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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第九章 裏の世界と表の世界
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186話 対となるもの

 アルトとレムが見てしまった光景は、人間が魔物へと変貌を遂げてしまった、あまりにも衝撃的なワンシーン。

 彼女達は口をぱくぱくと動かすのみで言葉を発せず、その変化に目を取られるばかりであった。


 そして、元からこの場所にいた研究員たちも、王家の目や政府などの第三者には絶対に入れない場所であると考えていたため、突然の来訪者に驚き腰を抜かしている者も多数居る。


 数秒の間誰も話し出すことは出来ず、電子音のみが空間を占めていたが、この部屋の最奥にある魔法陣が突然青白い光を放ち、新たな光が暗い部屋を照らし始める。


 その突発的な光は直ぐに収まり、魔法陣の上には三人の人間が現れた。

 その内二人は冒険者であることが一目で分かるほど屈強な体格をしており、その背後には白衣を纏った男性の研究員がいる。


 その情景に再び彼女達は驚かせられる。


「むっ!?」

「っ!? 何者だ貴様ッ!?」

「教授、お下がりください」

「今すぐ本部に連絡を――」

「いや、まて。あれはいい研究材料になりそうだ」


 護衛であろう冒険者の二人を掻き分けて、前に出てきた六十代程度のメガネをかけた男性は、まるで彼女達を値踏みをするように嫌らしい笑みを浮かべつつ、頭のてっぺんから爪先まで舐めるように凝視する。

