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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第二章 異世界ルミナ
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第18話 お嬢様はお姫様

 意識が浮上し、再び目が覚める。目を開ければ――そこにはやはりサラサラな灰黒色の髪色をした絶世の美少女がいる。柔らかそうな胸に俺の腕が触れかけていた。

 触ってないよな? 柔らかくて幸せな記憶があるような無いような――


「……鍵はかけたはずなんだけどな」


 手を引っ込めてから身体を起こし、彼女の幸せそうな寝顔を眺める。……偽物じゃない。間違いなく昨日誘拐されたアルトだ。彼女は鍵のかかった扉を無視してまで俺の添い寝してくれたのか、はたまた――


「……俺が部屋を間違えたのか?」


 彼女をそっと起こさないようにベットから出る。そして、何故か鍵が掛かっていなかった扉を眺める。


 102号室と書かれていた。俺の部屋だ。


 やはりそうなると、彼女が何らかの行動を起こしたと考えるのが妥当か。気配探知は寝ている最中でも使えるように練習したはずだが、彼女の接近には全く気がつかなかった。


「とりあえず……風呂に入りたい」


 ここは何もなかった、誰もいなかったということにして、不意に思い出したことを呟く。

 洞窟生活では冷たい水で体を洗っていたりしたのだが、この宿屋では、暖かいお風呂があるらしいのだ。


「まずは体を洗いたいな……」


 アルトは……うん、放置だ。何故こんなところに居たのかはあとで聞けば良いだろう。

 ああ、起きたら美少女が目の前にいるとは幸せ極まりない。今日はいいことありそうだ。


 部屋を出るとガシャガシャとお皿を洗っているかのような生活音が聞こえる。どうやらまだ朝ご飯は出来ていないようだ。


 すれ違う人に適当に挨拶を返しながら浴場へと移動する。思えば朝風呂なんて初めてだ。


 因みに俺が今来ている服は、トラックに引かれて死んだ当初から学校指定ブレザーである。驚くことに、この制服には自動修復機能があり、時間が経てば千切れていても復活する。さらに防臭、防腐、防虫、寒暖対応可能という、俺が装備している中でもっともチートじみた装備なのだ。

 恐らく女神が何らかの加護を与えたのだろう。

 なんともハイスペックな初期装備である。


「独占風呂、か」


 タオルは最初から配られていたので、それで股間を隠し、浴場へと入ったが、そこには誰もいない。俺一人だった。


 すばやく頭と体を洗い、湯へ浸かる。

 暖かいお湯に入ったのはここに来て初めてだ。


「あぁ……風呂だ……幸せだ……」



 久々のお風呂は実にリラックスできる。


 十分ぐらいしたら出よう。




 お風呂から出たあと、いつもの学校指定のブレザーを着る。やはり洗濯仕立ての匂いだ。臭くはない。

 むしろシャーリンの花畑の記憶が蘇るような、甘い匂いが僅かに香っている気もする。


 とはいえ、これとは別に服も欲しいところだな。頭にタオルを巻きながら食堂へと向かう。


 食堂では既に朝ごはんが用意されていた。


「おふぁよー!」


 アルトはパンを口に入れながら、挨拶してくれた。朝食はパンとスープと果物がいくつか。

 しっかりと食べているようだ。精神的後遺症もないようで一安心。


 彼女に挨拶を返し、俺はおばさんから食事を受け取るとの向かいの席に座る。


「ユウが朝いなくてびっくりしたよ。心配でおばさんにも聞いちゃった……」

「悪いな。風呂を貰ってた」


 アルトは一応心配してくれたらしい。そこまで俺を心配してくれるのは嬉しいが……今日から別行動なのだ。少々寂しいな。


「あ、話変えるけど、何でお前はどうやって俺の部屋に来れたんだ? 部屋の鍵は閉めたはずなんだが」


 朝起きてからずっと不思議に思っていたことを話す。


「魔法で開けたよ?」


 あっさりと白状する。魔法はこういうところでも便利だな。……って、おい。セキュリティゆるゆるじゃねぇか。大丈夫かこの世界。


「じゃ、何で俺の部屋に来たんだ?」


「それはね……」


 アルトはパンをスープでお腹へ流し込み、少し俯くとすぐに顔をあげた。


「僕の正体を、ユウに教えるためだよ。そのことが原因で嫌われようとも……君には知って欲しいんだ」


 覚悟を決めた真面目な表情だ。正体? こいつのか?確かに気になってたけど……やっと話してくれるのか。別れ際のネタバラシってやつだろうか。この異世界転移ってまさか、超大規模なドッキリ? いやまさかな。


 悶々と考えているとアルトは何かを呟いて唱え、突如回りには結界のような膜が貼られた。魔法を使ったのだろう。

 彼女は声を小さくして話し始めた。


「僕はね、人間の敵、魔族だよ」

「……お、おう……ん?」


 彼女が突然中二病に染まったかと思ったが……ここは魔法がある世界だ。元の世界と比べてはいけない。数々の常識が通用しないこともあるだろう。……で、魔族って、何?


