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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第九章 裏の世界と表の世界
175/300

仕切り直し

「つ……っ」


 頭痛を感じ、頭を抑える。ぶれていた視界はやっとピントがあってきて、各々の顔もはっきりと見え始めてきた。

 身体を起こす動作が必要なことから、あの人目しかない場所で倒れていてしまっていたようだ。潜入任務とは一体なんだったのだろうか。


「気絶耐性仕事してくれよな全く……」


 見回してみると、この部屋は特に目立った家具家電はなく、一時的に寝泊りするような拠点、という言葉が似合う程生活に必要最低限のものしかなかった。

 照明も、存在するのは備え付けの吊り下げられた電球のみで少々物寂しい。


 次は俺について確認しようか。


「俺はどうなってたんだ?」

「ユウは魔力の逆流バックドアで倒れちゃったんだよっ! でも、戻って来てくれてほんと良かった……」

「バックドア? 後ろに扉でもあるのか?」


 ボケを入れてみたが思いの他空気は重かったらしく、誰もクスリとも笑ってくれなかった。むしろレムとシーナには冷たい目で見られている。


 この部屋には空調の機械も存在しないのでそれも含めて少々肌寒く感じられてきた。

 アルトの視線だけ妙に生暖かいのだが、俺の精神的には逆効果である。

 そんな微妙な空気にしてしまったところで、レムが口火を切ってくれた。


「……えっと、あるとから、聞きました。ばっくどあ は意識が戻ってこないこともあるらしい……です」

「そんな状態異常バットステータスは私ですら聞いたこと無かったんですけどね」


 冒険者としてかなり上の方にいるシーナですら知識すらないほどマイナーな状態だったのによく俺も復帰できたものだ。

 それにアルトが知ってるあたり、彼女はやはり学校では教える立場の方が向いているのではないかと感じてしまう。


「アルト、この原因って俺が無理してドリュードに触れたのが原因か?」

「うん、そうだね。ボクも見たのは初めてなんだけど、お互いの魔力が混ざっちゃって、その拒否反応とか受容反応とかがごっちゃになっちゃって起こるらしいよ。ただ、拒否反応が高いほどすぐ意識が戻ってくるらしいね!」

「……なるほど。あんまり分からないが、体の中であいつを拒否したのか」


 どうやら、彼との親交があまり深くなかった事から、俺は意識を取り戻すのが早かったらしい。どこか複雑である。


 それなら、俺が彼の記憶を垣間見たのはそのバックドアとやらの影響なのだろうか。

 思い返してみると、相手の事を知らずによくもまぁキザなことを言ってくれたなと感じてしまう。


「バックドアには記憶を共有する効果でもあるのか? 俺はあいつの記憶を少しだけ見えたような気がしたんだが」

「……それ、ほんと? 噂ではあるらしいけど――」


 言いかけた途中でアルトの顔が考えを巡らせているような顔を作る。俺が何か悪い事でも言ったのだろうか。


 気配探知には近隣住民らしき小さな反応しかないし、付近にも特に目立った敵対反応もない。

 なおかつ場所は先程いた駅から離れているらしく、ギルド本部の特徴であった戦闘系の反応も感じ取れなかった。


「ねぇ、ドリュードは起きてたっけ?」

「多分まだ……です」

「ちょっとボク話を聞いてくるね」

「どうした?」


 返事もせず顔色を変えてアルトは部屋の奥へ消えていく。記憶の共有で思うところがあったのだろう。まぁ大事なことなら教えてくれるだろうし、問題は無いはずだ。


 まずなにより、今優先すべきことはこれからどうするべきかだ。


「シーナ。ギルドから見てここはどの辺だ?」

「そうですね。ざっと五キロメートルほどでしょうか」

「結構離れたな。しかも人前で転移石使ったってなると……話のネタにはなるだろうな」

「彼を救ってあげただけで、他は何もしてませんがギルド本部の中で噂にはなるでしょうね。まず第一に、この特徴的すぎる集団ですよ?」


 ソファーを一人で占領していた姿勢のままであったため、足を下ろして姿勢を正し、指を組みつつ頭を働かせる。


 予定としてはリンクスミリュを救出した後、変幻を使用して、真正面からギルド本部へ侵入。

 重要拠点らしき場所から内部から爆発させるように暴れ回るつもりであったのだが、どうもそうはいかない状況に立たされてしまった。

 なにせ、駅ホームの中の大多数の人間に顔を見られてしまったのだ。あの場にギルドメンバーの誰かがいてもおかしくはない。


「ワタシもしっぽをみられてた……です」

「……俺の判断ミスだ。悪い」

「!! ゆうは悪くない……です!」

「そう考えると、アルトのオッドアイも見られていたようですね。視線が私以外にも集中しているとは感じましたが。――っと、貴方もまんま黒髪ですね。これまた随分視線を集めたことでしょう」