 その視線を受けて彼女達には悪寒が走り、嫌悪感が増す。


「ボク達が、研究材料?」

「そうだ! お前達がどこの誰なのかは知らないが、丁度いいところに来てくれた!! 見よ! あれが私達の実験の成果!!」


 彼は鬼気迫った表情で一番大きなスクリーンを指さす。

 そこには、完全に魔物のゴブリンとなってしまった子供が、自らの頭を抑えながら転げ回る光景。

 人間の声帯からは決して発せないと感じる程に野太い声であったが、そのようすを見ていると、どこか胸が締め付けられるような苦しい感情が湧き出てくる。


「なんで、なんでこんなことをするですか!?」

「なんで、だと? 決まっているだろう!? この国とその未来の為だ!! 貴様にもわかるだろう!? この研究の素晴らしさが!!」


 両手を広げて狂気じみた表情で天を仰ぐ男性を見て、周りにいる研究員達もそうだ、そうだ、と声を上げ、余りにも一種異様な雰囲気にレムは恐ろしくなり、一歩下がる。


「……ねぇ、魔法だって研究だってさ。生命や人体実験に関わるものは禁忌だって知ってるよね?」

「それがどうした!? 私達がやっていることは正しい! 姫様が私達に新たな道を示してくれたように!」


 その声を聞いてさらに周りの人間は盛り上がる。まるで罪の意識は存在しておらずそこに感じられるのは強大な探究心と間違った正義感。


 この人間達は明らかに道を外してしまっており、ついつい顔を歪める。


「……悪いことしてるんだよ。君たちは」

「この研究は正義だ!! その結果救われた冒険者も、人間も沢山存在する! 貴様のような凡人にはやはり分からないのか?!」

「いのちは……っ、いのちは道具なんかじゃないですよ?!」

「貴様もそんな偽善を振りかざすか!? 正義というのはな、小の犠牲を払い、大の人間を救うのだ! これは平穏のために必要なことだ!」

「まぁ、どうせこいつらは奴隷だしな。教授が命を有能活用してんだ。むしろ感謝するべきだ」

「……やっぱり、ボク、人間は好きになれないよ」


 アルトは抜刀し、ギラリと刀を光らせながら構える。そこには僅かな怒りと、蔑みに満ちたものがあった。


「どんな魔族だって、命には敬意を払うし、どんな憎い相手でもそんな道を外れたようなことはしないよ」

「おいおい、私達を()()と同格に見ていたのか? それは心外だ。明らかに私達人間が上だろう?」

「堕、者だって? へぇ、ボク達をそんなふうに呼んでるんだね――」


 彼女が魔力を再び開放すると、激しい旋風が巻き起こり様々な紙、小物が空中に舞い上がり、その覇気に研究員達は動揺し始める。

 しかし、教授と呼ばれた男性は相変わらず笑みを浮かべたままで、護衛の冒険者二人が前に出ようとしたところを片腕を上げて抑える余裕でさえも見せた。


 少しも畏れを見せない男性に対して、アルトは鋭い目つきのまま、問いかける。


「最後に、言い残したことはある?」

「それでこの状況をどうにか出来ると思っているのか? お前達は既に私達の手の上だというのに……やはり考え方も凡人だな!」


 男性は突風が吹き荒れる中、近くにある機械の元に歩み寄り、より一層笑を強めてなにかのスイッチを押す。

 ただ、それだけであったのだが来ることを予想されていたかのような対応に彼女は驚きの表情を作り、空中に飛び上がる。

 しかし、突然の状況の変化に対応出来なかったレムは


「レムっ!?」

「あると――!」

「はははははっ! まず一人目!」


 まるで最初から用意されていたかのような速度で、底の見えない真っ黒な穴がレム足元に出現し、展開されて、素早く反応したアルトの伸ばす手も掴めず、彼女はそのまま落ちていってしまった。


 ダストシュートのようなこの穴は、まるでどこ繋がっているのかも予想がつかないが、吹き出る風の流れと音により大変深いのとわかった。


 余りにも警備が薄かったのは、この部屋に集中させていたためであったのだ。


「レム――っ!!」

「はははははっ!! 自ら穴に落ちていくか!! まさに堕者だな!」


 出現した穴が閉まっていくことを理解ずると、脳内で目の前の人間を殺すことより重要であるレムの保護を優先したアルトは、飛行を中断し、自ら深い穴の底へと向かい、落ちていく。