「魔族って――」

「最後まで聞いてほしい、な。僕は……」


 どこか覚悟を決めたような、芯の強い声だった。その強い声に圧倒され、ついつい閉口してしまう。ちゃんと内容を理解してもらってから彼女は返答を聞きたいのだろう。


 少々怯えているようすも見てとれたが、ここで俺が口出しするのも癪なので、固いパンをスープで浸しながら口へ運ぶ。おお、俗に言う黒パンかこれ。


「僕は、魔族の王。魔王なんだ」

「……ん? 魔王、サマ? アルトが?」

「うん。僕は魔王。魔界を占めて、魔界を治めてる。僕の本来の姿を見たし、普通なら知ってるはずなんだけど……やっぱり、分かってなかったのかな?」


 アルトは真剣にこちらを見つめながら答えた。どうやら嘘には思えない。瞳には僅かな震えが見えた。

 その瞬間、彼女は決心したように息を吐くと、突如光が巻き起こり、光が収まれば、いつの間にか本来の姿に戻っていた。

 彼女は今、灰色に近いとも言える黒髪、そして赤と青のオッドアイ。初めて出会った時の姿だ。


「魔法、解いてもいいのか?」

「この変幻の魔法はね、実際は変身してなくて、ただ、人の認識を変えるものなの。例えば、ユウは今、僕の瞳の色が赤と青に見えるよね? でも、ほかの人には相変わらず茶色にしかみえないの。結論をいえば、僕はユウに対して()()変幻の魔法を解除した。だからユウは今、僕の本当の姿がみえるの」

「ん? 良く分からないが、俺以外の人たちは、今のアルトの髪は灰色に、瞳は茶色に見えてるってことか?」

「そうだね。無属性魔法、《変幻》。相手の認識をおかしくさせる光を纏う魔法だよ。極めれば透明にだってなることも出来るの」

「詳しいな」

「魔王、だからね」


 声が震えていることがハッキリと分かった。一度見せた正体を表すことになんの恐怖があるのか、俺はよく分からなかった。

 正直、俺はこの世界の人間と魔族の関係なんて興味はないし、アルトだって、オッドアイの方が可愛い。俺はたったそれだけの感想しか抱けなかった。


「ユウ、僕のこと、怖いでしょ?」


 これが本当に俺に聞きたかったことなのか、俯きながら小さくなった声で俺に問う。怖いって?


「――怖いわけないだろ? 正直、アルトみたいな美少女が存在することの方が信じられない。それ整形?」

「…………え? ち、がうけど……え?」


 否定の意をあっさりと答えて、浸したパンを更に口へ運ぶ。味は薄いが、わかめよりは五百倍くらい美味しい。黒パンなんて豪華なもの食べるのは本当に久しぶりだ。幸せである。


「えっ? えっと、その、えっと、えっ……怖がらないの? 僕、魔王だよ?」

「何動揺してんだよ。怖がる理由がないだろ? 早く食わないとスープ冷めるぞ」


 俺は至極当然という表情で食べ進める。あ、普通に美少女って言ってしまった……彼女の美しさが現実離れしすぎて、俺の意識も飛んでるかもしれない。


「ユウ、その……き、気にしないの? 僕は……君たちの敵だよ!?」


 大変困惑したようすでこちらを見てくるので、仕方なくパンを皿に置き、応えた。


「そんなこと、俺が気にしてどうするよ。人間と魔族の関係には興味がないんだ。そんなことを教えてくれるなら、クラスを教えてくれる方が嬉しい」


 少しだけ笑いながら応える。

 そして、目の前のアルトといえば、かなり驚いているようすで、目を丸くしていた。


「ユウって、世間知らず?」

「会って二日目でこんなことを言われるなんて思わなかったよ。間違ってないけどな」

「……ユウ、お願いがあるんだ」


 アルトは姿勢を正し、こちらを真っ直ぐに見つめて――


「魔族で、魔王で、変な口調で、瞳の色が違う僕でも……これからもずっと仲良くして……くれないかな?」


 これに対して俺は、本当に即答であった。


「当然だろ? 俺はもう友達だって思ってるぞ? あ、迷惑なら悪いが――」

「――ッ!!」


 彼女は何かを堪えるような顔をして――って、泣いてる!?


