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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第九章 裏の世界と表の世界
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様々な見解

 眼前には多くの人間に囲まれた勇者がいる。

 この世界の人間彼がいるだけでならそれはさぞ驚き、物珍しいと感じるだろう。

 勇者という存在は、魔族や魔界に立ち向かう救世主であり、人間界での最強の盾であり、最強の矛。

 元の世界ではそんな存在がいることすら理解出来ないが、彼は戦闘が間近にあるこの世界ならではの偉大な存在だ。


 幾度も世界を救った、と書物に記載されるほど名の知られた彼の存在は、政治でさえ名前を出すだけで、他の国の威圧にもなるほどの影響力を持っている。こうなってくると彼は核兵器ともいえる。


 そんな存在が、目の前にいる。

 幼女達の笑顔に囲まれながら。


「気づいてない、よな?」

「た、多分ね。でも、警戒は強めた方がいいと思うよ?」


 俺とアルトだけが反応したのは、彼に対する嫌悪感が非常に強いためだろうな。

 しかし、彼から感じ取れる気配には一般住民ほどの微弱な反応しかなく、魔界で出会ったソプラノのように強烈な存在感は放っていなかった。


 と、いうことで彼は顔以外の部分で変装をしているということか。意味あんのかよそれ。

 彼に対する感情消して、目的のバスへと向き直す。そこではレム達が心配そうな顔を浮かべてこちらを見ていた。


「二人ともどうした? あんな人混みなんかみてよ――」

「凄く怖い顔だった……です」

「本気にほど近い迫力でしたが、大丈夫ですか?」


 幾ら気配遮断で隠していたとはいえ、彼女達にはバレてしまったらしい。

 アルトが彼らを嫌っている理由はあまり聞いたことがないが、知っているのは過去に大変な傷を負わされたことぐらいだ。主に彼女の心に。


「いや、何でもない」

「……っ」


 背を向けて彼女らの場所へ早足で歩こうとした時に、再び悪寒が背中か全身へと走り回る。なぜだか、勇者達がこっちを見ているような気がしてならないためだ。


「アルト、気になるのは俺もだが、ここは離れた方がいい」

「……わかってるよ」


 あちらを振り向かずとも、拳を握りしめて彼女は無表情ではあったのだが、殺意にもほど近いオーラを体全体から放出していた。

 その雰囲気には、以前まで抱いていた恐怖などの畏れの感情は全く感じ取れず、今にも飛びかかりそうな状態だ。


 彼女は闘技大会の時には勇者に対して酷く怯えていたのだが、人間界での沢山の経験を積んだ今、彼女は彼に対して抱いているのは炎のような激情であった。


 そんな中、俺が出来たのは彼女を差し止め、被害を回避することだけだった。


「戦うならいつでも協力する。だけど、今はダメだ。我慢してくれ」

「……分かってる。我慢するよ」

「ごめんな」


 以前竜人の里で勇者に助けられた事も彼女からしたら屈辱だったのだろう。

 俺の力不足のせいもあってあの状況を作り出してしまったのだ。ここからはそんなことを起こらせないように全力で挑まなくては。


「大丈夫か? それとあいつが怒ってる理由ってよ――」

「ああ。考えのとおりだ。ともかくバスに向かうか」


 ドリュードでもアルトが憤っているのは理解したようで、俺にこそこそと耳打ちをしてくる。

 レムとシーナも心配そうな表情でアルトに話しかけているが、すぐに怒りを沈める、といった効果は期待出来なさそうだ。バスの中で怒りを抑えてくれれば良いのだが、話しかけないでオーラを目指できるのではないかと思うほど放出している。