 周りの声や、人間が抱いた黒い感情が遠く離れていくと同時に、下からはレムの気配が感じられるようになっていく。

 どうやらこの穴の付近では気配探知の妨害魔法は存在していないようだ。


 フリーフォールのような凄まじい速度の下降が続くこと数秒、眼下に何かが見え始める。

 それは、五メートルほどある大きな魔法陣であった。


「落下速度減衰、だけだよね?」


 魔法陣から内容を読み取った彼女は遠慮なく陣へと落下を続ける。

 それを通過すると、柔らかな減速感が身体を包む。どうやら今落ちている穴は、ただ落として殺すためものではなかったらしい。


「あると!?」

「レム! 大丈夫だった?」


 勢いが完全に緩和され、パラシュートを展開したかのようにふんわりと着地すれば、無傷なレムが迎えてくれる。

 しかし安堵出来たのもほんの数瞬の間のみ。

 アルトの気配探知にはもう三つの人間の気配が感じ取れている。


「実験材料二つの入荷か。さっきのガキといい、今日は多いな」

「おっ、可愛い女の子二人じゃん。ヤってからあそこに入れようぜ!」

「おいおい、遺伝子関係がなんたらとかいってただろ? やめとけ。まぁ口ぐらいは使わせてもらうけどな」


 工場で使われるような力強い照明が足元から照らされると同時にが卑劣な笑みを浮かべた男が三人歩み寄ってくる。

 そして、その者たちの特徴として挙げられることが、


「ひっ……!?」

「身体の一部が、魔物、ね。これが正義なんだね」


 レムが息を飲みアルトは冷たい目で見据える先には、腕や足など身体が異様な変化を遂げていた、もはや人間とは呼べない者達。

 しかし、彼女達が抱いていたのは、彼ら自身への恐怖ではなく、彼らの身体に対する畏怖感。

 なぜこのようになってしまったのかは、全く理解出来ない。

 かと言ってあのような発言をされては彼女らも慈しみの念は微塵も抱かないため、冷たい目を当てたまま、手にした武具を構える。


「お? やる気か?」

「見るからに弱そうだが、お前らの唯一の希望である魔法は、ここでは使えねぇんだよなぁ……」

「へぇ、でも君達の大事なところを潰す分には関係はないよね?」

「いいねぇ、強気な女こそ――壊しがいがあるんだよっ!!」

「ちいせぇのはおれにまかせな!」


 三人のうちの二人はバッタのような脚部で地面を蹴り、外見通りに人間離れした速度で接近する彼らはまさに人造人間ホムンクルスといったものか。


 相手を嘲るような笑みを浮かべつつ、接近してくる彼らは絶対的な勝利を確信しているが、それに対して彼女らの視線はなんとも冷たいものであった。


「でも、やっぱり力は使いこなせてないよね」

「無駄がある、です」

「はぁ?何を言ってやが――!?」


 台詞を最後まで言い放つこともなく、彼らの進む方向は急転換。

 彼らは前へ進んでいたのにも関わらず、渾身の飛び蹴りが入ったと思った瞬間に、凄まじい勢いで後ろへと飛ばされてしまった。

 襲いかかられる瞬間にカウンターを行い、アルトとレムはそれぞれ一発づつ攻撃を放っただけである。

 ようすを見ていた一人を除いて、真逆の方向へ吹っ飛んでいく。


「……は?」

「うん、確かに魔法は使えないらしいね」

「でもこの人たちぐらいなら行ける気がする……です」

「な、何が起こっ――」

「てやぁ」


 走っているかのような軽い足音が聞こえたかと思えば、気合の抜けた耳に届き、目の前では“男性”が顔面へ飛び蹴りを食らっている。

 一瞬だけ時が止まったかと思えば、彼の顔がめこりと漫画のように凹み、痛々しい表情が良く見える。


「ごっふ」


 小さな人影は勢いのままカンフー映画のように飛び蹴りを放ち終えると、男性もこれまたカンフー映画のように派手派手に吹っ飛んでいく。

 蹴り飛ばした者に視線を当てれば、ミニスカートからちらりとガーターベルトが見えてしまい、特にレムが衝撃を受けた。


