表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七罪の召喚士  作者: 空想人間
第九章 裏の世界と表の世界
173/300

進軍

 ポタリ、ポタリ、と水の落ちる音が耳に届く。この音だけを聞いていればこの世界に転生した当初を思い出す。

 ――この悪臭さえ無ければな。いつもいつも、このような条件が悪くなければ最高な気がするのは気のせいだろうか。


「……ゆう、もうだめ……っ」

「下水を歩かせるなんてどこの怪盗だろうなまったく」

「シーナっ……風魔法は?」

「これからは戦いです。こんな事に魔力を使いません。耐えてください」


 ああ無常。なんて感想も抱きながらも俺達は鼻をつまみつつ、湿っていて暗い下水道を進んでいく。

 この匂いは人間の排泄物だけではなく、工業用下水も混ざっているようで、とんでもない香りになっている。

 ここ抜けた時に清潔石を使わなければ、この独特な匂いが染み付いてしまうかもしれない。


 最初は土の中のトンネルの中を歩いていたのだが、途中からは下水に入ると地図には記されていたのだ。

 これで無駄足だったりしたらもう許さないからな。誰とは言わないが。


「それにしても……結構歩いてるんだけどな」

「もうボク飛んでいっていい?」

「私も走っていきたい……です」

「待ってください。この下水道にも異常な魔力、振動を感知する大規模な魔道具あるらしいので、無理に飛ばすと危険かと」

「なんでそんなハイテクなもの下水道に付けてるんだよ……サイバルなんてそんなシステムすら無かったぞ?」


 あの街なんて自動ドアも無ければ車もない。挙句の果てにはトイレだってボットンだ。

 そんな田舎と比べてなぜこんな格差があるのか。地方がむせび泣く声が聞こえそうだ。少しぐらい技術力を分けてあげてもいいのに……。


「サイバルなんて闘技場であることと、のどかであることしか特徴がない街です」

「要するに、田舎だね。……あの街でユウにおんぶされたんだっけ? 」

「忘れてくれ。ついでにニヤつくな」

「ワタシは、あっちのほうがいい……です。それでゆう、おんぶした……ですか?」

「へぇ、貴方達。随分とまぁ――」


 戦闘前とは思えないほどゆったりした会話だ。緊張がほぐれるようでこの他愛ない会話も良いのかもしれない。……本当にこの悪臭さえ無ければな。


 戦闘の作戦についてだが俺の経験上、計画通りに進まないことが殆どだ。大雑把に決めておいて、後は個々の判断に任せるのがベストだろう。


 無駄に作戦を意識しすぎて怪我でもしたら本末転倒だ。

 こちらは戦闘を仕掛ける側だが、モットーは安全第一にしている。

 軍師の顔に声を荒らげながらパイをぶつけるようなあまーい作戦だが、これでいいのだ。


 と、ここで気配探知の感知範囲ギリギリに青色のマーカーが二つ現れる。この色は俺が味方と判断した人につく色だ。詳細を見てみると――


「……リンクスとミリュの気配を捉えたぞ。どうやらこの道筋であってるらしいな」

「やっとですか」

「ゆう、いそぐ……です」

「走ると感知されるから焦るなよ? ……それにしても、なんでセンサーが下水道何かに設置されてるんだろうな。どうやって下水掃除をしてるのやら」

「気にしちゃいけないよ!ふふ、楽しみになってきた!」


 二人を見つけたとの発言を聞いた途端、ガラリと空気が変わる。アルトは笑顔のままなのはいつも通りである。

 他の各々の切り替えは日常から戦闘モードへのスイッチが切り替わった証拠でああった。


 リンクスとミリュの歩くスピードはそれほど早くない。

 外に連れられているのか、それとも自身で脱出して情報を収集しているのかは分からないが、強者の気配が集まっているギルド本部と思われる場所に向かっているようだ。

 あまりこの場所で長居をしていると、本当に救出が困難になりそうだ。


