188話 凶変
世界で最高水準の戦力が集っている場所に、目的の分からない数名の侵入者。
そんな状況に置かれていたギルド本部は早急に対処を終え、堂々とその力の強さを示し、権威に関わる虚偽の情報をその侵入者達に押し付けようとしていたのだが。
「なんだこのザマは。説明しろよ。オイッ!」
「申し訳ございません! 我が隊は壊滅状態であります……っ!」
「な……にをやってるんだお前らはぁッ!!」
怒りのままにブルーノは足を振るい、土下座をしていた人間を強く蹴りつける。
威力はさほどのものではなかったが、その部屋には中央に大穴が空いているため、パラパラと土砂が崩れる音が嫌に響き渡った。
彼の後ろに控えている強者の冒険者達からも苛立ちの声が上がり、蹴られた者も呻き声と共に悔恨を滲ませた。
「お前らはたかだか女二人にに負けたのか!? しかもSSランクの二人を使ったのにも関わらず!?」
「申し訳、ございませんっ……! 気がついた時には既に……」
「ふざけるのも大概にしろよッ!」
再びの攻撃を合図に、ギルドが大きく揺れる。
揺れと同時に壁にも空いていた大穴からは生ぬるい風が吹き抜ける。
その風はブルーノにとっても、ギルドメンバーにとっても、 どこか嫌な情緒を含んでいた。
風を受けた背後にいるギルドメンバーの一人は穴から身を乗り出し、そこから眼下に見ると、視線の先にはいつもよりも増して多数の人間が集まっていた。
その集団からの騒音の大きさは地上から二十メートルほど離れていても聞こえるほどで、大変な騒ぎになっている。
「おいッ!どうなってんだよ!?」
「ギルドから瓦礫が降ってきたのよ!?」
「ここから先は現在立入禁止だ!! 大人しくシェルターに移動してくれ!!」
「わしゃぁ説明されるまでここを動かんぞ!!」
老若男女、獣人や人間等の種族を問わず、様々な人々がギルド本部の周囲に集まり、そこではイベント会場のような熱気と圧力が充満していた。
ギルドの職員、そして何人もの冒険者達は本部の中へと人を入れないように、入口やその周囲を何十人という多人数で、額に汗を浮かべながら封鎖している。
本部は中、外を問わず猛烈な波乱が起こっているが、建物内に幾つもある事務室にはどの部屋にも誰一人として人影は存在していなかった。
その理由は、戦えないすべての人員を本部封鎖に動員するという、ブルーノの指令のためである。
「マスター、マシニカルの住民達は更に騒ぎを強めています。本当に放置しておいて良かったのですか?」
「ああ? 俺の指令に文句かあるってのか!?」
「落ち着いてください。いまのマスターの指令には平時のような冷静さが見られません」
大人しげな風格をもつ男性は、怒鳴られても、あくまでも淡々とブルーノに現在の状況を問いただす。
それが功を奉したのか、彼は息を整えて深呼吸を行い、気分を落ち着ける行動を取る。
その行動を終えると、呻いているギルドメンバーを差し置いて、彼が足を向けるのはソラとファラが攻撃によって開けた大穴。
彼も同じように穴から下を覗き、舌打ちを一つ。
「……やっぱ増えやがってるな」
「私達の数名は鎮圧に向かいましょうか?」
「行かなくていいっつうの。こっちの戦力をこれ以上削られるわけにはいかねぇんだ。なにせ相手はよく分からないが、SSランク以上の奴らだ。ナミカゼ ユウと同等、はたまたそれ以上か。クソっ、何でこんなとこしやがるっ……白神はまだ終わんねぇのか?」
彼の精神は摩耗しており、平時の時の世界を達観しているような口調ではなく、乱雑で、荒っぽいものであった。
しかし、この答えに納得すると同時に疑問を抱く者も多数いた。
ざわざわと話し声が沸き立ちはじめ、その中で声を上げたのは、同じく大人しげな男性である。
「では、更に戦力を整えるために王国や他の国々に助けを求めるというのは――」
「ふざけんな。ダメに決まってんだろ。そういうのがイヤだから下っ端は全員この場所の封鎖に向かわせてんだろうが。頭を回しやがれゴミが」
そう言い放たれると、男性は有無も言えなくなってしまった。
