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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第九章 裏の世界と表の世界
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苛立ち

 まだ少しだけ残っていたポーションをぐびぐひと飲み干すドリュードはいつになく真面目な表情であった。


「まず、これを見てくれ」

「依頼書か?」


 彼がジャケットの中から取り出したのしは一枚の羊皮紙。


 これはギルドの手続きに必要なもので、依頼を受ける際にサインをして提出するものである。

 そのため、依頼を実行する人が持っていても意味が無い。手続きをしなければただの紙切れなのだ。


「なんで持ってるって思っただろ? お前らは知らんだろうが、Aランクを超えればギルド本部のハンコひとつでいいんだよ。だから支部にはそんなに高ランカーはいないんだ」

「また適当な……」

「まぁ、本部にばそれぐらい信用があると思ってくれ」

「でも君達はギルド本部を悪く言ってるよね?」


 アルトがパンを食べながら問いかける質問は、ドワーフ達の抱いているイメージと矛盾する点を指摘するものであった。

 静まり返ったこの店内で、ドリュード腕を組みながら渋い顔をして語り継ぐ。


「それがまた厄介なとこなんだよ。まぁ、依頼書を見てくれよ」

「えっと……これ、内容が……」

「そうなんだよ」


 その依頼書の内容は、食事をしているレムの手を止めるほど信じられないことが書いてあった。

 依頼の内容は魔物退治であるのだが、その失敗条件があまりにも割にあっていない。


「参加資格一つ星(シングルスター)以上、成功報酬は置いといて、失敗した場合はランクを強制降格、なおかつ懲罰金? なんだこれ。お前が勝手に作ったのか?」

「なわけないだろ。オレがそのランクの現役のときは、失敗するとだいたいそれに似たようなもんばっかりだ。あと、依頼内容に国も絡んで来た場合は命を差し出せ、なんて書いてある時もある。人一人の命で済めば安いもんだとギルド側は思ってるらしいが」


「でも、何でこんなものを受けようと思った……ですか?」


 レムの質問は、そんなデメリットの大きな依頼は受けなければ良いのに、という意思を含んだものであった。

 俺達はギルドの依頼を受ける際には面倒臭いとの理由だけで拒否することが多少あったりするので、成功報酬よりデメリットが多い事に関わらず生真面目に受けようとする彼の精神が理解出来ない。


「ああ。お嬢ちゃんの言うとおり、普段の俺だったらこんな不条理な依頼なんて受けねぇよ。だがな、人質が取られてるってなったら、どう思う?」

「人質? 取られてるの?」

「ああ。取られてるよ。そのお陰もあってオレはお前らに対してさんざん悪いことをしてきたんだよ。……だから、その件は本当に申し訳ないと思ってる」


 そう言って彼は浅く頭を下げる。

 しかしここで、彼が頭を下げられているのにもかかわらず、まだ俺達に対して何かをしてきそうな予感がしたのだ。


 やはり一度でも裏切られれば信用ならないのは当然といえるのだろうか。


「へぇー……そうなんだね」

「知らなかった……です」


 レムの表情はどこか納得している表情だが、アルトの顔色は変わらずで、未だに疑いの目を向けている。彼女もどこかしら違和感を感じ取ったようだ。


「と、言うわけだ。前回のオレは降格と罰金だけで済んだが、今回の依頼ばかりは許されないと思う」

「そーいや言ってなかったな。どんな依頼なんだ?」


 ドワーフのコックが三皿目のクロワッサンをレムに届けながらドリュードに語りかける。

 この彼女は口調こそおとなしいが、僅かな間でもう三皿も食べたのは相変わらずと言ったところか。


「それはだな……あー……お前らには言えなさそうだ。色々バラしそうだしな」

「そんな得のないことはしねぇよ」

「おいおい、俺らが信用出来ないっていうんか?」

「これは妹がかかってるからな。調子に乗って情報を漏らしてあいつが危険な目にあったらたいへんだ」


 そんな事を言うドリュードの顔はより一層苦々しくなり、答えは曖昧なものだった。やはり何かを隠しているよう見にもみえる。が、ここでストレートに聞いても口を開かないのは目に見えている。