 項垂れて下を向いて謝る。レムの特徴的な九つの狐尾はもちろんのこと、オッドアイなんていくら異世界とはいえどそうそう存在しないだろう。カラコンで通ればいいのだが。

 このように、希少性が高い身体的特徴を各々が備え持った人々が集まったパーティだ。自然と人も視線も集まるだろう。


「……どうしたもんか」


 上を向いて嘆息する。

 やってしまった。顔がバレたので、奪っておいたギルドカードはもう価値がなくなってしまった。変幻すればいいのだが、俺達が出来るのは色の変化や、部分的消失といった色に関するもののみ。顔だけ変えるという上級テクニックはまだ不可能である。


 挙句の果てにはリンクスとミリュの位置すら把握できない。

 戦場では作戦通りにいかないとはわかっていたが、まさか目標にたどり着けもしないなんて思いもしなかった。


「どう……します?」

「とりあえずドリュードが目が覚めるのを待つか。なんであいつが電撃を纏っていたのかどうかも知りたいし、あいつのせいでこうなったこともあるからな」

「貴方が助けたのでしょう?」

「それをいっちゃダメだ。ただ、知り合いだったからほっとけなかっただけだ」


 いくら俺とはいえ、流石に顔を知っている人間が苦しんで叫び声を上げている場に遭遇し、助ける手段があるとわかっている状況で無視を決めるほど非人道的な人間ではないのだ。


 だが、彼が何故にしてあんな人目のつく場所で魔法を掛けられ苦しんでいたのかも謎である。リンクスとミリュが消えたのもあの付近であるし、彼が何かを知っている気がしてならない。


「ふふっ、いいこと聞いたっ」

「いや、本当かどうかは分からないぞ?――と……」

「ええ。何か」

「見つめ合う二人の視線……気になる、です」


 アルトが喜びの表情で、ドリュードが困惑の表情を浮かべて奥の部屋から戻ってくる。どうやら彼の方も意識が戻っていたようだ。

 彼はシーナと数秒見つめあった後、俺に視線を逸らす。この二人はギルド以外にも関係がありそうで気になるな。どうでもいいか。


「ドリュード。早速だが聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「いや待ってくれ。アルトから聞いたが、記憶の共有って本当に起こったのか? オレが見た記憶ではお前がよく分からない何かから転移させられて、気がつけば魔界にいたってことぐらいしか見れなかったんだが――」

「よく分からない何か、ねぇ。まぁ、あながち間違ってはいないけどな」

「ノイズが掛かってたんだよ」


 相変わらず女神サマはこの世界の人間には正体をバレたくない一心であるようだ。人の記憶にまでフィルタリングを掛けるあたり変なところに意識が向いている気がする。こんなところに力を入れるならしっかりした場所に転生させてくれよ。


「なら、この記憶は正しいってことだよな? ならオレの記憶も――」

「ああ。見せてもらったよ。お前がやたらギルドの依頼に対して必死になる理由もな」


 彼はSSランクに落ちたと怒りの声を出す時もあるが、実際ではギルドの立場なんてにしていないのだ。

 ただ、その降格により妹の身体の状態が悪化するのではないかとの危機意識を覚えただけである。

 そんな彼が今現在気にするのは、やはり残された家族とも言える妹、ソフィという少女のみ。……多分。


「知っちゃったか」

「ああ。知っちゃったよ」


 彼は俯きつつもどこか情けなさそうな声で、自分をあざ笑うかのように語り出す。

 まるで、俺を攻めてくれといいたそうなな話し方であった。


「オレは今でもギルド本部が憎い。だけれども、どんな嫌なことを命令させられようが従うしかない理由がある。学園での時だってそうだ。あれは、ギルド本部の命令だ」

「……私の大切なものを盗ろうとした時ですか」

「えっと、なんで従わなきゃダメ、ですか? どりゅーどさんならどうにかなる実力はあるはず……ですよね?」


 レムがこれまで俺が抱いてきた想いを代弁してくれる。

 ドリュードのランクは俺達と出会う前でも一つ星(シングルスター)という位に所属しており、最強にほど近い実力者であった。SSを超えるこのランクは世界有数の人材であり、人数が限られているとも言われているらしい。


