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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第九章 裏の世界と表の世界
184/300

184話 決別

 聖霊たちの居る場所からさらに上階。

 その場所はギルドの関係者といえどやすやすと入れず、その重鎮のみが立ち入ることが出来る、大変厳格な場所であった。


 また、その階層から上はすべて手動扉となっており、下層にはなかった高級感のある大理石の床やタイルが張り巡らされ、下の階とはまた異なる重々しい雰囲気を備えていた。


 そんな階層のある隠し部屋にて、何度も何度も壁を殴りつけるような重々しい音が連続して響いていた。


「らあぁぁッ!!」


 手首に手錠をかけられて拘束されたアルトは、自由な両足を生かして目の前にある黒い鉄で出来ているであろう大扉に向けて何度目だか分からない蹴りを放つ。

 しかし、彼女の蹴りをもってしても鉄の大扉は一センチほど凹むのみであり、彼女は溜息とともに悪態を吐く。


「ああもう……かったいなぁッ!!」


 鐘を打っているかのような重みのある音が四方八方どこ見ても白塗りの部屋に響き渡る。しかし扉は全く倒れる気配がない。


 この場所に唯一色が存在するのならば、目の前にあるこの黒い強固で重圧感のある扉のみである。

 あまりこの場所に長居すると色覚感覚と奥行感覚がおかしくなってしまうようにも思えた。


「うっ……ぇ? ある……と?」

「あ、おきた? 大丈夫?」

「はい、なんとか……あれ、えっと、ここは――」


 隣にいたレムが目を覚ます。

 目を擦ろうとして、手錠が掛けられていることに気がついて目を見開き、あたりを見回す。

 しかし、四方真っ白なので、彼女は余計に混乱してしまった。


「……悔しいけど、ボク達捕まっちゃったんだよ」

「え、なら、あるともあの煙に、ですか?」

「やっぱりレムも同じふうにやられたかかぁ……」


 アルトは大きく息を吐くとレムの隣に座り込む。

 現状を少しずつ把握してきたレムは手錠により魔法が使えないことと身体能力が低下させられている状態において、アルトが自らの体のみで扉を破壊しようとしていることに気がついた。


「あっ、あれもあるとがやったですか?」

「そうなんだけど……ほんっと硬いんだよねコレ」


 レムの視線の先にあるのは人間が三人同時に入れるであろう黒い大きな扉。

 そしてその中心には、幾度も同じ部分に蹴りを入れた証拠でもある凹みが無数に点在していた。


「……ワタシも頑張ってみるです」

「そっか。ならボクも少し休憩したらもう少し頑張ってみようかな。ちょっと痛くて――」


 ゆっくりと立ち上がり、レムは重心を深く構える。

 手錠にかけられられた魔法により、彼女らの身体能力は半分以下にまで下げられていて、身体は非常に重く感じられた。


「はあッ!!」


 身体の重さをできる限り無視して回し蹴りを放ったレムだが、帰ってきたのは コンっ という軽い音だけであった。

 音と共に痛みが足を伝って彼女の頭部まで返ってきて、予想外の展開に身体をぷるぷると震わせる。


「痛い……ですぅっ……!?」

「ふふっ、痛いよね。そりゃ分かるよ」


 まるでロボットのようにガクガクと戻ってきたレムを優しい笑顔で迎える。


 しかしその裏腹に、レムでもこの扉に痛撃を与えることが出来ない現状が見えてしまいアルトは非常に困っていた。


 レムと同時に攻撃を打ち込んでも、恐らくこの堅牢な扉を破壊するまでには蹴りや攻撃を何百発、下手したら何千発と打ち込まなければならないだろう。


 ただでさえ身体パフォーマンスが低下しているのに、己より硬いものに体を打ち付け続ければこちらの体が持たないのは当然だ。


「んーこの手錠がなければまだ分かんないんだけどなぁ」

「ワタシも全力なら――」


 レムも座り込み、九つの尻尾と狐耳をへにゃんと垂れ下げる。

 何の音も響かず、届いてすら来ないこの真っ白な空間で思考する数十秒。

 何も浮かばない。


(こうなると、ユウもシーナも捕まってるよね。ドリュードが助けてくれればいいけど、どうもあの人間は何か信用出来ないし――)


 ふと、フリフリと自由に動くレムの尻尾が目に入る。

 そして、蘇るのは列車内に入り込もうとした般若の仮面を被ったテロリスト達を尻尾のみで撃退したあの光景。

 あの威力があれば――?


