ギルド本部
般若の面を被り、身体には黒いローブをした男女二人は、忍者走りのような移動方法でビルの屋上を飛び回っていた。
しかし、その途中で片方が突然落下を始め、ビル元の路地裏に消える。
共に走っていた相方もそのようすに嘆息しつつ、それに続きビルの屋上から落下を始める。
もし、この光景を一般人が見ていたなら、飛び降り自殺に見えただろう。
降下した先は、高いビルに囲まれているということもあり、その影によって真昼とは思えないほどの暗さで、異様な怪しさを漂わせている裏路地であった。
そんな中、男が仮面を取り外して、大きな息を吐きながら、排気用のうねったパイプの上に座り込む。
「ふぅ……ちょっと休憩っす」
「あんたねぇ、もう少し頑張りなさいよ」
飛び降りた相方も着地の衝撃で行動不可能、なんてことはなく、仮面を外して向かいの壁に寄りかかる。
その二人は列車で事件を起こした張本人であり、その表情はやりきったという達成感に満ちていた。
「いやーそれにしてもやばかったすね。あれ。姫様の下僕さんたちが一瞬でぱあっすよ」
「私達もあれより高い位にいるとはいえ下僕でしょ。それに、このリモコンが無くなればアレもただの魔法生物になるけどね。そうなったらこの世界がどうなるかなんて想像したくないわ」
「ホントにやばいっすね。本当に姫様とか勇者しかどうにかできないんじゃないっすか?」
「そう成らないための人体実験と、このリモコンでしょ?」
女性は手のひらサイズのスイッチを空中に放り投げ、落ちてきたのを掴み、また空へ向けて放り投げる。
そのようすと発言を聞いて少々怖くなったのか、男性は行為を差し止めた。
「っておい、 危ないっすよ! 精密機器っすよ!?」
「まー。姫様についてれば世界で私達だけ生き残る残ることも可能だし? ぶっちゃけこれを壊してもいいんだけどね」
「いいから止めるっす!」
頬をふくらませつつ、不満げな顔を浮かべ、女性はスイッチをしっかり掴んだ後に男性に投げて渡す。
あたふたと大切に両手で受け止める男性を見てクスクスと女性は笑い、次は男性が不満げな顔を浮かべる。
そこでは、犯罪行為をした後だというのに、まるで姉弟であるかのような雰囲気が二人の間には作られていた。
「それに、覚えてる?」
「あぶねぇ――って、なにがっすか」
「あそこの乗客、全員気絶してたこと。いや、昏睡状態って感じかしら?」
「ああ――」
四両目に入るや否や、飛び込んできたのは乗客達全員が床に倒れている光景。
当然疑問に感じられたのだが、彼等は計画を優先したため現在に至ることができた。
その遂行中には乗客達が昏睡している原因などまるで考えず、指示された任務をこなしていたため、その当時はその事を不思議には思っていたが、男性の頭からは完全に抜け落ちていた。
「いやー、誰だか知らないっすけど面倒なことしてくれたっすね。犯人が分かってたなら殺してたっすよ」
「いちいち乗客達にも運ばせる命令まで飛ばさなきゃならなかったし、ね」
「ホントっすよ。あ、そういえばあの虫達のやること終わったらどうなるんっすか?」
その発言を聞いて再び女性は頭を軽く抑えため息を吐く。その嘆息には失望や、蔑みといった感情が込められていた。
「わ、忘れたもんは仕方ないっすから!」
「はぁ、これ説明するの何回目かしら。あの虫は役目なんてない。ただ食べて、増えて、自分の飼い主の姫様に忠誠を尽くす。これだけよ」
「うへぇ……あれより増えるんすか」
「そ。姫様がよくいうじゃん? あれは生物兵器だってね」
呆れたように男性が立ち上がると、同時に女性も立ち上がり、出発前の準備なのか、屈伸運動を始める。
その屈伸で気がついたのか、男性はふっとなにかを思い出したような表情を作る。
「どうしたのよ。そんなアホヅラ作って」