どれだけ強く、賢くなったとはいえ、この場所では彼以上の権限を持つものはいない。
これ以上逆らうものならば即死刑、という雰囲気すら感じ取れたため、空気はさらに重くなる。
「いいか、こんな馬鹿な質問を二度とされたくねぇからお前らに言っておく。俺はマシニカルを、この国を人間界で最強にするんだよ。まずは最高の権限と武力を手に入れて、話はそれからだ。他の国に恩なんざ作りたくねぇんだよ。俺達だけでどうにかならなきゃ、そんな事は不可能だ。いいか? これを逆手にして他の国や王国の威圧にするんだよ!」
「それはわかっております、ですが――」
「いいや、分かってねぇな。第一に、もうここには王国の使いが来てやがる。しかも相手は――勇者の野郎だ。王国側に寝返りやがったんだ……ッ!」
飛び出た瓦礫の破片を怒りで握りつぶし、パラパラと砂煙が発生する。
背後では勇者という単語にその場にいた何人もの冒険者が息を飲み、目を見開き、驚きを顕にする。
「ね、寝返る、とは?」
男性ではなく、次は重装備の女性が会話の切り口を作る。
すると、ブルーノはその者を強く睨みつけ、直ぐに目を離して眼下に広がる光景を忌々しく見つめながらぽつりぽつりと呟いた。
「勇者は王国で生まれた。マシニカルとあの場所の騎士団は犬猿の仲なのはお前らでも知ってるな? 通常仲良くなんてまっぴらごめんだが、あいつは自らギルドに戦力として入ってきた。ここまではいいな?」
苛立ちの表情を浮かべながらも呟くようすにその場にいる全員が会話を中断する。
彼はここで邪魔する者が現れようものならば、ギルドメンバーが最も恐れる武力を振りかざし、その対象を殺しにかかる、という殺気に似た雰囲気を放っていた。
「ああ、何十年も、俺がこの位につく前から戦力として本当に十分活躍してくれた。だがな。問題は最初から王国側だってことだよ。あの野郎はこの騒動に紛れて研究施設に入っていきやがった。ずいぶん長い間こっち側にいたんだが、ついにぼろを出しやがった。――いや、下手したらこれまでの間に莫大な情報を盗まれたかもしれねぇ。今更気がついたが、俺達の裏をずっと探し回っていやがったんだ」
「っ、まさか――」
勇者達は、敵対する国からやってきた。
強大すぎる戦力に目が眩み、王国のスパイという可能性はその当時から現在にかけてまで消去されており、今の今までその選択肢は無いものとしてきた。
だが、現実はどうであろうか。
リンクス、ミリュという人質は彼だけを引き出すつもりの道具であったのだが、相手はもっとずっと前から組んでいるとすればどうであろうか。
相手国はマシニカルを取り込むための裏の戦略を既に完成させており、人質をとったという行動自体がその作戦の開始を早めたことになってしまったとしたら?
ナミカゼ ユウと、その仲間の来訪、破壊活動、そしてその陽動の裏には勇者サンガの一行。
あまりにもタイミングが良過ぎる到来。
これらから導き出される結論。つまり――
「王国が、今現在、俺達を潰しにかかってるってことだよ。そう考えれば、ナミカゼユウも、今襲いかかってる連中も王国側だ。これであの実力がありながら、つい最近までギルドに所属してなかった辻褄も合う」
「嘘、でしょ……?」
「だが、安心しろ。戦争の用意はとっくにしてある。それに、こっちには白神がいるんだぞ?」
「そ、そうだ。そうだ! こっちには白神がいる!!」
会話の内容に圧され、ざわざわと声が上がりはじめる。SSランカーといえど、動揺の色が空間を押し始めた。
そんな中、現れたのが白神。単語だけだが、勇者とはまた違った色に空間は塗り替えられていく。
「いいか。相手は先手を打ったつもりでいる。そして、勇者は全世界を味方につける。ここにいる国民もだ。だから今は情報を広めずに、完全封鎖しているんだっての」
「……となると、この封鎖により、戦力を立て直し、先手を打っているであろう王国に大きなしっぺ返しを与える、ということですか?」
