第157話 未来と過去
「うぉおおおおッ!!」
「何をそんなに気合を入れてるんだかなッ!!」
俺の模倣か、もしくは本当に未来の俺なのかは未だに分からない。だが、やるべき事は一つ。このスカした野郎をぶちのめすのみ。
この批判は決して自己批判ではない。
戦うにあたって、馬鹿みたいに突撃していけば反撃を受けるのは嫌でもわかる。これから行うのは自らの力で出せる最大の速度で接近し、フェイントをかける。
大きく振りかぶれば相手は振り抜くと予想し、刃から身を躱すため回避をするだろう。
そこを狙う。さぁ避けやがれ――
「――いかにもなフェイントだ。そこから雷槌を放つんだろう?」
振りかぶっている途中で、相手から予想外の行動を取られてしまう。
まるで刀による攻撃を行わないことを分かっているかのような勢いで、手刀による突きが真っ直ぐと伸ばされてきた。
その手には気功術でも、魔法纏でもない黒い影のようなものを纏っている。
「そこまで分かってるのかよッ!」
「当然だろ? 俺だからな」
手刀であれば切り落とせるという考えであったのだが、その予想も意図も容易く超えられていく。
「くっ……!」
「はっ、どうした?」
手刀と刀。どちらも文字の刀を含んでいるが、殺傷能力は圧倒的に違う。
そうであるのに、俺が振り下ろした刀は激しく火花と金属音を辺りに散らしながら手刀とぶつかり合い、刀からは凄まじく硬質な感覚が帰ってくる。
相手が素手であるのに、刀を受け止められたのだ。本日二回目である。
「またかよ……っ!? それにフェイントまで読まれてるってのはどういうことだっての……!」
「気にすんなよ。それとお前の刀、ただの素手に折られるぞ?」
相手は手刀の構えを解いて、なんの抵抗もなく鍔迫り合っていた俺の刀を掴み――握りつぶすように破壊した。
「く……!?」
バキリ、とまるで木片を折るかのように、金属から発せられたとは思えない破壊音が嫌なくらいに鮮明に耳に届いた。
素手で凶器を破壊するなんて、握力がすごいなんて話ではない。
「さて、次はこっちが貫くぞ?」
ゆったりとした声が聞こえると、本能から全力で回避しろとの警笛が鳴り響くような気がした。そのため、刃の折れた柄を投げ捨てて、これから来るであろう反撃について備える。
その相手からの反撃内容も、何故か雷槌がくると予想できた。
「雷槌」
「!」
自分でも驚いたが、相手から放たれたのは腕に青白い雷を纏った掌底の一撃。使用される武芸まで予想通りである。
この武芸は放ち終わった後でも手のひらから雷が伸びるので、余裕を持って回避しなくてはならない。
「うぉ……っ」
「ちっ」
幸いにも予想できたこともあり、回避は成功したが、ジジジっと服が焦げるような音がする。
放たれる速度も威力も何もかも上にあるため、予想できていなかったら一発KOあったかもしれない。
「離れるべきだよな――!」
空振りに終わった掌底の隙をみて、着弾と同時に爆発する火属性魔法を、自身が被害を喰らわない距離を見計らいつつ、離れながら放つ。数は五つ同時で、少しはダメージに期待できるはず。
「ほう……」
スカした俺もどきが感嘆した声を上げるものの、彼は特になんの抵抗もせず爆発に巻き込まれ、その場は耳を劈くような爆音で空間を大きく震わせ、激しい衝撃波が吹き荒れる。
「まだまだッ!」
勿論この程度で仕留め切れられるとは思っていない。着地して体制を整えた後、追撃でさらに竜人のブレスをイメージした超高熱のレーザーを幾条も両手から放つ。
これで少しは――!