「いや、アホヅラは心外っすけど、あそこにいる乗客ってどうするんすか? こっちも逃げるのに必死だったっすから完全に処分するのを忘れてたっす」
「はぁ、あんた、最近記憶障害でもあるんじゃないかしら? 扉の前にいる虫達がいずれ扉を食い破って、みんな死ぬわよ」
「あーそうだったっすね。それに障害持ってたら姫様に矯正されるっすよ」
「まぁ、そうね。あの人、手加減ってものを知らないから――」
そうしてお互いの脳裏に蘇るのは、拷問なんて言葉じゃ生ぬるい、もはや殺しにかかっているとも思えるほどの苦行。
ある時には腹部を三度貫かれた状態で、割れたガラス片が積み重なった山を登らされたり、またある時には呼吸できない環境で猛獣と戦わされたりと、思い出すだけで嘔吐してしまいそうな辛い記憶。
しかも、それを行なわされている理由は耐久力を高める訓練なんて正当な理由ではない。これを指示した者の「ただの趣味」という至極単純なものである。
その趣味によって、無数に死体の山が築けるほどの人間が殺され、もっと多くの人間が精神をズタズタにされ、自ら命を絶った。
だが、彼等はそんな地獄でも生き残ったのだ。その証拠が右目に浮かぶ五芒星である。
一度目を瞑り、開けば、各々の目に赤い紋章が浮かび上がり、怪しい風を巻き起こす。
そしてそれは開放された魔力の奔流によるものであった。
「考えてみればあの人に逆らうなんて余程勇気のある行為だったわね」
「いっぱい見てきたっすよ。みんな死んじゃったっすけどね」
「そうね。でも私達は生きてる。だからこの呪眼をもって、姫様に永遠の忠誠を誓い――」
「世界を、この世界の向こう側も全部すべて何もかも手に入れるっす」
「いつ聞いても冗談みたいな目標だけど、私たちは確かに一歩づつ進んでる」
「そうっす。俺達はあの頃とは変わったんっす」
地獄の底ともいえる辛い環境を乗り越えてきた家族とも言える存在だ。全ての意思を背負った目標であり、夢であることを笑いはしない。
「さーて、仕事に行くっすよ!」
「これが終われば姫様もさぞお喜びになるしね。さっさと終わらせましょう」
目を閉じて元の瞳に戻ると、男女は消えるようにしてこの場所から消失した。
一般人では認識もできないような速さで向かう先は、ギルド本部である。
~~~~~~
あれからエンジンのなくなった列車は完全に止まるまでそう時間はかからず、俺が謎のテロ集団について分かっていることについての説明が終えた頃には、人が降りられる程のゆったりとしたスピードにまで落ちていた。
「んで、その 天吼鬼々ってやつらが、この虫を撒き散らし、挙句には逃げたってことか」
「ああ」
「しかし、なぜ乗客を放置してまで虫を放ったのでしょうか。政府に一言物申したいのならば、人質は保持すべきかと思います」
「うーん。分かんないけど、とりあえずいいんじゃない? どうせ逃げたんだしさ」
列車内にはもう仮面の集団は誰ひとりとして存在しておらず、あるのはボロボロになってしまった列車の座椅子と、五両目につながる焼け焦げた鉄の扉だけである。
まるで戦場の跡地のような物寂しさを感じさせる。
竹槍の先端のように綺麗に切断された列車の前方から見える光景は、窓から除き見る景色よりひと味もふた味も違った。 クレーン車や、天まで届きそうなビルの建設現場などがいくつも連なっており、機械化した街はさらに発展を遂げようとしていることが理解できた。
「やっぱり、ガラス二枚越しと一枚越しでは全然違うな」
「そりゃそうだろ。風圧に耐えられる程のガラスに透明度を求めるやつもそうそういねぇぞ? そもそもこれは移動用だ。景色を眺めたいなら歩いていけばいい」
「……これがジェネレーションギャップってやつか」
「は? 何言ってんだお前。あいつらに発言が毒されてきたか?」