「まじで? そんな嫌だったか? 俺と友達になるのが――」

「ち、違う! 絶対違うからッ!! うれし、過ぎで……ぇ」

「泣くなよ。今まで友達がいなかった訳じゃないだろ?」

「いなかっ、たの……人間の、ともだち、いなかったんだ、よっ?」

「えっ……」


 とんでもない地雷を踏み抜いてしまった。

 もしかしたら、アルトの美しさに皆が魅了されて全員が恋人狙いだったからだろうか。もちろん俺もこんな美しい魔王様なら恋人にしたいと思うが……流石に彼女は俺にそこまで望んでいないだろう。


「お、おう。俺が友達第一号で嬉しいな……」


 乾いた笑いを浮かべていたら、アルトの表情が表情が崩れた。今にも泣き出しそうな表情をしているが。


「そうだ。そういえば、アルトは魔王サマなんだろ? 何処ぞの盗賊に誘拐されるなんて……風邪でもひいてたのか?」


 地雷原から逃れるため、話題を切り替える。

 俺の異世界経験は皆無だが、魔王という言葉には少々覚えがあるのだ。

 魔王とは、悪の組織のトップで、ゲームならばストーリー上最強の存在だ。それを倒すのが勇者。彼女の言ったことが本当なのかどうか分からないが、魔王という肩書きがあるのだがら、実力は確かなものだろう。


「……」

「魔王サマ? 誘拐されてたよな?」


 アルトは涙目ながらも、バツが悪そうにそっぽを向く。


 なぜだ。


 彼女もサイバルは始めて来た街であるそうだが、魔王という凶悪な肩書きがあるのに随分警戒が甘い気がする。



「……ユウに目的が違うから別れるって言われて……泣いてたところを襲われたの」

「……泣いてた? ってか別れるってそっちの目的は――」


 ぼそぼそと、聞こえるかどうかすら怪しい音量で喋ってくれたが、結界が周りの音を遮っていることもあり微かに聞き取ることが出来た。

 俺が返答すると、次は彼女は少々顔を赤くしながら懸命に反論する。


「僕はユウと一緒にいたかったの!! 友達だよ!? 初めての人間の友達だって僕は思ってたんだよ!? 仲良くしたくなければこの宿まで付いて行ってないよ!?」

「お、おう?」

「でもユウは無情に僕のことを突き放したんだ! 僕がこれだけ想ってるのに!! これが泣かずにいられる!?」

「悪かったって。とりあえず落ち着け――」

「おかげで“魔封香”にも気が付かなかったし、慌てで僕は転んじゃって、その挙句“失意の棍”で僕は気絶させられたんだよ!?」

「まふうこう? しついのこん? よく分からんがとりあえずシットダウン。落ち着け」


 はぁはぁと涙目ながら肩で息をするアルトを落ち着かせ、座らせた。

 俺か? 彼女が誘拐させられたのは俺が悪かったのか?

 彼女は腕で両目を拭うとキリッとした顔になり、こちらを見て言葉をぶつける。


「僕はね、ほんとに魔王だよ? ユウが怖がらなくても怖がってもその事は変わらないし、今の魔界ならある適度強い自信あるよ? でもね、精神的に僕はやられちゃったの。だからちょっと対処が遅れて……よく分かんないニンゲンにやられたよ」

「そうむすっとすんなよ」

「ぐっ……誰のせいだと思ってるのさ……」


 ぐむむむ……と唸りながら彼女は机に突っ伏して不服の目を当ててくる。どうやら俺の発言が思いの外彼女を傷つけていたらしい。


「俺と一緒に居たい、それがアルトの人間界での目的か?」


 そう考えると、どこかこそばゆい気持ちになる。なんだか、出来立てほやほやのカップルみたいだ。

 俺にはそんな経験が無いので、実証もないけどな。


「っ……うん、そうだよ?」

「そうか」


 照れて視線を外したアルトを見てちょっとだけ、ほんの少しだけにやけてしまう。こんな美少女が俺と一緒に居たいって言ってくれるのだ。やはり今日は幸せな事が起こりまくってるな。


