仮面集団再び
魔力の循環により、先程と比べて二倍近くクリアに映し出される視界から現在の状況を把握する。
相手方の共通点として、既視感のある般若のお面を被り、マントを装備。彼らが所持している柄物も暗殺用なのか、返しがついている武具がよく目立つ。
気配探知では僅かながら実力を感じ取ることが可能であるが、俺が一目置くほどの実力者は見られなかった。
そんな相手はざっと三十人。この列車の窓や天井の至る所から入ってきたため、敵を減らさない限り、俺達の可動域は少々狭ぜましい。
要するに、現在ここには俺達と対等に戦えるほどの実力者は存在しない。
油断するつもりは無いが、少々安心感がある。落ち着いて戦闘に望めそうだ。
「こいつらっ! この一瞬で何をしやがった!?」
「分からねぇが、さっさと仕事を終わらせるぞ。さっきのはきっと不意打ちだ。俺達の危機予測が足りなかっただけだ」
「だ、だよな。こんな弱そうなやつらに負けるわけがねぇ!」
「ああ。余裕に決まってんだろ」
俺が雷槌によって乱暴に追い出した般若仮面のようすを気にするほど仲間意識は高くないらしく、助けようとする動作すら見られない。
これが俗に言う集団主義なのだろう。こんな団体が元の世界にあったら外からの批判が相当強そうだ。
だが、ここは異世界。しかも俺は襲われている立場だ。そんなもの知ったことではない。
「なら、どうした? かかってこいよ」
「あー、少年も頑張るっぽいな。おじさん達は前の列車を制圧してこようかね?」
「そうしましょう。ここでワイワイやるのも良いですが、狭いですし」
その会話をした後、仮面軍団の殺意が一気に二人に集中し、相手方は暗器を一斉に構える。
視線すら見えないものの、その雰囲気からは怒りのようすが汲み取れた。
「へっ、なめたこと言ってくれるじゃねぇか」
「この包囲網から抜け、なおかつ前の列車を制圧するだ?」
「そんなもの――不可能に決まってんだろうがッ!!」
勢いよく飛び出してきた般若仮面三人は儀式に使うような返しのついた短剣を腰元に構えながら三方向から一気に突き刺そうと試みる。
左右にフラフラと動き、フェイントに見せかけているつもりだろうが、如何せんスピードが足りない。
「遅いな」
「ええ。魔法斬撃が余裕で入りますね」
「さて、まずはオレから行かせてもらうか」
魔道具を大剣モードに変形させ、フェイントをかけている最中の仮面に肉薄する。そのスピードは相手の接近する速度の以上のものであり、接近された事に驚きを覚えた声が俺の耳に届いた頃にはドリュードの攻撃の手筈は整っていた。
「速っ――!?」
「なっ――」
「この程度、対処してくれよ」
彼からの冷たい一言が発せられ、接近している途中であるのに適正距離以上に接近された男は、仮面の内側から驚愕の声が漏れた。
その後の回避は当然ままならず、彼の姿はくの字に曲がる。
ドリュードのバットでボールを打つような勢いのある横凪の一撃は、違う方向にいるもう二人を巻き込んで列車の窓を抜けて吹っ飛ばしていった。
吹っ飛ばした人間を弾丸として多数の相手を一気に葬る。これが彼が長年の間で身につけたテクニックなのだろう。
「――くっ! 女だ! 女をやれ!」
「分かってるっつうの!!」
吹き飛ばされた三人をみて、男にはかなわないと思ったのか、次はシーナに殺意を向け、更に多い五人で一斉に襲いかかろうとしたその時には
「最低ですね。私、か弱いんですよ?」
そんな発言をしながら、彼女の目の前には五つの緑色の魔法陣。攻撃する気満々である。