 話を変えてみるか。


「お前ってシスコンか?」

「……しす、こん? なんだそれ?」

「……あ、こっちでは通じないのか。妹を恋愛対象に見てるかってことかどうか聞いてるんだよ」

「…………」


 アルトが無言で彼から一歩距離をとる。

 彼女も一応妹の立場にいるのだが、その性癖は理解出来なかったのだろう。

 レムは頭にはてなを浮かべながらそのお皿の最後のパンに手を伸ばす。


「……ちげぇよ。とりあえずそれは違う。冗談には言っていいことと悪いことがある。やめろ」

「またまたご冗談を――」

「だからちげぇっつうの!! いい加減にしろよッ!!」


 彼はカウンターのテーブルを強く、そして怒りをぶつけるが如く、思いっきり叩いてしまった。カウンターにはビキビキと大きなヒビが入る。

 その顔つきは真剣で、なおかつ怒りが篭っていた。


 彼が言う妹という存在に、俺達が考えている意識とは大きな差があることは明らかである。

 一体何をそんな怒っているんだろうな。本当に軽い冗談のつもりだったんだが。


「おいあんちゃん、謝っときな。こいつの妹はこいつの死んだ彼女の妹なんだよ。だからすぐカッとなって――」

「言わなくていいさ。どうせコイツには分からないだろうからな。大切な者を失った悲しみや怒り、逆らえない圧力への無力感。何一つ経験してないお前に、オレの気持ちが分かってたまるかよ」

「ちょ、ちょっと、言い過ぎでしょ?ユウも何も経験してないってわけじゃ――」

「俺が何も経験してない、だって?」

「ゆうも落ち着く……ですっ!」


 流石にこれだけ言われて俺も黙っているような男ではない。

 俺もあいつも席を立って戦闘モードにもほど近い勢いで近づき、胸ぐらを掴む。


 今現在の場所、周りにいる人なんて関係ない。

 ただ、俺が何も経験をしていない、という言葉に腸が煮えくり返るような憤りを覚えた。こいつは俺の何を知っているんだっての。


「ほら見ろ。お前も怒ったじゃねぇか。少しはオレの気持ちが分かったか?」

「分かるわけねぇだろうがテメェの気持ちなんてよ。俺の何がわかるってんだよ?」

「分かってもねぇ奴に知ったような口を言われるとこれだけ怒りが込み上げてくるんだっつうの!! それぐらいは覚えとけクソガキ!」


 はっと気がつけば、視界が衝撃波と共にぐらついて、ぶれる。理解出来たのは彼が俺の頬に向けて拳を振り抜いたということ。


 障壁を貼っているので直接は攻撃されてはいないが、脳震盪が起こりそうなくらい凄まじい衝撃が走る。おそらく彼なりの全力の一撃だったのだろう。


「ぅぐっぁっ……!?」

「ゆう?!」

「ちょっと! 何す――っ」

「結局お前は大きな存在の後ろに隠れて威張ってるだけなんだよ! 分かるか!? この魔王の実力の恩恵を受けて、周りからの圧力に逆らってるだけなんだよ!! その恩恵もあってお前は何一つ失ってねぇ!! 最高だよな、いい仲間がいるってのはよ!? 一人じゃ何も出来ない癖にいきがってんじゃねぇぞ!? 救いたければ救えだ? 助けを求めればいいだ? そんなもんが出来たらとっくに求めてるに決まってんだろうが!?」