 俺もレムもそのランクを維持できるなら、その命令を行っている上層にいる人間の一人や二人ぐらいなら倒せる実力はあると思っていたのだ。


 彼は向かいの椅子に勢いよく座り込むと、淡々と言葉を繋いだ。


「勝てる実力があればとっくにそうしてるさ。今でも、あいつらがいなかったらオレはとっくにギルドなんて辞めてる」

「あいつら……ですね。私もその人達のおかげでどれだけ苦労させられたことか」

「あいつら? 誰なんだ?」


 その質問をすると、シーナとドリュードの表情がさらに暗くなる。

 まるでその者の事など考えたくもない。というような嫌悪感が伝わってきた。

 そんなに嫌われ者なのだろうか。少しだけ頭をかすめるのはとあるランキングの一位の名前。


「……一人は、ご存知の通りギルド本部の副マスター。総マスターがいない今は彼がギルドの支部本部問わず、全体の全権力を担っています」

「まぁ、勇者もあいつのことは嫌っているようだし、あいつだけなら何とかなるんだよ」

「一人、ってことはまだいるの?」

「ああ。こいつが一番問題だ。しかもオレに掛けられたあの電撃の魔法。その使用者が、今から話すやつだ」


 彼はどこか悔しそうに下唇を噛んでいるが、俺は魔族や聖霊を除いて彼を圧倒できるような相手がいるとは思えない。

 全く想像がつかないので、巨人ではなかろうかとの想像が脳裏をよぎる。


「彼――いや、彼女でしょうか? 正確には分かりかねますが、その者は 白神 と呼ばれている、言ってしまえば化物です。純白のフードローブを常時纏っている人間、ということが特徴として挙げられるくらいで、正確な情報は一切不明であり、顔を知ったのならば必ず消されるとの噂があります」

「なんじゃそりゃ。出処がわからなければ根も葉もないただの冗談じゃないのか?」

「ワタシも流石にそこまではないと思う……です」


 顔を知られたら殺すという極端な発想は間違いなくサイコパスである。

 よほど自分に自信が無いのかあるいは秘匿にしておきたいのかは分からないが、やりすぎ感が否めない。


「その名前は聞いたことはあるかも。でも、それってユウの言う通り噂話でしょ? そもそもそんな人がいるなら、ギルドに所属してる勇者だって黙ってないはずだけど」


 勇者のサンガもギルドの最高ランクである三ツ星(スリースターズ)というランクを持ち合わせているのだ。


 ギルドだろうが何であろうが、当然ランクが高ければ責任は大きくなるはずだ。

 そうなってくると、人間界で最強である彼はその配下の危険な存在を見逃していることになるだろう。

 そのような事実が明らかになれば勇者に対して尊敬の念は多少なりとも揺らぐはずなのだが、この辺の住民にはそのようなようすはみられなかった。どちらかというと勇者様万歳である。

 ギルドに押し入る行動力があるのだから、そんな事実が明らかになっていれば住民はそのくらいの行動はする可能性はあると思うのだがな。


 しかし、事実を隠したまま彼らが未だに動いていないとなると――


「その白神ってやつは勇者と組んでるのか?」

「そんな噂は聞いたことがないが、あいつは副マスターと組んでる。ちなみにここで繋がるんだが、オレに魔法をかけたのはそいつだ」

「となると、貴方は白神に接触したわけですね」

「ああ。そうだ。因みにあいつは女だ」


 思いっきり予想が外れてずっこけそうになる。ちょっと恥ずかしい。


 羞恥心は置いておいて、彼が謎の帯電状態にあった原因は、正体不明の白神に出会い刺激してしまったためであるらしい。

 顔を見られただけで殺しにかかる人であるのだから、とてもではないが心中お察しできない。


「じゃあ、ドリュードは白神の顔を見たってこと?」

「ああ。ヤバイくらい――というか、やばかったな。背丈も歳もアルトと同じぐらいの女子だったんだが、見ているだけで魅了チャーム状態異常バッドステータスにかかるところだった。まぁ口を噛んで何とか回避はできたが……」

「さらに信憑性が低くなりましたね」

「見ただけで魅了……ちょっと羨ましい……です」

「いやほんとだからな!?」


 見ただけで魅了なんてただの一目惚れではないのだろうか――と言い出したかったが、闘技大会にて実際アルトに落されかけたことを思い出して口を抑える。因みに特に年齢については何も言及はしないぞ。