「む、加減したつもりですが……難しいですね」

「え、えっとシーナ?」

「なんかすっごいのが見えた……ですっ! なんですかあれっ!」

「いやボクもそんなに詳しくないんだけど――」

「おや? アルトとレムじゃないですか。ご無事でしたか?」


 再会に驚くようすもなく、乱れた服装を整えながら語りかけてくるシーナを見て、彼女のマイペースさに引き込まれそうになる。


 彼女も催眠ガス攻撃を食らったと思っていたのだが、アルト達のように拘束されておらず、あの飛び蹴りを見る限り身体の状態も無事に見える。


「っと、貴方達もここに連れてこられたということはやはり食らってしまったのですね」

「ということは、シーナも?」

「ええ、迂闊でした。ユウナミの作戦ならバレないように進めると思っていたのですが……」


 やはり同じ手順により気絶させられてここまで運ばれてきたらしい。

 しかし、アルトやレムは一度上層で隔離されたのに、シーナの場合ここまで直接だった理由が分からない。


「さっきのぱ――っ!? じゃなくて!! 最初からこっちに運ばれたですか?!」

「ははーん。レム、貴方はまだまだ世界を知りませんね。これがモテる大人の女の秘訣ですよ」

「いやボクそれはすごく勘違いだと思うんだけど……でもちょっと気になるなぁ」

「それじゃないですっ!!」

「レムもいずれ付けてみましょうね。まずは私が貸した本をよく読むことです」


 疑問に思ったレムは必死で弁明するが、如何せん相手が悪い。体格はほぼ似たようなものだが、精神的にはシーナの方が上である。


 魚のような瞳で薄ら笑いを浮かべながら顔が真っ赤のレムのミスを穿り返すように責め立てる。


「ぅぅ……ちがうんですっ……!」

「まぁまぁそれは置いといてさ。シーナは拘束されなかったの?」

「ええ。なんとか拘束される前に意識が戻ってくれましたよ。毎週で気絶してる私だからこそ、早く起きれたのでしょうね」

「毎週気絶してるの!?」


 流石に驚きを隠せなかったアルトは声を張り上げて大きな反応を見せるが、シーナは相変わらず涼しげで、どこか勝ち誇ったような顔をしている。


「まぁ冗談はさておき、ここは私でも初めて来た場所ですね。先程見て回りましたが、なにやら研究施設のような内装をしていました」

「えっ、と。しーなはギルド本部に所属してたです……よね?」

「ええ。ランクがSSであった私でも知らない施設と設備。やはり、匂いますね。薬品的な意味も兼ねて」

「いや、上手くないよシーナ」


 一瞬だけむすっとするシーナであったが、くるりと踵をかえして魔法を使おうとして――失敗した。

 魔法を構築している途中で、魔力が空中に霧散してしまったのだ。


 まるでタイヤに空気を入れているのに、突然穴が空いてしまうような異常な状況に、シーナは不機嫌そうな口調で語り出した。


「いくら規格外の貴方達とはいえ、やらり状況は変わらないようですね」

「魔法はやっぱり使えない感じかな?」

「ですね。まぁ私達の身体能力があればどうってことはないんですが」


 相変わらず半目で淡々と話すシーナは「もう何人も飛び蹴りをかましてやりましたよ」と付け加えると、倒れ伏している男の服をゴソゴソと探り始める。


 そのようすを見ていると 本当にただの変態に見えるが、彼女はほんの少しずれているとはいえ精神的にはごく普通の人間なので特にその行為を始めることには触れなかった。


「えっと、しーな。いろいろ聞きたいことがある……です」

「この人たち――いえ、人であった者の変化のことですか?」

「シーナはこの場所は知らなかったらしいけど、なにか詳しいことは分かる?」

「っと、ありました。いえ、私もこのような者を見るのは初めてなもので、特にめぼしい情報はありませんね。誰かさんのおかげで冷静で居られますが」


 シーナが気絶している男の服の中から取り出したのは一冊の手張の中に入っているカードのようなもの。

