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七罪の召喚士  作者: 空想人間
第九章 裏の世界と表の世界
163/300

ドワーフと三種族

 目の前で小さいとはいえ体格のいいおっさん達がハイタッチをしているのは、やはり違和感がある。


「この野郎……! あんな危険なところ行くなんてどうかしてるぜ!!」

「でもまぁ戻ってきたんだ!! ほんと無事でよかった!!」

「はっはは! まぁ壁に埋まったがな!!」

「これまたアーロンは冗談がうまいな!!」

「帰還を祝って宴だぁっ!! おい!準備を急げ!!」


 俺達の案内をしてくれたドワーフはアーロンという名前であるらしい。

 彼は自らドワーフの集団に向かい、すぐ囲まれてもみくちゃにされていたが、その表情はなんとも幸せそうなものであった。


 俺達を差し置いて。


「ところで、お前らは――?」

「あ、ああ。そこのドワーフを助けた人間だ。人間だとはいえ、別にどうこうしようってワケじゃないから安心してくれ」

「人間を毛嫌いしているアイツがこっちまで連れてきたということは――うん、そうなんだろうな」


 アーロンとさほど変わりないドワーフが話しかけてくる。よく見ないと間違えそうだ。


 変幻はダンジョンに入った時に解いているため、レムもアルトも人間には化けていない。だが、ドワーフ達は全くその事を気にしていないようである。気が楽だ。


「とりあえず! アーロンを助けてくれて感謝するぜ!それよりあんちゃんとお嬢さん、黒髪とは珍しいな。それにそこのお嬢ちゃんも尻尾が一、二、三……」

「乙女にはいっぱい秘密がある……です」

「なるほどなぁ」

「レム、もしかしてドワーフに対してはそんなに人見知りしないのかな?」

「なんか、いけそうです」


 見知らぬ相手に、冗談を言えるほどコミニュケーションが取れる彼女は初めて見た。どうやら獣人とドワーフ相手には人見知りはしないらしい。


「ふぃー、さ、とりあえず三人とも、長老の屋敷に来てくれ! 宴会の準備をしてくれるらしいし、長いあいだ歩いて疲れただろう?」

「二人はそれでいいか?」

「ボクはそれでもいいよー」

「ワタシも、問題ない……です」


 されるがままであったアーロンが帰ってくると、いきなり里長の家に招待してくれることを伝えられた。

 別の人種が着たら大使館に連れていかれるものだろうか。

 人間代表のつもりも責任も全く持っていないが……


「こっちだ。付いてきてくれ」


 付いていく最中このドワーフの住処のようすを観察する。

 洞窟の中であるのに、至るところにある工房の煙突から煙がたっており、武具の専門家が集まっているような雰囲気を受ける。排煙は風魔法の影響からか、洞窟の中心、天井の大穴の向こうへと流れていっている。


 家々のようすは、洋風和風混ざっていて、なおかつ規模はは小さいものの殆どが工房に繋がっている。

 どこもかしこも常設されたカウンターなどから物々交換がスムーズに行えそうだ。

 気配探知には感知できる最大の距離まで生体反応は確認できたが、あまりこの里は大きくなさそうだ。


「ドワーフの里ってこれだけか?」

「そんなことは無い。もっと奥にも大扉があるし、区切られてんだ。まぁ最下層は瀕死のクソジジイ共しかいないけどな」

「瀕死のクソジジイって……そんな言い方して大丈夫なの?」

「ああ。わしも最近下層入りしたとはいえそのひとりだからな。こう見えてもう六十八年生きてる。まだまだ現役よ!!」


 力コブを作り、腕をぱんぱんと叩く彼は年老いているとはいえまだまだ元気のように見える。


(おおう、ずいぶん元気じゃな。因みにドワーフは短命なのじゃ。あやつは人間で例えると八十歳ぐらいじゃろう)

(ふぉほ!実にあくてぃぶでごさいますな!!)

