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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第九章 裏の世界と表の世界
189/300

189話 普通の欲望

たいへん遅くなりました

 暗かった空間は勇者の聖属性により強く照らされて、まるで真昼であるかのような明るい空間に切り替わり、物静かで電子音のみが小さく響いていた場所は、もはや戦の中心地となり果てていた。


「ほらほらほらほらァッ!!」

「らぁぁぁぁぁッ!!」


 白銀の剣と漆黒の剣がぶつかり合う事に、廊下の天井にまで届くほどの大きな試験管はその剣劇の衝撃波で破壊され、彼らの足元は透き通った色の液体で浸され始めていた。


 当然、戦闘が起こっているのはこの場所だけではない。


「このクソチビっ!さっさと消えなさいよッ!」

「貴方だって似たようなものでしょう!」


 すこし離れた場所にて、無数のナイフがシーナに向かって高速で飛来していく。

 応答しながら左右へ駆け抜け、彼女の足元では無数の水しぶきが舞い上がる。


 放たれた数本のナイフは一度も目標に当たることはなく、向かいの壁で爆発を引き起し、爆風が巻き起こった。

 一本一本が魔道具であったのだろう。


 攻撃の合間を塗ってシーナは夕に作ってもらった風属性の竜巻を引き起こす効果を持つ短剣を投げて使用するが、シーナよりも小さな女の子はムーンサルトの要領で攻撃を飛び越え、躱していく。


