてくれた。……が、問題は彼女らだ。


「半透明って、お前ら大丈夫なのか?」

「おっと、無理、し過ぎたよう……じゃな」

「ごめんなさい、マスター、お暇を……がっつり貰いますね」


 そう言い放つと聖霊たちは光になって消えていき、虚空に溶けていく。

 彼女らは自分の身体の中で展開していた魔法陣の中に入っていったようで、ピースが埋め込まれたかのような感覚が胸に満たされる。


(ふぉほ。聖霊は魔法生物よりも希薄であり、魔力とも等しい霊体でござります。流石にあれだけの魔法を放っては、存在が保てないそうですな)

「どういう、事だ?」

(聖霊は某らとは違ってこの世界に彼女らの身体はあらず、すべて魔力で構築されております。持ちうる魔力がなくなれば、それは彼女らの存在の消失を意味しております)

「と、なると……」

(現界を保つ事ができるギリギリまで己の魔力を使ってしまったのでしょう。魔力が完全に回復されるまで暫くはこちらの世に現れる事は出来ませぬな)


 どうやら先の一撃に全てを掛けたらしく、すぐに魔法陣の中へと戻ってしまったようだ。

 そしてここで新たな疑問が湧く。召喚士の魔法陣は聖霊などを留めて置く以外にどのような効果があるのかだ。


(ふぉほ、それは我ら召喚される側の住居であると共に、唯一魔力を回復できる場所であります。なので、彼女らもその場に篭もり、ユウ殿の魔力を補給し続ければいずれ回復しまする。安心して下され)

「魔力がある限り不老不死ってことか?」

(流石にそこまでは。我らは当然怪我もする上、重傷を受け、回復できなければ簡単に死にますな)

「そう、なんだな。……取り敢えず今日のうちは聖霊たち(あいつら)は出て来れないってことか」


 大きく戦力が減ってしまったことを理解すると同時に、目の前の大鬼がフラフラと息を荒くしながら立ち上がる。

 あの魔物のエネルギーは一体どこから来ているのだろうか。


 弱体化はしたのであろうが、こちらの魔力はまだ大丈夫なはずだ。まだ戦える。


(シャナク。魔力残量はどれだけだ?)

(先の一撃を数発放ってもまだ余裕があるが――汝の身体にも侵食が始まるぞ? )

(侵、食? なんだそれ)

(吾が精神体であるとはいえ、魔力を提供しているのは闇に染まった吾の本体からだ。その身体に流れる魔力は質が違うのでな、魔法の再現力も、効果も、汝とは比べ物にならんほど強いものだ。しかしだ、闇に染まった吾の魔力を長く受け続ければ――当然その無垢な身に黒を宿すことになろう。この意味は、わかるな?)


 シャナクのセリフを最後まで聞く事はないまま不意に手のひらを見て……絶句してしまった。ぼんやりと浮かび上がるのは、黒い刻印である。まるで魔法陣の上に無数の茨を巻き付けたような印が浮き出ていた。

 その刻印を見た瞬間にある出来事が思い起こされる。それは、未来の自分と対面した時に語られたあの一言である。


『闇属性はな、半端なく応用が効く。その代わり己の姿を少しずつ少しずつ、悪魔へ変えていくんだ』


 この時、ぞわりと、背中に冷たい感触が走る。俺はいつの間に未来の俺と同じ道を辿っていたのだろうか。

 いま一度、未来の自分が伝えてくれたことを思い出す。


『使いすぎた結果がこれだ。この赤目に、体の変化。身体能力は上がるが、そのうち精神が変化に耐えられなくなって、全てが別の生物に変わるだろうな』


『一度でもお前が未来に反することをすれば、もうそこからは俺の知らない世界だ。予想外な出来事が起こり、俺のような結末まで一気に飛ぶこともあるんだ』


 それから弾き出される最悪の未来。

 未来の俺が、過去にまで来て俺を殺そうとしたのはある結末に至ったためだ。


 そして、今。気が付けばその未来を完璧になぞってしまっている。未来への道筋が同じならば、その先に待つ結末も当然同じ。


『アルトとレムを――失ったんだよ』

(なんだ。気がついていなかったのか。別に吾の魔力を使う事は強制していない。使いたくなければ使わなければいい)