 それにしても、一体勇者は何をやったのだろうか。彼女はあまり魔族側の情報は話さず、過去も話したがらない。

 勇者に関するトラウマはそれほど大きいものなのだろうか。まぁ、誰だって嫌な過去は話したくないのは当然なのだが。


「なににせよ。触らぬ神に祟なしだ。触られたら殴り返せばいい」

「お前、さっきからほんとに大丈夫か?」

「気にすん――」


 勇者の嫌な気配を背中に受けながらもその場から離れようとしたのだが、不意にこんな声が頭の奥の方で微かに聞こえるような――気がした。


『ギルドを襲おう。なんて、変な事を考えんなよ?』

「――っ」


 振り向きたい気持ちを必死で抑える。

 あくまでも、この声が聞こえた()()()()だけなのだが、俺でも恐怖を覚える。その言葉は俺の頭に深く重く残った。


 コイツはどこまで知っているんだ? もしかすると俺達の存在に既に気がついているのだろうか? そして目的を知っているのならなんで止めない?


「はぁ、気がしただけだっつうの。こんな会話が聞こえているわけがない」


 そう愚痴りながら考えを放棄する。

 勇者を目の前にしただけでこれだ。やはり精神的に負けている部分があるのだろう。こんな事ではまだまだ勇者には勝てなさそうだ。


「色々なお返しをしてやるからな。首を洗って待ってやがれ」

「あはは! マリエル! ちょっと道を作ってくれるかな?」


 口調からしたら彼は全く気がついていないように聞こえるが、どうも油断はできない。なにせ、以前の俺では手も足も出なかったのだ。少々期間は空いたが、この間に埋まるとは思えない。



 勇者達から離れて、到着したのは駅内の切符売り場のような空間。

 そこでは機械にお金を投入し、切符を購入するようすが確認できた。思いっきり鉄道系の切符売り場である。

 バスだった車両に対して、この場所は建物の外装と等しく、鉄道の駅そのものだ。

 これもまた誰かが元の世界から伝えたのではないかと疑問を感じる。知っているだけで二人も転生者が居るのだ。勇者並みの知名度があればなんとかなりそうな気がする。


「ここで、切符を買います。今回はドリュードが奢ってくれるそうです」

「え、聞いてないんだが」

「お願いします……ですっ」

「うっ」


 レムのあざとい上目遣いにドリュードは難なく折れる。やはり子供は色々な意味で強い。

 そんなやり取りをしている中、アルトは窓から外を見下ろしていたので、おそらく勇者に関して気になることがあるのだろう。

 彼女の気分を切り替えるにはどうすればいいものか。


「ほら買ったよ。これでいいんだろ?」

「ご苦労様です」

「ったく……」

「ありがと……です?」


 渡された切符は、デパートやコンビニ等で精算を終えた後に渡されるレシートそのものであった。

 シーナが切符に関して口を出さないことから、これは魔動車の切符で間違ってはいないとは思うのだが、このツルツルさは久々に感じたのでイマイチ実感がつかめない。


「向かうのは二番ホームですね」

「遠足気分だな。おじさん今からギルドに向かうなんて思えんぞ」

「アルト? 行くぞ?」


 彼女の激情は収まったが、俺の問いかけには空返事で、どうにも彼女は自分の世界から抜け出れないでいた。

 ここでスキンシップを取ろうとしても逆効果に感じるが、取り敢えず歩調を合わせて隣を歩くことにした。


「あると、なんだかぼーっとしてる……です」

「大丈夫でしょうか? 人混みの方を見たら雰囲気が大変悪くなったような気がします」

「ここは少年に任せておこうぜ。あんなアツアツな二人だ。どうにかなるだろ」

「それもそうですね」


 ドリュードとシーナがツーンとしたようすでなんとも恥ずかしいことを言っているが、俺には思いっきり聞こえている。

 ドワーフのあの場所であんなことをしてしまったのだからなんとも反論できない。


 歩いてまだ一分ほどだが、この駅は規模が都市ということで相当規模が大きく、プラットホームまでは少々遠い。

 食品店や書店、色々な施設があり、まさに首都の駅と言われたら納得できる。


「ユウ」

「なんだ?」


 声を掛けられると同時に腕を引かれたので、振り向くとアルトは足を止めて俯いている。彼女が内股になって、もじもじしているようすはちょっとかわいい。が、なにやら呼ぶ声は戦闘の時のように重く、不穏な空気を漂わせながら進行を差し止めたのでふざけた返事はできなかった。


