地底の先に
最難関ダンジョンといわれるこの場所で、十メートルほど上の壁から、下半身が生えだしている光景がシュールで仕方ない。
「え、えーっと……壁の中でも呼吸は出来るの?」
「数ある中でそれを選んで突っ込むか。確かに気になるが」
「とりあえず助け……ますか?」
「おお!! 是非お願いしたい!」
レムも表情が少しだけ引きつっていることから、突っ込みたい気持ちを抑えての言動だろう。俺からしても疑問点が多すぎて何から話していいのか迷う。
「助けたら何をしてくれるんだ?」
だが、俺の警戒心がすぐに助けることを許さない。
このダンジョンに人物がいることでさえ異常なのだ。何かしらの目的があってここに向かったことは分かるが、考え方によればこいつは魔族の関係でアルトの魔書を取りにきたという目的があるのかもしれない。
その上、ここで 何でもする なんて言うやつはだいたい 何もしない のでより警戒を高める必要がある。
「うーむ……そうだ!助けてくれたらわしら特製の武具を打ってやろう! それで手を打ってくれないか?」
「武具……ですか?」
「……ん? まさか君達って……」
武具を打つという言葉を聞いた途端にアルトが反応する。
そのようすは確信に満ちたものであり、質問を投げかけたいというような顔つきである。
「ねぇ! 君ってさ、ここに何しに来たの?」
「う、うーむ……いわないとだめか?」
「放置するぞ」
「うーむ……恥ずかしいのだがな……」
ドストレートに質問を投げかける事はいくら不審な下半身とはいえ、口ごもっていた。
見られるのが下半身だけだから恥ずかしいのだろうか。案外シャイだなこの下半身。
「この壁の材質が武具にとって良い研磨剤という噂を聞きつけてな……試しに掘って、欲しい分まで回収ていたのだが……恥ずかしいことにダンジョンの壁は再生することを忘れていたのだ……」
「壁を……掘るんですか……?」
「でもこれほかのダンジョンとも比較にならないくらい硬いよ? 掘削できるほどの道具はあるの?」
コンコンと壁を叩きながら語るアルトはなにかの結論に誘導したいようにも見えた。邪魔をしないためにもここは黙っておくのが得策だろうか。
「もちろんだ! 先祖様の時代に使わた素材、それも魔王様が愛用している武具にも使われた最高級の素材をふんだんに使っているからな。壊せないものなど、あのお方の刀ぐらいだ!」
魔王様、ね。魔族関連か。察するに今の化け物から指名を受けてここにある魔道書を取りに来たというところか。
敵なのだろう。
「…………」
「え、ちょっとユウ? どうしたの?」
「魔族関連だろ? あの化物の命令を受けてるなら、俺達の命を狙っても不思議じゃない」
「でも魔族の感じはしない、です。見たことない……けど」
「うぉ!? わしは魔族じゃないぞ?!」
慌てたようすで足をバタバタさせる下半身。普通の状態なら笑って過ごすが、今は笑えない。
魔力を高め始めたところでアルトに抑えられた。
「もう聞いちゃうけど、君達ってドワーフだよね?」
「その通り! というわけでそろそろ助けてくれないか?」
「ドワーフ……だって?」
特徴として、小さい身体だか屈強な体つきとは聞いていた。
サイバルで話したあの親子ドワーフを思い出したが、それらと比べてみると短足ということしか共通点がない。なにせ下半身しか見えないし。
初めて出会ったあの時は勝手にドワーフと決めつけていたが、本物のドワーフとはどういうものなのか気になる。
「えっと、魔王ってあるとのことですか?」
「うん、そうだね。この剣はあの人達に打ってもらったんだよ」
「というと、魔族はこいつらに対して敵対はしてないってことなんだな?」
「うーん、そうじゃないんだよね。ボクが適当にプラプラしてたらドワーフの村に着いちゃってさ」
「ん……? プラプラして着くほど簡単に見つかるのになんで文献が少ないんだ?」
図書館にはドワーフの種族に関する文献が全体の一割未満という量しかなく、魔族より少ない情報しかなかった。
それほど簡単に見つかる種族がなぜここまで情報が少ないのか。
「わしらはわざと俗世間から離れて生活している。たまに見かける同族は、破門されたり自ら出ていった者達だな。人間と関わり合いを持ちたいものはどんどん出ていく。どうぞご勝手にってやつだ」
