第193話 憤怒の化身
真っ暗の状態の視界でアルトを押し出した後、すぐに 状態解除をかけたつもりだったが、中途半端にしか掛からなかったようで彼女の完全回復までに時間がかかってしまったようだ。
どちらにせよ、しっかり魔法が反映していたおかげで俺が助けられたってことなのだが。
「ゆ、ゆう……?」
彼女を助けた後、俺はまるで眠ったような状態になっていた。
ひたすら暗い闇の中にてふわふわと浮くような、夢の中であるかと錯覚してしまう感覚であったのだが、死のループの地獄から抜け出せた俺からしたら大変心地よい空間であったのだ。
まさに獲物を閉じ込める檻だったな。
『お、おーい。ユウ、無事かの?』
『もしもーし大丈夫でしょうか?』
それにしても、まさかあんな火事場で彼が表に出てくるとは思いもしなかった。
彼が俺の裏にいる場合に、俺自身が少しでも精神的に動揺すると、その隙を突いて意識を飲み込んでしまうらしい。
俺の意識が戻ってきた理由は、俺自身の消えかけた自我も羞恥心のため蘇り、シャナクの意識を打ち消したからだ。
灰色と黒なら黒が勝つように、抱く思いが強いものには勝てないのだ。
今回はその思いが羞恥心だったのだが。
しかしだ、一時的に取り込まれたおかげでまた新たな黒歴史が増えましたよ。
もう一回いうけど、俺はそんなキャラじゃないんだ。本当だからね。
「信じてくれ……俺は俺である限りもう二度とあんな発言はしないからな……」
「えっと……おかえり……だよね?」
「ユウナミは憑依にでもかっていたんですか?」
「ある意味な……」
顔が熱い。恐らく今現在はお湯を掛けられた直後のように真っ赤になっているだろう。
少しずつ落ち着いてきたが、未だに思い出せば発狂してしまうな。
俺を何歳だと思ってるんだよ……というかシャナクは外見的に二十代中盤だったし、間違いなく成人してるはずなんだがな……。
「すぅぅ……はぁぁ……ああ。だいぶ落ち着いた。女の子に見られたって辺りが一番精神的に来るな」
「いつものユウ、だよね?」
「ああ。レムもシーナも怖い思いさせてごめんな。とりあえずみんな無事で良かったよ」
「大丈夫、です!」
「ユウナミの黒歴史を目の当たりにして光栄の至りに思います」
「こいつ後々絶対馬鹿にするだろうな……」
「――んで、傍観を決めているドリュードさん? よくもまぁぬけぬけと俺達の目の前に現れやがったな」
「うっ」
当然のように仲間に混ざっており、違和感すら感じさせないことが彼のポテンシャルで、その技能を活用してこの世界を生き抜いてきたのだろうが、流石にこれ程までの裏切りを重ねられれば気付けないはずがない。
身体を起こして周りにいる者を見渡せば、少なからず傷跡が見られて、間違いなく医者から運動厳禁と警告されるであろう程の無数の怪我が見て取れる。
彼を除いて。
『ユウっ、お主の記憶を見たぞ! だが、我らの記憶とも照合して欲しいのじゃ!』
『彼は本当にばっさりと裏切った、のですか? 我らには……とてもそうは思えません』
しどろもどろするドリュードを睨みつけていれば、内側から聖霊たちの声が届く。
明らかにシャナクではない高い声であるが、そんな彼女たちだからこそ湧き上がる安心感がふつふつと感じられた。
「ドリュード? なにしたの? ボクのユウになにかしたら……いてて……」
「ワタシのでもある、ですっ。だから、あるとも安心してくださいですっ!」
「……ふふっ、なんか、レムも成長したかな? ユウの隣は譲らないけどね……っ」
「何やらレムが精神的に一段階成長を遂げたようですが――貴方、何をしたのですか? ユウナミの目を見れば分かりますが、あの目は敵に向ける目ですよ?」
「あ、その、だな……」
「――ははっ、こいつは凄いな」
静かな火花が散っている中、俺は乾いた笑い声をあげ、視線が集まる。
聖霊たちとの記憶の共有を行い、ありとあらゆる情報が手に取るように理解出来たが、思った以上に大規模なことになっているようだ。