「は、ははっ、強さのデメリットか」


 自然と手に入る力が緩む。気を使ってくれたのか、シャナクからの魔力供給が止められ、ただでさえ魔力不足の身体は一気に力が抜けてしまい、かくんと膝から崩れ落ちる。


「プニー!?」


 プニプニが甲高い音を上げながらゲル状の体で受け止めてくれたが、最悪な思考はどんどん加速していく。


 夜雨よさめ 萊奈らいな。その人物は現在の俺より圧倒的に強いであろう未来の波風 夕を退け、アルトとレムを亡きものにしたという黒髪の召喚士。

 彼女はまだ見た事は無いはずだが、名前からして俺と同じように異世界に渡ってきた人物であろう。


 さらに、その人物は世界最強と謳われた勇者であるあさひ 山河さんがとも繋がっているのだ。最後にギルド本部の地下で見た白神の日記。あれから、白神とも繋がっていることが推測される。


 なぜ俺はこんなにも重要な人物に意識を向けなかったのであろうか。気がつくのが遅すぎる。


(おい、黒髪のキミ。これに驚かないで早くこっちに来てくれ。僕だ。マーリンだ。そろそろ対処に間に合わないんだ!)

「悪い、プニプニ」

(ふぉほ、お構いなく。それよりユウ殿のお身体は――)

「気にすんな。それと、今すぐこの場所から離れるぞ」


 マーリンが念話を使えることに少々驚いたが、この際無視である。もうこの戦闘は放棄することに決めたのだ。

 侵食とやらを無視してシャナクから魔力を貰いつつ大鬼と全力で戦っても、勝てるかどうかすら怪しいのだ。そのうえ、戦う理由だって女神から頼まれたという事以外にメリットが見当たらない。


 女神の依頼を受けて遂行した暁には、いざという時の保険を作ることが出来ると考えていた。

 神の力とやらを使ってもらえば、そのトラブルの原因となった事象をひっくり返すようなことが出来るとは思うので、心の拠り所としても未来への対策が欲しかったのだが――この際は仕方ない。

 連戦が多かったこともあり、体力魔力、そして精神力ですら尽きかけているのだ。そのうえ、動き回っていたから当然かもしれないが、勇者から与えられた多数の傷口が開きかけているのだ。すべて揃ってタイミングが悪すぎる。


(ふぉほ。 お逃げになるのですか。某は一向に構いませぬが、この後のことを考えればあまり良策とは思えませぬな)

「この後のこと、だって?」

(お気づきかと思いますが、ただ今マーリンと呼ばれるものから連絡が入りました。どうやら協力をして欲しいそうですな)

「……相手に、してられるかよ。こっちに確証のあるメリットがない以上助ける義理も……ないっての」


 フラフラと立ち上がり、声を震わせながら気だるい体を起こす。助けに来たのに、負けると分かればすぐさま逃げすなんて人間としてあまりにもみっともない発想ではあるが、よく考えて欲しい。


 見ず知らずの人間と、関係が深い仲間とその未来。どちらか一方のみを選択しなければならないと問われれば、当然後者を取る筈だ。

 どちらも取るなんてことは、この異世界であっても、元の世界でも無理だ。勇者や白神、そして本物の天の上にいる神様のような、圧倒的な力を持つもの以外には、どうやったって成し得るはずがない。


 その事に気が付かなかった俺は――ギルド本部という相手の戦力が集う総本山にて、リンクス、ミリュを連れ出すという目的をもちつつも、その組織を破壊する、といった馬鹿にも程がある考えを現実にて実行しようとしたのだ。


 その結果がこれだ。


 ドリュードに裏切られ、白神には何度も何度も殺され、アルトやレム、シーナまでも失いかけたのだ。未来の俺の言葉を何故忘れていたのか。

 ――答えはすぐに浮かび上がった。そして、心臓が握られるような痛みが身体を中心として身体の中を走りまわる。その理由は、竜人の里の頃から何も、何一つとして変わらなかったことに気がついたためであった。


 傷つきながらも、今この時全員が生きているのは奇跡であると断言してもいいだろう。ただでさえ俺はこの現実いまに感謝すべきなのだ。これ以上望むことなんて無い。あっていいはずが無い。