「ねぇレム」

「え、はい! なんですか?」

「レムの尻尾ってさ、硬くすること出来たり……する?」

「硬く? ……はい! できるです!」


 レムはしばらく考えた後、元気よく肯定の意を示す。

 その後、特に力を入れたようすもなく、レムの九つの尻尾はフリフリとした動きを継続したままである。

 しかしよく見てみると、毛が逆立っていることが分かった。


「やりましたです」

「あ、ホント?」


 逆をいえば、毛が逆立っている程度でしか変化が見られない 。柔らかそうでもふもふとした尻尾は相変わらず緩やかな動きを継続している。


「ちょっと触ってみてもいい?」

「大丈夫です」

「あっ! 凄いねこれ!」


 触ってみれば分かるもふもふさ――ならぬ硬化の効果。

 彼女の尻尾の肉質はまるで鉄のように硬化しており、これっぽっちも柔らかくない。夕が触れれば「ああ……硬いな。愛しのもふもふしっぽは何処へ……」と残念そうな声を上げるほどである。


 そんな尻尾を触って、アルトはとある作戦が上手くいくと推測し、笑顔を浮かべながら語り始める。


「ねぇねぇ! この手錠壊せない?」

「あっ!! 多分行ける、です!」

「さっすが!」


 レムもぱっと表情を明るくしつつ立ち上がり、尻尾を擡げる。

 それと同時に アルトは繋がれた手錠の連結部分を大きく広げるべく、可能な限り両手を離れさせる。


 この手錠は、刑事ドラマなどでよく使われる鎖でつながっているタイプではなく、海賊が使用するような分厚い鉄を切り抜いた形状をしているため、比較的重く、壊しにくい。


 それをレムは一撃で破壊するつもりだ。

 気合を込めた彼女の声が部屋に響き渡る。


「いく――ですッ!!」

「それちょっと怖いよ!?」


 彼女ばできる限り高くジャンプし、空中で一回転。そのまま踵落としの要領で彼女は一本の尻尾をムチのようにしならせて一気に手錠へ向けて叩き込む。


 アルトから見れば、子供一人の背丈ほどある大きな鈍器が、自分に向かって勢いよく飛んでくるようなものだ。魔王といえど拘束されている状態では少々恐ろしい。


 ぎゅっと目をつぶると、一瞬だけ凄まじい重圧感が両腕にのしかかり、その後彼女を拘束していた拘束具が派手な音をたてて崩壊する。


「やった……!」

「いてて……ありがと!!」


 レムは軽々しく着地すると同時にアルトは壊れた拘束具を外し、体の重さが抜けて力が戻る感触を得た。

 腕を軽く振り回せば、突風ともいえる勢いの風を巻き起こし、彼女はニヤリと笑う。


「これなら行けそうだね!」

「あるとっワタシのもお願いします!」

「もちろん!」


 レムの拘束具を軽くチョップすれば、まるで瓦割りをしているかのようにいとも簡単に割れて彼女の身体にも力が戻って来る。


「体が軽くなったです!」

「随分良い拘束具を使うもんだね。ボクでさえあれだけしか出せないなんて――」


 アルトの視線の先には凹んだ黒い鉄扉。しかし、いまや先程まで感じた重圧感は感じられない。

 二人にはまるで木の板が目の前に立っているという、恐れるに足らない存在になっていた。


「なんだかワタシでもこれくらいなら壊せそうな気がするです」

「ふふっ、ボクもだよ。さぁ、ユウ達を助けに行こっか!!」

「「せーの……っ」」


 二人は突進の構えをとり、互いに顔を見合わせて頷くと、霞むような速度で同時に飛び蹴りを放つ。


 室内ではまるで空気が爆発したような炸裂音が木霊し、目の前の扉はなんの抵抗もなく吹き飛んでいく。


 埃とべっこりと折れ曲がった鉄扉が空中に舞い、轟音を立てて落ちる。

 扉の前には見張りもいたのだが、その扉が吹っ飛んでしまったので巻き込まれて大きな衝撃波と被害を被る。


「うはっ、なにがおこったんだ」

「わ、分からねぇ……だが急に扉が爆発してよ……」


 数メートルほど吹っ飛んだ見張り番達は困惑したようすで立ち上がる。冒険者であるので、さほどダメージは受けていない。


「こんにちわ。人間さん」


 その声を聞いて、話していた二人にぞわり、と悪寒が走る。