「……レ」

「レムがどうかしたか? 付けられてるとかか?」


 気配探知に意識を集中しても、それらしい反応はない。しかし、長い間生きている彼女は俺より幾倍も経験を積んでいるので、もしかしたら彼女への警告を啓示しているのかもしれない。ぼそぼそ声だったので、完全には聞こえなかったが。


「なんだか分からないがレムに危険が迫ってるのか? なら早く伝えないと――」

「ちがうっ」


 先程まで空返事だった彼女が焦燥を含んだ声で俺の腕を握る力を強める。

 やっと彼女から話しかけてくれたのだが、如何せん声が小さくて掠れて聞き取りにくい。


 ドリュード達の会話ははっきりした声だったのでよく聞こえたが、こそこそ話は聞き取りにくいのだ。

 こういう時に微妙に下がる俺の聴力は女神にコントロールされているとしか思えない。


「――イレっ!」

「イレ? 何かの魔道具か。レムに手をだそうとする不届きものがイレ何とかを使ってレムを――って痛い痛い」

「ちがうのっ……!」


 更に力を込めるアルトは魔王クラスの腕力でミシミシと俺の腕をへし折らんばかりの勢いで握りしめる。

 相変わらず華奢な身体の何処からこんな力が出ているのか分からないが、魔力がちょっとでも混ざると男でもひれ伏したくなるほどの腕力を見せてくれる。異世界すごいって痛いってば。


「アルト、俺の腕、折れる」

「おーおー熱いな!」

「やはり彼女はユウナミが精神安定剤なのでしょう」

「仲いい……です」


 遠くからわざと大きな声で話しかけるドリュードは完全にからかっている。後でわさびを鼻に突っ込んでやる。わさびがこの世界にあるのかは知らないが。


「トイレなのっ」

「……え?」

「だからトイレ!!」


 声を小さくしても、必死で顔を真っ赤にして叫ぶアルトは、俺の腕をつかんだまま進行方向逆方向へ加速する。

 グンッとした加速感が体を抜け、俺達はドリュード達から離れていった。

 トイレだったのか。羞恥プレイのつもりは全くなかったのだがな。


 彼らの視線は何やってんだあいつら、といいたげなもので、慌てたようすは全く見られなかった。

 信頼があるのか無いのか分からないところだが、シーナから


(先に行ってます。あと数分で出発しますよ。決して変なことはしないように)


 との念話が届いたので何か変な勘違いされてないか心配である。

 ともかくだ。今俺は引っ張られている。


「おいっ、俺連れてくことはないだろっ」

「もう無理もう無理もう無理ッ!!」


 出ている速度は大したことないが、掴む力が強烈すぎて振り払うことが出来ない。人の流れをかき分け、俺はアルトに連れされられたのであった。


「落ち着けって。一個スルーしたぞ」


 お手洗いは歩いている途中で二つほど見かけたのだが、アルトは切迫感からか一番近いトイレをスルーしてしまう。

 沢山の人にぶつかっているため、迷惑そうな顔を当てられながらも直行。

 となると、これも余計目立つのではないのか?


「っておい。このまま連れてくつもりかよ」


 やっとのことトイレが見えてきたというのに、彼女は一向に離そうとしてくれないし、返事もしてくれない。

 このままの流れだと女子トイレに入るということなのだろうか?


「いや、いくら何でもそれは――っ」

「間に合えええええっ!!」


 アルトは悲鳴にもにた対して叫び声を上げつつも、俺を掴んだまま、女子トイレに入ってしまう。ついに未知の領域か?