「甘い。砂糖と同じぐらい甘いな。《反射》」
「っ!?」
中二臭い俺が赤い目を光らせると、腕一本で爆煙を払い、魔法を反射する魔法を使用する。
相手は無傷であり、全くもって表情、心情は揺るいでいないようだ。
「魔法反射ってチートだよな?」
「黙れ中二患者っ」
「俺はお前だぞ? それを自分に言っていること、忘れないことだな」
返された言葉と戻ってきた超高温レーザーを走りながら回避していると、攻撃の手を緩めることもなく、ついにあちらも魔法を使用し始める。
「ほらよ、お前が使った魔法だ」
彼の五本の指先から赤黒いレーザーが放たれる。しかも、内包された魔力は明らかにあちらの方が上。真似したくせして、あちらの方が威力が高いというのはなかなか複雑な気分である。
そして嫌な点がもう一つ。
「何でこんな偏差射撃が的確なんだ、よ……っ!」
「俺だからな。まぁ未来の俺からの攻撃を避けたんだ。約束通りヒントをやろう。攻撃は続けるがな」
「ああ?!」
片手で指人形を操るようにレーザーを巧みに移動させるので放射は途絶えない上、相手の考えを読まずに動かなければ挟み込まれるので、考えながらも回避に専念する必要がある。そのため、今の所彼の話を聞く余裕は正直無い。
もしかしたら彼はわざと小さめの声で話しているのかもしれないが、ついつい荒っぽい声で返してしまった。
「まず言っておくが、俺だって好きでこんな姿になったわけじゃない。起こりうる現象に理由は必ずどこかしらにあるからな」
「はぁ?! お前が好き勝手――って!?」
あいつは話をしているのに、完全にこちらを殺すつもりでレーザーを放射し続けている。
先程は五本のレーザーを縦に並べて高さ五メートルほどの壁を作り、それを横凪に払われたので、空中歩行まで使って上空に回避した。
「もちろん魔法にだって原理があり、説明はできる。まぁその一因で俺がこんな事になったんだよ。説明はこれでいいか?」
「漠然的すぎるだろ――ってまじかよッ!?」
しかし、その動きも分かっているかのように相手は魔法を操作する。
空中に踊った俺をレーザーで壁ドンするかの勢いで四条のレーザーが俺四肢を貫かんばかりに周りを囲い、移動できる範囲を極限まで減らした後、あとから来た一条の閃光が俺を貫かんばかりに猛接近。
魔法纏の土を纏えばでおそらく耐えられるだろうが、移動不可であるため空中歩行が解かれてしまい、落ちる途中でレーザーに焼かれるのが落ち。なら。
「破られないでくれよっ、《反射》!!」
自身を覆うように球体の反射壁を貼る。最初から発動すればよかったのだが正直貫通されるような気がして使用出来なかったのだ。
今回は四の五の言えない状況であったため、苦肉の策ではあったが発動をした。
「つぅぅぅぅ……!!」
反射の魔法であるのに、全く反射してくれない。上下左右の四方向と正面のレーザーを同時に防いではいるが、薄い膜は今にも破かれそうである。
ジジジと音が耳に届き、レーザーに膜が押し潰されて面積が押しつぶされるて減っていくたび、集中力がゴリゴリ減っていく気がする。
焦ってはいけないと何度も自分に問いかけたいところだが、そんなことしていたら本当に反射を破かれてしまいそうだ。
「まだ押し潰せないか。んじゃ、もう少し詳しく話してやろう。お前がどれだけ耐えられるかな」
「ぐっ……」
「ぶっちゃけるが、俺が少々お前達の未来を変えさせてもらった。分かりやすい例を上げれば、魔族が予定より早い日時に来たから、っていえばわかるか?」
「――は? 何言って……」
「そんなことは不可能、とか思ってるだろ? 出来ちまうんだよなそれが。現に俺が魔族と戦ったのは、お前達の戦った日より後の事だ。魔族にはお前みたいに負けなかったがな」
「ならそれとどう関係があるって――ぐぅっ!?」
「まだ喋れる余裕があるか。もう少し魔力を上げるべきか? このあとにも戦闘があるからできる限り抑えたいんだがな」
五つの方向から放射されるレーザーの囲いが収縮する力がさらに強まる。
正面からのレーザーが囲いのより威力があるため、遂に俺は壁際まで押し戻されてしまって、後ろへの逃げ道も無くなり完全に囲まれた。
「なんでお前がいる現代を変える必要があったかって聞きたいだろ? なぜならここが最も大きい分岐点だからだよ」
「分岐……点だとっ?」
「パラレルワールドは実在する。絵空事なんかじゃない。事実、俺は幾度となく過去の世界に渡って、何人もその世界で軸となる人物を殺してきた。そして、お前がいるこの時代。それも数あるうちの一つでしかない」
「お前……殺人を当たり前のようにするなんて……遂に頭までイカレたのかよッ!!」
パラレルワールドなんてありえないし、そんなものがある証明も出来ない。ただこいつは俺を困惑させて防御を崩そうとしているだけだろう。
なら、状況を覆せば相手は……!