「そんなもんなのか」
「ところで、助けてくれないか? 歳とったからか、そろそろ体勢ががしんどいんだ」
その言葉を聞いてアルトにアイコンタクトを取ると、彼女は頷いて、一歩前に出て拳を固める。
また素手で破壊するのか。彼女の片手が心配なところである。
「らぁぁっ!!」
気合と共に赤黒い魔力を帯びた破格の正拳突きが壁に突き刺ささり、凄まじい衝撃波が俺達を吹き飛ばさんとする勢いで部屋全体に一気に広がる。
「っ……」
「あると……すごすぎです……」
顔を覆いながら衝撃波に耐えていると、崩落音が鼓膜を破くような勢いで大きく響き渡る。 やりやがったよ。比較にならないくらい硬いって言ってたのに、変わらず素手で破壊したよこの人は。
「いててて……やっぱり硬かったなぁ」
「ほら、手を貸してみろ」
「え?」
慈悲の心でアルトに聖属性の回復魔法をかける。心意気で効力が変わるかと思ったが、ぽかぽかするような魔力の体感は出来なかった。
「あ、ありがとユウ……」
「気にすんなよ」
頭を撫でて砕いてくれた感謝を行動で伝えると、彼女は気持ちよさそうな表情で応えてくれた。
……治っていなかったよ。この癖。
何処かで落下音と、それに対応する叫び声が聞こえたが気にすることは無かった。
「そういえば、ユウ最近ボクのこと撫でてくれなかったよね? 久しぶりな気がしたし」
「あ、迷惑だったか? 悪い……」
「そうじゃないよ! ただ、昔と比べてユウも慎重になっちゃったなぁって……」
「それは……な。付き合ったのなんて初めてだからさ。よく分からないんだ。どれだけが良くてどれくらいがダメなのか、とかな」
「……ユウは、ボクを好きにしていいんだよ? ボクだってユウの事を……さ?」
「…………おう。俺もだよ」
回復魔法を掛けると精神的にも安定するらしいからこんな会話もたまにある。たまーに。
最近は無かったが、久々にこんな会話をしたような気がする。この時はお互いに恥ずかしくて、お互いに顔を赤くしていた。
「た、助かったよお嬢ちゃん……まさか壁ごと破壊するなんて思わなんだ」
「ドワーフさんなら優しそうなので……それにしても、あると と ゆう が二人の世界に入っちゃったのも久々に見ました……」
「……んん? そう言われるとあの女性の方はどこかの絵で見たことあるような無いような……」
俺達が動かないため、レムがガレキを掻き分けて、壁に挟まっていた人物を救出する。
見つめあっていた視線をずらすと、レムの隣には、彼女と同じくらいの背丈で緑色の作業着を着た小さなおじさんがいた。
「とりあえず助かった。礼を言おう」
「アルトに言ってくれ」
「え、あ、うん。武具を作ってくれるんだよね?」
「当然のことよ! わしらドワーフは借りを返す主義なんでな!」
どうやら嘘だバーカとは言わないらしい。彼らがどのような性格なのかは分からないため一発ぐらいは殴る準備をしておいたが、無駄であったようだ。
「ところで、お嬢さんどこかで会ったことあったか?」
ドワーフが髭を触りながら話す。
どうやら彼女に既視感があるらしい。
「んー、多分君はないと思うなぁ」
「そ、そうか。だが一応わしも年上ってことを忘れてちゃ困る。年上は敬うべきだぞ」
「え? ボクの方が上だよ?」
「は?」
「まぁまぁいいだろ? それより武具を打ってくれるという事は……お前は鍛冶師なのか?」
「ふっ、わしはドワーフだぞ? 当然だろう?」
どうやらドワーフなら当然らしい。
確かに俺の記憶では農作業するドワーフはいないし、はたまたスーツを着込んだ情報系ドワーフなんてもっての外だ。
それと彼女の歳については、そろそろ三ケタを超えそうではないかとの予想である。外見はどう見たって十代後半だが、彼女の正拳突きを喰らいたくなければ口に出さないことだ。
「とりあえずここから出ることにしよう。ここには魔物が多いからな」
「えと、魔物……とはたたかえるんですか?」
「いや、無理だ。だが――」
レムの疑問も確かに気になる。
研磨剤を取りに来たのはいいが、間違いなく魔物は結構いるはずだ。
がら空きのお尻を襲われないのは何故だったのか。
「この匂袋があるお陰だよ。特性の匂い玉が入ってる」
「っぅぅ!?」
「……おう。これは」