「このギルド、ボロっボロなのな」
「「えっ?」」
『そ、そうじゃな。我々が戦っておる最中も勇者の魔法や攻撃の余波でしっちゃかめっちゃか状態でな。それもあり、我らも少々やられてしもうたわ』
(……悪い、そんな広範囲まで響くとは思わなかった)
彼女らが見た光景。元々馬鹿でかい建物であったギルド本部は、まるで戦場の中心にあり多数の砲撃を受けたかのような大きな穴が無数に作られており、窓ガラスは吹き飛び、部分部分で建物の一部が崩れ落ちているワンシーンが目に映る。
人間界の有力組織がなんとも情けないものである。
『くすくす、突然光が降り注いだかと思えば、貴方が勇者と戦闘をしていたからですか。この数ヶ月で昔の貴方とは比べ物にならない実力を身につけましたね。色々な意味で』
(それとシャナクはしばらく置いておこうか。プニプニがあっちに残りっぱなしっていうのはどういうことだ?)
『それも、我らが話すとしよう。あの邪霊は少々眠りについてもらったからの。もうしばらくは大丈夫じゃろう』
『出てきたとしても抑えますのでどんと任せてくださいね』
「ああ。分かった」
腕を前に差し出せば、召喚の魔法陣が出現する。
だが、今回のその魔法陣は通常とは異なる色をしていて、そこから飛び出る影も異なった雰囲気を纏っていた。
「あ、あれ? これって……聖霊たち?」
「聖霊さんの服装がいつもと違う、です。でも……かわいい、です」
「真っ黒、ですね。しかもなかなかのセンスの良さとみました」
「ふっふふ、我々も彼の力をぐいっと吸収させて貰いました」
「まぁ何はともあれ、プニプニが心配じゃな。早く説明して行動に移さなければの」
「ちょっと待ってくれ」
聖霊たちはサイドテールということは変わらなかったが、傷は癒えて服装がガラリと変わっていた。
彼女達の装備はまるで黒いチャイナドレスのような格好をしており、チラリと見える太股にはホルスターが巻かれて想具らしき武具が収まっている。
黒髪黒服。魔法学園の制服とは違った美しさが溢れ出ていた。
見慣れない美しさのせいで一瞬だけ思考が止まったのは確かだが、説明を止めさせたのはこのためではない。
「ドリュード。今から言う質問の答えを十秒以内に答えられなかったら、お前とはここでお別れだ。自分から消えてくれると助かる」
「っ!? いきなり過ぎんだろ!?」
「殺さないだけましだと思ってくれ。事は一刻を争う」
話しかけると同時に立ち上がり、前へ進む準備を始める。
そのようすを見たためか、アルトたちも表情を強ばらせ、優しい雰囲気は掻き消えてしまった。
「お前はギルド側なのか。それとも俺達側なのか。はっきり教えてくれ」
「……っ」
「あ、嘘はつかないでね? ボク魔法はしっかり反映してるから、嘘なら伝わるよ?」
「流石だ。さて、十秒だけ時間をやる。答えを決めてもらおうか」
アルトの手の回しっぷりには感嘆せざるを得ない。相手の心を読む魔法というものはやはり重宝するだろう。
俺も習得を急がなくてはいけないな。
「プニプニをこちらから戻すのは不可能か?」
「恐らく、無理なのじゃ。プニプニがユウの召喚で呼び出されているのなら、主人の元へ一瞬で戻る魔法を覚えているはずなのじゃ。なにより、互いの同意の元なら主の元へ移動することも可能なのじゃ」
「しかし、それを使わないとなるとプニプニは白神を除いたギルドの全戦力をがっしりと抑えていることになりますね」
「何でだか分からないが、その場所には白神はいなかったんだな?……さて、時間だ。もういいな?」
ドリュードに向けて鋭い視線を送れば、俺より背の高い彼は目をそらし、俯く。
数秒このままであったなら、気絶させて放っておこうと考えていたのだが――彼は意を決したように首を振り上げ、強い視線でこちらを射抜く。
「おれの、オレの最優先事項は彼女を守ることだ……っ! ギルドの敵を排除するのはオレの仕事じゃ、ねぇ……っ」