 何も無いところで竜巻が巻き起こり、そしてそれはすぐに消えていき、効果が見られないことを知ったシーナは悪態を吐く。


「そんな攻撃に当たるわけないでしょ!」

「この……ちょこまかと……!」

「しーな!! 危ないですっ!!」


 どこからともなく響いてきたレムの声にシーナは素早く反応し、直ぐに後方へ距離を取る。


 一拍置いて、上方から高速で何かが落下してきたかと思えば、目の前で大きな爆発が発生し、大量の水しぶきを巻き上げる。


 まるで隕石でも落ちてきたかのような音と衝撃波が空間を埋め尽くしていき、二人は顔を覆う。


「っ……レム、助かりました。あれを食らってしまったら私でも危ないですね」

「あの人、打ち合ってみたら分かりましたです、すごく、強いです」

「あら? 完全に潰したと思ったんですがね」


 勇者にクレアと呼ばれた赤髪の女の子はメリケンサックのような装備をしており、笑顔を浮かべたまま打ち付けた拳ゆっくりと持ち上げる。


 現在レムとシーナは、アルト達の戦闘に巻き込まることを回避するため、彼女からは少々距離を取っている。

 直ぐに相手を倒して彼女の戦闘をアシストしようとしていたのだが、そう上手くはいかなかった。


「クレア! ちゃんと決めなさいよ!」

「完璧だったはずだったんですけどねぇ……」

「レム、貴女は大丈夫ですか?」

「まだ全然です。でも、あの人は急にシーナを狙うです。気をつけてくださいです」


 クレアはレムと戦っていたのだが、突如シーナにも攻撃を加え始めた。

 このことから、最初から一対一で戦う気がないということは明らかであった。

 今のところ、相手の戦闘力の限界も見えていない。そのため、レム達もまだ様子見といったところである。


「それにしても、あんた、魔法クラスでしょ? 何で魔法も使えないこの場所でそんなに動けるのよ」

「貴女も似たようなものでしょう。それに、 こう見えても私はSSランカーなので、身体能力向上の魔力運用テクニックの一つや二つはありますよ」


 アルトやサンガが魔法を使用していたが、通常この場所では2攻撃魔法、炎などの超常現象に近い魔法は使用は出来ないことになっている。

 そのため、魔法攻撃を専門とするシーナは少々不利な状況を強いられていた。


「貴女、小さいのになかなか野蛮ですわね。混ざりものさんは本当に怖いですわ」

「そんなの、関係ない……です」

「野蛮な女の子は、殿方に嫌われるのではなくて?」

「っ!? 関係ないです!」


 レムの目と声に動揺の色が浮かび上がる。

 それを敏感に感じ取り、理解したクレアとローナは互いに顔を合わせた後、薄い笑みを浮かべてさらに語りかけ始める。


 その表情の小さな変化に気が付いたシーナは小さく構えを取り、戦闘に備える。


「何がおかしいのでしょうか?」

「いえいえ、あの弱そうな殿方が、こんな野蛮な女の子を好くはずがないと、思いましてね」

「へぇ、実は無理矢理に貴女が仲間に割り込んでるって事かしら?」

「ち、違います……だってゆうはワタシのこと、きらいじゃないって――」


 色はより濃くなっていき、シーナでもレムの精神が徐々に荒んでいくことを理解した。

 対人経験の少ない彼女だからこそ、このような弱点があった事を感じ取り、シーナはうっすらと焦りを覚える。


「レム、そんなのは戯言ですよ。ユウナミはアナタのことも好きに決まっているでしょう? どれだけ一緒にいるんですか?」

「好き なんて感情論、恐怖の前には竦むものですわ。ねぇ、野蛮な混ざりものさん? 無理矢理あの殿方に付いているのではないですか?」

「ちが……ちがうです……っ」

「レムッ! 変な意識からは目を逸らし、耳を伏せなさい! これは戦闘です! 呑まれてはいけません!」


 シーナが強い口調で言い放ったが、この状況でローナはレムにとって致命の一撃ともいえる、言葉を放ってしまう。


「あんたさ――もともと奴隷でしょ? 奴隷が普通の生活を送れると思ってるの?」

「あ、ぁ……ぁぁ……ぁ……」

「レム! 聞く必要はありませんッ!!」

「クレア、あいつ止めといて?」

「了解ですわ」


 シーナはレムを揺さぶる本人まで一瞬で肉薄し、回し蹴りを放とうとした――のだが、目の前には直ぐに別の影が立ち塞がり、そのシーナの一脚は、狙った相手とは違う人間に片手で受け止められる。


 これ以上会話をすることは不味いと感じた彼女は、蹴りを受け止められても直ぐに対応し、鞄から二本目の短剣を取り出そうとしたが――


「遅いですわ!!」

「――っ!?」


 その僅かな隙を付かれてクレアの正拳突きが鳩尾に突き刺さり、数メートルほど吹き飛ぶ。

 その途中で魔法が付与された短剣は手元から離れてしまう。


「くっ……ぁ、はぁ、はぁ……一撃が重い、ですね」

「あら、身体を下げて衝撃を幾らか流しましたね。見事ですわ」

「はぁ……っ、レム! いい加減に目を覚ましなさい!!」


 しかし、彼女のようすは心ここにあらずといったもので、シーナの声も何処か遠くから響くように感じて聞き取れない。

 奴隷 という非人を示す言葉だけが身体の中で反芻し、その言葉によって彼女の足はがたがたと震え始める。

 もしドワーフの里に訪れず、単にこの場所で啖呵を切られるだけであったなら彼女の身体が反応するほどの“避けられる恐怖”は覚えなかっただろう。


 だが、彼女は想像してしまった。


 沈む椅子(ネガティブチェア)に座り、何故自分のような卑しい存在が、奴隷であった自分が、仲間として認められているのであろうかと。


 彼女は見てしまった。


 ドワーフの里での朝。自分ではない人が、夕の隣で嬉しそうに“一緒”に寝ているということに。

 そして自分が味わったこともないような至近距離で、自分という障壁がない二人は、いつもより増して、とても幸せそうであったこと。


 彼女は最悪の未来を考えてしまった。


 奴隷であった自分は、捨てられる。

 飽きられたら、捨てられる。

 邪魔になったら、捨てられる。


 成長が早いなんて、よく夕やアルトに褒められた。

 それはそうだ。捨てられないために、寝る間も惜しんで一人で努力をしているのだから。勿論、勉学もだ。


 だけど、成長が止まってしまったらどうなってしまうのだろう。夕やアルトについていけなくなってしまったら、奴隷という汚れた立場にいた自分はどうなってしまうのだろうか。