 眩しい光の中に入り込んでいくような錯覚を覚え――って、そんな事考えてる暇があるならさっさと逃げないと社会的に駄目だろ?


「らぁぁぁっ!!」

「なんで投げられんだよ俺!!」


 今まで冷静にしてきたつもりだったが、彼女はついにトイレに入った途端、手に持った俺をボールを投げるように振りかぶり、一つ目のトイレの個室の中へ乱暴に投げつける。流石にこんなことをされたので突っ込まざるを得なかった。


 余談だが、女子トイレの内装は窓から漏れる凄まじい謎の逆光のおかげで全く見えなかった。女神のせいとしておこう。


 個室のドアは空いていたので突き破ることは無かったが、彼女の現在の腕力は魔王並みだ。当然投合威力は凄まじい。


「かはっ……ッ!」


 そこらのチンピラでは絶対に出す事ができないであろう威力で壁に叩きつけられ、背中から思いっきり打ち付けられると同時に、空気も肺から無理やり押し出され、一瞬だけ呼吸困難になる。

 なんでこんな目に合わなきゃダメなんだ俺。


「かぁっ……ほんとに、なにしやがるんだっ……」


 別の個室にいるであろうアルトに話しかけても返事はない。

 してる最中に話しかけるのも失礼だが、流石に物申さねば俺の心身、何より男として入ってはいけないエリアにいる罪悪感にに押し潰されそうだ。

 アルトからやっと解放された今現在。一刻も早くここから脱出しなくては――


「えー!女子トイレなんか入りたくないっすよ!!」

「いいから来なさい! あの二人は間違いなくあの魔動車に乗る! 作戦を立てるわよ!」

「先客がいたらどうするっすか!」

「気絶しててもらおうかしら」

「なんか酷いっすね!?」


 気配探知には反応がないのに、ゆっくりと近づいてくる人の声に足音。

 気配探知を遮断する魔動具がないとも断定できないので、彼らの気配を探知できないのはおそらくその類だろう。この場所は首都候補にもなっているため、そのような隠密アイテムも充分整っているはずだ。


 届いてくる声はつい最近聞いたことがある気がするが、今はどっちの選択をとるかの瀬戸際である。

 社会的に死ぬ可能性をとるか、それとも個室で隠れ通すか。


 全力で考えたその結果俺は――


(隠れるか)

(ユウ……逃げても良かったんじゃぞ? むしろここで選んだのは軽蔑するの)

(がーん、根性無しの変態です。まぁ、最初から分かっていましたが)

(ふぉほ! アルト様といつも一緒にいたいという気持ち! 流石でございます!!)


 音をたてないように個室の扉を静かに閉めると、内野からブーイングと黄色い声援が飛んでくる。

 俺だって好きで入ったわけじゃない、ということを分かっているあたり、聖霊達の性格の悪さが目の当たりになる。


(でも、なんか男も入ってくるっぽいな)


 この世界では男子が女子トイレに入ることに関して犯罪意識はないのだろうか。

 男女の一線を超えていいのは結婚する覚悟の元、互いの合意によってだな。


(こーゆーやつが真っ先に自己ポリシーを破るんじゃな。分かるのじゃ)

(どうせこの事、いわゆる一線を越えた後、一ヶ月もたてば 気のせいだろ で済ませるお方ですものね。貴方は)

(ふぉほ! なんだか存じ上げませんが、そのようなお方であったとは!)