 二兎追うものは一兎をも得ず。この意味が心にも身体にも深く刻み込まれた気がした。竜人の里で何もかもが力不足ってのは分かってたはずなんだけど、な。


「は、はは」


 気が付けば、乾いた笑いが口から溢れ出す。己の愚かさに笑えてくる。体内の魔力が少ないこともあり、戦闘中であっても、負の想像は止まらない。


「は、は」


 手が、足が、身体が、震える。


 未来の俺が怖い。未来で何が起こるのかが分からなくて怖い。裏切られるのが怖い。失うことが怖い。死ぬのが怖い。世界から消えていくのが怖い。


 そして何よりも、戦うことが怖くなっている。


 勇者、聖霊レオ、アルト、霧の魔族、シャナク、そして白神。多数の相手と戦って……何度も負けてきた。その度俺は強くなろうと 努力し、『二度と負けない』という決心のもと強くなってきた。なってきた……つもりだった。


「……は」


 もう、逃げたい。何もかも全部すべて投げ捨てて、この世から消えたい。


 でも死ぬことが怖い。消えることが怖い。


 考えるのは、後ででいいか。今は目の前の大鬼から逃げ続けて、逃げ延びて――その後に考えれば、いい。


「プニプニ、戻ってく――」

「プニィッ!!」


 スライムを魔法陣の中に戻そうとしたその瞬間、彼が突然こちらに向かって勢いよく突進してきたかと思えば、勢いに負けて屋上から突き落とされてしまい、景色が早送りのように移り変わって行く。


「な……」


 彼が急に俺を突き飛ばした理由は、攻撃の手から逸らさせるためであった。目を正面にやると、先程まで俺たちがいた建物は、大鬼の巨大な拳の一撃によって、圧倒的な破壊力に押しつぶされていく光景を見ることが出来た。振り下ろした魔物の目は赤く血走っており、怒り狂っているかのような雰囲気が感じ取れた。



「つぅ……!」


 数メートルほど落下し着地する。プニプニがクッションとなってくれたおかげで落下によるダメージは受けなかったが、大鬼の目はこちらを睨み付けており、猛禽類が獲物を狙うような、刺し殺す視線が感じられた。


(ふぉほ、申し訳ありません。話の途中ではありましたが、マーリンという人物は王都の中でも大きな権力を持っているのです。今彼らをおいて逃げるとなれば、大鬼の話が出てしまった時に良くないことがありそうですな)

「……ああ。なるほど。俺の今の立場はグレーゾーンってわけか」


 騎士たちは俺たちの素性を全くといって良いほど分かっていない。そうなれば、俺たちがなぜ追われて、なぜそのような事になったのかと相手の本拠地、王都にて問われるだろう。


 少々誇張した憶測かもしれないが、下手をすればあの魔物の開発に関わっているとも思われかねないのだ。この世界の住民なら、拉致監禁などは当然のように行うため、その可能性を考慮してのプニプニの発言であろう。


 どちらにせよ、戦っている騎士よりも俺たちを優先して鬼に追われている事実がある限り、関係性があると睨まれ、彼らからの信用は抱かれないといえるだろう。この現状を例えるならば、殺人現場を最初に発見し、その者はアリバイが証明できない、といったようなものである。


「協力したってあんまり変わらなそうな気がするけどな」

(ですが、戦闘において手助けをした、という好印象は突きつけられますぞ)

『オオ……オオオオォォォッ!!』


 大鬼の嘶きが突風を引き起こし、弱った身体を揺らす。しかし、俺の心はピクリとも動かなかった。プニプニになんと言われようが、ただただ俺は戦うことが怖くなっている。


「お前にも……感情があるだろうが、幾つもの危機を生まれながらにして経験してきた異世界での住民だ。平々凡々と生きてきた俺のこの気持ちは分からねぇ、だろうな」

(ユウ、殿?)


