第154話 力の差
「ゆう……しゃ……?」
口の中に鉄臭い味と匂いを感じながら、震える声でレムと同じような子供の集団、そして立っている男に語りかける。しかし、相手の反応は冷たいものだった。
「ぷぷ、この召喚士ここまでやられてるのね。ダッサイね」
「やっぱりお兄ちゃんの敵ではないですね。口だけ男でした」
「こら! こんな人に構ってないで早くこの里を救うよ! それでいいよね? 御主人様?」
「ああ。こいつは俺がちょっとやっとくから気にしないでいいよ」
「お前ら、何者だ? ボクをオーラだけで差し止めるなんてよほど――」
魔族の訝しげな声に勇者は肩をすくめる。その周りにいる女の子たちも魔族を前にして何ら驚くようすはなく、むしろ何処か失望の念が感じられた。
だが。不思議なことに、勇者達も衣服が破れていたり、ダメージを受けているのだ。ここに来る道中にやられてしまったのだろうか。
そんなことを考える俺はさらにずったずたにやられてしまったので、もうどちらに何をされても文句は言えないのだが、まるで興味が無いと言われんばかりに放置された。
(なんとかしてアルトを――!)
だがこれでいい。いまの目標は彼女まで手を伸ばして解毒をする。これだけだ。
レムとミカヅキはぼろぼろであるが生気を感じられるし、魔族は勇者一行で頭がいっぱいだ。
まずはこの脇っ腹に刺さった槍をなんとかしなければ。
痛覚無効なんて出来やしないし、そもそもできたとしても身体への影響がしれたものではない。俺の意識が保てる間に何とかしたい所だが――
「……っ、なんだよ」
「…………」
痛みに耐えながら考えを巡らせているとと、気がつく間もなく目の前に勇者が現れ、見下すような視線を当ててきた。なにかをされるのかと思い警戒したが、彼はそれを気にすることなく隣に何かを置いた。
彼は質問に対して返答をする事もなく、再び視界から消えて少女たちの集団へと移動していた。
意識が朦朧としていたとはいえ、まるで転移していたかのような移動速度である。
「……この一瞬で全員こっちに移動させたってことかよ」
何かを置いたと思えば、それは俺の仲間たちであった。それもご丁寧に全員を壁に寄りかからせている。レムもミカヅキもテュエルも、そしてアルトもだ。
幸いにも俺を中心にアルトが右隣、テュエルが左隣と寄りかからせていてまるで回復しろと言わんばかりの配置である。 そして恐らくだが、その思惑通り魔法が届く。発動できればの話だが。
もう既にアルトの体力は300を切っている。これは生命力とも言えるので、切ってしまったら本当に数分と持たない状況であった。
「お兄ちゃん、いいんですか?」
「あはは。構わないよどうせ邪魔になるだろうし掃除したって認識でいいんじゃない?」
「ぷぷぷ、あの召喚士の驚いた顔!」
「おい、ぼろぼろな人間共。ボクは無視されるのが嫌いでな。質問に答えろ。さもなければ――」
魔族が魔力を解き放ち、威圧した瞬間に事態は急変。そして展開は一瞬であった。
勇者は目で女の子たちに指示すると、俺の目にも止まらない速さで移動し、恐らく全員の副武器であるダガーを魔族の首元へ当てる。
突然過ぎてなんのことだか魔族も分かっていないようだった。
「さもなければ、なに?」
「まさかこのくらいの速さに対応出来ないってことでしょうか?」
「御主人様ならば、もう十回は殺してるよ?」
「マリエル。君は竜人の援護してあげてね。全体魔法でずるするのももなしで。目標は完全鎮圧で五分かな」
「了解しました」
そうしてローブを被った少女はアルトをじっと見てから空へと消えた。何かの思いを彼女に抱いているらしい。
それにしても――
(くそっ、全く魔法に集中出来ない。アルトがやばいっていうのに……)
獣人界の時には毒の効果であったが、今回は出血多量、そして激痛による身体的な理由で魔法の構築が上手く行えない。どうにもあの魔族と会ってからというもの、焦りのような感覚が多く感じられるようになっている。
(落ち着け、落ち着け)
一度目をつぶり、瞑想するように心を落ち着ける。
痛覚が感じられない、とはいかないが、ソラとファラの特訓により魔力を練り上げやすい状況を作ることに関してはある程度可能になっていた。
痛みが少しでも和らげば魔法を構築する事が――
「できねぇっ……くそっ」
集中力が切れて再び腹部からの激痛が蘇り、激痛に耐えかねないためのたうち回りたかった―― がその行動をとってしまうと、傷は開くわ出血はするわと考えたのでひたすら我慢に徹する。少し先のことも考えられることから、少しは落ち着けたようだ。
ちらりと見れば勇者は傍観の立場にいるようで、魔族は首に短剣を当てられつつも女の子達と質問や応答をしていた。そんなことを考えてしまっていると、徐々に視界が滲んできた。
(くそっ……俺の意識も危うくなってきたな。だかそれよりアルトの体力ももう150を切った。状態解除は届くだろうが魔法が上手く行かない。急がなければ――)
いっそのこと痛みで失神しようとも、槍の柄の部分まで俺自身が移動するしかないか?