 手帳は放り投げ、カードのみを手にした彼女は男達が入ってきた扉に向かって歩き、その真横にある機械にカードを押し当てる。


 すると、扉は横開きに自動で動き、その先には部屋の天井まで届くほど大きな試験管が真っ直ぐな廊下を作るように無数に設置されている。


 その大きな試験管らしき物の中には、何かが入っている。人でもなければ、人間でも魔物でもない何かが。暗いのでもっと近づかなければ分からない。


 彼女はやっとアルト達の方向に振り向き、語り出す。


「いかにも、な施設でしょう?」

「あ、怪しいです……しかもへんなにおいが急に強くなった……です」

「うはー……これは匂うね。薬品的な意味も兼ねて」

「アルト、上手くないですよ」

「いやこれシーナの台詞ね」

「早く来ないと扉が閉まってしまいますよ」

「むっ、なんか負けてる気がする」


 催促されて、アルトとレムはシーナの待つ巨大な試験管が林立する場所へと足を踏み入れる。


 背後の扉が閉まり、足元に埋め込まれた僅かな緑色の光源は辺りを照らし、暗い空間と相まってより一層怪しさを増している。


 それらは一定間隔で埋め込まれており、道を示すように奥の奥まで続いていた。


「あ、あるとっ!! なかに、中に何かいるですっ!?」

「なにが――って、うわっ。びっくりしたなぁもう……」

「こんなもので驚いては困りますよ。ここからはもっとこれが増えると思いますし」


 足を止めて二人が見つめるのは巨大な試験管の中。

 本当の意味でホルマリン漬けにされた何かが、そこにいた。


「うわぁ、なんだろこれ。気持ち悪いなぁもう」

「あんまり見たくないですけど、魔物さん……に見えます」

「私にも分かりませんが、恐らくこの施設の被検体でしょう。貴方達と出会う前には少々情報を収集しましたが、少々力加減を間違えてしまい……」


 人間の赤子と言われればそんな気がするし、蝶々のさなぎと言われても納得してしまうような異様な外見。

 とにかく、それは人間ではなかった。


 奥へ奥へと足を進めていくが、先程からずっと同じような光景が続いている。

 左右には巨大な試験管の中にホルマリン漬けにされている何かがいて、足元には緑色に弱弱しく発光する光源が。

 しかし、それだけである。代わり映えのない変化に、この道は永遠と続くようにも思えた。


「ほんとに、ここは何なんだろうね」

「全く想像できませんね。被験体のみにもなれってんですよ」

「それにしても、どれもこれもぐっすり眠ってる気がする……です」

「――眠らせてるにきまってんじゃん、やっぱあの人間の連れは馬鹿だね」

「っ、気配探知に反応しない……!」

「かんっぜんにお兄ちゃんの予想通り。しかも本命がこっちに来るなんて」


 こつりこつりと歩いてくるのは、レムと同じくらいの小さな女の子。

 暗い青髪ロングで透き通るような蒼目。彼女の表情はこの場所の暗さとの相乗効果で虎が威嚇しているような、恐ろしい雰囲気が漂っていた。。


「はぁ揃いも揃って馬鹿ばっかり。チビな年寄り、混ざりもの、その挙句には――」

「なにさ? ボクになにかついてる?」

「気軽に話しかけるんじゃないわよっ!穢れた魔族がッ!!」


 暗闇の向こうにうっすらと存在していた人影は突如として消失。

 気がついた時には短剣を振りかぶった少女が目の前にいる。


「……これだけ?」

「なっ!?」


 目の前突き出された直死の短剣。彼女は眉間を狙って、常人では目視できないような凄まじい速度で放ったが、アルトは指先で挟むようにして短剣を抑えている。こんなものはまるで驚異にならない といいたげな視線をぶつけながら。


「くっ、少しはやるようねッ!!」


 使えないと踏んだ短剣を手放し、次の瞬間にはすべての無駄な動きを排除したような、鋭い回し蹴りがアルトのこめかみを狙う。間違いなく使い慣れている技であった。


(相手はこの攻撃の速度に追いつけていない!)