 遂にプニプニでさえ俺自身の精神状況があまり良い状況ではないことを感づき始めたところで、立ち塞がる壁のように大きな魔物が白い雷を纏った。

 相手の高まる魔力はこれまでとはまた違った雰囲気で、理性を捨てて、本気で俺を殺しにかかってくるような、何度も味わった死の冷たさの一端を感じ取り、気圧させられて一歩後ずさる。


『ウグァォォォォォッ!!』

「プニプニ、戻れッ!!」

「プニッ!?」


 相手が声を上げ、俺が指示を出したのはほぼ同時。そして、()方向に駆け出したのも同じ時間だ。

 全力で声を上げた俺に対して危機感を覚えたのか、すぐにスライムの姿は見えなくなり、空から迫り来る巨大な拳は隕石が落ちるかのように圧迫感を与えながらこちらに迫り来る。


 ただの一撃なら、全力で走り抜ければ回避できるはずなのだ。しかし、相手の行動は、その一手先を読んでいた。


「嘘、だろ……っ!?」


 電撃が、正面から迫って来ていた。俺は大鬼に背を向けて逃げているのにも関わらずだ。


 動かない身体に鞭を打ち、地面を踏み砕く。急速に近づいてくる雷の波を乗り越えようとして足に力を込めて――


 バランスを崩した。


(ユウ殿っ!?)

「あ……ぁぅぐぁぁぁッ!!」


 目の前の光景が光に染まった途端に明暗を繰り返し、電撃の嵐が身体中を駆け巡る。痛みよりも更に大きな苦しみが五感を支配し、治まったかのように思えた恐怖は大きくなっていく。


「か……はっ……」


 閃光が止めば黒い煙が身体から僅かに吹き出る。この僅かな時間でどれほどの細胞が死んだのであろうか。第三女神に異世界に対応できる体に変えられたとはいえ、限度というものがある。


 電撃を魔法纏のバリアもなくまともに受けてしまったため、脚部が上半身の自重に耐えられず膝を付いて朝露で濡れたコンクリートの地面に倒れ伏す。


「や、べぇ」


 体が脳から指示を受け取らず、動かなくなってしまった。唯一動くのは指先程度である。上空では既に大鬼が拳を振り上げているというのにだ。


「うご、け……ッ、逃げなきゃ……潰されるっての……!」


 しかし、良く考えてもみれば、この身体が動かない原因は別にあるかもしれない。

 それは己の言葉とは裏腹に、心のどこかで動くことを拒否しているからだ。現在の精神状態でいえば、白神の電撃を受け続けた後に身を包む絶望感に似ている。


 ここである一つの現象を思い出した。


「ああ、そうか……学習性無気力、か」


 遂に身体だけではなく、心までもが限界を迎えてしまった。もう、動かない身体を無理に動かす必要は無い。


 こんな命は終わりでもいいかもしれない。


 そんな考えが、ふと頭をよぎる。


 そもそも、この世界に来る前に既に失っていた命だ。世界(ルミナ)を知らず、無闇矢鱈に裏の世界にまで足を踏み入れていった無知には当然報いである。

 知らない事は、罪なんだな。


 影が俺の体を包み、それはどんどん面積が広がっていく。死んだら、またあの場所に飛ばされるんだろうか。


「ユウ殿!! 失礼しますッ!!」


 突如、電車に乗っているかのような速度で、景色が高速で変わっていく。

 背後では地盤すら破壊しそうな凄まじい威力を持った一撃が炸裂し、その余波で突風を引き起こされ、プニプニのバランスは崩れてしまう。


「ふぉ……!?」


 目の前を見れば、更なる電撃が迫ってきている。バランスを崩した彼は、悪いことに俺を持ちつつも空中にいるのだ。

 回避は、不能である。


「ふぉ……ユウ殿ッ! 申し訳ない!!」


 プニプニは空中で俺を放り投げ、スライムに戻ったかと思えば彼の体面積はどんどん大きくなり、電撃が迫る方向とは逆に投げた俺を電撃の魔の手から遮るため、その身一つで受け止めてしまう。


「な……っ」


 驚きの声は、彼の柔らかい体に稲妻が走る轟音で掻き消されてしまった。


 戦力にもならないと分かっている主人を庇って、その小さな命一つをかけて、役に立たない俺を守った……だって?