俺は変な感想を抱きながらも、世界の違いに打ちひしがれていたのだが、シーナもドリュードに同意見であるようで、こちらを見ながらアルトとひそひそ話をしている。
ここで豆知識だが、人間はひそひそ話している状況で、その話題の対象が近くにいる場合、少しだけその対象に向かって振り向く傾向がある。
確実とは言えないが、このことからシーナのひそひそ話の話題の対象は俺である可能性が高いという事だ。
「なんだよ」
「いえ、なんでもありません」
目を横にそらした。なんて分かりやすい人なのだろう。
「さてと、止まったことだしさっさと行くぞ。こうしている間にも、あの学生達がどんなことをされている分かったもんじゃない」
「早く助けなきゃ、です」
レムが両拳を胸の前で作り、完遂の意を見せてくれる。そのようすからは非常に頼もしさを感じさせてくれる。成長したものだな。
列車が破壊されようが、止まろうが、テロが起ころうが俺達目的の遂行は絶対だ。別に誰から依頼されたわけでもないが、友人の命がかかっている。何としてもやりきらなくては。
「あ……ゆう、乗ってる人どうするですか?」
「まぁ、これでいいだろ」
五両目に繋がる扉に触れると同時に赤い色をした魔法陣を貼り付け、魔力を注ぐ。
目の前に幾何学模様の魔法陣が現れたことを確認すると、俺も本当の魔術師になりきれている気がして少しだけ頬が緩む。
これは俺が百メートル以上離れると小規模な爆発を引き起こす魔法である。
これで扉を破壊して勝手に脱出してもらおうという魂胆だ。
「これで俺達がいなくなったときを見計らって、勝手に爆発して扉を破壊してくれる」
「なるほど。乗客達からボク達に事情の説明とかを求められるのを回避するためだね!」
「一番の被害者は乗っていただけなのにテロ行為に巻き込まれた人達だ。見捨てるほど俺は人でなしじゃないが、時間もないからな」
「その割には長く話ましたね」
「気のせいだ」
列車の前方から降りてレールの上に立つ。
そこには鉄道のレールのように砂利は敷かれておらず、まるで戦車が基地から出撃する際に敷かれているような二本の鉄の棒がレールの代わりになっており、それらは何処までも真っ直ぐに延びていた。
なぜだが、見ていると心をくすぐるられるような気分になる。
「知ってるか? 最近使えるようになった新しいエネルギーがこの鉄の棒の中を走り、列車の動力と反応して前に進むんだよ。男なら分かるだろ?」
「リニアモーターカーみたいなもんか。ちょっと原理は違うが、確かに元の世界に比べれば静かだったが――」
「……お前本当に大丈夫か? バックドアで変なことになってる気がしてならないんだが」
ついにドリュードまで俺のことを本気で心配し始めたのか、頭を優しくポンポンと叩く。
アルトたちのように気持ちいいというような感覚は全く感じず、バカにされている気分で非常に不快である。
「ぐぼぉっ!?」
「勝手に触んな。これ以上触りやがったらお前のセットした髪もくしゃくしゃにするぞ」
悔しいことにドリュードの方が俺より背が高いので、傍から見れば兄が弟を慰めている光景にも見える。そんなことは嫌なので鳩尾にエルボーをねじ込み無理やり引き剥がした。
「ふざけてないで行こうよ」
「ああ。あのでっかい建物だろ? まるで神を称える教会にも見えるが、物見やぐらも沢山あるし、目の前まで転移すればいいよな?」
「……残念ですが、あれは本部ではありませんよ」
「「えっ」」
「それと、この付近では転移を使用すると、ギルド本部内の防犯設備が最も多く仕掛けられた場所へ無理矢理行き先が変更されます。先ほども言ったはずですが?」
俺とアルトで声を合わせて聞き返す。
どうやら黒鉄でつくられた物見やぐらが教会の左右に二つ設立されていたとしても教会は教会であるらしい。ずいぶん戦闘重視な神様なんだな。