 レムとシーナはほぼ信じてなさそうな視線を当てているが、こうなってくると白神サマは自分に自信が無い説がだいぶ強くなってくるな。神様なんて大層な二つ名を貰っているが恥ずかしくはないのだろうか。……ないんだろうな。やっぱり心理状態が読めない。大体のことが魔法で解決するあたり、この世界ならではの話だが。


「ごほん、あと、もう一つ。伝えなきゃいけないことがある」


 咳払いを一つすると、先程の表情とはうって変わって真剣な表情で俺を見据える。なぜなのかは分からないが、俺自身に関係するのことなのだろうか。思いあたりがありすぎて怖いところだが。


「リンクスとミリュ、この二人が連れ去られたのはオレの責任だ。オレの管理が甘かった」

「……と、いうと?」

「つまりだ。誘拐されたリンクスとミリュを助けたのはオレ。そのまま転移させられればよかったのだが、諸事情があってできなかった。だから白神に取り返されたのもオレの責任だってことだ」


 自分の実力が及ばないためだ、という言葉を付け加えてから彼は深く頭を下げる。

 彼が誘拐された二人を救ってくれたのだが、白神という人物により、それは再びギルド本部の手に渡ったのだという。


 しかし、この謝罪には裏になにか隠れているような気がする。諸事情って言ったあたりも特に。


 助けるのはまだいいが、二人をギルド本部へ向かわせるとはどういうことだろうか。

 届け出れば間違いなく学生達は捕まるだろう。なにせ、映像によれば 依頼 として誘拐を行えとの命令が寄せられたのだから。

  本部は依頼人と請負人の中立の立場である必要があるとはいえ、ドリュードや、周りの人々から内情を聞いてみればその必要性すら容易く揉み消しそうな気がする。

 お金の為だかどうだかは分からないが、依頼の仲介をしているのはギルドだ。……こう考えてみると、本部の依頼には黒すぎて違法なことしか存在しない気がしてきた。


「……ねぇ、リンとミリュリュをなんで助けたの?」

「それは……」


 その行動にアルトも疑問を持ったのか、ドリュードに疑いの目を向けつつ質問を投げかける。

 大人しく謝罪していた彼もその質問には直ぐに答えられないようで、口ごもる。

 やはり彼には何らかの別の目的の元、彼らを連れ出したらしい。


「なんで黙るんですか?」

「いや大人の事情が――うっ!?」

「いい加減にしてください」

「しーなおちつく、ですっ」


 大事なところで口ごもったドリュードに腹が立ったのか、シーナは彼の鳩尾に新品の杖を突き立てる。


 彼女の表情は相変わらず無表情に近いものであったが、怒りのような気迫も感じ取ることができた。

 彼女の視線、口調は淡白なものではあったが、言いたいことははっきりと、心から言い放った。


「私達は本気でギルド本部へ挑みます。もういまのギルドなんて滅茶苦茶にする。そんな気持ちで挑んでいます。僅かな情報でもいいので、ふざけずにしっかりと教えていただきたいですね」

「――は? お前、今なんて――」


 両膝をついたドリュードは、腹部を抑えつつもスカートが覗けそうな角度でシーナを見上げる。その見上げた瞬間の表情は腹痛をまるで感じさせないような呆気にとられたような顔つきだったが、多分あれはモロ見えてるだろう。