「で、ちょっと聞きたいんだが……さっきのまふうこう とか なんちゃら……って、なんだ?」

「……まさか、知らないの?」

「教えてくれ美しい魔王サマ」

「……ふ、ふん。仕方ないなぁ。ユウだから特別に教えてあげるよっ、感謝してね!!」

「カンシャカンシャ」

「なんか棒読みな気がするけど」


 ちょろい。彼女は本当に魔王なのだろうか。イケてる男に簡単に騙されそうな気がする。俺は中立系と信じているが。


「こほん、まず、魔封香についてね。これは、人間界に生える特殊な樹木から取れる枝を燃やしたお香だよ。ホントは木ごと持ち帰りたいんだけど……枝を拾うのが限界でさ。たまに僕が人間界に来る理由は大体これかな。これの効力は凄いから、その効果がある場所では僕でも、勇者でも……魔法を使うのは無理だよ」

「遠くの土地に栗拾いするようなものか」

「……クリヒロイがなんなのかよく分かんないけど、すっごい危険な場所だからユウは行っちゃ駄目だからね? ほんとに死んじゃうからね?」

「なんでそんなとこ行くんだよ……」


 どうやらクリヒロイ(ハードモード)と考えていいらしい。命懸け栗拾いとはなかなか意識が高い。


「その特殊な木は、魔法封じる空気を作り出すの。だから、そこ植生一帯は魔法が使えないところなんだ。なのに、魔物や幻獣は他のとこより強い」

「恐ろしい場所なことで」

「でも、頑張ってその枝を持ち帰って、それを燃やせばいつでもどこでも魔法を封じる空間が作り出せるの」

「枝を燃やしてお香? 煙臭いだけじゃないのか?」

「そこは気にしなくていいの! この世界で魔法を封じることは、武装解除するってことなの!」


 と、なるとこの世界において魔法はごく当たり前に存在しているということだろう。相変わらず凄まじい世界に飛ばされたとしみじみ思う。


「なるほど、魔法は武器か」

「生活に役立つこともいっぱいあるけど、ね。これまで、一番人を殺したのは……間違いなく魔法だから」


 どこか悲しそうな声で察するアルトの心情は、上手く…読み取れなかった。


「ありがとな、だいたい分かった」

「僕はちょっと泣いてたし、匂いなんて気にしてなかったもんだから、魔法が使えないから焦っちゃって……ね」

「じゃ、次は失意の棍について、か?」

「簡単だよ。触っちゃうと気絶しちゃう失精鉱から作られた石棒、それが失意の棍だよ」


 触れるだけで気絶してしまう鉱石……とは。この世界にはそんな恐ろしいものがあるのか。


「この世界には魔法もあるし、それによって悪いことを思いつく人ももちろんいる。それを取り押さえるために見つけられたのが、失精鉱。これを扱えるのは特殊な人たちだけ」

「……なんか、凄まじいアイテムだな」

「だから、本当に限られた人しな使えないはずなんだけど……」

「その襲撃者はそれを持ってたってわけか」

「当たっても痛くはならないんだけどね……」


 当たっても痛くない、ん? なんか実感した覚えが……


「俺、それ受けたかもしれない」

「ユウも!?」

「なんか煙が見えたかと思ったが……アレが魔封香だったとすると、辻褄が合うな。完全に抵抗を封じてるってことか」


 このようなアイテムをすべて揃えているとなると、誘拐を最初から用意していたことが考えられる。

 召喚士狩りなんてだれが何のためにやってるのか……


「結構、話し込んじゃったね」

「いや、本当に助かったぞ。ありがとな」

「ふふん、もっと褒めていいんだよ?」


 一緒に机を立ち、食器を戻しつつ、彼女はドヤ顔を浮かべる。そのようすが愛おしくて……つい。


「流石は魔王サマだ」

「――ふふっ」


 撫でてしまっていた。彼女はびくっと驚いていたが、気がついた時にはえへへと気持ちよさそうな表情を浮かべていた。


「ユウ、気持ちいいよ? もっとしても……いいんだよ?」

「…………」


 周りを見渡す。……人が、同じ宿に泊まっている人が、全て、全員、俺たちのことを見ている。


「……ユウ?」

「……恥ずかしいから逃げるわ。今まで俺は何をやっていたんだ……? 結界で聞こえない状況はもう終わったんだ、ぞ……?」


 ガチガチと効果音が聞こえそうなロボット的な動きで食堂から抜け出し、宿を出てからというもの、全力ダッシュでどこへと目的もないまま駆け抜けてしまった。


2016/12/13

魔封香(魔法を封じるお香)、失意の棍(気絶させる棒)

についての説明を加えました。


ご高覧感謝です♪

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