(プニプニ、実はそのフレーズにハマっていますよね? この人がピンピンなのは認めますが)

(んーもっと解説すべき所はの……)


 聖霊たちがわざと俺に聞こえるように会話を抜き取って解説する時にはだいたい裏の意図がある。それは外に出たいという願望だ。犬かこいつら。


「アーロン、ちょっといいか?」

「ん、なんだ?――というかお前らの名前を聞いていなかったな」

「長老とあった時にでも話すよ。それと俺は召喚士なんだが、中の奴らが煩くてな。ここで解放したいんだが……」

「ちょっとユウ、召喚は一応攻撃魔法の分類なんだよ?」

「……まじかよ。やっぱ何でもない」

「そうか?」


 当たり前のように竜人の里で解放していたのだが、どうやらその行為は拳銃を振りかざしながら街を歩くくらいアホな行為であったらしい。そういえば普通の召喚士は攻撃魔法の威力はあまり出ない。その救済処置として召喚があるんだっけか。


「おっ、あれを見てくれ」

「ん……?」


 歩いている途中、ドワーフが足を止めておおよそ二十メートル前方にあるほら穴を指さす。

 そこでは作業服を着ていてピッケルを持った、まさに炭鉱夫という言葉が似合いそうなドワーフ達がえっちらほっちら働いていた。奥にトロッコらしきものも見えるし、どこか可愛い。顔はおもいっきりオッサンだけど。


「あれがわしらの収入源、なおかつ生命線の鉱脈だ。あれが豊富にあるからこんな所でも生きていける」

「でも、どこで取引するの? 人間とはそんな関わってないんでしょ?」

「まぁこの経路は秘密だか、とある獣人たちに頼んである。鉱石は世界を通してわしらが主に供給しているからな」

「なるほど」


 この世界は武具に鉱石を使用しているため、魔物との戦闘がない元の世界と比べると需要の具合は相当なものになるだろう。

 魔道具という魔力を使った道具にも鉱石は使われるため、無くてはならないものであることは間違いない。


「そうだ。あんちゃんたち、武具はどんなものを使ってるんだ? 今回は気がいいから魔道具の武具でも受け付けるぞ!」

「魔道具っていうのがどういうものかイマイチ分からないんだが、魔力を使う要素以外に何かあるのか?」

「……あんちゃんまじでいってんのかい? どっか記憶でも飛んでるんじゃねぇか?」

「じょ、冗談だよ!! ね!」

「わ、ワタシでもしってる、です!」

「ああ。アメリカンジョークだ」

「あ、あめりかん……ってなんだ?」


 どうやらこの世界では知らないと致命的なくらい世間に浸透したものであるらしい。

 確か闘技大会においてもそれが原因で優勝から落とされたんだっけか。


(ふぉほ! 外に出れないと分かって、まんがを読むお二方に変わり某が説明を!)

(おう、助かる)

(魔道具とはある魔法が封入されている道具のことを示す言葉であります。記憶を覗いた所、獣人界での魔法が使えない手錠などが魔道具にあたりますな)

(なるほどな。道具を使って現実世界において有り得ないことが起きればそれは魔道具って言われるわけか。なら転移石も魔道具じゃないのか?)

(その通りでございます。なので皆さん驚いておられるにございます)

(そうか)


 彼女達から見れば俺はノートとペンを使っているのにも関わらず、文房具という単語を知らないおバカさんに見えたらしい。ちょっと恥ずかしい。


 更に歩いて数分。まるで地下鉄のホームに降りる階段のような、下層への道が見つかった。

 そこにも豪華なランタンがいくつも装飾されていて足元が暗くて困るということは無かった。


「さてもう三個の階段を降りるぞ」

「年寄りにはきつくないか?」

「ちょっとキツイがジジイ共は滅多に上に上がらんからな。上層が若者中心で下層がわしら年寄り中心って感じだな」

「でも、下層にいるってことは、通常動かないドワーフさんが動いてまで研磨剤を取りに行った……ですか?」

「まぁ、気になったからな。ふう、しんどい」


 そんなことを言っているが、彼の息はそれほど荒くなく、体力はそこそこあることを伝えてくれていた。


 同じ年頃の人間がおよそ四十段の階段を三回も降りろと言われたら相当辛いことであろうが、このドワーフは体力づくりに励んでいるようで、あと往復二周はできそうなくらいの元気の良さを見せつけてくれていた。