 まるでライオンを背にしているような恐怖が背中を撫で、直ぐには振り向けない。


「ユウやシーナの場所。教えてくれるよね?」

「そんな……っ?! あそこから魔族の化け物に、獣人だと!? 」

「おい嘘だろ!? あの部屋は竜人様でも脱出不可能って言われている程だぞ?!」

「しかもこいつらにはあの魔道具で相当弱体化しているはずなんだが!?」

「ならなんでこいつらは俺達の目の前に居るんだよ!?」

「ワタシ達は、ユウの仲間ですから」


 レムも くろいえがお を遺憾無く発揮し、二人は薄ら笑いを浮かべながら一歩、また一歩と近づく。

 感じたこともない恐怖感に駆られ、相手は近づかれる事に一歩ずつ下げられていく。


「んー? 来ないならこっちから行くけど、いいかな?」

「知らせろ!! 早くほかの奴らに!!」

「ああ分かっ――ぐうぁっ!?」

「やらせません」


 レムの尻尾が通信機を持っていた相手の腕ごと払い、男は痛みに耐えかねてて持っていた通信機を落とす。

 その落としたものは別の尻尾によって貫かれ、すべての機能を無力化された。


「それが、君達人間の答えだね」

「く、来るな化け物ぉっ!!」


 アルトが一歩踏みよると、男は腰から魔道具の拳銃を取り出し、彼女の頭に向けて装填されていた全ての弾を解き放つ。

 腐っても彼は冒険者であるため、殆どが狙い通りに従い、彼女の頭部へと迫り来る。


 しかし、アルトは全く同様せず――


「遅いよ」

「う、そだろ……」


 首を傾けるだけですべての弾丸を躱す。

 発射すれば相手を殺せる魔道具であると信じていた彼は目の前の現実が理解出来ない。


「ボクからしたら仲間呼ぶのは構わないけど……その時は覚悟、してね?」

「「あ、ああぁぁ……っ」」


 彼女の威圧により、目の前の男二人は瞬く間に顔を青くし、気を失う。

 スキルを使わなくても圧力だけで押し通る光景を見て、レムは感嘆の息を漏らす。


「すごい……です」

「ふふっ、ボクそんなに怖いかな?」


 がらりと雰囲気を変えつつ、二人は倒れた者を無視して再び前へと歩きだそうとして――大切なことを思い出して足を止める。


「えっと、あると、どうしたんですか?」

「ボク達の装備。盗られてるね」

「あっ……」

「魔法収納の中に入れてたやつは取られてないけど、レムのポーチはやっぱり無いね」

「気絶してる間に取られちゃった……でしょうか?」

「多分。でもね、ボクの経験上、こういうのはだいたい近くにあるよ! 多分!」


 そういってアルトは足を進める。まるで遠足の最中のような足取りの軽さである。


 この敵地のど真ん中でも彼女は隠密行動という手段を選ばない。

 彼女からしたら目の前に出てきた敵は、すべて情報が手に入る雑魚モンスターである。


 重厚感のある廊下を何にも怯えずまっすぐ進んでいくと、ある地点でレムの狐の耳がピンと剃り立つ。


「この壁の向こうから人の声がする、です」

「この壁向こう、ね」


 レムが反応した場所はただの行き止まり。

 目の前にはセメントのような材質で作られた、周りと比べても何ら変わりがない壁があり、その正面には高そうな壺が一つだけポツンと設置されている。


 見かけだけならただの装飾だが、アルトの見ている場所は少しだけ違った。


「これで隠してるつもりらしいけど、魔界でもこういうのは利用してるんだよね」


 ニヤリと笑うと、彼女は左()()()()()()突き進む。


 ゲームや現実ならば ゴツン と音が発生し、自身がダメージを受けるのだが、今回は違った。


「あるとが壁めり込んでる!?」

「違うよーレムが見えてるのはただの幻で、魔法によって作られたカモフラージュだからね! 意外とお粗末な幻影だからボクにも簡単に――あっ!あったよ!!」


 驚きで立ちすくむレムを置いて、再びアルトが戻って来る。

 彼女の手に持つのは、小さなベルトポーチが二つ。片方はシーナのものであった。


 これは彼女達がドワーフの里にて制作してもらった魔法収納アイテムボックスである。