「おい。マジで知らなかったのかよ。それに、本部はその奥にあるめちゃくちゃ高い建物だ。よく見ろ」
「ワタシにはみえない……です」
「んー……ボクにもよく分かんない」
俺も目をよく凝らしてみるが、やはり黒鉄の教会とその物見やぐらしか見えない。
それらしいと思える建物は周りにあるビル群のどれかだが、どれもこれも事務所や、一般企業の仕事場のようなごく普通の作りになっており、世界に冒険家を派遣するギルド本部としてはいささか小規模すぎる。
「あ、そういえば本部には認識阻害魔法が掛けられていましたね」
「そういえばそうだったな。この国の住民であるか、本部専用のギルドカード持っていなきゃ確認すらできねぇだったっけか?」
「ええ。無駄に対敵対策がこれでもかというほど盛り込まれていますね」
そりゃ分かるわけがないと突っ込みたかった所だが、俺には観察眼というスキルがある事を思い出し、しっかり自分の中で使用した後、もう一度ドリュードが指さした方角を見据えると――
「うわぉ……」
「ゆう? 」
「どうしたの? そんな口をぽっかり開けてるけど」
唖然としてしまった。あまりの大きさに。
首を最大限持ち上げなければ、てっぺんが見えないくらい高いビルがそそり立っていた。
また見上げている最中、途中途中で渡り廊下のようなものがあったため、どちらも同じ施設であることが予想できる。
見ているだけで圧倒されそうなこの建物は、おおよそ二十メートル程の大きな教会がまるで比べ物にならない高さである。
これは元の世界で最近作られた、武蔵タワーという六百三十四メートルの建物を遥かに超えた大きさであるかもしれない。
観察眼を使った途端に突然現れたので、なぜこんなに馬鹿みたいに大きな建物を認識できないのかが理解が及ばない。
「えっと、ユウ? 大丈夫?」
「すごい上を見上げてる……です」
「少年も見えたらしいな」
「ええ。あのポカンと口を開けているようすからは間違いないでしょう」
しばらく見上げていたが、首が痛くなってきて視線を通常の高さへ戻す。
確かに世界を駆けるグローバル企業の規模としては充分な大きさである。大き過ぎるとも言えるが、あれで本部は間違いないだろう。
「それにしても、どうやってあそこに入るんだ? 見ることが出来なかったら入れないだろ?」
「あの阻害魔法は近いところだとほとんど効果が無いんだよ。だから、あそこの真下に行けば普通に入れる」
「行ければ、ですけどね。普通なら建物そのものが理解出来ないことが多く、ただの一般人はそこまで向かえないのが現実です」
「ボク達なんか仲間外れだし……」
アルトがいじけていたので、なだめつつ召喚魔法陣から黒いメガネを差し出す。
これはドワーフの里に売っていたただの伊達メガネに観察眼を付与したものだ。 これを装備することにより、俺のスキルと同じ効果を得ることが出来る。
「――わ!?でっかいねあれ!?」
「あるとっ ワタシもみたい、です!」
「で、どうするんだ? ここを抜けるなんて簡単に言うが、あいにくここは魔動車専用の場所だ。降りることなんて考えられてない」
「普通に歩いて次の駅に向かえば良くないか? どうせ騒ぎになっているだろうし、俺達も隠れてそこで街に出ればいい」
「少々心配ですね。まだ他に安全な策は――」
結局、レールの上を歩きながら何処から脱出しようか話し合っていたが、結論は出ず、ついに駅らしき場所が見え始めてきた。
目的地が近いことを認識したと同時に公共の場で揉め事が起きてしまったような騒ぎ声も僅かに耳に届いてきた。
「っと。もう近いようだな」
「結局、強行突破しかありませんね」
「まぁ、おじさん達らしいっていえば、らしいけど――っ!?」