 長い階段を降りると、上層とは違う光景が目に飛び込んできた。


「もうすぐだ。ここはジジイババアしか居ないから迫力にかけるが、まぁ雰囲気はこっちの方がいいだろ?」

「なんか、家庭的な雰囲気だね」

「こっちの方がおちつく……です」


 この層では鍛冶等の仕事をしている所は見かけることはなかった。

 洋風和風と連なる家々は上層と似ているが、どれも一回りほど母屋は大きく、洗濯物、各々の家から漂ってくる料理のいい香りなど家事に関する部分が強く出ている。

 家事を支える鍛冶屋さん、か。

 今ちょっと上手いこと言った。


(ふぉほ、採点が出ました。ソラ様とファラ様の持ち点がそれぞれ五十。その内ユウ様の先程のキャグに対して、ソラ様の配点がゼロ、ファラ様がゼロ。よって合計ゼロ点でございます)

(…………)


 もう何も突っ込む気になれなかった。

 気分を切り替えて前を向いてみると、まるでエルフのような尖った耳でスリムな女性がいた。……小さくて短足だが。


「あ、ドワーフにも女の人が居るのか」

「なーにいってんだお前。女がいなくてどうやって子孫を増やせっていうんだ?ん?」

「……ちょっと考えが頭が回らなかったよ」

「はっはは、お前ももう年頃か!!」

「いや、それとこれとは関係ないだろ?」

「ゆうとドワーフさん、仲いい……です」

「なんか男の人の仲って感じだねぇ……そういえばあんまり見たことないや」


 ついつい口に出すと、的確なツッコミと共に背中をばんばんと叩かれる。

 だが、それにより意識がはっきりし、視線が何処に集中しているかよく分かるようになった。


「……アルトに視線が集中している……のか?」

「まぁ、べっぴんさんだからな。女達にも羨望の目で見られてるんだろ?」

「ありがと。でもこの視線はそんな目ではないと思うんだけどなぁ……」

「なんか、ワタシが白狐族のみんなとあった時に向けられた目に似てる……です」


 辺りを見渡せば、ドワーフの女性達がボソボソと何かを話しているのが良く目立つ。だが、彼女を見ているのは決まって高い年齢であろう人々。

 まさかとは思うが彼女の正体が――


「さ、着いたぞ。ここが長老の屋敷だ」

「……ほんと、ですか?」

「こりゃまたずいぶん庶民的な家だな」

「ここに来るのも久しぶりだなぁ」


 目の前に現れたのは何の変哲もない一軒家。ほかの民家と比べてもさほど変わりない瓦屋根の家。元の世界でよく見る母屋であった。


「わしらはな、みんな平等なんだ。だから長老だけ大きい家なんてことも、身分差なんてものもない」

「……理想の種族だな」


 元の世界ではそのような環境が至って当然であったため、話だけを聞いたとはいえ、温和な種族であり、しっかりと個人を見てくれるいい種族だなと感じる。

 実際どうかは分からないが。


「ちょっと待っててくれ」


 そう言ってアーロンこと、案内人ドワーフが長老宅へと入っていった。入っていいかどうかを聞くためだろう。

 それにしてもドワーフの全員が全員、背が小さい。

 レムと同じ背丈のおっさん達がハイタッチしているのを見ていると、この世に戦いなんてなかったのではないかと思ってしまう。


「ここは平和だな」

「そーだね。でも退屈しそうだなぁ」

「ワタシはこの雰囲気結構好き……です」


 家の庭の近くにテラステーブルがあったので、そこに俺達は腰掛ける。


 このテーブルも椅子も石英のような半透明な白い石を使っていて、それとない小さな花の細工が縁に合わせて円を描くように施されている。

 勿論のことながら座り心地は申し分なく、安定感もある。魔族が戦闘特化なら、ドワーフはものづくりに特化したのだろう。


「このテラステーブル高そうだね……ちょっと欲しいかも」

「……流れで学園に入ったけど、卒業したら寮からも追い出されるよな」

「その頃にはきっとおねーちゃんを……」

「ワタシは……どうしてるんだろ」


 気がついたら俺達は目的を達成した後には何が残るのかを考えていた。


 もし、もしだ。未来の俺とは違う道を辿り、全てが解決したなら……俺はどうするんだろうか。

 アルトなら魔界を再び統治するのかもしれない。そうなればもう会える日は限りなく少なくなるだろう。会いに行けばいいのだが、このようにゆっくり出来る時間はないのではないだろうか。