「こ……うぐぁっぁぁっ……」
少し移動するだけでも血が噴き出し、脳を焼き切らんばかりの痛みが腹部から津波のように襲い掛かる。
全くもって突破口が見つからない。お腹には突破口どころか穴があいているとか冗談言ってる場合じゃない。
って変なことを考えている俺も本気でおかしくなってきたかもしれない。
それに遠くからべちょり、べちょりと音が聞こえてくる気もする。魔法に集中どころの話ではない。意識がもう失う寸前である。
「く、そ……っ」
「プニィィ!!」
「……え?」
聞いた事があるような、そしてどこか耳障りな高い音。もしかしたら声であるのかもしれない。その声の方向、正面にうっすらと目を開けるとそこには――
「ぐぁぁああああぁぁぁ?!」
どこかで見た虹色スライムが傷口に突っ込んできた。
めちゃくちゃな痛みと同時に。
槍が刺さっている傷口から侵入するが如く、覆い被さるが如く。
身体の全ての神経に直接電撃を与えられているような、先程とは全く違う痛みに大きな叫び声を上げてしまう。
なんだこれは?!
「ぁぁぁぁ!?」
痛みは収まるどころか、だんだん強くなっていく。死ぬ。痛みの感覚で死ぬ。
そのときは周りの目なんて気にしていられない。痛みで頭がめちゃくちゃになっているのだ。
(ほほっ、やっと見つけましたぞ)
「づぁ?!」
ついにおかしくなったのか、頭の中に声が響いてくる。この声の響き具合から考えれば念話に近いのだが、状況が状況だ。全く対応できる気がしない。
(おお、申し訳ない。そういえば人間には痛覚があったのですな)
「だれだ……ッお前はぁぁッ!!」
(もう少し、お待ちくださいな)
腹部が燃えるように熱い。痛みのためか、このスライムが俺の身体に入ったせいか分からないが、とにかく悪化していることは確かだ。あまりの痛みで嘔吐しそうである。
(あったあった。これですな)
「うぐぁぁぁぁ……」
声が聞こえた途端、霧の槍が遂に霧散する。
それと同時になされるがままであった俺の身体はついに拘束から解放され、ズルズルと壁に血の跡をつけながらずり落ちる。もはや何があったのか分からない。
「ど、どうなってるんだ……これは……」
(適合率九十五パーセント。流石は召喚士殿じゃ。痛覚は某が受け持つ。心配しなくてけっこうですぞ)
「え……あ、は……?」
(召喚士よ。あの娘を助けてやらないでいのですかな?)
「……色々突っ込みたいが置いとこう。痛覚があまり感じない今なら、いけるか」
もう時間が無い。アルトの体力は残り30を切っている。この場合においてはなにより論より証拠である。
「成功してくれ――《状態解除》ッ!!」
全てを邪気を取り除くようなイメージで全力で魔法を放つ。補助魔法であるのに魔力による余波、微風が発生した。魔力が全くコントロール出来ていない証拠である。
(どうだ!?)