 こいつ、こんなところでスカートを覗いてしまうとは。これがプロの変態か。


「助け舟出してやろうとしたがやっぱ俺知らんわ」

「ボクも知ーらない」

「え、あ、ピンク――」

「えっ、ぁぅっ……!? このっ……貴方っていう人はッ!? 私は怒っているのですよ!? それをよくもまぁ……っ! 死ね変態ッ!!」

「しーなっ!? ここはお部屋の中ですよっ!?」


 スカートの裾を抑えながら杖先に魔力を溜めるシーナを敏感に感じ取り、まっさきにレムが動き出し、あわわと止めにかかる。

 ドリュードはいまだ悦に入っているのか、相変わらずの表情でぼーっとしていた。

 ダメだこいつ。



 どんちゃん騒ぎして、数分後。

 やっと落ち着いたシーナはプイっと不機嫌そうにドリュードから顔を逸らし、ドリュード自身には大きなたんこぶを作られていた。

 何故か俺も男ということで風魔法の被害を食らったのでちょっと微妙な気分である今この頃。


 そんなわけで、部屋はもうボロっボロである。大家さんが見たらなんていわれるのだろう。


「ってぇ……んで、お前らさっきのマジでいってたのか?」

「お前がスカートを覗いたのは変わりない事実だろ」

「それじゃねぇよ」


 どうやらこの騒動のおかげで彼はいつもの調子を取り戻し、シーナは不機嫌になった。結果オーライとは言い難いが、とりあえずだ。


「俺達が何のためにわざわざ学校まで休んでこっちに来たと思ってるんだ?」

「オレが知りてぇよ……第一、ギルド本部に逆らうなんて発想、この世界の人間じゃ思いつかねぇぞ?」

「……そうかもな」


 実はこの世界の人間じゃないのだが、ピンポイントに当てられて少々言葉に困る。

 彼もまた白神を恐れて抵抗をやめた一人であるため、ギルドに対する恐怖はひとしおだろう。


 リンクスとミリュの第二の誘拐先はギルド本部であると分かったが、この先どうするか考えていると俺はあるひとつの考えにたどり着く。戦力補充にはもってこいだ。


「ドリュード。お前、幾つか貸しがあったよな?」

「……何のことだかわからんな」

「へぇ。ユウの大事なことを忘れるのが大人なんだ?」


 アルトが指をパキパキ鳴らしながら笑顔で語りかけると、ドリュードの顔がみるみる青くなっていく。例え貸しが無くてもあると言わざるを得ない状況を作り出すあたり、もう彼女には感謝の念しかない。


「お前、手を貸せよ」

「……は?」

「生徒救出のな。ついでに今のギルド本部も潰す予定だからお前からしたら一石二鳥だろ?」

「……はぁ。お前、いい頭の医者紹介してやろうか。あそこにに連れてかれた時点でもう運命は決まってる。無理に――ってぇ!?」


 半目で俺を睨みつけて馬鹿にされたのでつま先を踵で思いっきり踏み付ける。このつま先攻撃は羽交い締めされた時にも役に立つスグレモノだ。ぜひとも使って欲しい。一つ星が叫び声を上げるほど痛いぞ。

 しゃがみこんで踏みつけられた足を抑えながらドリュードは涙目で俺に訴えかけてきた。


「おまっ――なんてことをっ?!」

一つ星(シングルスター)が恥ずかしくないの? ボクがいるっていうのにさ?」

「そうだぞ。こちとら天上天下てんじょうてんかのアルトに万里一空ばんりいっくうのレム。櫛風沐雨しっぷうもくうのシーナがいるんだ負ける要素がないな」

「……お前ほんとに何いってんの?」

「意味が全然通じませんが」

「ゆう、だいじょうぶ……ですか?」


 流石にふざけすぎたようで周りからは冷たい視線が突き刺さる。

 特にシーナからは『ふざけないでくださいと言いましたよね?』と威圧の意味を込められた鋭い視線を当てられていた。アルトなんて見て見ぬふりをしている。今度こそフォローする人はいなかった。