 ついにプニプニまでもが敵に回った。でも何故だろう。あのジジイスライムなら火魔法で炙ってこんがりゼリーにしてもいいような気がする。


(お、名案じゃの。今度の訓練をサボりおったらそうしてくれようぞ)

(ユウ殿、な、なんて恐ろしいことを……)

(聞いてくれますかユウ、このスライム、戦闘が本当にざっこざこでスライムなんですよ。これでは盾にもなりません)

(いやプニプニはスライムだからな――って、ついに来たか)


 こんな会話をして背徳感から逃れようとしていたが、やはり現実は現実。ここのトイレの個室は三つあるようだが、一番奥にアルトが居て、一つ間を置いて俺がいる。変に意識しそうで自分が怖い。


 軽い足音を引き連れつつもやってきたのは、坊主頭の男と、ショートヘアの女。

 ただの一般市民にも思えるが、二人とも気配探知には反応しないことから只者ではないことが予測できる。


 また、扉の隙間からほんのすこしだけようすを覗いたところ、鈍い銀色に輝くアタッシュケースを持っていることが確認できた。


「あんたと一緒に女子トイレの個室に入るなんて死んでも嫌っす」

「へぇ、姫様に生き地獄を味合わせて欲しいの? 私だってアンタとなんか絶対イヤよ」

「……姫様がそういうならここはお互い我慢っすね」


 そう言って二人は同じトイレの中の個室へと入り、ガチャガチャと物音がしたと思えば、全く関係の無い声がトイレの中に響く。そして、この声にも聞き覚えがあった。


「報告するっす。現在の進行状況はざっと四十パーセント前後っす」

『クフフ、順調ですね。これで完遂すれば姫もさぞお喜びになるでしょう。とこで、そのケースの中身は使用していませんね?』


 この笑い方。思い出した。塔の中で戦った相手であり、俺達を圧倒した聖霊。その中でもエリートとされる獅子座の聖霊、レオ。

 なんでそんなヤツがこの坊主頭達とつながってるんだ? それに姫って本当にテュエルなのか?


「はい。仰せのとおりに」

「質問なんっすが、この中には武器の他に何が入ってるっすか?」


 俺が欲しい質問を彼が代わりに受けてくれるようだ。

 あのアタッシュケースは冒険者が気軽に持つようなものではないし、武器にも使えそうにない。

 銀行員がお金をいれて賄賂などに使われそう、という感想を抱くほどシンプルな作りになっている。


 それを大切そうに持っているのが気になるのだ。お金が大切ってわけでもなさそうだしな。


『クフフ、それはその時のお楽しみってことにしておいてください。マニュアルはそこに入っていますよ。ただ、失敗は許されません。ご注意を。では』


 そう言ってプツっと音がした後、電話のようなものが切れ、ふぅぅというため息が聞こえる。

 どうやら、謎の団体も今回の騒ぎには絡んでいるらしい。ギルドが信頼をなくした今なら責め時だと考える過激派もいるのだろう。

 あのアタッシュケースの中身も気になるし、一つぐらいは電車を遅らせたほうがいいのだろうか?


「全く、怖いっすねぇ」

「じゃ、さっさと出ましょ」


 トタトタと先程よりも早い足音を響かせながら帰っていくことを確認し、やっと一息つける。

 つける場所でないことは分かっているのだが、バレるバレないの修羅場はくぐり抜けた。


 背中の痛みのためさすりながら女子トイレから何とか抜け出た後その数十秒後、アルトが何もかも吐き出してすっきりしたようすで出てくる。

 その表情は先ほどからは全く予想がつかないほどのほほんとしたものだった。


「おかえり」

「うん!ただいま!」

「ずいぶん表情も雰囲気も変わったな」

「いやー! うん!」


 あははと柔らかい笑顔で胸を張るアルトは、怒りのようす、そして勇者の嫌悪感すらもう何も無い。ただ、女神のように無垢な笑顔であった。彼女は魔王だが。


「んで? なんで俺を連れ出したんだ?」

「あのね、マシニカルについてからボクずっとお手洗いに行きたかったんだよ? ただ、ボク一人でフラフラすれば絶対怪しむよね? だからとりあえず途中まで連れてこうとしたんだけど入る寸前まで忘れちゃってさ!」

「なるほどな。だけどアルト、ドワーフの里で済ませてこなかったのか?」

「その時は大丈夫だったの!」


 二へ二へと笑う彼女は本当に我慢してきたらしい。開放感で笑顔のやまない女の子になっていた。

 そう考えると、アルトが不機嫌そうな理由にしていたって勇者と出会ったからではなく、それが原因だったのか?