「転移ッ!」
反射を構築しながら召喚魔法陣から残り少ない転移石を取り出して空中で使用し、イカレた中二野郎の真後ろへ転移する。
一か八かの手段だったのだが、なんとか上手くいってくれた。しかし――
「……お前はなんか特殊だな。他の世界の俺と違う動きをしてるぞ。通常なら最初に投げたあのクナイ一発で仕留められたんだがな」
「っ……ならこれも……想定内かよっ」
ギチギチと音を立てながら、俺の刀と相手の柄から刀身まで真っ黒な武具が交錯して火花を散らす。
しかし、相手は俺に背を向けたまま、首元を狙った俺の刀を完全に見切っている。背中に孫の手を使うように、俺の刃を受けとめていた。
「いや、予想外だ。こんな事やった俺は……一度も見なかったな」
「ならなんで、俺の攻撃は、通らないんだよ……っ!」
「動作が遅いからだろ」
「っ! この……!」
気孔術を発動しながら切りかかるが、彼は全く武芸も使わないまま、そして茫然自失なままで、黒い刀身の刃を振り抜いて応戦する。
相手には攻撃が通らないが、こちらにも彼が俺の何処を狙ってくるかが何となく分かる。なのでカウンターなどで攻撃を受ける、ということは無かった。
しかし、暫く戦っていると彼の表情に変化が見られる。
「よく避けるな。お前も」
高速で移動しながら、何度も何度もぶつかり合い、刃を打ち付けあっている最中に相手の雰囲気がだんだん曇っていくのがわかった。
何度目だかわからない凄まじい力を持った鍔迫り合いが起こると、ついにあちらから口を開いた。
その口調は表情をから感じ取れるように、どこかしら苛立たしげであった。
「いい加減倒れろよ。お前が死ぬことによって救われる命が有るんだって」
「はぁ……はぁっ……ほざけ……」
「お前の実力じゃまだまだ全く勇者に及ばないし、こんな中途半端な闇魔法使ってるから俺みたいになるんだよ
「……それは、どういうことだ?」
「ああもう面倒くさいから言っておく。お前は根本的に魔法を理解していないッ!」
これまでで一番強い力で刀を払われた後、鳩尾に鋭い回し蹴りがめり込み、気がつけば感じたこともないような速度で彼から離れていった。
壁にぶつかって大きなクレーターを作る。耳元で爆砕音が響いたため、なんとか意識を手放すという無様なことにはならなかったが、凄まじく威力が高く、むせ返る。
「げほっ……げほっ」
「火属性は炎。水属性は水。それは分かるよな? なら闇属性はなんだ?」
「はぁ……はぁ……知るかよ」
あまり深くは考えていなかったが、闇属性に関して俺はよく知っていないのである。
これといってイメージが決まっているわけではなく、ただ、無機物で流動系にも固形系にもなるものだと考えていた。
「お前は闇属性のレベルが高い。が、今のお前の闇属性の再現力はおおよそレベル2程度。それほどまでイメージ力がないんだよ」
「それが、どう関係あるっていうんだよ」
「そのせいだ。その使えない魔法を使ったせいで、俺は戦闘中に死にかけた。そしてそこでアルトとレムを――失ったんだよ。この苦しみは、分かるよな?」
「っ!?」
全身に凄まじい衝撃を打ち付けられるような感覚につ包まれた。
相手の視線は全くぶれない上、彼からは、その言葉を放った瞬間から急激な魔力の高まりを感じた。
そして、その裏に限りなく黒い感情を感じ、圧倒されて片目を瞑ってしまう。
「失ったの意味は分かるよな? 殺されたんだよ。分かるか? 守る守る言っていたが、それがこの結末だ」
「…………」
どうやらこいつも俺と同じような状況に立たされているらしい。
自身の力不足という壁に打ちひしがれ、更には大切な人を二人も失った虚無感は想像に難くない。
だが、今の状況で彼女らとどんな関係があるのか。
「俺は必死で二人を生き返らせる方法を探した。だがそんなものは異世界であろうがどこであろうが、当然探しても見つからない。数年ずっと探しつづけて見つけられたのは、アルトの過去、レムの本当の役割、そして……過去を変えれば未来も変わるってことだ」
「だからって、なんで殺す理由になるんだよ。そもそも未来を変えたなら、その先にいるお前の存在はなくなるはずだろ」
パラレルワールドが実在するとして、木の枝とする。枝は枝分かれの元を折ってしまえば、その先は存在しなくなることがなんとなく分かる。その折れた先が未来だ。自分の存在をかき消そうとしてまで殺そうとする理由は何だろうか?