 ゆっくりと、時間が流れる。

 プニプニが俺へと迫る電撃をすべて受け止め、落ちていく最中、彼はゆっくりと光の粉となって虚空に消えていく。


 また、俺は死に損なってしまった。大切であると豪語していた仲間までも苦しませて、未だに俺は死の恐怖、そして戦うことから逃げている。プニプニの自己犠牲の意図は俺を守りたい一心であろう。


「なんで、俺を、なんで守ろうとしたんだよ――」

「こっちを……向きやがれぇぇッ!!」

「――炎天剣ッ!!」


 二人の男性の声が聞こえたかと思えば、火炎の剣圧が空を切り裂き、電撃を纏った大鬼を通過する。


 当然大鬼は例外とされる四大変化エレメンタルモードを纏っているため、痛みやダメージは受けていないのであろうが、大鬼は俺へと差し向けていた電撃を突如中断し、また雰囲気の違う魔力を高め始める。


 視線の先には、白銀の鎧を纏った騎士である。睨まれれば、彼もまた例外なく石化が始まる。


「くっ――また、石化かっ」

「うぉぉぉぉぉぉッ!!」


 鎧の男性が建物に不時着する一方で、高速で屋上を飛び移り、声を張り上げながら大鬼の眼前に来たるのは、赤い閃光を纏ったドリュードである。


 彼は大鬼に焦点を合わさせられてもなお、石化が始まらない上、彼を見た瞬間に魔物の表情が一瞬だけ歪んだような――気がした。


「チャージ、ブレイクッ!!」


 彼の剣には紅い魔力が充填されており、武芸の名を叫ぶと共に、手に持つ武具を大鬼の顔をめがけて振り抜く。


 ズパンッ! と重々しいインパクトが吹き荒れ、それらは大鬼の頭部を貫き、あまりにも強烈な威力に衝撃波も空気も爆裂する。

 空気が震え、爆音が木霊する。


 何故だが分からないが、彼の攻撃は――通っていた。


 魔物の顔面は陥没し、バキリ、と小気味の良い音を響かせて大鬼の数本の歯が折れた。そしてそのまま、一歩、二歩と後ろに下がって尻餅を付いた。

 それは、苦しみに満ちた叫び声を上げながらだった。彼の攻撃は、確実に通っている。


「うっ」


 赤い閃光が突如前に感じ取れたかと思えば、俺はいつの間にか抱え込まれていた。落ち行く俺を回収したのはドリュードだった。


 超高速で運ばれるため、慣性による圧力が発生していた。その圧力に耐えること数秒、ある場所に到着し、彼は叩きつけるような勢いで、俺を乱雑に地面に下ろした。


「ぐ……ってぇ、な。なにしやが――」


 横に倒された俺の胸ぐらを掴まれたかと思えば、突然頬を中心に衝撃が走る。それも本気で怒らせたアルトにでも殴られたかのような凄まじいものだった。

 障壁を貼っていない事もあり、全威力が伝わって脳震盪を起こしかける。


「やめて上げてよ。これでも囮役を引き受けてくれたお陰で全員の治療ができたんだから」

「っぅ……」


 低空飛行で吹き飛ばされた俺は、再び空中でピタリと止められる。マーリンによる魔法のものだ。

 どうやら、俺は知らずのうちにドリュードに騎士の元へと連れ戻させられたらしい。ゆっくりと下ろされると、殴られた箇所が目を覚ましたかのように激痛が走り出す。


 正面を見やればズンズンと、紅い光を帯びたドリュードがこちらに向かって歩いてきた。突然殴られた理由も分らないが、何故だが俺は彼にでさえ殺されていいと思ってしまっている。


 もう、こんな命なんてどうだっていい。そんな思いが、俺を包んでいたそんな時だ。


「一回死んでみるかよ。あぁ!?」

「……なんで、怒ってんだよ」


 騎士たちが差し止める声を気にせず、彼は再び俺の胸ぐらを掴み、銃の形へと変えた魔道具を俺の額へ押し当てていた。


 もう何がなんだか殆ど分からないが、唯一分かる事といえば、彼が俺に対して激情を抱いているという事だけだ。


「そんなザマで……オレが分かんねぇかと思ってんのか!? 見ててうんざりするんだよお前のその態度がよ!?」

「………」


 俺の何が悪い、と口に出そうとして喉で言葉が詰まった。怖くて、声が出なかった。

 今の彼は、これまでの彼ではない。身体が震え、彼とは目すら合わせられなかった。全力で怒っているからこそ、己の内にある死への畏怖は急激に高まっていく。


「目を合わせろ。こっちを、向きやがれッ!!」

「っ……」


 髪の毛を鷲掴みにさせられて、無理やり正面へと持ってこさせられる。だが、俺は何としても目を合わせない。理由なんてものはない。ただ、本能が今の彼とはぶつかりあってはならないと叫んでいるから、従っているだけ。動物と同じだ。