その言葉を聞いてブルーノはひらりと身を翻し、無表情で部屋の中央に空いている大穴の底を細い目で見つめる。そこには、まるで、全てを読み切ったという達成感がその鋭い目には浮き上がっていた。
「しっぺ返しどころじゃない。ここで相手の最高戦力を仕留めれば、もう俺達のの勝ちはほぼ決まる。なにせ相手の全戦力と言っていいほどの奴らがが今ここにいるんだぞ?」
その言葉を聞いて、今まで消沈気味であった雰囲気が灯油を注がれた炎のように急激に盛り上がり始めた。
王国がなくなれば、マシニカルが首都になり、人間界を実質的に支配したと言って良い。
つまり、今の状況は捉え方によればチャンスでもあるのだ。
「さぁ、分かっただろ? 白神!さっさと来いよッ!!」
【――了解しました、マスター】
雷光を引き連れ、何処からもなくブルーノの足元に跪いていた白神。
彼女が現れた途端、肌がしびれるような空気と、圧倒的な覇者の威圧感が真っ白に空間を染め、そのフードを脱いだ透き通った美貌にギルドメンバーは更に燃え上がり始めた。
「さぁ、さっさと見つけて晒しあげるぞ。馬鹿な世界に目にものを見せてやろうぜ、野郎ども」
「「了解!!」」
強い声と共に、半分はソラとファラ、そしてプニプニが落ちていった穴を飛び降り、白神を引き連れたブルーノは更に上層へと足を進めていった。
誰もいなくなった部屋には、壁の穴から弱い茜色の光差し込み、それはだんだん細くなっていく。
世界に夜の帷が降り始めていた。
~~~~~~
どれだけ俺は助けを願ったのか。
どれだけ俺は叫んだのだろうか。
どれだけ俺は壊れたのだろうか。
どれだけ俺は死んだのだろうか。
ある時は回復するのを待たれて右半身の骨を全て折られて、薬によって回復し終えると左半身の骨を破壊された。
またある時はよく分からない液体を身体中に差し込まれたり、直接眼球を破壊されたりもした。
だけど、死ぬことはできなかった。
薬の作用だってそうだ。俺を何度も、何度も何度も何度も何度も何度も、幻覚で心の内側から壊された。
幻の内容はこれまたバラエティ豊かで、アルトやレムが目の前で男達にボコボコにされながら凌辱されていたり、時には俺の大切な人達が、目の前でぐちゃぐちゃにされていたり、俺自身のトラウマを全て凝縮したような幻を何度も見させられた。
目を背けることが出来ない苦しみを半永久的に味わっているような気分だった。
何度も嘔吐したと思う。
だが、死ぬことは出来ない。
身体中にタコ足配線のようにつながれたコードの先にあるのは巨大なフラスコ。
その中にはどす黒い、いや、緑と黒が混ざったような色だったたな。あれは身体には入れちゃいけないやつだ。
でもそれが不老不死の薬の完成系――なのだろうな。
だが、効果は非常に短いらしく、不死を得るためには常に補給しなくてはいけないらしい。
そのため、俺は地獄の副作用を味わうことになる。
まずは呼吸不可。息を吸えない。息を吐けない。そうなれば当然声も出ない。肺が潰れたのかもしれないな。
次に心臓停止。まだトラックに引かれたほうか楽だな。
不死、というよりは意識があるまま死んでいたんだろうな。
今考えれば、体の全器官が停止していたと考えられる。痛みと苦しみのみを感じられる辺り、腹が立つ。
どれだけズタボロでも、精神を除いて、身体の完全回復は十秒程度で終わる。
ただ、副作用が始まるのは回復と同時、なおかつ効果は一分以上だ。ほんっとに、割に合わないよな。
でもやっぱり、完全に死ぬことはできないんだよな。
そんな地獄では生温い苦しみを長く味わっていれば、当然俺の心にも変化が起こる。
最初は死にたいとしか思っていなかったさ。
いや、今でも思っているんだろうな。ある感情が俺の中で痛みや苦しみを超えて燃え盛っているだけで、今もなおこの地獄は続いているらしいしな。
そう、俺が変わったのはあの時からだ。
なんの意味もない拷問を受け始めて数十分。俺の精神はとっくに限界を迎えていた。
(何故、こんなに苦しい? 何故、こんなに痛い? 何故、俺はこんなことを受けなきゃいけない? 何故誰も俺を助けてはくれない?)