「ん? どうしたの? そんな驚いたような表情して」
「……え、ああ。何でもねぇよ」
移動する途中でドリュードが突然足を止めて一瞬だけなにかに驚いた表情を作り、直ぐに元に戻る。
恐らくなにかを思い出したのだろうが、教えない程度のことなので特に気にすることもないだろう。
俺達はこそこそと抜け出すと、幸運にも、列車は止まっていたらしくプラットホームには人ひとりとして居なかった。
電光掲示板も臨時運休の文字がチカチカと表示されていて異常事態の場である事ははっきり理解出来る。
こっそりぬけ出る途中で野次馬達は非常に荒れていて、仕事に向かえないと騒いでいる者もいたが、何より多いのがギルド本部に対する当てつけである。
全く関係ないとは言い難いが、ここまで荒れている要因には俺が流したスキャンダルも大きく役に立っているのだろう。
特に何の問題もなく俺達は抜け出し、何とか街中へ戻ってくることができたので、アルトには少々物足りなさが心の中に残っていた。
「んー、もうちょっとスリルが欲しかったなぁ」
「ワタシはこれでよかった、です」
「それにしても、でっかいな」
ただでさえ巨大な建物であったのに、近くに来てみるとより大きく感じる。
まるで宇宙エレベーターのようだが、ただでさえ膨大な財力を持つギルドだ。実現していても何ら不思議ではない。
もう目の前にまで迫ったギルド前に、突然ドリュードが何かを思い出したような声を上げ、前に立ちふさがりつつ両手を広げる。
ここから先は通さないと言わんばかりのお子様行動である。
戦場を目の前にして各々が覚悟を決めていたのにもかからず、出鼻をくじかれたような気分になる。
「おい、ちょっと待っててくれるか?」
「何だよ。もう侵入するっていうのに」
「ドリュード。貴方この状況で何を待てというのですか?」
「ぶーぶー!」
「えっと、どうしたん……ですか?」
止めただけあり、彼の表情は至って真剣でふざけた内容でないことはその場の全員が分かっていた。
しかし、何故この状況で止めたのか。
「まぁ、あれだ。突然知らんヤツが急に現れたら怪しまれるだろ? 受付のやつ、副マスターが厳選してるだけあるし、記憶力がいい奴が多いんだよ」
「だから、貴方が先に話を付ける、と、いうことでしょうか?」
「そうだ。だから任せといてくれ!」
そう言い放つとドリュードはポケットに片手を入れながらギルド本場の中へと消えていった。こちらが反論する余地もなく言ってしまったので時間が無いことを考慮したのだろう。
それと、本部の扉は自動ドアであった。
「うぅ、お預けを食らってる気分だよ」
「まぁ、気長に待てばいい。この辺りには売店があるから適当に回っておくか」
「おやつ、ですっ!」
「私はここで待っていますよ。読んでいる本が良いところでしたので丁度いいです」
話し合いの元、シーナは現在地でドリュードの帰還を待ち、残った俺達は売店でお菓子や、魔力回復薬などを購入した。かなり割高だったが、ギルド本部が近いということで、冒険に役に立つものがたくさん販売してあった。
なお、魔力回復薬の効能は俺が転生した付近に湧いていたあの池と同程度の回復力しかない。
おおよそ二十分経過した頃だろうか。やっとシーナから念話が届き、ドリュードが戻ってきたとの知らせが届いた。
それにしても、かなり時間かかったな。アポ取りはしたことがないのでよく分からないがそんなものなのだろうか。
「お前らどこいってたんだよ」
「お前待ちだよ」
「あるとっ! これも美味しいです!」
「人間界ってホント食べ物美味しいなぁ……悔しいっでも」
まるで敵地に赴くとは思えないが今から本格的な城落としならぬ、ビル崩しになる。
たかたが学生のためにまさかこのような豪華なメンバーが来るとは思ってもみなかっただろう。せいぜい首を洗って待ってるんだな。女性好感度ランキングワースト一位さんよ。