 その後の俺達は気合が入ったためか、そこからの会話は全くと言っていいほど無くなり、足音と水の流れる音だけが何の遮りもなく耳に届く。

 そして数分後、ついに出口と思わしき場所が見つかる。


「……あれか?」

「うん。多分そうだね。さっきからボクの体全体に嫌な感じが凄く来るよ。魔族避けみたいだけど、ユウのおかげで全然気にならないなぁ」

「それになんだか……がしゃんがしゃん って聞こえる……です」

「マシニカル特有の駆動音です。街中の殆どが機械なので、まだこれでも静かな方ですよ」


 目の前に見えたのは赤くて大きなバツ印の付いた横穴。恐らくはその先がマシニカルの街へと繋がっているのだろう。


 横穴は中腰でなければ通れないほどの狭さであったたが、誰も文句は言わずに通ってくれた。


 その小さな穴を抜けた先に見えてきたのは遥か高くまで縦に伸びた空間であった。この開けた場所は横の広さも十分であり五人が入ってもまだ余裕があるほど広い。

 地面のようすから、以前は水が張られていたことが予想できた。


 女子一同は周りをキョロキョロと見回した後、差し込む光が無いことを疑問に思ったらしく、シーナは俺に質問を投げかけてきた。


「鉄の梯子があるのにその先には何も無いように見えます。まさかとは思いますが、行き止まりでしょうか?」

「いや、違うな」


 周りは暗くて見えにくいが、今の俺なら梯子の繋がった上方にあるものが鉄の蓋であることが理解できる。

 通ってきたのは下水道、この計算されたような高さと足掛け。考えられることは一つだ。


「さ、登るぞ」

「えっと、ゆう……上は天井……ですよ?」

「大丈夫だ」

「ボク先いく?」

「ここは俺に行かせてくれ。間違ってたら恥ずかしいしな」


 レムは心配そうな表情をしながら上を見上げているが、やはり光が見えないのにも関わらず上に向かうのは少々恐ろしいことなのだろう。


 因みに俺が先に行くと名乗り出た理由は彼女達の服装にある。


 アルトのボトムスは藍色のミニスカートであるうえ、レムは白いキュロットだ。

 シーナは学生服であるものの、彼女のもスカートそのものだ。

 この事から共通すること、それは下から覗けてしまうという利点――じゃなくて、俺の名誉に関わる重大な問題が発生する。戦闘前に無駄なリスクは負いたくないものだ。


 もちろんのこと、マシニカルへ通じる道が正しいことは分かってはいるのだが、ここで『スカートの中身見えそうだから先行くわ』なんて言えるほど勇気はない。なので嘘を言わせていただいた。


(若いのぉ)

(考えすぎですね。しかし、我らが登っている時にユウに追いかけられたら……)

(おおう、考えるだけで身が震えるな。梯子に一足かけた時点で蹴落としそうじゃな。なはは)


 どうやら聖霊たちも一応女の子としての意識はあるようで、何やら腕を組んで首を縦に振る光景が脳裏に浮かんできた。


 そんな会話を体の裏で聞き取りながらも、何の苦労もなく梯子は登りきれた。

 天井に触るようにゆっくりと上へ手を伸ばせば、冷たくて平たい感覚がある。


「よっと」


 持ち上げるように片手で軽く押し込んでみると、僅かながら動くマンホールの蓋を見て少々安心する。

 動かしたと同時に、朝日のような光が柔らかい光が暗い下水道の中へ入り込んでくる。

 ああ。もう完全に朝か。


「なるほど。そういう仕組みになっていましたか」

「そういえばドワーフさん達のおうちは……地底でした」

「とうっ!!」


 気配探知を展開しつつも、クリアリングはしっかりと行う。

 もし、街のど真ん中でマンホールが勝手に動いて、なおかつその中から人が出てきたとなれば大騒ぎだろう。


 そうならないようにまずは少しだけ開けた後に上を覗いて――と、警戒していたのだが、アルトはそんなことは関係ない! と言い張りたそうな喜々とした表情で俺の持つ蓋に向かって飛行してくる。