「なぁ、なんでお前はそんなへなへなしてやがるんだよ。仲間をあれだけ傷つけられて、悔しくはねぇのか!?」

「……しいに、決まってんだろ」

「だったら。だったらなんで戦わねぇんだよ!? お前は仲間のためなら幾らでも自己犠牲を進み出る覚悟じゃなかったのか!? 何のためにお前はこのギルド本部まで来たんだよ!? 危険を承知のうえで、仲間と認めたあいつらを助けに来たんじゃねぇのか!?」


 激昴するドリュードを止めるものは、居なかった。騎士たちはただ俺たちをじっと見つめ、今後の成り行きを見届けようとしている。


「――いんだよ」

「聞こえねぇよ。男ならもっと腹から声を出しやがれよ!?」


 蔑むような見下しの視線を受けて、俺はやっと正面を見ることが出来た。

 その瞬間、彼の表情が一瞬だけ驚きに染まったが、それはすぐに元に戻っていた。この状況から逃げようとする意識が表面に出過ぎたための勘違いであるかもしれない。


「――怖いんだ。俺は、もう何もかもが怖いんだよ。もうこれ以上何かを失うことも、俺自身がこの世から消えるのも、努力が無駄になっていくのも、怖くて、こわくて、全部全て恐ろしく見えて、仕方がないんだよ……っ」

「は……?」


 次は気のせいでなく、ドリュードの顔が驚愕の一色で染まる。もはや、彼には怒り狂ったような雰囲気は感じられない。

 その証拠として、彼の纏っていた紅いオーラは既に見えなくなっていた。それを確認した途端、俺の喉に溜まっていた言葉が口から溢れ、とめどなく出ていく。


「お前らには、分からないよな? 人殺し一回でメンタルがやられるのが俺だってさ? 笑いたきゃ笑えばいいさ。どうせ俺は弱い。 どうせ俺は努力しても強くなれない! どうせ俺は、負けるっ」


 話している内に、頭の中のネジがポンポンと飛んでいく感覚になる。もう、冷静にはこの状況を考えられていなかった。


「お前らとは、違うんだよ。お前らなんかより俺はずっと弱いんだよ。だから、努力してきた。だからずっと『守る』という言葉を盾にして、俺は誰に対しても強くあると()せ続けた。当然だよなぁ? この世界は相手が弱いと分かれば、お前らみたいな存在バケモノにすぐに狩り取られるもんな!?」

「……お前」

「だがな、この世界で本当に強い相手と何回も戦って、負け続けて……やっと今、俺は分かったんだよ。仲間を守ることが出来る英雄の姿は理想像で、俺じゃない。寧ろ、俺では成ることすら不可能だってな!?」


 視界が涙で滲んでくる。

 腕で目を無理やり擦っても、その涙の意味は全くわからなかった。

 俺は再びドリュードの目を見て、話し続ける。


「俺だって努力はしてきたし、人一倍頑張った。 なのにだ。なんで俺はこんなにも戦いに負けるんだ? なんで俺はあんなにも苦しまなきゃいけなかったんだ? ……答えはもう分かってる。その英雄である理想像こそが俺自身であると錯覚してたからだ。考えても見りゃ簡単だ。想像で、理想の完成系が(英雄)だ。そりゃ誰にも負ける気はしねぇよな? 妄想なんだからよ? そうなれば誰にでも生意気な態度を取れるだろ? 英雄の俺は誰にも負けない、って考えてるからな?」

「……お前はなにがいいてぇんだよ? 全く今が伝わって来ねぇぞ?」

「――理想から、現実にやっと戻ったんだよ。分かるか? ……分からないだろうな。こんな例え話をしよう。二カ国間で戦争をしており、その戦場のど真ん中に非力な人間がいる事にする。その時の彼は何の武装もなく素っ裸で、しかも仲間はおらず、単騎。そんな奴にその二国間の戦争を止められると思うか? 普通は無理だってわかるよな? だが、非力な人間は、自身に特殊な力が備わっていると信じ、国のどちらにも付かず、自らの志の障害となりうる者を倒し続けたんだ。勝つことを繰り返した後に起こる尊大な勘違いが分かるか? 理想のとおりに動けると分かり、いつしか“理想像こそが自分自身”と考えるようになる」