「いや……いやぁ……ッ」

「あははっ! 野蛮なアナタには考えが及ばなかったのかもね! 第一、お兄ちゃん以外の人間の感情なんて嘘ばっかりよ? 貴女はね、ただ持ち合わせた力で、あの男の人を怖がらせて、一緒にいる事を強要しているだけよ!!」

「いやぁぁぁぁぁッ!!」


 涙を浮かべながらで獣化を使用し、真正面から拳を構えて全速力で、そして真っ直ぐ感情をぶつけるように黒い笑みを浮かべた青髪の少女に向けて――


「あははっ! 馬鹿でしょう? そんな攻撃が当たるわけないじゃない!」


 拳を超速で振り抜いたが、手応えはない。

 声がした方向に向けて硬化させた尻尾を突き放つが、同じく手応えはない。

 向かってくる人影を確認したため、怒りに似た感情のまま尾を振り抜いても、宙を切る感覚が返ってくる。


 まるで怒り狂った恐竜のように荒ぶる尾が意識を持ったように廊下や大きな試験管等、物、人を問わず至るところを傷をつけ、破壊していく。


「あっ……ぶないですわ!」

「レムっ!! しっかりしなさい!!」


 攻撃の対象は味方にまで及んでしまった。

 シーナは何とか躱したが、触手のようにしなる尾にクレアは少しだけ攻撃を掠める。


「ついに敵も味方も判断出来なくなってしまったのかしら!?」


 これを好機とみたローナはうねり狂う尾の波状攻撃をひらりひらりと躱し、その過程で地面に落ちた短剣を拾い上げてレムへ徐々に距離が詰めていく。


「あははっ! やっぱり獣の混ざりものね!直ぐに我を忘れる!!」

「レム――くっ!?」

「おっと、貴女の相手はこちらですわ!!」


 シーナは止まない拳舞の嵐に対応し続けているため、レムへの助けは間に合わない。

 対して本人は九つの尾を最大限に活用しているためか、俯いたまま動かない。


 彼女の持つ短剣の属性は火属性。刺さることがなくても、当たってしまえば身体を覆う獄炎が小さな身体を焼き尽くしてしまうだろう。


 勝ち誇った微笑を浮かべながら尾の攻撃をくぐり抜けたローナは短剣を振りかぶる。

 背は少々彼女の方が大きいので、回避するなら俯いたままでは不可能であり、自然と首を擡げなければいけない状況になってしまう。


「レム!!早く動きなさい!!」

「人の心配より自分の心配をしなさいッ!」

「あははっ!!これでまずは一人目!!」


 九つの尻尾は動かない。そして、レムも相変わらず俯いたまま、何かをぼそぼそと呟いている。


「――ないよ――もっと――しい――」

「遺言かしら? だけど聞く気はないのよッ!」

「レムッ!!」

「ふふ、これで二対一ですわ!!」


 シーナが焦燥に駆られて目を見開き、レムへと手を伸ばすが、その手はローナに弾かれて届かない。


 ぼそぼそと呟いていたレムは、ここでやっと擡げていた首を上げ、振り下ろされた短剣を焦点の合っていないような目でぼーっと眺めている。


「……え?」


 ローナが一瞬だけ目を瞑って、瞬きを終え、視界が開ければ、既に彼女の姿は掻き消えていた。

 ただ、その場所に残っていたのは二条の残光のみである。

 短剣とレムの額の距離はおおよそ数センチ程に近づいていたため、回避も不能であったと考えていたローナは素っ頓狂な声を上げ、攻撃は空振りに終わったことを知る。


 それを見ていたシーナ、クレアも同じように驚き、お互いに攻撃の手が止まる。


「何がどうなって――ッ!?」


 消えゆく二条の黄金の残光を目で負っていけば、それはローナの背後にまで繋がっている。

 彼女にとって、これからの行動を決めるための情報はそれだけで十分であった。


「このッ!!」


 振り向きざまに短剣を振り抜く。

 空気を切るような手応えのない感覚のみが腕に届き、攻撃が外れてしまったということは、誰よりも先に理解出来た。


「きゃぁぁぁッ!?」

「ローナ!?」