レムの目が一瞬にして涙目に変わり獣耳も逆立つ。挙句には俊敏な動きで距離を取る。アルトの後ろに隠れただけだが。
嗅覚の効く彼女にとっては相当凄まじいものであったのだろう。俺もついつい鼻を覆ってしまうほどである。
匂いとしては、犬のふんと牛のふんと鳥のふんを悪いとこだけ抜き取って、そこに硫黄の刺激臭を加えて二倍したような匂いであった。それが絶え間なく鼻を刺激する。つらい。
「ちょっと、それ止めて」
「はっはは!悪い悪い! ドワーフはそんなに強い種族ではないからな。戦闘は出来限り避けたいんだよ」
アルトが本気で嫌そうにそう言うと、ドワーフは笑いながら、そして何ともなさそうな顔をしつつも懐へ匂い玉をしまう。
あんなもの懐に入れたら近づきたくないと思われないのだろうか。
結局そのまま目の前に魔物が現れることはなくドワーフのおじさんに付いていく。
出口に着くと驚きの光景が広がっていた。
「おっと……」
「土壌も生物も……しんでます……」
洞窟のような出入口を抜け、地上に出た瞬間に視界に広がる光景は何とも人間界とはかけ離れた景色であった。
ヒビが入り、水分を感じさせない割れた地面。葉っぱはすべて散ってしまい、生気の感じられない枯れた木。
そして上空に広がるのは赤黒い空にどす黒い雲。気配探知にも80レベル以上の魔物がわんさか映っている。
「ここは、魔界か?」
「……本当は人間界の一部だったんだけどね。この中にある魔書の影響もあってこうなっちゃったんだと思うよ」
アルトの表情に笑顔はなく、どこか反省しているようすを表情から汲み取ることが出来た。
それを見てドワーフは慌てて弁明する。
「お嬢さんは関係ないだろ。 それに、ここにダンジョンがあってほんとわしらは助かってんだ。魔物はどうにかなるし、人間の侵略が何よりも恐ろしかったからな」
「ならやっぱり、人間は嫌いか?」
「まぁな。ヘコヘコな奴ばっかでどうに性にあわねぇ。だが、兄ちゃんたちは別だ」
そう言い放つと少し遠いが、枯木の中でも一番大きな木に向かって歩き出す。それに続いて俺達は続いていった。
「えっと、聞きたいことがあるんですけど……」
「なんだい嬢ちゃん」
レムはドワーフには人見知りしないらしくアルトと手を繋ぎながらぼそぼそと話す。
背丈が近いからなのかもしれないが、彼女から話しかけにいく姿を見たのは久しぶりかもしれない。
「まぞくの王様がドワーフさん達の村に来たって本当……ですか?」
「え? 本当だよ? でもボクに聞けばいいのに……」
「お嬢さんがなんで真偽を知ってるのかは知らないが、本当だぞ。わしらも言い伝えでしか聞いたことないが、そりゃー凄まじいお人だったとか。今でも長老に聞けば三時間は語る」
「良かったな。認められてるぞ」
「いやボクそんなつもりで里に行ったわけじゃないんだけど……」
アルトがあまり興味無さそうに返事をする。どうやらそんなにドワーフには敵意も好意も抱いていないようだ。
「ただ、この剣を打ってもらったところだからね。一応感謝はしてるよ!」
「……なんで剣を打ってもらう事になったんだろうな」
「気がついたら打ってくれたんだよね。なんかぽわっとする変な飲み物飲まされてたから若干意識がなかった――ってことは覚えてるかな」
「ちょっとドワーフ達には聞かなきゃいけないことが多そうだな」
主にアルトの意識のない時に何をしたのかについて、な。
レムの質問を終えてしばらく死んだ土地を歩きつづけると、遠くに見えた枯れた大木が目の前に現れた。
「ここが、村への入口だ」
「あー、やっぱりここなのね。道筋でなんかここだろーなって思ってたよ」
「おおきい……です」
「お嬢さん本当に知ってたのか?」
「え。あーいや!なんか直感!」
枯れ木が入口とはどういうことか些か疑問ではあったがその通りなのだろう。
この枯れ木は、枯れているとはいえ大きさが七メートル程の大きなもの。よく折れないでこのままの状態でいると関心してしまう。実は作り物かもしれないが。
「よっ……こいしょ――」
ドワーフが地面をごそごそ掘り起こすような行為に、その事を知らない俺達は思わず首をひねる。
「なにを――っ?」
答えを聞こうとすると、地面はすぐさまズズズと駆動音を発しつつ揺れ動く。レムはその揺れに警戒を強めたが、アルトは全く持って動じていなかった。やはりこうなることは分かっていたのだろうか。