かけて数秒は止まらずまったく効果あらわれないと思って更に力を込めた。
(たのむっ――!!)
それが功を奏したのか、ギリギリのところで体力減少はでぴたりと止まり、何とか一命を取りとめた。残り体力3である。
彼女の体力が毒によって削り取られてなくなったら、生きていたとしてももしかしたら障害が残るかもしれないので本当に良かったと言える。
「はぁ……はぁ……はぁ」
肩で息をしながらアルト無事を確かめるために頬に触れる。
だいぶ冷たくなっているが、温もりは完全には消えていない。
「よかった……本当に……っ」
(あー、安堵したところ恐縮ながら、あの人間にもかけてやったほうがいいのでは?)
「ほんとに出てけよ。七色スライム……てか、喋れんのかよこいつ」
(ふぉほ、某が出ていったなら召喚士殿はその穴から大量の血を吹き出すですぞ。それでもいいなら出ますぞ)
どうやらこのスライムが何らかの神経やら内部組織と繋がれているおかげで、俺も槍が消えた途端に出血して気絶ということは無かったらしい。
もう気絶しかけているが、そういう意味ではこいつに感謝すべきなのだろうか。
(分かった。是非とも居座ってくれ。ある程度まではな)
(ふぉほ! 分かって頂けたけようでなによりでごさいます!)
「それにしてもあっちは――」
テュエルに状態解除をかけると同時に黒い煙のような何かが出ていったが、気にすることは無かった。
問題は勇者達である。未だに会話をしていた。俺が叫んでいたのにも関わらずだ。ホントは仲がいいのでは無いだろうか?
「ほう、だからやってみろというのだ女め。貴様はボクにダメージすら与えることはできないしな」
「サンガの命令だから」
「マリエル待ちだから」
「君なんて片手で終わるからね。簡単にやったらつまらない」
「さっきから変わらないな。こちらから攻めていいのか? 餓鬼共」
「……やってみてください。その首が飛びますが」
「くはは、こいつらも慢心しているか。なら――」
そう言って霧の状態になり、ふわっと消える魔族。しかし女の子達は驚くようすを見せる事もなくゆっくりと短剣を下ろす。そして、聞いたこともないような言葉をずらずらと言い放つ。
「やっぱり、四大変化が出来るらしいね。
「御主人様は分かってて私たちを向けたのかも」
「サンガにけっこう教わったんだけどまだバッチリじゃないもん。なかでも対四魔波動はホントに難しくて」
「あはは、ちょうどいい実験相手だろう? まずはクレア。最初にやってみて。お手本を見せてあげてね」
「はーいお兄ちゃん!」
そうして囲んでいた二人の少女は勇者の元へ戻っていき、青髪ロング、青目の少女は魔族が狙う格好の的となる。むしろ今の状況は見えない敵にいつ襲われるか分からない状況だ。だが、勇者は相変わらず余裕を持った表情。完全に女の子を信じきった顔つきである。
そしていつの間にか目をつぶった女の子は、俺の予想を超えた驚きの攻撃を放つ。
「そこだ!!」
「なぁッ?!」
女の子は完全に魔族の姿が見えているかのように行動し、少し離れた場所まで移動すると、空中でドロップキックのような構えをとり、そして両足は空中で何かを挟んでいるのかのように曲げられた後、ピタリと空中で止まる。すると何も無い空間から可視化した魔族の体がうっすらと浮かび上がってくる。
「なぜだッ……ボクの位置が――」
「おりゃぁああああ!!」
可愛らしい声を上げながら魔族の身体の上でぐるりと一回転。その一瞬の後、物凄い勢いで魔族は吹っ飛ばされる。あれってプロレスの――
「これがこるぱただ!!」
「うまいうまい」
間違いない。あれは元の世界でみた覚えがある技だ。確か元の世界の格闘の技、コルパタである。異世界人が行うとこんな規格外な技になってしまうのか。
「ぅっ、ああ……」
「っ! アルトッ!!」