 背後から淡く輝く長い尾が、ムチのようにしなりながら、彼女のがら空きの背中に強く打ち付けられ、何をされたか理解する間まなく、高速で吹き飛んでいく。


「もっと――欲しいよ」


 その声がシーナの耳に届いた途端、止まっていた時間が動き出したように、突風、衝撃波、轟音が一斉に声をあげ、暴れ回る。


 激しい突風に髪と狐耳を揺さぶられているが、不動の状態で佇んでいるのがレム。

 しかし、以前の彼女とは幾らか違う点が挙げられる。


「レム……? それは……?」

「なにが、あったんですの?」


 銀髪で、狐耳があることは変わらないが、夕の気功術のように、淡い黄金の光で身体中を覆われていた。

 何よりもシーナの目を引いたのが、彼女の瞳。

 以前は透き通るような純粋さで溢れた蒼い瞳だったが、今やすべてを見据えたような黄金の瞳に変貌しており、彼女がゆらりと動けば、目から放たれた薄い残光も奇跡を描く。


「足りないよ。ねぇ、もっとぜんぶ、ほしいよ……ワタシはどうしたらいいの……? どうしたらワタシの求めるものが全部手に入るの……?」


 その声には哀しみに満ちていた。

 誰に問いかける声量もなく、ただただ、彼女の心からの願いのようにも聞き取れた。


「はぁぁぁぁッ!!」


 吹き飛ばされたローナはすぐに体制を立て直し、所持していた自分の短剣を手に持ち、これまで異常のスピードでレムへと襲いかかる。


「はぁっ! 私も手伝いますわ! ローナ!」

「ぐぅっ!?」


 シーナは反応が遅れ、クレアの蹴りを余すことなく受けてしまい、数メートル程飛ばされてしまう。


「この混ざり者がぁッ!」

「ワタシは、乾いてる。全部欲しいの。ゆうも、あるとも、しーなも全部、独占したいの」


 高速で接近してきたローナの短剣の一撃を九つの尾の内の一つでいとも容易く受け止める。

 彼女を襲った短剣は、勇者の仲間ということもあり、非常に高品質なものであったのだが、それもお構い無しである。


 短剣を尻尾で抑えるということは、レムの尾は異常な堅牢性を有しており、驚くことに短剣の刃の部分が欠けてしまった。


「うそ……でしょ?」


 返ってきた硬質な感触と、肉を切ろうとしたのに、自慢の刃が欠けてしまった異常事態が理解出来ず、声を洩らす。


「どきなさいローナ!!」

「ワタシがもともと奴隷じゃなかったら、普通に生きていけたのですか?」

「はぁぁぁッ!!」

「普通だったら、こんな乾きをずっと味わわなくて済んだんですか?」


 クレアの爆発する正拳突きを構えられても、レムは回避行動をする素振りも見せず、ただ、呟いている。


 そのようすをみたクレアは妥協することなく、強烈な正拳突きは見事にレムの眼前へと突き出し、空間を大きく震わせるほどの爆風と衝撃波が吹き荒れる。


 誰の目から見ても、彼女の正拳突きはクリーンヒット。

 シーナが叫ぶほど完璧な一撃であった。


 レムの軽い身体は爆発の衝撃により、弧を描くように吹き飛んでしまう。


 水しぶきを上げ、バシャリ、と彼女が力なく落ちていくようすをみて二人は会心の笑みを浮かべた。


「そん……な……」

「今度こそ、仕留めましたわ」

「次こそは、貴女ね。ギルドの犬さん?」


 引きつった笑みを浮かべるローナだが、何やら彼女を倒したという確信が持てずにいた。


 数センチまで近づけられた短剣を回避することが出来るのだから、実は生きているのでは無いのか、という恐ろしい疑問が脳裏に浮かび上がり、不意に吹き飛ばした彼女を見る。


 ローナの目に映るのは、黄金に淡く光る狐の子供がゆらり、そしてふらふらと立ち上がっている光景であった。


驚愕の声を漏らすまもなく、レムはぽつりぽつりと呟く。


「普通って、なんですか? 規則を守って、欲しがって、自身の欲を満たすのが普通……なのですか?」

「レ……ム?」