「おう、あんちゃんたち驚かせてすまんな」
「……これが入口だと?」
「枯れ木が……空いたです……!」
「わーすごーい」
アルトが棒読みだがこちらを見て少しだけドヤ顔を決めてくれたため、予想通りというところだろう。
先程はただの枯れ木だったのだが、正面には楕円形の空間が出現していた。その奥には下に続く階段がある。地底人かこいつら。
「ここの下がわしらの村だ。どうだこの設備。入口だけではあるが、人間界にも何百とあるんだぞ! もちろん何処も秘境といわれる場所ではあるが」
「だから人間は気が付かないのか」
「ボクは気づいてたけどね!」
「設備すごい……です」
人が二人入れるかどうかの窮屈な階段をゆっくりと降りていくと、金属で形作られた無数のランタンが下への道を照らすように土壁に装飾されていた。
土木工事もお手の物らしい。
「おっと、言い忘れてたがあの入口のことは内緒にしておいてくれよ。特殊な加工をして人間や魔族、それに獣人エルフは何人たりとも近づけないようにしてるんだ」
「やっぱり……争いごとが起こるから、ですか?」
「そうだ。嬢ちゃんの言う通りだ」
ランタンに照らされながら下を見て話すドワーフは、過去に人間とひと悶着ありそうな顔つきであった。その顔が気になって俺はついつい質問を投げかける。
「お前は人間が嫌いっていったよな? 種族関係なしに人間と何かあったのか?」
「……ああ。少しな」
(おおう、ユウは目を離すとすぐに変な場所へ行っておるな)
(はっと気がついたら魔界だったり山の上だったり……今回は地底ですか。ユウみたいな人も忙しいんですね)
(ふぉほ、あくてぃぶ、でごさいます)
シリアスな雰囲気の中、聖霊たちが急に話しかけるため俺の中では吹っ飛んでしまった。声を張り上げようとしてギリギリで差し止める。
「実はな、我が息子が冒険者ギルド本部に保護されているという噂がたっている」
「噂でしょ? 別に気にすることなんてないよ!」
「保護……ですよね? それなら――」
「冒険者ギルドは、不浪人には甘っちょろい施設じゃないことは知っているよな?」
「一応身分証明書は簡単に作ってくれたから結構甘い――」
「そうか。お前らも拘束された身だったか」
そう言ってこちらを見てなぜだか悲しそうな目で見つめてくる。拘束された身? 俺達がか?
「んー……ボク達そんな事は無いけどなぁ」
「結構自由にやってます、です」
レムも普通に答えることから、このドワーフには相当心を許したようだ。だけれども彼の顔はどうにも晴れない。
それどころか現実を知らないのかこいつら、と言いたげな顔をしていた。
こちらからしてもちょっと不満である。
「最初は良いギルドに入ったのかもしれないが……本部には絶対行くなよ。いい噂がない」
「その噂って?」
「それはな――っと着いちゃったな。また後で話そう」
ついに階段が終わり、奥には鈍く光る黒い鉱物で型作られた大きな扉があった。まるでお城の門のようである。
その大きさもあり天井も合わせて高くなっているので、やっと狭い場所から抜けた気分である。
「おーい、わしだー! 開けろー!」
ドンドンと重々しい大扉を叩きながら向こうにいるであろう仲間に向かって大声で叫ぶ。
見た限りだが、これはかなり堅牢そうであるので聞こえないと思うのだが……
「――ん!? その声はまさか!?」
「って聞こえるんかい」
「意外とクリアに聞こえるね」
向こうから返事をしたのは壮年の男の声。アルトの言う通り、分厚い大扉に阻まれてるとは思えないほどしっかりと声は耳に伝わる。まるで目の前で話されているようだ。
大扉はシャッターが上方へ動くと同じ要領で上がっていき、ガラガラと崩落するのではないかと思わせるような重い音が響く。
その扉の向こうから出てきたのは――
「ドワーフさんがいっぱい……です」
「やばい全部同じヤツに見える」
身長は全員小学生と同じぐらいだが、筋肉隆々で、ゴリッゴリである。
「うおぉぉぉぉ!! アーロンが帰ってきたああああ!!」
「わしがくたばるわけないだろ!!」
「……うん、どうしよっか」
「すっごい……です」
「これがドワーフの里か。なかなかインパクトあるな」
高覧感謝です♪