「なら、どうするんだ?」
「オレが、守る。守りきってやる……こんなところで止まってなんかいられねぇんだよ……!」
「で、どっちなんだ?」
彼はそう言い放つと、ドリュードは突然座り込み、懐から魔道具であろう武器を取り出し、大剣モードへと機能を切り替えた武具を勢いよく地面に突き刺した。
戦闘最中のような雰囲気を纏っているため、レムやシーナも驚いた顔を浮かべているが、彼の現在の心情を感じ取った俺達は、ただ見つめていた。
彼は大きく呼吸をすると、しっかりと俺達を見据えて口を開いた。
「はぁぁ……オレは、勝率の高い方に付いて行く。大人は狡いんでな。お前達に付いていくことをこの剣に誓おう」
「剣に誓うという事は、あなたのクラスは――」
「オレのクラスは、堕騎士。前科に何があろうが、騎士は騎士だ。オレの誓いを見定めてくれ。ユウ」
「……俺?」
彼の意を酌んでいたつもりだったが、思いの外そうでもなかったらしい。
先程から続けていた睨みつけも忘れて、素っ頓狂な声を上げてしまったが、彼は彼なりの決心で俺に付いて行くいうことをついに決めたことは、分かった。
それはそれで気絶させる手間が省けるため構わないのだが、この状況で地面に突き刺した大剣の意味はなんなのかが分からない。
「ユウ、ドリュードは本気だよ」
「これが、きしさんの誓い、ですか……!」
「しっかりと受け止めて上げてくださいね、ユウナミ」
「は?」
「くっくっく、確実に分かっておらぬなこやつは……!」
「くすくす、さぁ早くしてください。プニプニを助けるのでしょう?」
何やら彼が突き刺した大剣を使って何かをすればいいらしい。
分からないものを考えたって時間の無駄なので、俺は自身の真意を隠しながら言葉を繋ぐ。
「時間が無いって言っただろ? そんなのは後回しだ。今はプニプニ、そしてリンクス、ミリュの救出だ。まさか忘れたわけじゃあるまい?」
「……おいおい、騎士の誓いをそんなの呼ばわりするやつは最低でも五発はぶん殴ってるところだが――今回はオレが下の立場だ。何も言いやしないさ」
「言っておくが、指示待ちで行動しないってのだけは止めてくれよ。ある程度は自分で考えて動いてくれ」
「そりゃ言われなくても、な」
ニッと彼は笑顔を浮かべると、立ち上がりつつ埋まっていた剣を抜き、武具の形態を小さく戻した。
彼のことは信用度でいえば三割程度しか信用できていないが、裏切るならそこで殺すだけだ。
甘い考えは痛い目にあうと俺はこの身体を持って覚えさせられたからな。もう動揺はしない。
にやにやしている聖霊二人は置いておいて、とりあえずどこから調べるかだ。
「プニプニの作ってくれた時間が惜しいな。あいつも強制的に戻せればいいんだが――」
「プニプニは無事じゃ!絶対なのじゃ!」
「彼は自分の身を犠牲にしてユウに時間を与えています、それを無駄にしてはいけませんよ」
「分かったらさっさと動くのじゃ! 我らは先に往くぞ!」
「あ、おい。どこ探すのか検討ぐらいつけてから――って、遅いか」
俺が言い終える前に聖霊たちは凄まじい速度で研究所の奥へと消えていった。
彼女達が早口だったことから、プニプニの作ってくれた時間を無駄にしないと少々焦っていることが感じられた。
こういう時こそ無駄に焦ってはいけないのだ。
無論ゆっくりなんてしていられないが。
「ドリュード、お前はシーナと同じくこのギルドで勤めてたんだろ? リンクス、ミリュがどこに拘束されているか分かるか?」
「ん?……考えられるとすれば、ギルド本部の上層、それも三十階以降か、もしくはこの地下研究所の何処かだな。後者だったなら、あいつらの身がヤベェが」
「範囲が広すぎませんか? もっとも、私はこの研究所が存在したことすら知りませんでしたけどね」
「やっぱりおっきい建物は苦手、です……」