 レムだってそうだ。今は俺達と一緒にいるが、アルトの目的が終わったなら、レムは里帰りして、やはり自立していくのだろうか。

 彼女を自立させようとしているのだが、やはりそうなることを望まない自分がいる。


「おいおいおい! それは 沈む椅子(ネガティブチェアー)だぞ?! 降りろ降りろ!」


 何故だか分からないが、気分が沈んでいる。

 二人を見てみると、心理状況は同じであるようで、座る前よりも暗い表情をしていた。多分だが俺も同じような顔をしていたのだろう。


 椅子から立ち上がると、これまでのネガティブ思想がサラサラと砂のお城のように崩れていく感覚が胸の内で感じられた。

 ……これって。


「あ、あれ?」

「なんか、すーっとする……です」

「これは座るといい気分にさせる魔道具を作ろうとしたんだがな、効果が逆なのが完全に完成するまで気がつかなくてな……」

「細工までしてあるのはそのせいか」

「一応防犯対策としてはいいんだ。人を引き寄せるらしいからな」

「そ、そうだよね。うん、どうも気分が沈んじゃったのは魔道具のせいだよね!」

「そ、そうです。沈んだせいです……」


 どうにも二人の顔は晴れない。嫌な想像は止まらないといくらでも大きくなるため、正直アーロンが来てくれて助かった。

 気分を切り替えて話を戻すことにする。


「んで、話はついたのか?」

「ああそうだ。とりあえずその椅子には気をつけてくれよ。えーっと、長老のジジイが待ってる。長老なんて名前だけのジジイだから俺と同じように接してくれて構わんよ」

「そうか」


 これが人間であり、貴族であったならばこのドワーフは大変なことになっていただろう。

 それほど信頼があるということなのか、それとも長老がわざとそうしているのかは分からない。


「さぁ入ってくれ」


 外観は至って普通。玄関の扉も普通。

 元の世界にもありそうなこの家にどんな人が居るのか期待しながら横開きの扉を開ける。すると――


「……庶民的だな」

「ここまで来ると趣味だね」

「長老さんってどんな人でしょうか……」


 玄関の広さは人が三人程度入れそうな広さ。狭めとも広めともいえない大きさである。まず最初に目に付いたのが、右隣にある俺の腰辺りまでの高さである木製の靴箱。左には傘置があり、黒い傘が数本刺さっている。