 ちょっと意味が通じなかったのは寂しいが、ともかくだ。


「お前がリンクスミリュを差し出そうとしたのは、お前の家族のためだろ?」

「……っ! ……はぁ。知ってんならあいつ止めてくれよ。そういうのは、あんまりおじさんのキャラじゃねぇからさ」

「何か言いましたか?」


 俺の考えは、リンクスとミリュを交渉材料にしてソフィという彼の義理の妹を取り返す予定――と考えていたのだが、どうやらドンピシャであったようだ。


 記憶を少しだけ覗いてから分かったのだが、こいつは行動を起こすまでの計画性が単純過ぎるのだ。把握は容易である。


「てなわけでだ。お前の責任もあるって自分で物申したんだ。責任問題だ。貸りなんて問題じゃないな。手伝え」

「……拒否るといったら?」

「…………」


 レムの黒い笑顔が九尾の尾先とともにドリュードに向けられる。

 まるで拒否ったら殺すと言わんばかりの暗黒な笑顔である。おい誰だまだ綺麗なレムにそんなの教えたの。


「そうです。その笑顔です」

「お前かシーナ」

「その笑顔も可愛いよっ!」


 喜ぶ二人に対してレムは黒い笑顔を浮かべたまま待ち構えているアルトとシーナに応答する。

 違うんだレム。それは受け答えする時の笑顔じゃないんだ。


「……ははは。お前ら。そんな調子で、本当にギルドを壊せるとでも思っているのか?」

「人間思い込みが大事なんだよ。魔法だって思い込みだろ?」


 乾いた笑い声に対して俺は薄ら笑みを浮かべながら返す。

 我ながらこの返しは完璧だったとは思うのだが、人間じゃない人もここにはいることに気がついてちょっと訂正したくなる気持に駆られる。


「……魔法を思いこみ呼ばわりなんてな。魔法がない世界にでもいたのかよ」

「……さぁな」

「あーあっ! なんかもうどーでも良くなってきちまったよ。お前らについて行ったら間違いなく何かやらかしそうだし、保護者として、おじさんも貸しを返すつもりで頑張っていきますよっと!」


 思いっきり伸びをした後、彼はロケットペンダントを胸元で光らせつつ唯唯諾々と従ってくれる意を見せてくれた。

 俺は北叟笑むと同時に周りを見渡す。


 そして、無表情になってしまう。

 その部屋はボロっボロさが酷くて。


「シーナ。どうすんだこれ」

「さぁ?終わったあとに考えればいいのでは?」

「お前の部屋だよな」

「拠点です」


 別に気にしていないのならいいのだが、彼女の借りた部屋を汚したのは少々心残りになるな。破壊したのは主に彼女自身ではあるのだが。


「ユウ! もういこ? 体の調子はそのようすだと大丈夫だよね?」

「ああ。そうだな。バッチリだ」


 受け答えた後、変幻を使用して髪色、目の色を変える。それに従って女子勢も使用し、ドリュードは眼鏡をかけた。あれも一応魔道具なのだろう。


「転移でいいか?」

「え? むしろそうじゃないの?」

「流石に五キロは遠い……です」

「一気にギルド本部まで――と、言いたいところですが、転移にしてしまうと必ず検問を受けるハメになりますね」

「どれだけ別の場所指示しても検問所へ飛ぶんだよな。どうなってるのかは知らんが」


 どうやら直接、とは行かないらしい。シーナがいうには魔動車を利用した方が安全策であるという意見が出た。


「なら、目標変更だ。最初に魔動車を使用してギルド本部に侵入、リンクスミリュを救出、お前は適当にやっててくれ」

「……へぇ、適当にやってていいんだな。了解だ」


 ドリュードのことだ、彼の妹の場所へと真っ先に向かうだろう。救出は正直数人いればいいし、転移石もまだストックはある。可能なはずだ。


「次は、集合してから考えようか。作戦通りに行かないのが戦場だ」

「おお、ユウも分かってるね! ボクも最初は苦労したよー」


 うんうんと相槌を打つアルトは戦場をいくつも経験したということだろう。隣にプロフェッショナルがいてなんだかすごく心強い。


 各々がもう何度目だか分からない決意を示し、転移する。目的地はドリュード倒れていた駅の外だ。外からなら怪しまれる率は少ないはず、である。先程より人が多い気がするが、気のせいだろう。ついでにだが、俺達と同じように転移してきた人も数グループ確認できた。祭りでもやるのか?


「さてと、ここから魔動車に乗るんだよな?」

「とりあえず、団体者用にしましょう」

「そんなのある……ですか?」

「あれです」


 指さす先にはバスのような長方形の黒い車両。窓はないがレールの上で浮いていなければただのバスである。形、上部にある電光掲示板といい、もう完璧である。


「……思いっきりバスだな」

「んじゃいこ――っ!?」


 各々が歩き出したので、俺とアルトもついていこうとしたその時に ぞわり と、背中から全身へ、神経を逆撫でされたような不快感に襲われる。


(後ろに、なにかいるッ!?)


 二人してほぼ同時に武器をすぐにでも抜刀できるような勢いで振り向けば、そこには大きな人だかりができていた。

 その中心には俺達が転移しても、人々が大きな反応を及ぼさなかった理由もそこにはあった。


「あはは。人気者だね」

「もー!お兄ちゃんお忍びで来るはずだったでしょ!」

「サンガっ!いまからギルドに遊びに行くんだよね!」

「あはは。まぁね。でも王様のお願い、忘れちゃダメだよ?」

「「はーいっ!!」」


 小さな女の子に囲まれた勇者が、優しくて甘ったるい声で、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「……まじでか」


 タイミングの問題って、所問わずあるよな。


追記2016/03/09 誤字修正しました

高覧感謝です♪

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