「まさかとは思うが、ずっと不機嫌だったのって――」

「え? ボク不機嫌じゃないよ? ただずーっと我慢してただけ! あ、でも不味い時は返事はできなかったなぁ、ごめんね?」

「……そうか」


 どうやら俺は凄まじい勘違いをしていたらしい。もしかしたらドリュードは耳打ちした時には気がついていたのかもしれない。確かに俺も我慢が限界に近かったらそうなるかもしれないので責めることは出来なかった。


「じゃ、行こ?」

「ああ。レム達も待ってるだろうしな」


 そのまま俺達は電光掲示板の案内に従い、二番ホームと呼ばれる場所にたどり着いた。その場所の景色は完全に鉄道のホームそのものだったので大して大きな衝撃は受けなかった。


 そこでは先に到着していた三人もいたのだが、なにやらレムのようすがおかしい。

 シーナから渡された本なのか、お手頃小説サイズの本を読みながら顔を赤くしていた。

 どちらの所有物なのかは分からないが、この二人のことだ。早々に取り上げなければ。

 おまけに見守ってる彼らはニヤニヤとしながら真剣に読むレムを眺めている。確実にろくなものではない。


「おい、純情なレムに何を読ませてんだ」

「お、帰ってきたか。少年、あの聖域が中身を見れたか?」

「激しい閃光でなにも見えなかったな」

「何じゃそりゃ」


 ドリュードのようすは全く代わりないが、シーナの笑顔が怖い。

 まるで魔女が悪魔のバイブルを小さい子に読ませているようにも思えた。


「シーナ、それなに?」

「レムがとても暇そうにしていたので、私のお気に入りの本を読ませています。ところで、間に合いましたか?」

「うん! 危なかったけどね!」


 シーナも知ってたのかよ。

 俺だけかよ、知らなかったの。命関わることだったらどうするんだよ。

 すると、ここで彼女がぎらりと目を輝かせると同時に、レムの変幻で隠している狐耳に向かって、ふぅーっ と息を吹きかける。


 本に熱中していたレムは全く予想打にしていない攻撃にジャンプをする勢いで背中を伸ばす。


「ひゃんっ!? ……しーなっ、きゅうにやめてください……っ!!」

「どうです? 面白いでしょう?」

「えっと、とっても……すごいとしか……」

「ふふ、そうですか」

「ちょっと見せて!」

「「あっ」」


 電車待ちで暇なのか、女子高生のノリでアルトはレムが読んでいた本を取り上げる。

 その直後、アルトの顔つきまでもがどんどん赤くなってきて――


「ほら、耳が弱いんだろ、舐めちゃ……っ!? 何コレ!? 何読ませてんの!?」

「ごく普通の恋愛小説ですよ。知りませんか?」

「ボクそんなの見ないよ!? ってこれから先のページ――!!」

「まだ言わないでください……っ!!」

「こいつの普通がどうなってるんだかはおじさん知らんからな」


 ここで ファーンという電車のクラクションが遠くから聞こえる。って電車って言っちゃったよ。遠くから見えてきたのはバスのような長方形の車両――が、幾つも連なっている。電車じゃねぇか。


「ダメだよこんなの!!」

「アルト、貴方もまだまだ子供ですね」

「そろそろ返してくださいっ」


 ワイワイしている女子勢を差し置いて、不意に周りを見渡してみると、何かがいた。人の形であり人間なのだろうが、生気は全く感じられなかった。だから何か、と例えることしか出来なかった。