水色の髪をかきあげ鋭い目つきで睨みつけると、魔法の杖先を接近する五人の中心に向かって軽く足元へ振り下ろし、彼女は魔法の引き金となる魔法名を呟いた。
「《風爆槍》」
「無詠唱ッ!?回避し――!」
魔法を発動するための詠唱が必要だと考えていた男達は足を止めるも、時既に遅し。
高速で飛来する風を纏った魔力の槍は無慈悲にも男達を貫き、余ることなく爆散する。まるで着弾と同時に爆発する爆弾のような槍だった。
「「ぐぁぁぁっ!?」」
「さ、エスコートするぜ?」
「必要ない、と言いたいところですが、今回は甘えさせていただきます」
シーナの魔法に、ドリュードのパワフルな剣舞。そんな二人が協力し合えば一気に敵の戦意が落ちていく。そうして、軽く襲いかかってくるものをあしらいつつ、彼らは前方の列車の中へと消えていった。なんだかかっこいい。
「この野郎がぁぁぁッ!!」
「はいはい。落ち着こうな」
先程から俺達を攻撃していた相手は半ば狂乱して襲いかかってくる。ドリュード達と同時に俺達も実は攻撃されていたのだ。
彼らの解説ができるほど生ぬるい攻撃しか来なかったのだが。
ただ、ひたすらに避けていただけなのに彼らを怒らせてしまったようだ。
「このっ! なんでっ! 当たんないんだよっ!」
「このあああああっ!!」
「弾丸より早く攻撃してみたら当たるんじゃないか?」
「このクソ野郎がぁぁッ!!」
現在俺は数人に囲まれているが、まだまだ余裕があり、ヒラリヒラリと距離を取りつつも華麗な舞を踏んで回避する。
相手の攻撃はコンビネーションを組んでいるようで左右同時、急に後ろからも攻撃されることもある。が、これまでソラとファラによる弾丸回避の訓練をし続けてきた俺の回避能力ならどうとでもなる。
一体何度被弾したことだろう。その経験もあって、今の俺が出来上がったんだが。
それに、こいつらは。
「ほら、お前今攻撃できただろ? 何休んでんだ?」
「この糞ガキがぁぁっ!!」
「よっと、おいおいそんな顔真っ赤にしてな。攻撃が単調だぞ? っと、そこも俺の感知範囲だ。残念だったな」
「調子に乗ってんじゃねぇぞオラアァァァッ!!」
挑発にのりやすい。今まで戦った団体の中で最も沸点が低いとも言えるだろう。
俺が大人に見えない要因もあるのかもしれないが。
今更ながら、この場所は俺の風魔法により、戦闘による轟音、叫び声は周りに聞こえないように配慮している。
周りにも配慮する余裕まであるので、本当にこいつらはテロリストなのか疑問に感じる。
真後ろから首元を狙った横凪の一撃が来ると直感的に感じ取った俺は、しゃがみつつも、前方にいる二人を足払い。
そろそろ攻撃してもいい頃だろう。
「時間切れだ」
「――!?」
バランスを崩して前に倒れ込む二人はとりあえず置いといて、真後ろから攻撃した敵は空振りに終わってしまったため、非常に隙があった。なので俺は足払いの残身のまま、こっそり訓練していた新たなスキルを使用することにした。
訓練期間はまだ累計一日にも満たないが、未来の俺から授けられたスキルだ。
熟練度もそのままである。
「――こんな感じか!」
右手の中に空中に出現したのは、光を集めて固めたような、バットの形をした何か。
長さも野球のバットをイメージし、太陽を目の前にしているような閃光が敵味方問わず視線を集める。なおこれは、バットではないと俺は考えている。
これを形作る要因であるこの光は聖属性で、もうひとつは魔法物質化のスキルの恩恵である。
「ふざけんなァァァッ!!」
「ちょっと怖いな。アルトとの実験では――」