 この中には短剣や転移石など一つも使われていないアイテム達がしっかりと残っていた。

 レムは愛用の武具である篭手をしっかり装備して、安堵感に包まれる。


「良かった……無事、です」

「ならよかった! じゃ、進も!」

「えっと、どこですか?」

「この先だよっ!」


 再びレムはアルトの台詞に困惑する。

 目の前には壁。そして壺が存在するのみ。


 この状況では戻ろうという言葉が正しいのだが、彼女はそれでもなお進むと決めたようで、レムを差し置いて次は高そうな壺に接近する。


 そして時間を置かず、その周りを詮索探し始める。壺の周り、置かれていた机の裏などを入念に。


「えっと、次は何を――」

「みーっけ。ホント人間って単純だねー。でも、ここまでこれたのはレムのおかげけどね!」

「え、あ、あの――」

「にひひ、まぁ見てて!」


 レムの疑問に答えるまもなく、アルトは持っていた高そうな壺を後ろに放り投げ、その下にあったボタンを押す。


 スイッチを押す音と、壺が割れる甲高い音が異様に大きく響いたかと思えば、次は右の壁に変化が現れる。


「か、壁が動いて、下への階段が出てきた……です」

「もっと遠くにスイッチを作ればいいのにね。さ、いこいこ! シーナとユウがどっちも待ってるかもしれないし!」


 自動ドアのようなスムーズな動きであったため、アルトはこの機能はよく利用されていることと予想し、レムは離れずについていく。


 彼女達が現在降りている螺旋階段は夜と思えるほど暗く、光力の弱い電球が足元を照らして僅かに足元と先が見える程度である。


 気配遮断も何も使うこともなくただ降りること数分。

 螺旋階段を下りきり見えてきたのは、またもや大きな扉。その扉の大きさは彼女達が捕まっていた場所とほぼ同じであり、変わった点といえば、扉に描かれた白色の魔法陣が淡く発光していることである。


「あると、この魔法陣あやしい……ですよ?」

「でも、やることは変わらないよね?」

「だと思った……です」


 レムも彼女のオーバースペック気味に慣れてきたのか、もはや突っ込むことすら諦めていた。

 彼女がいう やること とは、即ち押し通ること。

 力でモノを言わせるスタイルである。


「なら……ワタシも、やるですッ!」

「助かるよっ!」


 レムは篭手に魔力を回して正拳突きの構えを取り、アルトは腕に黒い焔を纏って指をパキりと鳴らす。

 魔力を使わないと破れないと判断したためか、顔つきは凄まじく真剣であった。


「「はぁぁぁッ!!」」


 互いに声を張り上げて魔法陣が描かれている扉に向けて全力の一撃を放つ。


 レムの拳と、アルトの攻撃が勢いよく炸裂すると、激しい轟音と共に白い魔法陣から雷が弾けるような音が鳴動する。


 閃光が彼女達を強く照らし、魔法陣はチカチカと発光を繰り返す。


 そのあまりにも強い衝撃の余波により、螺旋階段の途中にある弱々しい電球達は瞬く間に破壊されて、突風により流されていく。


 この扉にかけられている魔法は最高レベルの防御魔法によるものであるが、彼女達はまるで気圧されず、押し続ける。


 そして――


「うぉぉぉぁああ!?」

「なんだぁぁぁ!?」

「ウワァァァ!?」


 扉は攻撃に耐えきれずに外れて、凄まじい速度でその中にいる白衣を着た研究員らしき人物と謎の機械を巻き込みながら壁へと吹き飛んでいく。

 その中にいた人員は比較的少ないが、全員が白衣を着ていて医者のようにも見える。


「な、な、な……なんだお、お前達は!?」

「あれ? 何であんなところに魔法陣が?」


 この場所は秘密基地というような言葉が良く似合う場所であり、非常に暗いものの、目の前にはブルースクリーンが沢山表示されている。

 そして、中でも目を引くのが――


「あ、あるとっ!! あれっ!!」

「えっ!? あれって……!?」


 大きなスクリーンの中心では多数のグラフが表示されているとともに、レムと同じぐらいの年齢の男の子が、頭を抱えながら徐々に黒く変化していき、徐々に小鬼のような姿へ、体つきもすべて何もかも変わっていく。