 シーナは彼女が生きていた、という喜びより、彼女は本当にレムであるのか、という疑問が脳内を占める。

 いつもの純粋さや子供っぽさはそこに存在しておらず、何かに取り憑かれ、悟りを得たような雰囲気を持つためだ。


「っ!? 私の爆裂拳は確実に決めたはずですわ!?」

「でも生きてるじゃない!?」

「普通じゃないワタシだって欲しいものはどうしても欲しいです。普通じゃないからこそ、もっといっぱい欲しいんです」


 シーナから見ても彼女の言動は明らかにおかしい。

 焦点合わない目で、虚空に向けて話しかけているレムを見ていると、まるで別の何かに話しかけているかのような錯覚を覚える。


「クレア!さっさと決めますわ! 嫌な予感がしてなりません!」

「そうね。早く仕留めた方がいいわッ!!」

「……そう、ですか」


 レムは高速で接近する二人を一度も見据えることはなく、そのまま目を閉じ、彼女の腰から生え出す九つの尾は、一本一本がレムの身体よりも大きく成長していく。


「だからワタシは、強欲、なんですね」

「くらぇぇぇぇッ!」

「はあぁぁぁぁッ!!」


 ローナの短剣は炎を纏い、クレアの拳もまた破壊のエネルギーにより、輝きを纏っている。

 それに対して、レムはここでやっと目を開き、右手を二人の前に突き出し、行動らしい行動を行う。


「そう、ですね。ワタシはワタシの欲しいものを奪い取ります。理性で押しつぶしちゃダメで、強欲から逃げないこと。それが、答え……ですよね」


 なにかに答えを示した彼女は、その瞬間に淡く纏っていた黄金の光はより一層強くなり、感じ取れる圧力はより巨大なものになっていた。


 そして彼女の焦点の合わない黄金の瞳は、遂に迫り来る二人に向けられる。


「奪い取る、です」

「!? ローナ!!」

「何――!?」


 走っている途中であったのに、クレアは左へ大きく飛び、ローナを抱えて地面に叩きつけた。

 助けたつもりであったのだが、力加減を調整する余裕はなかったようである。元々彼女がいた場所は巨大な尾が振り払われ、豪風が巻き起こる。


「ぁぁぁあっ!?」

「クレア!?」


 しかし、レムはそれを見て更に尾の攻撃手数を増やす。二本でダメなら、四本で。


 彼女の尾は黄金の光を纏い、それらはムチのように強く振り回される。

 完全に回避したと思っていた矢先に新たな攻撃が飛んできたため、地面に寝転がっていた二人は、新たな尾に転がされることになる。


 低めの一撃は、立ち上がろうとしていたクレアに向けて振るわれ、一瞬のうちにローナの視界から彼女は廊下の奥へと吹っ飛んで行ってしまった。


「ご馳走様……です」

「あ、あんた……なにを、したの?」


 彼女が纏う光はより一層強いものになる。

 その代わり、ローナがクレアから感じ取れる魔力はごく薄いものとなってしまった。

 その変化はまるでレムがクレアの魔力を吸収してしまったような、感じたこともない展開であるため、ローナは恐怖することしかできなかった。


「もっと、下さい」

「なによ……なによあんた!? 」

「レ、ムっ! それ以上はいけませんっ……!」


 腹部を抑えながらシーナが必死で叫ぶがレムには届かない。

 再び尾は動き出し、ローナへと高速で伸びていく。


「混ざりものなんかに負けない!!負けて、たまるもんか!!」


 彼女は恐怖を振り払って素早く立ち上がり、幾つものナイフをレムへと狙いをつけ、的確に放った。

 風切り音が彼女に近づいていくが、これ対しても彼女は焦らず、右手は突き出したままであった。


「また、尻尾でっ……!?」


 更に別の尾がナイフから彼女を守る。

 ゴブリンなんて簡単に殺せるほどの切れ味を持った高級品が簡単に防がれて、彼女は攻撃の全てが通らないことを悟ってしまい、絶望的な表情を浮かべる。


「レム!もういいで――!?」

「かはっ……!?」