「はぁぁぁっ!!」


 気合を込めた、全力の一撃。攻撃を食らう対象がレムやシーナであったのなら防御行動は遅れた可能性があるほど、的確な一撃。


「そろそろ、ボクも攻撃していいかな?」

「ッ!?」


 しかし、その攻撃はアルトには届かない。

 右手で短剣を摘んだまま、左手で回し蹴りを受け止め、重々しい衝撃波が暴れ回る。

 そして受け止めた彼女の表情は微塵も崩れておらず、ギロり、と音が聞こえるような鋭い目付きで睨みつける。


 二度も攻撃を防がれたこの状況は不味いと感じ、足を引き抜いて戻して距離をとって――


「ふっ」

「なっ!?」


 短い吐息の音が聞こえれば、後ろに下がった分の距離は、既に詰められている。

 彼女の二度目の呼吸が聞こえた時には、既に視界はぐるりと180°回転しており、気がつけば地面に強く叩きつけられていた。


「かはぁっ!?」

「やっと思い出した。君、勇者の仲間だったね」

「……そういえば覚えてるです」


 投げ技だというのに、床にヒビが入るほどの衝撃が与えられ、青髪の少女は体内の空気を無理やり吐き出させられる。


 アルトの記憶。それは闘技大会での勇者との戦闘終わったあとに、夕の元へとやってきた少女達だ。

 その場では、夕の勇者と戦う戦法が余りにも非人道的だ、との中傷が目的であっだが、それが彼女との初対面だ。


「なんでここにいるのかは知らないけど、ボクの正体を知って、それでも攻撃をしたんだ。覚悟はいいよね?」

「く、っ、この女――」

「アルト! 何かが飛来してきます!」


 シーナから放たれたその声に、アルトは素早く反応し、暗器のような物が飛んでくるのを感じ取り、風の流れから殆ど見目視することが出来ない攻撃を躱す。


 それは彼女を貫かずとも真っ直ぐに直進していき、闇へと消えていく。


「っ! この感、覚……は……っ!?」

「す、すっごい空気が重くなってっ?!」

「こ、この気配……そんな、なんでこんなところに――」


 ガラリと空気が変わる。

 まるで空間自体が重みを持ったような重圧感にその場にいる人間が誰しも驚愕の声を上げる。

 ただ、一人を除いて。


「お兄、ちゃん!!」

「あはは。やっぱり君か! 随分別嬪さんになったね!!」

「勇者ぁぁッ……!!」


 魔力が使えない空間であるのに、アルトの殺意にもほど近い圧力が加わり、この部屋の空間には何倍もの重圧が襲いかかる。

 周りに林立している巨大な試験管はその耐久力を超えて自ら割れてしまうものもあった。


 それほど凄まじい気迫がこの空間に二つ、現れる。


「やぁ、うーん、三十年ぶりくらい?」

「ボク達に攻撃を加えた……ボクの家族を奪った……ボクの大切なものを奪った……お前はッ……!!お前だけは……ッ!!」

「ある、と……っ」

「あ、アルト。落ち着きましょう。まずは相手の出方を――」

「絶対に消してやるァァッ!!」


 勇者から放たれる圧力。

 そして、明らかな敵意を持った攻撃を受けた彼女は精神の奥深くにある封印されていたどす黒い感情が、バキリと音を立てて爆発した。

 彼女が憎悪に身を焦がすことを体現するように、足元からは凄まじい負の力を持ったエネルギーが発生し始めた。


「ぁぁぁッ!!」

「あははっ! いい攻撃だね! でもでもー、その攻撃はあの頃の魔道書を所持してた君と何ら変わりがないんだよなぁっ!」


 魔法を使えなくとも、彼女から再現なくあふれる闇の魔力は空間を軋ませ身体能力を何倍にも引き上げる。

 その力の根源は、間違いなく復讐心。


 全力で襲いかかったアルトだが、闇の魔力で覆われた剣は、勇者に――


「あはは!! やっぱりね!! 」


 届かない。対である聖なる白いオーラが彼の身体を覆い、体内に魔力を循環させたまま、あちらは白く輝く剣で黒い剣の攻撃を受け止める。


「そらっ!!」

「ぐぅっ!!」


 剣を振るい、弾かれたのはアルト。

 先ほどの突きとはまるで速度も威力も違う攻撃が追撃として襲いかかったため、本能的にレム達の元まで下がる。


「勇、者ぁぁぁ……!」

「アルト! 落ち着きなさい!」

「あるとっ! いつもの調子に戻るですっ!」

「ねぇ、邪魔だから今すぐにボクから離れてくれないかな……! あれから強くなった今なら殺せる……!やっと殺せるんだよ……!?」


 あまりの威圧感にレムもシーナも差し出そうとした手を止めて、一言も話せなくなってしまう。

 しかし、そのようすを見た勇者は笑みを深めるとこう話した。


「あははっ! ならバトルロイヤルとしようか! こっちの兵もちょうど三人! 後ろにいる君達のも楽しみたいだろう! さぁおいで! クレア! ローナ!!」

「まだ闘えるよお兄ちゃん!!」

「ふふっ、潰してあげます!」


 何処からともなく小さな女の子が勇者の側へと向かって、くるくると回転しながら着地する。

 倒れていた青髪の子もすぐに立ち上がり、勇者の背中へと消える。


 新しく追加されたのは、赤髪ショートヘアの女の子。これも青髪ロングの子と同じような年齢をしている。


「あははっ!それじゃあゲームを始めようか!!」

「ゲームなんかで終わらせるもんか……! お前だけは……苦しませてから消してやるッ!!」

「レム! 来ますよ! できるだけアルトに近づかないように! 邪魔になります!」

「えっ、あ、は、はいです!」


 魔界で最強たる魔王。人間界で最強と謳われる勇者が、遂にぶつかり合う。


 見物人は、いない。ここに居る全員が参加者だ。



投稿連続で遅れて申し訳ないです

次回はとある人物が……です。ほんの少し残虐なシーンがあると思いますので苦手な方はご注意ください。


ご高覧感謝です♪

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