「人間の……魔物化っ?!」


 震える声でその言葉を漏らすが、アルトは目の前に映し出される光景から目を離せなかった。


 ~~~~~~


 さて、今の状況で俺が勝つ確率は幾らなものか。

 一対多数。これでも部が悪いのに、ギルド側は精鋭達をこれでもかと集めてきた。

 余程警戒されているのだろう。俺は最弱のクラスの召喚士だっていうのにな。


「生意気だなぁ愚弄の召喚士。 やれお前ら」

「「はっ!!」」

【マスター、私は】

「お前はまだやらなくていい。あいつが口だけじゃないことを見せてもらおうじゃねぇか。最も、SSランカー以上の奴らを相手にすれば数十秒と持たないと思うかな」

【了解しました】


 どうやら幸運にも白神は出場しないでくれるらしい。天はまだ味方に付いてるな。

 ……いやよく考えれば、この状況を作り出したのが天なので味方ではないことは明らかだな。


「天って誰だろうな」


 戦闘とは全く別なことを考えられる。まだ俺は焦っていない。精神的に正常だ。

 さっさと魔法速射Ⅰ式を使用――


「死ね召喚士!!」

「ちっ、なんか聞いたことあるセリフだなっ!」


 中断。思いの外接近されるのが速い。

 剣士の最初の一撃ですら熟練者であることが嫌なほど理解できる鋭い斬閃。

 余裕を持って左にステップを踏んで回避したつもりだが、頬を掠めて鋭い痛みが走る。幸先悪いな畜生っ。


「こっちだ!!」

「知ってるっつうの」


 相手も熟練の冒険者であるため、連携も非常に上手く、気配を殺して俺が向かおうとしていた場所へと先回されていた。


 向かってくる俺に対して、真っ直ぐに差し込もうとする相手の双剣は、的確に俺のバランスを崩すことを狙ってきており、これを回避したとしても次は正面から攻撃が迫ってきている。


(仕方ない)


 横へ移動していたのだが、空中歩行を使い急転換。空へと駆け登る。

 しかし俺が空中を歩けることすら予想されていたのか、そこでもさらに攻撃を置かれていた。


「先に飛ばれてたってかよ」

「《四閃フォーススラッシュ》」


 既に空中へと舞っていた女性の冒険者は、達人級の武芸を俺に対して抉り斬りつけるように押し込んで来る。


 この状況で足を止めるのは危険だが、受け止めなければ四枚に卸ろされてしまう。


「やっぱりSSってのは伊達じゃないなッ!!」


 こちらも剣閃を先読みし、刀を振られるであろう位置に向けて、達人級の武芸、滅閃をぶつけ合う。


「こいつっ!! 私の四閃をっ!?」

「その剣を落とすつもりでやったんだけどなッ!」


 衝撃波でガラスが割れてしまうほどの重々しい金属音が四回連続で響き、武芸を防がれた女性の冒険者はほんの少しだけ隙を見せた。


「うぉぉらぁぁっ!!」

「まだ来るかよッ」


 この状況では一人でも痛撃を与えたいところであったのだが、地上から迫り来る三人の男の冒険者に対応することを考えれば、たった一人の人物に大ダメージを与える時間はない。


 鍔迫り合いの状態から刀を弾き、気功術を使用した状態の蹴りを最速で放つ。

 これで数秒間は稼げる。


「かはっ!?」

「《重拘束テラバインド》!!」

「ぐぅぁ……ここでかよっ」


 蹴り飛ばした後に直ぐ姿勢を戻し、飛び上がってくる冒険者たちに刀を構え直したその瞬間、頭部からつま先にかけて、まるで蛇に締め付けられているかのような拘束感が襲いかかる。

 そうなれば、当然俺は隙だらけになる。


「悪あがきもここまでだ!」

「まだまだ、だぁッ!」


 魔法纏の風を使用し、俺を中心として突風を引き起こす。


 イメージしたのは、戦争の道具であるグレネード。


 それは爆発と同時に鉄の破片を散らすことで殺傷能力を高める大変危険なものだが、その原理を風魔法にそれを応用させた。