 羽は見えないが、恐らくは展開して飛んでいるのだろう。


「おいっ……!」

「ふふっ! いっちばーん!!」


 警戒を強める俺を差し置いて、マンホールの蓋を吹っ飛ばしつつアルトは下水道から真っ先に抜け出る。

 この周りに人の反応はないが、もし居たら不味い。

 突然マンホールの蓋が上空へと舞い上がるのだ。手抜き工事で済むとは思えない。


「コチラ異常なーし! なんだかボク、兵士みたい……!」

「……テンション高いのはいいが、危ないぞ」


 遅れながらもマシニカルへ身を乗り出した後、風魔法でマンホールの蓋を優しく受け止めて地面に置く。

 臭かった水道を抜けたため、空気を大きく吸い込もうとしたのだが――


「ごほっ……空気悪いなここ」

「そうかな?」

「都会ですからね。そう言えば、ユウナミは田舎育ち、でしたっけ?」

「うっ、ここも空気が良くない……です」


 田舎育ちの俺と、都会田舎の概念がないレムは空気の悪さに思わずむせ返る。彼女は梯子を登ってきて早々に顔を歪めていたのでちょっと可哀想に思えた。


 ここの空気は街の中にいるのにも関わらず、工場の排気ガスを吸っているかのような気持ち悪さを覚える。

 また、周りには特に目立った建物がない。

 体育館のように大きい倉庫が幾つも連なっているので、誘拐等が起こったら人質を隠すのにうってつけな場所だろう。


「とりあえずはこれだな」


 清潔石を魔法陣から取り出して地面に叩きつけるように割ると、ミントのような爽やかさを含んだ風が俺達の体を吹き抜ける。


 その瞬間、身体はベトベトしていたり、イヤな匂いがこびりついていたのだが、まるでお風呂に入った後のような爽やかさに包まれる。

 何度体験しても病みつきになりそうなほど気持ちがいい。


「さて、まずは追いかけようか」

「ここから――五百メートルぐらいだね」

「あっという間に行けそうですね」

「早く連れ戻してあげる……です!」

「……待ってくれ」


 今にも向かおうとしたその時に、気配探知に黄色いマーカーが接近していることに気がついた。

 黄色いマーカーは敵の証ではあるが、まだこちらには気がついていない場合に付けられる印である。

 そして、なにより気になるのが普通の人間では出せなさそうな猛スピードでこちらに向かってきていることだ。何か焦っているのだろうか。


 また、気配探知のマーカーは赤が敵対対象、緑が中立、青が味方、黄色が敵だがこちらに気がついていないという判別を付けている。

 気配探知のレベルが最大になったため、このように分別が可能となったチートなスキルとなっている。感知範囲はおおよそ一キロほど。


「ん? どうしたの?」

「誰かこっちにくるぞ」

「逃げる、ですか?」

「まさか」


 小さく笑う。ここで逃げてしまったら余計怪しまれる上、逃げる理由もない。スルーするのが得策だろう。検問もなかったしな。

 ……ん? 検問?