 なんというか、実家に帰ってきたような感じだ。


「靴箱も、そこら辺に転がっている靴も気にしなくていいぞ。長老の趣味だからな。この家も勇者様の自宅を再現したって言ってたしな」

「あぁ……そういう事か」

「ゆう、なんか残念そうです」

「気にしないでくれ。さ、長老の所へ行こうか」


 自宅に帰ってきたような安心感があるが、宿敵である勇者の家を見学しているに過ぎない。決して俺の自宅ではない。なりうる所でもないのだ。


「おーい、連れてきたぞー」

「おお!入れてくれ!」

「お邪魔します」

「おじゃましまーす」

「失礼……します」


 これもまた横開きのガラス戸を開くと、なんとこたつに入っている髭の生えたおじおちゃんドワーフが数人。それとおばぁちゃんなドワーフもいた。

 大きな炬燵に入り暖まりながら、もしくは蜜柑のような形をした赤い果実を剥きながら俺達を孫であるかのように優しい声で挨拶する。


 なんというか、絶句してしまった。


「おぉー黒髪の男の人は初めて見……」

「遠いとこよく……き……」

「ぁ……あぁ!?」

「「「え、ええええええ?!」」」


 おじいちゃんドワーフ、おばあちゃんドワーフが入歯が取れてしまいそうな勢いで口をあんぐり開けて叫ぶ。

 その指の先と視線の先は間違いなくアルトだ。レムは驚いて俺の後に隠れる。

 アーロンはポカーンとしていて、彼も予想外のことであることが分かる。


「ふふふ、ただいま!」

「そそそそそ、そのオッドアイにその髪色……間違いない……お前はっ!!」

「いややや、そそそんなはずはない。あれから何年たったと思ってる!? 」

「全くお姿も同じく……雰囲気まで……!」

「これ、覚えてる?」


 アルトは笑顔で愛用の刀を取り出す。

 するとその刀を見て炬燵を抜け出した一人のドワーフは彼女の元まで歩いて刀を受け取り、抜き身の刃を見て一言。


「本物、だ……」

「「「えええええええ!?」」」

「おいおい落ち着けって!!」

「あると……怖がられてる……ですか?」

「うーんどうだろ?」



 笑顔で首をかしげる彼女を差し置いてお年寄りグループはとてつもなく慌てていた。


 事情を説明するのには手間取ったが、ここに来た理由、そして最近の情勢を話していて数十分が経過すると。


「わはは! それにしてもよくきたな魔王様!!」

「魔王様の絵はもう酒場など、人の目の当たるところに飾られております!」

「ちょっとそれは恥ずかしいかな……」

「ま、魔王様であったとは……なんとご無礼を……」

「気にしなくていいよ! ふつーに接してね!」

「それにしてもお嬢ちゃん可愛いねぇ、歳は幾つぐらいなの?」

「乙女の秘密……です」

「あんちゃんの黒髪は染めてるのか?」

「え、あ、地毛だ」


 完全におしゃべりペースに巻き込まれていた。炬燵に吸い込まれながら。

 どこの世界にいようとも、それの魔力は凄まじいもので、あっという間に捕食されてしまった。炬燵に。


 あ、やばい蜜柑おいしい。見た目が赤いけど蜜柑おいしい。これで年越せるわ。


「っとそうだの、里のみなにも魔王様の偉大さを紹介せんとな!」

「宴の準備はもう既に完了してるって知らせが来てるぞ」

「おお、なら出発したほうがいいな!」

「御三方、いまからアーロンを助けた祝いとして宴を催すので是非要らしてください」


 なにがなんだか分からない間にドワーフ達は炬燵から抜け出し、外へと出ていった。自分の意思で炬燵から抜けるとはなかなか根性があると感じる。


「ユウー……出たくないー……」

「はふぁ……ここで住めそうです……」

「炬燵って半端ないよな」


 アーロン以外のドワーフ達は自分の意思で炬燵から抜け出すことに成功したのだが、途中参加の俺達は未だ抜け出せずにいた。

 案内役のアーロンでさえだ。


「ぁあー……わしとしたことが……ほんとこのコタツはやばいな……」

「眠くなってきたよボク……」

「しあわせ……です」

「宴会はあとででもいいんじゃないだろうか――」

「クゥオラァァァァァァァァァァ!!」


 宴会への参加を諦めて、炬燵と共に一夜を過ごそうと本気で考え始めた時に、大きな叫び声がガラスを割らんとする勢いで耳に届く。

 その声のおかけで全員が跳ね上がるように飛び起きる。尚、炬燵からは出ていない模様。


「アぁぁぁーロン!! 何やっているんだ貴様わぁぁぁっ!! お前の祝いだろうがぁっ!! ご恩人もしっかり連れてこんか若造がぁぁぁっ!!」