 風の爆発魔法ということで、俺は急激に強い風圧を炸裂させて風の弾丸を散らさせることで代用している。


 当然俺が爆心地なので少しはダメージが返ってくるが、これ以上の攻撃を食らうよりは良い。


「なんだあの魔法っ!」


 やっと攻撃の手が緩む。余波で身体中が痛むがそんなことは気にしていられない。


「《嵐斬》ッ!」


 焔月閃と同じくアルトの武芸を真似し、魔力を使用した武芸。


 一度刀を振れば、二つの斬撃が飛び回るこの技はレムの乱閃という武芸を参考にしている。

 見たこともない技のためか、相手も同様を隠せないらしく、少しは相手の前線を下げることが出来た。


 やっと地面に着地すれば、相手は攻めてこないらしく、やっと一息つける。

 しかし遠隔攻撃だったこともあり、相手にはダメージが通ったようすが見られない。


「まさかこの攻撃の波に耐えてくれるとはな」

【……マスター】

「……なんだ……分かった」


 パチパチと乾いた拍手を送るブルーノに白神が突然耳打ちする。

 その内容に驚いたのか、細い目を見開き、彼は少しだけ考えた挙句、ある結論を出した。


「白神。こいつは半殺しでいい。ただ、それを終えたらさっさと戻ってこい」

【了解しました】

「お前ら! 馬鹿な野郎が脱獄を許したらしい! あいつらの処分は後で考えるとして俺達は処理に向かうぞ!!」

「脱獄――ってことは……」


 ギルドの高ランカー達はぞろぞろと元きた場所へ戻っていく。

 どうやらアルト達は脱出できたらしい。

 そうなれば聖霊たちを呼び戻したいのだが――


「くっ、そう簡単には、行かないよな」

「白神さんよ、このガキンチョはオレに任せてくれ」


 その瞬間、ドリュードは俺でさえ驚いてしまう程の速度で接近し、そのまま大剣を振るわれたので、必死で俺も対応して刃を振り抜く。

 甲高い金属音と突風がお互いの髪を揺らす。彼がこんなに強かった記憶はないんだが。


【……見届けましょう。貴方は信用に値しません】

「はっ、ご勝手にどうぞってな!!」


 ギャリギャリと火花を散らせながらぶつかり合う刀と大剣。


 そして彼は以前とは比較にならない力を大剣に込めると、気功術を纏っている俺でさえ力負けしてしまう程の力で振り抜かれて刀を弾かれてしまう。

 その隙を狙われ――


「がっはっ!?」

「…………」


 鋭い蹴りが俺の腹部へ突き刺さり、空気が押し出される。

 SSなんて比較にならないほど辛辣な、間違ようもない一つ星(シングルスター)の一撃。


 吹っ飛びながら二回ほどバウンドしたが、三回目で受身を取り、両足で勢いを殺す。


「ぐっは……ってぇな……」


 彼は未だに残心のままで、追撃を入れてくるようすはない。まだお手並み拝見ってわけか。


「悪いな。少年。これがおじさんの選択なんだわ」

「学園の時は力抜いてたってわけかよ」

「あの時はただのガキだと思っていたが――今のお前はギルドに逆らったただの馬鹿だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 その瞬間、恐ろしいという感情が心の奥底から呼び起こされるほどの重圧感が俺を襲う。彼は、本気だ。


「白神さんよ。手ぇだすなよ」

【…………】

「はぁ、お前のせいでアルト達も危険な目にあってるんだ。完全にそっち側と判断して、いいんだな?」

「へぇ……良い威圧感じゃねぇか。無論だな。ナミカゼ ユウ」


 返事はない。互いに武器を構え、魔力を極限まで高ぶらせていく。


「「はああああああッ!!」」


 声を上げて駆け出したのは同時。

 此処からは知り合いでも何でもない。ただの、敵だ。


ご高覧感謝です♪

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