「そういえば、ここってどんな施設なの? へんな生き物? がいっぱい漬けられてたけど……」
「そうだな。奥に進みながら話すとしようか」
気配探知を展開しながら早足で移動を開始する。
周りにあったのであろう巨大な試験管は先の戦いで全て粉砕させられており、中にいた生物もそこらじゅうに飛び散っていた。
また、部屋の隅に追いやられている蝶の蛹のような形をしているナニカからは全く生気を感じられなかった。
「ここは、魔物の増産所だ。もっとも、名目上は万能薬製作所ってなってるけどな」
「……やっぱり、ね。」
「と、なると――これってもともとは……っ!?」
「大丈夫だ。流石にあれは人間じゃないだろ?」
レムは怯えたような表情を作ると、背後から俺の右手をぎゅっと握る。それはもう、ぎゅぅっとだ。
普通なら微笑ましい光景に感じられるのだが、彼女は俺の手がミシミシと悲鳴を上げるほどに強く握ってくるのだ。
もはや握りつぶしにかかっていると言っていい。
こんなに彼女の力って凄かったか?
痛みに耐えながらもアルトを見れば、彼女の視線が鋭く、そしてギラリと殺気立った表情を作り出していた。
そのようすを見てドリュードは焦ったのか、両手を前に出して弁明するかのように振りながら語り継ぐ。
「まてまて! 当然だが、無数にいる魔物をここで製造してるってわけじゃねぇんだぞ! オレもあんま知らねぇけどここで作ってるのは元々人間だった奴で――」
「そこでもう止めておきましょう。それにしても、ギルドの闇がここまで深かったとは思いもしませんでしたね。いつからこうなったのでしょう……」
「ああ。それがいいな。だがこの状況が始まったのは、間違いなくあいつがギルドを仕切ってからだな」
「ん? ギルドって昔からあいつじゃないのか?」
「なんだ知らねぇのか。俺がAランクくらいの頃に突然元ギルマスが行方不明になってな。その行方の手がかりはそいつの置き手紙だけって話だ。その手紙のおかげでブルーノの野郎がいまの立場にいるわけだが――っ!?」
「来ます! 戦闘の準備を!」
シーナの大きな声とほぼ同時に天井が崩落し、瓦礫と共に何がが落ちてくる。
しかもその気配は――
「おっ? あれは……懐かしい影っすね」
「あのスライムも面倒だったわね。まぁ、あたし投げ込み位置は完璧だったけどっ!」
「プニプニ!?」
「上にいるよッ!」
「ふぉ……ほっ……」
大量の瓦礫が落ちてきたため、全員が後退したが、元々俺達がいた場所に半分だけゲル化している上半身裸の紳士がいた。
彼は、既に瀕死と言っていいほど酷い状態になっており、身体を作り直す魔力もないのか、既に残り半分の身体も崩れかかっている。
「ゆう……殿……っ! お逃げくだ、さい……っ」
「ぷにぷにさんっ!?」
「っ、戻れ――!」
魔方陣を開き、彼を吸い込もうとイメージしたその瞬間。
目の前のガレキが爆発を起こす。
プニプニは、当然爆風の中に消えていく。
最悪な衝撃波が身体を突き抜けて、寒気と共に心にぽっかりと穴があいてしまったような虚無感が身体を震わせる。
その瞬間、魔力が切れてしまったかのような身体の重さ、そして思考の沈下、この一瞬で負の思考の連鎖が脳内を押し潰すかのように止めどなく増え続けていく。
「う、うそ……で、しょ?」
「あ、あ、あぁ……!?」
「あいつら……遂に現れやがったな」
「彼らが、列車の件の首謀者ですね」
上を見上げれは、穴の空いた光の向こうに人影が二つ。
片方は長い銃身を持ったの女性。
もう片方は、純白の双剣を持った男性。
放たれる圧力もまた、SSランカーとは比較にならない。
だが、何処かで感じたことのある気配だ。
「よっと!!」
「ロックオン!!」
米粒ほどにまでしか見えなかった男性は、高低差が四十メートルはあろうこの距離で、一度の瞬きが終わる時、既に彼は目の前にいた。
そして彼は俺ではなく、アルトを狙って両手に持つ双剣を振りぬこうとしている。
俺を差し置いて、また奪う?