「うぉぉ!! 今行くから怒鳴るな!!」

「……おおう」

「流石にこの状況では寝れないかな……」

「もはや雄叫び……です」


 そんなこんなで、炬燵から叫び声という圧力を受けて追い出された俺達だが、外に出てすぐに異変に気がついた。人の数の多さである。

 先程まで静かな住宅街であったのに、祭囃子でも通っているかのような騒ぎ声や雑音が耳に入ってきた。


「気配探知に異常なくらい多くのドワーフが映ってるな」

「宴会って言ってたけどこんなに集めるかな……だいたい三百人ぐらいいるんじゃない?」

「お祭り……みたいです」


 レムが尻尾を小さくフリフリ振っていることは喜んでいる証拠だろう。

 狐のお面等はは祭囃子に使われるので、その影響もあって彼女も祭りが好き。という考えもある。

 血が騒ぐ等のような本能的なものであるのかもしれないが。


 いつの間にか混み合っている人ごみをかき分けてアーロンについて行くと、まるでオペラハウスのような外観をした酒場があった。

 酒場と分かったのは、ネオン光のような看板に、ビールの絵が描かれていた為だが。


 未成年をそんなところに連れていくなんてどういう考えをしているのだろうか。

 騒ぐ声にかき消されないように大声を上げて物申す。


「おい! 俺らは未成年だぞ!」

「別に酒を飲ませに来たんじゃねぇから安心しろ!」

「お、お酒かぁ……」

「あるともゆうもだめ、です!」


 俺達よりもレムには飲ませてはいけない。これからの成長に悪影響があるだろうからな。彼女にも健康な生活を送って欲しいのだ。


 お酒ときいて何故だかアルトは大丈夫な気がする。外見は永遠の十七歳だが本当の年齢――


「ユウ、なんか失礼なこと考えなかった?」

「いや全く。全然」

「ホントかなぁ?」

「なぜ俺が疑われてるのか」

「とりあえず、入ってくれ!」


 なぜそうバレているのか。もしかしたら心を読む魔法でも使っているのかもしれない。もしそうであったなったら もう知らない で貫き通してやろう。


 扉を開けると、そこには既に飾り付けを終えて用意された会場が目に飛び込む。 続いて見えてきたのはそしてアーロンの入場、俺達の入場を待っている人々がいた。

 外に人が溢れ出ているのはここが満員だったためか。呼びすぎだろ。限度をしってくれ限度を。


 このホールでは、体育館の形に似ており、奥ではステージのように一段――というか、一メートルほど高くなっている段差がある。


 また、全体的としては円テーブルをいくつも設置してパーティ会場に仕上げており、右端にはバーテンダーとそのお店。

 左端には料理がズラリと並んでいる。

 たった一人帰還しただけであるのに、ずいぶん豪勢な祝い事である。


「ドワーフはそこまで人数が多い種族でもなく、戦闘が強いわけでもないからな。こうやって元気でやっていくのがわしらのやり方なんだよ」


 そういって壇上に登っていく彼は、やはり幸せそうな表情であった。

 彼はステージコントでよく使われる、真中に置いてあるマイクスタンドのようなものの前で立ち止まる。

 彼の気分は校長先生に表彰される気分だろう。表彰なんてされたことないけど。


「えー今回は、わしのために集まっていただきありがとうございます――」

「――ん?」


 アーロンが話している間は俺達は三人用の席について待機していたのだが、話を終える間に肩を叩かれて振り向く。


「乾杯の時に」


 そういってお盆をもった女性のドワーフ達から俺達三人に渡されたのは、半分ほど入った赤透明な液体のグラス。まるでワインのようだ。


「いや、俺達未成年だから酒は飲めない――」

「まぁその場の勢いで任せちゃってください!」

「えっとそれダメなんじゃ……」


 そう言い放つと、ルンルンと音符が聞こえそうな勢いでドワーフの女性は去っていった。

 この透明なグラスに入っている液体は、観察眼で見たところアルコールはいっていないようだ。だけれどもただより怖いものはない。少しだけ安心である。


「でもこれ、なんか飲んだことあるような――」

「……では、乾杯!!」

「「かんぱぁぁぁい!!」」


 いつの間にか挨拶を終えたアーロンが声を掛けると、周りからグラスがぶつかって綺麗な高音が様々な場所から発せられて、ざわついた空間を埋めうくす。

 どうやら参加者にはこのジュースを無償でくれるようだ。ドワーフの女性は配布役を担っていたのだろう。


「観察眼で見たが……お酒では無さそうだ」