「アルト、この街に入る前に検問ってあったか?」

「うーん、どうだったかなぁ。ボクはここには結界が貼ってあるから、寄る気になれなかったから分かんないや」

「当然ありますよ。一応この場所は人間界でも屈指の武器保有国ですからね」

「そうだったのか。なら検問通過した後は印とかは渡されたり?」

「しますね。ギルド本部に所属しているものはそれで代用は利きますが。って……まさか」

「あっ」


 アルトは博学とはいえ、マシニカルにはシーナの方が詳しいようだ。この街については彼女に聞くことにしよう。

 アルトがむすっとした顔をしたが敗北感のためだろう。


 さて、レムが何かを察したような声を上げ、シーナは半目になったがここで問題だ。俺はいまから何をするのでしょうか。


「蓋は戻して……っと」

「来るよ? ぼこぼこにする?」

「相手の出方によるだろうな。出来れば会話で済ませたいんだが」


 薄い笑みを浮かべながら肩をすくめる。

 彼女達からはいろいろな視線を受けつつも、遠くからいくつもの足音が聞こえてくる。

 そして足音の主は焦ったようすで俺達を見つけた途端、彼らはいきなりたくさんの質問を投げかけてきた。


「おい! お前ら冒険者だな!?」

「シーナか!? なんでお前がここに――」

「ドリュードの行き先を教えろ!! って誰だお前ら」

「ちっ、名前も知られてないほど弱小と組むなんてお前も落ちたもんだな」

「おい、そんなことどうでもいいから、さっさと行き先を教えろ」


 丁度よく、ギルドメンバーらしき男達が俺達と同じ人数分だけ現れた。もうこれでさえ女神が仕組んでいるように思えてきた。


 もはや彼らの言い分は有無を言わせないほど圧倒的なもので、俺達は背の高い大男たちを見上げることしか出来ない。

 まぁ、その見上げている時の視線は全員が猛禽類のような鋭い目をしていたのだが。


「おいなんだよ。その目」

「シーナ、お前ら。そんな目をして無事で済ますと思うか? 」

「…………」

「そんな細い腕で何が出来るってんだ? 雑魚は雑魚なりに大人しく情報を渡せよッ!」


 男達は威圧感を迸りながらにじり寄ってくるが、俺達は笑みを深めるだけだ。


 遂に男達が俺達の手が届くような近距離に近づいた瞬間、その表情に恐れを抱いたのか、男グループの中の一人が恐怖のためか声を押し殺したような音を発する。が、既に遅い。


「ものを頼む時の態度はぐらいしっかりしてくれよ?」

「お願いします、だよね?」

「……どちらにせよ。許すつもりはありませんけどね」

「ちょっと失礼する……ですッ!!」


 レムの気合の入った声を合図に、一人一発づつ男達に素早く攻撃を与える。


 俺は相手の延髄に高速チョップを、アルトはデコピン、レムはアッパー、そしてシーナは杖の柄の部分でみぞおちを狙い打つ!!


「「うぎゃうおぬうぁなぁッ!?」」


 それぞれが断末魔をあげた後、俺達の周りで爆発があったようにスパパパァン!という小気味よい音と衝撃波が炸裂する。その衝撃に耐えられなかった男達はなす術もなく慣性に従って飛んでいった。なんだかシュールである。

 その時の各々の目は、まるで獲物を前にした虎のようにギラギラと光っていた。


 この行為は 巻き上げ と何ら変わりないとは思うが、郷に入っては郷に従えって言葉もあるくらいだ。治安の悪さに従っただけだよ。……それは従っちゃ駄目だろって声が、体の内側から聞こえる気がするけど気のせいだ。


 それにしても少々リアクションが大きいような気がする。力は抜いたつもりだったのだがな。


「ハイハイ回収回収っと」

「え、ボクデコピンなのに」

「ワタシも力を抜いた……です」

「大体こんなもんですよ。治安はそこまで良くないので、雑魚が粋がっているだけです。強い人は大体隠して生きていますよ」


 能ある鷹は爪を隠す。言ってしまえばこの人たちは能無しということだろう。ギルドカードは貰っていくがとりあえず頑張れよ。

 のびている男達からギルドカードを抜き取ると、ランクの高さに驚く声が多数上がった。悪い意味でだが。


「……こいつらでCランクか」

「あれ? ユウはランク幾つだっけ?」

「一番下だな」

「ならこの人たちは詐称……です」


 レムのドストレートな意見は、俺でさえ心が痛くなるような台詞だった。絶対に彼らと同じ立場に立ちたくない。


 気配探知を覗いてみると、リンクスとミリュはギルド本部と思われる場所。強者がわんさかいる場所へとかなり近づいていた。そろそろ急がないとな。


「身分証はこれでいいか。これに顔写真もないしな」

「では、参りましょうか」

「早く助ける……です!」

「マシニカルの内装も魔族こっちからしたら気になるけど、とりあえず早く行動しよ!」


 男達はロープで縛った後、倉庫の端の方へ置いておいた。この人の隠し方といい、まさに潜入任務といった感じだ。


「リンクス達の動きによるが、多分この流れだとこのまま本部に潜入する。皆、準備はいいな?」

「任せといて!」

「バッチリです!」

「急ぎましょう。時間はあまりありませんよ」


 もう忘れ物はない。そして後戻りもできない。ここからはおふざけなんて通じない世界であり、本気で戦わなければ死あるのみだ。


 そうならないために、俺は先ず行動してギルド本部の周りは崩してあるし、彼らの信用も今のところ完全回復はしていない。

 そんな侵入しやすい状況なのだ。華麗に救出してみせようじゃないか。


 気合を改め、俺達はギルド本部へと向かって駆け出した。


高覧感謝です♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