痛みと苦痛が身体の九割を占める中、その時の俺の中では白神の言葉と疑問の思考が何度も何度も反芻していた。
【貴方の判断能力の甘さ、相手を敵と割り切れない弱さ、そして何より貴方自身の力の弱さがこのような事態を引き起こしました。それを分かっておいてください】
(俺は弱いからこうなった。いや、俺は弱くない。何日も特訓してきた。魔族とだって同等だったじゃないか。白神が化物すぎるんだよ)
再び白神の言葉が俺の中で波紋を広げて響く。
【貴方自身の力の弱さがこのような事態を引き起こしました】
(――ああ、そうだよ。俺は弱い。弱いさ。ただの人間なんだよ。だからなんだよ。最弱のクラスなんだよ。もうほっといてくれよ。もう素直に殺してくれよ。頼むからもうこの苦しみを終わらせてくれって)
この頃は自暴自棄だ。もう痛みと苦痛の世界に沈められていて、何もかも放棄してまいたい気分だった。
そこで心を捨てられていれば、とっくに俺は楽になれていたんだろうな。
更に数分経過した。ここで、はっきりと俺の変化が現れる。
(苦しい。なんで苦しい。目の前の男が苦しめているからだ。この苦しみから開放されるにはどうしたらいいんだよ)
俺の心は完全に砕け散っている。
ただ、俺の内側にあるココロだった破片は内部から俺を食い破ろうとしていた。
幻覚だったのかもしれないが、内側の破片は徐々に俺の内部から生えだしていた。胸部、脚部、腕部……至るところから生えだしている。
そして、それを認識した頃には、その黒いモノに覆われて、俺の視界は真っ黒に、光なんて一筋も感じられないところに意識は飛んでいた。
上下左右四方八方黒一色。認識できるのは、痛み、苦しみ、そして目の前に存在する、闇そのものであるような、真っ黒いナニカ。
《汝、復讐を望むか?》
声が聞こえた。そうだ。この黒いナニカは、俺のココロだったモノ。
俺は彼じゃない。まだ、元の世界の俺だ。
白神も言ってたよな。敵であると割り切れない判断能力不足、そして何より実力不足だってな。
あれが、本来この世界で適応することが可能な存在なんだな。
残酷で、冷酷で、強い。
彼のようになるには、どうするか。
《汝、殺戮を求めるか?》
「……す」
《汝は弱いのは知っている。さぁ、体を寄越せ》
「……ろす」
《吾が汝の望みを叶えるのだ。さぁ、身体を寄越せ》
「……ころす」
《寄越せ!》
「敵は……殺す」
《さぁ、寄越せ!!》
「敵は、殺して、殺し尽せ」
人影のような黒いナニカが俺に向けて、手を伸ばす。
その手を力強く掴めば、真っ黒なソレは俺の中へと吸い込まれていく。
完全に取り込んで数瞬後、俺は目を開く。
身体には幾つもの点滴のようなホースが繋げられており、行動を制限させるために、両手手首、両足首には人の頭のように大きく、極太のネジが差し込まれている。
だが、身体は動かせる。
痛みも苦しみも随分感じなくなってしまった。
現在の拷問は休憩タイムらしいが、俺からしたらどうでもいいことだ。
目の前で男達はペラペラと喋っているが、ただ、あれは殺すだけである。いや、散々苦しませてから殺してやる。
俺に痛みや苦痛を与えてくれた敵なのだから。
「……す」
「……は? こいつ今喋らなかったか?」
「バカ言えよ。薬の効果で話すことすらできねぇよ! もっともこいつは精神的に死んでるだろうけどな!」
「こいつのおかげでかなり実験が進んだな。これも実用化が――!?」
「殺して、やる」
ぶちりぶちりと音が耳に届くが、この程度の苦痛、あの時に比べれば、どうってことない。
足首手首に突き刺さったネジを無視して無理やり四肢を椅子から離れさせる。
俺の今の状態は手首に大きなネジが刺さっていて、まるでロボットのようだ。
「お前らには、世話になったな」
《汝、復讐の炎に包まれよ》
内側から声が聞こえると共に、ぶらんと垂れ下がった腕は勝手に持ち上がり、掌を男達へ向ける。
「え、は、う、あぁぁぁぁぁ!?」
「なんだこれなんだこれなんだこれ!?」
魔法が発動した。どす黒い炎が男達を包み、一気に燃え盛る。
ただ、楽には死なせない。俺と同じような苦しみを味わってからだ。燃えたって何度だって回復魔法を掛づづけてやる。
《ハハハハッ!!焼け焦げるがいい!!》
「俺の苦しみはこんなもんじゃ……ねぇ……ぞ……っ」
腕に刺さった二の腕より太いネジを一本ずつ抜いていけば、痛みは引いて不死役の回復作用が発動し、抉れた肉が塞がっていく。
全て抜き終わったと同時に、副作用が来た。心臓が動かない。体が動かない。
視界が黒く染まっていく。心がナニカに染まっていく。
だけども、今回に限っては、痛みや苦しみは存在していなかった。
《汝はそこら辺で犬死にでもしてれば良い。貴様が死のうが生きようが吾には関係ない》
意識が黒く染まっていくのに、身体は動く。
不思議な感覚だが、俺は永遠とも思える苦痛の地獄からから離れることが出来たんだ。
ただただ、開放感に身を委ね、俺という意識はゆっくりと目を閉じた。
大変遅れました。
最近ゴールデンウィークが欲しいと願ってやみません。
それとちょっとしたおまけ情報ですが、感想欄をログインしなくても描けるように開放します。
「ダメだこれ精神が耐えらんねぇ」と思ったらログインしてから感想に切り替えますのご了承下さい。
san値はかなりしょぼいですが、アドバイスを頂ければ幸いです。真摯に受け止めます。
追記 2016/05/18
少々こちらに集中できない状況にあり、更新が遅れております。
次話にはもう少しのお時間を頂きます。来週中には投稿できるかと思います。大変申し訳ございませんm(_ _)m
ご高覧感謝です♪