天を貫くほど高いビルの入口に立てば勝手に扉は開く。
扉の先に見えた光景は、大規模企業のロビーといった言葉がしっくり合う清楚なものであった。
「こんにちは。ナミカゼ ユウ さんとそのパーティの皆様ですね」
「名前教えたのかよ……まぁそうだ」
「皆様が、列車の事件について善処していただいたことについてドリュードから聞いています。深く感謝致します」
「ああ。ここにいるSSランカーとドリュードに頼りっぱなしだったけどな」
最低の実力者であるFランカーという常識をわきまえてシーナをちらりと横目に見る。しかし彼女はその視線を気にするほど余裕はないようで先程から視線を右へ左へと忙しなく動かしていて、明らかに警戒しているようすであった。
「今回の件について私どもの代表、ブルーノがパーティ代表のナミカゼ様に直接感謝の言葉を述べさせていただきたく、案内しろとの指示を受けております」
「へぇ、ブルーノといえばあのランキング一位の人だな。そんなお方と話せるなんて光栄の極みだ」
わざとらしい挑発。しかし、この受付の女性の鉄仮面はぴくりとも動きはしない。流石は選抜メンバーだ。
数秒の無言の空間が続いた後、彼女は俺の言動を全て無視して話を続けてきた。ちょっと悲しい。
「最初にパーティの皆様の所持品検査を致しますので、お一人様づつ右奥手にある部屋をお通り下さい」
「だとさ。大丈夫だよな?」
ロビー座っている人々も、屈強そうな男も、窓から景色を眺めている魔力の高い女性も腰に刀や杖など武具を装備している。冒険者としての装備なら怪しまれないことだろう。
「では、最初に私が行きます。あちらで会いましょう」
アルト達は無言で頷き、最初にシーナが右奥の部屋にいた女性の職員に連れられて消えていく。やはり自動ドアである。発展ってすごい。サイバルだったなら完全に手動だっただろう。
「ドリュードはこちらへ」
「りょーかい。またあっちでな」
彼が呼び捨てであるのはここに所属しているメンバーだと認められているからだろう。しかし、そう考えると、シーナはどうなるんだ? 彼女と初対面の時は派遣されたとか言っていたような気がするんだが。
「気配が消えたね」
「ああ。そうだな。ドリュードの気配も消えたし、この施設じゃ探知はできないっぽいな」
「……っ」
レムがぎゅっとアルトの裾を握り、恐怖を感じていることを伝えてくる。
この場所は冒険者たちの憧れの場所であり、精鋭が集まる場所である。
よって、緊張感はそこらの田舎ギルドの比ではない。
しかし、ここで妙な点が一つ。
「次の方。どうぞ」
「ねぇ、二人同時じゃダメ?」
「規定ですので、ご遠慮ください」
アルトがレムを心配に思ったのか、二人で一緒に部屋に入ることを提案したが、答えはNoであった。
その鉄壁の拒否を前にしては彼女とはいえ抵抗する気にはなれなかった。
「じゃ、レムをよろしくね?」
「すぐ会えるだろ」
「ふふっ、そーだね」
笑顔を俺に見せてからアルトは扉の奥へ消えていく。
しかし、その笑顔とは裏腹に俺の思った奇妙な点が心を落ち着かせない。
何故だか、あの奥には行かせてはいけない気がするのだ。
「ゆうっ……こわい……」
「大丈夫だ。すぐ終わる。何もない――」
そう言いかけて、アルトの気配が消失する。突然、何の脈絡もなく。シーナの時と同じように。
そして、俺の感じる妙な点というのは。
(この上のフロアには冒険者の気配がめちゃくちゃある。あるんだが、消えたシーナの気配もアルトの気配も全く掴めない)
レムを緊張させないように心の中で考えるが、やはり辻褄が合う答えは導き出せない。
一体全体どうしてあの部屋に行くと向かった全員の気配が消失するんだ?