相変わらず足払いの姿勢のままの俺に太刀を振り下ろす般若仮面。
本当はもう少しだけ姿勢を直す時間が欲しかったが流石にそうもいかない。
俺は太陽のように輝くバットもどきを片手で掴んだまま、頭上に掲げた。
その数瞬後に――
「硬――!?」
「はぁっ!」
光を固めたバットもどきに太刀が食らいつき、甲高い金属音があがる。
まさにその音は、物質化が成功している証拠であった。
物質化は防壁の魔法とは違い、一定量魔力を注げは半永久的にその形を維持してくれる優れものだ。
この光り輝くバットのように、聖属性を光エネルギーを転換する場合は例外であるが、ただの魔力を固定するだけなら形状維持が可能だ。
例えば地属性で作り上げた何の変哲もない石ころがあるとして、それを付加効果もなく維持させるだけならば可能。といった物質創造に似たようなイメージの魔法である。
未来の俺がこれを作るのにどれだけ苦労したのか、それとも女神から能力創造を取られなかった世界から来たのかはわからないが、お腹に穴を開けて得たものとしては随分大きい。
太刀をはじき返し、振り向きざまに気合の入った声と同時にバットをフルスイング。野球はやっていなかったので、フォームは先程のドリュードの形を参考にさせてもらった。
「ぐぅぅぉぁ……」
ミシリ、と嫌な感触が手に伝わった後、ゾンビのような呻き声が一瞬で遠ざかっていく。気分はメジャーリーガーだ。
これはバットでもないし、人を殴るものでもないが、フルスイングして窓の外に人間を吹っ飛ばした俺も、これで晴れて危ない人である。
「はぁ、やっぱ持たなかったか」
視線を足元に下ろせば、折れたバットの残骸が根元から空中にキラキラと消えかかっていて、その隣では般若の二人組が気絶している。
おそらく折れたバットの先っぽが当たってしまったのだが、俺の思うところは全くの別の場所にあった。
「あいつと比べて、硬度が全く足りないんだよな」
脳裏に浮かぶのは、中二臭い俺が現在の俺の全力の一撃を真っ黒な剣、さらに片手でやすやすと受け止めたあのワンシーン。
俺の愛用武器であり、アルトの伝説級のコピーの武具とはいえ、性能は折り紙付き。
なのにも関わらず、彼は魔力物質化のみで受け止めた。
「やっぱり、イメージが足らないのか?」
「貴様ぁぁぁぁッ!!」
「甘いな」
前から来た棍棒の一撃を身体を左に逸らして回避。ついでに勢いが余って体制が前のめりになっていたので首元にラリアット、足の裏を払って確実に倒す。
「ごふっぁ!」
「まだまだぁぁっ」
「ウォォッ!!」
「ほんとにこいつらテロリストか?」
二度目となる疑問に首をかしげながら、左右から挟み込むように迫ってきたので、ギリギリまで引き寄せて後ろへ回避。
「グッ……邪魔だなお前!」
「何すんだお前っ!」
「はいはい落ち着け」
もはやチームワークなんて感じられない。挑発の効果は絶大なようだ。
二人がぶつかってキスが可能までに近い距離で衝突したのを見計らい、指先から衝撃という名前の通り衝撃波を生みだす魔法で吹っ飛ばす。
流石にこれだけ暴れると、相手も慎重になり始め、俺が一歩踏み出すと、一歩下がるという状況になり始めた。
「こ、こいつ。めちゃくちゃ強い……っ」
「こ、こんなの、報告になかっただろ!?」
「報告、ねぇ」
こいつらの目的の首謀者は 姫 呼ばれる人物。それには聖霊であるレオが関わっている。おそらくその姫と呼ばれる人物がレオの飼い主だろう。俺の知っている姫なんてテュエルしかいないが、彼女がそんなことするのだろうか?