 彼女の尾は再び暴れまわり、戦意のないローナも同じく吹き飛ばされ、壁へとクレーターを作る。


 その衝撃に負けたのか、彼女の魔力はどんどん減少していき、ついには気絶してしまった。

 そのようすを見届けたレムは尾を元の大きさに戻し、無表情でただ、立っていた。


「まだ、足りないです」


 そう呟くとレムは踵を返し、強い魔力を求めてアルトが戦闘を行なっている場所へと向かおうとし始める。

 そして、その行動を見てシーナの考えはある確信へと変貌を遂げた。


「待ちなさい!!」

「……ん」


 シーナは杖を構えている。魔法を使えない空間であるが、魔法クラスの彼女がレムに杖を向けたということは、捉え方を変えれば彼女に拳銃を向けたということでもある。

 その行動を見て、レムは相変わらずの瞳のままシーナに問いかける。


「なんで、ですか? どうしてそれをワタシに向ける……ですか?」

「レム、アナタの中に何かがいますね? しかもそのようすだと完全に乗っ取られると考えます」

「何を言っているんですか? ワタシは正常ですよ?」


 レムは基本的に優しすぎるところがある。 それは相手に対してでもだ。

 どんな嫌いな相手でさえ、戦意がないことを知れば彼女は攻撃を加えない。


 彼女の精神下で何かあったとはいえ、それは不動で揺るがないものであるはずなのだ。

 キッと強い視線で睨みつけていると、遂に彼女に変化が現れる。


「ふ、ふふ……あはははははははっ!!」

「……明らかにレムではありませんね」

「やっぱりバレてしまうか」


 高らかに笑い声を上げるレムという皮をかぶった何か。声を張り上げるのですら珍しいのに、高笑いをするなんて彼女の性格を考えれば絶対になしえないことであろう。

 先程の口調とは打って変わり、全く別人のような雰囲気を受ける。


「お前も多数の悪魔によって磨きあげられたまたいいうつわを持っているが……ワタシはこの器が気に入ってな。少々借りさせてもらっている」

「そんなことはいいです。今すぐレムを解放しなさい」

「……なぜ人間のお前に命令されなければいけないのだ?」

「分かりますか? もうレムの身体は限界なんですよ?」


 シーナが苦々しげに見つめるのは、レムの顔。

 とても可愛らしいが、口から、そして鼻から赤い液体が垂れていて、身体への負荷が限界を超えている証拠が痛々しく映える。


 顔をこすれば、彼女の手のひらが赤くなっていることを知り、彼女自身で感嘆したような声を上げる。


「やはりそう長くはもたないか――まぁいい。器は作り終えた」

「これ以上レムを傷つけるなら、私がアナタを殺します」

「……は、はははははっ! それはいいな。だが、負けた時にはお前は全てを俺に奪われるんだ。そのくらいは覚悟しておけよ」


 レムはニコッと笑うと、パタリと、そのまま倒れてしまう。

 シーナでさえ分からない何かはどうやら消え去ったようだ。


「レム!!」


 急いで彼女に駆け寄れば、先程の余裕が嘘のように息は荒く、大量の発汗。頬や額を触れば一瞬で理解できるほどの高熱が彼女を蝕んでいた。


「……魔力の過剰補給に、憑依ポゼッションに対する過負荷、といったところですね。レム、あなたはいったい何と話をしたんでしょうか?」


 辛そうな表情を浮かべるレムの返事はない。

 しかし、小さいとはいえ人間以上の屈強な身体をもつレムが、ここまでの負荷を負ったということは、取り憑いていた何かは余程の者であったことには違いない。


「なんとかこの付近にポーションがないものか――とりあえず勇者の仲間でしたっけ。調べさせていただきましょうか」


 シーナは迅速に動く。

 調べるのは勿論のこと、倒れている女の子二人である。


ご高覧感謝です♪

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