「ふざけてんじゃねぇぞ。お前ら」
「ボク、怪我してるけど」
笑顔を浮かべながら風に溶けて双剣による攻撃を行おうとした彼は、気がつけば逆方向に吹っ飛んでいた。
まるで打ち返された野球ボールのように勢いよく研究所の壁へとぶつかり、大きなクレーターを作る。
彼女は切りつけられてもなお、一瞬で襲い来る風に蹴りを打ち込み、カウンターを決めたのだ。
「なっ……!?」
「誰が射たせるかよ。体魔変換」
撃ち込まれた弾丸は、やはりアルトを狙って放たれていた。
だが、その弾丸が彼女に届く事は無い。なにせ俺が握りつぶしたのだから。
手のひらを開けば煙とともに、手に収まるような大きな弾丸が煙を上げて変形していた。
問題があるとすれば、この虚無感。
魔力が回復しても、ガスが漏れているかのようにどんどん何処かへ消えていく。
体力が切れたら気絶することを考えると、これ以上魔力回復に回すのは厳しいか。
「ははっ! そんなボロボロでもまだぜんぜん余裕っすね!!」
「はぁ、最悪。すぐに終わると思ったんだけどねぇ」
片方は高所から落下してきても軽く着地を行い、もう片方は吹っ飛ばしたのに余裕そうな表情を浮かべて無傷で戻ってくる。
「あのスライム、面白かったっすよ?」
「はいはい。勇者も帰ったことだからさっさと仕事を終えるわよ」
「この匂い……っ!? あの人たちから、いっぱい血の匂いがする、です!!」
「そりゃもちろんっすよ。邪魔なギルド員は切り捨てたからっすね。はやく風呂に入りたいっす」
「おい、お前らッ!どういうことだよ!?」
魔力不足で頭が回らないのか現在の状況の把握が危うくなってきた。
こいつらはギルドメンバーでありながら列車テロを起こし、挙句には同じメンバーを切り捨てただ、と?
全く理解出来ない。一体何のためにそんな事を?