 全身真っ白なフードローブを被り、顔は見えない。だけれども視線をこちらに向けている、という事だけは感じることができた。


 目が合ったのはこの一瞬だけだが、この一瞬が十秒にも感じられたため、ついつい声をかけようとしたのだが――人混みにまぎれて消えてしまった。


「あ……」

「ん? どうしたの?」

「いや、なんかが――」


 電車が到着し、ベルが鳴る。

 それと同時に意識がはっきりとしてきて、世界に色が戻ってくる。


「とりあえず乗ろ?」

「……気のせい、だよな」


 どちらかといえばお化けに近い存在だったが、異世界であれば一匹二匹はいるだろう。気のせいだ。

 さて、ここから色々あるが本当にギルドだ。


 内装もまるっきり電車であったため、もうこれは魔動車なんて大それた名前じゃない。ただの電車だ。

 それぞれが六人用の指定席に深く座わりこむと、それを図ったかのように加速感が身体を抜ける。


「やっと発車ですね」

「なんか長かったなぁやっとギルドだね!」

「がんばって二人をたすける……です!!」


 女子達のワイワイとした騒ぎ声を片方の耳で聞き流しながら、ガラス窓から流れる景色はとても興味深い。

 機械の街と言われているだけあり、沢山のクレーンや、高いビル。硝子の筒の中を高速で移動する車両など、元の世界では再現できない施設が沢山あった。


「おい。少年。本当にギルドを潰しにかかるのか?」

「んあ? 当然だろうが。何のためにこっちまで来たと思ってるんだ?」

「だがな、潰したとしてお前はどうなるんだよ。間違いなく国際指名手配だぞ」

「魔界にでも逃げればいいさ。まずバレないように変幻してるんだろ?」

「そんな適当じゃなくてな。本気の話で――ッ!?」

 

 ドリュードが言葉を飲んだかと思えば、電車が急にブレーキを掛け始める。徐々にスピードを下げるなんて軽いものじゃない。きつい急ブレーキである。

 俺達は座っていたのだが、立っていた人は慣性に負けて吹っ飛ばされる者もいた。


「っ……なんだよ急に!」

「いてて……なにさ?!」


 電車の中には勿論一般人もいる。そのため、この急ブレーキに物申したい人々は沢山いるため、ざわつき始める。


「急に止まるってのはおじさんでも経験が無いんだがな。一体何があったっつうんだ?」

「何か、匂いますね」

「ふぇ?どうひた……でふか?」


 レムは大好物の卵パンを食べていたため、恐怖を感じなかったらしい。流石世界三代の欲の一つだ。って感嘆してる場合じゃないな。

 電車が止められたとなると、爆弾を発見したとか人身事故とかそういう類だと思うのだが、さすがにそんな事はないよな?


『あー、あー、聞こえるっすか?聞こえるっすよね』

「……なんだか聞いたことあるような声が聞こえますね」


 シーナの言う通り、この声は俺が女子トイレの中で聞き取った声にそっくりであるのだが、この声を聞いた途端に嫌な予感が脳裏を過ぎる。駅員じゃない声が聞こえたとなれば大体それはテロ行為である。

 

 ズザザ、とノイズがスピーカーから聞こえてくると、次に聞こえたのは女の声だった。


『この車両、累計五両には、今現在をもって爆弾を仕掛け終わったわ。あと、この運転手はあたし達が人質として確保してるから、変なことしたらドーン、よ?』

『とにかく、言いたいことは無駄な抵抗をするなってことっすよ。いまから俺達の言う事を従ってもらうっすよ』

「ほらな」

「何じゃそりゃ……おじさんそんな馬鹿な事やるのは少年ぐらいだと思ってたぞ」


 銀色のアタッシュケースを持っていたあの二人はテロリストだったらしい。

 何が目的なんだと聞くのが筋なのだが、俺達は違う。


「締めるぞ」

「いいねっ!」


 ちょうどいい準備運動にはなりそうだなと笑みを深めて、俺達は立ち上がった。

 こいつらにギルド本部崩壊の罪を擦り付けようとまで考えたのは内緒である。


高覧感謝です♪

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