「くっ……うるせ――っ!?」


 反論しようとしたその時に、何処からか

 冷たい水が大量に左からぶつかってくる。

 まるで三杯ぐらいのバケツの水を一気に浴びせられたような感覚だ。結構多い。


「「ぶはっ……!?」」

「おい男ども!! やるなら外でやりな!!」

「「……………」」


 先程は喧騒で溢れていた店内が、ドワーフの女性の声と一喝により、静寂に包まれる。

 水をかけた彼女が去った後、ポタポタと水が垂れる音だけが数秒間の間、嫌なくらい鮮明に耳に届いた。


「……クソが」


 ドワーフの女性の次に動いたのはドリュード。苛立たしげな表情のまま店内のドアを蹴破らんばかりの勢いで開け、里の中へと消えていった。


 しばらく時間がたって徐々に氷が溶けていくように周りの喧騒戻っていく中、俺は未だに動けずにいた。


「…………」

「えっと、ユウ。大丈夫?」

「いたい……ですか?」

「……悪い。ちょっと一人にしてくれ」


 考えてもいない言葉が口から出た。

 彼女達に声をかけられてやっと意識が現実に戻ったのはいいが、体も、足も、アルトとレムから遠ざかろうとしているのがはっきり分かった。


 濡れていないお金をヒビの入ったカウンターに置いてすぐに無言で店から出る。

 向かう先は分からないが、とりあえず今は誰とも関わりを持ちたくなかった。


「………はぁ」


 周りはわっせわっせと仕事をしている。仕事内容は鉱山業やら、鍛治屋やら様々であるが、生き生きとしていた。

 そんな彼らに対して俺は、悶々としていた。


「…………」


 思い出すのは、やはりドリュードが俺に面と向かって言い放った言葉。

 アルトがいるから俺は圧力に逆らえるだって?

 あいつが言う 圧力 というものがギルドだとするならば、俺がギルドに反抗的な態度を取れるのはアルトという虎の威を借りているためと言いたいらしい。

 そんなつもりで対応してるつもりはサラサラないんだがな。……だが


「……よく考えてみれば、周りからはそう見えてるってことだよな」


 アルトは闘技大会での実績、勉学での実績が伴っている。

 対して俺は特に何も無い。挙句には彼女との勝負に勝ったもしても、イカサマ疑惑をかけられる。


 この事と彼のセリフから察するに、俺とアルトでは同じ立場の人物と思われていないらしい。


「……これは置いとくとしても、俺はこれでもまだ経験してない、か」


 ドリュードが怒っていた原因である、彼の妹について。

 水を掛けられて外を少し歩いて頭が冷えたのか、少しは冷静な考えを浮かべることが出来た。


 恐らく、彼は俺がアルトやレムを馬鹿にされて怒ることとほぼ同じ理由で、妹を馬鹿にされたと思い怒っていたのだろう。

 自分の立場に当てはめれば、何ともわかりやすいことだ。


「はぁ……人間の気持ちって本当に分かんねぇ……」

「おう! どうした兄ちゃん! 元気ねぇな!」


 不意に声を掛けられたので声のした方向を向くと、これまた他のドワーフと判別のつきにくい中年のドワーフの男が一人。

 相変わらずこれまで見たドワーフと区別がつかないが、とりあえず無視だ。

 今は誰ともかかわり合いたくない。


「っておいおい!無視すんなよ!」

「すみません、急いでるんで」

「あのお嬢さんを連れないでどこ行くっつうんだよ! まぁこっちこい!」

「急いでるんで」

「おっと、別の女がいるのか?」

「……………いませんよ」


 浮気なんて俺がするわけがないが、さきほど考えたように世間的にどう思われているかは不明だ。

 それにドワーフは噂が好きなこともあって俺が浮気をしてしまっている情報はあっという間に広がる。

 ガセだとしても、彼女に伝わったら弁明等でとてつもなくめんどくさい事になるだろう。


 本気で素通りしようとしたのだが、最後のセリフを無視したら本当に怪しまれそうだ。なので踵を返してカウンターの向こうにいるドワーフの元まで戻る。


「何でしょうか」

「はっは! そんな物凄い嫌そうな顔すんなって! まぁ、まずは左の扉から入って奥に来てくれ!」


 そう言い放ってカウンターの奥へと消えていくドワーフは本当に粗雑であると思う。


 彼の命令に大人しく従い、最奥であろう場所へたどり着けばそこはまさに鍛治屋の工房という言葉が最もぴったり来るであろう場所であった。


 薄暗いこの空間でも多人数のドワーフ達が忙しなく働いていた。辺りを見回せば、剣などの様々な武具がたてかけられていたが、なにより一番に目を引くのは赤熱した大剣をドワーフ達が運ぶ光景と、暑さをものともせずにそれを叩く多くのドワーフ。


 赤熱した大剣は高さ三メートルほど大きな窯から出てくるうえ、釜の奥では人なんて簡単に燃え尽きそうな高温の炎がちらりと見えて恐怖感を煽る。

 他にも高い天井には幾つものパイプが伸びていたり、乱雑な空調設備は一切の洒落気はなかった。 


「元気がない時は剣を打つに限る! 試しに一緒にやってみようぜ!!」

「いや俺本当に未経験なんだが……」


 好意で連れてってくれたかと思えば。ただ単に人手が足りなかったらしい。

 俺の慰めてくれると思った純粋な心を返せ。


高覧感謝です♪

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