「闇属性はな、恨みの力を源としてるんだ。恨みの力は固形にも流動系にもなり得る。アルトが闇属性を得意としてるのは、それ相応の過去と魔族という種族的利点があったからな」
「それと、何が関係あるっていうん――ぐぅぁッ!?」
壁に寄りかかっている俺を黒い短剣が縫い付けるように服ごと突き刺さる。もちろんそこに腕が有ろうとも、お構い無しであるため、両腕に短剣が突き刺さって凄まじい激痛が走る。
「闇属性はな、半端なく応用が効く。その代わり己の姿を少しずつ、少しずつ、魔族へ変えていくんだ」
「まぞ……ぐ?」
「使いすぎた結果がこれだ。この赤目に身体の変化。身体能力は上がるが、そのうち精神が身体の変化に耐えられなくなって、全てが変わるだろうな。たかだか人間の存在で、闇属性を極めようとしたものはことごとくそう成っていった。……ああ、そうか、お前は魔族は元々人間だって知らなかったか」
「ぐぁぁぁぁぁっ!?」
徐々に近づいてくるもう一人の俺は質問を問いかけた途端、俺の腕に突き刺さっている短剣を足で押し付け、更なる苦痛を与えんと嗜虐的な表情を浮かべ俺の顔を覗き込む。
「基本的に、魔族の始まりは闇属性魔法の使いすぎでバケモンになった人間の集まりだ。まぁここ数百年は流石に魔族同士から子孫が生まれるんだがな」
「こ……のぉっ……!」
激痛が頭を支配する中、目の前の俺は表情を変えずにもう一つの短剣を空中に作り出し――右足に突き刺した。
「ぐぁぁぅぁッ!?」
「まぁそれは置いといてだ。なんでお前を殺すのかって言うのを聞きたいんだろ? 冥土の土産に聞かせてやるよ」
「はぁっ……はぁっ……こんなもんじゃ、死なねぇよ……」
「この左目の五芒星が意味するのは呪いだ。しかもアルトとレムを殺された相手にかけられた、クソ忌々しい呪いだ。この効果は永遠に服従を誓わされ、どんな魔法でも解呪も、挙句の果てには自殺もできないと来たもんだ」
「はっ、お似合いじゃねぇか殺人鬼――」
「黙って聞けよ」
もう片方の足にも短剣を突き立てられて声にならない叫び声を上げるが、彼はそれを気にしないようすでグリグリと押し付けながら話を続ける。
「この解呪方法はただひとつ。あいつにいわれた命令をこなして、機嫌をとるのみ。その命令一つが過去へ飛んで過去の俺を殺して、反乱因子を摘み取れって話だが」
「そうなれば――お前自身がが消えるだろうが!? 二人の仇ぐらいとる事ぐらい考えろよ?!」
「残念ながらこの呪いのおかげで消えないんだなこれが。確かに、この呪いがなければお前の言う通り未来の俺は消える。それはいいとして、アイツは俺自身で過去俺を殺せっていうもんだ。その理由は彼女に反抗する意識を消すためだ。過去の俺からその意志が消えれば未来の俺の反抗する意志も当然消えるからな」
「こ……のっ」
「それと、仇討ちなんてお前になんかに言われなくてもやるつもりだ」
「な、らっ、その意思を潰すなら、お前は本当にただの人形になるだろうが……!ほんとにそれでいいと――ぐぅぁ!?」
「まぁたしかに、過去の俺を殺すたび反抗心が消えていくことを感じる時もある。だが二人を苦しませて殺したあいつだけは、俺の心が消え去ろうとも絶対に許さない。あいつからの命令を遂行すれば、一晩だけ解呪されるから、その一晩であいつを殺す。お前に言われるまでもないな」
「ぐぅっぁぁ……!」
ひたすら俺に苦痛を与えている相手は気分が晴れたようすは無くどこか苛立たしげな状態を示していた。
そうして次は刀身まで真っ黒な長剣を虚空に作り出し、それを掴むと
「もう終わりにするぞ。お前とは長々と話をしそうだ」
「っ――」
何の同様も見せず、刺された。
痛みはない。
「…………」
「じゃあな過去の波風夕。俺みたいにならないことを感謝するんだな」
踵を返してなにかの魔法を唱える未来の俺。こちらの俺が完全に意識を失ったと考えているのだろう。
「この、慢心野郎が」
俺が放ったのはありったけの魔力を注いで放った黒いレーザー。勇者と戦った闘技大会の時とは状況が違うため、威力も太さもまるで劣っているが、それでも相手は反応できない。なぜなら、死んだと思っていたから。
「な……に……!?」
どす黒いレーザーが心臓付近を打ち抜く。腕が固定されているため、ピンポイントでは狙えなかったが、おそらくそれに近い所を貫いた。
「悪いな。そこの穴は空いてたんだよ」
倒れゆく俺に向かってそう呟いた。
・作者名をユーザー名に変更しました。なんで名前変えてたのか過去の自分に問いただしたいです。執筆者は変わりませんのでご了承ください。
・第五章まで三点リーダーの誤用修整、誤字修整をしました。
・悪魔→魔族へ
ご高覧感謝です♪