「…………」
鉄仮面の受付嬢を睨みつけても、何処か虚空を見つめているだけであり、全く参考にならない。
とりあえずソラとファラを起こして置いて――
「次の方、どうぞ」
「……ワタシがいく、です」
「本当に大丈夫か?」
「うん、一人で待つのいや、です」
「そっか。またあっちでな」
「はいっ!」
レムは空元気だったがそれでも必死で扉の奥へと歩みを進める。
彼女も通常だったらここまでの緊張はしないはずなのだが、やはりこのビルの異様な清潔さと静かさがそれを引き起こしているとしか思えない。
そして気配はやはり――消えた。
俺の感知範囲はかなり広いはずだが、どこをどうやっても感知できない。
これが施設のセキュリティだといいが、それであったなら二階より上階に点在する冒険者の気配が掴めるという矛盾点を説明出来ない。
(ユウ、やはりそこはおかしいのじゃ)
(がっちがちで警戒してください。我らの眠気も吹っ飛びました)
(ふぉほ……お気をつけください)
どうやら自由気ままな聖霊たちですら怪しむほどの好ましくない状況であるようだ。
より警戒を強めたところに、ついに俺の出番が来た。
「ナミカゼ様、お待たせしました」
「ああ。待ってたよ」
そうして俺も奥の部屋へと歩みを進める。最近の俺の直感は調子が悪いので、杞憂であればいいのにと願うばかりだ。
扉が開いていきなり目に飛び込んできたのはまるで尋問室のような場所であった。
小さなテーブルに、パイプ椅子が向かい合うように二つ並んでおり、窓は存在しない。それ以外には何も存在しておらず、この場所は六畳ほどの大きさしかない。
「で、どうするんだ?」
「まずはお座りください。マスターに会わせるにあたって軽い面接があります」
「へぇ、会わせる、ね」
明らかに違う雰囲気。先ほどの鉄仮面の女性が猫だとするならば、こちらは猫型ロボットである。
ただでさえ感情が読み取れなかったのに、彼女からは生気すら感じられなくなっていた。
「まずはお掛けになってください」
「すぐ終わるなら座る必要は無い。そもそも俺は荷物なんて所持していない」
「そうですか。なら――」
「――!?」
ロボットのような女性だと思っていたが、本当にロボットであった。
顔であった部分が上下に開き、その中からは真っ黒な砲身が覗き見えた。
明らかな不意打ち。俺ができたのは――
「防御ッ!!」
守りの一手であった。しかし、それも悪手であったのか、着弾した砲撃からは身を守れたが、青い色をした煙幕が砲弾から噴出され始める。
(なんだこれ――っ)
それを吸ってしまうと、まるで魔力が尽きたような脱力感に、体力が尽きた状態のめまいが同時に襲いかかる。
何がなんだかわからないが、分かるのは現在は攻撃されて、最初から俺達が敵だということがバレていたという事だ。
(くそっバレてたのかよっ)
このままでは間違いなく落ちると察した瞬間、向かいの扉からガチャリ、という物音が発せられて、俺はふるふると頭を震わせながら物音がした方向を向く。そこには、男が二人いた。
「こいつだ。連れていけ」
「ギルド本部へようこそ。召喚士。そして、お前はこの時を持ってこの世から消えた存在になる」
机に突っ伏している俺をガスマスクをした男二人が持ち上げた瞬間――何かが霧散した。
「寝てる時はもっと優しくしろよ」
「……え?」
何かとは、眠気のような、気絶する寸前のような視界の暗さと意識である。触られた途端に完全に目が覚めた。まるで目の前にゴキブリがいたかのような突然の目覚めである。
両腕を担がれていたが、俺はふっと首をもたげて、焦点のしっかりあった目で担いだ二人を見る。
「ギルド本部さんよ。最弱のクラス、あんまなめんなよ?」
「え、あ、お前、いま気絶――」
「それは気のせいだッ!!」
担がれていたが、振り払えば関係ない。
振り払われて隙だらけのガスマスク二人に向けて俺は両腕を伸ばして胸元をつかむ。
そこから放ったのは、天雷。
「「がぁぁぁぁぁぁぁッ!?」」
電撃を気分の赴くまま放ち終えると、プスプス黒い煙を上げながら男達はその場に足元から崩れ落ちる。何故だか俺の魔法には八つ当たりのような雰囲気を纏わせていた気がする。
「気絶耐性。やっと仕事したな。やれば出来るじゃんか」
俺は誰に向けてなのかはわからないが、そう語りかけていた。
ご高覧感謝です♪