 ドリュードの表情はどんどん曇っていくのに対して、俺は涙を浮かべながら目を見開き、口が裂けそうなほど笑顔を浮かべている。

 口が回るうちに、俺の生命いのちがあるうちに、嗤えよ。どうせ消える運命なんだ。


「そして遂に、己の特殊な力があるならば、武装がなくたって、素手だって、どんな兵士も、相手がどんな武装をしていても、倒せると信じるようになっていた」


 笑えよ、ドリュード。 笑えって。嘲笑えばいい。これが俺の本性だ。だからお前にも、テュエルにも、そして魔王であったアルトにも、魔法学園の教授にだってあんな態度を取ったんだ。だだ実際は、俺の強さなんて大したことない。見栄を張っているだけなのだ。


「――だが、現実は違った。銃で撃たれても、理想の盾は銃弾を防ぐことは出来ない。理想の剣は相手に傷をつけることなど出来ない。そのことが理解できた瞬間、彼は命を守る事が保証される唯一の手段を失ったとに気づくッ! 絶対に死ぬことなど無いと考えていた彼は、ふと周りを見渡してみれば全員が敵ッ!! 理想(強い俺)は単なる妄想であったことを察する。当然俺自身はその理想よりずっと弱い。むしろ、その理想という保険があるからこそ、俺は戦場の真っ只中でも良好な精神状態を保つことが出来た。だが、それが無くなれば……残るは死の恐怖だけだ。絶対的な自信が無くなっ今、理想という勝利図が描けなくなった今はっ――!!」

「いい加減に、しやがれぇぇッ!!」


 視界がぐるりと回転し、俺の身体は一瞬だけ宙に浮かび上がり――勢いよく叩きつけられた。それは、まさに背負い投げであった。


「がっぅはっ……!?」


 地面に強く叩きつけられて、肺から空気が抜け出ていく。彼の表情は、怒りのためか、再び紅く染められていた。


「長げぇんだよッ!! あまりに長すぎて眠くなるわ! お前はそんな無駄に 格好つけ(キメ) ようとするやつだったのか!?」

「くっ――」

「努力してきても無駄ぁ? ならお前は何年生きてやがるんだよ!? オレはお前の二倍近く生きていて、実際お前より弱い! まずムカつくポイント一つ目ッ!! お前は自身で思っている以上に強くなっていて、腹立つことに勇者並みに強い事! オレの立場も考えてみろや!!」


 ドリュードの踵落としが振り下ろされたため、急いで転がって回避する。しかし、ドリュードの攻撃はいまだに止まらない。


「それは……」

「ムカつくポイント二つ目!! 戦闘に対して覚悟を決めてねぇことだ!! お前はアルトやレム、そしてシーナがどれだけの死の覚悟を持ってしてこっち(ギルド本部)に来たか分かるか!? お前みたいに『もういつでも死んでいい』って考えているような軟弱な意志じゃねぇんだぞ?!」

「……アルトと、レム、シーナまでもが覚悟を決めた、だって?」

「お前は世間知らずだから何度でも言ってやる! 戦闘はな、本当の意味で“奪い合い”なんだよ。だから、戦闘を開始する前に強く決心するんだ。ここで命を失っても後悔がないように、全力で戦わなきゃいけねぇってよッ!!」


 ドリュードは武具を懐に仕舞い、俺は寝転がらされた状態からやっと立ち上がった。そして彼を見据えたその時、彼の姿が掻き消える、再び殴りかからんと襲いかかってくる。

 なんとか避けようとしたが――腹部に重めの一撃が入り込む。


「ごはっ……」

「どの戦闘にだってそうだ。オレは、この殴り合いにだって、命をかけている。お前は、戦いを舐めすぎた。だから、オレに負けた」


 苦痛と共に脳内に呼び起こされるのは、ギルドへ攻めようと決心した時のあの光景。

 その当時、軽い気持ちであったのは俺だけだったのだ。仲間の皆が、死ぬことを覚悟してこの場所に付いてきてくれたのだ。


 傷つきながらも戦い続けた仲間たち。プニプニの自己犠牲、聖霊たちの存在をかけた魔力砲撃。彼女たちも死ぬという覚悟があったから、俺のために頑張ってくれたのだ。


 ――ああ、俺って、なんでこんなことに気が付かなかったのか。


「死ぬのが怖い? 消えるのが怖い? そんなのオレだってこええよ。だからオレはな、お前らが羨ましいんだよっ! 心から協力しあえる仲間がいて……恵まれ過ぎかよッ!?」