「じゃ、のんでも大丈夫だよね!」

「ちょうど喉が乾いてた……です」


 レムは両手でグラスを持ちながら、アルトは片手で特に警戒することもなくこくこくと飲み込む。味はどうなんだろうか。


「……どんな味だ?」

「!! 美味しいよこれ!!」

「なんか、飲み物は冷たいのに、身体があったかくなるような気がする……です!!」

「もっとこれ飲みたいなぁ……」


 この赤い液体は赤ワインのようでどうにも飲める気にはなれないものの、どうやら普通に美味しいジュースとして彼女達にも受け入れられたらしい。

 目にも止まらぬ速さで二人は飲み干すと、料理よりのこの飲み物を飲みたいという意思を示した。レムが飲み物優先とは珍しい。


「まだまだありますよ」


 いつの間にか再び現れたドワーフに、シャンパンのような瓶から赤い液体がグラスに注がれる。


「っ……ぷはっ! もう一杯!」

「ワタシもお願い……します!」

「あらあら、ずいぶん気に入ってくれたようね」


 ドワーフの女性は妖艶な笑みを浮かべながら、キラキラと照らされる赤い液体をグラスに注いでいく。

 それを二人がビールでも飲むかのような勢いで一気に平らげるため、俺が飲もうか飲まないかの葛藤と戦っている間に、彼女達はひと瓶飲み干してしまった。凄まじい飲みっぷりだ。


「あら、もう無いわね。新しいものを取ってきますね」

「うん、おねがぁい……」

「はぅ……ぽわぽわしてきた……れす」

「いやでも毒反応はないけどなんか怪しい――ってお前らそんな顔が赤かったか?」


 彼女達はほんの少し見ないうちに、頬がピンクを超えて赤く染まり、温泉上がりたてのような顔色、そしてどこかトロンとした蕩けた表情をしていた。


「ほぇ? なーんもないよー ただにゃんか気分が良くなってー」

「おい、舌っ足らずになってるぞ? まさかとは思うが飲みすぎのせいじゃないよな? レムは大丈夫か?」

「ゆう……? なんれ……ひょうか?」

「…………」

「あるぇ? ユウそれのんでないんじゃん! ふふふーぼくが飲ませてあげるよー」

「おい、これまさか酔ってるわけじゃないよな?!」


 異世界のドリンクについてあまり知らない俺自身に聞いても何も答えは出ない。

 ただ、分かるのは彼女らがアルコールではない何かのおかげでいい気分になっていること。


「これのせいしかねぇよな……」


 席を立って改めてあの悪魔の血のように赤い液体を睨みつける。観察眼ではアルコール要素は無かったがそれに近い物がきっとあるはずだ。


「アルト、レム一度飲むのを中断し――ぐぅぅ!?」

「飲ませてあげる、ね? だから、座って?」


 立ち上がった俺に耐えられないほど強い上からの重力がかかり、おもわず椅子に座り込む。

 その後アルトは俺の分の危ないドリンクを微量口に含み、そのままふらふらとおぼつかない足取りで近づいてくる。お前――まさか?!


「はわぁ……」

「レムお前見てるだけかよ……!?」


 レムに助けを求めようとしたのだが、彼女はどこか余韻を楽しむようにぼーっとしていて、視線すら届かない。あいつは一体どこにいるんだ?!

 そんなこんなでアルトはゆっくりと顔を近づけて――


状態解(ディスぺ)!?――んくっ!?」

「んーっ」


 その瞬間、俺の脳内で何かが大きく音を立てて崩れ去った。

 多分彼女に対するイメージだと思うが、とりあえず間に合わなかった。抵抗の効果もなく、脳みそが溶けてしまうくらい甘くて生暖かい液体が流し込まれる。


「ぷはっ……」


その後彼女は満足げな表情で超至近距離から離れ、ポタポタと互いの口元から垂れる甘い液体をも気にせずしばし見つめあってしまう。離れる際に銀色の橋が掛かってメチャクチャ色っぽい。


 はっとして顔を真っ赤にして目を背けると、アルトのかすかな笑い声が聞こえる。なによりも時間の許す限り、五感のうちの全ての感覚を味わってしまった俺が情けなさすぎる。

 とりあえず彼女の蕩けた表情とぶどうにも似たこのジュースの甘い香り、その他諸々で脳内はパンクしそうだ。


「ふふっ……おいしい?」

「……どちらかと言うと生温い……だ」

「照れてるねー……かわいいなぁもう……」

「やってますね」

「……お前の仕業か」


 悪魔の血液を持ってきたドワーフの女性を見て、俺は精一杯の殺意を持って睨みつけた。


あくてぃぶでございます!


高覧感謝です♪

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