「なんか、色々勘違いをしてているようっすね。元から俺達はギルドメンバーじゃないっすよ」
「ああ、サイバルのギルドでバンリっていたじゃない? あの子は面白いから生きてるわ。まぁ、傀儡みたいなものだけど」
「なら、貴方達は何なんですか!? 目的は何なんですか!?」
シーナが怒りを含めたような口調で言い放つと、彼らは笑い声を上げながらたいそう愉快そうに答える。
「俺達は世界を変えて、救うんっすよ」
「しってた? このギルド本部って施設はね。ぜーんぶ姫様のものなのよ?」
「また、そいつか」
「姫様姫様って……なんなのさ。ボク、もう君達を見てると不快でしょうがないんだけど」
アルトが空間すら揺らす殺気を放っても彼らはへらへらとして依然として態度に変わりが見えない。
数秒後、笑い飽きたのか男性は指を鳴らし、あるホログラムを背後に映し出す。
「俺達の活動、ねぇ。例えば、こういうのっすかね」
「――は?」
その場面は、ある病院の一室のような清潔な部屋であった。
俺たちから見ればただの部屋。ただの患者が横たわらせられて治療されているとしか見えないだろう。
だか、俺は見たのだ。 彼の記憶を。
そして、彼が愛してやまない妹の姿を。
「は、はぁ? お、おい。なんでオレの、なんで、あいつが、なんでソフィが映るるんだよ!?」
この時点で彼はもう想像がついてしまったのかもしれない。
無関係なマシニカルの住民でさえ巻き込む彼らの非道さ。躊躇なく殺人を行う残虐さ。
そのような人物が、映像の中でドリュードの妹の前に二人揃って立っている。
酸素マスクをしている少女は眠っていたらしく、目を擦りながら二人を眺めていた。
「おい……おい……なに、しようってんだよ……おいッ!!」
「お楽しみはこれからっすよ?」
映像が一瞬途切れる。
次に映ったのは、酸素マスクを外されて、少女の髪の毛はそれぞれ蛇の頭部持ち、顔は死んでしまったように真っ青で、それはまさに眠っているメデューサであった。
「……は、ははっ、はははっ、はははははははははははははっ!? 冗談にも程があるな!? わ、訳分かんねぇ映像作ってるんじゃねぇよッ!!」
彼は大剣を展開し、これ以上ない程の殺意を込めて男性に向けて走り出す。
しかし、怒りに飲まれた彼の一撃が当たるはずもなく、空気を切る重々しい音のみが響き渡る。
「あぶないあぶない。でもー! なんと、ここでスペシャルサービス!」
「とあるゲストに来ていただいてるわ」
突然白い魔法陣が床に現れて、そこから光が発せられる。
湧き出すように出て来たのは、先程の映像に映っていた魔物。
髪の毛のように多数の蛇が舌をチロチロと動かしながらこちらを睨みつけている。いや、実際にあの魔物が見ているのは間違いなく――
「……ユウ」
「ユウナミ。アルト、分かっていますね? 討伐対象、メデューサ。討伐ランク、一つ星」
「……これが、お前達が言う救いなのか?」
「そうっす!! これが実験の成果っす!!」
ドリュードの顔は、まさに真っ青。そんな中、彼が震える声で紡ぎ出せた言葉は、ただ呼びかけることのみであった。
「……ソフィ?」
『お……に……さ……たす……け』
「あは、あははははっ!! 素晴らしいわね家族愛って!!」
「はははっ! すっごく滑稽っすよ!!」
空気の違いがあることに理解ができない。
なぜだ? 本当にあいつらは人間なのか? 人間を改造して、人の家族まで踏みにじって、何がおかしい?
彼は足元から石化し始めていた。
彼女の持つ石化能力。それが討伐ランクが高騰している理由であろう。
助けを求めるメデューサに、手を伸ばすドリュード。
蛇の鱗がびっしり生えた、彼女の退化した手も伸ばされるが、互いの腕は届くことがない。
「ソフィ……なのか」
「た……け……て……」
「……は……はは……ぁぁぁ、ああああああああああああああああッ!!」
叫び声が、響く。俺でもこの現実が重すぎて目を逸らし、受け止めきれていない。
だが、こうなっている以上。
俺は、彼のため、彼女のため、そして仲間のためにも、彼女を殺さなくてはいけない。
意識せず、相手を殺してしまう能力。
大好きな者を見ることすらできない能力。
果たして、無力で何も出来ない自分と人と問わず殺してしまう能力。どちらが幸せなのだろうか。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!! あああああああああああああああッ!!」
ドリュードは真っ赤に燃えさかる溶岩のようなオーラを身にまとい、まるで、憤怒を体現したかのような魔力が吹き荒れ、彼を中心として床からは自然発火が巻き起こる。
「消えろ消えろ消えろ消えろ……ッ こんな世界なんて……消えてくれぇぇぇぇぇぇッ!!」
紅い閃光が、弾けた。
ご高覧感謝です♪