 声を荒ららげながらも彼は俺の足を払い、転ばせた後、両足を両手で挟み、腰付近で両腕を使ってしっかりと挟む。

 そして次の瞬間は――時計回りに回転しはじめた。


「ジャイアントスイングかよっ……!?」

「最後――はぁぁぁぁッ!!」


 俺の両足を両手で掴みながらドリュードは高速で回転し始める。その遠心力により俺のよく分からない涙は吹き飛ばされ、顔には薄ら笑いに近い笑顔だけが残っていた。雪が溶けるように、重かった心が軽くなっていく。怖いのは、俺だけじゃ、無かったのか。


「おらぁぁぁぁぁッ!!」


 回転速度が十分になったところで、ドリュードは瓦礫が積もった場所へと俺を放り投げた。――死にかけでな俺をそんなところに投げて、死んだらどうしてくれるんだ。


「守る守るって、あれだけお前は言ったんだ。男を見せてみろ、ナミカゼ ユウ」

「……こりゃ、負けたよ」


 残り少ない魔力を風属性に変換し、ジャイアントスイングの威力を減衰させ、空中歩行を使って体制を整え着地、その後正面にいるドリュードを見る。至って真面目な表情で、ふざけたようなオーラは一切感じられなかった。

 そして、俺の身体にのしかかっていた絶望感は……霧散していた。

 独りで抱え込むのが無理でも、本音をぶつけ会える仲間となら乗り越えていける。それをドリュードが身体に直接教えてくれたのだろう。割とバイオレンスだったが。


(シャナク。お前の魔力を借りるぞ)

『……良いのか? 貴様の身体に侵食が進むぞ?』

(……知るか。これを使おうが使わまいがいずれ侵食とやらは俺の身体に発生するのは確実だろ。遅かれ早かれ、な)

『ほう、これが一皮向けた、というやつか。いいだろう。存分に使うが良い!!』


 その声が響いた途端、どす黒い、怨念に満ちた魔力が高まっていく。身体に魔力が注がれたことで、思考も、身体も活性化されていく。

 アルトたちだって、命をかけてたんだ。これから先のことを考えていたって仕方がない。いまは、今出来ることに対して全力を尽くす。それが、この世界での戦いなのだ。



「ドリュード。お前のおかげで色々大切な事に気がつけた。……ありがとう」

「――ああ?! なんか言ったか!?」


 少々距離があったため、彼には俺の発言が聞こえていなかったらしい。何だか損した気分だが、俺は変わらず叫ぶ。


「ドリュード! 鬼退治に協力してくれ!」


 すると、ドリュードは三度目の驚いた表情を浮かべ、鋭い目つきのまま叫び返してくる。彼は、やはり戦闘にも経験的にも一つ星の冒険者であった。これから挑む気迫も、俺を殴った時とはまた別のもの。


「あぁ……やっと戻ったかよ。仕方ねぇから協力してやるよ!!」

「よし……言質とった。騎士さんたちはそこで待っていてくれ。俺たちが、()()()()()鬼退治してくるから、さ」


 戸惑うマーリンを差し置いて俺はドリュードの元へと向かう。

 その途中でやっと大鬼が痛みから開放されたようで、白い電撃を帯びながらこちらを恨めしそうな視線で睨みつける。


「さて、お願いします、なのか? 先輩」

「はっ、急に元気になりやがって……無茶してドジんなよ、少年っ!!」


 始めよう。この一歩が理想とのお別れだ。


記念すべき200話、そして500万pvを達成いたしました。

皆様が見て下さるおかげでここまで来れたかと思います。本当にありがとうございました!

これからもどうぞ宜しくお願いします!!



2016/08/22 追記・ 第86話にて、ユウの過去話を追加しました。申し訳ございません。


ご高覧感謝です♪



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