テュエルには悪いが、状態解除を終えた彼女の回復魔法は中断。
急いでアルトの元へ駆け寄る。
アルトは毒の効果もあり、少々動けないようで少々苦しそうだが、返事をくれた。
「ユ、ウ……また、助けられちゃった――ぅ?!」
「アルトっ!」
血でぐっしょりなのも気にしないでおもわず抱きしめてしまう。
愛しくて、嬉しくて……言葉にならないような喜びで染まって、我慢出来なかった。
「ユ、ウ……?」
「良かった。本当に良かった……」
抱きしめを中断してもう一度アルトの顔を見る。
顔色は完全に良いとはいえないが、両目のオッドアイは少し恥ずかしそうに伏し目になっていて、だんだんと顔が赤くなっている。
恥ずかしがっているのは分かるが、とにかく無事だ。
「でも、ごめんね……まだ……眠くて……」
「気にすんな。ゆっくり休んでくれ」
「できたら……ユウの……キスでまた起こしてくれれば……うれしい……か……な」
笑いながら、そしてカクンと力なく寄りかかった時に、まさか死んでしまったのではなんて嫌な考えが頭を巡ったのだが、どうやら眠っただけのようだ。
本気でひやひやした。
視線を戻してテュエルをみる。
彼女の悪魔憑は完全に取り除いたし、呼吸もだいぶ安定してきた。次はレムを回復してあげなければ――
「えっ……?」
ふっと、足から力が抜けてしまったように、膝元から崩れ落ちる。魔力も体力もあるのにも関わらず。
「ぐっ……なんで、動けないんだ?」
(召喚士殿。某は純愛主義者ですぞ)
「それは関係ねぇだろっ……身体が動かないのはお前が関係してるんだろ?」
(これ以上動くと、召喚士殿が死ぬ。どうかご理解ください)
「は……? こんなにも元気に――がほっ?!」
その瞬間。思いっきり咳き込んで、吐血してしまった。おかしい。こいつのおかげで回復したんじゃなかったのか?
(某は、ただ路を繋げ、穴を塞いだただけであります。魔力のない某は勿論の事脆い路でしか無理なわけでありましてな。無理な動き、魔法を長時間連続すれば壊れるのは当然ですぞ)
(なら、俺から回復しろと?)
(もう数十分は魔法は使用なさらない方がよろしいかと)
(……って思えば普通に話してたけどお前はどこの誰だよ。スライムなら青でいいだろうが)
あまりにも遅いものの、気がつけば当たり前のように頭に響き、なおかつ老人のような声。完全に予想が付いているが、一応聞くのが筋だろう。
(ふぉほ、七色のスライムでございます。プニプニとお呼びください)
(……急に意識が)
眩暈がするような感覚はだいたいこいつのせいである。痛みを与えた挙句俺の身体に入るとは。
こいつの目的は俺への復讐だろうか。投げたもんな、こいつのこと。
「さぁ。そろそろマリエルが帰ってくるよ。決着をつけていいよ」
「決着をつける、だと?」
その言葉を聞いて吹っ飛んだ魔族から、これまでにないほどの威圧感が放たれる。その威圧感には激しい怒気が感じ取れた。
「このボロボロなお前らが? 人間のお前らが? はっ!?……ボクに勝つなんてありえないだろうがぁぁぁッ!!」
遠くの方でなにかか爆発し、魔族が猛接近しているのがわかる。いくら不可視の状態でも、魔力により大体の位置は特定できる。狙われた相手は――
「死n――」
判断を見誤ったか、それもと本能的か。最初に殺す標的に選んだのは勇者であった。人間で恐らく最強である彼は表情を崩すことなく、魔法も使うことなく。
「はい。終わり。今の間でも三回は殺せたね」
「あ――そん、な……この化け物が――」
手刀で魔族を斬っていた。魔族は二つに分かれたかと思えば、凄まじい量の黒い霧が吹き出して最終的には何もなくなる。
それと同時に周りを飛んでいた竜人はバタバタと、鳥が落ちるように全員が落ちていく。
こうして、この里は俺が助けるまでもなく、 勇者の片手一本で救われてしまったのだ。
高覧感謝です♪