「おい。お前らのいう姫って誰なんだよ」
「な、なんでお前に教えなくちゃならねぇんだ。そもそもそんなことしたら――」
「おい! こいつら仕留めなきゃどっちみちだ!」
「そ、そうだ!あんなところに行くなら俺達は死んだ方が――」
「ぐアァッッ!!」
溜まっている団体様に一人の人間弾丸がボーリングの玉のように勢いよく飛来する。
死んだ方がいいって、どういうことだ?
こいつらは首謀者に脅されているだけなのか?
(あ、ユウごめーん! コントロールまちがえた!)
「……おう」
アルトがいる方向を見てみると、指貫グローブを装備している右手の指先だけで剣を受け止め、左手では棍棒を握りつぶさんばかりの勢いでミシミシと音が聞こえるほどの力で掴んでいる。
さらにこれだけでは留まらず、足元では倒れた男が踏みつけられており、挙句の果てには歯で短剣をうけとめて、攻撃した敵は蹴り飛ばされている光景が確認出来た。
もう無茶苦茶である。
「どどんっ!」
「ぐはっ!?」
「嘘……だろっ……こんな獣混じりのガキにっ……」
「ワタシはワタシ。です」
爆薬を使ってもいないのに、爆発音が聞こえると、数十人単位の般若の仮面集団が吹っ飛んでくる。レムも化物じみてきた。小さな体であの素手での殲滅力はギャップ萌えのどころではない。
そういえば最近彼女に観察眼を使ったら100lvを超えていたので、最近になって俺を完全に俺を超えてしまったのではないのかという成長期である。
「さて、気がつけばお前らだけだな。ここでは風の魔法を貼ってるから音も漏れない」
「――嘘だろ!? 」
仮面の男が焦って周りを見渡せば、倒れていたり、呻いていたり、レムがつんつんしていたり、アルトがげしげし蹴っていたり、仮面の男がなぜだか嬉しそうな気配を出していたり。
気がつけば広いこの列車の中は、戦場の跡地という言葉が最も合うような光景に変化していた。
特に最後はある意味戦場だろう。自尊心との。
「話さなきゃ――どうなるだろうな?」
「ゆうっ! ワタシ頑張ったですっ!」
「……おう。おかえり」
形勢逆転だな、と威圧感を混ぜて見下していたのに、レムの明るい声で一気に雰囲気は崩れさる。
可愛いんだけど、ちょっと空気を読んで欲しかった今このごろ。
「よしよし、レムも凄く頑張ったな」
「頑張った、ですっ!」
撫でてあげると、尻尾も耳もどこか嬉しげにフリフリするようすからは、レムの感情表現が幾分素直になってくれたかと思う。最初の方なんて手を上げるくらいで警戒されたからな。
「あーっ! レムずるいっ! ボクも!!」
「お前は無双し過ぎだろ。なんだあの光景」
「冷たいよ!? ボクいじけるよ!?」
「冗談だ。アルトも流石だった」
頭を差し出してきたので撫でろ、という感情表現だろう。
昔は怯えている人間の目の前でこんなことはしなかったが、ドワーフの里でのちょっとした事件になりかねないので、スキンシップということで、レムより多めに撫でてあげた。レムに向かってちょっとドヤ顔していたのは気のせいではなかった。
人間に手玉に取られててこれでいいのか魔王よ。
なんて感情が頭をよぎったが、これは気のせいである。
「お、お前ら……狂ってる……こんな、場所で……」
「さて、こんな場所にしたのは誰なんだろうな?」
「ふふん、さっきの威勢はどうしたのかな?」
「早く教える、です」
レムも ひっさつ・くろいえがお を遺憾無く発揮し、更に相手を威圧する。
気配探知ではちょっと心配だが、現在、援軍がこちらに向かってくるいるようすはない。テロリスト主犯者の気配がつかめないことが心配であるが、とりあえずは情報収集だ。
「っとと、やっぱり動き出すか」
列車も動き出し、再びギルド本部へと動き出す。
差し出す、という形で本部に侵入できるのが最高なのだが。
「そう上手くはいかないよな」
高覧感謝です♪




